第3話 借家住まい
○挨拶回り
商隊と別れるときに商人さんと団長さんと少し話をしていました。
「しばらくは、この町にいらっしゃるのですね」
「薬が売れるまでですが、2~3ヶ月くらいと思っています。」団長さんから売れると言ってもらえたので、すぐ売れるように思う。いやそう思いたい。
「でしたら、まず商業組合に行かれるとよろしいかと思いますよ。ああ、ついでですね。一緒に行きましょう。」
「いいんですか?一人で行けますよ。」思わずアンジーを見るとうなずいている。大丈夫そうだ。
「では、この子達と一緒に。」
「そうですね、その子達も一緒に連れて行ってお会いした方がよろしいかと。」
「では明日。このくらいの時間で」
そう言いながら別れたのですが、相手の都合がつかず、その翌日になってしまいました。
なのでこれからその組合長さんにお会いする事になります。
中央の噴水のところで合流しまして、街の奥の方へと歩いて行く。少し右手の方に大きなお屋敷が見えてきた。
「大きい屋敷ですね、とても組合の事務所とは思えません。」
「ここの商売の利権を持っているのは領主様ですからね」
「そういうことでしたか。でもたかが子連れの薬売りごときが面会など。」
「ご存じないのはしようがありませんけど、これでもこの領主と懇意にしていただけるくらいの商売人なのですよ、私。」
「それは、それは、すいませんでした。」私は権力者に弱いのです。こびへつらうことにしています。
「それより、先に言っておきますけど、領主は、好奇心が強いです。しかも、私が昨晩話したせいで、いろいろ興味を持たれておりますので、いろいろ聞かれて不快な思いをされるかもしれませんが、我慢してくださいね。」
「ええ、わかりました、出来るだけ我慢します。」
「ありがとうございます。この街は、交通の要所ゆえ周囲の街から狙われており、強力な戦力を必要としています。なので、目をつけられたらあれやこれやと理由をつけて、この街から逃がさないように手を打ってくるかもしれません。ご注意されますように。まあ、無理強いしたりはしないと思いますが、念のため。」
「肝に銘じます」
そうして、商人さんが先に門をくぐり、玄関の方に進んでいく、私達はその後を追う。
「そうなったら領主を消滅させるだけじゃよ。」
不敵に答えるモーラ。商人さんに聞こえないように話しているとはいえ、不穏な発言です。
「でも、残された住民をどうします?たとえ変な領主でも、良い領主なら殺したら反感買いますよ。」アンジーが真面目に質問している。いや、姉妹の会話じゃないですよねえ
「その時はこやつを傀儡にして世界征服じゃのう」
「他の竜が黙っていませんでしょ。」
「じゃから傀儡なのじゃよ。わしは手を出しておらんが、まあそうなるのう。」
「3人とも何を話しているんですか!!」
ユーリに怒られた。いやいや、昨日の今日でなじみすぎだ。
領主の館の中にメイドさんに招かれて応接室に入りました。メイドさんいるんですねえ。
「初めまして、私が領主のオズワルドです。」
「初めまして私は旅の薬屋です。DTと呼ばれています。」
「お話しは、このレイモンドから聞きました。いやはやすごい魔法使いであるとか」
「いや、魔法じゃなくて目くらましですけどね」
「是非この目で見たいですねえ」
「では、」そう言って相手の胸に手を置いて、ドンとたたくふりをする。空気の圧力で押してやる感じだ。圧力でバランスが崩れたところにもう一度空気の圧力を当てる。倒れかかったところを腕をつかむ。
「大丈夫ですか?」
「これは、これは」
「体術といいます。魔法と違うと思いますが。」
「確かに、普通の人にもできそうですね」
「私の祖父がそういう人だったらしくて、護身用にと教えてくれました。ですから、他の人にはできないと思いますよ。」
「ふんふん、そうですか。」スルーですかそうですか。
「オズワルド様、この方は商売がしたいという事でお見えになっています。」
「そうでしたね。薬という事ですが、どのようなものなのですか」
「傷を早く直したりしたいときに傷口に塗ります。あと、やけどした場所に塗ったりもします。」
「そういうものがあるのですか、めずらしいですね、」
「軽い傷なら大丈夫ですが、深い傷には難しいかもしれません。」
「どうやって作るのですか?」
「そういう草が生えているので、それをすりつぶしたり焼いたりします。」
「効果はあるのですか?」
「それは、実際使ってもらえばわかります。」
「実際、私と一緒に旅していたときに使わせてもらったのですが、傷の治りが早くて助かりましたよ」商人さんがフォローしてくれている。ありがとうございます。
「ほほう、レイモンドが言うのであれば間違いない。なるほどそうですか。まあ、面白そうですので許可しましょう。」
「ありがとうございます。」
「店は露天であれば、空いているところをお使いください。」
「長居するつもりはありませんので、薬屋さんを紹介していただき、そちらに卸そうかと思っております。相場もわかりませんので、金額も他の人の商売を邪魔しないようにしたいものですから。」
「ああ、その辺は露天商の元締めがおりますのでその人に話してください。まあ、多少の鼻薬は必要でしょうけど、私からの紹介だといってくれれば、あなたにあった良い店を教えてくれると思いますよ。」
「ありがとうございます。」
「さて、どのくらいの期間滞在されますか。」
「薬を売っている間に、薬草を採取して薬を作らなければならないので、次の土地へ移動できるだけの路銀・食料が買えるだけ貯まったらになりますから、早くて3ヶ月、遅くて半年か1年というところですかね。」
「そうですか。また、お会いできれば一緒に食事でも」
「いえいえ、薬屋を始めたばかりの新参者ですので、もったいない。」
「その体術うちの者達にご教授していただけませんか。」
「習ったのは習ったんですが、これは教えられるものではないと言っておりました。素質も影響するのだと」想定問答を練習しておいてよかった。
「それはしようがないですね。でも、ファーンの事もいろいろお話しいただけますか?」
「それでしたらぜひ。」
「落ち着いた頃にレイモンドを通して連絡させていただきます。」
「はい、今日はありがとうございました。」
「いえいえ、これからもご協力いただければと思います。」
「はあ、滞在期間中だけになるかとは思いますができることであれば。」
「それが聞けて良かった。では、また」
なんか、協力してくれる言質をとったので、あとはいいや、的に体よく追い出された感がありますねえ。
領主の館を出て、商人さんと別れて4人で歩いている。私は一人で前を歩き、3人が続いて歩いている。
「ふむ、ぎりぎりセーフと言ったところじゃのう」モーラが私を見て言いました。
「そうね、ギリギリね。」アンジーがうなずく。
「なにがですか?」ユーリが首をかしげる
「協力が滞在期間中に限定されたところかのう」
「そうね、やばくなったらこの町から逃げればいいんだし。」
「ああ、そういうことですか。」私は振り向いて相づちを打つ。
「今頃気付いたのか、ボケとるのう」
「まったくだわ。」
「なにがですか?」相変わらずユーリはわかっていない。
「よいか、あの領主は、わしらに協力してくれと言って、わしらは、滞在期間中は協力しますと言ったのじゃ。つまり」
「つまり?」
「何か依頼されたら、断りづらくなったのじゃ」
「あそこは、「私たちに」・・・ううん「私にできる範囲のことであれば」って言うべきだったわよね。」
「まあ、それがベストかのう。」
「協力しませんは、言えませんからね」
「そうじゃ。それは言えんわな。」
「まあ、領主で商人じゃ、話術で、はなからこちらが勝てる見込みもない。」
「なるほど、そう言う事ですか、勉強になります。」ユーリが納得している。いやいや、そんな会話、普通はしません。
「むしろ協力するの範囲を限定しなかったんで、大丈夫だと思ったんですがねえ。」反論してみる。
「それはそれでも良いのじゃが、協力を求められたときにぬしは断れるのか?」
「あ」
「そこじゃ、商売人ならドライに断れるのじゃろうが、おぬしはそれができそうにないというところまで見抜かれていたのじゃろう。」
「そうなりますねえ」あ、へこんだ。うまくやったと思ったのに。
「ふふ、へこむ必要は無いわい」
「とりあえず、露天の元締めのところに行きましょうか。」
「うさんくさいのう。」
「きっと我々をみてふっかけると思いますね」
「まあ、それは何とかしましょう」汚名は挽回。じゃなくて返上しなければ。
紹介された場所に行くと、手広くやっている感じの店だった。出てきたのは愛想は良いが、目の底では笑っていない感じのがたいのいい男だった。
「なに、薬を卸したいと。で、薬屋を紹介して欲しいのか。ふうん」じろじろと我々を見る。
「はい、なので適当なところを紹介していただければと」
「そうだな、3カ所あるが、あそこの端の薬屋かな、まあ、これぐらいだせばもっと良いところを紹介するが」両手を広げてニヤニヤ笑っている。なるほど、そうですか。ここの貨幣価値は以前のところと比較して3倍近く物価が高い。なので、実質手持ちの金の半分は持って行かれる感じだ。うまく売れれば何とかなりそうな額だ。なるほど、商人としては目利きな方なのだろう。だが、才はあっても目先の金に目が行くタイプだ。先を見る目はないようだ。
「実は、遠方から来て路銀もほとんどありません。ですからそこでかまいません。」実際そうだからねえ。
「そうだな、では、あそこを紹介するのにこれだけだしな。」なるほどそういう事か。金が必要だと思わせて、その後、どこでも金は取られるのだから、せっかくだから高い方に払えということなのか。なるほど。
「ええ、そこを紹介してもらうのにもお金がかかるのですか。しょうがない。オズワルド様からあなたを紹介してもらいましたが、これは無理そうですねえ」
「え、領主様からの紹介だ・・ですと?」
「はい、そうなんです。幾ばくかのお金は必要になるが、紹介はしてくれると言われまして」
「むむ」
「そんな法外だとは言われておりませんでしたので、無理でしたとオズワルド様に言ってあきらめます。」
「わかったわかった。3カ所のうち、一番売れていないところはタダにする。だがな、他の2カ所はそうはいかない。まあ、いろいろと物入りだからな、それなりの紹介料はもらうぞ。」なるほど、紹介料を取ってその店と分け合っているんですね。なるほど。
「では、紹介料タダのお店にさせていただきます。もちろんオズワルド様には、お金がかかるところをオズワルド様の顔を立ててタダで紹介してもらったとお話ししておきます。それで良いですか?」
「お、おう」失敗したという表情でその男は、苦笑いしている。
「それでは、その店はどちらにありますか?」
「ああ、おまえ、あそこのエリスのばばあのところに連れて行ってやれ、」
「はい、」利発そうな男の子がパッと立ってこちらにぺこりとお辞儀をした。
「こちらへ」あまりにも店主との違いについ尋ねてしまった。
「君はあの店に長いんですか?」
「いえ、まだ一年くらいです。」
「ああ、立ち入ったことを聞きますが、何か事情でも」私の顔をじっと見た後
「さきほどのあなたの会話を失礼ですが聞かせていただきました。なので、信用して話します。」
「あの会話に何を信用にたる人だと判断する根拠がありますか。」
「それは、」
「主は茶々を入れすぎじゃ。ちゃっちゃと話を聞いてやれい。」
『何か聞きましたね』
『本人から直接聞け。』
「実は、うちの両親は、商人だったのですが、死んでしまいまして店は倒産して、私は身売りされました。幸いにも拾われてあそこの商店に働いています。」
「なるほど、あの店に潰されたわけではないのですね」
「ええ、でも近いものがあります。店主の友人の商店が潰れそうになったので資金を提供し、うちの店が干されるのを待ったのです。」
「ああ、なるほど。それは、」『商売なのでしかたないですね』
「かわいそうだからと私をあの店で使ってやると言われて他に行くところもないのであそこで働いています。」
「そうですか。」
「あなたは、他の土地から来たのですよね。」
「はい、ここにとどまるのは3ヶ月から半年くらいですねえ。」
「そうですか。では、私を連れて行ってくれませんか。もちろん何でもします。」
「少なくとも今の段階ではお答えできませんし、まず私たちの生活がかかっていますので、人の生活まで面倒をみられるとは思いません。ですので、今は考えられません。」
「そうですか。やっぱりだめですか。」
「ですが、これからあなたのことを知っていきますのでその上でお答えします。ただ、それでも連れて行けない場合もありますし、次の土地で降ろすかもしれませんよ。」
「ええ、それでもかまいません」
「あと、あなたが借金のかたにされているなら、その借金も清算しないとここから出られないでしょう。まさか、逃げるつもりじゃ」
「たぶん借金は返済できるだけの財産はあるはずです。使い込まれていなければ。」
「なるほど、誰かに預けていると」
「はい」
「どうでしょうか。みなさんと、後で話をしてみませんと。」みんなうなずく。まずは薬屋に行って売ってもらえるのか聞いてみませんとね。
