第4話 ネクロマンサー忌憚
○(借)家を改造しよう
そして、部屋割りの話になったのですが、部屋は3つ。人数は6人。モーラ、アンジー、ユーリ、メア、エルフィ、そして私。エルフィが私の部屋に絶対一緒に寝ると言い出して、一悶着ありました。まあ、裸を見られたということで、嫁の立場を貫きたいらしいのです。もちろん全員反対です。ええ、私も反対です。
「もう一部屋作らんか、相部屋にしても2人が限界じゃ。しかもベッドも入らんぞ」モーラもこのままではいかんと思ったらしいのです。
「ええ、そうですね。せっかくですから全員分部屋を作りましょう。」
「どうするのじゃ」
「そうですねえ、2階に増築しようかと思いましたが、耐久性に問題があるので、やめましょう。」
「街にある家みたいに石造りならよかったのじゃが。さすがに壊れそうだしなあ。」
「そうですね、あいにくここは1階が木造で、柔らかい木材しか使っていませんので、2階建てには向かないと思います。ですから、一部屋潰して廊下として、その奥に4部屋作りましょう。」
「ならばさっそくとりかかるか。」
「とりあえず、メアさんとエルフィさんには、私と一緒に行ってもらって、木材を調達します。時間も無いのでとっと行ってきます。」
「それならその間に土を加工して、土台を作っておくぞ。どの位の広さにすればよいのじゃ?」
さすが土のドラゴンさんです。
「そうですねえ、風呂場も増築になりますから、台所の奥の方にもこんな感じで増築しますのでお願いします。」
全員で家の裏側に回って、私が、風呂場用のスペースと部屋のスペースのだいたいの線を引いて、家の土台の高さに合わせて床を作ることを説明しました。
「ふむふむ。」
「アンジーとユーリは、モーラの指示で盛り上げた土をならしてください。」
「はーい」元気なお返事ですねえ。
そうして、メアとエルフィと一緒に森に入りました。別に急ぐつもりはないのですが、さすが森の人、エルフィの移動スピードが速いので、それに合わせるように何とかついて行っていますが、私は割としんどいです。あ、魔法で筋力を強化すればいいのか。
何かを感じたのか、エルフィが作業できそうなスペースの空き地に止まって、周囲を見渡しています。
「木材は乾燥させないとまずいのではありませんか?」
メアさんが私に尋ねる。
「そうですね、それには考えがあります。私の世界では、間伐と言って、古い木や成長の遅い木を伐採して、育ちの良い木をさらに育てるということをしているのです。ですので、古木というか、枯れてきて、古くなった木や周りの木に隠れて成長の遅くなった木を切ります。ですが、成長が遅いからと言って、活力のある木は切りたくないので・・・」私はそう言ってエルフィを見る。
「私の出番ですね~」
周囲を見渡していたエルフィは、暗い方に向かって歩き出す。
「見つけられそうですか?」その後ろをついて行く。
「安心してください~、老木・古木を見つけられますよ~」
「よろしくお願いします。」
かなり奥に入ったところ、エルフィが立ち止まった。どうやら木の植生に変化があったようだ。
「この辺の木がいいかな~」エルフィがそうつぶやいた。
「では、まず荷車を作りますのでちょっと堅めの木をお願いします。」
そして、エルフィの指示で何本か切り倒し、私は、移動用の台車を作ります。馬車を作ったときのノウハウを活用していますから手慣れたものです。
「台車とかすぐ作れるんですか~すごいですね~」
周囲を見回って戻ってきたエルフィが感心している。いや、荷車ですよ。組み合わせただけですよ。組み合わせの方法はちょっと凝りましたけど。
「さて、切り倒しますか。」
「3人で大丈夫ですか~」エルフィが不安そうに見る。
「ええ、大丈夫です。」メアが微笑む。
「では、一応説明をしますね。木は樹皮込みでギリギリまで使うつもりです。そして、足りなくなったらまた取りに来ます。とりあえず、太めの10本を持ち帰りましょう。」
「では、まず、これとこれを根元から切ってくださ~い。」
エルフィが手近にあった木を何本か指をさしました。
「はい、切りますから離れていてくださいね。」
「はい、」2人は少し離れて私を見守っています。
私は、息を整え、木の細胞を凝視しています。細胞単位まで拡大したところで、細胞と細胞の間に切れ目を交互に入れて、いわゆる切り取り線をつけていきます。切れ目を亀裂を入れながら木を一周して完成です、ついでに縦にも台車に乗せるために適当な間隔で切れ目を入れていきます。最後に倒れる方向を調整するためにくさび形に切り込みを作っていき、切り取り線に沿って一気に細胞を切っていきます。
「倒れるぞー」私は念のため声をかけました。
メキメキとも言わず、隣り合った木の枝と枝がこすれあい、折れていく音だけがして、ほどなくドーンという地響きとともに倒れます。横倒しになったときに何本かに分かれて転がったのを見て、エルフィは、目をパチクリしている。すかさずメアは、その木を手に持ったのこぎりで一定の間隔で何本かに分けている。どうやら、家の周りにざっと線を引いたときにその距離を記憶していて、それを元に切っているようです。私の行動を見ていて段取りを理解したようで行動にブレがない。こちらから特に注文をつけることはないくらいに意図をくんで、作業してくれています。
「次はどれを倒せばいいですか?できれば、このスペースは作業に使うので、別の位置の方がいいのですが。」私は、あっけにとられているエルフィに声をかける。
「では~、こちらの木を使ってください~。木の中の水の流れが弱くなっていて、じき枯れます。」
ちょっと離れたところの木まで行って木肌をたたいている。
「ではいきますよ。」
私は、指示された古木を次々と切り倒します。10本もあれば、とりあえず使用する木の総量が見えるので、ここで木を切るのを終了して、今度は木を荷車まで移動させます。幸い平地なので、魔法を使い、摩擦力を軽減して、軽く押して移動させます。その様子にエルフィがびっくりしている。
この量を荷車に乗せるのは、無理に見えますが、とりあえずメアと協力して全部のせてみます。ここで、重力制御の魔法の出番です。本当なら空間をつないで移送した方が早いのですけれど、モーラに禁止されているので、この方法にします。しかし、載せすぎて動かないというか車輪が限界のようです。さきほどの応用で、台車の車輪の摩擦力をほとんどゼロにして地面を滑らすように移動させる。車輪の意味があるのでしょうか?しかもどんどん加速していく。急いでしまうととんでもないことになりそうです。
そうやって、家まで木を運んで、メアとともにざっくりと四角に成形していく。木幅だけ決めて、あとは、それに合わせて切っていく。あまりひどく斜めになっていない限りは、何とか使えそうなので、割と雑に切っていく。
切った後、少し離れて場所に木材を移して、乾燥作業をしてもらう。これは、モーラとアンジーとユーリにお願いしました。まず、私が魔方陣を作って、そこにユーリとアンジーが木材を移動して、モーラには、その魔方陣に魔力を注入してもらい、乾燥してもらっています。
ある程度乾燥したら、私とメアで基礎の上に移動させて壁にするため積み上げていきます。その壁は、基礎の上に這わした横柱と基礎の上に乗るように加工してあって、一応崩れないように四隅には柱が来るようにしています。壁になる部分は、それぞれ角の部分などが組み合わせるように加工してあります。この加工が一番面倒なのですが、メアもエルフィも飲み込みが早く、私の柱を作るスピードに合わせるように組み上げのスピードが早くなっていきます。2人ともすごいですねえ。
そうやって壁ができたところで、土台の強度が不安になり、土台が木の重量に耐えるか屋根の重量分の木材を一度載せてみて、問題なさそうなことを確認してから、作業を再開しました。
束石の上に、床をのせる渡し木を入れるために横木に穴を開けながら床下の木を組んでいきます。他の壁の組み上げが終わったエルフィとメアの2人は、私の真似をして床板の加工を始めました。木の板を削って床材にして、どんどん床に貼っていきます。ここでもエルフィとメアがそれぞれ役割を分担して、作業を続け、かなり楽にというかすごいスピードで作業が進んでいきます。
エルフィは、手伝いが一段落したところで、森に戻っていき木材を探してくれています。
この時には、すでに2部屋分の床ができて、メアさんが切りそろえて敷き詰めて行き、終わったらアンジーとユーリがその板の上を軽くヤスリがけしています。
「手早いのう。前回よりかなり早いのでは無いか」モーラでさえ魔法使って乾燥させていますからねえ。
「そりゃあ、エルフィとメアさんがいてくれるので木を切って製材するのにほとんど時間かかっていませんし、床板とか壁のヤスリがけは、ユーリやアンジーも活躍してくれていますから。あと、乾燥が一番手間がかかるところをモーラがyってくれていますからねえ。そして、モーラには、屋根を作る時に手伝いをお願いすることになるかもしれません。」
「ああ、屋根を作るのか。そうなると、本来の姿に戻らねばならぬか。」
「あまりドラゴンの姿になりたくないのでしょうけど、もしよろしければ、お願いします。」
「そうじゃな、ここのドラゴンは知り合いだから多少は目をつぶってくれるじゃろう。」
「多少は?やっぱり大きくなって誰かに気付かれたらまずいですかねえ。」
「数分間だけじゃぞ」
話しながらも作業の手を休めてはいません。今は、廊下部分の部屋と部屋の間の壁を作っています。さすがに太い木を壁にするわけにもいかないし、樹皮をそのままにはできないので、薄い板を柱に貼り付けられるようにして、あとで薄い板を成形して張っていくようにします。とりあえず、今日、優先したのは、外壁と床を優先して、余裕があれば屋根という順で作っていきます。
とりあえず、10本の木でできる分を作ってみたところ、けっこうな面の壁ができました。試算では、あと50本もあれば壁と床はできそうです。同じ面積なら、屋根も20本分でできそうな感じですねえ。
「今日はとりあえず、屋根までいきましょう。」
「床板も全部必要ですよね。」
「はい、ですので、搬入用の外壁を1面残して、あとは、作ってしまいます。」
「風呂は、どうするのじゃ」
「今日は簡易の露天風呂で勘弁してください。」私がそう言うと、メアさんが寄ってきて私に聞きました。
「昼の準備はできますが、夜の食事は、どうしますか?」
「時間にもよりますが、外で食べましょうか。」
「承知しました。」
「さあ、エルフィを待たせていますから木を切りに行ってきます。」私とメアは、森の中に戻って行く。
3人でもう一度木を積んで帰ってきて、作業をし始めた頃、おなかが鳴った人たちがいました。
「昼食にしましょう。」メアさんが私達に声を掛けた後、家の中に入って行きました。私達も続いて家の中に入って行きます。
昼食は、家の中のかまどで軽めのパンを焼いてくれて、それの上に干し肉などを載せて食べましたが、椅子の数も食卓テーブルの大きさも小さすぎて、全員がそろって食事ができませんでした。これは是非大きいテーブルを作りましょう。
「さて、もう一仕事ですねえ。」
「はい」皆さんの元気な声がしましたが、アンジーはへばり気味でした。それでも頑張っています。
役割分担もしていないのにみんな率先して作業を手伝ってくれています。木くず整理とか板を合わせる作業とか、みんな頑張っています。
そして、数回の作業を繰り返すとすでに夕方になってしまいました。
「今日はここまでにしましょう。」
私が一番最初に根を上げてしまいました。もう少し作業をしたそうな人と、もうだめな人とにくっきり別れてしまいました。ええ、私とアンジーが後者です。
床を作るときに手戻りもあったので、さすがに屋根までは無理でした。
それでも明日の朝イチで木材を調達してくれば、午前中には屋根もできて、雨の心配をしなくてもよさそうです。
「夕食はシチューですよ。」
メアさんの声にみんなから歓声があがる。そして、入浴タイムです。浴室を予定している場所にイメージしている形に露天風呂を作ってみました。実物大のクレイモデルですね。
「いい汗をかいたあとじゃし、久しぶりにこの時間に入れるのはうれしいのう。」
そういえば宿屋にいる時は、日が沈み、食事を食べてから、誰もいない夜遅くに風呂に入って就寝という生活でしたねえ。
「ですねー最近は夜中でしたから。」アンジーも珍しく幸せそうです。
「あのぽかぽかのままベッドに入るのが幸せでのう」
「うんうん」
その会話に一人だけぽかんとしている人がいます。
「あのーお風呂とは何ですか~?」エルフィが不思議そうに聞いてくる。
「ああ、川で水浴びしかしたことないのか。」
「はい、水浴びのことですよね~」
「お湯なので、とてもぽかぽかします。」ユーリがうれしそうに言う。
「石けんが良いのです。お肌がつるつるです」アンジーが言う
「髪が綺麗になります。さらりとなりますよ。」メアが言う。
などとわざと断片的なことを言っています。それぞれが自分がしたいことなのでしょうけど、エルフィの頭の上には、はてなマークが何個か飛び交っていますねえ。
私は、地面に線を引いて浴室の大きさを決めた時に、湯船の大きさについて聞かれて、大体の大きさを話したのですが、よくわかっていないエルフィを除いて全員が大きい風呂が欲しいと言いました。全員が入れるほどとなると、ちょっとした大きさになるのですけど、お掃除が大変なのです。みなさん風呂掃除をなめていませんか。
まあ、話し合いの結果、洗い場のスペースを考慮して、何とか詰めれば全員が入られる浴槽にすることで手を打ってもらいました。
「いいからとっとと作らんか。」
「はいはい。広い湯船に熱いお湯です。ついでに洗い場も!」
旅の間と深夜の水浴び場で培った一連の術式プログラムをこのスペースに収まるように組み直して使います。お湯の量は、かなり多めに、温度はやや高めにして起動しました。湯気の中から石作りの浴槽と石畳の洗い場が洗われます。
「いつもより技がさえておるのう」モーラがそう言った。そうですかわかりますか。
「昼間、魔法を使い倒してかなり訓練になりましたからね。」ちょっとうれしいですね。
「これがお風呂ですか~?温泉ですよね~?」エルフィは、驚きながらもそう言った。
「温泉は泉源というのがあって、そこからいろいろなミネラルが入ったお湯が地下から噴き出してくるものを言いますから、これは、水を湧かしているので温泉ではなくお風呂ですよ。」
「説明は良いから一緒にはいるぞ。」モーラはそう言いながら、逃げようとする私の足をぐっと捕まえる。こういうときだけ力強いですねモーラ。
「いや、女性は女性同士でお入りください。私には刺激が強すぎます。」
これまでは、貧乳揃いでしたが、エルフィは、ちょっとどころかかなり刺激が強そうです。
「なんじゃそれは、いつもどおり一緒に入らんか。」
「いや、いつもどおりって、いつの間にか一緒に入らされていますよね、私。それに初めての人もいますし。」
「じゃからなおさらじゃ。こういうものだと思ってしまえば混浴も当たり前になる。」
「もうね、そういうことにしましょう。うちの家族のルールと言うことで」
アンジーがため息をつきながら言いました。
「ユーリはいいのかい、恥ずかしいだろう。」
私は賛同者を集めるため必死です。
「でも、いいです。大丈夫です。みんなと入るのは楽しいので。」
顔を赤らめながら言うことですか。
「そうじゃろう、そうじゃろう。家族みたいなものじゃ」
「家族なら一層たしなみというものを持つべきでは?」
言葉尻をとらえて私は無駄な抵抗を試みる。
「いいから入るのじゃ。」
「はいはい。でも、嫌がる人はいないのですか?」
「特に反対の者はおらんぞ」
「私が反対なんですがねえ。」
「どうしておぬしが反対するのじゃ、幼女から成人女性しかも100歳級まで幅広く見放題じゃぞ。」
「そこなんですよねえ、あんまり見慣れてしまうのも問題なんじゃないかと。」
「さて、そこのポカーンとしているエルフ。着替えを用意してくるのじゃ。」
本当に口を開けてポカーンとしないように。馬鹿に見えますよ。
「いえ、皆様の分のタオルと着替えを用意してまいりました。お使いください」
メアがすでに抱えている。さすが、メイドさん。
「ほれ、エルフィ、ぼーっとしておらんで脱がぬか。おっと、おぬしは、そのままわしらが脱ぐのを見るのか?良い趣味だのう。」
思わず後ろを向いてそこから逃げ出そうとするがメアに捕まる。
「私が脱がせます。」
「いや、ちょっと何するんですかメアさん。そんな強い力で押さえ込まれたら、いや、あの、下着は、あーーーっ」
「はいそこまで。」うちの理性担当のアンジーが止めてくれました。
それでも腰の半分ほど下着が下げられている。危機一髪で貞操の危機は去りました。
「っておい、アンジー何しているんですか。下着それ以上下げようとしない。」あなたが引き継いでどうするんですか。
「いや、せっかくだから私がと思って。」
「みんなが見てる前で、ですか?」
「そこまで考える余裕がありませんでした。」
あなたもたいがいですね。私が後ろ姿のまま皆さん脱ぎまして、私は、その後を追うように湯船に入りました。
そして、ようやく、湯船でくつろぐことができました。まあ、浴槽と言っても石ですので、ちょっとざらざらしますけど。
洗い場では、メアがエルフィにシャワーの使い方やら入浴の作法やらを説明しています。変なことしなければ良いのですけれど。ああ、水のまま体にかけましたね。よくやるんですよ、手にかけてみて確認してから浴びないと。
「やはりあの檜の風呂は良かったのう。香りが良い。あと、空間自体がおちつく。こうした石作りは、肌にやさしくない気がするのう。」
まあ、木に比べれば石は不満ですねモーラさん。確かにざらざらなので、こすれると肌がすりおろされそうです。
「でしょう?だから空間つないで入りに行きましょうよ」思わず言ってしまう。
「だめじゃ、訳のわからん魔法は使用禁止じゃ。」
「ちぇーーー」
「ここに作る予定のは、どうするんですか?」
ユーリ、その期待値高めな目で見るのやめてください。
「今日、入ってみて思いましたが、浴槽が石では風情がありませんからねえ、とりあえず木造りにはしましょう。ちょっと前に作ったのよりは簡単なものにしますけど。」
あの、木を組み合わせて行くのは手間がかかるのですよ。ここは借家で、しかも出るとき取り壊すのですから無理はしたくありません。
