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第5話 エースのジョー

○ ばっくとぅざ最初の町

 森の中でガサゴソと薬草採取をしています。

「のう、耕作した方が早いんじゃ無いのか?」

 そういいながらしっかり手を動かしているモーラ。作業が手慣れてきて、だいぶ様になっています。

「うーん、やってみたんですけど、薬草としての効果の伸び方がイマイチになるんですよね。地脈から魔力を吸い上げる力より太陽光を吸収し始めるので」

「この、かがんで作業するのは、子どもでも厳しいと思うが。おぬしは大丈夫なのか?」

「皆さんにコロ付きの台車を作ってから皆さんは楽になったと思うんですが、つらいですか?」

 労災の適用が必要ですかねえ。

「つらくはないが、この単調な作業が面倒なのじゃ、なんかこうぱーっと採取できんものか」

「あー、群生地を荒らすことになりますからねえ、やりたくないんですよ。乱獲は絶滅の元なので。絶滅して株自体に無くなられると繁殖もできませんので。」

「一応そこまで考えておるのじゃなあ。」

「無から有は発生させられません。現在の私の魔法技術レベルでは。」

「なんじゃ、理論上は可能なのか。」

「ええ、遺伝子レベルはこの目で見えますので、考えてはいますが、さすがに私の知っている範囲の魔法理論では、繁殖までは無理です。」

「空間はねじ曲げられるのにのう」

「いや、本当に師匠が欲しいです。」

「路銀はたまっていないのか。」

 そう言うモーラを見ると、腰をさすっています。腰をさする幼女とか、あまり見たくありませんねえ、

「お金が稼げる効率の良い仕事に就くための資格証の発行にお金がかかりまして、まだ登録できていないんですよ。生活するのが精一杯なのです。」

「なるほど、なんでも金か。先の坊主の件で魔法使いから何かもらえなかったのか。」

「最初の約束の時にそばにいたじゃないですか。モーラが今後の旅先の「幸運」を選んだじゃないですか。」

「他に何か、くれても良いものじゃが、」

「それでも、薬は高く買ってくれることになっていますから。」

「そろそろお昼ですよ。」

 メアが太陽を見あげながらみんなに声を掛ける。草むらに入っていたみんながわらわらと出てくる。

「もう少しお金が欲しいですね。」

「森で獣を狩るのも楽しいのじゃが、食事がなあ単調になる」

「ドラゴンの時にはそんなこと言っていなかったじゃないですか。」

「この体になって、「おいしい」を憶えてしまってからは無理じゃのう。あとスイーツも」

「人間化と幼児化が加速していませんか?一度ドラゴンに戻った方が。」

「ドラゴンの食事、というか、わしのエネルギー摂取は特殊じゃから味気ないのじゃ。」

「一気に吸い込むとか?」

「わしの場合大地に座っているだけで、自然に吸収するからおなかがすかないのじゃ。」

「それで一日中座っていたのですか。」

「まあ、それだけの理由で座っているわけではないのだか。」

「こんにちは」

 おおう、初めての声ですよ。頭にひびく声が聞こえました。

「えーどちらさまですか?声に記憶はありませんが。どこかでお話ししたことありましたか?」

「いいえ、初めましてですね。こちらに土のドラゴンがいると聞いて尋ねて参りました。確かモーラと名乗っているはずですが。」

「ん、誰じゃ?わしの名を知っておるとは、はっ上か?」

 全員が見上げる。風で流れてくる雲かと思ったら、ドラゴンが滞空しています。おお、壮観です。モーラは、いつも座っていたので大きいとは思っていましたけど、このぐらいのスケールなんですね。

「あっ。おまえか」

「はい、私です。」

「うむ、どこかで話そうか。山頂でも」モーラがメタモルフォーゼを始めました。

「いえ、こちらが小さくなります。」

「それは助かる。って小さくなるじゃと」

「はい。」

 声の主は、空中で急に米粒ほどになったと思ったら、かなりのスピードで落下してきました。

地上すれすれでふっと制止したあとふわりと降り立ちました。あれ?女性の姿ですね。

 この辺では見ない服装です。スーツっぽいスラックスにショートカットで、できるビジネスOLのようないでたちです。

「初めまして。わたくし・・・」お辞儀をして挨拶してくれています。礼儀正しいですね。

「お主、真名は言うなよ。」

「ええ、その噂も聞いていますので、注意します。でも、格は私の方が上ですので大丈夫でしょう?」

 さりげなくお話をしていますが年齢、もとい気品が感じられます。

「あ、あの時とて、こやつの邪魔が無ければ隷属などしておらんわ」

 そう言ってモーラはアンジーを見る。ニヤニヤしているアンジー。あの時はうれしそうでしたものね。

「あら、そうなんですか?その方に惚れてしまったと噂になっていますよ。だから隷属しているのだと。」

「ああ、誤解があるようじゃな。この者に隷属しているのは、この姿の時は、何かと制限されるのでな、不足する魔力を供給してもらうのに都合が良いからじゃ。隷属はいつでも破棄できるようになっているのでな。」

「あら、そうなんですか?魔力が不足する?」

 そう言いながらその人は私を見る。

「はい、うちの皆さんは、いつでも自分から解呪できますし、魔力回復も私からできますよ。初めまして。いろいろ噂になっている当事者です。よろしくお願いします。」

「ああ、挨拶がまだでしたね。私は風のドラゴンです。こちらこそよろしくお願いします。と言っても、これでお別れかも知れませんが」

「そうなんですか?」

「わかっていますよね?」モーラを見る。

「そういうことか、でも、わしは戻らんぞ。」

「誰かにお願いしてから旅立てば良かったのにどうしてそうしなかったのですか?」

 OLというよりは、教師のような説教モードです。

「いろいろ面倒だったからじゃ。」

 お二人で大きな声で話していると、本当に生徒と先生みたいです。まあ、子どもの方の言葉遣いはちょっと問題ですが。

「やっぱりそうだったのですね。本当にしようのない方ですね。」

「わしには知り合いもおらんしなあ」

「そういうところがダメなんです。あの町でちょっと騒動が起きていますので、対応してくださいね。」

「あ?あの騒動のことか?あんなもの、静観するしかないじゃろう。人間同士の小競り合いじゃ。一応、あの町はここから様子がわかるから知っておる。たいした話ではない」

「ならば、このあと魔法使いが出てきてもよいと?」

「え?単なる諍いだと思っていたが、そんな話になっておるのか。それはまずいな。町がなくなってしまっては、町の人も困ってしまうな。それはまずい。」

「私がここまで来ているということで、その重要性がおわかりでしょう?」

「ああ、わかった。」

 今度は私の方を向いてモーラが言った「すまぬおぬし、あのゲートを使わせてくれ。すぐに戻る必要がありそうじゃ。」

「良いですけど、一人で大丈夫ですか?手伝いますよ」

「そうじゃな、みんなすまぬが、一度戻ってもらえるか。」

「では、家に戻ってゲートであの町に戻りましょう。」

「んー。さっきはとっさに使うと行ったが、本当に大丈夫なのか?いや、それくらいの距離なら、わしらならすぐ行ける距離じゃ。わしが飛ぶ」

「私たちが乗っても大丈夫ですか?」

「そんなにスピードを出さなければ、大丈夫だと思いますけど」

「みなさんも戻るのですか?」びっくりしたように風のドラゴンさんが言った。

「ええ、当然です。すでに私たちは家族みたいなものですから。」

「本当に変わりましたね。あなた」そう言ってしげしげとモーラを見ました。

「何を言うか、わしは変わっておらんぞ。」何を照れているのでしょうかモーラ

「人の形となる、旅をする、人々を助ける。そんなこと今までしていましたっけ。しかも町の問題を知らせに来たら、何とかしようと戻ると言い出す。少なくとも今回の問題を放り出さなかったのは、ほめてあげますけど、旅をしていなかったら放置して洞窟の中で静観したのではないでしょうか?」

「教えに来たお主が言うか。」

「知らせなかったらあとで外部の人からいろいろ言われますから、一応ね」

「わしの反応を見に来たな?」

「それもありますね。皆さん興味津々ですよ、不動のドラゴン、土の・・・おおっとモーラさん」

「別に真名をいっても問題ないぞ、言って欲しくはないが。」

「そうでしょうか?」クスリと笑った。やはり美人は笑ってもきれいです。

「では、お知らせしましたので、お役御免ということで、」

「わざわざ教えてくれて、あ、ありがとうな。」モーラが照れている。言われた方はびっくりしている。

「旅に出るのも良いことですね。」そう言うと人の体のまま風に乗るようにふわりと空中に浮き上がり、ドラゴンになって飛び去っていった。ただ、暴風を巻き起こして。飛ばされるかと思いました。

「さて、戻りますか。」

「すまぬな、」

「何を謝っているんですか。」アンジーが怒っている。

「いや、いろいろと」

「いいですか、私たちはみんなで一つなんです。前回のように3人で勝手に暴走したりするのはやめてください。まあ、足手まといの私が言っても説得力は無いですけど。話くらいはしておいてください。心配しているんですから」

「そうですよ。もう、あなたひとりじゃないんですよモーラ。」

「わしは土のドラゴンじゃ。実のところ人付き合い、ドラゴンづきあいもあまりせん。それでよしとしていた。これまでもこれからもそうで良いと思っていた。が、おぬしに会った。本来全く会わないはずなのに何度も出くわしてしまった。さらに怖がりもせず、馴れ馴れしくも無く。適当な距離を取っていてくれた。そして話し相手になってくれた。それがありがたかった。わしは本当のところあの町に何が起ころうとどうでもよいと思っていて、これまでも何が起きても静観してきた。それがドラゴンというものなんだと。

 でも、おぬしから町の話を聞くたび、そうではないと言うことに気付いた。ああ、気付かされた。気の良い宿屋の女主人。労働者の元締めの酒飲み、みんなで協力してやる石壁の修理。おぬしから聞かされ、あたかもそこに暮らしているような錯覚にとらわれたこともある。実際、遠目で見ていたりした。そして旅の話になった。その時にアンジーと初めて会ったが、すでに何度か一緒に暮らしている子どもの話は聞いていたので、天使だったという事を聞かされびっくりした。

 でもな、それ以上に興味を持った。なぜ今、おぬしがわしの前に現れ、そして天使が現れその2人が旅に出ると。これは、わしに与えられた転機なのだと、ドラゴンの役目など何も無いと思っていたが、これがわしの役目なのではと思ったのだ。そうして、旅立つ前におぬしの所に住み、馬車を作っているときに何度もあの町をおとずれ、住んでいる人々と直接触れあった。そこには、倦怠も怠惰もない。みんな生き生きしていた。生きることを精一杯頑張っていた。まぶしかった。うらやましかった。改めて自分はこの土地を守っているといいながら役目を放棄していたことに気付いた。もちろん直接的な介入をすべきではないのだ。

 だが、少なくともなにかしらの危機が訪れているのなら後悔しないように動かなければならん。今は、そんな気になっているのだ。」

「ならばなおのこと、私たちが必要ですね。」アンジーが言う

「あなたが困っていて、でも、あなたが直接手が出せないなら、私たちが代わりにやればよいことです。たとえそれが、ドラゴンの理にかなわないことでも、あなたは知らない顔をしていれば良いのですから。」私の言葉に全員がうなずく。

「すまぬ。わしのわがままにつきあわせることになるかもしれない。」

「まーったく。みんなお人好しですね。でも、かかわってしまったら巻き込まれましょう。それが、こいつと関わってしまった者達の宿命ですから」

 アンジーさん、こいつって私ですか。指さして言いますか。

「一度、家に戻りましょう。旅支度して、家の前に張り紙をして」

「はい。」


 結局、あのポータルを使うのは恐いという理由でモーラの手のひらに乗せられています。いや、空の旅だとみんなわくわくしていましたが、そうはなりませんでした。

『声も出せないのですが。』みんなかがんでそれぞれモーラの体にへばりついている。

『しようがないですよ。高速で飛んでいますから。』

『ドラゴンのうろこが固いわけがわかりました。こんな風の抵抗を受けて平気でいられるんですねえ。というか、すごく高くて恐いです。』ユーリが残念そうに言う。指にしがみつき風景を見る余裕もなさそうだ。