○薬屋は、魔法使いさん
「こんにちは」そう言ってその男の子は、その店に入っていった。
「なんだい、ごうつくばりのじじいのところの使いっ走りかい。何の用だい、金ならないよ。」
「今日はお客さんを連れてきたんだ。」
「どうせろくでもない奴だろう。帰んな」
「はじめまして、私は薬を卸している者です。この地は初めてなので、こちらに卸させていただきたいと思いまして、」
「どうしてここだい、他にでかい店があるのに。」
「ここは、紹介料がかからなかったので、」
「ほう、めずらしいね、あのごうつくばりが紹介料を取らなかったなんて、そんなに貧乏なのかい。」
「エリスさん、この人は、あの人から紹介料を値切ったのです。」
「やるねえ、どうやって値切ったんだい」
「オズワルド様の名前を使ってね。ちょっと珍しい人ですよ。」
「いえいえ、オズワルド様から紹介されたのも本当ですし、オズワルド様からも紹介料がかかると言われていたのですが、どうしてでしょうか、かからなくなったのです。変ですね?」そう言って案内してくれた男の子を見る。彼は苦笑いしている。
「やるじゃないかい、ごうつくばりが紹介料を我慢するなんて、それで薬を卸したいって?」
「それでは、僕はこれで」
「はい、ありがとうございました。元締めさんには、明日にでもまた改めてご挨拶に伺いますとお伝えください。」
「わかりました、そう伝えます。」そう言って店を出て行った。
「どんな薬だい」
「はい、実際見てもらう方が良いと思いましてサンプルをお持ちしました。」何種類かを小分けにして持参した。
「なるほど、効果がすぐ、しかもはっきり出る薬っていうことだ。」手に取って見定めている。
「これは・・・あんた魔法使いかい?」耳元でささやかれた
「わかりますか。」
「ああ、かすかだが魔法を感じるねえ。」
「ただ、薬草の組成を一部変えているようだ。どうやるんだい、これは、」
「それは、企業秘密という事で。」
「なるほどね、まあいいよ。それでも魔法使いだとばれたらお前自身がまずいんじゃないのかい、」
「ばれたらばれたでしようがないですが、たぶんこの薬、一度使ってもらえれば、その効果と値段を比較してみると、安いと思われますので、お金に余裕がある人ならば、他の薬では満足できなくなると思いますよ。」いわゆるコスパがいいってやつですね。
「ほうほう、薬効がすごいし、やや高いがそれほど高いわけでもないし、組成は二の次にしても欲しくなると考えたのか、そううまくいくかねえ」
「もちろん、安い方が良い人は、大手の薬を買うでしょうし、この薬は、売れたとしても大手の薬屋さんに痛手が出るほど量が出せるわけではありません。仮に売れすぎたとしても、こちらでは、大量には作れないので、大手の薬屋さんには影響は出ません。むしろそこが問題点でもありますけど。」ここは嘘ですけど、本当は薬草を探すのに手間がかかるだけで、量産しようと思えばできます。薬草が枯渇したら無理ですけどそれも回避の方法はいくらでもあります。
「なるほどのう、じゃから最初から小さい規模の売れない店で細々と売りたいそういうことじゃな。」
「ここは、言うほど売れていないとは思えませんが、お察しのとおりです。しかも一般の薬よりやや高い程度に抑えられます。もちろん売るのはそちらですので、値段などはお任せします。」
「ふん、そういうことかい。なるほどね。まあ、薬効は確かなようだ。」
「わかるんですか。」
「腐っても魔法使いだよ、わたしゃあ。元魔法使いといったほうがいいかね。魔法を使うこともなく、ひっそり細々と慎ましく暮らしているわ。」
「わたしは魔法使いになりたてなので、少し教えを請いたい位です。ぜひ魔法使いのなんたるかを教えてもらいたいものです。」
「ふん、どうせ転生か何かでこちらに来たんじゃないのかい?その歳で魔法が発現するなんてことは聞いたことがないし、仮に発現したとしたら、この世界の者なら、その隠し切れていない魔力量で、とっくに暴走して死んでいるよ。」言い当てられてとまどいます。
「あと、そっちの子ども3人のうち一人は人外だし、たぶん、ドラゴンかい?あと一人もかすかに光を発しているからたぶん人ではないだろうと思ったのじゃが」
「さすがじゃのう、薄氷の魔法使い。」
「へえ、私の二つ名を知っているという事は、土のドラゴンだね。どうしてここまで来たんだい。あんたの縄張りは、ここじゃないだろう。」
「この男に引きずられてきただけじゃ。」
「どうせ、引きずられたふりをして遊び歩いているだけだろう。相変わらず現世ばなれせんやつよ。」
「ああ、この姿は初めてなのにそこまでわかるか。」
「おぬしとは何年つきあっていると思うのじゃ。」
「まあ、人間の年数ならかなりじゃのう」
「あと、そっちのまぶしいの。おまえもどこから来たのか。転生なら、人間じゃないのに転生するとはめずらしい。どうやってここに行き着いたのかは、わからんが。」
「お察しのとおり、私は、この人とは別の転生者に引っ張られて、ここにいます。すごく不本意ですが。」
「なるほどだいたいわかったわ。この男の魔力量はそういうことじゃな。」
「まあ、そうなるかの。でも、この男には記憶もないが野望のかけらもないぞ、なんでこんな男がこっちにくるのじゃ。」
「ふむ、何かあるのじゃろうが、さすがにそこまで見えんわ。この男次第なんじゃろう。」
「なので、おもしろそうなのでついてきてみた。」
「ふん、おぬし、自分の縄張りにおれば良いものを。まあ、その気持ちもわからんでもないがの」
「何でもお見通しじゃのう。さすがは、」
「それ以上はいわんでよろしい。」
「はいはい。」
「昔なじみさんなんですか。それは、それは、ぜひこの薬も・・・」
「それとこれとは話が別じゃ。お主とは初対面じゃし、うさんくさいからのう。なにせ女の子を3人もはべらせていて、一人は帯剣させ、あとの2人は周囲をキョロキョロしているときて、幼女専門の奴隷商人じゃないかと噂されておるらしいぞ。」
「この街に着いたばかりなのにその噂は、心外ですねえ。」
「あと、神の子を奴隷にして連れているという噂話しまでされておるぞ。」
「それはひどいですねえ、そんなに悪く見えますか。」
「顔に生気がないしな、なんでこんな男にこんな可愛い子らが一緒にいるのか不思議じゃろう。だからではないか?」
「とほほ、生気の無い顔ですか。」
「まあ、見る人が見ればちゃんとしているのじゃが、」
「まあ、顔が覚えられないようぼやかしているからですよね。」
「はあ?」
「周囲からはあまり顔を判別できないようにぼんやりとさせているのじゃ、こんな風体ではすぐ特定されるでな。」
「それは、モーラさんの術ですか。」
「そうじゃ。一応お主に何かあったら困るでな。」
「ありがとうございます。」
「どうしてそこで怒らないんですか。普通怒りますよ。」アンジーが怒っている。
「え?私のためにしてくれたんですよね。」
「いや、そうですけど、あなたの顔だけ少し変えているんですよ。そんなの変じゃないですか。私やユーリの顔も同様にしなければいけないじゃないですか。」
「そこの、娘、ユーリとやら。おぬしは、この男と一緒にいてよいのか?」
「はい、しばらくは。」
「そうか、それならよい。ただ、しばらくは、一人にならんように気をつけてな。」
「ありがとうございます。」
「おぬしは、腕が立つゆえに、これまで加減して相手に立ち向かっているようじゃが。しかし、その加減が命取りになることもある。常に全力であたらねばいかん。気を緩めるでないぞ。」
「はい、そうします。」
「おっと、話がそれているのう。わかった、この薬はうちで扱わせてもらう。納めるのは自由じゃ。ただし、値段はこちらで決めるが良いか。」
「私たちに生活費程度のお金が入ってくるのなら。」
「それは当たり前じゃ、商人を馬鹿にするな。ただな、しばらくは売る人間を慎重に選ぶのであまり数がさばけんのでな、わずかな利益にしかならん。戦争でもあれば別なのじゃが、今は落ち着いているからなあ。」
「わかりました。ここでしばらく暮らすつもりですので、とりあえず在庫を全部お渡しします。私たちはその間に薬草を集めて、次の薬を作り、一部はこちらに納め、残りを持って次の町へ向かいたいと思います。」
「そうか、ならば旅立つその時までよろしくな。ただ、好評であれば、旅先に追加注文が届くと思ってくれんか。」
「ありがとうございます。そんなに売れないで欲しいのですが。」
「欲のないことを。まあ、あまり売れすぎても他の薬屋から目をつけられるのでなあ。」
「そこなんですよ。お店にご迷惑にならないようにお願いします。」
「ふふ、良心的な問屋でよかったわ。まあ、いいようにするでな。」
「ありがとうございます。」
「相変わらず卑屈じゃのう。」
「私、商売とかよくわからないので、お願いするしかないんですよ。でも、きっと大丈夫だと思います。モーラさんの知り合いですし、信用できますから。」
「魔法使いを信用するとか、甘いぞおぬし。」
○魔法使いさんのお願い
「さて、聞いていたとおりですよ。どうしますか。このまま報告しますか?」あれ?店長さんもとい魔法使いさんの口調が変わってしまいましたが、あれは薬屋の顔という事ですか。
全員が振り向く。影だけが見えている。すっと出てくる。もちろん悪びれる様子もない。
「ばれていましたか。」くすりと笑う。
「当たり前ですよ、私を見くびらないでください。泳がせていたのですから。」
「人が悪いですね。」
「一度店に戻ってからこちらに来たわよね。何か言われてきたのですか?」
「いいえ、単に興味がわいただけです。その人と連れの方々に」
「彼は、ここから逃げ出したいのだそうですよ。」
「ああ、いきさつはあの男が吹聴して回っていますからいずれしれるでしょう。あなたを引き取ったあたり罪悪感はあるのかもしれませんね。」
「一応、隠し財産があると本人は言っていますけど。」
「たしかにあの人達は店ごと乗っ取りましたから、どこかに隠されているかもしれませんね。」
「それがあれば、彼はこの立場から解放されるのではないのですか。」
「さて、どうでしょうか。」
「ただいま帰りました。」
店の裏手から顔を出した女の子がいる。気配がしなかった。まあ、女の子と言ってもストライクゾーンやや高目の感じですが。
「ああ、帰ってきましたか。紹介しておきましょう、この人達は、今後薬を卸してくれる人達ですよ。そしてこの子は、うちの店の売り子兼護衛をしているの、いいですか、手を出そうとすると怪我しますからね。」いや、販売店の売り子さんに手を出したりしませんよ。
「よろしくお願いします。」
その女の子は表情を変えることなく軽く頭を下げる。黒髪の長髪で、いかにもメイドな服を着ています。もっともヒラヒラは、あまりありません。いわゆる英国風メイド服ですね。
「こちらこそよろしくお願いします。」
私は、その冷たい目に思わずおどおどとお辞儀をしてしまう。
「私が居ないときはこの子に薬を渡してくださいね。」
「わかりました。」
「そうですね、薬を売ることになりましたから、お互いの事をよく知るため、この男の子のためにちょっと手伝ってはくれませんか。」
「はあ、なんでしょう」
「そこの2人、そう身構えないで。この子の両親とは商売の関係でいろいろとつながりがあったのよ。どちらかというと良好な関係だったのです。ですからその時の件については、私がこの地にいれば死なせずにすんだかもしれないという負い目があります。」
「ですが、今は、この子とはお互い挨拶をする程度にしています。この辺はこの街の事情になるのですけど、表だって動くと私の商売も影響を受けるのは間違いないのです。で、」そこで私を見ないでください。
「頼まれてはくれませんか。」やっぱりですかーーー
「さて、君はどうしたいですか。何を望みますか?」私は、彼の方を見て尋ねた。
「そうですね、復讐と言いたいところですが、そこまでの気持ちはないのです。」そう言って下を向いた。
「私の両親は、私には関心が無く。妹を溺愛していました。なので、両親の愛情の全ては妹に注がれていたのです。それでも、衣食住だけは私のために用意してくれていました。」
「ですので親に対する感情としては、衣食住を用意してくれていた者ということしかありません。両親が妹を道連れに死んだことについては、やっぱりか。と、私を一緒に連れて行くとは思わなかったんだろうなあと思っています。もっとも、妹は甘やかされてわがままな生活をしていましたから、残されても今の生活には耐えきれなかったと思いますし、妹にとってはかえって良かったのかな、とさえ思います。」そして、顔を上げて話を続けた。
「ですので、これから生きていけるだけのものが手に入るのならば欲しいですし、私も商売人の息子ですから商売を始められるだけの資金が準備できるなら準備したいのです。」
しっかりしていますねえ。両親の育て方は良くなかったかもしれませんけど、本人の性格が良かったんですねえ。ある意味たくましく成長できていてうらやましいです。
「さて、そうなると復讐ではなくお金が必要となりますか。」
「現実的じゃのう。」
なんかモーラさんがっかりしていませんか?復讐劇に加担しようとしていましたか?