体を洗い終わったのか、エルフィが湯船に入ってくる。不安げだ。だが、そーっと足を入れ、湯に入って肩までつかった瞬間、へにゃへにゃな顔になる。ああ、このエルフ堕ちたな。ようこそ入浴という名の堕落した文化に。
ずーっと入っていたそうなエルフィでしたが、初心者はのぼせるのが常なのです。自分の限界を知らないので幸せな時間がいつまでも続くと思ってしまうのです。いつの間にかその幸せタイムが過ぎてしまいます。そう、そのタイミングが難しいのです。やはりエルフィも自分のタイミングが計れず、メアに支えられながら退場しました。それを見て、私達も風呂からあがります。傍から見ると子ども二人の世話をしているお父さんに見えるかもしれませんねえ。だからと言って、アンジーは、フルーツ牛乳とかせがまないでください。
「フルーツ牛乳ってなんじゃ。」
私の頭の中のイメージを見てモーラが言った。
「あー、飲み物です。牛乳に果物っぽい何かを混ぜた飲み物です。でも、子どもでも甘くてあまり飲みたくないと思うんですよね。むしろコーヒー牛乳の方がいいと思うんですけど。」
「コーヒーってなんじゃ」
モーラの顔に、さらに、はてなマークが浮かぶ。
「コーヒーという実を煎って砕いて粉にして、それにお湯を注ぐとできる飲み物で、カフェインがいっぱい入っています。まあ、大人の飲み物ですね。」
「いろいろな飲み物があるんじゃのう。して、それらは作れんのか」
さすがドラゴンさん興味津々ですねえ。
「タンポポからでも作れるそうですが、本物はコーヒー豆ですからねえ。この世界にあるのかどうかも不明です。」
「しかたがないのう。」
傍から見れば親子に見えそうですけど親子の会話ではないですね。
みんなが風呂から出た後に私は、一人残って露天風呂を文字通り分解してから居間に戻りました。
「今日はみんなで居間で寝ましょう。」メアが言って、テーブルを片付ける。
まだ宿屋に部屋を取っているのですが、風呂上がりにさっさと寝たいらしい。というか最初からそのつもりだったようです。みんな野宿に慣れているからなのか、雑魚寝にこだわりはないみたいで、わいわいと毛布を持ち寄ります。枕を並べて明かりを消して、皆さんは、静かになりました。
皆さんは、昼間の作業の疲れが来たのでしょうねえ、あっという間に寝息が聞こえてきます。
私は、昼間に魔法を使ったせいなのか、脳が興奮していて、目がさえていて眠れません。
居間をそーっと抜けだし、できたばかりで屋根のない部屋に行き、持ってきた毛布にくるまり、真ん中にねっころがります。巻き付けた毛布の具合を調整しながら夜空を見上げます。
天井がないので、部屋のなかから星空が見えます。4面の壁に囲まれ、四角く切り取られた夜空が見えます。雲一つ無く光り輝く夜空。この世界に来てから何度も見ている見慣れた星空です。
吸い込まれそうな星空とそれを四角く切り取った窓というイメージが浮かび、箱庭の上に乗せられた夜空を想像してしまう。錯覚であるとわかっていながらちょっとおかしくなってニヤニヤしていると、そこに人影が差しました。
「ご主人様、何を笑っているのですか。」その陰はメアだった。
「いや、部屋が星空を支えているようで。」
「そうですか、ご主人様よろしければご一緒してもいいですか」
メイド服ではなく寝間着姿のメアさんです。見たことがない姿なので、妙に照れくさい。
「ああ、いいですよ。」
くるまっていた毛布を開いてメアさんを招き入れると、恥ずかしそうにそっと入ってくる。
「ありがとうございます。その、こういうことはあまりないので。」
「前のご主人様はこういうことはしなかった?」
「全くありませんでした、でも、お別れする直前には、少しは優しくなりましたので、その頃には近づいて側にいたことが何度かあります。」
「そうですか。」
言葉が続かない。元来、話し下手なので何を話して良いのかわからない。
「あの、ご主人様は突然いなくなったりしないでください。私を残して。」
「そうですね。私の意志であなたを残して突然いなくなることは、ないと思いたいです。」
そう、無いと思いたい自分がいる。そんな私の言葉に不安そうなメアさんを感じて、私は続けて言った。
「うまく言えないのですが、私の場合この世界とちゃんとつながっていない気がしていて、自分の意志にかかわらずどこかに流されてしまいそうな気がするのです。でも、私の意志であなたを残して何も言わずいなくなることはないと思います。」
そこは、前のご主人様と決定的に違うところだと自分でも思います。
「それが聞けて安心しました。残念ながら私の方が長く生きるみたいですので、つい不安になってしまいました。」
「私は、思うのですよ。あなたの前のご主人様もきっと置いていくつもりじゃなかったんだと思いますよ。」
「そうでしょうか。」
「ええ、あなたのような素敵な人を作れる人ですから、きっと何か言えない理由があったのでしょう。そう思えませんか?」
「別に恨むわけではないですが、私を置いて行かれるときに「ついて行きたい」と言いたかったのです。でも、あの人の目が、悲しい目がそれを言わせない迫力がありまして、言えませんでした。言えていて、拒絶されていればむしろ納得もしたのですが。でも、本当は一緒について行きたかったのです。」
「きっと大事にするあまり、連れて行けなかったんですね。」
「はい、今考えてみると、そうなのかもしれません。」
「私の場合そのような使命もありませんので、きっとあなたの能力を有効にも使えないし、持て余すだけですけど良いですか?」
「私は、私の感じるままにあなたをご主人様にしたいと思い、そして隷従を受け入れました。それは間違いないです。ですから、ご主人様が思い悩むことではありません。むしろ今は、一緒にいたいという思いが、より強くなっています。」
「ありがとうございます。メアさんあなた優しい人ですねえ。惚れてしまいそうです。」
「惚れてください。私はホムンクルスですが、ちゃんとできますよ。」そう言うとメアさんは、私の上に覆い被さってきました。
「いや、ちょっとなに、押し倒して、またがってくるんですが。だから、そういうことはですねえ。」
「ごほん」扉のあるべき穴から声がする。
「あー、そういうことは、2人きりの時にやってくれんか。同居人には厳しいのでなあ」
そこには、モーラがいました。
「というか、メア、また抜け駆けですか?」
その後ろにいたアンジーが追撃する。
「あら、皆さんよく起きられましたね。」涼しげにメアが答えます。
「うむ、疲れておって、眠かったのじゃが、寝ている間に怪しい薬を嗅がせてきた者がおってなあ、それで目が覚めたのじゃ。」
「そうね、あれは余計だったわよ」
「なるほど、余計な事をしてしまいましたね。失敗失敗」
私を押し倒したまま扉の方を向いて右手で頭をコツンとやって舌を出す。おお、めっさ可愛いですねえ。
「な、計画的に襲いに来ましたか。」アンジーが慌てている。
「いいえ、最初は私の気持ちを聞いて欲しかったので、それも二人っきりでお話ししたかっただけなのです。ですが、その後は、その場の勢いでしたけれど。」
真顔に戻って言わないでください。
「何で今何じゃ。アンジーの一件がある程度目処が付いてからで良いのでは無いか」
「でも、もしかしたら一緒に元の世界に戻ってしまわれるかも知れませんよね。」
私に顔を向け直し、私を見つめながら不安そうにメアさんが言った。
「まあ、その可能性はないわけではないがな。」
「でしたら、今、この一瞬だって無駄にはできないと思いますが。」
いつもの冷静なメアさんではありませんね。これが本当のメアさんなのかも知れません。その表情を見て、ズキンと私の心が痛みます。
「ね、メアさん。私はね、みんなが大好きです。そして大切です。皆さんの私に対する好意は少なからず感じています。でも、今は残念ながら誰に対してもお答えできません。だからといってあなた達と離れたいとも思ってはいないのです。わがままですよね。もちろん、そんな私に愛想を尽かしたなら、それはそれでしょうがないとも思っています。それでも、皆さんの関係をあまりギスギスしたものにもしたくないのです。そんな考えがわがままなことは、もちろんわかっています。」
3人とも黙っています。私はさらに続けます。
「皆さんが、多少コミュニケーションが激しくてもそれはしょうがないと思いますし、皆さんが寂しそうにしていれば、やさしく声もかけます。ああ、何を言っているのかわからなくなってきました。今は、みなさんと仲良く暮らして、仲良く旅がしたいのです。今はそれだけではだめですか?」
「わかりました、でも過度のコミュニケーションは、とり続けます。それは、妥協しません。」
そこで、右腕をあげてキリリとされて宣言されても困るのですが。
「まあ、それくらいはしょうがないのう」
ため息交じりにモーラが言う。
「ええっ?いいんですか?」私は思わず反論する。それは、私が困りそうです。
「おぬしが一線を越えさせなければ良いのじゃ。よいかそれで」
モーラは、振り向いて誰かに言い聞かせるように言った。
近づいてきたモーラとアンジーのさらに後ろに2人ほどいた。バツが悪そうに中に入ってくる。
「これは、協定としておこう、共同生活をするためのな。一線を越えてはならない。ただし、おぬしが断らなければ、それはおぬしが承認したから問題ない。というところか。よいか、おぬしは、その場の雰囲気に流されず、よく考えるのじゃぞ。」
私は、その言葉に即座に反応した。
「そこで、般若心経をイメージするんですねえ。」アンジーがクスクス笑う。
「なんじゃその般若心経とは、なんか変な記号が飛び交っているぞ。」
「記号は、漢字という言語を表現する記号の一種です。あと、宗教の一部で使われていて、私のいた国では一般の人に広く知られているんですよ。」
「なるほどのう、おぬしは、そこの信者なのか」
「ただ、全文を唱えられるわけではないようですけどねえ。」
アンジーが意地悪そうに言った
「その宗派ではないという事か、なのに知っていると。ふむう奥が深い。おぬし、宗教学者か何かか?」
「違いますよ、私の国は無宗教に近い多宗教な国なんです。節操がないんです。私の国には八百も神がいるそうですし」
「すごいのう。八百か。」
「はい」
そんな話をしていても会話がつながっていないので、みんなの頭にはハテナが浮かんでいます。それでもこの雰囲気の中誰もつっこみません。
沈黙の中アンジーが言った。
「ごほん、話がずれてしまいましたね。良い機会ですから家が完成したら一度お話ししましょう。とりあえずの生活分担とかいろいろ。皆さん自分の言いたいこと話しておきたいこととか、最も重要なのは、今の自分の気持ちを整理して話してくださいね。」
「わしも少し考えねばならぬのう。」
「私もです。はあ」
アンジーがため息をついている。深いため息は、めずらしいですね。
私たちは居間に戻って毛布をかぶりました。たぶん肉体が疲れていなければ、みんな眠れなかったかも知れません。しかし今度は全員熟睡したようです。
翌日、メアさんの作ってくれた朝食を言葉少なに食べて作業再開です。
途中、食料品の買い出しに行き、ついでに商人さんのところに家を見つけたことを話したところ、馬のことを心配していただいて、商人さんのところで預かってくれることになりました。魔獣などが現れたとき真っ先に殺される可能性があるからです。なので、厩舎はつくらないことにしました。
「また、一人増えましたか。大所帯になりましたねえ」ニヤニヤしながら私を見ています。
私にはテイマーの才能があるかもしれませんとか失礼なことをおっしゃりました。人と動物を同列に扱うなどありえないことです。人たらしの才能と言っていましたが、私にはそんな力はありませんよ。いや、ないと思いたい。でもちょっと覚悟はしておきましょうか。
「人たらしというよりは、魔力たらし、かのう」
一緒についてきていたモーラが言いました。手にはまたお菓子を持っています。
「あー、言えてる。」
なぜか一緒についてきたアンジーも同調しています。他の3人は、別行動をしていて、生活用品の買い出しに行っています。別行動するときに、率先して買い出しについて行くと言いましたから、皆さん、生活用品には何かこだわりがありそうですねえ。
「なんですか魔力たらしって、ちゃんとした言葉になっていませんよ」
「おぬしの魔力の質というやつかのう。おぬしの性格が反映しているのかもしれんが、なにやら暖かいというか生ぬるいというか、そんな感じなんじゃ」
「そうそう、なーんか安心するというか、あ、そうそう。それそれ、間抜け空間発生装置」
また、私の頭の中を覗きましたね、自分でもなぜかその言葉が浮かんで困惑しているんですから。
「なにやら、侮蔑の言葉のようじゃが、違うのか?」
「まあ、あまり良い意味では無いと思います。でも、自分でもそう思いますからねえ」
「そうそう、毒気が抜けるというか、怒りが収まっていくというか、そういう方面のやる気がなくなっていくんですよね。だからといって、癒やしというわけでもありませんけど。」
「それは、納得がいくのう。わしは元から温厚ではあったが、怒れば、それなりに凶暴になるのじゃが、今じゃすっかりおとなしくなってしもうた。その自覚もある。」
「モーラとか私とか、一応、霊格が上なんですけど、家族の全員がタメ口でも何も起きませんしねえ。」
ええ、礼を尽くさないと何か起きるんですか?
「ああ、少なくとも何らか反動があるはずなんじゃが、まったく起こらぬ。」
「この人のせいなんでしょうねえ。」
「まあ、隷属させられているせいかもしれんが。」
「それもありますか。でも、他の子達もそうですよね」
「ヒューマンテイマーねえ。」
「いや、今まで人は一人だけですよ。あとは、ドラゴン、天使、エルフ、ホムンクルスですから。」
「そういえばそうか。自我を持った者を隷属させられるということか」
「私は、吸血鬼とかと一緒ですか?」
「あやつらは、操っているだけで、恭順させているわけでは無いからな、おぬしとは少し違うとは思うが。」
「また話がずれていますよ」
「そうじゃのう。おぬしと話しているとどうも調子が狂う。」
「さあ、帰って仕事を再開しますよ」
商人さんのところから家に戻ってきましたら、他の3人はすでに買い出しを終えて戻っていまして、メアさんとエルフィさんで木の選定と倒木が済んでいました。ですので、作業は、かなりはかどり、屋根もモーラに頼まなくてもみんなでできたのです。そして部屋の中の壁もできて、家自体は、完成しました。ただし、風呂場を除いては。
「はよう作らんか」
モーラが食事の時間を教えに来て催促します。
「いや、木をちゃんと選んで組み合わせないと綺麗に見えないんですよ。」
「短期間しか使わんのじゃ、適当でよいじゃろう。まったく変なところにこだわりよって。」
「毎日使うんですよ、気になるでしょう。」
「まあ、そうなのか。しかたがないのう。」
「さて、こうしてから、えい!!」
私は、魔法でニスのようなものを均等に床をコーティングする。うっすらと木肌が見えるようになりました。うん、かっこいい。
「最終的にそれをするなら、木の組み合わせなど関係ないじゃろう。」
「このうっすらと見える木肌にこそ美しさが必要なんですよ。」私は胸を張って言います。
「おぬしは、木工細工職人か」
そうして、浴室も完成して、とりあえず夕食になりました。
風呂場は私ひとりで作っていましたので、家具などはメアとエルフィが作ってくれていました。2人ともすぐコツをつかんで何でも作れるようになったようで、一息つくために居間に戻ると6人掛けのテーブルができていました。しかも、私が説明したようにお客様が来たときには8人掛けになるように伸ばせるテーブルを作ってくれていました。本当は、小さい円卓を回すと大きい円卓になるテーブルが良かったのですが、作り方を憶えていなかったのでそれは無理でした。残念です。
「本当におぬしの頭は生活便利用品知識の宝庫じゃのう」
褒めているのか、けなしているのか不明ですが。便利なんですものいいじゃないですか。まあ、この世界の文化レベルや工作技術的にはちょっと難しいものもありますが、だいたいは作れる物ですよ。
メアのタンドリーチキン的な蒸し鶏料理です。食事のバリエーションがふえて私的にはきっと太りますねえ。
あと、木製の食器などは、エルフィが得意だそうで、ユーリやモーラ、アンジーと作っていたらしく、なかなかに凝った作りで、私の分も作ってくれていました。なんか子どもの手作り的なものには、ジーンとしますね。
ですが、昨日の食事風景とは打って変わって会話の少ない夕食になってしまいました。まあ、昨日の夜中にあんな話をしていましたので、いつもは、うれしそうに夕食を食べているユーリが神妙な顔をしていてちょっとつらかったです。
食事を終えて厨房に食器を片付ける。そういえば、炊事洗濯掃除などもろもろ交代でやることになりますよねえ。
片付けからメアが戻ってきた時には、全員が席に着いています。会話がありません。みんな、お母さんに怒られて反省しているかのような神妙な顔をしています。
○みんなの気持ち
「さて、風呂に入る前に話をしておこうか。今日の三度の食事の時もあまり会話がはずんでなかったからのう、風呂場では楽しく話したいものじゃ。」さすが最年長。空気をつくりますね。
「まあ、わしが言うのも何じゃが、まずは、家の決まりじゃ」なんですか、私の頭を除いて知識を仕入れましたね?あなた集団行動したことないでしょう。特に家庭的なやつ。
「うるさいわ。本当はおぬしがやるべきことじゃが、おぬしが主導してしまうと、従わざるをえんであろう。しかも何でもできる奴じゃから、おまえたち何もしなくて良いよーとか言い出すに決まっておろう。」
「それは言い過ぎです。でも、あの家で暮らしていた時は、お二人とも何もしないので、その通りだったじゃないですか。」
「まあ、わしのことを客として扱ってくれたのじゃろうが、ここでは、わしも一応仲間になったのでな、その辺はちゃんとしたいのじゃ。おぬしなら、メアと一緒に家のことなら何でもしそうじゃしな。」
「別にそれはそれでいいじゃないですか。いつもやっていることですし、量が増えてもやることは、たいした変わらないんですよ。」
「いいわけないじゃろう。あの時は、わしの下着まで洗っていたじゃろう」そのモーラの言葉に一瞬にして場の空気が冷える。私とモーラを交互に見る目が冷たい。