『そういわずに下を見てください。山や川が見えますよ。とても綺麗です』

『そんな余裕ありません。恐いです。』

『ユーリ慣れてください。帰りもありますよ』

『ええっ、エルフィさんどうしましょう。』

 エルフィは飛び上がったときから下を見られず、ユーリと一緒にモーラの指に捕まって震えている。

『到着じゃ。』ふわりと滞空してゆっくりと降りていく。風景には見覚えがある。ああ、いつものドラゴンさんの住処なんですね。

『あたりまえじゃ、おぬしの家に行ったら、町中大騒ぎになるわ』私たちを手から降ろして、幼女の姿に戻る。

「え?ドラゴンのままじゃないんですか?」

「うむ、一緒に行くつもりじゃ。」

「しかしその体では、」

「実際、何が起こっているのかわからないと対処のしようも方向性も決められん。連れて行ってくれ。」

「わかりました。でも、中には入らないで外で待っていてくださいね。私だけで様子を見てきます。」

みんなで町のそばまで走って行く。アンジーはさすがにメアさんの背中に乗って移動している。

「では、ちょっと見てきますね」

そうしてみんなを置いて、アンジーと二人で町の中に入っていく。



○魔法使いの襲撃2

「こんにちは、お久しぶりです。ずいぶん静かですが、一体何が起きているんですか?」

「あれ?おまえ、行商に出たんじゃないのか?」

「忘れ物があって戻ってきました。」

「忘れ物って、ここは、そんな簡単に帰ってこられる所か。」

「モーラがどうしてもって言うので」

「モーラ?ああ、新しく連れ子にした子どもだっけ。」

「ええ、そしたら何か町の雰囲気が変なので、何かあったのかと思いまして。」

「変なやつが魔法使いを出せだのエルフやホムンクルスがいるだろうだのと、うちの村長に因縁をつけているのさ。ここにいるはずだから隠すな。とね。しまいには、出さないならこの町を潰すとまで言っていて、その期限が明日なんだよ。いないものはいないし探してもらってもかまわないと言っても信じないんだ。困ったものだよ。」

「なるほど。皆さんは直接その人達には会っていないんですね。」

「ああ、だが広場に何か書いたものを立てていったから、読んでみるといい。」

「わかりました。」そうして、一度町の外に出て、皆さんにその話をしました。

「何が書いてあるんでしょうねえ。」

「さあ、ハイエルフとかホムンクルスとか言っていたそうなので、皆さんを待たせてきて正解でしたねえ。とりあえず、その看板を見に私とアンジーで行ってきますね」

「そうか。すまないが頼む。」

「大丈夫、親子にしか見えないから。出会ったらあっちも気を許すでしょう」

「わしじゃあだめか」

「気配を消しても匂いがねえ。可愛い幼女の匂いにほんの少しドラゴンぽい匂いがしていますから。」

「そうなのか?」思わず匂いを嗅ぐモーラ。

「うそよ。」

「こ、こんなときに冗談を・・」

「余裕が無くなっているわよ。モーラ。落ち着いて。」

「すまぬ。どうもこういうことは初めてでな。落ち着かん。」


 そして、私とアンジーは、広場に向かっています。広場?そんなものありましたっけ。

「さて、そうは言ったものの何が起きているんでしょうねえ。」

「まあ、看板見るしかないんじゃない?」

 今回は意外に怯えていませんねえ、アンジーさん大丈夫なんですか?

「広場と言っても、そんなのどこにって、おやでかい広場がありますね。こんなのありましたっけ。というかここにあった建物が無くなっていませんか。いつできたんでしょうか。」

「横にその建物の残骸があるわねえ。どうみても壊れているけど、」

「こんなことして、住んでいた人は大丈夫だったのでしょうか。」

「殺しちゃあいねえよ。」

 後ろから声がする。気配がありませんでした。いや、気配はありました。私が不注意でした。

「なぜこんなことを?この町の人があなたに何か悪いことをしたんですか?」

「みせしめだな。知っていることを話さないからな。」

「気に入らないから見せしめにこういうことをするんですか。迷惑な話です。」

「というか、おまえ誰よ。この町の者じゃないな」

「ええ、旅人です。以前立ち寄ったことがあるので、懐かしくなって来てみたらこんなことになっていました。あなたがやったのですか?」

「そうさ。あまりにも頑固なんでな」

「知っていることを話さないと言いましたが、本当に知らないという事はないんですか?」

「それはない、だって信頼できる奴から聞いたからな。」

「またですか。」

「またですか?だと」

「その人が嘘を言っているとは思わないんですか?」

「そんなわけないだろう。そいつが嘘をつく理由がない。」

「いいですからその人にもう一度聞いてみてください。どうするんですかこの有様。間違っていたらこの建物を元に戻せるんですか。」

「いや、そのままだよ。そんなの」

「人が生活しているんですよ。ここには、」

「だから作り直せば良いだろう。」

「あなたが直すんですよね。」

「は?なんで?俺が?」

「壊したのは、あなたなんですよね。」

「だから?」

「もし間違っていたら、直してくださいね。」

「ああ?誰に向かって言っているんだおまえ。」

「あなたに向かって言っていますよ。」

「ほう、俺に直せって言っている訳か。なるほど。」

「そうです。あなたに直せと言っています。それとも壊すしか能が無いのですか?」

「ああ、ついでにお前も壊してやるよ。」動こうとするので指を鳴らして動きを制する。

「な、なんだこりゃあ。」その男の周りに半透明な球体が現れ、男を包んでいる。

「あなたを囲む結界です。とりあえず。あなたにはこの町から外に出てもらいます。」

「あ?」

「転がしてね。」

「なんだと」

 球体の中に閉じ込めて、その球体を蹴り飛ばす。ゴロゴロと走り出す。しかし、男の重みですぐとまる。今度は、飛んで蹴る。バウンドして転がり出す。


「とりあえずこの町から出しましたよ。」隣を歩くアンジーに言いました。

「やりかたが派手ですよまったく。あれだけ怒らせて、私に矛先が向いていたらどうするんですか。私が殺されるかと思いました。」

「すいません、つい怒ってしまいました。」

「でも、話に出てきた魔法使いではなさそうですね。」

「そうですねえ、魔法使いではありませんねえ。彼に教えた何者かですか。」

「用心したほうがよさそうね。」

 そう言って2人で町から出ました。一応、皆さんには、離れてついてきてもらいました。

 少し先に先ほど蹴り飛ばした球体が止まっています。さらに蹴って、森の方に向かいます。球体の中で何か叫んでいますが、聞こえないふりをしてさらに蹴ります。そのうち目が回ってぐったりしているようですが気にしないで蹴り続けます。

 森の中の少し開けたところで球体を蹴るのをやめる。最後の方はぐったりしてしまい。うまく転がらなかったので、ほとんど蹴り続けていました。足が痛いです。

「さて開けますか」

 手を触れると球体が砕け散る。その男は私に飛びかかろうとした。気絶したふりをしていたようですね。私はとっさにシールドを張ったので、彼はぶつかり、はじけ飛びます。空中で体制を立て直し、しゃがみ姿勢で着地して弾かれた勢いを殺しながら静止しました。

「やるじゃないか魔法使い。」

「このまま続けますか?ちょっと怒っていますから、あなたを傷つけずに終わらせられそうにないのですが。」

「はん、やれるものならやってみな。」

「いいのですか?容赦できませんよ。」

「やってみろよ。」

「では、お言葉に甘えて。」パチリと指を鳴らす。その男は、とっさに右に動いた。

「ふん、おまえの話は聞いていた。指を鳴らしたら、腕が切れる幻覚を見せると言っていたな。だが、当たらなければ、どうって事ないみたいだな。」腕を振ってみせる。

「そうですか?」その男は腕を振った反動で腕が飛んでいくのを見た。

「あ?なんだと、」自分の腕のあった部分をまさぐる。腕が無いことを確認している。

「急がないと元にもどせませんよ、なんせ」私は、パチリと指を鳴らす。飛んでいった腕が球体のシールドに囲まれてどんどんと転がって離れていく。

「移動している?」その男は混乱している。

「私は怒っているので、あとは知りません。では、さよなら」後ろを向いて町に戻る振りをしました。

「おいまて、これは幻覚なんだろう?元に戻るんだろう。」

「誰からその話を聞いたのですか?」振り向きながらにっこり微笑んでみます。

「お前を襲った連中からだ。あれは幻覚だと」

「あの時私は、もしかしたら魔法の効力が切れて突然腕が落ちるかも知れませんよと言っておいたのですが、それは聞いていないのですか?」

「そ、そんな。」その男は力なく座り込んだ。

「まあ、この技をむだにしたくないので、あなたにチャンスをあげましょう。あなたが壊したあの建物をあなたの手で直しますか?」

「ああ、直す。直すよ。」ニヤリと笑って私に言った。

「なんですかその笑い。反省が見られませんね。では、腕を潰しましょう。ついでにあなたを殺しましょう。」

「待て、待て、待て。わかった、直す。だから腕を元に戻してくれ。頼む。」

「では、自分の腕を取りに行きなさい。」

「ああ、」そう言っていつの間にか止まっていた球体を取りに行く。

「はやくつけてくれ。」

「では、はい」パチリと指を鳴らす。シールドは砕け、腕は元のところに収まった。しかし、転がったせいかズタズタになっている。

「どういうことだこれは、元に戻ってないじゃないか。」

「傷のことですか?」

「ああ、元に戻せよ。」

「いやですよ。なんでそんなこと。腕を元のようにくっつけるだけでも大変なのに傷まで直すなんていやです。あなたはその傷を毎日見て、自分のやったことを後悔して生きなければなりません。そのために必要です。それと」

「なんだと?」

「それと、私の魔力が切れたらいつ腕が落ちるかわかりませんよ。いいですか。だからといって私を恨んだり、町に悪さをしたら、わかりますよね。」

「どうするつもりだ。」

「あなたを探し出して、生きたまま、一生火あぶりですね。死なないように治療しつつ。何度も痛みを感じてもらいます。あとは、逃げないように両手足切り落としてしまうのもいいかもしれません。そして町の皆さんに毎日朝夕に蹴っ飛ばしてもらいましょう。どうですか?楽しそうでしょう?」

「わかったよ。おまえ本当にやりそうだしな。」

「はい、約束しましたね。それともう一つだけお聞きします。あなたに入れ知恵した人は誰ですか?」

「それは言えない。俺が殺されてしまう。」

「いや、死なせませんよ。でも、そこにいるんでしょう?」

 私はそう言って、森の方の茂みに向かって言った。

「いやだなあ。知っていて話していたんですか。人が悪い。彼は小悪人なので許してあげてください。私が嘘でだましたところもあります。」そう言ってフードをかぶった女の人が近くの木陰から現れました。

「じゃああなたが代わりに罰を受けると。」

「それは、あなた次第ですね。これをご覧なさい」そう言うとその人の横に画面が現れた。

「空間魔法ですか?」

「いいえ、なんですかそれは、単に人質の傍らの者の見ているイメージを覗いているだけです。」

「そうですか、それは残念です。でも、人質ですか、姑息ですね。」

「なんとでも。私は弱者なので、どんな卑怯な手を使ってでも相手に勝たなければなりません。そうやって生きてきました。相手を屈服させなければならないので。」

「従わなかったら?」

「差し違える覚悟ですね。」

「じゃあ死んでもらいましょうか。」

「こちらには人質がいるんですよ。」

「それはね、あなたを殺して、さらに助けることができる人間には効かないんですよ。」

「見捨てるというのですか。家族ではないのですか?あれだけ楽しそうに暮らしているのに、あっさり見捨てるんですか。」

「見捨てる?言っている意味がわかりません。私は今すぐあなたを殺して、助けに行き、すべてを守りますよ。ええ、私の手の中のものすべてをね。」

「ならば殺しましょう、人質を。」

「じゃあ、時間の勝負ですね。あなたが言葉を発する前に」

 私は指を鳴らそうとする。しかし、その女は、何か知らないけれど恍惚とした表情になり、こう叫びました。

「ああっ。もう我慢できません。これは、あの方の方針ではないのですが、しょうがないですよね。そうですよね。だからこれは、この戦いは仕方の無いことなのです。人質を殺す前にあなたを殺しましょう。

 そして、殺す寸前、人質にそれを見せて、絶望する人質の悲痛な顔を見ながら、あなたを殺しましょう。」

 何かに魅せられているように目を空中に泳がせて、誰かに訴えかけるように話しかけている。私はその姿を見てあきれるようにこう言った。

「ああ、あなたは戦いたかったのですね。自分の持てる技量をすべてぶつけられる対象を探していたのですね。悲しいことです。でも、それがあなたの本望なのでしょう。私には理解できませんが。でも、やるからには今後に遺恨が残らないように完璧に潰します。」