「血は流れない方がいいと思いますよ。双方むなしいだけです。」
さすがアンジーさんいや天使様重みがありますね。
「では、奪われた財産を奪い返すということでいいですか?」
全員がうなずく。あれ?そうなの?全員ですか?
「場所は、移されていなければ、元の商店の倉庫にあります。」
「倉庫は、商品も一緒に入っているので、警戒は厳重です。夜は複数の見張りが交替で行っています。」
「よく調べていますね。やる気でしたか。」
「そのための準備はしていました。ただ、人手がいります。私一人では、どうやっても見張りで止められて終了してしまいします。」
「まだ試してはいませんね。」
「もちろんです、やるなら一発勝負になります。失敗したらそれまでですから。」
「そこにそれがある保証はありますか?」
「たぶん。開け方がわからないと、その部屋には入れませんし、入れるのは、血縁者のみですから。」
「はい、わたしが関わっています。鍵は解呪されれば、私にはわかるようになっています。」
そこまでしているってだいぶ深い関係だったんじゃないですかね。あえて聞きませんけど。
「なるほど。今のところ動きはないということですね。」
「そのようです。」
「つまり、侵入して部屋の鍵を解除して中の物を取り出して、再び鍵を掛ければ、無くなったかどうかもわからないと。そういうことですか。」
「はい、そもそも何もなかったということにできます。」
「見張りをどうするのかと作業時間ですね。必要なのは。」
「たぶん部屋が見つかっていないのだと思います。整理棚とかの後ろになっているので、」
「それは、また作業時間がかかりますね。」
「はい、その扉の前の棚の前に物を置かれていればさらに時間がかかります。」
「下見が必要ですね。」
「そうなりますね。」
「ふむ」
ちょっと考えてみる。見張りが気付かないように侵入して邪魔な物を移動して、その扉の鍵を解除、扉を開けて物を出して、扉を閉め、鍵をかけ直し棚を戻して荷物を元に戻す。
「物の大きさにもよりますが、どのくらいですか」
「実は私もよくわからないのです。扉自体は、子どもが通れる程度の小さい扉ですから、もっともその奥は、壁の中なので広いかもしれませんが、その扉を持って通れるくらいだと思いますので、たぶん私でもそのものを持てるかと。」
「まあ、壁を壊すような大きさだとは考えづらいですね。」
「そう思います。」
「やはり問題は見張りですねえ。眠ってもらうのが良いのですけれど、それでも交替の時間までですし、見つかったら問題になりますよね。その彼に失敗の責を負わせるというのも後ろめたいですしねえ。」
「そこまで考えるのか、それはしようがないじゃろう。」
「んー。私としては、誰も入らなかった何も起きなかったとするのが一番なんですよ。最初からそこには何も入っていなかったことにしたいですね。」
「発想がそこなのか。善人過ぎないか?」
「後ろめたさを感じるんですよ。その寝ずの番をしているような人がかわいそうで、自分がそういう立場だったのかもしれません。」
「なるほどのう」
「この人、さっきも言っていましたが、本当に記憶が無いのですか。」その男の子がモーラに聞いた。
「そうなのじゃ、どこの世界から来たのかも何をしていたのかもしらんのじゃ。だが、魔法だけは使えているという。」
「違う世界から来たとはいえ、記憶もなくしているのは、本当にめずらしいですね。まるで誰かに過去を封印されているみたいな感じですねえ。」魔法使いさんが付け加える。
「そこまで勘ぐらねばならぬか。」
「なんか昔に転生された人でえらい騒ぎを起こしたらしくて。その人が確か記憶に問題があって、いらついて。暴れたという話を聞いたことがあります。ですから、むしろ記憶を封印するのはまずいことなのですけど。」
「こやつは、安全そうだがなあ。どちらかというと使えない系じゃぞ。こやつの魔法は日常生活全般は万能じゃが、戦闘とか謀略とかに技術を磨くほどの才能がなさそうじゃ。」
「まあ、そういう闘争心とかにタガをはめるための記憶喪失ではないのですか。」
「だからこそこうして監視を兼ねて同行しておるのじゃ。」モーラさんなにか胸張って威張っていますが、子どもなので可愛いだけですよ。
「そういうことにしておきますね」全員モーラの言葉をスルーです。ええ、スルーです。
「納得いかんのう」あしらわれて涙目じゃ。
「さて、時間的にはまだあるのじゃ、その建物を実際に見れば何か対策も立てられるやもしれん。今度みんなで下見に行こうではないか。」モーラ、それはいろいろ目立ちます。ってみんななぜうなずいていますか?私の考えが変ですか?
「坊主、みんなに名前を告げよ。」うなずくと。
「私は、商人ロアン・ペテルトの息子のリアン・ペテルトと言います。よろしくお願いします。」
「それでは、よろしくお願いします。案内はここまででよろしいです。先ほど言いましたとおり、元締めさんには大変良いお店を紹介していただいてありがとうございます。とお伝えください。それと、私たちの素性については、内密にね。」
「わかっておると思うが、吹聴されたり、だまされたと知ったら、この町もろとも消すからな、本気じゃぞ」
モーラさんがすごむ。見た目とは裏腹の迫力があった。背中に炎のオーラを見て、さすがにびびるリアン。リアンがその場からふっと消えた。
「おや、速い。」
「さて、店主。本当の事を話せ。」
「何をですか?」
「とぼけるでない、リアンとやらが、倉庫を破って持ち出そうとしている物は、かなりやばいものなのか?」
「はあ、やはり気付いちゃいましたか。本人が欲しいものとは別なものなのよねえ。」
「当たり前じゃ、そもそも魔法使いが他人の面倒を見るなど変ではないか。まあ、心変わりして人間に手をかす例もないではないが、まだそこまで老獪にはなっておらんであろう?」
「まあ、そうですよね。まあ、私の不始末の尻拭いをしてもらおうということなのよ。」
「やはりな。理由を話せ。」
「そうなりますよねえ。まあ、恥ずかしい話、あそこの両親には、ここで商人として住まう時に便宜を図ってもらっていてね、その代価として、祝福の箱を作って渡したのです」
「なるほど、あれか。」
「祝福の箱ってなんですか。」
「まあ、おまじないの箱です、置いておくと災いから避けられる。まあ、その災いが10ふりかかるとしたら1か2になるというもので、災いがなくなるわけではない。そういう箱なのです。」
「じゃが、使い方を間違えると大変なことになる。不謹慎なことを願うと倍になって帰ってくる。呪いとなってな。」
「恐いですね。」
「ええ、何度も欲しがりますので、それはダメだと言い、諭したんですけれど、結局根負けして作りました。作るからにはちゃんとした物を作ったのですよ。もちろん反作用もちゃんと発動するようになっています。まあ、その力を過信して欲望に任せて使ったのなら心が弱かったからで、自分で死んだのも心が弱かったからだろうと思うのですが。」
「発動した理由はなんだったんですか?」
「多分、過剰な加護を願ったのじゃろうな。自分だけ儲かるようにとか、人より儲かるようにとかではないか。人並みを願わなかったのじゃろう。」
「そんな抽象的な願いでですか。」
「抽象的な方が危ないに決まっているでしょう。これが、安全に暮らしたいとかだと話が違ったのですけど。」
「よく考えればそうなんですよね。」
「まあ、そういう事もありまして。今はたぶん呪いの箱になっていると思います。回収をよろしくお願いします。」
「リアンは、どうするんですか。もしかしたらその箱しかないかもしれないんですよね、」
「財産ではなくただの箱、しかも呪いの箱となればあきらめると思います。」
「そうですかねえ、あなたや店主に恨みの矛先を持っていったりしませんかねえ」
「そうなれば、私もあきらめます。逆恨みであることを話しても納得しないでしょうから。その時はあの子から死ぬまで恨まれましょう。」
「それで、見張りはどう対策しますか。」
「まあ、普通なら交替の時に誰かが注意を引いて侵入して事が終わったらまた陽動するほうが良いかのう。」
「結界張るのはだめなんですか?」
「あの箱には細工がしてあるのです。あの倉庫の周囲で魔法を使うと発光して、音が鳴るようになっていて、かえって箱のありかを知らせることになりますから。無理なのですよ。」
「となると気付かれずに侵入するしかないですね。」
「この子を連れて行ってください。」そこに立っているメイド服の女の子に視線を投げる。その子がお辞儀をする。
「はあ、どうしてですか?」
「あの人に」目で視線でその女の子から私へと視線を移す。
「はい」一瞬消えたと思ったら私のすぐそばに現れた。え?魔法?