「え?だめなんですか?」なんか常識がひっくり返った気がしましたけど、皆さん互いに見合って恥ずかしそうにしているところを見たら、なんか私が非常識だったみたいです。
「当たり前じゃ、てっきりアンジーがしているものと思っていたら、おぬしが洗っておったそうじゃないか。わしも一応女じゃ、その辺はさすがに恥ずかしさもあるのじゃ。」
「でも、あの時は、私が代わりにやっていたと思ったんですよね。だったら誰がやっても同じじゃないですか」アンジーがなぜか熱弁を振るう。そりゃあ自分もやってもらっていましたからね。でも、みんなの冷たい視線が突き刺さっていますよアンジー。
「だから、それに慣れてしまうのが恐いのじゃ。おぬしが突然いなくなったときに・・・いや、みんながそれぞれ別の道に進んでいった時に、わしはこの世界で何もできなくなるのじゃ。」
「そう思っていただけるのなら、手伝ってもらいます。」メアさんが微笑んでそう言いました。そして立ち上がってこの話を続けるようです。
「とりあえず、皆さんには朝昼晩3食の炊事それから洗濯を手伝ってもらいます。そのローテーションは、私が決めます。もちろん出かける予定があれば調整もします。」メアさんは、メイド長みたいなセリフになっていますよ。
「掃除は、自分の部屋は自分でしてくださいね。やり方は教えますので。」
「洗濯は週に1回程度、シーツ交換とタオル交換をします。」
「多すぎないか?」モーラが反論する。
「本当なら毎日掃除をして、毎日シーツ・下着交換して洗濯するのが普通です。ですが、ここを出て行く時に、旅の荷物がふえてしまいます。そうなりますと一部ここに置いていくことになりますので、最低限持って行ける分を生活で使います。」
「あと、個室が手に入ると物が増えます。でも、旅に出るときに邪魔になりますので、荷物は小さな箱1個程度を目処にしておいてくださいね。」
「あとは、家で暮らすときの心構えの決まり事ですね。」そこでメアが座った。
「では、昨日から皆さんの会話が沈んでいる話題に移りましょう。はあ」
いいだしっぺのアンジーがため息をついています。誰も口火は切らないでしょうねえ。こういうときは先に話をした方が楽なんですよ。話の内容の軽重・浅深が決まるのですから。たまに見当違いにヤバい方向になる場合もありますが。
「私から。私の事情を含めて話しますね。」アンジーが沈黙を破る。
「これまでに何回か聞いているかも知れませんけど、エルフィがいるので改めて、私は、ほかの世界から飛ばされてきた者です。もっとも人では無く天使ですけど。こちらに飛ばされたときから能力は限定していて、普段は光の塊です。それでは何もできないのでとりあえず人の形を取っていますが、それで精一杯の魔力しか使いません。」両手を広げてやれやれという仕草をしています。
「そんな時にこの人に拾われました。いえ、私から近づいたので拾わせたというのが正しいのですけどね、私に何の警戒心も無く受け入れ、共に生活をしてくれています。まったく、お人好しですね。」
そう言ってアンジーは、私をじっと見つめてきます。そして、視線をはずさず、続けます。
「さらに私がこの世界に来た原因である転生者を一緒に探しに行くとまで言ってくれて、危険を顧みずにここまで来ています。まったく超お人好しですね。」アンジーは、その言葉とは正反対な目で私を見ています。
「この世界に来たときには、その転生者を探すことさえあきらめ、日々の生活さえ維持できていれば、いつか私を引っ張って転生してきた原因の人が目的を達成してくれて、帰られる日がくることを待ちわびるだけの日々になるのだと思っていましたが、それが一変しました。
まったくあのまま暮らしていれば、危険な目にも遭わないというのに一緒に旅してくれて、もし、そのせいであなたが死んだらどうするのですか。私には、何も恩返しできませんよ。ですから。」アンジーは、そこで一息ついて、みんなの方に視線を変える。
「ですから、この人とともに歩いてくれる人は、私が認めた人しか許しません。もし元の世界にこの人が戻ることになったら、私も転生して、今度は必ず探し出してこの人の守護をするつもりでいます。」
「アンジー、おぬし自身が、その認めた人になる可能性はないのか?」
「え、それはそのう、私は天使ですし。目的もありますし、今のところは、様子見でいいというか、誰かのものにならなければいいな~とか、あーでも、でも、私を求めてくれればそれはそれでOKです・・・けど」いや、どうしてそこでそういう風になりますか、さっきまでの威厳はどうしましたか。そして、そこ、くねくねしない。気持ち悪い。
「ああ、わかった、とりあえず現状は、なにもしないし、なにもさせないというスタンスじゃな。」モーラの言葉に、アンジーは、くねくねするのをぱっとやめてうなずく。
「そうさのう、わしはこの中ではちょっと考えが違うと思うのじゃ。」そこで言葉を切ってからモーラは続ける。
「エルフィはきいておらんじゃろうから話はしておくがな。わしはドラゴンじゃ」
エルフィがモーラを凝視して手が震え出す。目が泳ぎだした。いや、これまで話題にしているし、魔法を使っているところも見ていますよねえ。
「まあ、その反応も当然じゃが、絶対数が少ないとはいえ、ドラゴンの中の実力ランク的には、ほぼ末端のドラゴンでな、ある小さい地域を縄張りとするドラゴンじゃ。しかもこのような形で人間化していて、能力は十分に使えん。しかもこの者に隷属させられているのじゃ。」エルフィさんびっくりして私をみないでください。その隷属契約の時の顛末をあとから聞かせたいくらいです。
「で、まあ、わしもこれを縁と思うて旅に同行しておるということじゃ。じゃから、まあ、この者とねんごろになることはあまりないと思うが・・・」
「シチュエーションがそろえばまあ、あるかもしれん」さっきのアンジーみたいに、何、態度が変わっているのですか。何、顔を赤くしてうつむいているんですか。というか私もアンジーも目を見開いて顎が落ちかけていますよ。どうしたんですかモーラ。
「これまで長く生きてきて、人間や生物の滅亡を見てきたが、その時は何も思わなんだが、こやつと話すうちにまあ、人間というか世界に興味がわいてきてのう。それだけじゃ。だから、おぬしと誰がどうなろうとそれは一向にかまわん、まあわしのようなロリばばあでは、対象でもないじゃろうしな。まあ、こんなところじゃ。」それはそうですけど。ええーっ
「ラ、ライバル増えた。」アンジーが泡を吹いています。
「僕は、そのう、皆様みたいに何もできません。ただの人間です。」いや、君が正常ですよ。この人達が異常なんです。
「私はあるじ様とモーラさんアンジーさんに言い含められ、もとい助けられこの場にいます。ですから、ここにいられるだけで幸せです。このままずっと一緒に暮らして家族になりたいと思っています。でも、」
「でも、もう一つ不思議な感情もあります。これはたぶん嫉妬なんだと思います。誰かがあるじ様と一緒に楽しそうにしていると、気になります。誰かがあるじ様にベタベタするとイライラします。この感情は、きっとそうなんでしょう。
同時に、皆さんと末永く一緒に暮らしていきたいと思っています。自分の中の感情も矛盾していて、それ自体も僕のわがままなのかもしれません。」
「あと、もうひとつだけ、あるじ様を誰にも渡したくないとも思っています。たとえ誰であっても。自分だけのものにしたいということではなく、ずっとそばにいて欲しいと思っている方が強いです。」
「ならば、おまえのあるじ様が元の世界に戻ってしまったらどうする。」
「一緒について行きます。突然消えたなら探して追いかけます。」
「ふむ、慕われたものじゃのう。」
「まあ、立ち位置があこがれのおじいちゃんですからねえ」
「違います。あの時は照れくさくてつい言ってしまいましたが、胸で寝られて。いや、興奮してほとんど眠れなかったんですが、幸せでした。」
「なるほどのう」
「不謹慎ですね。今、モテ期とか頭をよぎりませんでしたか。」アンジーがじろりと私を見ました。もう慣れましたよ。ええ、
「いや、実感がありませんでして。」
「ほれ、順番から言ってもおぬしじゃろう。」モーラがメアに視線をくれる。メアさんはうなずいて
「私はホムンクルスですから。ご主人様は絶対です。」どうして言い切るんですか。
「ほう、どう絶対なのじゃ」
「すべてにおいて絶対です。そして私が絶対手に入れるべきお方です。」
「どんな手を使っても?」
「はい、どんな手を使ってもです。」言い切りましたか~
「まあ、そんなものじゃろう。なんせ生娘らしいからな」
「ホムンクルスで生娘。」なんでアンジーがため息をつきますか。
「それで、元の世界まで追っていくのか?」
「いえ、残念ながら自分には無理です。」
「ずいぶんあっさりじゃのう。」
「私はその時のご主人様の最後の言いつけを守り続けることになります。残念ながら私から追いかけることは指示されていません。ですから、ご主人様から一緒についてこいと命令されれば万難を排してついて行きます。」
「難儀なやつじゃ。」
「はい、自分ではどうにもできないと思います。誰かを守れと言われていればそのようにします。また、何も命令が無ければ追いかけるかも知れませんが。今はまだそこまでのことはわかりません。」
「ほれ、最後じゃ新参者。これだけの逸話を聞いて目を白黒しているじゃろうから、今話せることだけでもよい。」
「とりあえず、いろいろ質問したいのですが良いですか?」おや、語尾が伸びませんねえ。真面目モードなのですか?
「答えられることなら」
「あなたはいったい何者ですか?」おや、この前の幽霊騒動の時にモーラが話していたのではないのですか?
「おぬしの事は、記憶を無くした哀れな魔法使いとしか伝えておらん。ほれ、答えてやれ」
「はあ、私は1年くらい前にこの世界にやってきた転生者です。転生前の記憶をなくした哀れな、が前の方につきますが。」
「情けないも追加で」アンジーさんそれは言いっこなしです。
「有り余る魔法力があるのに生活お役立ち知識しか無い残念な・・・とかのう」
そうですよ。そんなの当たり前じゃないですか。記憶はないが知識はあるんですよ。おもに生活便利手帳みたいな知識ですけどね。
「これだけの美女とお風呂に入っても反応しない不能者かもしれません」
メアさん、我慢しているんですからそれは言わないで。
「でも、意外に戦えます。かっこいいし、強いですよ。」
ああ、ユーリ、君だけがわかってくれている。
「なるほど、旦那様の魔法力の多さの理由もみなさんとの大体の力関係はわかりました。」
エルフィは、目をつぶり、息を整えてから目を開き決意をこめて話し始めた。
「私は、ハイエルフです。聖なる魔法を使います。」いや、本当に真面目に話していますね。
「なんじゃと、なぜこのようなところに。」
「本当はこんなところにいてはいけないのですが、逃げちゃいました。」
そこで、崩れた言い方はしていますが、顔は真面目ですね。
「なんでまた、ハイエルフと言えば一族の中でも抜きん出て魔力量が多くなければなれないと聞いていたが」
「そのとおりです。でもモーラさんと同じように、私の他にもたくさんいるのです。そして、ここに来る少し前に族長から私たちハイエルフ全員に勇者を探すように命が下りました。」
「ほう、今どき勇者とな。何があったんじゃ。」
「災いが起きると予言があったそうです。どんな災いかもわからず、いつ起こるかもわからないが、起きることは間違いないので、起きたら困るので探してこいと。」
「で、なんでおぬしは、逃げたんじゃ。」
「見つけたら婿として連れてこいと言われました。もっとも相手の意向は問わないと。」
「なるほどなっ、て、おぬしやっていることの意味がわからんわ、勇者は嫌だけど、うちの奴はいいとか一体なんじゃ。」
「旅を始めたときには、私も里に帰りたくなかったので、勇者候補見つけましたー、能力的にダメダメー、じゃあ婿も無理だねー、婚約破棄だ、帰ってもらえー、でも私はこの人について行きますー、好きにしろーという計画でした。」
「なるほど、里から逃げられればよかったということですね」メアがうなずいている。
「それで逃げられるものなのかしら。やっていることが全然一貫性がないわよね。」アンジーもツッコミを入れています。
「冒険者をやっていれば勇者候補にすぐ会えるかなと思って、いろいろなところを流浪していたのですが、他の優秀なハイエルフ達が同じように冒険者やっていまして、自分が見つける確率がかなり低いのがわかったのです。それで、やばげなパーティーで拾いものを探すくらいしかないと思ったのです。そうして流れ流れてこんな田舎まで来てしまって、今回の幽霊騒動ですよ。我ながら自分のダメダメさにがっかりです。」
「なら、里に戻れば良いだけですよね。」
「でも、出会ってしまったんです。運命の人に」私を見て目をキラキラさせないでください。
「一目惚れだったんです。ええ、その少し枯れ気味のさえない風貌とか、覇気のなさそうなその目とか卑屈そうなシニカルな笑いとか全部、つ・ぼ、だったんです。」あなたのツボがよくわかりませんが、ディスられているとしか私には思えません。
「なるほどのう、それで隷属か。」
「おっしゃるとおりです。モーラさんからの簡単な事情説明を聞いて、魔力量は膨大なのに生活便利グッズしか作られない戦闘力皆無の魔法使いだと知り、皆さんの関係が家族みたいな感じで、どうも皆さん一歩引いた感じでしたので、ここは何も知らない私がかっさらうのがベストかと思いまして。しかも最初に見せてもらった魔法解析のスキルがすごいじゃないですか。手を握られてじっと私にかけられた魔法を解析する姿に、もうメロメロですよ。」はあはあ、いって恍惚とした目でいっちゃいましたよ。このエルフ。
「ああ、変態エロフだったか」あきれた顔でモーラがため息をついた。その言葉にエルフィは、真面目な顔になり、少し悲しい顔で話し始めた。
「一族の中でも私は異端で、しかも少し人の血が混じったハーフクォーターらしいのです。生まれたときから、生粋のハイエルフ達から差別され、ハイエルフなのに、他のエルフ以下の扱いをされてきていました。たぶん私には何も期待していないはずので、これでもいいかなと。それに、先ほどのアンジーさんの話では、他にもこちらに来た転生者がいるんですよね?そちらがきっと本命の勇者さんなんですよ。」
「大体事情はわかった。それで、これからどうするのじゃ」
「え?あの手この手で籠絡して。旦那様を私のものに・・・」
「どこで線引きするのか聞いているのじゃ。わかるな」ドラゴン目線で一にらみですね。
「は、はい。静かにしています。」エルフィは、びびっています。きっと視線の奥にドラゴンの目が見えたのでしょう。どうですか?私には見えましたよ。
「よろしい、さて、大体の本音も聞けたし。おぬしはどうするのじゃ。」全員の視線が突き刺さる。ああ、快感とか思わないですよ。
「ぶっ」モーラとアンジーが噴き出す。ふふ、受けてくれてありがとうございます。
「逆手に取りよったか、やるな」傍らでアンジーが頭を抱えている。周囲の人には伝わっていませんよ。
「さて、ご指名ですので、落語を一席」
「我々にわかる冗談を言え。落語とか意味わからんわ」
「そうですね、こんな具合に私は他の世界から来ました。でも記憶が無いんです。全く消されているわけでは無く、制限を掛けられている感じですね。どんな理由で連れてこられたのか、単なる気まぐれで連れてこられたのかわかりません。私としては記憶が戻った段階で考えたいのですが。記憶が戻ると同時にそれまでの記憶が思い出せなくなる可能性があるという知識があります。なので、記憶が戻らなくてもこの世界で皆さんとともにつつましく暮らしていきたいというのが私の本音ですね。」
「ほほう、野望もないと」
「元の性格もこんな感じだと思うので、野望なんか持つはずないじゃないですか。大丈夫じゃないかなと思います。」
「なるほど。それで、惚れられて迫られたらどうするんじゃ。」
「きっと誰かが止めてくれると信じていますよ。」
「なんじゃそりゃあ。」
「だいたい一人になれるのは、トイレの時くらいで、たいがいだれかと一緒にいますので」
「あの家で暮らしておった時には、アンジーと2人きりだったろう」
「まあ、お風呂に入ってこられた時は慌てましたが、あとは、慣れですね。そう親子のスキンシップですよ」
「スキンシップとな?どこを触ったのじゃ」
「いや、背中洗ってもらって、頭を洗ってあげたくらいですよ。」
「そうそう、あの頃は良かったー。誰もライバルがいなかったから。あせりもないし」
「なるほど、わしが一緒に暮らしてからもそうじゃったな」
「どっちも体型が幼女ですからねえ、ほとんど自分の子ども感覚でしたね。」
「いいなー」何をつぶやきますか、ユーリ、いつでも背中洗ってあげますよ。
「ちゃんと声にださんか。」
「ユーリ、良い子にしていたら頭洗ってあげますよー」
「んー、子ども扱いはなんかヤダ」あら、拒まれてしまいました、娘が一人増えてうれしいなという、下心が見透かされましたか。
「さて、話を戻しますね。」
「昨日モーラが話したとおり、誘惑したければしてもいいですけど、私は基本拒みますから。拒まれたらそこで終わりということで良いですか。」一同うなずく
「あと、周りの人がそれを邪魔するのもありという事で良いですか」一同うなずく
「おぬしが同意したらどうするのじゃ。」
「そういうときは、たいてい邪魔が入らないものです。そうですね。」一同うなずく。
「では、おぬしの処遇はそういう取扱いで」一同うなずく
「あと、できるだけ風呂と食事は一緒にということは、どうじゃ。」一同激しくうなずく。
「じゃあこれで話は終わり。風呂じゃ。すぐわかせるのか?」
「ええ、今回は24時間風呂ですよ。常にわいています。」
「なんじゃと、いつでも入れる?」
「そうですよ。ただし、水は定期的に交換しますけど。不潔なので。」
「噴水じゃない、シャワーは使えるのか。」
「ええ、そっちはずーっと使えます。もちろん熱いお湯が出ます。」
「もう、死んでもいい。」アンジーが身もだえしています。そんなにうれしいですか?あなた光ですよね。
「いや死んだら使えませんよ。」メアさんが突っ込んでくれました。
そうして、入浴タイムです。ここは、お風呂場です。浴場です。欲情しますか?
