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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ハイファンタジーを追い求めて。短編ファンタジー小説集。

立ち寄った先で

作者: Lance

 何度も何度も頭を下げられ、懇願され、ついには平伏までされてはドーガも呆れ半分に覚悟を決めねばならなかった。

「ゴブリンね。で、あんたらはゴブリンの言い分を聴いたのか?」

 ドーガは期待することも無く尋ね返した。

「ゴブリンの言い分ですと?」

「そうそう。襲われたわけでもなく、ただ水源で顔を合わせた程度なんだろう?」

 村人達は顔を見合わせ、この人は何を言っているんだとばかりにこちらを見た。挙句はドーガのダンビラを見てあれはただ格好をつけるための小道具なのでは無いかと囁き始めた。

「殺せば戦いになる。ゴブリンは強いぞ」

「だからお願いしているのです。この辺りのゴブリンを根絶してください。これが前金の金貨三枚です。もう半分は戻って来てから渡しましょう」

 ドーガは深く息を吐いて言った。ゴブリンは人間の子供ぐらいの背で暗い緑色の肌に人間のように衣服を纏い、武器を手にしている。それが怖いわけでは無い。ドーガにとっては都合の良い仕事だ。だが、大義名分が無い。戦うための理由、清廉潔白な理由が。

 ドーガは依頼を断った。無駄な血を流すことほど無駄なことはない。

 村人達は臆病者だとドーガを罵った。物を投げ付けて来る者もいた。その花瓶がドーガの額に当たり、さすがのドーガも怒りを覚え、ダンビラを振り回した。もしも本気で扱えば、兜を陥没させ脳をかち割り、顔を拉げさせる。ダンビラの切れ味が悪いわけでは無いが、ドーガは力任せの戦いを主体としていた。

 村人に後ろ指を指され、出て行く。心無い言葉は精神に来る。ドーガは傭兵だった。数多くの人間達の争いに参加し、様々な功績を上げた。だが、戦士がいる以上、戦いは収まらない。だから、戦場から離れ、辺境の自然の中で寝起きしていた。

 噂の水源だろうか。川が流れている。

 水はみんなの物だろう。

 ドーガはふぅと、息を吐くと、屈んで水を掬おうとした。

 その時、反対側の藪が鳴り、鋭く目を向ける。

 子供ぐらいの背丈、ボロボロの衣服を着、そこにはゴブリンが立っていた。

「おう、俺の言葉が通じるか?」

 ドーガはゴブリン語で話し始めた。

「何だ、人間? 我々を害するつもりか?」

 ゴブリンが答えた。

「この先にある人間の村の連中は、誰か雇い次第、あんたらを殺しに来るだろう。その前に手を打たないか?」

 ドーガが言うと、ゴブリンは首を傾げた。

「どうするのだ?」

「俺が通訳になる。この水源を一緒に使わせて貰えるように掛け合ってみないか?」

 そう言いながら、自分はいつの間にこんなにお節介のお人好しになったのだろうかとドーガは思った。

 ゴブリンは黄色の目を向けて、ちょっと待っていろと言った。

 藪に引っ込んで少しすると、ゴブリンがホブゴブリンを連れて来た。こいつは大きく体格も良い。時々、ゴブリン同士の間に生まれる戦士の力に秀でた者であった。

「お前、俺達の言葉を話せるらしいな?」

「ああ。俺はドーガ」

「俺はミノキュリオス。ゴブリンの戦士だ。人間どもが俺達を恐れているように、俺達も人間どもを恐れている。どちらかに力のある者がついたならば、戦いになるだろうと案じていた。ゴブリン語が通じるなら話が早い。我々は人間よりも不器用な生き物だ。奴らの生み出す服などと、俺達の掘っている鉱石を交換できるだろうか、実は皆で話し合っていた」

「なら、話は早い。行くぞ」

 ドーガが言うとミノキュリオスは頷いた。ゴブリン達に里で待つように言うと、ドーガと共に村へと赴いた。



 2



 村はてんやわんやの大騒ぎであった。大きなゴブリンが一匹入るだけでこれだ。人間は実に臆病である。

 弓矢や、槍を向ける村人の前に立ち、ドーガは言った。

「これはゴブリンのミノキュリオス」

「ミノキュリオス? ゴブリンに名前なんかあるのか?」

「お初にお目に掛かる人間達よ」

 ミノキュリオスが言ったので、ドーガは訳して答えた。

「あんた、ゴブリンの言葉が分かるのか?」

 村人達はドーガを見て驚きの声を上げる。

「ああ。実はゴブリン達も、あんたらと戦争になるのを恐れていた。水源は誰のものでもない。平等に与えられたものだ。そしてミノキュリオスは言っている。人間の品物と自分達の採掘した物を交換出来たりしないだろうかと。例えばこれだ」