「そうです、それが聞きたかった。人質なんか関係ない。いらないんです。あなたの殺意を引き出せれば。私は殺す気で行きますからね。ためらわないでください。殺さないようにとか手加減とか考えないでください。そんなの、つまらないですから。」

「いいから来なさい。あ、アンジー」パチリと指を鳴らし、さっきのシールドを張る。

「相打ちになったらよろしくお願いします。ああ、そこの男が邪魔ですね。これを」今度は、男の胴を縄状の物で縛る。

「おい、何だよこれは。」

「それは、徐々にきつくなる縄です。時間が経って解除されないとじわじわ死にます。」

「お、おい。改心したって言っているだろう。」

「わかりませんよ。私が死んだら、アンジーに何するかわかったものじゃない。」

「頼む、助けてくれ。」

「相手が勝ったら頼みなさい。」

「では、行きます。」

 私は相手に向き直り、姿勢を正す。フードの女は、手に持った杖を前にかざし、呪文を唱えている。鮮やかな魔方陣が幾重にも発生し、消えていく。私は、ただ目を見開き念じるだけです。

 チリチリと空気がぶつかり合い、二人の間にある空間の一部がゆがんで見えます。たぶんお互いの魔力がぶつかり合っているのでしょう。お互いの魔力を量る意味合いがあるのかもしれません。しばらくして2人の間のチリチリがとまる。

「すごい魔力量ですね。さすが転生者。でも、魔力の操作にまだ慣れていませんね。」

 そう言って、再び杖を振り出す。今度は何度もこちらに向けて魔法を放つように手を振っている。そうまるで指揮者のように。しかし、私は、中間地点ではじき返している。でもそれを何回も繰り返している。私は、だまってそれを受ける。何を無駄なことを続けるのかと思えるほど、はじき返したときに、私の立っている場所を中心に地面が光り出す。いつの間にか私の立っている地面を中心に魔方陣ができている。

「やっと起動しましたか。あなたのシールドを破壊するのにどれだけの魔力を注ぎ込まなければならないんですか。でも、これで終わりで・・・」

 彼女が言い終わらせないうちに私は、彼女の前まで近づきその顔面を手で捕まえる。アイアンクローですね。

「そんな、あの魔方陣を越えて、さらに私の周りの結界を越えて、私の顔に手を触れるなんて」

「できないと思っているならそれはおごりです。実際につかんでいるのですから。あなた、顔の部分だけ様子が見られるよう結界を薄くしていましたでしょう。」

 私はそう言いながらつかんだだけで力は入れていませんが、魔法で空気を圧縮して頭の周りを押しつぶそうとしています。

「なるほど、稚拙に見えているのはフェイクだったんですね」

「いいえ、ああいう魔法による攻防は実践を積まないと難しいのです。なので今回は、大変勉強になりました。ありがとうございました。臨時の先生。でも、」

 相手の女は、私の話の途中で、私から視線を外しあらぬ方を見ると笑い出した。

「あーははは。楽しかったよ魔法使いさん。でも、まだここで終わりじゃないみたいです。」そう叫び出す。

 その時、空に雲が発生して真っ暗になる。そして、本来ならありえない裂け目が頭上に現れ、光の刃が私とその女の間に落ちてきました。おかげで、私は手を離さざるを得なくなりました。離れた刹那、その女は、瞬時に遠距離へと跳躍した。

「楽しいなあ、でも、残念まだ死ねなかったよ、この快感のまま君の手で死にたかったけど。でもね、次がまたありそうだ。あの方のおかげでね。まだ私には、あの方にとって利用価値があるみたいだ。だから、次を楽しみにしているよ、また会おうね魔法使い。愛しているわ」

「この魔方陣置いていかないでくださいよ。どうするんですかこれ、あと名前教えてください。」

「その魔方陣を壊すのは申し訳ないがお願いするよ。あと、名前はすでに誰かから聞いているだろう。ジョーだよ。エースのジョー。」

「頼むからもう顔を見せないで欲しいのですがね」

「それは無理ですよ。私はあなたにもう一度会いたい。あなたと戦うために会いたいからね。じゃあね愛しているよ。」

「愛しているとか勘弁してください。まったく。」

 自分の立っていた位置にあった魔方陣を慎重に消していく。時限式で良かった。あのままそこに立っていたら、きっと爆散していましたよ。

「終わったか」草むらから顔を出すモーラとユーリ、エルフィ、メア。

 モーラが朽ち果てた人形をポーンと放り投げる。ああ、これが、彼女の言う「傍らの人」ですか。人じゃないですねえ。

「おやモーラさんこんな近くにいたんですね。見ていたんですね。」

「ああ、わかっておったのじゃろう。」

「最初からなんか人質を取るタイプではないとは思っていましたが、戦いを誰かに見ていて欲しいタイプの変態さんだったんですね。」

「にしてもおぬしは、ひどいことを言っておったな。」

「そうでも言わないと引いてくれないと思って言ったんですが、すいません逆効果でした。」

「見てみい、みんなへこんでいるぞ。」

「でも、ちゃんと最後にすべて守るといったじゃないですか。」

「そんなのは詭弁じゃろう。実際どうするつもりだったんじゃ、あの場面。」

「いや、本当だったら、あのイメージ投影している魔法の中に、空間ねじ曲げて通路を作って、その場所に行っていますよ。」

「なんじゃと、そんなことができるのか。」

「無理にでもやっていたでしょう。でも、見たときからフェイクだってわかりましたからねえ。」

「そういうことか。みんな聞いたか?こやつの能力は計り知れんな。」

「ご主人様、すごすぎます。私を創造した錬金術師様よりも数段上を行っています。」

「そんなわけないですよ。私にはあなたを作ることはできません。」

「いいえ、多分数年後には作れるようになります。創造主は、10年以上かかっていますから。」

「まあ、そんなことはどうでもよい。このあとどうするのじゃ」

「この男に誤解だったことを町に謝まらせて、建物を作り直すところまで見届けますか?」

 メアさんが言いました。転がっている男を見下すような目で見ながら。

「まあ、そうなるのう。」

「あ」パチリと指を鳴らしアンジーの周りの球体を砕く。

「ふう、やっとでられたわ。でも、こんなものいつ作れるようになったの?」

「ああ、モーラの手の中で風を防ぐためのシールドを研究していまして、モーラさんの頭部とか前面に張っている見えないシールドを解析してみたんですよ。でも、どうやっても球体にしかならなくて。もっと研究しないと。」

「それをすぐ使えるようになると。はあ、そういうことですか。」アンジーが頭を抱える。

「人の体の秘密を勝手に暴くな」とは、モーラです、怒っていますか?

「いや、秘密って言っても自分で理解して使っているわけじゃありませんよね、その仕組み。飛ぼうとすると自動的に起動していますよねえ。」

「そりゃあ本能じゃからのう。」

「でも次からは快適な旅ができそうですね。皆さんも安全に空の旅ができますよ」

 全員、首を横に振る。モーラさえも

「え?楽しいじゃないですか」

「みんながみんな空の旅を楽しいと思えるとは限りませんよ。」

 アンジーの言葉に全員うなずく。

「悪いがわしも同じじゃ。」

「ええ?今回飛んだのは?」

「あれは、風の奴が来て今回のことを言ったから飛んだだけで、あまり頻繁に飛ぶと周りのドラゴンの目を引くのでなあ。縄張り侵犯ということになりかねん。」

「ええ、じゃあ陸上を行ったって同じじゃないですか。」

「陸上をこの姿で行くということは、こちらには危害を加える意志がないと思ってくれるのでなあ。それでも、これまで勝負を申し込まれて、回避してきた奴らのところを通れば確実に攻撃されるかもしれん。いや、かもしれんではなく、確実に攻撃されるな。縄張り侵犯じゃから、いい攻撃の機会じゃし。」

「ああ、なるほど。ドラゴンの世界も大変なんですね。」

「いや、わしだけじゃ。これまであまりにも他のドラゴンと交流していなかったからのう。」

「引きこもりですか」

「それでも生きていられるのがドラゴンじゃ。」

「モーラ様、ドラゴンの世界の末席と言っていますが、もしかして自分の力がどのくらいかわかっていないということですか?」ユーリがめずらしく尋ねる。

「そうなるな。なんせ、勝負を挑まれてもすぐに降参していたので相手にしようと思わなくなってくれたのでな。」

「それまでは、どうだったのですか?」

「ああ、最初の頃は、イヤイヤ相手をしていたが、一応負けてはおらん。そのうち試合が面倒くさくなって相手をしなくなったわ。飽きてしまってな。それでも何度も再戦申し込む奴とかその噂を聞きつけて挑戦してくる連中も増えて、本当にいやになったのじゃ。」

「でもそれってほぼ最強なのでは?」

「わしだって、一時期そう思ったが、よく考えれば、本当に強い奴は、そもそも仕掛けてこないものなのじゃよ。強い弱いで一喜一憂しているのは、それこそ末端なのじゃよ。」

「なんかすごいです。」ユーリが感心している。

「わしは単なる引きこもりじゃ。それ以上でもそれ以下でもないわい。」

「さて、そろそろ縛っているひもを解きますか。」

「は、早くしてくれ。死ぬ。」

「しゃべられるということは、まだ大丈夫ですね。骨の2・3本もヒビ入れときますか?痛いんですよ、夜に眠られないくらいに。」

「よせ、もういいじゃろう。こんな小物に。」

「はいそうします。」パチンと指を鳴らすと縄が消える。

「その縄みたいのいったいどうやるんじゃそれ。」

「企業秘密です。」(空気を極細の糸状にして放っています。)