「かこーん」という効果音を声に出してみました。銭湯じゃないと使わないんですけどね。一般の風呂では使わない効果音ですが、そこそこに広いのでつい。
湯船はせまいですが、全員で入っています。やっぱり大きくすれば良かったでしょうか。
「幸せじゃのう」モーラは本当に幸せそうだ。
「なんであなたは、恥ずかしがっているの?」アンジーがエルフィに冷たく言った。
「あ、あなたたちがおかしいのです。みんなで旦那様が好きって言った後にその好きな男と一緒に入っているのに、恥ずかしくないんですか?」はい、エルフィの言うことは正しいと思いますよ。
「あー、まあその前に家族だしね。」ちょっと照れながらアンジーさん
「そうじゃのう、家族だしのう」視線を上に向けてモーラさん
「エルフィさん、だまされてはいけません。この2人、幼女の姿はしておりますが、元はドラゴンと天使。実態は違うのです。だから割と普通にしていられるのです。」メアがさらっと指摘する。
「ち、よけいな事を」モーラさん顔がおっさんですよ。
「でも、結局相思相愛になって、これと2人で風呂に入ったら当然見せ合うわけじゃない?だったら慣れておいた方がいいわよ。」その論理は破綻していると思いますが。
「しれっとうそぶかないでください。恥じらいは大事です。」私が言う事ではありませんが。
「うちの家族はこれがルールと納得せい。」
「はい・・・」
しかし、一度割り切ってしまうと大胆なのは女性の方ですね。私はちょっとドキドキしていますが、なにやら大事なところに煙がかかってぼやけています。元の世界の風習なんでしょうか。
風呂から上がり。みんなで牛乳を飲んでいます。ちょっと価格は高いですが手に入ります。
「家の改造もできたし、明日から何をするんじゃ。」
「そうですね、まず薬草取りですね。平行して例の件の情報収集を行いますか。」
「妥当な線じゃな。」
おやすみなさいの挨拶をして、それぞれの部屋に入る。ベッドは皆同じ物を作ったみたいですけど、私の部屋だけダブルベッドくらい大きくなっています。みんなで襲来してここで寝るつもりですね。いいでしょう、覚悟完了です。両腕開けて待っています。
コンコンとドアをノックする音がしました。これは、この家にできたルールです。
「こんばんは、夜這いに来ました。」ユーリが入ってきます。なんで裸ですか。寒いでしょう。
「なんでそんな言葉知っているんですか、あと、その意味知っていますか?それに寒くないですか?湯冷めして風邪引いてしまいますよ。」突っ込みどころが多過ぎで、私は、早口になってしまいます。
「ええ、それは、寝る前に裸でプロレスごっこをするんだと聞いて来ました。それってなんですか?」ああ、プロレスごっごとか。アンジーの差し金ですね。
私は、ユーリに毛布をかぶせて、そこに残して、独りでアンジーの部屋へ向かいます。あ、アンジーの部屋ってどこだったっけ。
「こっちですよ。」って心の声聞こえていましたか。
ノックして入るとそこには、アンジーのほかにモーラもいた。
「なーんじゃ、ちゃんとお膳立てしてやったのに。」
「いや、そんなの必要ないでしょう。」
「まあ、そうだとは思ったが、実は、おぬしの部屋に誰が行くかでもめてのう。くじで決めてな、ユーリが当たって、ガッツポーズで出て行ったわ。」
「プロレスのくだりは、アンジーですよね。」
「あの子に直接的な事は言えないわよ、まぶしすぎて。」
「あの、僕じゃあ相手になりませんか。」後ろからユーリの声がしたので振り向くと裸に毛布をかぶって立っていた。ああ、可愛いですねえ。思わず・・・
「「思わず?」」いや、あなたたち私の思考見過ぎていますよね。
「おっとその先が聞きたかったのじゃが、イメージが見えてしまったわ」
「そうなんですよねー守ってあげたくなるんですよね。こうぎゅっと」アンジーがたたみかけてくる。言いながら、アンジーは抱きしめる真似をする。
「いい加減にしないと」そう言って思考バリヤーにトラップを仕掛ける。
「いだだだだだ」
「わかりました。もうしません。ごめんなさい。」
「今回はちょっときつめに反撃しますね」
「ああ、思考を読みに行ってもいないのに頭痛が・・・わかりました、もうしません。」
「はい、いいですか。人は進化します。魔方陣も進化します。よろしいですね。」
「わかった、わかったから。もうやめてくれ」
「はいやめます。」
「ふう。これは精神崩壊しそうな痛さじゃな。どうやってこの痛さを与えておるのじゃろう。」
「うえ~んもうしないよ~」アンジー幼児化がすすんでいますね。
何が行われているかよくわからないユーリに向きなおり、私は言った。
「さあユーリ、プロレスは忘れてください。それは、私の世界にあった格闘技の一種ですからベッドの上ではできませんよ。」
「そうなんですか。」
「ええ、でも、添い寝はしてあげますから。とりあえず寝間着を着てきてください。今回は一人きりですが、次回からは、できるだけ2人ずつにしてもらいましょう。私自身の理性が危なくてしょうが無いです。まったく」
私だって人恋しいことはあるんです。特に最近は、一人になると寂しくなります。
「おやすみなさい」
「はいおやすみ。」
そう言って私の腕枕で眠るユーリの顔は、もう超可愛かった。ええ、満面の笑顔で寝ていますよ。だからと言って襲いたくなるかというとね、微妙なんですよねえ。
今日の疲労は、体力的な物と精神的な物もあったのでしょう。放心したように寝ている。
くせっ毛なショート髪をついくるくるとしてみたくなる。そのうち私も眠くなってきて、意識がと遠のいていく。
翌朝、目を覚ますと、なぜか私の部屋にモーラとアンジーが壁にもたれかかって眠っていた。ご丁寧に毛布を持ってきていますから私の部屋で夜明かしするつもりだったのでしょう。
私と目が合ったモーラは、すかさず。
「監視じゃ。お主が襲わぬようにな」
「いや、獣の檻に、いたいけな少女を放り込んだのはあなたたちですよね。」
「ああ、じゃが部屋に帰さずそのまま添い寝をさせるなど、危のうてかなわん。じゃから監視をしておった。放り込んだ側の責任じゃ。」
「なるほど。でも、私もこの広いベッドに一人で寝るのは寂しいので、たまには、誰かと寝たいですねえ。ですから2人までなら大丈夫ですから、くじでもなんでも決めてください。あ、ここにいないあの2人をセットにしなければ大丈夫かと思いますので。」そう、今頃、朝ご飯を作っている人と惰眠をむさぼっている人達のことです。ベッドの上で悩ましげに2人で迫ってくる構図。やばいですよ、貞操の危機です。
「確かに、あの2人では今回とは逆に猛獣の中におぬしを放り込むことになりそうじゃのう。」モーラの言葉に隣のアンジーがうんうんとうなずいている。確かに私も本当に危ないと思います。そう、いろいろな意味で。
「あと、モーラとアンジーは、最近よく手をつないでいますよね。」
お互いはっとして手を離す。どちらもきまずそうだ。
「まあ、いつも一緒にいるしのう。人肌恋しいんじゃよ。」アンジーがうつむきながらうなずく。
「人の感情に近づいていますねえ」
「そうかもしれんが、割といやでもないのじゃ」アンジーは、うなずいている。行動がパターン化してきています。
「私としては良いことですけど、ドラゴンとか天使とかとしてはやばくないですか?」
「まあ、しょうがないじゃろう」
「私は別に大丈夫ですよ、人に近くなっても。今の能力では、あまり変わりませんし」
「みなさん朝食できましたよ」メアさんの声がします。ナイスですねー、メアさん
「寝たふりは終わりじゃ、ユーリ」
「は、はい。」気まずそうにベッドを出る。私も着替えますか。
全員が揃い、食事をしながら今日の予定を話します。
「家を借りたことを領主様と魔法使いさんにお話ししておかないとなりません。」商人さんには、昨日話していましたが、領主様が先でしたかねえ。
「生活用品を買い足しに行きたいのですが。荷物持ち付きで」そこで私を見ますか。私の体は2つありませんのでその後になりますが。
「ふむ、わしらは、情報収集じゃな。」アンジーがうなずく。
「薬草採りもしないとまずいかも知れませんねえ。」私は、やることが多くて、体が3つ欲しいところです。
「では~、私がやりますね~。薬草の知識はありますので~」エルフィがかってでてくれた。そうですか、さすが森の人ですねえ。助かります。
「ひとりで大丈夫ですか?魔獣とか出るかもしれませんよ。」
「大丈夫~出たら逃げますから~」本当に大丈夫ですか?不安になります。
「僕が一緒に作業します。」ああ、ユーリが一緒なら安心です。
「じゃあ、ユーリ、お願いしますね」
「でも、2人だけでも危なくないですか?」考えすぎかも知れませんが、エルフィの能力を知らないのでちょっとは気になります。
「ああ、そうじゃな。そうだ、ハイエルフじゃろう?これを取得せい。」
「え?」モーラがエルフィの額に額をつけて心の中でつぶやいた。
『エルフィ、聞こえておるか、』
『なんですかこれは、頭の中に声が聞こえます。』
『ああ、さすがに知らないか。心の中で話してみるがいい』
『こうですかね。』
『おう、それじゃ。一度憶えると使えるじゃろう』
『使ってみると簡単ですねえ。もしかして、魔力があれば使えるのでしょうか?これまでのパーティーは、魔法使いがほとんどいませんでしたから、知りませんでしたねえ。』
『まあ、わしらは、あやつの魔力を転送して使っているからなあ。』
『え?そうなんですか。』
『実際たいした魔力は使っていないが、長時間の使用や遠距離の会話は、わしやアンジーには、魔力量がちょっと厳しいのでな。こやつを発信器がわりにバイバスにしておる。』
『ユーリとメアにも使えると良いのですが。』
『私には聞こえていますよ。』メアさんの声が頭に響く。
『メアさんには、聞こえるんですか?』
『はい、私が隷属してからは、皆さんこの方法使っていませんでしたので、何やら3人で会話をしていましたが、よく聞こえず、エルフィに聞かせていたのを聞いていて、はっきりできるようになりました。とても明瞭ですねえ』
『魔力があるのか。』
『私の体は、魔力で作られていますから、たぶん共振して聞こえるのでしょう。近ければ問題ありません。』
『あとは、ユーリだけですねえ。』ユーリはみんなが、黙ってしまって下を向いたりしているので、キョロキョロとみんなを見回してちょっと不安げだ。
『お主、ちょうどいい、ユーリにも魔力があるはずじゃ、それをこじあけるのじゃ』
「ええ?そんなことできませんよ。」思わず声が出る。ユーリがびっくりしている。
「実は、今、皆さんと頭の中でお話ししていました。」
「そうなんですか?いいなあ、参加したいです」
「そうですか。まず魔力がないとだめなんですが、どうですか?」
「それは大丈夫だと思います。剣を振るうときに技として使ったりできますから。」
「それは、それは、では、」そう言って私は、ユーリの頭を両手でやさしく抱えおでこ同士くっつけます。ユーリはびっくりしていましたが拒む様子はありません。
「行きますよー」専用チャンネルをひらくように会話のイメージを送り込む。
『聞こえますかー』反応がありません。
『だめそうじゃのう、もっとがつんと行くしか無いかのう』
『これ以上どうしろっていうんですか』
『たぶん、剣に魔力を載せるのに特化しているおかげで、それ以外の訓練をしておらん、なので刺激を与えてそのすきにねじ込むしか無かろう。』
『暴力はいやですよ。』
『なあに、おぬし好きじゃろう。ディープキスじゃ。』エロおやじのような発想ですね。
『えええ、ディープキス?』
『ばかもの相手に悟られたら意味が無いのじゃ、だからすぐじゃ、いますぐじゃ』
『こちらの心の準備ができませんよ』
『何を言っておる、おぬしはすでにメアとはしておるじゃろう。いそげ、』
「いんですかねえ。ユーリ、本当にみんなと心で会話したいですか。ちょっと荒療治になりますけど大丈夫ですか?」
「はい、覚悟しています。仲間はずれは嫌です。」
「よし、わかった、ちょっとごめん目をつぶってね」
「はい、」そうして目をつぶった。素直すぎるでしょ。でもあれ?なんか期待していませんか?その口。半開きにして、なんか顔も赤いし、顔がにやけていますよ。
私は、『わーーーっ』っと、心の中で叫んでみました。ユーリがびっくりして目を開けました。
『聞こえていましたね。』
『はい』寂しそうに肩を落とすユーリ。頭の中に響く声は、本当にがっかりしています。
「なんじゃ、ユーリ、期待しておったのか。おぬしもしてやればよかろう。」
「いや、私の心の準備が折れました。」正しい文法ではないですね。
『まあ、しょうがないのう。』
『これで全員話せるんですね。』ユーリのわくわく感が伝わってきます。
『よいか、あくまでおぬしの魔力を媒介にしていることを忘れるな。この位の距離の維持にはそんなに魔力は使わん。じゃが、この魔力量では、遠くなれば聞こえなくなるじゃろうし、遠くまでつなぐにはけっこうな魔力を消費する。とりあえず、魔力量が半端ないハイエルフであるエルフィとの会話には、問題なかろう。あとの者とは一度リンクしているからおぬしからの呼びかけには、つながるじゃろう。じゃが、必要最低限にしておくのじゃ。』
『わかりました。どのくらいの距離が大丈夫なのかテストしておかないとダメですね。』
『それはあるのう。あとは慣れるしかないのう。』
『とりあえず、私はユーリと薬草取りに行きます~。人混みはあまり好きではないので~』エルフィが言ってくれました。ありがたい話です。
『わしは、お主についていって、その後情報収集じゃ。』
『私は、買い物をしたいので、アンジーさんお願いできますか?』
「あのー声出しませんか?」ユーリが言う。確かにみんなで下を向いて黙っているのは、はたから見たらやばい図ですよね。
「そうですよねえ。ここでは意味ないですよねえ」
「うむ確かに」
「ですね」
○襲撃
そのあと、定期的に連絡を取りながら移動します。私とエルフィとは、割と広範囲まで会話が可能なことがわかりました。メアとは、やはり、そんなに遠くまでの会話は難しそうです。エルフィとメアとは、距離が遠すぎるとちょっと立ち止まって集中しないと聞き取れないようです。メアとは魔力の出力をかなり集中していなければならないみたいです。まあ、簡単に言うと頭の中で叫び続けなければならないようで。他の仕事をしながらでは無理みたいです。
とりあえず、練習のため私とエルフィとメアは、定期的に連絡を取りつつそれぞれの日程をこなすことにしました。
さて、私とモーラは、領主様の家にうかがいました。たまたま商人さんもいらっしゃって、借家の話をしたところ、領主様はたいそう喜んでいらっしゃいました。というのも家主さんが双方の友達だったそうで、私たちが借りた後、大喜びでその話をしていたようです。
「幽霊を退治したそうですね。」領主様興味津々です。
「いえ、話が大きくなっているようですが、行ってみたら何も無かっただけです。ですので、しばらく様子を見ようかと思っています。」
「そうですか、彼はたいそう喜んでいましたよ。幽霊を退治して、しかもそこをしばらく使って後始末までしてくれていると。」
「いやいや、後始末とか、そもそも何も起きていませんですし、使わせてもらうつもりでしたから、そもそも後始末とかそういうことでは、ありません。」
「さらに、新しい奴隷まで見つけられたそうで、」
「いや、奴隷ではありませんよ。たまたま、家の近くで困っていたエルフさんと出会いまして、事情を聞くと仲間とはぐれてさらにお金を無くしたそうなのです。かわいそうでしたので、しばらく一緒に暮らして、お金を貯め、次の街まで一緒に行くことにしただけなのです。」
「まあ、事情はいろいろありますでしょう。あまり深くは詮索しませんが、気をつけてくださいね。噂では、人身売買組織があり、エルフは、高値で密売されていますから、誘拐に特に注意した方が良いですよ。」
「傭兵団にいた彼女と一緒に森で薬草を採取してもらっています。彼女なら護衛をつけているようなものでしょう。」
「それは、もっとまずいですよ。2人ともさらわれる可能性があります。他の誰かと一緒にいないのですか?その2人だけで行動しているのですか。」
「はい、今、申し上げたとおり森で薬草採りをしていると思います。」
「とにかく気をつけてください。あなたはこの町では、いろいろな意味で目立っていますから。」
「わかりました、気をつけます。心配なのでこのまま彼女らのところに戻ります。」
「その方がよろしいかと。」
「では、失礼します。」
ドアを閉めるのももどかしく、屋敷を飛び出してしまいました。
「連絡はとれそうか?」モーラが不安げに聞く。
「それが、屋敷に入るときに連絡をとった時は、なんでもなかったのですが、今、連絡が取れません。」
「なるほど、もしかしたら、見張られていたかのう。」
「誘拐して売るというのであれば、危害は加えないでしょうけど、貞操は守られそうにないかもしれませんね。」私も不穏なことを口走る。
「そうじゃのう。可能性はあるが、まだ大丈夫であろう。」
「あいつですかね、傭兵団のあの男。」
「そんな大それたことができるような男ではない気がするがのう、かといって、他には心当たりもないが。じゃが、襲うとすれば、単独ではないであろう。誰かと手を組んだかもしれんな。」
「とりあえず、後ろをついてきている人がいるので、裏道に入って情報をいただきましょう。」
「おう、」モーラを抱えて小路に入る。やはり、尾行されていたらしい、3人が小路に入ってきた。しかし、私達はいない。きょろきょろしている3人の後ろから私は声を掛けた。
○魔法使いの襲撃1
「私をお探しですか」
小路の入り口側に私は立っている。もちろんモーラを抱えて。振り向いたその男達は、なぜそこにいるのか不思議には思ったものの、
「別に探しちゃあいねえよ。」とうそぶく。
「そうですか、それは残念です。せっかく弁明の機会を与えてあげようと思ったのですが、嘘をつかれましては、」
「誤解だといっているじゃないか。」
「そうですね、誤解かもしれません。でも、聞きたいことを知っているかも知れませんので。伺いますね。」
「何を聞きたいんだい」妙にもったいつけていますねえ、時間稼ぎですね。
「あなた達をそそのかしたバカな人のことですよ。」
「何を言っているのかなあ。言っていることがわからないなあ」ああ、やはりのらりくらりと時間を稼ぐのですね。
「ごめんなさい、急いでいるので、本当に誤解だったらあとで謝りますから。とりあえず腕一本もらいますね。」
「なっ」私と話していた一番手前にる男の右腕が一瞬でちぎれ飛び、もう一人の男に当たる。血しぶきはない。一瞬の後、血が噴き出し痛覚が戻ったようだ。痛みに耐えかねて叫びながら、なくなった右腕の上の肩の部分を抑えて、のたうち回っている。残りの2人は、呆然と立ちすくんでいる。
「さて、とりあえず今話せることを話しなさい。」残りの2人に言う。
「なんのことやらわからんが」向かって左の男が言った。
「そうですか。では、」そう言った男の右腕が一瞬でちぎれ飛ぶ。
「最後の人、これでも話すことはないと?」
「なんのことやら」
「ああ、誤解だったのですねえ、ごめんなさい。でも、ここであったことを他の人に知られるわけには行きませんので、全員死んでくださいね。」腕を前に出して指を鳴らそうとした。
「わかった、言う。俺らは頼まれたんだ。とにかくおまえらを見張ってろ、とな。」
「誰が頼んだのですかそれを」指を鳴らす準備は、継続中です。
「フードをかぶっていて顔はよくわからない。だが、先払いで結構な額を俺らに渡してきたんだ。断る必要もないだろう。」
「わかりました、だとすれば、何か知らせる方法はありますよね。」
「ああ、これを吹けと。」そう言って震える手でポケットから笛のような物を出す。
「どう使うのですか?」
「これをその場で吹けと」私に渡そうとする手が震えている。
「吹いてください。」
「いいのか?」
「かまいません。」
その男は震える手で笛を加え、その笛を吹いた。音がしない。
「音がせんぞ」モーラが思わず声を出す。
「もう一度吹いてください」やはり音がしない。
「ああ、犬笛ですか。」
「なんじゃそれは、」
「人間には聞こえない波長の音を出します。でも、モーラも聞こえなかったんですよね。」
「ああ、聞こえておらんが」
「どういうことでしょう。あなた、何か吹くときの注意点など言われていませんでしたか、
「いや、強く吹けとだけ言われた。なんなんだこの笛は。」会話中に倒れている2人は動かなくなった。失血して意識を失いましたかねえ。
「練習しましたか?」
「いいや、試そうとしたらここでは吹くなと嫌そうに言われただけだ」
「では、もう一度、今度は、息を長く吹いてください」
「ああ、ああ」息を深く吸い込んでかなりの長い間吹き続けた。