 ドーガはエメラルドの原石を見せ付けた。村人達の顔色が驚嘆に染まる。これを交換して売れば一儲けできると、誰もが囁き合っていた。

「後日改めて返事をする」

 村長が言った。

 ドーガがミノキュリオスに伝えると、彼は頷いた。

「では、後日、水辺で待っている」

 ゴブリンの言葉を訳しドーガは言った。

 ドーガは村に留まることになった。本当はゴブリンの方で世話になろうかと思ったが、村人達が留め始めたのだ。ミノキュリオスに別れを告げ、ドーガは宿の寝室に入った。

 翌朝、外の方から大勢の土を踏む足音が聴こえた。

 何事だろうかと、ドーガは鎧戸を開けようとしたが、開かなかった。ボロい宿だからか? 入り口の扉を開けようとするが、こちらも開かなかった。ドーガは嫌な予感がした。エメラルドの原石を見た時の人間達の変わりようを思い出す。

「馬鹿どもが! 欲を出しやがって!」

 ドーガは慌てて鎧に着替え、ダンビラで打って戸を破壊した。

 村の女達がドーガを見て気まずい顔をしていた。確信する。人間達はゴブリンの資源を奪いに戦争に出たのだ。女どもの困惑する視線の間を抜けて、ドーガは後を追った。

 悲鳴が聴こえた。人では無い、ゴブリンのだ。

 もう、引き返せない。

 川は濁っていた。人間達が渡河したのだ。

 追いついた時には全てが遅かった。フライパンがひっくり返り、血に染まるゴブリンの女の亡骸の傍には生後間もない赤ん坊まで貫かれて死んでいた。

 大勢のゴブリンが血の海で事切れていた。悪魔のような光景だ。これこそ、自分が見て来た醜い人間達による戦争そのものだ。

「お、お前は疫病神だった」

 洞穴の入り口に背を預け、片腕を失くしたミノキュリオスが言った。

「人間どもは何とも狡猾だ……あいつらも、お前も。損をしたのは我らゴブリンのみ。ドーガ、悪しき使者よ、貴様の顔を覚えて置くぞ。未来永劫、ゴブリンの呪いで苦しむが良い」

「ミノキュリオス!」

 だが、相手はそれ以上語らなかった。黙し、目を閉じていた。

 静寂を破ったのは洞窟の中の村人達の声だった。

 ドーガを黒い思念が包む。憎悪が囁く。人間どもを討て。

 ホクホク顔で松明を翳しながら村の男達が戻って来たが、ドーガの姿を見て気まずい思いをしたようだ。しかし、あろうことか、彼らは開き直ったように言った。

「ゴブリンとの話し合いなんてそもそもアンタが馬鹿げている」

「そうだ、所詮奴らは魔物。ずるい知恵と力を使って我らが村をいずれは攻めて立て殺戮し、略奪しただろう」

 村の男達、老いも若きも四十人ほどいた。手には宝石の原石を弄んでいる者もいた。そして血に濡れた武器もだ。

「殺戮し、略奪したのはお前達の方だろう?」

 ドーガが睨んで言うと、集団ということで気を大きくした男達は凄んだ。

「やられるまえにやったまでさ。さぁ、村へ戻ろう。ゴブリンを討ち、宝石の埋まっている洞窟まで手に入れた。女達が喜ぶぞ」

「ああ、村が潤う!」

 男達はドーガの左右を通ってまるでもう彼のことなど存在していないかのように語り合い笑い合って去って行った。

 ドーガは剣を振り上げた。

「くそがっ!」

 地面に叩きつける。無力だった。見通しが甘かった。人間という生き物の欲深さを忘れていた。

「怒りを覚えるのはお前の役目では無い」

 ゴブリン語が言い、驚いて振り返るとミノキュリオスが動いた。

「すまなかった」

 ドーガはゴブリン語で詫びた。

「せめて遺体の埋葬をさせてくれ」

「無用だ。人間は信じられぬ。そして欲深く、狡猾で残忍な奴らだと分かった。仲間の仇討ちだ。彼の者らを排除せねばなるまい。ゴブリンの呪いを解いて欲しければこれ以上手出しするな。後は俺と奴らの問題だ。ドーガ、お前の出る幕は無い。失せろ」

 ミノキュリオスは切断された左手から血を流しながら、右手に良く研がれた剣を振り上げヨロヨロと歩み始めた。

「ミノキュリオス!」

 呼んだが、ホブゴブリンは止まることなくやがて姿を消した。

 魔物と分かり合うなどと、語り合うなどと、不可能なことなのか。俺が甘かった。それだけは分かった。

 広場に散らばった小さなゴブリン達の亡骸を見渡す。

 ドーガはゴブリンの住処を去った。川は一部濁っていた。そして彼は遠くに悲鳴が上がるのを聴いたのだった。

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