「しゅ、瞬間移動?」
「まあ、そう見えるわよね。身体能力が桁はずれて良いのよ。しかも器用です。とりあえずは、倉庫の鍵を開けるのには苦労しないと思います。開いてしまえば、一人ずつ静かに入ればあとの作業は問題ないでしょう。それに物運びにも重宝しますよ。」
「なるほど。では、リアンと彼女だけで入れますね。」
「何を言いますか、何かあったときには、あなたとリアンだけがその場に残ってもらわないと、私は関与していないことにしてもらわないと困ります。」
「リアン一人では・・」
「やつにそんなスキルは無かろう。誰がやったか探られるぞ。おぬしなら魔法使いじゃ、鍵の解除もできると周りも思うじゃろう」
「ですよねー」
「あきらめろ。見つかったときには、わしがちゃんと陽動してやるでな。」
「そうですよ、モーラさんなら大丈夫」
「おまえも参加じゃ。」
「ええ、なにも能力の無い、か弱い私もですか?」
「何を言う。主がちょっと成長した姿であの演技力を発揮すれば良かろう。」
「あれは・・・使いたくないなあ。たぶん、この人の理想像であって万人受けするとは思えないんですけど。」
「ならば、見張りの奴のツボを突くようなのができるじゃろう。」
「一回イメージをすり込むと、次に会ったときに粘着されるんですよ。まあ、今の姿で良いならですけど。」
「まあ、わしはこのままで行くがな。」
「僕は・・・どうすれば。」
「戦闘要員じゃからな、わしらの近くの影に隠れておれ、わしらに何かあったときに、アンジーを守るのじゃ。」
「わかりました。その、僕は誘惑に参加は・・」
「させるわけなかろう。すぐぼろを出すわ。」ちょっと寂しそうなユーリです。
○メイドさんは、ホムンクルス
「楽しそうですね。」あのう、メイド服の方、冷静な顔の下に見え隠れするその参加したくてうずうずしている感じがします。別に参加してもいいですよ。
「えっと、お名前を・・・」その言葉に騒いでいたモーラとアンジーが同時にこっちを向く。
「私は、」言いかけたので私は思わず彼女の口を手で塞いでしまった。アンジーはモーラの耳を塞いでいる。ああ、私は本当なら自分の耳を塞げば良いのに何をしているのでしょうか。
相手は、とっさのことで、瞬間移動ができなかったのか、そのまま口を塞がれている。
「ああ、おぬしの魔力量なら隷属させられるのね。大丈夫よ、その子は私のものだからね。」何かを悟ったのでしょう。理解していただいて安心しました。
「すいません、とっさに手を出してしまいまして。」
「いえ、大丈夫です。ぽっ」そこは怒るところですよね、なんで頬を染めていますかね。おかしいですよ反応が。
「へえ、この魔法使いが気に入ったのですか。確かにあなたの反応速度を上回って口を塞ぎましたからねえ、自分より強いと判断したのですか。それで、一目惚れしましたか。」
「はい。びっくりと同時にちょっと惚れてしまいました。」なにーーー、いや、腫れましたですよね。
「腫れていませんか?大丈夫ですか?」口元を見せてもらおうと近づくとなぜか逃げられた。
「本当に惚れっぽいですねえ。私の隷属をはずしたら、一体どうなってしまうのか。好きになったら誰にでもついていきますからねえ、たとえ魔族でも。でも安心して、生娘ですよ。」それで何を安心するというのですか。
「とりあえず名前を教えてください」下を向いて真っ赤になってもじもじしているのですが、お話しするにしても名前を聞かないと。
「メ・・ジス・・ア・・・テ」
「え?もう少し大きい声でお願いします。」
「メアジスト・アスターテです。」
「ああ、それじゃあメアさんですね。これからよろしくお願いします。」
「はい、生涯を通して。」え?何をおっしゃいました?メアさんと呼んだ子の体から見慣れたオーラが発生する。見るとモーラが顎を落として見ている。アンジーもだ。当然耳を塞いでいない。ユーリもきょとんとしている。
「え?隷属の?なんでオーラが」
「あ、ああごめんなさいね、隷属の効果が切れていましたか。最近は近づく男もいないので、隷属が切れていたのを忘れていたわ。大丈夫よ、すぐ解呪しま・・あれ、できませんね」メアさんが抱きついてくる。とりあえず抱きとめたが、ああ、良い匂い。ってこら私は何を考えている。モーラとアンジーがジト目で見ている。あれ?またシールド外れていました?興奮すると解除されるみたいですね。その冷たい目やめてください。
「そうですか、メア。その男が気に入りましたか?」抱きつきながらうなずいている。うなずくたびに髪の毛が私の顎にあたって、くすぐったいです。というか離れて。抱きしめられるのは良いのですが、抱きしめる強さが強すぎて、だんだん体からきしみ音がしてます。痛い痛い。
「しようがないですね、解呪できませんし。しばらくそうしていてください。」メアさんうれしそうにうなずいている。いや、私の意志はどこに。
「とりあえず離れてください。」私の言葉に頭を横に振っていやいやしないように。ほら、うちの3人の厳しい視線が痛い。
「はい、離れて。離れて。」ためいきをついてアンジーが間に入ります。意外にあっさり離れてくれました。もちろん名残惜しそうですけど。
「もう、困るんですよ、これ以上人が増えるのは、剣士に天使に竜娘に忍者とか、どこの勇者一行ですか。」そこには、私は入っていなさそうですね。安心しました。
「あなたは魔法使いでしょ。」心読みましたかー
「おもしろそうなことになったのう。」モーラがうれしそうだ。なぜか困惑しているのは、ユーリだ。それは、言葉の意味がわからないのだから当然だろう。
「どうも先ほどから思っておったがこの子を育てたのはおまえさんではないな。魔法使い」
「やはりわかりますよねえ。そうですよ、預かり物なのよ。見られるなら中身を見てみてくださいね。」私も見てみる。あ、人間じゃない。
「人ではないのか。」
「ホムンクルス・・・」そんな言葉が口から出てくる。
「ふふ、その言葉を知っているという事は、やはりこの世界に来た者なのですね。」
「じゃあその子は、」
「錬金術師とよばれていた男から預かった物なのよ。」
「他の世界から来た人ですね。」アンジーの目が鋭くなる。
「ええ、ひょんなことから知り合ってね。その後、預かってくれと言われましてねえ。その後、何度か顔は出していたんですが、結局行方知れずになってしまったのよ、まあ、最後に会った時の雰囲気では二度と戻ってこないという感じでしたけど。でも、そろそろ、他の預かり人を探していたところだったし、これも縁なのでしょうねえ。少し寂しいですけど、しかたありませんね。」頬杖ついてニヤニヤ笑いながら言っても、全然説得力が無いですよ。
「いや寂しいならそのまま預かっておいてください。ぜひ。」なんでか、メアさんは悲しそうな顔をする。いや、ホムンクルスですよね。アンドロイドですよね。
「まあしようがなかろう。面倒見てやろう。な。」そうしてモーラが私の尻をポンポンとたたく。私は、がっくり肩が落ちていますから、肩たたいてください。まあ、届かないですけど。悲しげに視線を上げると、ユーリと視線が合う。
「ど、奴隷商人。」ユーリひどい。他の3人は笑っている。いや、冗談にしては笑えない。
「でも、店長がいないときの店番は誰がやるのですか?」
「不在の札をさげますから、大丈夫ですよ。」
「なるほど。」
「さて、行き遅れの娘も嫁に出したし、肩の荷が下りましたねえ。」いやいや、嫁に出してどうするんですか。
「とりあえず、解除の術式が見つかれば解呪します。その後は、自分の意志で動いてくださいね。もちろん一緒に来るも自由、ひとりになるも自由ですから。」なんで悲しそうな顔をするのですか。自由ですよ。楽しいですよ。
「そんな先のことはよい、とりあえず、宿に戻るぞ。」
「そうですね。今日は精神的に疲れました。いろいろと」アンジーが肩を落として言う。私もそうですよ。
「では、行きますか。明日、薬草もってまた来ます。」
「はい、あと、ちょっとこっちへいらっしゃい。」
「はい」魔法使いさんは、顔を近づけてこう言った。
「ホムンクルスとはいえ、人間そっくりですからね、言いたいことはわかりますよね、やろうと思えばやれます。でもいいですか、決してあの子の気持ちをないがしろにしないようにお願いします。それと最初が肝心ですから、失敗しないようにしてください。」うわ、今一番聞きたくない言葉を聞いてしまった。あ、アンジーとモーラがまたジト目で見ています。いや、無理ですって。さすがにストライクゾーンですけど無理ですって。
ほうほうのていでその店を出るとなんだか夕暮れになっていました。
夕焼けに子どもを肩車して手をつないで帰る情景がなぜか浮かんだのですが、それをイメージとして捉えたモーラが肩車をせがみ、アンジーが手をつなげとせがみ、イメージを見ていないユーリが2人につられたのでしょうけど、服の裾を恥ずかしそうにつまんでついてくる。それなら手をつなごうというと、真っ赤な顔をして首を振った。まあ、臭そうなおじさんの手はつなぎたくないでしょうね、と思った途端。モーラからチョップが、アンジーからすね蹴りが飛び出した。痛いですって。ユーリの手を無理矢理つないだらうれしそうにしています。恥ずかしかっただけなんですね。
まあ、その筋の人なら狂喜乱舞なんでしょうけど、子どもの中身が中身ですからねえ。いいとしこいて、肩車せがむとか、幼児化していませんか?
あと、少し離れてうらやましそうに歩いているメアさん。周囲の微笑ましそうなのか、侮蔑の目なのか注目浴びまくりです。私は声に出して叫びたい。どうしてこうなった。どうしてこうなったー。
『やかましいわ、心の中で叫ぶでない』
『そうですよ。叫びたいのはこっちです。』アンジーにつないでいた手を強く握りしめられる。いだだだだ。
宿屋に帰ってくると。宿屋の無愛想な親父が一人増えたのを見てさらに不機嫌になった。いや、私のせいではないと言い訳したいのをぐっと我慢した。事情が事情なだけに惚れられてつい連れてきたとか言えば、本当に言い訳にしか聞こえないですね。手狭なのでもう一部屋お願いしましたが、「おめえみたいな奴に貸す部屋はねえよ」と言われました。とほほ。
「ふーっ」食事の後の風呂は格別です。まあ、もう夜中ですけどね。
交替で入ろうと提案したのですが、なぜか全員で入っています。一番恥ずかしがっているのは、私とユーリですね。あとの3人は気にしていないようです。アンジーやモーラは、しょせんは仮の姿です。ただし、メアさんは、女豹のような目で何かを狙っていますよ。ええ、ある一点に目が集中しています。やめて恥ずかしいから。それにしてもメアさんの製作者の意図がわかりません、もう少しナイスバディにしても良いと思うのですが、けっこうスレンダーなのです。おしい、顔といい背格好といいストライクゾーンなんですが、そこが最大のネックです。貧乳派だったのでしょうか。
「この風呂という文化は一度憶えるとやみつきになるのう。」
「そうですね。やばいです。」めずらしくユーリが言う。女の子なんですからやばいとかあまり使わないように。
「メアは、びっくりしてないわね」アンジーがチラリと胸に目をやりながら言う。
「はい、前のご主人様もこうして入浴されていました。」
「ほう、ということは、こやつと同郷ということか。」
「はい、おそらくは。」
「どんな感じの人でしたか?」
「最後の方は優しい人でした。でも、目的があると言われて、私を置いてどこかへいかれました。」
「目的・・・ねえ、何か話してくれなかったの?」アンジーが興味を示した。
「この世界の深淵とか秘密とか言っていました。それをはっきりさせると。そうすればもっと人間は住みやすくなるのにと」
「この世界を好きだったのね。」
「そうですね、私に優しく接してくれるようになってからはずっと、私に「私はね、この世界を気に入っているのですよ」と繰り返し言っていましたから。」
「それっていつ頃の話なの」
「ええ、暦ができたのが最近なので、正確ではありませんが季節が100回は変わっていると思いますから100年前くらいかと。」
「え?それって、あのばあさんもそのくらいは生きていると。」
「そうですね、私が預けられてからは、80年くらいですか。」
「魔法使いはなんらかの延命策をもっているらしいぞ。だから長生きなんじゃ。」
「ばばあのかっこしているけど、きっと美肌で若いんだ。くそー」
「アンジーさん、あなたも長命ですよね。」
「まあ、光だから年齢という概念もないけど。モーラだってそうでしょ?」
「まあなあ、わしらの寿命は1000年単位じゃからな」
「一番分が悪いのはわたしとユーリですねえ。普通の人間ですし」
「おぬしとて、やろうと思えば若返られるんじゃないのか?心臓も止めたくらいだし」
「まあ、できそうではありますけど。細胞の活性化なんて、試したことはありませんよ」