「なるほど、こういう術式も組めるんですね、参考になりました。その笛、もらっても良いですか。」
「ああ、いいが、その俺たちは、」
「ああ、ごめんなさい、」パンと手をたたく。腕がちぎれ、血の海に倒れていた者は、少しの血だまりを残して腕も元に戻っていて、2人ともただの倒れている人になった。
「あ?あれ?」
「幻覚ですよ。残念ですが私には人は殺せません。」
「そうなのか、でも、血のにおいがかすかにしているな。」
「それと、幻覚とは言いましたが、もしかしたら、一度死んでいるかもしれませんよ。ですから、いつか私の魔法が切れてしまったら腕が取れてしまうかもしれません。取れないように気をつけて生活した方が良いですよ。特に何か悪いことをしたり考えたりするとポトリと腕が取れるかも知れません。でもそれはあなたの心がけ次第です。さあ、モーラ行きましょう。あの2人が怪我などしていたら困りますので。」
「あ、ああ」モーラの声に力が無い。どうしたのでしょうか。
その小路をでて、すぐにメアさんに連絡を取る。
『メアさん、聞こえていますか』反応はない。さきほどのやりとりが聞こえていれば良かったのですが、もう一度今度は、意識して大声を
『やめてください。』出そうとしたら、メアさんの声が響いた。
『聞こえていたのならすぐに返事をくれても。』
『残念ですが、そんな余裕はありません。現在、現地に向かって移動中です。たぶんエルフィの魔力量なら近づけば、私にも聞こえると思いましたので、静かにしていましたが、残念ながら反応がありません。』
『今、どの辺ですか?』
『家に近づいたところです。』
『家に?』
『はい、森の中に入るにしても、どういうルートで入ったかを知りたかったので、それで、大体予測がつくものですから。』
『どうして予測できるのですか?』
『木を伐採していたときに、薬草の話をしていて、採れる場所をいろいろ話していたので、ただ、私は家からの方角からでしか憶えていないのです。』
『音はどうですか?何か騒いでいる音を聞き取れませんか?』
『一度止まって聞いてみます。』
『よろしくお願いします。』
『そういえばアンジーはどうした。』
『露店の前に放置してきました。さすがに私のスピードに耐えられるとは思いませんでしたので。』
『おぬし、わしを置いていけ、そっちも心配じゃ。アンジーが呼びかけに答えん』お姫様抱っこしていたモーラをおろしました。モーラは、いつもより少し速いスピードで露天の並ぶ広場の方に向かいました。
『どうやら私たちはまんまと相手の策略にはまったのですかね、』
『わからん、ここまで手の込んだことをしてきているのじゃ。わしなら弱いところから狙うと思うからのう。』
『なるほど、陽動かもしれないという事ですね。』
『最終的にエルフィやユーリが欲しくとも、交渉のためにアンジーを人質にするというのは考えすぎか?』
『我々の知名度はここではほとんど無いと思いますけどね、誰が私たちを狙っているのでしょうか。』
『そう言うが、奴隷商人として悪目立ちはしておったぞ。そこから変な噂が立ったという事はないか?』
『まあ、そうですねえ。いろいろと取りそろえていましたからね。』おっと皆さんを商品のように、冷静ではありませんね。
『しかも全員美人じゃぞ。これは嫉妬もされるわな。』
『自分で言いますか、まあ、確かに美人揃いですけどね。』
『アンジーが倒れている。しばらく中断じゃ。』
『お願いします。』
『しかし、幻惑の魔法まで使えるようになったのか。おそろしいやつじゃ』
あれは、幻惑の魔法じゃ無いんですけどね。
同じ頃、森の中、薬草の入った篭が散乱しています。ユーリがエルフィをかばうように立っていて、ユーリの手には剣が握られている。
「たった一人で誘拐に来るとは、そんなに返り討ちにされたいですか」
威勢の良いセリフですが、声に勢いがない。しかも、剣を持つ手が震えていては、単なる虚勢でしかない。
『どうですか?』ユーリが憶えたての能力を使ってエルフィに話しかける。
『だめです、連絡が取れません。』しゃがんで頭を抱えたエルフィが答える。
「ああ、連絡なんて取れませんよ。結界張っていますから。」二人は目を合わせる。脳内通信を聞かれているのだ、そして絶望が2人の顔に浮かぶ。
2人の前にはフードのついたローブを着た人が立っていて、タクトの様な杖を手に握っている。たぶん魔法使いなのだろう。フードを深くかぶっているのでその顔は見えない。もしかしたら何か見えなくするように仕掛けをしてあるのかもしれない。だが、口元だけは見えていていやらしい笑みを浮かべているのがわかる。
ユーリ達の周りに散乱している薬草は、焦げたりちぎれたりしていて、多分相手の威嚇攻撃が当たったのだろう。地面にも同じように焼け焦げた後が残っている。
「あなたたちの連絡方法は、ずさんなんですよ。あんなに周囲に声をばらまいていたら、聞かなくていい人にまで聞こえています。しかも暗号も使わないで話しているなんて、うかつすぎますね。」
コメントを求めるかのように間を開けているが、ユーリにもエルフィにもそんな余裕はない。その者の抑揚のない話し方に性別すらもわからない。
「それでは、いさぎよく捕まってください。こちらはあなたたちを傷つけるのも、こちらが傷つくのもいやなので。」そう言って目線の高さにタクトを持ち上げる。
その言葉を聞いて、腹をくくったのか、ユーリが呼吸を整え、剣を握り直す。先ほどまでの震えはない。
「だからやめましょうよ。あなたの剣技は通じませんから。かえって怪我をしますよ?」
「それでも、僕は仲間を守る。たとえ自分が倒れたとしても。それが剣士としての教示と教わってきた。」ほの明るく剣が輝き出す。薄赤い色から青白く変わっていく。エルフィは、そこにひざまずき何かを祈っている。
「とりあえず忠告はしました。抵抗されるのであればこちらもそれなりに対処します。怪我をしてもしりませんよ。自業自得ですよ。」
その言葉が終わる前に一気に間をつめて、相手に斬りかかるユーリ。しかし袈裟斬りの軌道を取った剣は、相手に届く前に拒まれる。どうやらその魔法使いの前に見えないシールドがあるようだ。今度は逆側から袈裟切りを試みる。やはり、シールドに阻まれる。
「それでも攻撃が反射されて君に返っていかないのは、後ろで祈っているエルフのおかげなんですね。」感心した様に言う。でも余裕がある声だ。
しかし、ユーリは、何度も剣をそのシールドにたたき込む。交互にそして、連続して。
「無理、無理、これは魔法のシールドだからね、物理攻撃では・・・おや。削られていますねえ?」
相手との間にある透明なシールドに少しずつヒビが入り、ヒビ割れた部分が白く濁っている。ついには、シールドの全容がわかるくらいにヒビが進む。
「なるほど、物理攻撃に対してほぼ100パーセントの防御力をもつシールドも魔法を乗せて攻撃すれば壊れると、ふうん」感心したようにその者は、ただ黙ってみている。ユーリは無心に斬りつけ続ける。
ピシリという破裂音とともにシールドが砕け散る。その者は一歩後ろに退いた。
「なるほど、壊しましたか、でも、またシールドを張れば良いだけなんだけどね。」
そう言って、軽くタクトを振って、魔方陣を描く。ユーリは、そのタクトの先に発生した魔方陣を下から斬り上げる。魔方陣が切れて術式が崩れていく。
「これは、すごい。すごすぎる。こんなことができてしまうのはまずい。こんな事だけで無くもっとできるようになってしまってはまずい、生きていてもらってはまずい、生かしておいてはまずい。今、そう今、殺さなければ。」そうしてその者は、腕を前にかざしたが、何かが頭に響いたようで、頭を抱え横を向いた。そして、何かをつぶやいている。何かが起きるかもしれないと、ユーリは、剣の切っ先を青眼に構えてその者の様子をうかがい、何があっても反応できるように視線を外さない。
「ああ、そうか、捕まえるつもりだったけど、殺す気になっちゃったし、先にエルフを殺してからおまえを殺せば良いか。ああ、そうしよう。私の仲間も失敗したようだしねえ。誘拐は、無理そうだ。」そのフードの下の口がニタリと笑う。一瞬ユーリがエルフィに振り返った。
「はーははは、ひっかかったー」素早く魔方陣を描き、杖ではなくその手の人差し指の先から炎が噴き出してユーリを襲う。たった一瞬振り返っただけのつもりだったが、気配に振り向くユーリの顔に恐怖が張り付く。
「シ・ネ」無機質な声でその者がつぶやく。体勢を崩し後ろに倒れつつ顔を背けるのが精一杯のユーリ。しかし、炎は届かない。エルフィが後ろの方で、両手を前にかざしている。ユーリの前にシールドが発生している。
「は?なにそれ。ふーん。ただのエルフじゃ無いのか。なるほどね。」
そこにメイド姿のメアが到着する。
「おや、結界が張ってあったのにどうやってわかったのかしら。」急に口調が女性の物にかわった。
「私の地理情報と照合したら、結界があって入り込めない場所がありました。何かあると思うのは当然です。結界のほころびも見つけましたよ。」
「なるほどね、でもよく入れましたねえ。ああ、そうですか、そこのハイエルフと連絡を取って・・・というか、本人にマーカーが付与されていたと。なるほどねえ。」
「さて、お名前は存じ上げませんが、仲間の危機ですので、参ります。」
メアが静かに歩を進める。そう静かに。エルフィのそばを通り、ユーリの横に来たあたりでその魔法使いは、言った。
「まって、まって、降参して逃げることにするわ。それではね」そう言ってそこからかき消えた。周囲に張られていた結界も同時に消えた。
あたりの風景も色を取り戻し、空気も流れ、ほんの少し風がざわめいている。
「大丈夫ですか。」メアが二人のところに近づいていく。ユーリは炎をよけようとして後ろに倒れ込んだポーズで座り込んでいるし、エルフィは両手を前に出した状態で座り込んでいる。
「ほら立って。」ユーリは、促されるも涙目でイヤイヤをしている。しょうがなく、そのままにして、今度はエルフィのところに行く。こちらも座ったまま両手を前に出して固まったままだ。
「大丈夫ですか?」メアが尋ねるもぼーっとしている。頬を軽くたたいてみるが反応しないので、思わずおっぱいをぐっとつかむ。
「何するんですか。」と言って我に返るエルフィ。胸を腕で抱きかかえ涙目である。
「立てますか?」
立たせようとするし、本人も立とうとするもどうやら腰が抜けているらしい。
メアは、再びユーリのところに行く。こちらは、もじもじしている。なにやら地面がぬれている。
「タオル持ってきますね。」イヤイヤをする。メアの袖をつかんで離さない。また、あの襲撃者が戻ってくるかも知れないのが恐いのだろう。
『メアさん、聞こえますか?』
『ご主人様、こちらは敵が逃げました。そちらはどうですか。』
『お、聞こえた。ああ、アンジーは無事なようです。今、マーカーの位置が確認できましたから、私は、まもなくそちらに着けそうです。』袖をつかむユーリがイヤイヤをしている。
『できれば、アンジーさんとの合流を優先してください。こちらは大丈夫ですので、』
『そうですか?近くまで来ているので一度無事な顔を見たいのですが。』
『無事ですので、安心してください。家で合流しますので。』
『本当に大丈夫?誰かに言わされていない?』
『はい。大丈夫です。』
『念のため、エルフィの声を聞かせて。』
『ご主人様、だ、大丈夫でう。しばらくすれば立てまふ』動揺して舌をかんだようだ。
『ぼ、僕も大丈夫です。立てるようになりました。』ユーリは努めて落ち着いて話す。立ち上がってぬれたスカートの違和感に嫌そうな顔をしている。
『なら、手伝いが欲しいのではないですか?』
『いえ、ご主人様、ユーリと2人で足りていますので。』
『ああ、まあ、もう着いちゃったし顔見せてよ。』
「とうちゃーく」出会い頭にユーリと目が合う。彼女は立ち上がって、パンツを片手に持っている。当然下半身は裸だ。
「ええー。見ないでください。うぇーん。」顔を隠してしゃがみ込んでしまう。
「あ?ああ、顔が見られたので退散するね、メアさん、あとよろしく。」
「はい、お気をつけて」冷静にお辞儀をするメア。
「うぇーん、あるじ様ひどいー」メアがユーリの頭をなでていた。その頃にはエルフィも立ち上がっていて、ユーリを後ろから抱きしめていた。
程なく、全員が家に戻った。
「とりあえず風呂じゃ。」そう言ってモーラが風呂に向かう。すでにユーリがお風呂に入っている。全員でぞろぞろと脱衣所に向かう。
「いつも全裸で入浴しているとは言え、脱ぐときは見られたくないものなのじゃ、あとからはいれ。」
「はいい、」ユーリの件もあり、どうにもぎこちなくなる私。
「もうよいぞ」
「というか私が一緒に入る意味がありませんよね」
「何を言うか、おぬしが、風呂場に厳重なステルスの結界を張ったのじゃろう。風呂が見つからないようにと。当然盗み聞きもされんじゃろうが。」
「ああそういえば、他の人に見つからないようにかなり厳重に張りましたね。」
「だからじゃ。まあ、さすがに疲れたのでのう。ピト」
「なに胸当ててんですか。」無い乳と書いて無乳という。というくだらないことが思い浮かんだ。いったい私は何を思っているのだろう。
「魔力の補充じゃ。今日は使ったからのう」スルー力半端ないですねモーラさん。まあ、その言葉自体は知らないでしょうけど。
「あ、私も~」
「お主は気絶していただけじゃろう。」
「ユーリおいで肩を揉んであげよう。」
「うわ、気持ち悪い。なんですか急に」アンジーが冷たい目をしている。ユーリのよそよそしい態度に何かを察しているようだ。それでもユーリが背中を向けたまま近づいてきたので、肩を揉んでやる。
「今回の功労者だからねえ。魔力も補充しないと」肩をもまれてユーリが幸せそうにしている。
「何があったのじゃ。」幸せそうな顔が曇り、うつむくユーリ。エルフィが代わりに答える。
「女に襲われました。名乗りませんでしたが、魔法使いでした。かなり強力な魔法を使っていました。連絡が取れなかったのも結界を張られていたからでした。」真面目口調のエルフィです。さすがに脳天気口調では話せないようですね。
「なるほどのう、しかも脳内での会話を聞かれていて2人の時を狙って襲われたようだと。この家は見張られていたということか。」
「あの時はテストを兼ねて、町中と森の遠隔で頻繁に会話をしていましたからそれだと思います。さすがに家での会話までは無いと思います。」メアさんそうですよねえ。
「できるだけ意味の無い話をしていたつもりだったんですがねえ。さすがに波長が合いましたか。」
「波長も何も魔法使いだから気付いたんだと思います~そもそもこんな長距離で会話するなんて~なかなかできることではありませんよ~」あら、エルフィさんもうのぼせてきましたか。口調が元に戻ってますよ。
「とりあえず、これからしばらくは全員で移動しないとまずいですかねえ。」
「町中は、さすがに大丈夫じゃろう。もちろん2人組で行動していればじゃが。」
「そうなりますね。そうなると薬草採取も密集して行うことになりますかね。」
「そやつが使ったように結界をはるのじゃ。誰かが侵入して来たら教える簡単なものでよかろう。」
そうして入浴を終えて、居間にてくつろぐ。冷たい水を冷蔵庫から出してみんなで飲んでいる。炭酸も作れれば良いのですが、そうもいきません。
「あと、見張りをしていたやつの持っていた笛は何だったのじゃ。」
「まだちゃんと解析していませんけど、笛のだす音の音域・周波数が、我々の聞こえる範囲を超えていて、実際に音は鳴っています。その音を、魔法で飛ばしているだけですね。相手側がそれを音として聞き取れる仕組みがあるんでしょう。術自体はたいしたことないですね。」
「笛の出す音域とか周波数とか、よくわからん用語がでるのう。また転生者か。」
「可能性はありますけど、こちらにいる高位の魔法使いもしくは魔道士かと思います。」
「魔道士とは、なんぞや。」
「簡単に言うと、魔法使いよりちょっと魔法に詳しい人のことですよ。」
「それは、ちょっとになるのか。」
「この笛の魔法は、見たところ、既存の魔法の積み重ねでできていますからねえ。新しい考え方を取り入れているわけではないようです。犬笛の延長ですからね。転生者ならもう少し効率を良くするか、便利な機能をつけるように手を入れるでしょう。」
「そもそもその犬笛とやらが、わからないのじゃが」
「ああ、そうですね。私たちの耳では聞こえないですが、犬には聞こえる笛のことです。なので、犬を調教したり、訓練するときに重宝しますよ。ドラゴンさんに聞こえて我々には聞こえない音もきっとあるんですよ。たぶん。」
「わしまで調教するつもりか。」
「あくまで知能レベルが低い動物にしかできませんよ。人語を解するなら笛は不要ですよね。」
「ああ、確かにそうじゃな」
「さて、明日、薬屋の魔法使いさんのところに行ってきましょうか。全員で行くのもあれなので、町中は、2手に分かれましょう。戦力が偏りますが、私、メアさん、モーラが一緒に魔法使いさんのところに行って、アンジー、ユーリ、エルフィで買い出しをお願いします。小路とかに気をつけて、特にアンジーは、2人と出来るだけ手をつないでいてください。」
「仲の良さそうな姉妹に見えればよいのう」
「そうですねえ。ぜひ仲良くしてください。」耳が少し違うのは、気になりませんよね。
そして、その日は家から出ずにあり物の夕食ですませ、早々に寝ることにした。
その者
「人を雇うときにはちゃんと相手の情報をよこしなさいよ。おかげで失敗したじゃないの。ハイエルフだって知っていればそれなりの対策ができたのに。ははーんあなた、私をだまして殺させようとしたんじゃないの。違う?そもそもハイエルフがいるなんてそんな情報入っていなかった?まあ、信じるわ。でもね、今回、一度きりよ。次、失敗させてくれたらあんたも殺すからね。でも、楽しみだわ、あれだけやりがいのあるメンツそうそういないもの。この依頼受けてよかった。」
○明日決行
「こんにちは、」私は、薬屋さんを訪ねた。
「あらいらっしゃい。残念ですけど、まだ、そんなに売れていませんよ」
「そうですよねえ、まだ数日しかたっていませんから。実は、家を借りたのでそのご挨拶に。あと、なにか情報が無いかと思いまして。」
「そうでしたか、そうね、ここに来たのは良い判断ですね」
「そうですか。」
「何かきな臭い匂いがしていますよ。」
「と言いますと。」
「それしか情報が無い・・・と言いたいところですけど、あくまで世間話としてお話ししましょう。いかがですか。」
「ええ、ぜひ。どこかにでかけて話しますか?」魔女さんの目がメアに移る。
「ああ、私がやりますね。」メアさんが奥の方に入っていく。
「ごめんなさいね。独りになると自堕落になってしまうものだから。」
「やっぱり・・・」
「そう言う意味ではありませんよ。私は独りを楽しんでいますから。私は、メアと一緒にいる前は、独りの期間もけっこう長かったのよ。それに私は、方々飛び歩いている性分なので、メアを置いて長期間いなかったりもしたのよ。その時には、メアには寂しい思いをさせていたと思うわ。」
お茶の用意ができたのか。茶器を持ってメアが入ってくる。お茶ってあるところにはあるんですねえ。
「どう?幸せ?」
「はい、たくさんの人達と一緒に生活していて楽しいです。これからもずっと一緒にいたいと思っています。」
「そうですか。それは良かったわ。なら、なおさらあなたには長生きしてもらわなければね。」
「そんなにヤバい状況ですか。」
「私たち魔法使いも様々なのよ。枯れて引退・隠居を決め込む者、研究熱心で暴走する者、世間を騒がせるのを楽しみにしている者とかいろいろね。」
「はあ」
「一応、魔法使い同士には暗黙のルールがあるのよ。お互いの行動には一切関知しないということね。でも」
「でも?」
「自分もしくは自分の関係者に危害が及ぶ場合を除くとしているのよ。」
「自分の関係者ですか。」
「そもそも魔法使いになる人なんて利己主義者がほとんどだから関係者なんてほとんどいないのよ。だからそうそうぶつかることもないの。でも、まれにそういうこともあるわけ。私のように街にいて人と関係をもっている者なんかがね。」お茶を一口飲んで魔法使いさんは続ける。
「魔法使い同士でトラブルが起きた場合、相手に警告をします。しかし、それで引き下がればよいのだけれど、そうならない場合もあるから。そうなると、魔法使い同士の争いになるか、関知しないかを決める必要があります。当然、誰からも仲裁は入らない。でもわたしのように市井に関係者がいる場合それが通用しない場合もある。そうなると魔法使い同士では無く、町全体で対応せざるを得ないことになる場合もあるわけなのよ。」
「仮に魔法使い同士が戦った場合は、決着はどうつけるのですか」
「提案された方がルールを決めて勝敗を決める場合もあるし、ガチで戦闘して生死の瀬戸際まで行くこともあるわ。」