「さて、あなたは勝手に誤解したことをあそこの村長に謝って、建物を直してくださいね。」

「わかった。」

「あと、これからは本当に気をつけて生活してくださいね。腕落ちるかも知れませんから」

「おい、それ本当なのか。」

「ええ、一度切っていますから。切断面がちゃんとくっついていないと取れますよ。」

「本当か」

「試してみますか、一度切った腕を再度切り落とすと取れやすくなりますけど。」

「いや、いい。やめておく。」

「決して無理はしないように。」

「ああ、そうする」

「それと、私たちのことは誰にも言わないでくださいね。まあ、事の顛末を聞かれて、拷問されそうなら殺されないように話しても良いですけど。」

「それは助かる。」

「とりあえず、村長のところに行きますか。」

 おとなしくなった彼を引き渡し、謝罪させていました。しきりと肩のあたりを気にしていますが、大丈夫ですよちゃんとくっついていますから。


 あの男を引き渡してから、皆さんと合流しての帰り道

「あそこは、立ち退きをさせようとしていたらしく、かえって解体の手間が省けたと笑っていましたねえ。なので、建築作業は無くなったみたいです。」

「こうしてみると、また踊らされた気がしないでもないが。」

「と思いますが。誰ですかね?彼女との戦いを止めた人は。「あの方」とエースのジョーは言っていましたが。」

「あの方・・・か」

「気になりますか?アンジー」

「え、ええ、どんな人なのでしょうか」

 どうも歯切れが悪いですね。誰か心当たりがあるんでしょうか。

「人なんですかねえ」

「なぜそう思うのですか?」ユーリが不思議そうに聞く。

「どうも人と言うよりは、魔族とかなんじゃないですかねえ。」

「でも、それならあなたをさっさと殺しておいた方が良いでしょう、なんで中途半端に助けるのかしら?」アンジーが疑問をぶつけてくる。

「ですよねえ。もしかしたら試されているのかもしれませんね。」

「試す・・・ですか?」ユーリが首をかしげている。

「敵になるかどうか、まあこれだけのことをしておいて味方になれはないでしょうけど、能力が低ければ相手にする必要もない、そう考えているのではないですかね。」

「ちょっかいをだす必要はありますか?」メアも不思議そうだ。

「まあ、成長しているかどうかを見きわめたいというのは、考えすぎですか。」

「考えてもしかたなかろう。どのみち襲ってくれば対応せざるを得ん。」

「こちらから反撃できないのがちょっと。」メアさんが不機嫌です。

「反撃できるか?」

「無理でしょうねえ。あの時、お互いの魔力がパンパンに膨れ上がっている状態で雷迅一閃させて、魔力の暴発も抑えてそれぞれを無事に助けるとか、それこそ神業ですよ。」

「神業。神か。」

「ええ、神様とはいいませんけど、ものすごく能力が高いですよ。」

「そんなことはどうでもよい。どうやって帰るのじゃ。歩きか?」

「ポータル使いましょう。」

「しょうがないですね。」アンジーが同意する。早く帰りたいようです。

「うれしそうにするな。わしは使いたくないわ」

「とりあえず、見てみましょう。でも、お風呂に入りたいので、明日帰ることにして、今日は、お泊まりですね。」

「そうせざるを得んな。」

「お風呂~~~」

「おお、そうであった。あのお風呂か。久しぶりじゃ。楽しみだのう。」

「そんなに良い風呂なのですか?」ユーリが不思議そうに言う。

「おお、入ったらわかるぞ。」なんでモーラが偉そうなんですか。

「食事はどうしますか。」メアが冷静に言う。

「そうですね、保存食なんてありませんよ。あと寝具も、あちらとつないでみて、あっちから持ってきましょう。」

「しようがないのう」そうこうしているうちにお風呂場に入る扉の前に立つ。

「でわ、扉を開きまーす。」その声に反応して、空間をつないだときの暗黒画面がでてきましたが、どこにもつながらず、お風呂が見えています。

「そこどこですか?」

「あれ?つながりませんね。ああ、そういえば、あちら側にマーカー打ち忘れていますね。それじゃあ、つながりませんよねえ。」

「なんじゃそれは。あちら側からはつながったじゃろう。」

「ですから、こっちにはマーカーが打ってあるんですが、あっちにはマーカーを打って無いんですよ」

「使えん奴じゃ。」

「だって使わないって言ったじゃないですか。」

「とりあえず、捕まえてきました。」

 エルフィがいなくなったと思ったら弓を手にウサギらしき獣を手に持っている。

「エルフィ、狩りは得意か。」

「はい、」

 うれしそうだ。笑顔が爽やかですね。

「じゃが、一人にならんよう気をつけろと言うたじゃろうが。」

「ここは、森の奥まで警戒用の結界が張ってありましたよ~。」

「ああ、そうじゃったな。これで食事は・・・」

 モーラがそう言ってメアを見たが、悲しそうにしている。

「メアさんその絶望的な顔は。もしかして」

「はい、調味料がありません。」

 本当に申し訳なさそうです。

「しまったあああああああ。モーラ一生の不覚。」

 なんであなたが一生の不覚のなのですか?

「もうすっかり人間らしくなりましたね。最弱無敗のドラゴンさん」

 アンジーがうれしそうに言う。ああ、いいフレーズですね。ライムツリーをうたいたくなりました。

「そう言う二つ名をつけるな恥ずかしい。」


 とりあえず、食事と入浴して一夜が明けました。当然、ベッドでは無く居間で雑魚寝です。だって、ベッドは、3人分しかありません、しかも1つは子供用で小さいですし。

 さすがに魔力量が落ちていますので、早寝遅起きです。でも、遅起きはできませんでした。


○りたーんとぅざ次の街

 朝になりました。すがすがしい朝です。朝食はやはり簡素な物になってしまいました。

「あー物足りん。醤油が欲しい。」

「贅沢は敵です、我慢してください。」私の言葉にメアが申し訳なさそうです。

「一度生活レベルを上げるとなかなか下げることができないわねえ」

 アンジー、そうですよね。でも我慢は大事ですよ。

「ユーリはそうでもなさそうじゃが」モーラがユーリを見て言った。

「おいしい食事だけで十分幸せです。」ユーリがうれしそうに元気に食べています。

「それはそうなんじゃが。早くもっとおいしい料理が食べたいのう。」

「おばあちゃんそれは言わない約束でしょう?」

「くだらない小芝居はやめてください。」まったくどこのコントですか。


「さて、ちょっと町に行ってきますね?」

「どうするのじゃ」

「あの街に戻る算段をしに、アンジーとメアさんと一緒に行ってきます。」

「うむ、」

「それで、申し訳ないのですが、」

「わしに残れというのじゃな。」

「はい、本当は全員で行きたいのですが、エルフィとユーリをお願いします。」

「エルフィは、あまり人混みに行きたくないじゃろうしな」モーラの言葉にエルフィが何度もうなずいている。

「でも、メアは一緒に行くのか?」

「ええ、メアさんは、当面の物資調達もありますので、」

「しかたないのう。」この辺は大人ですねえ。

「ユーリもエルフィも、たぶんモーラがそばにいれば安心できると思いますし。」

「ああ、こやつらに必要なのは、修羅場の経験値か。」

「はい、能力的には十分なのですが、なにぶん怖がりなので。そばで誰か叱咤してくれる人がいれば戦闘になっても大丈夫かと。」

「うむ、しかたないのう」

「本当は全員で行けると良いのですが。メアさんだけでなく、ユーリ、エルフィといきなり3人も増えるとさすがに周囲の目が気になりますので。」

「奴隷商人の面目躍如じゃのう。でも、昨日の男がホムンクルスとかエルフとか騒いでいたのじゃろう?嫌われたりせんか?一緒に帰るのであれば、しばらくいることになるし、ばれるのではないか。」

「その辺を一度行って感触を見てきます。」

「そうか、ここの町のみんなは、そんなこと気にせんと思うがな。」

「私もそう思うのですが、ユーリやエルフィにとっては、初めての土地です。しかも、最終的にはここで暮らすことになります。お互いあまり悪いイメージを持って欲しくないのですよ」

「ああ、そうじゃな。ここで暮らすことになるんじゃな。」モーラが遠い目をしています。

「もちろんモーラも一緒に暮らすんですからね。」アンジーがさっと強く告げる。

「その話は後じゃ。さっさと行ってこんか。」

「はいはい、それではユーリ、エルフィ、おばあちゃんの面倒を見ていてくださいね。」

 むくれているユーリの頭をなでてから玄関に向かう。

「なにがばばあじゃ。とっと行け。」

「では、行ってきます。」

「気をつけてな」「気をつけて行ってきてください。」「お気をつけて。」


 道すがら

「ご主人様、全員で移動しなくてよかったのでしょうか」

「しようがないのよ、メア。ここは良くも悪くも田舎なの。なじむまでが大変なのよ。」

「そうなんですか?」

「私はね、有翼人だから、この人に預けられたの。」

「そういえばそうでしたねえ。私も流れ者が居着いたということになっていますしね。」

「そうそう。それでこいつは私を預かることになったのよ。」

「はあ、そうなんですか」

「でも、アンジーも私に懐いたフリをしていたじゃないですか。」

「そうなんだけど、でもね、他の人には懐けなかったのもあるのよ。」

「そういえば独りでしたね。」

「ええ、どこにいても独り。世話をしてもらったり、食事ももらえるけど、好奇の目で見られていたのよ。さらし者よね。」

「寝るところとかはどうしていたのですか?」

「あの、外壁の外の壊れた小屋ね。」

「最初にあった場所ですか?あそこには寝具なんて無かったと思いますが。」

「今更?そうよ着の身着のままで、あそこで雑魚寝よ。知らなかったの?」

「初めて聞きました。あの頃あなたは、口数が極端に少なくて、ずーっと私の服の裾をつかんでいましたから。」

「ええ、その前はあなたが現れるまで静かにしていたわ。でもすぐあなたと出会ったの。こちらから探していたから偶然では無く必然ね。」

「そうだったんですか。あの時はそんなことになっていたなんて言わなかったじゃないですか。」

「言いたくないわよ。その後は、普通以上に町のみんなに良くしてもらっているもの。その落差がひどいのよね。」

「田舎あるあるですね。定住すると、とたんに馴れ馴れしくなるし、いろいろ世話も焼いてくる。」

「日々の暮らしに変化が無いから、好奇心の塊がやってくるのよ。まあ、無言でやりすごしていれば、勝手に解釈するから、かわせもするのだけれど」

「あなたもたいがいひねくれていますね。」

「これまでも世界を外から眺めて生きていますから。」

「さて、昔話はここまでにしましょう。とりあえず情報収集してそれから、あの街に戻る算段を考えましょう。」

「はい、それと食料とか衣類の調達もします。」

「それもありますねえ。」

「お金あるの?」

「心許ないですけど。メアさん」

「大丈夫です。こんな事もあろうかと、お金は持ってきました。」

「ありがたいことです。」

「モーラも連れてくれば良かった。」

「それは、さすがにエルフィとユーリだけにはできないでしょう。」

「そうよね、メアには来てもらわないと生活必需品は用意できないし。」

 そんな話をしながら歩いているとようやく町が見えてきました。

 おや見張りがいますねえ。ああ、拉致されました。というか、いきなり村長さんのところに連れて行かれました。何かしくじりましたかねえ。


 一方、家の3人はというと。静かにしていました。何もすることがないのです。本当に。

「そういえば、買い物と一緒に帰る算段をしにあやつらが出かけていたがどうなったのか」

 家に残してあった乾パンをポリポリと食べながらモーラが言う。子どものようです。

「噂をすれば~帰ってきたようですよ~」エルフィが声とは裏腹にほっとした表情になった。

「ただいま帰りました。」

「どうじゃった」

「ええ、帰る方法が見つかりました。ここからあの街まで馬車を仕立てるそうで、結構な人が行くことになりました。」

「なるほど、で、わしらは乗れるのか?」

「はい、馬車は5両編成です。」

「すごい数じゃないか。」

「まあ、こちらの交渉の手駒がメアさんというホムンクルスでして、能力的に段違いなものを見せつけましたので。あと、」

 私は、そう言いながらアンジーをつい見てしまう。そう、むくれているアンジーをです。

「天使の加護です。絶大でしたよ。」メアが微笑みながら言う。

「ふ、不本意ながら」アンジーがすごーく嫌そうですが。

「そうじゃろう?こんなこともあろうかとあらかじめ用意しておいたのじゃ。」

「そうなんです。実はあの商隊の噂を聞いた方が、この町に行商に来た時に、アンジーさんの事を大げさに話したようで、噂が噂を呼んで大人気になっていました。」

 メアがうれしそうに言っている。げんなりしているアンジー。

「うん、うん、そうじゃろう。」モーラ満足そうですね。

「人を見世物みたいに・・・ぐす。本当はモーラがやっていればいいのに」

 いじられて涙目になってきました。私はそっと近づいて頭をなでます。抱きついてすんすん泣いています。本当に幼児化していませんか?

「わるかったとは思っておる。じゃが、わしは、表に出てはまずいと言っておろう。すまんがよろしくな。」

「か、傀儡政権ってなんですか~?」ってエルフィまで私の頭覗かないでください。

「すいません、リンクしやすくなっているんだと思います。ああ、これって浮気はすぐわかりますね~、でも、私は、浮気を3回までなら許しますよ~。」いや、あなたと夫婦になるとは一度も言っていませんが。私のストライクゾーン知っていますよね。

「ひどいです~、私のこと~、もてあそんだんですね~」いやいや、そんな事実はどこにありますか。

「勝手に~私を隷属させておいて~、ひどいです~。しかも年増とか~行き送れとか~思っているんですね~。」いやいやそんなことも思っていませんよ。エルフにしては若い方なんですよね。でも、エルフさん早熟ですから、もう私のストライクゾーンをとうに越えています。

「ひどい~、ひどいです~。」

「もうそのへんで小芝居はやめておけ。それで、いつ出発じゃ。」

「2週間くらいはかかりそうです。なにせ皆さんここぞとばかりに街に行きたがりまして、旅団を編成するのに時間がかかるそうです。」

「なんじゃそれは、大丈夫なのか?帰りは命の保証はないのじゃぞ。」

「それは、次の商隊について帰ってくるそうです。」

「そんなにすぐ来るのか?」

「これを機に貿易を拡大するみたいです。そのための交渉とルートの調査だそうで。」

「死んでもしらんぞ」

「だから!!こんなややこしいことにしたのは誰ですか。」

「まあ、それならしようがないのう。」

「とほほ、やっぱりモーラの手の上に乗って帰った方がいいんじゃないですか?」

「じゃから縄張り侵犯じゃと何度言えば。」

「これを機にどなたか友達を」

「今更無理じゃ。」

「しばらくはここで平和に暮らせそうですね。」

「たぶんそうなるのじゃろう」


 翌日、エルフィとユーリを連れて町まで行ったが、アンジーとともに暮らす家族であると紹介すると、すんなり受け入れられた。(のちにアンジー効果と言われる)