「それって、もしできるなら、ほとんど寿命がないのでは、不老不死?」
「いや、不老不死ではありません、細胞を活性化させるためには、意識がないとダメですからね、一瞬で殺されれば、無理でしょう。」
「私が死なせません。」メアが立ち上がって胸の前で強く握りこぶしをつくってきりりと言う。裸で言ってもねえ、見てるこっちが恥ずかしいだけです。まあ、うれしいですけど、とりあえず前を隠して欲しいものです。
「この中では僕ですよ、普通の人間です。」おや僕っこになりましたか。なかなか良いですね。
「そうだね。でも、一番生に満ちあふれているわ特にここが。」アンジー、そう言って、ユーリのない胸を揉んでいます。だから揉んでも大きくなるわけではないのですよ。
「明日は、薬草を卸して、その後どうしますかねえ。」
「長期に滞在するなら宿屋は不経済じゃろう。」
「ですね、家族が増えたので、どこか借りますか。」
「わかりました。私とユーリで探します。」メアが目を輝かせている。なぜだろう寒気が。
「ふむ、あの男の子のところに行って例の商店の場所を聞いてくるかのう」モーラが言う。
「そうしましょう。子どもなら遊びに行っても怪しまれないですし。」アンジーが同意している。
「私は・・・」どうやら私は取り残されるらしい。ちょっと寂しいです。
「おぬしは、わしらと一緒に例の露天商の大将のところに行って昨日の報告をしてから、領主のところに根回ししてこい。あと、あのえらそうな商人にも情報聞いてこい。へんに勘ぐられないよう気をつけてな。」
「え~、一番それが厳しそうですねえ。逆に情報を搾り取られそうです。」
「おぬしが受けた依頼だろうが。シャキッとせんかシャキッと。」
「なし崩しですねえ。」
「この作戦がうまくいけば、わしらの今後の旅が格段に楽になるのじゃ。必ず成功させるのじゃ。」胸の前で強く握りこぶしをつくっている。気合い入っていますね。胸が丸見えです。
「つ、強い意志を感じます。」ユーリが何かわからないが賛同しています。
「まあ、あの魔法使いの・・おっと、つい名前を呼びたくなる。エリスと名乗っていたな。今後は、魔女と呼ぶか。魔女はどう考えても数人しか生存していないと言われている最古の魔女の末裔、もしかしたら末裔ではなく最古の魔女かもしれん。なればここで恩を売っておくことは、間違いなく今後の旅に有利に働く。たぶん、わしらの名が各地方に住むと言われている魔法使い達に知られるはずじゃ。そうなれば、決して悪いことにはならん。そうじゃな。」メアがうなずく。
「だからこの依頼は、完璧に成功させる。完璧にな。」
「はあ。」
「それによって、我々の利用価値があがって、各地でトラブルを押しつけられて小間使いにされそうですけどね。」アンジーがぼそっと言う。それも一理ありますね、それも今回の件を我々に押しつけた理由かも知れませんね。魔女達のトラブルバスター的な存在にされそうです。
「もちろんそれもあるじゃろうが、それでもこれから行く先々で我々がトラブルに巻き込まれた時や起こしてしまった時に助けてもらえるかもしれんのじゃ。わしが面倒になって都市を滅ぼすよりは、いくぶんかましじゃろう」
「そうですけど。あまり関わりにならないほうが、我々のためだと思うのですけどね。」アンジーとしては、あまり名前が広まったりする事やこの世界の人の世話になることが嫌なんだと思います。なんとなくわかりますよ。
「一般の人々に迷惑は掛けられませんしね。」ユーリが言った。あなたは優しいですね。あなたが一番最初に迷惑を掛けられた人かもしれないのですが。
「さて、明日の方針も決まったことじゃし、あがるとするかのう。」
「あ、ユーリがのぼせている。」
「まだ慣れんようじゃのう。メア、体を拭いて服を着せてくれんか。」
「はい」そう言いながらも私の顔をうかがう。
「お願いに対しては、私を見ないであなたの判断で決めてください。お願いします。」
「わかりました。」不満そうですねえ。指示して欲しいんですかね。
「これからは、自分の判断というものを意識してください。自分のしたいことしてあげたいことなどを・・ってなにしますか」
「私のしたいことをしています。」ええ、こんなことですか。
「私を抱き上げてどうする気ですか」
「このまま、お部屋にお連れしようかと。」
「ですから、それは、相手の気持ちを考えて。」
「それは、先ほどの指示と矛盾します。」
「確かに自分の判断と言いましたが、相手の気持ちも考えてください。」
「迷惑ですか?」
「気持ちというか状況を考えてください。周囲の視線とか」
「視線は別に気にしません。ご主人様と私の関係が大事です。」
「それではだめなのですよ。というか、タオルで体を拭いて、服を着ましょうね。」
「はい」
「これは、大変だのう。あの魔女はそういうことは教えなかったのか。」
「はい、私のしつけはおまえが気に入った者に習えと、その者のルールがお前のルールになると。」
「なるほどねえ」
「ですから、吊りも縛りもOKです。」ニコッと笑ってすごいことを言う
「そこで、どうしてそういう方向に行きますかねえ。」思わずボンデージファッションにムチを持ったメアさんを想像してしまいました。
「マニアックじゃのう。おぬしの頭の中も」あ、アンジーがジト目で見ています。誤解です。
○情報収集
翌朝、馬車に積んであった薬をすべて台車に乗せて全員で薬屋に行く。
営業中の札はないが、扉が開いています。そこには、昨日いなかった鳥がドアそばの止まり木にいた。
「おはようございます。薬はそこに置いてください。」を繰り返している。
「わしらだとわかってしゃべっているのか?それとも誰が入ってきても同じ事をしゃべるのか?」不思議そうにモーラが見ている。ねえ、わざと鳥と話して遊んでいますよね。こっちを手伝ってください。まあ、言うのもめんどうなので、メアとユーリと私で荷物を中に運び入れました。アンジーは非力なので、少しだけ頑張ってくれました。
薬を置いて店を出ると背中越しに扉の錠がおりた音がして、振り向いて再度入ろうとしても扉が開かなくなっていた。
「さすがじゃのう。これは、盗みに入ったら泥棒が何されるかわからんな。」
「そうですね。」
「さあ次は、あの露天商の元締めか。」
「メアとユーリは、別行動じゃ、家を探してくれ。昼は好きに食べてくれ。お金はあるな。」
「はい。」
台車をガラガラと押しながらメアとユーリがここで別れる。一度宿屋に戻ってもらった。
そういえば、ユーリが受け取ったあの大量のお金はどうしたのだろうか。銀行とか無いのにどこにしまってあるのだろう。
「さて、行こうかのう」露天商の元締めさんの店に到着した。
「こんにちは、」
「お、おう、何かあったか?」
「いえ、無事にお願いできましたので、それを報告に」
「まあ、あの人なら受けてくれると思ったよ。」何か物腰が丁寧になっています。何かあったのでしょうか。
「そういえば、連れて行ってくれた男の子はどうしていますか?彼にもお礼を言いたいのですが。」
「ああ、その辺に・・・・おう、昨日の人が来ているぞ」
「あ、こんにちは。どうしました。」
「うちの子達があなたに会いたがりましてね。」すでに2人は彼にまとわりついている。演技力はオスカー賞ものだ。え?オスカー賞って何?
「そうですか。では、店長少し時間良いですか。」彼はすまなそうに店主を見た。
「ああ、いいぞ。相手してあげなさい。」その姿に目を細めている。
「ありがとうございます。」
「なあ、あんた。あの薬屋の店主とは、うまくやれそうか?」
「はい、薬は扱ってくれるそうです。ただ、」
「ただ?」
「少量ずつになるからあまり期待しないでくれと」
「そうか、まあ、妥当な判断だな。」
「はい、ありがたいことです。」
「何か言ってなかったか?」
「いえ、何も」
「あいつの事もか」
「何か因縁があるのですか?」
「あいつは、両親と妹を亡くしているんだが、あの薬屋は、あいつの両親とは懇意にしていてな、世話になっていたのさ。」
「そうなんですか、そんなに親しくなさそうでしたがねえ。」
「そうなのか、まあいいか。」
「さしでがましいのですが、あの子の両親と妹さんの3人もお亡くなりになった原因はなんだったんですか。」
「ああ、商売がうまくいかなくてな、ちょっと欲をかきすぎて、たしなめたんだが、聞き入れてもらえなかった。その後、同業者に潰されそうになってな、商売が回らなくなったときに声をかけたが、すでに聞く耳持たない状態でな。行き詰まったのかあっという間に自殺したんだ。後で聞いた話では、商売敵もけっこう厳しい追い込みをかけたらしくてな、経済的にではなく精神的に追い込んだらしいよ。」さすがに資金提供をしたことは話しませんねえ。
「それは、それは。では、その人がその商売を引き継いだのですね?」
「いや、知り合いだったのだが、やり過ぎたせいからか周りの目もあってなあ。違う町へ行ったはずだ。」
「そうですか、それならその両方の方が所有していた建物とかはどうなっているんですか。」
「ああ、そういうことか。いや、どちらも店も引き継いだ者が使っている。隣町に出て行った店は、そのまま店として、彼の親の店は倉庫代わりになっているはずだ。残念だが薬屋として出店はできないと思うぞ。」
「ああ、すいません、勘違いさせてしまいましたか、私は薬を自分で売るつもりはなくてですね、数ヶ月こちらにいることになりそうなので、宿屋を出て家を借りようと思いまして、それで、住居兼倉庫を借りられたらなお良いなあと聞いてみたのです。」
「なるほど、そうかい。ならばこの辺の家を貸しているものに探させようか?」
「ありがとうございます。でも、今うちの者が探してみたいと言って探し回っていますので、わがままで申し訳ありませんが、子ども達に頑張らせてみたいのです。子ども達が見つけられなかったら、その時はお願いさせてください。」
「あまり人は頼りたくないと。」
「というか、人数が増えたので、その子達が気に入る部屋となると、注文も多くなりますし、私の懐具合も考えて値段の安い物でないと困ります。そう話したところ、自分たちで探して満足した物を見つけたいと言い出しまして、あとは、私は気が弱いので、紹介されたら高くても断れないことを子ども達もわかっていますので。わがままで、すいません。」
「そうか、どうしてもだめだったら来なさい。」
「ありがとうございます。」
その後、この辺の物価、流通品目などを教えてもらっていた。そうこうしているうちに3人が戻ってきた。
「どこまで行ってきたんだ?」
「商店街を抜けて少し外れまで。」
「ああ、そうだったか。」
「2人と遊んでいただいてありがとうございました。何か買ってくれとかせがまれていませんでしたか?」
「・・・」
「やっぱり何かせがまれましたか」
「これ~きれいでしょ~」モーラがなんかキラキラした物を見せてくる。演技だと思うけどうまいですねえ。
「こんな高そうな物を。すいません、買わないと言ってください。わがままになってしまいます。」
「そこの露天で売っていたものですから。」
「おいくらでしたか?」
「いや、あげるつもりでしたので。いらないです。」歯切れが悪い。
「では、今度お会いしたときにでも何かお食事でもいかがですか。」
「じゃあ、その時にお願いします。」
「それでは、商売の邪魔をしてすいませんでした。それではまた。」
「ああ、また来なさい」うちの2人が手を振っているので、店主も男の子も手を振り返えしている。可愛い子どもは、得ですね。
商店が見えなくなる頃表情を変えてモーラが言った。心の中で。
『倉庫を襲う件は大丈夫じゃ問題ない』
『そうですか。』
『気になるのは、小僧の話が本当なのかという事じゃ』
『なるほど、もしかしたら泥棒の片棒を担がされるということですか。』
『どうも周囲の小僧を見る目が冷たいのじゃ。普通、死んだ両親に人徳があれば、憎しみの目は向けないであろう?』
『そうですね。そんな気もします。どうも商店主の話もそんな感じでしたねえ』かいつまんで話す。
『それは、自分に後ろめたさがあれば自分に都合の良いように話しますからね。』アンジーも会話に加わる。
『もう少し客観的に両者を見られる者から話を聞きたいですね。』
『そうなるよのう、して次は、あの商人のところじゃな』
『いないかもしれませんよ。』
『その時はその時じゃ』
商人さんは、ご在宅でした。初めてのお宅訪問です。ちょっと緊張しますね。こちらもメイドさんがいらっしゃいました。案内されて応接室へ向かいます。やはりこういう部屋は落ち着きませんね。
「おや、どうしました。」なにせ初めての訪問です。家を教えた訳でもないのに。
「招待もされていないのに突然お邪魔をしたことをお詫びします。実は、感謝の言葉を伝えにお伺いしました。あとこれを」一応、近くで売っていた果物を渡す。