「なるほど。」
「それが魔法使い同士の争いなのよ。理解できたかしら。」
「興味深いです。ちなみに最近そういう勝負は行われているのですか?」
「いいえ、ここ50年くらいはないわ。」
「その時の勝負は・・・」
「ガチなやつだったのね。結局、両方死んだのよ。それからは、勝負もしないようになったわ、お互い死んだらそこで終わり。研究できなくなったらそれこそ本末転倒だもの。」
「なるほど。」
「魔力量は、これだけ長く魔法使いをやっていると互いに知っているけど、どんな技術や修練をしているかはお互い秘密ですからね、生死がかかればいきなり最終奥義とか発動もしちゃうわけなのよ。50年前の最後の勝負がまさにそれだったのよね。勝てないと判断した時に関係者を守るために切羽詰まって相打ちに持ち込んだようなのよ。」
「・・・」
「話は戻るけど、最近、魔法使いを狙っている魔法使いがいると聞いているわ。転生者なのかもしれないけど、その辺はわからないの。襲っているだけで殺すわけではない。しばらく戦っていて、膠着すると撤退するとは聞いているわ。歯が立たなかったのか、それとも技術力を試しているのか、怪我をしてもたいしたことなくて、死んだ人もいないし、実害はさほどでてないのだけれど。」
「それは迷惑ですねえ。おもしろがって襲っている可能性もありますね。」
「そうですね。ということでわたしから話せることはこのくらいね。あと、メアは、わたしの手を離れたことになるので、わたしの関係者ではないということになりますよ。よろしいですか?」
「そうなりますよねえ。でも今回のは、違いますよねえ。」私は、今回の誘拐未遂事件をかいつまんで話しました。
「そうですか、誘拐ですか。それは、雇われたのかもしれませんね。魔法使い単独でないのなら、わたしも調べて大丈夫そうですね。」
「そういうものなのですか?」
「ええ、魔法使い個人の意志で何かを成すのと誰かと共同で何かを為すのでは、本質が違います。魔法使いは基本独りで何かを成さねばならないのですよ。」
「それもルールですか。」
「もっとも新参者には気にしない者達もいるのね。魔法使い同士で結託するならまだしも、誘拐に加担するなんて、魔法使いの風上にもおけませんね。魔法使いとしての不文律を教えるのも先輩の役目なのよ。」
「なるほど。そういうものですか。仮にそう言う人が転生者の場合はどうするんですか?」
「まあ、最初は静観ね。何か勘違いをしていれば、忠告もしますけど。聞き入れてくれないなら、まあ、相手次第ね。最終的に静かになってもらうことになります。最悪、命を奪う場合も出てきますね。」
「世界を破壊する力を持っている人でもですか。」
「むしろそういう人の方が、すぐ抹殺しちゃいますね。まあ、世界征服を考えて行動し始めたと我々の耳に入った段階でね、忠告をしてやめなければ殺しますね。たかが一個人なら24時間起きていられるわけでもありませんので。魔法使いが全員で休みなく攻撃をし続けるというのも可能ですね。我々魔法使いが、これまでの歴史の中でどれだけ修羅場をくぐって生き残ってきていると思いますか。」
「そうですねよねえ。私も野望を持っていなくて正解でした。」
「あなたは典型的な巻き込まれ型のパターンですものね。」
「やはり魔女、おまえもそう思うか。」そこでモーラさんがくち
「そりゃあそうですよ、天使にドラゴン、剣士にホムンクルス、はてにハーフクォーターのハイエルフが仲間に加わるとか、狙われない訳ないじゃないですか。」
「ハイエルフの事まで知っておるのか、早耳じゃのう」
「おっと、これはまずいですね。話し過ぎました。」
「その話の情報源を聞きたいのですが。」
「残念ながらそれは無理ですね。」
「ですよねえ」
「まあ、私の頼みを早く片付けてくれたら話さなくもないですけどね。」
「いいんですか。そんなことを約束して。」
「それは契約ですから。こちらの要求に対する対価としてあなたが要求するのは問題ないと思うのですよね。こちらも多少色をつけて対価を払うくらいは、問題ありませんからね。」
「ほう、そう言う解釈か。念のため再度確認するが、今回の契約とはその箱を持ち帰ることでよいか。もしくは、壊してもよいのか。」
「できれば壊さず持ち帰って欲しいというのは変わっていませんよ。ただし、この箱しか無かった場合とかでは、あの子がごねるかもしれないですね。その場合は、破壊せざるを得ないこともあるでしょうしね。」
「それが聞けて安心したわい」
「あなた達は目立つのですから、とにかく身辺には気をつけてくださいね。一人一人がとても貴重な価値ある存在ですのでね。」
「はい、ありがとうございます。」
「わしもか?」
「そうですね。ドラゴンの里で噂になっていると聞きましたよ。真偽の程はわかりませんがね。」
「どういう反応なのじゃ、余計な事をとか、ドラゴンの面汚しとか言ってなかったか?」
「何しているの?ふ~んという感じらしいですけどね。ただ、噂になるほどには気にされているようですね。」
「意外に知られているのじゃな。まあ、わしはわしじゃからどうということはない。」でも、顔はちょっと不安げですね。
「このくらいしかお茶うけ話はありません。依頼の件は、さきほど急がせるようなことを言いましたが、そんなに慌ててやる必要もありませんよ。むしろ急いで最悪の結果にならないようにして欲しいですね。」
「もちろんそうしたいところですが。そうそう、今度私の家にお見えになりませんか。一緒にお食事など。」
「そうですね。まだお目にかかっていないハイエルフの方にはお話しを聞きたいですが、私も不在がちになると思いますので、またの機会にということで。」
「魔法使い。おぬしも元気でいてくれ。」
「はいはい。元気にしていますよ。あなたもね。」
「そうするつもりじゃ。」
「お茶ごちそうさまでした。」
「気をつけてお帰りなさいね。」
メアが最後に店を出て深くお辞儀をして扉を閉じた。
「今回は雇われ魔法使いの線が濃厚ですねえ。私達のところにまた現れますか?」
「失敗しておるからのう、雇い主によるじゃろうな。もっともプライドを傷つけられた本人がリベンジに来るという事もありそうじゃ。まあ、冷静に状況を判断する奴らしいから、しばらくは、何も無い・・・と思いたいがなあ。」
「魔法使いさんにああ言われましたけど、例の箱の件は、早めに片付けたいですねえ。」
「複数の問題がある時は、スキができやすいのでな、その方がよいじゃろう。」
「今夜、夜の警備の状態を見に行きますね。」
「そうじゃのう。他の者を家に残して行くのは心配じゃが。」
「お昼前にもう一度、倉庫の様子を見てからみんなと合流しますか。」時間つぶしがてら、3人で現在の家の様子を見に家族で散歩をしている風で歩いて行く。でも、メアさんはメイド服なのでした、ああ、この街には領主様とかのところにメイドさんがいましたねえ。ですからメイドを連れた親子連れに見えるはずなのですけど、メイドさん連れでは、じろじろ見られるのは、しょうがないのかもしれません。
そんなくだらない事を考えて歩いていると町外れにあるその家が見えてきました。店舗兼住居で、店先は閉まっていて、軒先に割れた看板らしき物が寂しげに揺れていた。モーラが、その店舗側に走って行き、興味深げに窓から覗いている。たしなめるように私は近づき、メアもしようがなくついてきています。そうして3人一緒に覗いてしまいました。店舗の内部は、紙などが散らばったままで、現在使われているようには見えません。そもそも出入りさえしていないようです。裏手の倉庫には、人がいて作業をしていました。モーラは子どものフリで走って近づいていきました。顔を見られたやばいんじゃないか?不安げに遠くから見ていましたが、なかなか帰ってこないので、しかたなく呼びに行きます。
「すいません、うちの子が、こちらに来ていませんか?すぐどこかに行ってしまうので。」
「ああ、ここにいますよ。丁度休憩中だったので、私と一緒に遊んでいましたから大丈夫ですよ。でも、ここは、危ないので目を離さないでくださいね。」
「危ないんですか?」
「ああ、泥棒よけに仕掛けがあって、取っ手を触ったりすると子どもだったら怪我するかもしれません。」
「そうなんですか。」
「はい、最近盗みに入ろうとする者も増えているので、用心のためです。」
「それは大変な出費ですね。」
「あ、どうなんでしょう。それはオーナーに聞いてみないと。」
「別に値段を聞きたいわけではありませんよ。」
「何かといわくのある倉庫ですからね」
「そうなんですか?私、こちらに来たばかりで知らないのです。」
「そうですか、実は、この倉庫の元の持ち主は、息子さんを残して自殺したのです。」
「ええ?そうなんですか、では、その息子さんが跡を継いで商売を続けているのですか?事務所の方は使われている感じではありませんでしたが。」
「いえ、自殺した理由が、商売敵の人達ともめたせいで経営が傾いたらしくて、しかも息子さんはまだ子どもなのです。この倉庫はそんないわくがあるので、さすがに誰も引き受けず、商売敵の中心だった人もいなくなったので、結局、同業種の他の方がここを引き取って倉庫として使っているのです。」
「そうなんですか。経営を引き継がれた方も大変ですね。」
「うちの店主は、商売敵が2人も消えたおかげで、他の同業者と共に順調に商売できる様になったみたいです。それで、今は大忙しになったんですよ。それなら給金を上げて欲しいんですが、なかなかしぶくてねえ。」
「でも、このお店を使うというのは、気になりませんか。私ならそんないわくのある家を使う気にはなりませんけどねえ。」
「それなんですが、元の店主とうちの店主が昔、仲が良かったときに「私には魔法使いの加護があるので、商売は安泰なんだ、この家があれば絶対大丈夫」と言っていたそうで。不気味さよりもその運が欲しいと思ったからだと言っていましたが、本当は単純に倉庫とその中の物資が欲しかっただけだと思いますよ。」
「物資は、本来その息子さんの物ですのにねえ。」
「借金の返済に家と物資を巻き上げたと言っていましたから。たぶんその息子をだましたんでしょうねえ。」
「ああ、そういうことですか。では、その息子さんもこの街を出たんですね。」
「いいえ、この街の露天商の元締めさんのところで働いていますよ。寂しいでしょうにけなげに元気に振る舞っていますねえ。」
「この家を取り返そうと思って頑張っているんでしょうね。頑張ってほしいものです」
「それがそうでもないのです。この倉庫が今の店主の手に渡ったときに私物が残っていないか探しに来たのですが、もうこの家には未練は無いと言っていました。それは、私も聞いています。噂ではあまり親に愛されていなかったらしいですから。」
「商売をしていれば、それなりにお金があってたいした苦労もしてないでしょうに、それが、急に質素な暮らしを強いられお金を稼がなければならないなんて、大変でしょうに。」
「あそこの元締めさんは、割と面倒見が良いので大丈夫だとは思いますよ。たまに見かけますけど、元気にしているようですし。私の立場からはあまり声を掛けることはしませんけど。ああ、余計な話をしてしまいましたね、」
「お仕事の邪魔をしてすいません。こら、倉庫の裏に行こうとするんじゃない。」
「裏手は何も仕掛けをしていませんから怪我はしないと思いますよ。」
「え?でも入り口にそんな危ない仕掛けをしておいて、裏には何もしていないわけがないでしょう。」
「玄関は警告だそうです。裏は、逆に中に入ってから大変なことになりますよ。ですから子どもが壁に触ったくらいでは何も起きません。」
「夜なんかに子どもが抜け出して、扉に触りそうですが大丈夫なんですか」
「我々が交代で見張っていますから。」
「そうなんですね。夜に抜け出した子どもが、こちらで怪我でもしたら大変ですものね。」
「そうですね。うちの店長もなぜか子どもに対しては気を遣っているみたいですので。こうして、触りそうなときには付き添っている親御さんに必ずお話ししています。あと、子どもだけで見に来る子には私たちが厳しく言っております。」
「お仕事の手を止めさせてすいませんでした。」
「いえいえ、気をつけてくださいね。それでは。」
「おじちゃんばいばい」
「はい、ばいばい」
そうして、3人でその倉庫をあとにしました。
「どうでしたか。」
「ああ、セキュリティの話は本当じゃ。倉庫の外壁に仕掛けはない。念のため触って確認した。」
「よく触りましたね。」
「わしにもそれくらいはできるわ。」
「メアさん。隠し部屋は、ありましたか?」
「はい、前回確認したときと同じです。存在は間違いありません。いじられた形跡もないようです。」
「立てるくらいのスペースはありますか?」
「奥行き1メートルくらいです。高さは、壁に梁があったので、もしかしたら、1メートルくらいで仕切られている可能性もあります。使い勝手が悪いのでその可能性は低いですが。」
「幅はどうですか。」
「幅は、梁が縦に2メートル間隔で立ててありますので、中に仕切り壁を作っていれば、最小で2メートルですね。」
「そうですか。とりあえず、それだけスペースがあれば、他に荷物が入っている可能性が大きいですね。彼に渡す高価な物があれば良いのですが。」
「うむ、その箱しか無かったときが問題じゃな。」
「そうですね。ちょっと魔法使いさんのところに戻ります。先に合流していてください。」
「気をつけてな。」
「はい」
露天商街と食堂街のぶつかるところに大きな広場があり、そこにも飲食の露天があり、テーブルと椅子などが置いてある。その一角にうちの面々が座っていた。
「侵入は、出入り口からが一番安全でしょう。窓から侵入するとなにかのトラップがあると考えていいですね。」
「物騒な話をしていますね~犯罪者になる予定でもありますか~」嫌そうにエルフィが言った
「ああ、エルフィは、今回参加せんでくれ。事情を了解した者達ですすめようかと思う」
「今更、知らなかったと言えないですし、むしろ納得できれば参加しますけど。でも、二三質問があります。」おや、真面目口調のエルフィですね。
「ほほう、第三者の目線で申してみい」
「まずですね、そもそも盗む必要がありますか?本人の家族の所有物なら、そのことを話して引き渡してもらった方が無難なような気がします。」
「まあな、これまでの経過や先ほど聞き込んだ話では、別に問題なさそうな相手だとは思う、表向きはな。」
「そうなんですか」
「これまでの話を総合すると、裏で手を回したのは、実は、事業を引き継いだ今の店主ではないのか。という事です。」メアがすらすらと話す。
「普通の感覚では、今回のように自分では何もせず、財産が転がってきた場合、両親が自殺している子どもに対して何かしら哀れむ感情が残っていてもいいと思うのです。例えば不憫に思い、家を残すとか。ですが、一切何も与えてはいませんむしろ奪っています。どう考えても、いい人とは思えません。」
「自殺した人達に恨みがあったとかはないのですか?」
「その息子は少なくとも何もしていませんし、この自殺騒動に関わっていないのです。そう本人が言っているだけですが。」
「宝物があると話せば、その時点で奪われる可能性もあるということですね。」
「はい、土地建物の所有権があちらに移っている以上、そうなりますね。」
「もう一人の依頼人である魔法使いさんが回収したいという物ですが、そんなやばい物があるとして、息子本人が欲しがらないわけが無いと思いますが、どうなんでしょう。それは明らかなリスクだと思うのですが。」
「確かにな。でも、それも含めて我々に頼んだのであろう。彼女にすれば、自分が贈った物を返せというのじゃ。無理矢理作らされて、渡していたとしても、相手にあげた物であることには変わりない、言いづらいとは思うでな、ケンカになり感情論になるよりも間に入って説得してもらった方が良いと判断したのじゃろう。」
「あと、本人が一緒に行くと言う点についてですが、リスクが大きすぎませんか。」
「確かにそうじゃが、我々を信用してくれればそうなるが、他人に対して不信感があって横取りされると思えば一緒に行くと言いだすじゃろう。最初は本人が単独で実行しようとしていて協力をしてくれと言われたのが発端でな。言われてみれば確認はしていないのう。」
「その箱の解除呪文は、彼は知っているんですか?」
「いや、知らんはずじゃ」
エルフィはしばらく考えたあと、こう言った。
「わかりました、今回は一緒に行動しません。」
「おう、そうするが良い」
「どうも、その息子さんが信用できないので、私は参加しない方が良いでしょう。顔も知られていませんし。何かあったときに動ける者として関わらないことにします。」
「やはり疑問が残るか。」
「どうも理詰め過ぎるのです。子どもの思考とは思えません。何か本当の目的があってだまされている気がしてしょうがないのです。」
「ふむ、やはり気になるか。」
「これまでいろいろ聞かせていただきましたが、どうにも納得できない部分が多すぎます。陥れられていそうですよ。」
「そうじゃのう。失敗した場合は、わしらはこの町から逃げるつもりじゃ。魔法使いには、あの息子の裏切りによる失敗という事実で手を打ってもらおうと思っておる。」
「あの子がそこまであの倉庫にこだわるのは何かありますかねえ。」
その頃私は、薬屋を訪ねていました。
「ねえ魔法使いさん、いるんでしょ?」私はあの薬屋の扉の前で声を掛ける。扉の鍵がカチリと音を立てる。
「入らせていただきます。」
「何用ですか?」
「あの件のことでいくつかお聞きしたいことがあります。」
「なんですか?」
「一つは、あの箱は本当にそこにあるのでしょうか。」
「何を今更言っているのですか。もちろんありますよ。」
「それは、そこにあるといつでもわかるということですか。」
「え、ええ」
「あの箱が何か連絡をしてくると?」
「あそこに置くと言っていたし、動かしたとも聞いていませんのでね。」
「では、あそこにあるかどうかはわからないんですね?」
「まあ、ない可能性もありますが、動かしてはいないと思いますね。」
「わかりました。」
「もう一つは、彼が小屋に入ろうとしているのは、最近ですか?」
「いいえ、最初から取りに行きたいとは、言っていましたが。確かに今回なぜか理由をはっきり言って協力を求めてきましたね。それまでは単独で行うつもりで用意していたと言ってはいますが、これまでもやろうと思えばできたし、わたしに協力を求めることもできたのにそれをしていませんね。」
「手伝ってもらうには、私たちという事情を知らない者が最適だったと。」
「確かにこの街の人では、ほとんどが関係者ですから、むしろ知らない人の方が良かったのかもしれませんね。」
「最後に、彼が小さいときに子ども達が7人も行方不明になった話は知っていますか?」
「あなた、どこでそれを聞いたのかしら。」
「いや、彼の昔話として他人から聞いただけですよ。あなたは知っているのですか?」
「ええ、こちらに来てすぐの事だったから知っていますよ。わたしも最初疑われましたから、結局、誰が犯人かわからずじまいで終わっているはずですね。」
「あなたは、その行方不明事件の犯人は誰だと思いますか?」
「あの時は、自分で無いことを証明するだけで精一杯でしたから、人さらいの仕業だろうと思っていましたね、まさか、いやそれはないでしょう。当時、彼は小さい子どもですし、相手は友達ですからね。」
「そんなことは誰も言っていませんよ。でも、人さらいなら生きていてくれますが、もしかして、誰かが殺していたら、死んでいるとしたら死体はどこにあるんでしょうね。」
「そんなばかな話がありますか。」
「あくまで可能性の問題です。ほとんどない可能性のね。」
「変なこと言わないでくださいね。」
「最後に一つ。あなたの作った例の箱に人の死を願ったらどうなりますか?」
「はあ、あの箱のことだけどね、そもそも、あれは、そういう願いに反応するようにはできていないのよね。ですから、仮に祈ったとしても、願いは叶わないわよ。しかし、願い方によっては、相手は死ぬ可能性はありますね。でも、その代わり願った本人にも同様の災いが起こりますよ。つまり同様に死にますね。もしかしたら、家族とかそばにいる者達も一緒に死ぬ可能性はありますね。」
「もしも、ばかりですいませんが、さらにその返ってきた災いを反射できますか。」
「むずかしいですね。でも、さらに死にたくないと箱に願えば、ケガ程度で終わるかも知れません。ですが、その保証もありませんね。」
「なるほど、かなり危険なものですね」
「あたりまえです。あくまでその家に対する厄災を軽減するための箱なのですから。その箱には願いをかなえる効果があるとは言っても、あくまで、常識の範囲内であって。ことわりをゆがめるだけの事を願えばその反動は必ず身に返るようになっています。それが、この世の真理なのですから。」