 さらに馬車の護衛の戦力として加わることになった。

「ユーリは経験者ですけど、エルフィは、大丈夫ですかね」

「一応冒険者やっておったのだから大丈夫じゃろう?」

「そういえばそうでした。」


○そうしてしばらくはお家に

 久しぶりの家ですが、なにぶんにも人数が増えてしまい、部屋を作ろうにも時間も無いので、毎日リビングで雑魚寝です。

「2週間のしんぼうじゃなあ」

「いや、あと1週間増やしますよ。死にたくありませんから。」

 あれから、戦闘訓練を本格的にしないとまずいと私が力説しまして、訓練期間を1週間増やしました。そのくらいでは何も変わらないとは思いますが、天使の加護が薄れているから何が起こるかわからないということにしましたので。

「あのお風呂すごいですね。入っていてリラックスできるし、入った後も湯冷めしない、どういう原理なんですか?」ユーリが目をキラキラさせている。

「浴槽の木の材質と脱衣所の気密に秘密がありますよ。」

「そうなんですか。やはりこだわりは必要なんですね。」

「この家で一番こだわった部屋ですから。」

「自室とか厨房とかにはこだわらなかったものねえ。」一緒に作っていたアンジーもその時のことを思い出しながら言いました。

「自室は、寝るだけでしたし、厨房は、こだわるほど料理しませんでしたしねえ。調味料も塩とこしょうくらいでしたから。」

「ご主人様、私は納得いきません。このような狭い厨房では、料理がしづらくて。まったく料理をする人の動線を考慮していませんね。」

「そうですね。なにぶん2人暮らしを想定していましたから。」

「そうです。私との愛の巣になる予定・・・おっと誰か来たようだ。あわわ」

 アンジーすっかり立ち直ってよかったです。

「何をくだらない芝居をしておるのじゃ。しかし、確かにあの街の借家からすれば、かなり小さいし稚拙ではあるな。」

「モーラがそれを言いますか。初めて建てた家ですよ、勘弁してください。それならこちらに皆さんと戻ってこられた時には新しい家を建てましょうか。」

「良いですね。そうしましょう。」

「わしが遊びに来ることも考えてくれるじゃろうか。」

「え?一緒に暮らさないんですか?ああ、ネストもありますし。その姿じゃ不便ですものねえ。」

「一緒に暮らさないのですか?」ユーリが寂しそうに聞く。

「そう言ってくれるのはうれしいのう。」手を伸ばしてあたまをなでる。微笑ましいですね。

「そういうのは帰ってきてから考えましょう。ね。」

「そうですね。」

「ご主人様、お願いがあります。厨房のレイアウトを直していただいても良いですか?」メアさんが真剣な顔で言う。

「いいですけど、すぐできますか?」

「はい、すぐできると思います。」そう言って私の腕をつかみ腕を抱え、胸をぐいぐいと押しつけながら台所まで移動します。ちょっとドキドキしています。

「どうしますか?」

「では、この洗い場を少しずらして、作業場所を大きくしたいのです。」

「であれば、対面型にしますか。」

「どういう形ですか?」「調理したものを手渡しで居間にすぐ渡せる仕組みです。」

「なるほど、そういう仕組みもあるのですね。」

「メアさんの料理する後ろ姿が見られなくなりますが、顔が見えるようになりますよ。」

「ぜひ。」ちょっと頬を染めているのが可愛いです。

そう言って、厨房のレイアウトを変える。水の配管が少し面倒でしたけど、火は元から調理台の下に炭が入るようになっていますので、移動は簡単でしたね。


「なるほどのう、うまく変更するものじゃ。」居間から台所が直接のぞけるようになりましたので、ひょこっと顔を出しています。

「これでかなり作業がしやすくなります。」

「6人分だから大変ですものね。」

「作業スペースがあれば、そんなに面倒ではないのですが、何分狭いので」

「さあ、これで夕食にとりかかれます。」

「食材は大丈夫ですか?」

「はい、先ほど皆さんから天使様への貢ぎ物としてたくさんいただきましたので。」

「アンジー、リクエストはありますか?」

「ご飯よりもお菓子食べたい。」

「それは、明日以降ですね。」

「本当?」

「ええ、材料が確保できたらですけど。」

「わーい」アンジーあなた子どもですか

「その際にご主人様。かまどがもう一つ欲しいのですが。」

「えーーーー。」

「お父ちゃん頑張ってー。」

「ええ、頑張ります。今回は、アンジーが一番頑張ってくれていますから。」

「う、うえーーーんありがどう」アンジーさんすでに涙声です。最近涙もろくなっていませんか。

「違うもん。地が出てきただけだもん。」

「いままで、しっかり者を演じてきたのですね。で、ちょっと甘えてみたくなったんですね。」メアさんがダメ押しのようにつぶやいた。

「知らない!!」そう言って居間に戻っていった。なんだかエルフィの胸にダイブして胸をめちゃくちゃに揉んでいますけどいいんですかねえ。

「ご主人様、失礼な想像はやめてください。」

「え?ああ、そうですねすいません。」

「そうです。メア母さんと4姉妹とか、私は母ではありません。」

「そうですねえ。エルフィがおっとりおばあちゃん的な感じになるので、3姉妹ですか。」

「私が母親の立場は変わらないと。」

「しっかりしたメイドさんですかねえ。」

「それなら良いです。」

「いいんですか?」

「少なくとも、妻になる可能性がありますから。」

「ああ、なるほど。」

 厨房のかまどは、翌朝作りました。いろいろと注文が多いので何回も作り直しました。なんでもピザが作れるような奴なんだそうです。作れるんですか?


 そうしてほぼ毎日のように町に行き、合流して、森で魔物や獣を追い立てて訓練をしました。なにげにメアさんの気合いが入ってしまい、鬼軍曹と呼ばれていました。軍曹ってこの辺の言葉ではありませんよね。メアさんが軍曹と呼べと言っていたんですか。なるほど。


○出立日の前

 前々日は、盛大な壮行会になっていました、うかれすぎていませんか?大丈夫なのでしょうか。

 その日の夜、ここの村長の発声で宴会が進む。もちろん、肉などは、遠征組のコンビネーションを訓練するためにわざわざ森の中で魔獣を狩っていたので、かなりの量になりました。あとは、酒、酒、酒です。どこにこれだけの量があるというのか、と思えるぐらいの量が酒場に積んでありました。樽が酒場の裏にあったようですけど、どんなに追加しても出てくる。その場で醸造していませんか?


 宴会と言えば、ケンカもよくあります。でも今回は、酔っ払いの小競り合い程度ですんでいます。もちろん、険悪な雰囲気も何度かあったのですが、うちのドラゴンと天使様が間に入って双方を諫めるという役回りで和やかな雰囲気で進んでいました。それでも、モーラが飲み過ぎて酔っ払ったため、ちょっと迷惑な存在になってしまい、さらにいわゆる絡み酒になりそうだったので、酔っ払う幼女には早々に退場いただくことにしました。

「ユーリお願いできますか。」

「はい、こんなモーラさん初めて見ました」

「まあ、モーラの正体なんてこんなものよ。」アンジーがうそぶく。

「にゃにおう、わらしのなにがわかるぅというのら」いや、机たたいても可愛いだけですから。

「ようしわかっら、ここでわらしのほんろうのすがらを・・・」服を脱ぎ出そうとする。

「いやいや、ここで本当の姿さらしたら建物壊すでしょう。」私は、服を脱ごうとするのを止めて、ユーリと一緒にモーラを抱えて外に出る。アンジーにはあとよろしくと目で合図して。

「楽しかったんですねえ」酔いを覚ますために少し外で座っている。

「そうみたいです。お祭りだからとけっこうお酒飲まされていましたから。」

「悪い大人が多いですね。まあ、モーラは、お酒大好きなのでしようがないですけど」

「そうなんですか?」

「ええ、この姿になったのも飲み過ぎて暴れるのを防ぐためだと言っていましたから」

「そうですか。」

「連れ出してしまって今更ですが、ユーリは残りたかったですか?」

「どうでしょう、お酒はあまり好きではないです。苦いので」

「そうですね、わたしもあまり好きではありませんよ。でも、傭兵団の方々は大好きでしょう?うまく避けられたのですか?」

「ええ、まあ、乾杯の後、具合悪いふりをして逃げ出していましたから。」

「そういうのは、うまくなりますよね。」

「あるじ様もそうだったんですか。」

「そうみたいですね。でも、宴会で騒いでいるのを見るのは好きでしたよ。うらやましいなあって思って見ていたみたいです。」

「僕も今なら、皆さんと騒いでみたい気がします。でも、お酒が・・・」

「お酒じゃなくても宴会は楽しいですよ。」

「そうですね。」

「さて、眠ったようですし家まで戻りましょうか。」

「いいのですか?」

「アンジーもメアさんもいるので大丈夫かと思います。それに女の子を夜に一人歩きさせることはできませんから。」

「ありがとうございます。うれしいです。デートみたいで。」

「では、手をつないで帰りますか。」

「はい」モーラを背中に背負いユーリと手をつないで帰りました。


 その頃、宴会をやっている酒場では、次なる騒動が起きていた。

「いってぇ」そう言って、手を振っている男がいる。エルフィがテーブルで寝ている。

「なんだよ、こいつは、寝ているので手を貸そうとしたらいきなり・・」

「おや、下心が気付かれたね。」宿屋兼居酒屋のおかみさんが笑っている。

「いや、そんなことは、まあ、少しは」

「どけよ俺が」手を肩に掛けようと触った瞬間。見えない手がそれをはらう。

「うわっ、なんだ手が見えねえ。起きてるんじゃないのか?」

「これはすごい、条件反射じゃのう。」村長が笑ってみている。モーラじゃないよ。

「男はこれだから、どれ、わたしが」

 そう言って女店員が手をかけると。やさしく手を払った。

「なるほど、悪意を感知しているんでしょうか。」

「すごいですねえ。」メアさんが感心しているが、周囲はシーンとなってしまっている。まあ、興味本位というのが本当のところでしょうか。

「では、わたしが」メアさんが近づき、手を掛ける。エルフィが手を払う。その攻防が何度も繰り返される。どんどんスピードがあがり、お互いの手が見えなくなる。

「すごい、すごい速さだ」何でか知らないが、見ている方から拍手がでて、拍手がだんだん大きくなる。

メアさんが、「これで終わりにします。」そう言って、周囲の空気が冷たく感じるほどの気合いを込めて、手を突き出す。それさえも反射的に止めたエルフィの裏拳をメアさんは受け止め、腕を決めつつ、脇からすくい上げ軽々と抱え上げる。そこまでされてもなお、相変わらず、エルフィは寝ている。

「猛獣使い・・」周囲からはどよめきと共に言葉が漏れる。そして、再び拍手が沸き起こる。

「いえ、そのようなことはありませんよ。酔っ払いの対応は初めてではありませんので。では、これにて失礼します。場の雰囲気を壊してしまったことをお詫びします。」

「いやいや、結構な余興をありがとうございました。明後日はよろしくお願いします。」村長が微笑んでいる。

「それでは失礼します。」エルフィを抱えたままスカートの裾をつまんで膝を落としてお辞儀をして、扉を開けたアンジーの横を通って外に出て行く。アンジーはお辞儀をして扉を閉める。

「助かったわ、どうしようかと思ったもの」

「いえ、すでに酔いは覚めていると思われます。」

「そうなの?」

「はい、肩に担ぎ上げるときには、すでに素直にしていましたから」

「エルフィ?起きてる?」

「・・・はい・・・」

「あれって条件反射なのよね」

「どうも、そうらしいんです。」

「それは、大変な苦労をしていますね。」

「・・・は・・・い・・・恥ずかしくて起きられません。出発日までどうしたら・・・」

「誰も気にしてないわよ。」

「でも、旦那様に知られたら・・・」

「ちょっと前に酔っ払ったモーラを連れ出しているから、気にしないと思うわよ」

「そうでしょうか。」

「気になるなら黙っていてあげるわよ。でもお酒が好きでも弱くて、さらにすぐ醒めるってすごいわね。」

「はい、でも、寝ているときの記憶が無いので、不安で。起きたら周囲が苦笑いしていることも多くて。」

「それでもお酒が好きなのね。」

「はい、お酒を飲んで寝てしまうとき、そして酔いが醒めて起きだすとき、周囲の雑然とざわついている雰囲気が好きです。うれしくなります。」

「そうなのね。」

「そろそろ降ろしてください。」

「大丈夫ですか?」

「それよりも胸が苦しくて。」

「抱え方が悪かったですね。」

「ごめんなさい。」

「謝る必要はありません。持てる者のつらさですね、参考になりました。」

「とほほ。ないものの悲しさを感じるわ。」

「そうですね」

 そうして、3人には家に戻った。居間でみんなで寝ていたが、モーラのいびきであまり眠れなかったのです。ええ、モーラを最初から別な部屋に隔離したのに、です。


○ 出発当日

 やはりなんでも最初は緊張します。みなさんの緊張感がピリピリと伝わってきます。

 特にエルフィは、人見知りをして壮行会で飲み過ぎて醜態をさらしたので、なおさら小さくなって肩をすぼめています。しかし、胸が強調されすぎて、みんなが目のやり場に困って視線をそらしているのですが、それを自分がやらかしたためにみんなが見てくれないと思い込み、さらに縮こまるという無限ループに入っていました。まあ、メアさんが気付いて耳打ちしてさらに顔が赤くなったというのは、後から聞いた話です。