「ああ、ありがとうございます。なんの感謝ですか?」
「あの領主様とお引き合わせいただいて、そのおかげで良い薬屋さんを紹介いただき、無事販売してもらえる運びとなりました。」
「そうですか、それは良かった。そういえば、露天の元締めにいくらぼられました?」あくまでも紹介料をぼったくられる前提なのですね。
「それが、領主様のおかげで、紹介料は取られなかったんですよ。」
「それはめずらしい。領主からの紹介であってもあいつはしっかり取るんですが。そうですか。して、どの薬屋を紹介されましたか?」
「はい、商店の並ぶ通りの外れの奥まったところの小さな薬屋でしたが、目利きのしっかりした店長さんのいるところで、気に入っていただきました。」
「はいはい、あの薬屋ですね。確かにあそこは、しっかりしています。あと、魔法使いの作った薬も販売していますからね。」
「そうなんですか、だからですか。薬の効能とか調べていらっしゃいましたよ。」
「でしょうね。あそこで認められたら、他の町でも売り先が確保できたようなものですね。」この人どこまで知っているのでしょうか。今のところは静かにしていましょう。
「そこで少し話したのですが、薬屋さんに連れてきてくれた元締めさんのところの少年は、両親が妹を連れて自殺したとか聞いたんですよ。」
「ああ、あのことですか。」さすがに顔が暗くなる。
「一人残されて大変だなあと思いましてね、少し気になったものですから。」
「薬屋の店長は、何か言っていましたか?」
「いえ、両親とは付き合いがあったとしか言っていませんでした。」
「そうですか。」
「聞いて悪かったですか?」
「いや、そうではなくて、あの子の両親が自殺した原因は、彼ではなかったのかと、個人的には考えているのです。」
「そんなこと、彼のような子どもにできるわけ無いじゃありませんか。」
「そうなんですよ、それが私の最大の疑問点なのです。なぜ両親を追い込んだのか。」
「いや、あり得ないでしょう。彼はまだ両親に養われていて、殺したら生活ができなくなるんですよ。精神的に追い込もうと、殺そうとできるくらい頭の良い子ならその先のことまで考えるでしょう。」
「そうなんですよねえ。でも状況証拠はそう語っているんです。」
「はあ。両親が自殺しなければならなくなった理由がないんですか?」
「いえ彼らは商売敵に追い込まれてしまっていました。」
「なるほど。」いつの間にか一緒に来た2人はこの部屋からいなくなっていた。つまらなくなって飛び出したふりをして、話しやすい環境を作ってくれたのでしょう。
「それなら、それが理由で自殺を・・・」
「実は、その時には状況は好転し始めていました。」
「え?」
「最初は、彼の両親がシェアの独占を狙って同業者達全員を敵にして、戦っていました。そして、最後まであらがっていたのがその商売敵でした。しかし、相手側にスポンサーとなる人が現れて、状況が逆転したので、このままだとお互い共倒れになると双方考えて、話し合いがもたれたのです。その翌日に自殺、心中しているのです。」
「その話し合いが決裂したとか?」
「いいえ、実は私がこの話し合いを取り持ったのです。同席しなかったのですが、話し合いの後、商売敵の男は、うまく話がまとまって、これからは、共同して商売していくと、私のところに話に来ましたから。しかし、翌日、両親は娘と共に自殺しました。なぜか彼を残してね。」
「遺産を狙ったわけではありませんよね。」
「ええ、商売を継ぐこともなく、同業者だった者に、二束三文で買われて、身ぐるみ剥がれた彼は、露天商のところに雇われています。」
「商売敵だった人はどうしましたか。」
「今は、商売をたたんで違う町に行きました。」
「シェアを独占しかけた2人がどちらも独占できなかった、と。しかも一人は死んで、一人は逃亡ですか。得した物は誰もいないじゃないですか。」
「ええ、つぶれかけた同業者達は、その時のことが遺恨となりお互い信頼関係を無くしましたので、お互い疑心暗鬼状態でシェアを今も食い合いしています。それでも、借金のカタとして、その中の2人の同業者がそれぞれ商店兼家・倉庫などを手に入れましたが。」
「はあ、」
「ただ、一人だけ、その長男だけは、自由を得ました。」
「それを自由と言いますか。」
「そうとでも考えなければこの件の顛末はむなしいことばかりです。」
「はあ、家族という枷を引きちぎるために殺すとか、周囲を不幸にするとか。」
「あくまで私の推測です。彼を操っている者がいたのかもしれませんし。」
「それなら彼も被害者ですね。」
「ただ彼の様子を見ていると、どうにも悲しみが見られない。むしろすがすがしささえ感じる。あくまでも私がそう見たくて見ているだけかもしれませんが。」
「ああ、それであればあまりにも悲しい。」
「もう一つ、これはあくまで噂だったのですが、あの子にはある疑惑が掛けられていました。というのは、小さい頃に近くで何人もの子どもが行方不明になったのです。」
「それがどうしたのですか。まさか」
「彼の友達グループの子が次々と行方不明になっていきました、しかもみんなで遊んだあと数日おいて一人ずつ忽然と消えてしまったのです。」
「何人くらいですか。」
「7人です」
「そんなに?」
「ええ、最初は、たまたま同じグループの子なのかと思われたのですけど、次から次に行方不明になっていきました。それで、親たちがしばらく外で遊ばせなかったのですが、それでも親の目を盗んで勝手に家を出て行方不明になっています。そして、彼と特に親しかった子どもは全員いなくなりました。最後に残ったのが彼だったのです。」
「そんなことが起きていたのですね。」
「あの子がやったかどうかはわかりませんが、彼がやったと思っている人は結構いると思いますよ。もちろんそんなことができるとは誰も思っていないでしょうけど。」
「意外ですねえ。あの子がそんなことになっていたのですか。」
そんな時に2人が部屋に入ってきた。お菓子をいっぱい持って。
「2人ともどこに言っていたのですか。そんなにお菓子を持って。なんかすいません。しつけが行き届かなくて。」
「いやいや、大人がつまらない話をしていたら、飛び出したくなるのはしようがないですよ。」あくまで子どもにやさしいのですね。誘拐の時に本性を見ていたはずなのに変わらないスタンスで接していますねえ。
「横道にそれてすいませんでした。あの、とても感謝しています。何かありましたら自分にできることでしたら何かさせてください。」
「いえいえ、先ほどの話などは、この町の中では、誰にも話せない話題でしたので、あなたのように事情の知らない人でないとなかなか話せないのです。ですから今話したことは、他言無用に願いますよ。」
「もちろん心得ております。では、本当にありがとうございました。それとお菓子もこんなにもらってすいません。お高いのに。」
「いえいえ、用意はするものの子どもの来る機会はあまりないのです、ですので食べていただいて、むしろありがたいくらいです。」
「そう言っていただけると安心します。それでは、また。」
「こちらからお声を掛けるときには、あの宿屋に行けばよろしいですか?」
「しばらくこちらにいることになりますので、家を借りようと思っております。決まりましたら改めてご挨拶に伺います。」
「そうですか、それではまた。ごきげんよう。」
「はい、失礼します。」
冷や汗のかきどうしです。
『それにしても、昨日の誘拐拉致騒ぎを見ているのにあなたたちの扱いが変わりませんでしたねえ。』
「それはそうじゃ、全部おぬしが戦ったかのように見えておるからのう。」
「あの攻撃は?」
「お主が逃げざまに攻撃を放ったように見えたのじゃろう。そう見えるようにうまく土を起こしたからのう。」
「なるほど。それならあの対応も納得できます。」
「さて、領主のところにもいくのじゃろう」もらったお菓子を食べながらモーラが言う。子ども姿になじみすぎです。幼児退行していませんか?アンジーが欲しそうにしていますけど、あげないんですか?
「さて、どんな話が聞けるかのう。ポリポリ」アンジーに見せつけるように食べています。わざとですか、わざとですね?
「モーラひどい」涙目でそこを走り去るアンジー、やはり幼女化の傾向が。
「わしにだけもらうよう仕向けておいて、後からそのおこぼれをもらおうなんて天使の風上にもおけん不埒な奴じゃ。本来ならアンジーがお供物をもらう立場じゃろうに。自分から私にもくださいって言えばもらえたものを」そういうことでしたか、自業自得などと言うとちょっと大げさですがねえ。
結局、追いついた時にお菓子を渡したモーラです。涙目でうれしそうにむさぼり食うアンジー、お行儀悪いです。けっこう身ぎれいにしているのにその食べ方はちょっといやしいです。周囲の視線が私にろくな物食わせていないのかおまえは、と言っています。とほほ。
時間が時間だったので、一度露天商が並ぶ通りに行き、お昼ご飯にしました。
「これはなんじゃ、いのししか?丸焼きにして外側から包丁で剥いでいるが」
「ケバブですかね」反射的に言葉が出てくる。イメージも。ああ、知識にあるのか。
「ケバブ?と言うのか?おぬしの世界では」
「そうらしいです。」アンジーもうなずいている。
「それより、あっちのクレープ的なものがいいです。」アンジーが指さした先には、粉を溶いて薄く焼いた生地で肉を巻いているものがありました。肉単体より、中に肉が入っている炭水化物がお好みのようで。
「米粉を使っているのかな?」
「普通に小麦粉でしょ?」
「じゃあそれをもらおうかのう。」指を3本出す。それって3本食べるという事ですか?あれだけお菓子食べてまだ食べますか?
「ふむ、うまいのう」
「ですねー」
「こうやってひなたぼっこしながら、町の広場でおいしい昼ご飯を食べるとか。幸せですね。」
「そうだのう」
「あ、そのタレの味食べてみたい。」
「あ、いいですよ。ほら、あーん」
「え?あ、あーん」
「なんじゃアンジーてれておるのか。」
「私はね、守護者だったので本人がいろいろするのをただ見守るだけだったんです!こ、こういうのは実際したことがないんです!」
「ほほう初めてか。うぶいのう。」
「ほら、モーラもあーん」
「え、あ、ああ、あーん」
「なんだ、モーラも同じじゃない」
「ば、ばかいえ、そのとおりじゃ。人とこうかかわることなどないからのう。」
「よかったですねえ。2人とも初めてがいっぱいで。」
「・・・」
「しかし、おぬし、魔法使い、魔法使い言っているが、彼女とかがいたのじゃろうな。」
「そうね、さっきのあーんとか意外になれた感じだったわ」
「そうなんですかねえ。実際、彼女がいた感じはないんですけどねえ。」
「妄想の中の彼女だったりして。」
「それはきもいのう。」
「私の頭の中の語彙を拾って使わないように。」
「ははは、まさにぴったりのイメージだったのでな、つい使ってしまったわ」
「そんな」アンジーそこでむせないで。
「さて、そろそろ行くかのう」
「ですね」
そうこうしているうちに領主の館に着き、来訪を告げたところ書斎に連れて行かれた。
「どうしましたか。お越しいただくとは、何かありましたか?」
傲慢なはずが、どうも下手に出てくる感じがなんかいやですが、とりあえず、無事に商品を卸せるようになったことを報告して、ついてきてくれた男の子が良い子だったことを話した。
「はあ、あなたにもそう見えますか。」
「何か引っかかることでもありますか?」素直に答える。
「ええ、外から来たあなたたちのような人にもそう見えるのですね。」2回言う事に何か意味があるのでしょうねえ。あら、今回も2人はどこかへ行ってしまいました。さすが空気の読める2人ですね。姿は幼女ですが。
「とおっしゃいますのは。」
「私は、その一家が彼を残して自殺した時に葬儀の手はずなどいろいろとお世話をしたのですが、彼には、死んだ両親や妹に対する感情がないように見えたのです。」
「つまり、何も感じていないと。」
「はい、少なくとも、彼の置かれていた境遇を知っている者からすると、憎しみなり恨みなりがあってもいいと思うんです。あと、その裏返しで本当は好きだったのにとか感情の動きが何かしらあると思うんですよ。しかし、極めて冷静に対応していました。」
「それは、心がここになかったからではないのでしょうか。」
「そうも考えました。しかし、事細かに葬儀の手続きを進めていく姿に、実は計画していたことが現実になって、自分の中にある対応手順どおりに進めている感じといえば良いのでしょうか。そういうふうに見えてしまいました。」
「そういうときは無理してでも平静にしているものではありませんか?」
「そうかも知れません。あと、以前からそうでしたが、彼の笑顔ですね。」
「はあ、」