「そういうものですか」
「いいですか、願いの箱とは、あくまで厄災を軽減するだけで厄災は起きるのです。ですから、なんとかなるのです。-5を-1にする。-4は、この箱が引き受けます。この-4は、少しずつ魔法で使用者本人の運気などを使って徐々に沈静化に向かわせ、霧散させる。しかし、これをゼロにするとなると話は違います。なかったことにはできない。事実をどこかに持って行くか、反射するしかない。しかし、反射しようとしても、もとからあるものだからどうにもできない。-5は-5でしかないですから厄災が起きないことにするとなると。そこには反動が生じることになるんです。箱が-5を受け止めることができれば良いのですが、本人がマイナスを自覚して気をつけるという行為がないと、霧散しないで蓄積するだけになります。そうなれば、今度はそれがいつ発動するかわからないだけに危険になる。ということでなかなかそうはなりませんよ。
また、何かを願うということは、0から+5を作ることになる。何も無いところに何かを起こすということであり、何も無いところに何も起きないので何かが代償にならなければ起きないということなのです。当然代償はその身に何か起きます。それは、身のうちから5をけずる。-5を発生しないとその効果は発揮されないのです。むろん、幸せなことがあったときにさらに幸せになってほしいであれば、1が生じているので、代償もそんなに必要はないのですが。」
「なんにせよ、過大な望みは身を滅ぼすという事ですね。」
「ええ、そういうことです。」
「話は変わりますが、小さいときに魔法使いの素質がみつかった場合は、魔法使いの人にもらわれていくと聞きましたが。」
「まず、この世界の魔法使いは、乳児の段階、いや産声をあげた段階ですでに発現しています。当然、善悪の判断できるわけがなく無自覚に使ってしまいます。なので、親はその時点で判断を迫られます。魔力量が微量であれば、一般生活にも支障の無い便利な力を持つ者としてそのまま生活できますが、魔力量が大量なら、無自覚に使い、親は持て余して里子に出すしかないでしょう。そういう場合、わたしみたいに街にいる魔法使いが間に入り、預かって里へ連れて行きます。」
「適量なら?」
「乳児期にすでに発現して徐々に魔力量が増えていく場合が一番やっかいですね、攻撃型の魔法を使える場合には、周りに迷惑を掛ける前に里子に出す例もありますが、たいがいはその事実を隠して生活します。なので、技術レベルが著しく低い魔法使いができあがりますね。でも、何かの拍子に問題を起こして周囲にばれたりすると、そこには住めないので、里に行くことになります。」
「隠しきれないですかね。」
「本人の知能が著しく高く、勉強熱心であればそれもありますね。え、あなたまさか。」
「わかりません。いろいろなことを考えて見ました。魔法使いやサイコパス。その両方の可能性もあります。そちらには迷惑を掛けないようにします。あと、あなたが彼と共謀関係にある可能性も私には否定できません。」
「はあ、確かに今の話の流れからあなたからそれが読み取れるわ。ですが、わたしは彼とは共謀関係にはありませんよ。彼よりも先に土のドラゴンであるモーラとの信頼関係を築いています。彼に与することなどありません。でも、あなたは信用できませんよね。」
「話していないことはあるかもしれませんね。」
「確かに、全部話しているわけではありませんね。」
「賽は投げられたのですから」
「なんですかそれは、」
「ああ、放たれた矢はもどらないでしたね」
「そうですね。でも、どんな結果になろうとも、あなた達の無事は願っています。それは、誓えますよ。」
「その言葉信じますよ。それでは、また会えますように願ってください。」
そう言って私は店を出た。
私は、皆さんのいる露天の所に戻った。
「長かったのう。」
「ええ、ある程度今回の話の結末が見えました。何通りかですが」
「ふん、肝心なことは主の頭から読めんのう」
「私の中でもまだ整理できていませんからね。」
「で、どうするのじゃ。」
「それは、モーラさん次第ですよ」
「わしか?」
「ええ、土を掘るのにどれくらいかかるかによります。」
「どういう意味じゃそれは」
「帰ってからにします。」そうして、2人して家路を急いだ。
その夜。夕食後のこと。いつもならみんなで入浴するのですが。
「あー、これから散歩に行きます。」
「急ですね。」アンジーさんがちらりと私を見ている。
「例の倉庫の夜番の交代時間の目安をつけに行ってきます。」
「モーラさん一緒にお願いしますね。」
「しょうがないのう、他は連れて行かんのか。」
「残念ながら、今回の件には、エルフィ不参加ですし、アンジーは足手まとい。メアは目立ちすぎ。ユーリは、幽霊が恐いということで、私とデートできるのはモーラさんだけです。」
「えーーーー」
「デートなら幽霊は恐くないです。」ユーリがちょっと怒って言いました。
「悲鳴を上げない自信はありますか?」
「う。ごめんなさい。足手まといになりそうです。」おや、潔ぎよいですね。
「まだ、あの魔法使いが出てこないとは限りません、この家に皆さん一緒に居ていただくのが一番安全ですから。外に出ないようにしてください。」
「足手まとい・・・とか、ちょっとくやしいです。でも、今度2人きりでデートしてくれるならあきらめます。」それでも交渉しますか。ユーリ言う様になりましたね。
「それでよければ。まあ、他の人に邪魔されるでしょうけど。」
「く」
「それでは、モーラさん一緒にお願いします。」
「しようがないのう」モーラは嫌そうに腰を上げる。
そう言って2人ででかける。
出かけた後家の中では、みんな元気がなくなってしまいました。
「なぜ、モーラなんでしょうか。私でも良いはずなのですが。」メアが不満そうだ。
「何か考えがあるんでしょう。今回の件がやばいんだって私だって感じるもの」
アンジーがイライラしながら答えている。たぶん、一緒に行けないことを自分が役に立たないことを痛感しているのかもしれません。
「そうですね。」メアがため息をつきました。
「皆さん、お風呂に入りましょ~」エルフィがみんなに気を遣っている。
そうしてみんなで風呂場に向かった。足取りは重かったようだ。
夜道をモーラと手をつないで歩いて行く。
「よいのか。」
「どんな結果が待っているかわからないので、特にユーリとアンジーには見せたくない現場、または、結果を知ることになるかもしれませんので。」
「そうか、」
「それでは、申し訳ありませんがよろしくお願いします。」
「うむ仕方あるまい。」
これからの手順を話しながら、例の倉庫まで歩きました。
私達は、埃にまみれて家路を急いでいた。家に近づくと、夜半を過ぎてもなお、家には明かりがついていました。
「遅いわね」アンジーが気を揉んでいる。
「帰ってきましたよ。」メアさんの言葉にエルフィがうなずいている。さすがメアさん聴力半端ないです。もちろんエルフィも気付いていたようです。
「ただいま帰りました。」
「お帰りなさい。」メアが立ってお辞儀をしている。ユーリも真似している。すかさずアンジーが近づいてきたが、とっさによけてしまう。
「ごめんなさい体が汚れているので。」
アンジーと目を合わせずに風呂に向かう。アンジーの伸ばした手が行き場を失って宙をさまよっている。アンジーが振り向いたとき、私は厨房に差し掛かるところだった。
「わしもじゃ、風呂に入ってくるわ」モーラも顔を下に向けたまま、私の後に続く。
「では、着替えの用意をしておきますので。」
「24時間風呂にしておいてよかったのう。」モーラは立ち止まり、振り向いてアンジーを見る。
「アンジー一緒に入るか?」モーラが気を使って誘ったようです。
「え?ああ、もうはいっちゃったし。」聞きそびれてちょっとすねているのか。何かを察したのか。
「そうか、まあ、よい。先に寝ていても良いぞ。」
「えー一緒に寝たいのに。」
「今日は疲れたので、こやつのそばで寝る。」
「ひ、ひとりで?」
「ああ、一緒に来ても良いぞ、久しぶりに大量の魔力を使ったので補充するのでな。ああ、やましいことなどせんぞ。体力も使っておるので、眠くてそんな余裕など無いわ。」
「一体何をしてきたんですか?」
「まあ、あとで話すか・・・」モーラはそのまま服を脱ぐときに私に寄りかかったまま眠ってしまった。
「やはりこの体のままでの魔力行使はきつかったみたいですね、体力的にも精神的にも。」
私はモーラをお姫様抱っこして風呂場に向かう。
「メアさん手伝ってもらえますか?」
「わかりました」そこで手をわきわきするのをやめてください。かわいそうですから。
「私も疲れていますので、お話しは明日にでもしましょう。」ごめんなさいね。みなさん。
翌朝、お肌つやつやなモーラが元気よく起きてくる。一緒に起きてきたのに眠そうなアンジー。
ちなみに昨晩は、アンジーが見守る中、私の部屋で私とともに寝るモーラ、大いびきで私もほとんど眠れませんでした。魔力の吸収は肌の接触面積に比例するそうで、素っ裸で抱き合っていました。あ、私がモーラを背中から抱きしめる形ですが。その私の背中にくっつく形でアンジーが寝ていました。ええ、同じように私を抱きかかえればいいのに、できなかったみたいです。
「だって、下敷きになった手がしびれそうだもの」という言い訳をしていました、照れて横を向いた顔がちょっとほほえましいです。
今日の予定は、全員で薬草取りに行くことになっていたので、朝食の後に話をしました。
「ちょっと急ですが、例の彼の都合がつけば、明日の夜に例のお宝奪還を決行します。」
「急じゃのう」
「ってモーラさん昨日聞いたでしょ。明日の夜に宴会があって警備が手薄になると、警備をしていた人たちがうれしそうに話していたのを。」
「まあ、そうなんじゃが」
「なので、メアさんに彼への連絡をお願いしたいのです。私たちと明日夕食を一緒にどうですかと聞いてください。彼ならそれでわかると思います。」
「わかりました。」
「街まで全員で行かんのか。」
「エルフィさんが、関係無いのにみんなについて行くことになりますし、だからといって一人で家に残すのは心配ですから。さて、あとの人は、みんなで薬草取りに行きます。そろそろ本業をしないとお金がありません。」
「では、行きましょう。メアさんよろしくお願いします。」
「はい、おまかせください」そう言って風のように消えた。さすが忍者いや、メイドさん。
他のみんなは、採集場所に到着し、2人セットで摘み取り開始です。私とエルフィでどの辺にあるか、あらかた確認していたので、この範囲でと範囲を指定してとりすぎないようにしています。採取した後は、その範囲に成長促進のために肥料とか細胞活性とかの魔法をかけて増やしています。乱獲はいけませんね。
しばらくしてメアさんも合流して、薬草摘みです。みんな黙々と作業している。明日のことを考えているのかも知れませんね。
『彼は了解していましたか?』
『うなずいてはくれましたので、理解はしたと思います。』
『まあ、手順とかは一切話していませんしねえ。』
『夜に明日の手順を話すのじゃろう?』まだ筋肉痛なのかモーラが肩を回しながらこちらを見る。おや、意外に私の近くで採取していたのですねえ。
『そうですね、そうしないと皆さんの緊張感で私が押しつぶされそうですから。』
『まあ、わしなどは、罪悪感などみじんも感じんが、ユーリは違うじゃろう。』
『いいんですか~?結界内とはいえ頭で会話しても~』エルフィが間に口を挟む。
『とりあえず、思考を読もうとすると頭が痛くなるように結界に付与していますから。外から聞こうとすると頭痛が起きますよ。』
『ならいいんですけど~』心配性ですね。かえって心配してもらってうれしいです。うちにはいないキャラなので。
『誰か家に来たようですよ~でも、すぐ帰ったようですけど~』エルフィ、あなたの探知距離はどのくらいまであるのでしょうか。
『家の周囲もわかるのですか?それって誰ですか?』
『さすがにこの距離では誰かはわかりませんよ~、でもたぶん人ですから彼ではないでしょうか~』
『確かに事前に打ち合わせしたいでしょうね。してあげないの?』アンジーがつぶやいている。
『私としてこっちが本業なので、本当にまずいのです。必死なんですよ。』
本当は、事前に段取りを知られたくないので、会って打ち合わせをしたくないのです。
『おわったー』アンジーが万歳をしているようです。ああ、こうやってイメージが見えるんですね。ようやくわかりました。
『では、こちらのエリアに回ってください。』
『えーーー。休めると思ったのに。』
『そろそろ昼食にしますね。』メアがそう告げて、みんなは、作業の手を止めました。
「それは声でお願いします。」
「失礼しました。」
草むらに丸く座ってお昼です。肉と野菜を小麦粉を練って平らにしたもので丸めている。まあ、クレープ包みバーガーですね。
「ピクニックみたいですね」私はつい言ってしまった。
「知らない言葉ですが、イメージはつかめました。みんなで遊びに行くことですね。」ユーリが目をつぶって私の頭の中のイメージを見ています。ダダ漏れですねえ。
「はい。そう言う意味の言葉です。」
「さて、明日話すと良いながら、お昼になってしまいました。皆さんにはご迷惑をおかけしますが、明日の話をします。」
「明日の夜出かけるのは私とモーラさんとメアさんだけです。」
「私たちは、行けないのね。」アンジーが残念そうです。そこは、ほっとして欲しいところです。
「はい、残っていただきます。先日の件もありますので、今回は全員で行っては危険です。」
「でも最初の話では、何かあったら陽動をする人が必要と言っていましたよね」おや、アンジーが行きたそうです。どうしましたか。
「あの人達がこの隙に乗じる可能性がありますので、全員で出かけるのは、リスクが高すぎるのです。」
「残っている人達が襲われたらどうするんですか?」アンジーさん一緒に行きたい気持ちはわかりますけど。ずいぶん食い下がりますね。
「家の中は、森とは違って外敵の侵入が極めて困難です。仮に突破されても、元住んでいた家にゲートを開いておきますので瞬間移動できます。敵が襲ってきたときには、侵入されそうになった時には、お風呂場に立てこもってください。そして、相手が入ってこようとしたら、そこに逃げてゲートを閉じてください。」
「・・・わかりました。そうします。」なぜか残念そうです。
「一緒に行きたいというアンジーとユーリの気持ちはわかります。ですが、このタイミングで、前回ユーリとエルフィを襲った人と同じかそれ以上の強さの人が襲ってきた場合、たとえ私たちがいたとしても、私たちでは守り切れる保障がありません。」みんな納得したようですね。
「モーラさんは見張りをしていてください。メアさんは私と彼とともに中に入ります。」
「うむ」「わかりました。」
「私たちが無事に帰ってくることを祈っていてください。」
「皆さんに聞かせる話ではないのですが、一応聞いていてください。襲撃の話ですが、最悪何か不測の事態が起きたら、モーラさんに何かやってもらいます。」
「了解じゃ」
「彼の欲しい財産が、大きさとか個数とか持ち出すのに手間がかかりすぎる場合、数量を限定するか、そもそもあきらめてもらうかします。あきらめる場合でも、魔法使いさんの小箱だけは回収します。」
「うむ」
「はい」
「段取りとしてはこんなものですか。」みんなに話す内容ではないのですけれど、段取りを聞けば、危険なことはしないと思ってくれそうですので。
そして、森での作業も終わり、その場所でしばらく採取した薬草を乾燥させたり、分類したりして、家に戻りませんでした。エルフィが、夕方にもう一度彼が家に来たようですが、あいにく誰もいなかったので帰って行ったようだ話してくれました。
「会わなくて良かったのですか?」
「会ってしまうといろいろ面倒なのです。当日夜一発勝負にしないといろいろ細工できてしまうので。」
「誰が細工するのですか?」
「さあ、誰でしょう」
そして、当日を迎えます。でも今日も昨日と同様に薬草の採取をしていますので、日中は会うことはできません。途中、メアさんに夜に場所を指定して合流する事を話しに行ってもらい、会ったときに段取りを話すと伝えてもらいました。
夜に彼と合流して、倉庫に向かいます。
「こんばんは」
「こんばんは、緊張しますね」
「はい、それより段取りは大丈夫でしょうか」
「最初に話したとおり、気付かれないように中に侵入します。」
「気付かれない様にですか?そんな話になっていましたか。」
「ああ、そうですね、そういえば、段取りを考えていたときにあなたは参加していませんでしたね。できるだけ知られない様にするのが一番大事だとしていたのです。」
「はあ、確かにその話は、した様な気がします。」
「今日は、宴会があるらしくて、見張りの人もお酒を飲んでしまっているようなんですよ。」
「ならば侵入しやすそうですね。」
「はい、もっとも酒を飲んで居眠りしていてもらいます。」
そうして、倉庫に到着して、様子をうかがう。案の定見張りの2人は、座り込んで寝入っている。
「大丈夫そうです。中に入りましょう。」
「扉の鍵は開けられるのですか?」
「以前来た時に見ております。細工をしていると言っていましたが、たいした仕掛けではありません。」
メアはそう言って、手袋をして取っ手をつかみ、下に空いている鍵穴に細い棒を入れて、自然に回すとカチリと音がして鍵が解除された。
お互い目で合図して、中に滑り込む。その様子を見ていたモーラは、茂みに隠れた。
○あけてびっくり魔法の箱
「さて侵入はできました。場所は奥の壁ですね、」顔を近づけて小さい声で話します。
次の難関は、棚の移動です。倉庫の奥に到着し、
「メアさん動かせますか?」
「はい、大丈夫です。」
メアは、荷物を載せたままの状態の棚を軽々と持ち上げる。さすがに彼は驚いている。ただ、持ち上げた部分の棚板がきしみだしたので、あわててメアさんを手伝い、壁からゆっくりと離していく。
物を持って通れるくらいの空間を確保して、棚をおろす。
壁には四角い線がうっすら見え、床から横2メートル高さ1メートルほどの四角を作っていて、よく見ないと扉とはわからなくなっていた。
「鍵がかかっていますね。解除してもらえますか?」
「はい、」彼は鍵を開ける。
「へえ、魔法の鍵を開けられるのですね。」
「え?魔法の鍵なんですか。知りませんでした。」
「今、手順を何ステップも飛ばして鍵を開けましたよね。」
「知りませんでした。こうすれば開くものだと教えられていましたので。」
「そうなんですか、あなたの両親は魔法使いだったのですか?」
「いいえ違います。ああ、そう言う事ですか。」
「どうかしましたか?」
「もう、わかっているんですね、私が魔法使いだと。」
「やはりそうでしたか。どうも違和感があったのですが、納得できました。ごめんなさい、その鍵は魔法はかかっていませんでした。普通の鍵でしたよ」
「え、私をだましたんですね。」
「ええ、だましました。確認するために。」
「どこまで知っているんでしょうか。」
「知らないことばかりです。とりあえず中に入りませんか?」
「いえ、ここまで連れてきてくれてありがとうございました。」
「なかの財産を持ち出さなくて良かったんですか?」
「いえ、その必要はありませんので、」
「魔法使いさんの願いの箱が中にあるはずですが、」
「それは、ありますが、すでに用をなさないので。返しても意味が無いと思いますよ」
「でも、ありますよね。返して欲しいのですが。」
「わかりました。そこまで言われるのであれば、一緒にどうぞ。」観念したのか中に招き入れてくれた。
「メアさんここにいてください。」目配せをする。
「はい、何かあったら呼んでください。」にっこり微笑むメアさん
高さ1メートルほどの扉をかがんでくぐる。先に入っていた彼が呆然とたたずんでいる。
「ない、私のコレクションがない。」彼は、手元に灯りとなる小さなランタンのような物を持っていて、周囲を照らしているけれど、彼の影が右に左に動くだけです。
「あなたのコレクションがあったのですか。それは奪い返したかったですね。」彼の持つ灯りを私に向けて彼は、言いました。灯りが作る影が、彼の顔に浮かんだ怒りをより一層引き立てています。
「誰が持ち去った!あなたですか。」
そんなに騒ぐと外の見張りが起きてしまいます。と、言いたいところですが、モーラがうまくやってくれると思いますので、黙って叫ばせています。
「何をコレクションしていたんですか?」私は努めて冷静に聞いた。
「私の友人達です。」
「友達?」私はその答えに驚く。
「ええ、私にとってはかけがえのない友人達。ああ、やっぱり貴様だな、貴様以外にいない。そうだ、そうに違いない。でも、いつ、どうやって運び出した。」彼は、私に向かって叫ぶ。私は、彼の持つ灯りが揺れ彼の顔が映るたび、どんどん悲しそうな顔になっていくのを黙って見ていました。