 1つの荷馬車の荷物の隙間に贅沢にも私たちだけ乗せてもらっています。そこで、最終確認をしました。

「今回は獣がモーラの気配や匂いを感じませんから、当然襲ってきますので、注意してくださいね。」

 エルフィとメアさんとユーリとアンジーに告げる。うなずいてはいるが、町の人と一緒に戦うことになるので、いつもと勝手が違うのか、全員緊張している。

「わしにずっと気配を殺していろというのか?さすがに匂いは消せはせんぞ。」

「はい、それは本人では厳しいでしょう。」

「どうするのじゃ?」

「こうします。」音のしない指ぱっちんでモーラの周りに見えないシールドを張りました。

「これは、あの時アンジーにかけた魔法じゃな」

「はい、これは、その進化版で気配も匂いももらしません。ただ防御力は無くしてあります。」

「劣化版じゃ無いのかそれは、原理は・・・きかぬほうがよいか?」

「私も全部はわかりません。なにぶんモーラの魔法のパクりですので。気配は、人間程度になります。匂いは、空気清浄機みたいな機能をつけてみました。」

「空気清浄機ってなんじゃ。」

「ああ、匂いをすってきれいにするというか、うまくごまかす機械ですね。」

「ほう、よくわからん」

「たとえば、おならとか汗のにおいとかの匂いのもとを分解するんですよ。」

「分解とか、ますますわからん。」

「まあ、そういうことができるようにシールドに追加機能をつけましたので、この中に腐った肉を入れても匂いがもれません。」

「わしは腐った肉か?本当に効果があるのか?」

「家の生ゴミでテストしましたから大丈夫ですよ。」

「わしは、ゴミ以下か。」

「いいえ~、モーラ様の匂いは、良い匂いですよ~」エルフィがくんくんと鼻をかぐ。

「あと無色透明になっていますので・・」歩き出そうとしたモーラが見えない壁にぶつかって、ゴンっとかなりいい音がする。

「あいた。体と一緒に移動はせんのか。これは、まあそういうことか。檻なのじゃな。」

「動くときには声を掛けてもらわないとだめですね。馬車の中では、馬車自体に広げておきますので、馬車の中では動き回れますが、」

「と、トイレとかは・・・」

「それは、匂ってもしょうがないですね。シールドはずしますので外でしてください。」

「排泄物以下か。」

「いちいち、変な方向に考えないでください。あと、たまに周囲の獣を確認してください。強すぎる相手の時は、シールド解除しますから。」

「そううまくいくかのう」

「あくまでお試しなので、本当はあの町の人達に現実を突きつけないとダメなんですけど。」

「だよなあ、次の移動が大変になるじゃろう。」

「聞いた話では、前回モーラが一度通っているので、それだけでもかなり被害が減っているようですよ。特に匂いに敏感な魔獣・獣クラスは、モーラの通り道と勝手に認識して寄りつかないみたいです。」

「なるほどな。その効果はどのくらい持つのかのう。」

「わかりませんねえ。今回は、以前の恩恵でなんとかなるでしょうけど。今後はどうなるか。」

「あ、出発だそうですよ。」外を気にして御者台付近にいたユーリが言う。私とモーラを残して全員が馬車を出ました。

「荷台に載って移動するのは初めてなので緊張しますね。」

 御者台の人に挨拶をしてから荷台に戻り、モーラと一緒に並んで座る。やはり座る位置によっては、横揺れが厳しいですね。

「ああ、布団や毛布は?」

「荷物がけっこうありますから。最低限ですね。」

「これでは、道中、風呂は入られないのう」

「もちろんです。水浴びのできるところは、前回わかっていますからそれくらいですね。」

「風呂に入られないのが、いちばん堪えるのう」

『そうそう、メアさんは?』

『護衛なので荷馬車の方にいます。エルフィは、別の幌の高い荷馬車の上に、ユーリは最後尾の馬車に乗っています。』

『アンジーは?』

『先頭馬車の御者台ですね。』

『アンジー、聞こえていますか?』

『そっちでだらだらしたいー。』嫌がっているのが、声から感じられます。

『今回は無理そうですね。』

『よいか、わしが連絡するからうまくやるのじゃぞ』

『面倒くさいよー』

『おっ、さっそく獲物じゃ。エルフィいけるか。』

『こちらでも確認しました~了解です~。メアさんは、近づいてきたらお願いします~。』

『はい。』

『前途多難ですね。』

『こんなものじゃよ。』

「何か嫌な感じがします。止まってください」頭を抑えながらアンジーが言った。

「馬車を止めろー」リーダーの声に徐々に馬車が止まる。

 護衛でついてきた、ガチ体育会系の人達が武器を持って降りていく。

 一応申し合わせで、手に負えなくなったらメアさんが出て行くことにしていました。

 みんなで周囲を探索して、

「いたぞ、こっちに誘導しろ。」

「来たぞ。」

 事前に近くの森で魔物や獣を相手に連携の練習をしていたので、魔物を遠巻きにして傷を負わせて徐々に弱らせていきます。

 さすがに境界を越えて大物は来ないのでこの程度で済みそうです。

「最初は何とかなりましたね。」

「そうですね。」


 こうして、数日は、獣を倒しながら何事もなく過ぎていきました。

「さすがに遅々として進まんな。」

「しようがないです。獣が襲ってきたときに手に入れた新鮮な肉が、さらに魔獣を呼びますから。」

「匂いはとめられないしな。」

「食べられない分は、廃棄しながら進んでいますから、後ろから近づく獣や魔獣は、そちらに群がっているようですけど、風が追い風になると前から来ますからねえ。逆効果になる場合もありますしねえ。」

「こんな感じで進むのか。これはしんどいのう」

「前回が特殊だっただけですよ。あの時は、モーラのおかげで助かりました。」

「行程が倍かかるのか、しんどいのう。」

「2日に一体は遭遇していますから。まあ、新鮮な肉が常に手に入ると思えば。あと、強い魔獣の肉は獣よけになるみたいですから、一度遭遇すればかなり楽になりますよ。新鮮な肉にはありつけなくなりますが。」

「それはそれで倒せるかどうか微妙じゃなあ。あとやっぱり風呂がなあ。」

「そうですね。」

 さらに数日。アンジーが私たちの乗る馬車に戻ってきた。

「お役御免か。」

「ええ、様子見だそうです。いなくても周囲を見張れるように練習していたみたいで、私に頼らなくてもやって行けそうな感じになりました。実際、モーラが気付いて様子見をしている間に斥候が気付いていましたから。」

「であれば問題は無いな。」

「強い魔獣と遭遇しなければ、ですけど」

「そこじゃな。この道は、人間が頻繁に通っているから大丈夫だとは思うが、はぐれた魔獣や、手負いの魔獣が来ないことを祈るしかないのう。」

「人を襲う魔族とかね。」

「それは、さすがにないじゃろう。こんな田舎なら、被害を受けた段階で冒険者などを雇って町総出で討伐しているじゃろう。町には近づかんと思うぞ。」

「そうですね。心配しすぎですね。」

「はぐれて来ないとはいえないがな」

「お尻が痛いので少し寝ても良いですか。」

「ゆっくり休め。天使様」

「もう、モーラのせいなんですからね。」

「わかったわかった」モーラがそう言ってアンジーを見るとすでに寝息を立てていた。

「すまんなあ。」アンジーの髪を整えるモーラ。なんか本当に姉妹のようですね。

「う~ん、髪ベトベト~、水浴びしたい」寝言を言っています。でも、顔は笑っていますよ。


○盗賊の襲撃

 街が近づいたらしく、獣が襲ってくる周期が長くなってきました。余裕ができたせいか、別の問題が生じています。みんなの間の空気が少しピリピリしています。

 これだけ長期間馬車にゆられることなど経験したことはないから当然です。どんなに親しい間柄でも、いや、親しい間柄だからこそ一層、お互いの見えなかった部分が見えてきます。小さなストレスが少しずつたまっていきます。でも、初めての旅なので、我慢もしています。そんな時に限って盗賊が襲ってきます。

 そして、仲間の間に空いた隙間で、お互いの連携がうまくいかない。それは、人との戦闘をしたことがない人達にとっては、特にそうなるのです。獣なら単純に反応する動きも人相手だと当然違ってきます。そこに焦りが、判断を狂わせる何かが生まれるのです。お互いを信じられなくなり、相手につけ込む隙を与えてしまい、さらに互いに対する不信感が生まれ始めます。自分はうまくやっているのに、あいつはなんで、と。

「落ち着いて、連携が乱れています。目の前の敵に集中して。」

 ユーリが声を出す。女の子の通る声に自分を取り戻す。あんな小さな女の子が我々を冷静に観察して、指摘してきている。全く恥ずかしい。そして、あの女の子の戦いぶりはどうだ。我々の動きを見て、形勢の悪くなったところに徐々に移動して、不利な形勢を優位に変えていく。集団戦闘になれていて、しかもさりげなくアシストして、次の場所に移っていく。しかも強い相手ならなおさら自分を殺し、味方のアシストに徹している。一体どんな修羅場をくぐったらここまでうまくなるのだろうか。普通なら自分が前に出て戦った方がよほど効率が良さそうに見える。でも、絶対に自分を出さない控えめな姿勢。今回のたった一回の集団戦闘を見てもそれがわかる。負けてはいられない。そう、こういう形で戦うのが集団戦闘の本来なのだから。

 最初は素人集団となめてかかっていた盗賊達も劣勢になり、散り散りに逃げていった。

「追わないでください。待ち伏せされているかも知れません。」その女の子=ユーリの声に追いかけようとした男達の足が止まる。たった一度の戦闘でユーリは、みんなの絶大な信頼を得ていた。

「すごいじゃないかユーリ」

「かっこいいなユーリ」

「ああ、助けられたよ、ありがとうユーリ」

 みんなから声を掛けられ照れているユーリ。私の顔を見ると私に向かって走り出し、ぶつかるように抱きつきました。そして、胸に顔を埋めたまま肩が揺れている。

「あるじ様、少しこのままでいさせてください。」びっくりしているみんなには、手で合図をして、そのまましばらくそうしていた。みんなは傷の治療とかしている。幸いにもケガはたいしたことがないみたいだ。

「ありがとうございました。もう大丈夫です。」泣いていたのだろう、胸にぶつかるように顔を押し当てていたので、目が真っ赤に腫れている。もちろん私の服もけっこう濡れている。

「落ち着いたかい?」

「はい、みんなの前で泣くのは恥ずかしかったので。」

「そうか、頑張ったんだね。そして、これまでの君の頑張りがようやくみんなに認められたんだね。」

「はい、それがうれしくて。うれしくて。」また、目を手で拭いだした。手拭きを渡すと。強くゴシゴシと拭きだすが、何度も何度も拭いている。涙が止まらないようだ。

「うれしいときの涙は見られてもいいんだよ。」

「はい、でも(いきさつを知らない)みんなが混乱するとこまるので」てへっと笑う。

「よく頑張った、えらいね。」そう言って私は抱きしめて頭をなでる。どうやら涙腺が決壊したようだ。今度は声を出して泣き始めた。モーラとアンジーが近づいてきて、モーラはお尻をアンジーは背中をポンポンとたたいている。泣くのをやめ手拭きで顔を一拭きして、手拭きを私に返して、深く息を吸い込み、顔を両手でパンパンとたたく。