「目の奥が笑っていない。というか、目の奥でせせら笑っている感じですかね」
「そうですか、子ども達は楽しげに遊んでもらっていましたのに。」
「私が考えすぎなのかも知れませんが、あの子は危険です。お気をつけください。」
「はい。ありがとうございます。」
そうして、領主の家を出た。2人は、ここでもお菓子をもらっていた。あなた達、幼児化しすぎじゃないですか。
「何を言う、わしらが食べるのではない、宿屋の近くの子ども達にあげるのじゃ。」
「なるほどねえ」
「砂糖やバターは貴重じゃぞ、大きい町になればなるほど値段が上がる。」
「そうなりますか、」
「お主のいたファーンは、共同生活に重きをおく町じゃったから割と鷹揚じゃったが、ここくらい大きくなるとそうもいかんじゃろう、砂糖やバターは、貴重品じゃ、手に入らないのじゃ。だからうまいお菓子は皆食べたがる。」
「ですね、それと、お菓子に限らずどんな食べ物もあの町と比べておいしいのです、クオリティが違いますね。」
「だからこそ、領主のところのお菓子など手が出るほど欲しいわけじゃ。」
「なるほど、でもその手に持ってむさぼっている分は、なんですか。」
「それはまあ、手間賃かのう」
「ですよ、労働の対価です。」
「威張って言える話ではありませんねえ。まあ、おいしいお菓子は私も好きですから、ちゃんと買って食べましょうよ。」
「何を言うのじゃ、あそこのお菓子は、メイドが作っている特別製じゃぞ。味が段違いじゃ。」メイドのハンドメイドですか。なかなかに奥が深い。
「頼みますから、私のしつけがなってないという評判が立たない程度にしておいてくださいね」
「大丈夫じゃ、もうしつけのできんダメ親認定されておるわ」
「やっぱり。とほほ」
「さて、どんな話が聞けたのかのう。」
「領主様は葬儀を手伝ったそうです。なので葬儀の時にも表情が変わらず、むしろテキパキとこなしていた彼を見てちょっと困惑していたそうです。まるで、」
「まるで?」
「まるで、事前に手順書でも作ってあったかのように、スムーズに行っていたと言っていましたよ。」
「やはり計画的に自殺に追い込んだのか。」
「そんなことするんですかねえ、」
「なんにせよ、周囲の評判とは違って実は、とかいうこともある、情報を積み上げるしかないじゃろう。」
「しばらくは、様子見ですね。」
「そうじゃ、決行するのは、わしらがここを出る頃になるじゃろうからのう。」
「本当に手伝うんですか?」
「まあ、やめるときには、あの魔女と話さなきゃならんじゃろうが、あの子に渡さなくても回収はして欲しいというじゃろうからなあ」
「あ、ユーリが手を振っている」私たちを探していたのでしょうか。
「ユーリ、メアどうでしたか?良いお家は見つかりましたか?」
「何件かあったのですが、あまり手頃な値段ではありませんでした。」メアがすまなさそうに言う。
「商売でもやっていないとなかなか家賃が工面できないからのう。」
「一応、見に行かれますか?」
「そうですね、せっかくですし、明日でも見に行きましょうか。」一同うなずく。
「それでは、夕食にしますか。」
「しかし、あそこの食事はのう、」
「ですね、少し味付けが濃いですよね。」
「しかたがなかろう、安い宿のそばだけあって、あそこはどちらかというと肉体労働をする者の行くところじゃからな、夕食はどうしたって酒が飲みたくなる塩辛い味付けになる。」
「そうですねえ。」
「私が作りましょうか。」
「え?いいの?」アンジーの目が輝いている。あなた光ですよねえ。
「私は元々、ご主人様の元で身の回りのことをすべてこなしていました。料理もそこそここなせます。」
「ただですね、一つ問題がありまして、味付けが元もご主人様仕様のままなのです。」
「あ、であれば、それを少しずつ直していただければ、」
「上書きするしかないのですが。かまいませんか?」足を止めて私をじっと見つめてメアさんが言いました。
「それしか方法がないのでしたら、かまいませんけど」
「それでは、」舌なめずりをしてからメアがいきなりディープキスしてきました。
私は目を白黒させるだけです。口腔内をなめとるように舌を舌にからめるように丁寧に、唾液まで吸い上げますか。
「もが、」
「ちょっとなにしているんですか」アンジーの声を聞くもメアは続ける。私もキスしているので声を出せるわけもなく。じたばたもできず全員唖然とみていました。1分くらいでしょうか、意外に長く感じました。唇を離すと。
「これで、味蕾の情報は上書きされました。」
「えーそういうことですか。」がっくりと膝をついてしまいました。なぜかアンジーもがっくりと膝を落としています。
「あー、ファーストキス、狙っていたのに。」
「いいなあ・・・」見上げるとユーリまでも指をくわえて見ていた。何がいいんですか?口の中を陵辱された気分です。
「お主ら・・・何を言っているのじゃ、そもそもこれを愛情のあるキスというのか?たんなる情報伝達じゃろうが。」いや、私が自分の心を整理するためにそう思い込もうとしていることを口に出さないでください。
「ですが、私には愛情はあります。なぜなら、・・・」はて、何を言い出すのですかメアさん。
「ほう、なぜなら?」
「なぜなら、違う方法でもできたからです。」いや、胸を張って威張られても困ります。
「わざとやったのね。ふふふファーストキスを奪ったのね」アンジー本性が漏れ出ていますよ。
「はい、そうです。私が奪いました。私のファーストキスは、前のご主人様に奪われましたから。」
「いや、それはしかたがないでしょう。」
「今回は、私の意志で、ご主人様のファーストキスを私が奪いました。えっへん」いや、だからどうしてそこで誇らしげに言いますか。ない胸を張って。
「それはよけいじゃ。」
「つまり、自分は奪われて悔しかったから今度は自分がですか。」アンジーはため息をつく。
「はい。でも、好きな人ではないとできませんので、今回実行させていただきました。」
「そういうことは、勘弁してください。前にも言った通り相手の気持ちを考えて行動してください。」
「私のこと嫌いですか?」
「いや、そういうすがるような目に弱いんですよ。子犬のようで」
「おぬしだまされるでない、たぶんそいつは、DNA情報からおぬしの過去の記憶を見て、使えそうな情報で籠絡しておるぞ。」メアさんそこで「ちっばれたか」みたいな顔をしない。
「ま、まあ、しょせんホムンクルスよね、ひ、人じゃないし。」
「あ、でも物と考えると、元の製作者と間接キスしたことになりますねえ。」
「そういう考えは間違っています。すくなくとも高性能な私は、ちゃんと肌の更新がされていますから。あと、アンドロイドにも人権を。」
「おぬしの倫理観は人のものではないわ、少しは反省せい。」
「てへ」
「あーもう、私もキスする!!」
「僕も!!」
「ちょっと2人ともおかしいですよ。モーラこれは」
「ああ、そやつがなにかしておるな。メア何をした」
「ちょっと、催淫効果のあるスプレーを・・・」そう言って周囲に何か小さい小瓶を取りだし、周囲にまき散らす。言われた瞬間、私には大気中の微細なものの分子式が見えた。思わず分解する。でも、2人はすぐには直らないだろう。
「いいですか、そういう方面の事は当面禁止です。」
「ますたー、そう言う方面とは何ですか、具体的に指示してください。あと当面とは具体的にいつまでをさしますか。」
「ええい、そんなこと言うと君だけお風呂も生活も全部別にしますよ。わかりましたか。」
「わかりました。今後しばらくの間そう言う方面の事は禁止されました。」しょぼんとしています。でも反省がみえませんね。
そうこうしているうちに2人のピンクな状態も収まったようです。
「は、私、何をしていたの」
「僕、ぼく・・・うわあああああ。恥ずかしいーーー」
「まあ、そうなりますよねえ。」
「ユーリは、そういうことに憧れがあっただけじゃろうが、アンジーがなあ。」
「彼女も実体化したからなのか、女の子になってきましたねえ。」
「容姿もおぬしのつぼをついているのじゃろう。ならば、おぬしに好意を持つように設定されていると言ってもいいかのう」
「あ、そういう考えもありますね。だからアンジーの本心ではないと。」
「私の心をもてあそばないでください。さっきのは、ユーリと同じで憧れがあるのです。実体化なんて久しぶりなんですから。」うかれていたんですね。
「さて、周囲の目も気になるので退散するかのう。」
「あ、」小走りにその場から逃げ去る我々であった。
宿屋の裏手にある馬車を止めている横の隅っこの方で、メアの手料理による夕食が振る舞われる。調味料に醤油があったのがすごかった。味噌も手に入るという。ああ、きっとその錬金術師さんは日本人だったのですねえ。
「これは、不思議な味じゃのう。なんというか味わい深い」
「ここで醤油を味わえるとは、すてきです。」アンジーさん光なのに味がわかるのですか?
「塩こしょう以外にこういうものがあるんですね。」ユーリが微妙な顔をしながらも味に慣れるとガツガツ食べている。もう少し女の子らしくしなさい。
「うーむ、満腹じゃ」だからおなか膨れるまで食べないでください。
「そうねーこれで星空でなくて屋根があればもっといいですねー」
「わがままいわない。本当に天使なんですか、欲深かいんですから。」
「私、天使の端くれでしかないので。」そうですか、天使にもいろいろあるんですねえ。
「この後すぐにお風呂に入って、ほかほかのままベッドに入れたら最高ですねえ。」思わず私も言ってしまった。
「そうじゃのう、ぬしの腕枕で寝るのもまんざらではないわのう」
「うでまくら?」メアの雰囲気が、オーラが変わった。
「ご主人様、その方と閨をともにされているのですか。」なんか背中にごごごごごって効果音が聞こえそうな感じですねえ。閨とか今時使いませんよ。いつの時代ですか。
「メア、気にするな、たまたまじゃたまたま。」モーラが慌てている。いや、戦闘力ならあなたの方があるでしょう。
『いや、あのスピードでは、ドラゴンに戻る前に瞬殺されるわ』
「いや、メアさん、落ち着いて、あの時は事情が事情でしたから」と、知らないことを良いことに勝手に事情を作る。まあ、疲れていたという事情ですが。
「そうよ、その時私だって一緒に寝てたし。」一度おさまりかけたごごごごごって効果音が再び聞こえる。幻聴ですか?
「ご主人様本当ですか。」アンジーに向いていたメアが、顔だけぎぎぎぎと振り向いた。なんですかその般若のような顔は。恐すぎます。
「あ、その時は僕も一緒に寝ていましたよ、久しぶりにおじいちゃんの胸で寝たようでうれしかったなー」ああ、ここにも空気を読まない純真な子がいたなー。これは、やばいか?と、思ったら、般若の顔が突然菩薩に戻った。
「そうですか、みんな一緒に寝ていたのですね。」顔は菩薩ですが、腕はかすかに震え、持っていた包丁の柄がミシミシときしんでいる。ああ、壊れる、壊れる。せっかく包丁を作ってみたのに、苦労が一瞬で灰になりそう。
「お、おう、じゃから何もない。何もしてないぞ」
「そう、ですか」ああ、オーラが消え、包丁が壊れませんでした。よかった。
「でも、僕も家が欲しいですね。なんか家族みたいっていいですね。」ああ、何も知らない純真無垢な僕っ子に救われました。
○家を探そう
食事の片付けも終えて、宿屋に戻り、部屋の中に一同がそろう。ちょっとせまいので、ベッドを3つつなげてその上で話を始める。
「それで、家の方はどうじゃった」
「はい、3カ所ほど見て参りましたが、帯に短し、たすきに長し、といいますか。どうにも中途半端な物件ばかりです。しかも期間も短期間ということで、値段の足元を見られておりますね。」
「ふむ、やはりのう。新参者では貸す方も何かあったときの保険が欲しいじゃろうしな」
「家建てますか?」なにげに言ってみる。
「何をとぼけたことを言っておる。建てている間に出発じゃ。」
「建てようと思えば数日ですが。」
「おぬし、前の町では、3ヶ月くらいかかっておったろう。」
「あれは、あの町の人から怪しまれないためにゆっくり作っていましたよ。それでも早いと言われましたが、今回は人数も多いですし、ぱーっとできたことにすれば大丈夫かなと。」
「ほほう、で、どこに建てる?」
「森の中ですかねえ。朽ち果てた廃墟を見つけて改造したように見せればいけるかなと。」
「かなり無理はないか?」
「ご主人様、そう言う物件なら話が出ていました。超格安で。ただし、森の中なので危険だと言われました。」
「なるほど、そんな物件よく持っていますね。」
「うーむ。それしかないのじゃろう。」
「ええ、それしかないですねえ。」
「ですが、格安な理由には、何か問題もあるものです。」したり顔でメアさんが言う。一緒に回っていたユーリが嫌そうな顔をしている。何があるのだろう?
