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「まあ、王妃様、お待ちしておりましたよ。今ちょうどアスラン様は眠られてしまったところで…」
アスランのもとを尋ねると、乳母のメリーが笑顔で迎えてくれた。
歳はわたしより三つ上の21歳。優しそうな顔が特徴だ。
「急にごめんなさいね、メリー。どうしてもアスランの顔がみたくなって。」
「出産したばかりの母親なら当然でございますよ、遠慮なさらないでください。」
「あ、あらそう?」
と…当然なのね…わたしったらアスランのことは大して気にもせず、クルスのことばかり考えていたわ……
内心では冷や汗をかいていたけれど、なんとかウフフと笑みを返す。
そんなわたしには気づかず、メリーはさらに続けた。
「もちろんでございます。女性には元来母性といわれるものが備わっていて、それは自分の子供を愛し、守りたい、育てたい、という気持ちのことを言うようでございます。」
な、なるほど…『母性』ね…
どう思い返してもその感情は全くなかったわ。今のわたしも、あのお告げの中のわたしも。
いやでも、まって。そんな言葉、妃教育では聞いたことがないわ。もしかして実は『母性』というのは珍しいんじゃないかしら?
「シャナもその『母性』を感じたことはある?」
後ろに控えているシャナに声をかける。シャナはクールな感じだし、もしかしたら…
「『母性』という言葉は初めて聞きましたが、そのような感情なら感じたことがありますし、息子が大きくなった今でも感じております。」
……そうよね!!当然感じているわよね〜!!!
わたしって本当に母親失格のメンヘラ女なんだわ…
淡い期待は木っ端微塵。当然備わっているはずの母性の欠如を感じて、冷や汗どころか涙が出そうよ。
「あら、シャナ様もおこさんがいらっしゃるんでしたっけ」
「はい、もう6歳になります」
「あらあら、可愛らしい時期ですね」
「だんだん生意気さも増してきていて困ってしまいます」
わたしがこっそり悲しんでいる横で、子育てトークに花を咲かせる2人。
…羨ましい。わたしだって、わたしだって、これからそうなるんだから!
母性がないって分かっただけでも貴重な一歩じゃないの!
こうやって成長する、そのためのお告げよ!
脱メンヘラ!育もう母性!!
心の炎を燃やしていた時、小さな天蓋ベッドから「ふええ」と声が聞こえた。
「アスラン!」
この部屋にはメリーの子供もいるけれど、なぜか泣き出したのはアスランだと分かった。
すぐにベッドに駆け寄ると、わたしとクルス譲りの碧眼からポロポロと涙が流れているのが見えた。
その瞬間、思わず手を伸ばしてアスランを抱きあげていた。
はっきりと感情を言い表すことができないけれど、アスランの涙を見たら胸が悲しみと愛しさで締め付けられて、体が勝手に動いた。
「えーん、えーん」
抱き上げてもすぐには泣き止まない。
「メリー、どうして泣いているのかしら?」
困ってメリーを見ると
「お腹が空いているんでしょう。いまさしあげますからね」
そういって、ミルクをあげる準備をメリーが始めた。