「もう大丈夫です。みんなのところに行きます。」

 私がうなずいたのを見ると走り出した。

「よかったのう。培ってきたものが認められて。」

「そうね。うれしそうでよかったわ。」

「手放すタイミングかも知れませんね」そう言いながら寂しさを感じる。

「ああ、そうなのかもしれん。もったいないがのう」

「旅の終わりにユーリから言ってくるかも知れないわね」

「そうじゃろうか、わしらに遠慮して言わないような気もするが。」

「とりあえず、到着したら確認してみましょうか。」

「聞き方がむずかしいぞ、下手をすれば切り捨てられたような気持ちになるからな。」

「そうですねえ。でも、正直に言うと、いて欲しいと思っています。でも反面、我々と一緒にいてもあまり良いことにはならないとの思いもありますね。」

「一緒にいたいと言うと思いますけどね。」アンジーは言い切った。

「そうは思うんですが、私としては彼女の未来をゆがめるようで複雑です。」

「まあ、わしは最初に言ったぞ。かかわるからにはとことんじゃと。やつをあの傭兵団から連れ出したのもわしらじゃ。もし一緒に行きたいといったら最後まで面倒をみるんじゃ」

「そうでしたね。聞くのはやめておきましょう。」


 それからは、盗賊の方が斥候の網にかかり、魔獣や獣は全く見かけなくなった。

「今日は干し肉か。」

「そうですねえ。しかたないです。」

「今回は冷凍庫は積んできてないわな」

「さすがにこの狭さでは無理ですよ。他の人は、こんなにスペースは取れていませんよ。」

「それにしても、髪の毛がなあ。」

「そういえば、そういう所だけ、リアルに人間していますよね。いつでもツヤツヤとかにならないのですか?」

「わしもそうしたいのだが、食事をしたりするからなのか、どうやら代謝まで真似しないとならんようでなあ。わしにもどうにもならんのじゃ。」

「なるほど。」

「私だってそうですよ。本来は光の塊のはずなのに人型になった途端こういう制約を受けるんですよね。まあ、その不便さも受け入れなければならないんでしょうけど。」

「楽しんでいますねえ。」

「ちがうわ」「違います」

 馬車の中で、そんな話をしながら過ごしています。ええ、暇すぎて寝ていることにも飽きてしまいます。もっとも寝ながら魔方陣構築などをしていたりもするんですが、すぐに飽きてしまいます。せっかくの時間なんですけど。

「ねえ、メアさん。最近あるじ様とモーラ様とアンジーさんが妙に僕を見ているような気がするんですけど。何かありましたか?」

「活躍がまぶしいのでしょう。それと皆さんに打ち解けているあなたがうらやましいのかもしれません。あとは、保護者として男性の中にいるのが心配なのかも知れません。」

「そうですか。」

「男性の中にどなたか気になる人はいましたか?」

「まったくいません。僕はあるじ様一筋ですので。」

「もし、そういう人が現れたら、ちゃんと話を聞いてどちらにするか決めるのですよ。」

「ええ?断る一択ですけど。」

「そうであれば、仮に告白されたら、なおのことちゃんとお断りしないといけませんよ。男の方の逆恨みは、難しいので。どんな形で災いになるかわかりませんから。」

「男って難しいんですね。」

「ええ、人の心はわかりません。でも、普通の人ならちゃんと理解します。それでわからない人ならそれまでの人です。むしろそういう人だとわかって良かったと思わなければ。」

「そういうものですか。」

「私もそういうことに詳しいわけではありませんが、何分惚れっぽいと言われておりますので、気になる男性はいろいろ見てきました。それくらいの経験ですので参考にはなりませんが。」

「はあ。」


 そして、ついに盗賊の第2波がやってくる。今度は、前回よりもかなりの人数で襲ってきたようで。最初から防戦一方です。

「これはやばそうじゃのう。」

「あともう少しで街に着くんですがねえ。」

『エルフィ、持ちこたえられそうか。』

『五分五分ですね~。今回もユーリを中心に陣形を作って何とかしのいでいますけど~、もとももと、全体の動きを使って少しずつ削って~相手の数が徐々に減っていくというのが戦術ですけど~。今回はあまり減っていません~。あ~また同じ人が戻ってきました~。どうやら、倒されてもまた復帰してきて戦っているようです~。』

「そうか、気付かれたか。ユーリは優しいからのう」

「ええ、ユーリは盗賊相手にも軽いケガにとどめているようで、戦線復帰する盗賊がいます。見透かされていますね。こちら側が相手を殺せないのを。」

「優しさが裏目に出ているな。」

「それを味方も真似してしまっているのでしょう。」

「ああ、そういうことか。」

「確かに人を殺すことにためらいがあるでしょうが、ここを吹っ切らなければいけないのです。ですが、このままでは押し切られるかもしれません。」

「ユーリは、これまでもこうして切り抜けてきたのじゃろうなあ。自分は人を殺さずに」

「ええ、殺さずにね。たぶん魔獣や獣なら容赦していないんでしょうが。」

「同族殺しじゃからな。わしらでは、さすがにできん。」

「でます。」

「おぬし、行くのか。」

「今更ながらですが、あの子に人殺しをさせるわけにはいかないのだと気付きました。」

「わしらの責任かのう」

「はい、本来なら傭兵時代に修羅場をくぐっているはずだったのでしょうが、あの傭兵団のリーダーがかばっていたのでしょう、そして私にあとを頼むと言ったのです。これは責任重大でしたね。」

「おぬしは、殺せるのか?人を」

「たぶん怒りにまかせてでないと無理でしょう。ただ、腕の1本ずつくらいは、もらうつもりです。そのあと出血多量で死んでもそれは、しかたがないことでしょう。」

「ひどい殺し方じゃな。おぬしはケガさせただけ、あとは、ケガが悪化して死ぬだけか。」

「とりあえず、殺さずに収めたいですね。」幌をあげ、両腕を回してから、息を吸って飛び降り、相手の右翼に突っ込む。


「こちらから奇襲です。」そう叫び、注意を引きつけて、いつものボクシングスタイルから、魔法で足を加速して、相手の不意を突く。脇腹に打ち込むいつものスタイル。けっして正面からは打ち合わない。きっと相手の方が戦闘経験は上ですから、こういう奇襲以外、太刀打ちできないでしょう。正々堂々正面からなんて、私には到底無理です。

 その男が、くの字に曲がって、私に重なり、私の姿が周囲から死角に入ったところで、移動して次の相手に近づく。ここで、双方ともに手が止まり、呆然と私を見ているようです。

「今だ、みんな。」ユーリの声に味方が一瞬早く動き出す。私が近づいていった右翼側は、私の動きに注意を払わねばならず、どう対処していいかわからず躊躇している。当然正面に対する動きは止まる。しかし、そこまでだった。

 私が武器を持っていないことを知ったようで、私を囲むように数人が立ちはだかり、奇襲はこれまでとなりました。しかし、中央の流れは、少しだけこちらに向かせることができました。ユーリのかけ声のおかげでできた、一瞬の差です。それから少しだけ膠着状態が続きますが、多勢に無勢、また徐々に押されるようになる。私も奇襲がメインで、囲まれれば、動きがとれない。魔法で一撃を加えても良いのだが、それでは、皆さんがせっかく積み上げてきた経験を無にしてしまう。

『ユーリが詠唱に入りたいと言っているが』モーラが私に連絡する。魔法剣を使いたくなるほど追い詰められましたか。

『我慢してください。そうしないと・・・』そうしないとどうなるのか考えてしまう。町のみんながユーリを手放さなくなるという考えがふと浮かぶ。ああ、私はやっぱりユーリを手放したくは無いんだと。

さらに、魔法剣を人に使ってしまったら、人を殺したら人生が変わってしまう。人にそれを使ってはいけない。私はそう考えている、でもそれも仕方の無いことだとこれから生きていく上で必要なことだと言い訳を考えている自分もいる。

 そんな時に反対側から叫び声が聞こえる。何が起きたのか。

『メアが街まで応援を呼びに行こうとして、近くにいたのを見つけたようじゃ。』

『なるほどその手がありましたか。というかそんなに街に近かったんですか?』

『最初から盗賊たちの動きを察知していたようですね。この距離を町から来られるわけがありません。』 

 メアさんからの言葉が届く。たぶんエルフィが中継しているのか。もしかしたら、エルフィが敵かと思いサーチしていたのでしょうか。

 とりあえず、盗賊は逃げ、我々は助かった。ユーリは腰が抜けたように座り込んでいた。メアが助け起こす。膝は震えているが、何とか立てる。私は反対側から肩を貸す。持ち上げられている感じか、足がぶらついている。

「大丈夫ですか?」

「はい、大丈夫です。でも、」そう言ってまた泣き出した。両肩を抱えられているので、泣き顔も隠せない。それでもかまわず泣いている。こんなにこの子の心は弱かったのか。

「あの時、薬屋さんで言われたことが、やっとわかりました。手加減してはいけない。全力でと言われていたのに、できませんでした。とても人を傷つけることはできませんでした。恐くて。」

「それを肩代わりしていたのですね、団長さん。」そこには、傭兵団の団長が立っていました。どうやら助けに来たのはあの商人さんに雇われている傭兵団だったようです。

「そうです、人を殺させないようにしていました。」

「ありがとうございます。殺させないでくれて。」私はユーリをメアさんに託して深くお辞儀をする。

「だが、弱くしてしまった。こんな風に。自分が守るべき信頼できる仲間のためになら、もしかしたら覚悟できるようになるかとも思ったのですが。」

「いいえ、この子は人を殺してはいけないのです。人殺しは彼女が背負う業ではありません。それは、そばにいる我々の背負うものです。彼女にそうさせないことが、私の果たすべき責任です。」

「でも、僕は人を殺そうとしました。」すがるような目で私を見てユーリは言った。

「いいえ、殺そうと思うことと、殺してしまうことは、気持ちは同じでも、全然別物です。人を殺してしまっては後戻りできないのです。人を殺すということはそういう事です。」

「・・・・」

「さて、団長さん、助けていただいてありがとうございました。」

「商人さんに頼まれてこの辺の盗賊を少し間引きするよう言われていたのですよ。たまたまです。たまたま。」そう言ってウィンクしますか。知っていましたね、来るのを。

「これは、借りを作ってしまいましたねえ」

「たぶん、うちの街での優先販売権をというところではないですかな。」わっはっはと笑っていられますが、もしかして、襲われるのを知っていながら、襲われるまで黙って見ていたということはありませんか?

「街まであとどのくらいですか?」

 実際の所、あの時の感覚だと3日くらいかと思いますが、

「そうですね、5日というところですか。天使様のご威光をもってすればですが。」

「いまは、そんなにわからなくなったの。ごめんなさい」アンジーが寄ってきた。

「そうなんですか?やはりあの時が特別だったんですねえ。」

「はい、今回はけっこう襲われてここまできました。こんなに大変だったんですね。あの時は本当に幸運だったとしか言えません。」

 今更ですが、アンジーが「わかる」と言うのは嘘をついているのではないのでしょうか。天使は嘘をつかないのではないのでしょうか?