「そもそも、私たちが先に運び出したのなら、わざわざここに一緒に来る理由がないじゃないですか。どうしてそう思うのですか?」
「いや、知ってしまったなら先に運び出すかもしれない。そうか、そういうことか。」
「私たちに何をさせたいのですか?ここには何も無いのに。ああ、私たちは、願いの箱の回収をしようとしていました。」
私はそう言って、傍らの棚にある箱をさりげなく手にする。なにか特別な雰囲気を持っている。あまり触りたくもないがしようがない。
「どうしてそれがその箱だとわかる。一度中に入ったからだな?」
「それらしい小箱は、これしかないですからね。」手の中で踊らせる。確かに精巧にできている。あの魔法使いさんの渾身の一作というところでしょうか。
「そんなものどうでもいい。この部屋には、私のコレクションがあったはず。私の友人達。かけがえのない私の宝物。あの時の一瞬をとらえた永遠の友達たちが。」
「なるほど、そういうことですか。そこのところを詳しく話してくれませんか。」
「すべて知っているのでしょう?」
「いいえ全然。」私は見えてないとは思いましたが、首を左右に振る。
彼は、「いずれにしてもここにいることは意味がなさそうだ。ねえ、あなた一度出ませんか?」そう言ってもどろうとする。しかし、私が出口を塞いでいる。
「ここで話してもらえませんか。」
「私としては、ここにいても意味が無いですし、メアさんに聞かれても別にいいのです。早く出ましょう。」そう彼は言った。一刻も早くここから出たいようだ。
「そうですか。でも、多分誰も来ませんよ。」
「仕方がありませんね、お話しします。私は、小さいときに魔法が使えるようになりました。それを親に見つかりそうになってごまかしました。なぜなら、妹が生まれて私への愛情が減ってきた時期で子どもながら里子に出されるという危機感があったのだと思います。」
「最初は、かすかな魔力だったので使うことも無く普通に暮らしていました。」
「ですが、興味を持ってつい部屋で使っていたところ妹に見られました。」
「親に告げ口され、二度と使わないよう。叱られました。風聞が悪いと。」
「親としては、赤ん坊だったらまだしも成長した私を里子にも出せず、このまま生活することとしたようです。そして、親からの愛情は一切なくなりました。食事も別、会話もしてもらえなくなり、私の心のよりどころは、友達だけになりました。」
「そして、私は、友達が離れていかないようにあの箱に願ったのです。」
「でも、願いの箱はかなえてはくれませんでした。願いの箱を見つけ、使ったことに父親は激怒しました。これは、商売のため妻のため妹のために使うもので。お前に使わせる物では無い、と言いました。」
「それは、良いのです。そんなことは、仲の良かった友達の親に一緒に遊ぶなと言ったのだと思います。友人達から残念そうに私とは遊べないと言われました。」
「私は絶望しました。これからこの家でたったひとり誰とも会話せず、大人になるまで暮らすことを想像した時、絶望しました。そして、何か手はないかと思いました。」
「そして、私は、友達を一生、私のそばにおきたいと考えてしまったのです。」
「まず、突然遊ばなくなると怪しまれるからしばらくは遊んで欲しいと友達に話し、帰りに一人ずつ家に呼びました。」
「殺したんですか?」
「願いの箱に願うと好きな子と仲良くなれる。みんなには内緒でしてあげる。と話すと簡単について来てくれました。」
「願うだけで人を殺せますか?」
「いいえ、自分が恋人になれるようにライバルを蹴落とすという願いです。恋敵を呪い殺すくらいの願いを込めないと効果は出ないと話しました。そうすれば、一生幸せに一緒に暮らせるようになると、願いが過剰になるように誘導しました。」
「でも、願いの強さによっては殺すほどにはならないと思いますけど。」
「さすがに詳しいですね。私は、親に放置されていたので、親に内緒で魔法の勉強をしていたのです。あの箱に自分で魔法を使って、この目で何度も何度も見て、実際の動きがわかるようになっていました。ですので、横にいる私が願ったことが反射されその子に向かうように仕向けました。」
「依り代、いや身代わりですね」
「はい、私が願った悪意を何十倍にも膨れ上がったものが友達に襲いかかりました。」
「そう、ですか。」
「一人目の時、初めて呪い殺したとき、罪悪感を憶えるどころか、快感を覚えました。ああ、楽しいと、心の底から楽しいと思いました。ですので、それから一人ずつどうやって呼び出してどうやって誘導するかばかり考えていました。」
「今も後悔はしていないと。」
「はい、最後の一人を死に追いやったときには、達成感を憶えました。私と友人達の友情は永遠になったと。そして、なぜ死体は腐らないのか不思議でした。」
「なぜ腐らないのですか?」
「呪いのせいなのでしょうか、眠ったように死んでいてどうもならないのです。」
「そうですか。昔の誘拐事件の顛末になるんですね。ここにあったはずの死体についての経過はわかりました。さて、私たちに協力を求めたのは、私たちに罪をおしつけるためですね。」
「おっしゃるとおりです。死体を見つけ動揺している隙に外に連絡して、彼らの仕業だと話せば、そこで死体は、回収されて終わると思いました。」
「そうですか。」
「さらに私に協力させたのは、そこに死体を隠したはいいが、鍵の開け方を知らなかったからで、さらに両親が自殺して倉庫が人の手に渡って死体がどうなったか心配になって戻ってきたのだ。と、言おうと思っていました。」
「そうですね、私は転生者ですからそれを証明する手立てはないし、誘拐事件が起きた時にどこに住んでいたか証明できる人もいませんからね。」
「はい、この件の犯人は、外から来た人でないといけないのです。」
「・・・・」
「さて、ここまで話しました。なぜ死体はないのですか?」
「それは、ここを出てからにしましょう。」
「はい。」
そうしてその部屋を出て、メアと合流し、見張りの寝ている隙を狙って、といっても泥酔しているので、堂々と倉庫を出て、例の薬屋を目指しました。
「ああ、そこに死体を預かってもらっていたのですか。」なぜか彼は安心したようにそう言った。
私が扉をたたくと自然に開きました。
「入りますよ」
「待っていたわ、手に入れた?」
「これを」そう言ってあの箱を渡す。
「そう、ありがとう。これで契約は果たされました。ご苦労様です。」
そう言ってその場でその箱を手の中で握りつぶした。
「嘘の情報で踊らせるのは、やめて欲しいのですが」
「ごめんなさい、あなたをそこまで信用していなかったので。」
「ふたりともお座りなさい。メア、使って悪いけどお茶をお願いね。」
「かまいません。ご主人様の許可は出ています。この店に来た時は、自由にして良いと」
「じゃあお願い。」
「さて、ご両親と妹さんの自殺の件だけど。聞いても良いかしら。」
「はい、私は、両親が突然事業の拡大をしようとして、商売敵と争っているのが心配でした。ただ、会話の機会のない私にはどうすることもできませんでした。」
「しかもたきつけているのは、妹のようだったのです。妹も私と会話していませんでしたので、居間の話し声を聞いていると、どうやら妹が積極的に誘導しているようでした。」
「妹が憎くなりました。そしてそれを諫めない両親も同様に憎くなりました。ええ、家族を呪ったのです。その箱を使って。」
「殺したいと願ったのですか?」
「はい、そうすれば、私が死ねると思ったからです。」
「ですが、呪いはかなえられ3人は死んでしまいました。その箱は一体なんなんですか?最初調べたときには願いを叶える魔方陣に見えたのに、そして、友人達使った時には、うまく動いて、次に使ったときには効果が無かった。一体なんなんですか?私は、両親と妹を殺すつもりでは無く、私が死ぬはずだったのに。」
少しだけ沈黙が訪れる。その時にメアがみんなにお茶を配り、お盆を持ったまま立っている。
「話しておかなければならなかったのにこれまで話せなかったのは、きっかけがなかったからね。まあ、私も話したくなかったということもあるけど。」
「まず、この箱は願いの箱なんかではないのよ」
「え?」
「そういうふうに見えるだけ。中身は何も無いのよ。この箱に魔力を注ぎ込むと光り出して、私に魔力を使ったことを知らせるだけのただの箱よ」
「でも、魔法の形は、ちゃんとしていましたけど。」
「あなたが独学で調べられることは少ないのよ。一般の魔法書には省略・簡略している部分も多いの。だからあの箱にそんな大層なことはできないの」
「では、あの箱は一体」
「あの箱はね、あなたの両親があなたの魔力に気付いて、使い始めたことを知った時に、あなたが魔法を使わないように見張るためだったのよ。
もちろんそれは破られた。そして、あなたの両親は、あなたの魔力に恐怖を覚えた。自分の事業の保身もあったのかも知れないけれど、もっとも恐れていたのは、あなたが友達に危害を加えるのではないかということなの。その事があって、友達の親にこの子は危ないことに手を出してしまうかも知れない。なので、息子と遊ばないようにして欲しいと話したのよ。さすがに魔法のことはいっていないと思うけどね。」
「ああ、そういうことでしたか。」彼はテーブルに肘をつき下を向き頭を抱えた。
「そしてあの事件が起きた。最初からあなたは疑われていたのよ、でも、あなたの両親は、それを否定して家捜しでも何でもしろと言ったの。実際、死体も何も出てこなかったからね。そう何も出なかったのよ。あの倉庫の裏の小部屋のことは誰も知らないから。これで、終わると思った。でも、最近になって何かを感づいた商売敵から強請られ始めた。そして、お金が入り用になったあなたの両親は、無理なシェア争いに手を出してしまった。」
「あ、あああ。」
「あなたも妹の叫び声で薄々自分のせいだとわかっていたのでしょう?でも、あなたは、自分に対する両親の愛情が信じられなかった。そして、祈った。いや呪った。」
「でも、あの箱にそんな力がないのなら。」
「それはね、あなたが呪術や死霊術に向いた魔法使いだったのよ」
「あああああああ。」彼は、両手を顔に当て震えるように声を出す。
「少し戻るけど、あの誘拐事件の時、私は真っ先に疑われていて犯人を捜す必要があったの。その時はあなただとは知らなかったので、必死で探したわ。あなたの両親は、私があなたを疑っていると知ると「息子が犯人ではないから。大丈夫」と自信を持って言っていた。そして、私には、せっかくここでの商売がうまく行き始めているのだから息子が魔法を使えることは、知らなかったことにして欲しいとね。そして、私があなたの魔法使いの適性の方向を確信したのは、7人の子どもが行方不明になって事件が沈静化した後の事なのよ。」
実際のところ、疑われている新参者の私があなたを犯人だと言っても信じてくれないでしょうし、むしろ子どもに濡れ衣をかぶせる卑劣な人と言われかねないので、自己保身のために黙っていました。
私は冷たい人間だから、あなたの両親には、あの箱を渡したときにあなたを手放すように言っていたのよ。早ければ早いほうが良いとね。遅くなればなるだけ情がわいて手放せなくなると。それでも、周りに危害を加えなければいいのだと、ただどう接して良いかわからないと私に言っていたの。」
「私は、その時はなすすべがなかった。でも、脅迫され始めたと知ったときに、すでにあなたとその家族が後戻りのできない状態になっていることがわかったの。それで、古い友人に相談に行っていたのね。あなたを引き取ってもらうようにね。でも、おそかった。あなたは、事故とはいえ、人を呪い殺してしまった。唯一の理解者である家族を」
「・・・・・」
「私の弁明はね、あの箱を作るときに何度もあなたの両親にあきらめるよういったことだけよ。あとは私にはどうしようもなかったもの。話したかったのはこれだけよ。」
「あの、その引取先の人は受け入れてくれると言っていたんですか?」
「結論をもらうまえに身元引受人である両親が死んでしまったのでどうにも。呪術師とか死霊術士なんて世捨て人になってからでも遅くないのね、あなたみたいに魔法も使う必要がなく普通に暮らしていけるならその方がいいのよ。」
「ああ、箱ありがとう。報酬は明日にでも来てくれれば話すわ」
「あなたが箱なんか作るからこんな結果になったんじゃないか」
「ええ?あなたはこの期に及んで私のせいにしたいの?最後にあの箱を使ったときのことを憶えていないの?あなたは、反射で自分が死ぬだろうと思っていたとしても、両親と妹を殺そうと祈ったのよ、普通肉親を相手に願わないわよね。どうして両親?先生でもあなたの家の使用人でも犬猫でもよかったんじゃないの、どうしてかしらね?」
「店長さん。」
「この子はね、自分を正当化しようとしているの、友達を7人も殺して、しかも自分のネクロマンサーとしての能力を使って彼らに死ぬことも許さないひどい男なのよ。たとえそれが無意識でやったことだとしても。」
「ちがうちがうちがう」
「その時だって、両親に頼むから友達と遊ぶことを許してくださいと頼みもしていないんでしょう?なぜ?」
「それは、言ってもしかたないと思ったからで。」
「必死に頼む程の価値もない、それだけの友達だったの?」
「そういうわけではないですけど。」
「言い訳ばかりね。もういいわ、魔法使いとしてやりたいことをやっただけとも言えないんじゃ、魔法使いにもなれなさそうだし。帰ってちょうだい。」
「はい。」
そう言って彼は扉から出て行った。私は、彼に掛ける言葉もなく。一緒に出て行くこともできず、しばらくそこにいた。
「ずいぶん厳しく言いましたね、彼のために」
「言いたいことを言っただけですよ。魔法使いになるためにはそれなりの資質が必要なんです。魔法が使えるだけではなく心もね。あなたのように途中で魔法が使えるようになるとそれがやっかいなのよ。」
「私ですか?」
「ええ、あなたは能力に振り回されていないけど、転生者で魔法が使えると自分が何でもできるようになったと勘違いして暴走するのよ。そして、ぼーん」
「死ぬのですか?」
「魔力に潰されるのよ。使いすぎて、自分で止められなくて魔力が暴走する。使わないと肝心の時に使えない。そんなとこね。常に魔力とつきあってここまでが自分の限界とか魔力の限界とか、憶えて使っていかないとね、いつか破綻するのよね」
「はあ」
「あなたは、バランスが取れているのね。一度くらい失敗していないの?」
「ええ、かなり失敗しています。」言えませんが、放射能あびたこともありますよ。中性子爆弾作りそうになるし。
「それを支える基礎知識がしっかりしていたのね。」
「基礎知識ですか?」
「ええ、ただし、魔法の基礎知識では無いわよ。この世の理の基礎知識。きっとあなたの世界ではいろいろと解明されているのね。」
「でも魔法はないようですよ。」
「だからいいのよ。便利すぎるの。理論も知らずに魔法を使うのは、猿が見よう見まねで火を使ってやけどするようにね。」
「!その逸話を話せるということは、もしや」
「さあ、昔、転生者と話をしたとき聞いたかも知れないわね。昔過ぎて憶えていないわ」
「えーーー。」
「さあ、早くお帰りなさい。みんなが心配しているわよ。」
「ああ、朝になりそうですね。あの子はどうなるんですか?というかどうするつもりなんですか。」
「死体は、昨日あなたから渡されたときに、すでに森に埋葬しました。彼にはその場所は教えておきます。あとは知りません。あと、あなたが彼に会ったら、私に復讐しようとするなら好きにして欲しいと話してください。」
「損な役回りですね。」
「人間と関わりを持つ魔法使いは、こういうことがよくあります。慣れたとは言いませんが、仕方の無いことです。もうこういうことはしたくなかったのですが。あと、あなたたちに危害は加えないと思いますが、しばらくは気をつけてくださいね。」
「そうですね。気をつけます。」
そう言って私はメアと共に薬屋を出ました。
夜空の星しかあかりがないと、以外に歩きづらいのですが、今はすこしずつ明るくなってきています。でも、家に帰りづらくてゆっくりとメアと歩いている。メアさんは、たぶん察してくれて歩調を合わせてくれています。
疲労のせいもあるのか、気持ちが薄暗くて足元がおぼつかない。そんな時、突然横の茂みから人影が出てきました。
「待っておったぞ。」モーラの声だ。メアさんはきっと見えていたのでしょうね、私のようにびっくりはしていません。いや、こんなのわかっていてもびっくりしますよ。
「帰っていてもいいと言っていたのに、夜は危険ですよ・・ああ、魔物でさえ寄ってきませんか。」
「ああ、さすがに人間もこの時間は出歩かん。いや、そろそろ夜が明けるぞ。今まで何をしておった。」
「事後処理を少々。薬屋さんで。」
「ああ、そうか。やっぱり行っていたか。」
「収まりつかないじゃないですか。にしても家で待っていてもよかったのに」
「わしひとり帰ってみろ、根掘り葉掘り聞かれるに決まっておる。わしも全貌は聞かされておらんのに。」
「そうですよね。でも、さすがに眠いです。」
「わしもその辺で居眠りしておったわ」
「人さらいにさらわれますよ。」
「返り討ちじゃ、」かっかっかと笑っています。ご老公ですか
「道すがら一度聞かせてくれんか。やつらに話しづらいことも含めてな。」
「親子の誤解・すれ違いですかね。」
「それで済ますな。」
「だって、お互い歩み寄って話していればこんな事にはなっていないんですよ。」
「あの箱は」
「ダミーですね。なにも効果の無い」
「やつはやっぱり。」
「ええ、呪術師とか死霊術士の素質があるそうです。」
「死体はおぬしの言うゾンビになっていると。」
「はい、動かないのは彼が死体だと思い込んで、動かそうとしていないからなのか、行使する魔法を知識として持っていないからなのでしょうね。」
「親を自殺に追い込んだのは、呪術か」
「本当は自殺するつもりであの箱に親を殺すと念じたらしいです。でも箱はダミーなのでそのまま両親と妹に。それでも彼が呪術師としての資質が無ければ・・・」
「何も起きなかったと」
「ええ。そして、彼が7人の友達を殺したのは、単に一生そばにいて欲しかったらしいですよ。そしてその結果については、満足しているのです。あの箱のおかげで願いが叶ったと」
「隠し通せたのはなぜじゃ。」
「ご両親が知っていて隠していたというところです。彼を守るためなのか風聞を気にしたのかは、わかりませんが。」
「じゃが、両親が死んで倉庫は人の物になり、見つかるのが不安になった」
「何も知らない誰かに、まあ我々にですけど、濡れ衣を着せて一件落着させようとしていましたね。」
「そこは読みどおりじゃな。」
「7人を殺した動機が不明でしたが、わかって良かったですよ。すっきりしました。」
「他の奴らにはなんて言うのじゃ。」
「そのまま教えますよ。隠すことでもないですし。」
「まあ、あまり血なまぐさくもないしな。」
「アンジーさんが心配です。」
「気にしてもしようがないじゃろう。嘘で隠してもばれるわ」
「ですね」
こうして魔法使いさんの依頼は終了した。翌日魔法使いさんのところに行くつもりでしたが、薬の納品の時でもいいと思い、行きませんでした。エルフィが通っている居酒屋では、彼はいなくなっていてどうしているのだろうと噂になっていたらしいです。
数日後、魔法使いさんのところに薬草を納品に行くと
「そうそう、7人の子ども達の死体。掘り起こされていたわよ。やったのは彼しかいないけど。魔法使いになる気になったのね。」さらっと言わないでください。
「我々は安心して良いですかね。」
「あの手の魔法使いは、性格的に根に持つ人が多いけど彼は大丈夫じゃないですかね。」
「あっさりしてますね」
「だって、死体の場所を教えてすぐ連れて逃げたのよ。少なくとも一人じゃ持って歩けないでしょ。つまり自分で考えて、すぐ使役できるようになったのよ。」
「ああ、確かにそうですね」
「そのまま山にこもるかも知れないしね。あ、自分の食料の調達とか魔獣対策とかは必要になるわね。でもなんとかするでしょう。彼ならね。」
「そう思いたいです。」
「まあ、災害は忘れた頃にやってくるって良い言葉ね」あ、私の頭に浮かんだのを見ましたね。もうみんなして。私の頭の中をおもちゃ箱のように思っていませんか?
「さて、ここへ来たという事は、私に約束を果たせという事ね。」
「お聞かせいただけませんか、その情報の人のこと。」
「名前がね「エースのジョー」と言うのよ。」
「なんですかその頬袋を膨らませたリスみたいな名前は。」
「なんじゃ、おぬしの頭の中には違う男の顔が浮かんでおるが。」
「それは、一応大人の事情ですよ。」
こうして、薬屋の魔女さんの願いの箱の件は終了しました。
そうそう、あとから聞いた話では、借金など何もなかったのだそうです。