『モーラから教えてもらって「わかる」んですから。嘘は言っていません。』詭弁ですねえ。

「とりあえず、この辺の盗賊は、散り散りになったので、しばらくは動きがないでしょう。目的を果たしたようですので、街まで一緒に行きましょう。」

「それは、あちらにいる商隊のリーダーに話してください。私たちは、乗せてもらっているだけなので。」

「そうなんですか。失礼しました。天使様が同行する商隊と聞いていましたので、てっきりリーダーはあなたかと勝手に思っておりました。それにしても、いつあちらの町にお戻りになられたのですか?」

「急な用事ができまして。急ぎ伝えに来てくれた人がおりまして」これは本当です。人ではありませんが。

「あれからそんなに経っていませんよね。かなりの早馬でお戻りになられたのですねえ。」

確かに知ってから急ぎ帰って、また戻ってきていますから、期間を考えると確かにつじつまが合いませんねえ。まあ、ごまかすしかありませんねえ。

「家が壊されそうだったみたいなので、大変でした。」

「そうなんですか?」

「ええ、実際、町の中の民家は、壊されていましたから。危なかったのです。結果的に私の家は無事だったのですが。」

「どうやってお知りになったのですか?」話題が元に戻ってしまった。確かに気になりますよね。

「この子がすぐ帰ろうと言ってくれたので、これまでの事を考えるとそういうことなんだろうと。急ぎ戻っていきますと、途中で知らせてくれた人と会いまして、ああ、やっぱりと」

「ああ、なるほど。」それで納得しますか。さすがアンジー教の信徒様です。

「では、馬車に戻ります。助けてくれて本当にありがとうございました。」改めてお辞儀をする。

「ありがとうございました。」アンジーがすかさずお辞儀をする。

「アンジー様、ここからは私たちも一緒に街まで参りますので安心してお休みください。」

「ありがとうございます。よろしくお願いします。」

「はい、おまかせください」

「あの、モーラ様は?」

「あー、あの時のおじちゃん。助けてくれたんですね、ありがとう。」とっとっとと小走りに駆けてきて団長の腕にしがみつく。

「またお会いできてうれしいですよ。モーラ様」

「モーラって呼んで。」ちょっと怒った顔も可愛いですね。そして抱っこするようせがむ。

「では、モーラ、これから先は私にまかせてくださいね」言いながら抱きかかえる団長。

 モーラが首を抱きしめる。

「ありがとうございます。きっとあなた様の加護もありますね。」

「頑張ってね、」そう言った後、モーラがおりたがる様子を見せたので団長が降ろします。

「それでは、馬車に戻ります。本当にありがとうございました。これからもよろしくお願いします。あと、うちの商隊の人達にいろいろとアドバイスをしてあげてください。」

「わかりました。それでは」そう言って傭兵団の団長さんは、うちの商隊の人達のところに向かった。

『ふむ、彼を表すのに、おぬしの頭の中のアンジー教という言葉が、まさにうってつけじゃのう。』

『そんな信徒いらないわよ。うちの教義は、人を殺さないんだから。』

『そうなのか?』

『そうよ、以前守護していた人は、人殺しをして破門されたのだから。』

『いきなり何を言い出すのですか。』

『いきなりも何も話す機会なんてこんな時以外ないでしょう?』

『殺しをした人を許すことはないのですか。』

『殺すくらいなら殺されろ、ですからね。』

『その方は本当に殺したのですか?』

『いいえ、手に持っていた果物ナイフに相手の女が勝手にぶつかってきたのよ。それで、その女がそのまま、抱きついて離れなかったのね。大量に出血して意識が途絶えるまでね。』

『それは、結果から見たら殺人に見えますよね。』

『手に持った果物ナイフに相手が刺さりにきたのは、料理を作っていた周囲の人が証言してくれて、その信徒は、社会的にはおとがめなしだったのよ、でもまあ、宗教上は、ね。一応かばったのだけれど。だめだったわ。』

『・・・・』

『その時には、この神に仕える気持ちが失せてしまったんだけどねえ、一度生を受けるとなかなか死ねないのよ。死ぬ方法もなかったの。だからこの仕事、使命ではなく義務感で仕事を続けているのよねえ。』

『そんなことがあったのですか。』

『天使の事情なんてそんなものよ。神の意にそぐわないことをすれば、当然、僻地送りだし。私の場合は、いろいろあってここにいるんだけどね。』

『おぬしも不憫よのう』

『だから、殺すとか殺されるには、多少ナーバスになりますよ。ごめんなさいね。』

『いえ、うかつに信徒とかいってすいませんでした。』

『ああ、そういうのは慣れているから大丈夫よ。気持ちと職業とは別でもいいと私は思っている。教義とは別。』

『それならやっぱりアンジー教じゃないか。』

『この世界の神様に失礼ですよ。いるのならば。』

『いるはずじゃがなあ』

『でも、そういう話もした方が良いのでしょうね。特にユーリとは。』



○閑話 死生観

「みなさんの考えを聞きたいですね。」

「いきなりじゃなあ。」

「ユーリがナーバスになっているのよ。」アンジーが言う。

「それは、自分で克服すべき事じゃないのか」

「そうなんですが、私も皆さんのというか異種族の死生観に興味がありましてね。」

「ああ、そうか。ちなみにどう思っているのじゃおぬしは。」

DT曰く

「私からですか。まあ、そうですねえ。想定される事が、ひとつだけあります。少なくとも私にはたぶん何の感情もなく人を殺せる時があります。殺すという事は本来、明確な殺意が必要ですが、その時にはためらいなく殺せます。それは、ここにいる家族、親しくしている人達が殺された時ですね。それ以外は、たぶん相手が死のうと生きようと関係ないのでしょう。もっとも恨みを持たれたら殺されるかもしれませんが、恨んでも殺すことはないでしょうね。」

「わしらが、家族が人質に取られたらどうするのじゃ」

「まえに会った魔法使いの時と変わりませんね。相手を殺して、家族を救うつもりです。ただ、その結果、家族が死んだら後悔にさいなまれて自死しますね。」

「なるほど。死なばもろともか。」

「ええ、私の死と引き換えに家族の命を助けると相手が言ったとして、その保証はどこにもありませんから。」

「よくわかっとるのう」

「絶対にタダでは死にません。」

「はいはい、死ぬなら勝手に死んでください。解呪されますから助かります。」

「そういうアンジーはどうなのじゃ」

「私は天使で光なので、めったな事では死なないし死ねないわ。でもね、この光の力を使い切ったときに塵になって消えるのよ。まあ、消えることについては、運命だとあきらめますけどねえ。恨んだとしても何も残りませんから。私が人を殺すことについては、別に何のためらいも無いと思いますよ。だって、私の使えている神の教義は「人を殺すな」ですが、私は、それでもめて、この僻地に飛ばされているのよ。これ以上何をしても変わらないからねえ」

「殺伐としていますね~。善行を積めば返り咲けるとかは、ないのですか~?」エルフィが言った。

「これからどれだけ徳を積めば返り咲けるのか、考えただけでも憂鬱よ。すでにあきらめてるわよ。」

「そういうエルフィはどうなんじゃ。妖精神も殺しには否定的ではなかったか?」

「そうらしいですけど、あまり気にしませんね。ああ、人間にしても、エルフにしても殺意を向けられたら、殺すことにためらいはありませんよ。もっともエルフ族なら殺意を向けてきた時に即座に殺したいと思うでしょうけど。」

「おぬし、同族殺しじゃないか。」

「まあ、私の場合、ほとんどエルフでほんのちょっと人間です、エルフに対しての近親憎悪が強いのです~。あと、このみなさんは、本当の意味での家族ですので、守りますよ~。自分をかけてもです~」

「それは、だめです。みんな一緒じゃないと」ユーリが強く言った。少し元気が出てきたのだろうか。

「そうじゃなあ」

「メアさんは、どうなんですか。」

「私は、ご主人様の命令であれば誰でも殺しますよ。命令でなければ殺しません。家族は、たぶんご主人様が守れと言うと思いますのでその指示に従います。」

「こやつに家族を殺せと言われたらどうするのじゃ。」

「殺します。」おや、即断ですね。

「操られているとしたらどうするのじゃ。」

「それは、それでも殺すと思います。残念ですが。」

「命令に疑問がある場合に聞き返せるような符丁が必要ですね。」

「いえ、そもそも私にモーラ様を殺すだけの能力はありません。さらに言うならご主人様を操れるような敵であれば、他の方々もその方達に殺されていると思いますが。」

「なるほどのう。確かにそうじゃ。」

「確かにそうね。では、最強のモーラさんは、どうなのよ」

「そうじゃな、確かに人やエルフを殺すことに関心が無いというところじゃな。まあ、この幼女の時には、殺される可能性もあるが、塵にでもされない限りは、最悪元に戻ればなんとでもなると思っているのでなあ。わしを殺すなど無理な相談じゃ。でも、ここにいる家族が殺されたらたぶんその者達を皆殺しにするかもしれんな。それは、ドラゴンとしての不文律である、この世界への不干渉を逸脱することになるが、わしにとっては、関係ないからなあ。」

「さて、いろいろ聞いてきましたが、ユーリ参考になりましたか。」

「ええと、人それぞれだと言う事がわかりました。僕は僕の考え方でいいんですね。」

「そういうことです。人を殺さない剣というのを極めても良いかもしれませんね。」

「でも、魔族も出会ってみないとわかりませんが、もしかしたら友達になれるかもしれませんよね。そうなった時に相手が殺意を持って向かってきたらどうなるかわかりません。相手を抑えこんで、おとなしくさせるだけの力がないかもしれませんので。」

「殺されそうになったら殺してもしようが無いじゃろう」

「確かにそうですねえ」


○訓練~それからの街までの旅

 それからきっちり5日であの街に到着しました。町から旅をしてきた男達は、この5日間の方がきつかったようです。

 なにせ、傭兵団が盗賊役になり、不意を突いて戦闘を仕掛けるという、かなりハードな実践訓練を行ってきましたから。もちろん夜襲ありなのです。気が抜けません。

「いやー、久しぶりに盗賊をやるとおもしろいですな。」夜に少しだけお酒を飲みながら団長さんが笑っている。

「あのー今、久しぶりに盗賊をやるとか言いましたけど、盗賊役の間違いですよね。」

「いいえ、盗賊がどこかの商隊を襲ったと聞いた時は、探し出して逆襲したりしますから。盗賊から盗みますね。」

「なるほど。物を奪い返すのですね。では、盗品はどうするのですか」 

「襲われた商隊にやや値をつり上げて売ります。もちろん買い取って売れば遠征の人件費が出るくらいの値段にしますがね。」

「なるほど。」

「まあ、悪質な商人とかにはねえ、多少お仕置きも必要でしょ?」

「いや、そういう話は聞かせないでください。」

「冗談ですよ。顔を見られたら、傭兵団の信用が落ちるじゃないですか。もちろんしませんよ。」

 なんか夜陰に乗じてやっていそうで恐いです。


 そして、旅の途中休憩をしていると、団長さんから聞かれました。

「ユーリのことですが、戦闘に対する意識が少し変わってきましたね。何かありましたか?」

 先日あった魔法使いの襲撃の件を話しました。詳細は省いています。お漏らしの件は特に秘密です。

「なるほど、魔法使いと対峙しましたか。それは貴重な経験をしました。命拾いをしたというところもそうですが、そういうことがあったのですね。」

「はい、見ていてわかりますか?」

「ええ、特に1対1の討ち合いの時の気合いが違うのと、目線ですね。相手の動きを全体で見て、視線などをそらさないようにしながら周囲も見ているようになりました。その魔法使いの戦い方は、卑怯な手ではありますが、正しいですからね。」

「その、指先で構築しようとした魔方陣を切り捨てるというのは、あなたが教えたのですか?」

「残念ながらそうではありません、ユーリの天性のものでしょう。手や腕ではなく魔方陣を切るなどという事は、教えて憶えられるものでもありません。私ならその間合いまで入ったなら間違いなく手か腕を切り落としています。」

「優しいからですか?」

「確かに優柔不断なのかもしれませんが、逆にそれだけの技量を見せられれば、普通の相手は降参しますからねえ。今回の相手はそれを楽しんでいたようなんですよね、相手が悪すぎました。でも、良い経験にはなったと思います。躊躇すればやられたかもしれないということなので。」

「そうですか。そんなにユーリの技術はすごいのですか。」

「あのまま傭兵団に残っていたら、この才能は、団員の中に埋もれて開花しなかったかもしれません。ありがとうございます。」

「いえ、そのような窮地に至らせたこちらの落ち度です。」

「いいえ、これからもよろしくお願いします。」

「はい、できる限り。」

「あ、団長ここにいたんですか。皆さんが呼んでいますよ。」ユーリが呼びに来ました。

「ああ、では、」

「はい、また」

「何を話していたんですか。」団長さんが離れていった後、恥ずかしそうに尋ねてきた。

「ユーリは変わったねと、あとすごく成長したんだねって話していましたよ」

「まだまだです。あと、変なことは話していませんよね。」

「何のことですか?」

「あの時のことです」

「あの戦闘のことですか?話しましたけど。」

「ええ?そんな。明日からどんな顔をして会えばいいんですか。」

「ああ、その話はしていませんよ。ちゃんとエルフィを守ってくれたとしか。」

「え?そうなんですか。全部話されたのかと思っていまいました。ありがとうございます。」

「あなたは、ちゃんとエルフィを守りました。家族として、そして騎士として。そうですよね。」

「はい」

 私を見上げるユーリの顔がまぶしいです。そのなでてなでてという期待のまなざしがわんこです。思わずなでなでしてしまいます。だめですその目を閉じてうれしそうな顔は。なでくりまわしてほおずりしたくなります。

「さすがにここでやってはいけません。」メアさん私の心の声を聞かないでください。

「そうですよ変態、ユーリも聞いていますよ」期待しているユーリの顔を見て、あとでねーと心の中で叫びます。

「まったく、本当に変態じゃ」

「まったくです~でも変態でも好きですよ~」

「あるじ様は変態ではありません。かっこいいです。」

「ユーリ補正は、もういいわよ。」

「さて、みなさん帰りましょう。」

「はーい」



続く


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