「なんじゃ言うてみい。」
「はい、出るのです。」
「は、何が出るのじゃ」
「幽霊。」
「は、なんと申した」
「ですから、幽霊・ゴーストがでるそうです。」
「へえ、この魔物や獣が跋扈し、ネクロマンサーが存在するこの世界に幽霊ですか。」アンジーが冷静に言った。いや冷ややかにか。
「はい。」涼しげにその言葉を跳ね返すメアさん。
「そんなもの白魔法で除霊すれば・・」
「残念ながら無理だったそうです。」
「ええっ、この世界では聖なる魔法で払えない幽霊なんてありえないはずですよね。」
「してその幽霊は、なんの幽霊なんじゃ。会話が可能な人間か?」
「いいえ、実体化はしていないただの白い光だとか。何を言っているかわからないとか、腕だけとか要領を得ないみたいです。」
「おもしろそうじゃな。」
「興味深いです。」私は心底そう言った。
「恐いの嫌い。僕だめです。」耳をふさいでいやいやをするユーリ。下を向いていて表情は見えませんが、きっと涙目なのでしょう。きっと可愛いでしょうから涙目の顔を見たいですが我慢しましょう。その代わり頭をなでて肩を抱いてあげましょう。
「とりあえずその物件は保留じゃ。さらに家を建てるのは最終手段として、もう一度他の物件の話を聞かせてくれ。」ユーリがほっとしている。
他の3軒については、狭いとか高いとか、あまりにも目立つ立地であることから全員一致で却下となった。
「ならば、その幽霊物件見に行こうではないか。」
「そうなりますかねえ。」ユーリの顔を見ながら私はあまり乗り気ではありません。
「退治して住めばよいことじゃろう」
「行きたくないです。」ユーリがまるで首を引っ張られても動こうとしない子犬のようです。ぷいっと横を向いている顔も可愛いです。
「幽霊なんぞ存在せぬわ、わしが言うんじゃ安心せい」
「でも、」
「おじいちゃんから恐い話をいっぱい聞かされたクチですね。」アンジーのうながしにユーリは、うなずいている。
「一番恐いのは人間ですよ?」メアさん。事実ですけど、辛辣すぎますよ。特に最近それを知ってしまったユーリには。
「よし、今日は寝るぞ」そう言われて下僕癖の抜けない私は、率先してベッドを元に戻そうとする。
「ああ、そのままでよいじゃろう。ほれ、主はまんなかじゃ。」
「いや、私は端に行きます。」魂胆はわかっている。また磔のようにされるのは嫌です。
「まあ、そういうな、わしらの安眠のために。」
「お願いです、寝かせてください。最近、寝不足なのです。」
「眠らせてもらえないんですか。」メアがギロリとみんなを睨む。
「いやいや、確かに悪かった。ならばほれ、寝る場所の順番を決めよう。な。公平じゃろう。」
「おぬしがなんか用意せい。」
いや、私が用意するのですか?ああ、じゃんけんぽんで決めますか。
「なんじゃそりゃあ。」ああ、国際的ではないんでしたか、全国的に知られているわけではないのですね。ならばと、みんなにやり方を説明する。
「なるほどおもしろそうじゃな。3すくみか。まあ、10回くらいやってみれば憶えるじゃろう。どうじゃやってみるか。」アンジーは、日本にいたから知っているようで、大きくうなずく。じゃんけんにアドバンテージもないものですが。後の2人もうなずく、やってみたい興味の方が大きいのですね。練習してみると、結構面白がっていますが、アンジーは不満そうです。
「メアの反応速度が速いですね。」
「そうですねえ、後出しじゃんけんに近いですね。」
「なんじゃそれは、」
「つまりみんなの出した手を見てから勝てるのを出す感じですね」
「ああ、そういうことか。」
「そう言う不正はしません。なぜなら前のご主人様からは、禁則事項として登録されていて、できないのです。」
「こだわるのう。」
「はい、私とじゃんけんをして負けるのが悔しかったそうです。」
「ああ、それはわかるのう。」
「ですので、私は「ぽん」という言葉に反射的にどれかを出すようになっています。」
「なるほど、高性能であればあるだけ面倒なものじゃのう」
「はい、今回は勝ちたいのですが、無理です。」
「むしろ、有利ともいえるんですがねえ。」
「なんでじゃ、」
「あいこが続くと、相手が次に出す手を考えるのですよ。例えばグーが2回続いたとします。次は何を出すと思いますか?」
「んーわしならパーかのう。3度目は、相手がグーをまただしてくるだろうと想定してパーを出すかな。いやそうなれば、そう予想して相手がチョキをだすかもしれん。ああ、なるほど、この思考が永遠に続くことになるのか」
「でも、時間が限られます。今はじゃんけんぽん、あいこでしょと時間をおいて出していますから、考えながらできますが、早いときは、じゃんけんぽん、ぽん、とあいこをつけずにすぐ出すパターンもあります。」
「単純だが奥が深いのう」
「このゲームは、付き合いの長い人達がやればやるほど、勝つのが難しくなります。なぜなら相手の癖を憶えてしまい、逆にそのことを相手が利用して逆手に取る場合もあるからです。まあ、心理戦ですね。」
「では、練習も済んだことだしやろうかのう。おぬしもはいるのであろう。」
「そうですね、一緒にやりましょうか。では、じゃんけんぽん!」
「よっしゃあ!わしが一抜けじゃ。」皆がグーを出し、モーラがチョキであった。
「って負けていますから、選択権がありませんよ。」アンジーが言った。
「人と違う種類を出せば良いのではないのか。」
「それは大人数での場合です。基本はじゃんけんの勝ち負けの通りです。なので、モーラは負けです。」
「そうか、アンジーがなぜわしの暗示にグーを出してきたのかわかったわ」
「そうですよ、安易に誘導の思考を感じましたから。まあ、乗ってみてパーでも出してきたら反則負けにしてやろうと待っていましたが、チョキ出しましたからね。」
「そういうことですか、今度じゃんけんするときは、思考を読まれないようにシールドプラスジャマーもかけますか。」
「あ、あれだけはやめてくれ、わかった。ずるはなしじゃ。」
「まあ、次回からお願いしますね。今回は負けなので。」
「ううっ」
「策士策に溺れる、ですね。」くすりとメアが笑う。
「くそーっ」ベッドの上で地団駄を踏むモーラ、可愛いだけですねえ。
「さて、一人脱落しました。次行きましょう。」
「はい、では、じゃんけんぽん!」
「やったー勝ち抜け!!」アンジーが飛び跳ねる。アンジーのグーにみんなはチョキでした。
「お主は、勝ち負けにこだわりすぎじゃのう。負けかもしれんぞ」モーラが意地悪そうに言った。
「え?何?」きょとんとしているアンジー。
「一番最初に場所が選べるというても、こやつがどこを選ぶか決まっておらんのじゃ、わかるか?」
「あ、そうか。そうですね。」アンジーは、すぐに理解したのかしょぼんとなる。
「あるじ様が次に勝ち抜けした場合、離れた場所を選んだら終わりということですね。」ユーリが考え考え言った。
「そうじゃ。本来は、こやつには、最初に左端を選ばせておいて、残りの場所をじゃんけんで選べばトップが隣に寝られたのじゃ。だが、わしは、わざとこやつに参加してもらったのじゃ。」負けたくせになにをふんぞり返っているのですか。あーあ、アンジーがしょぼくれていますよ。
「まだ、決まったわけではありませんよ。」メアが優しく語りかける。涙目のアンジーが顔を上げる。すがるような目です。
「仮に中央にアンジー様が枕をおいたとします。そこで、私が勝てば、アンジー様の隣ではなく。両端のどちらかを選びます。ご主人様は貞操の危機を感じて私の隣は忌避するでしょう。そうなると、枠は2つです。アンジーさんの隣か、一番端か。そのどちらをご主人様が選ぶのかとなりますから、もしかしたら、ご主人様が端を選んでしまい、ダメかも知れません。ですが、ユーリが勝ってユーリが端を選べば、無事にアンジー様の隣にご主人様が行くことになります。」
アンジーの顔に輝きが戻る。たった一晩のことなのにみんな気合い入りまくりなのです。
「さて、それでもご主人様を手に入れるためには、ここで踏ん張らなければなりません。」ユーリとともにうなずく。何をする気なのでしょうか。
「ご主人様、本当に端で良いのですか?両隣に可愛い女の子の顔を眺めたくはないですか。」
うっ、ちょっとつまってしまった。腕枕は確かに疲れる。眠れないこともある。しかし、慣れてもきた。起きがけの寝顔も可愛い。文句は言ってはいるがまんざらでもない。みんな可愛いしね。さらに寝息が気になって何度も目を覚ましたり、寝返りをうつたびに、毛布を掛けてあげたりしているのも事実。お父さんだよね。モーラに至っては寝相が悪いからいつも蹴られて目が覚めるし。だが、安眠も大事だ。私は、静かに眠りたいんだよー。
「ようくわかったわ、みんなようく聞け、こやつの本音がダダ漏れじゃ。」あれ?どういうこと。また、思考だだ漏らしでしたか。でも、それをみんなに言うのは反則でしょう。
「まあ、そう言う点で主のことをないがしろにしていたのは、謝るぞ。だから今夜はひとりにしてやる。」そういって一つだけベッドを離してくれた。
くっつけたままのベッドでは、じゃんけんをやり直して4人で寝たようだ。
一人になってみると意外に寂しいことがわかった。いや、わかりました。ああ、これまでの発言を許してください。私も仲間に入れてくださいお願いします。腕枕は・・・少しは我慢しますからー。
「次はあみだくじにしますね」アンジーがさらりと言った。まあ、それが一番良いかもしれませんね。
翌朝、宿屋の一階にある食堂で朝食を取る。みんな無性にそわそわしている。メアがにやりと微笑んで、すっと例の物を出す。店主に見られないようにそれぞれの食事にちょっとずつかける。そう、昨日の夜使った調味料、醤油である。
「一度憶えると、普通の料理が物足りなくなるのう」
「ええ、純粋な肉料理でも塩こしょうだけでは、物足りないときがあります。そういうときに、これが欲しくなりますね。」
「贅沢は敵じゃが、もうもどれんなあ」
「はいはい。」メアがうれしそうだ。
朝も早くから、例の物件の話を聞いた人のところに向かいます。そうです5人でぞろぞろと。
「本当に見に行くんですか?」と、物件を仲介してくれた人に聞かれたので。
「本当に出るのか実際に見てみます。」
「知りませんよ、そうやって興味本位で見に行った人は、ことごとくおびえて何も言えずに帰ってきていますから。」心配してくれるのはわかりますが、それは、紹介する人が言う言葉ではありませんねえ。
「私たちも切実なのです。この大人数を抱えて、宿屋ではお金が減る一方なので。ぜひとも原因を見つけて、幽霊ならば説得して一緒に暮らしてでも何とかしてみます。」
「そこまで言うのであれば、しかたないですね。ここです。」と、簡単な道順を示してくれ、ました。でも、背の高い木を何本も数えるというその説明だと見つけるのは大変かも知れませんねえ。
そうして、街を出て、しばらく道を歩いている。
「こっちかな?」
私達は、何度か行きつ、戻りつしてしまう。木の本数なんて途中で数え間違いますよ。
「あ、木が折れていますよ。数え間違いではなかったのですね。」
「確かに説明は間違っていないが、どうしてこんなに状況が変わっているのかのう。」
「魔物がでたりして、木を倒したとか。」
「であれば、危険すぎて住居にならんじゃろう。」
「確かに説明に嘘はないですが、たどりつけないように誰かかが何か細工していますかねえ。」
「まあ、わしは面白くなってきたがのう。宝探しの冒険をしているようじゃ」
「あ、あれじゃないですか?」小一時間かけてやっとたどり着いた。確かに道がほとんどなく、雑草で見えなくなっているから余計に見つかりづらい場所にあった。
「たぶんこれですねえ。」雑草の生い茂る道からは見えづらくなっていて、私たちが住むには絶好な物件ですが。
「荒れ果てていますね。」ユーリが残念そうに言う。
「なるほど、そう見えるか。」モーラが不敵に笑う。
「そうですね、これは、偽装しています。」アンジーが言う。
「え?偽装?これがですか?」私もびっくりしています。
「はい、間違いありませんね。」メアさんもそう言う。
「皆さんわかるのですか?」ユーリがびっくりしている
「まあ、なんとなくですけど。」アンジーが言った。
「術者は、へたじゃのう。」
「これは、結界?」
地面に違和感があり、触ってみる。魔力の残滓か。その結界を解除してみる。すると、いままで古びて見えていた家が綺麗に見えはじめる。やはり何かの魔法が掛けられていたようだ。
「幽霊ではない誰かが使っておるな。」ユーリに聞こえよがしに言うモーラ。
「中に誰かいるはずです。とりあえず中に入りましょうか。」私がそう言うと、ユーリが先に扉の前に行った。
「扉が開きません。」
怖がりのはずのユーリががちゃがちゃ扉を動かそうとしている。幽霊じゃないと聞いて急にやる気が出てきましたか。現金な子ですね。
「うわ、なに?」ケロイドのある手が扉の中から出てきて、取っ手をいじっていたユーリの手をつかむ。
思わず手を離すユーリ。すると手は扉の中に消えていった。ユーリ涙目で尻餅をついている。メアが近づいて立ち上がらせる。抱きついて離れなくなってしまった。
「なるほど、それが幽霊の手というわけか、おもしろい。」モーラが不敵に笑う。
「さて、メア」
ユーリが落ち着いて自分一人で立てるようになった頃モーラがうながす。メアはうなずくと扉に手を掛ける。
「全然動きません。壊しても良いですか。」メアが、振り向いて私の判断を仰ぐ。すると先ほどの手がまた伸びてきて今度はメアの首を絞める。冷静なメアは、逆にその手をつかむ。
「痛いですね、何をするんですか。」
その手は、首から手を離して何とか逃げようともがいているが、メアの力が強いからなのか逃げられない。
「メア、そのまま逃げられないようつかんでいてください、握りつぶしちゃだめですよ。」
私のその言葉にその手はびっくりして抵抗をやめる。
「さて、どうしますかね。」アンジーは、笑っている。
「扉を壊すのは忍びないのう」モーラは、楽しんでいる。
「ですね、中から開けてもらいましょう。きっと理解ある幽霊さんならこの状況でこちらに悪意がないことをわかっていただけるはずですから。メアさん手を離してあげてください。つかめるのであれば、幽霊ではない可能性もありますし、もし、実態があるなら物理的な攻撃も効くはずです。」
私は、ちょっと脅し気味に言ってみました。
「もちろん家ごとな。」モーラが相手に聞こえるように言った。その直後メアはパッと手を離した。すると手が中に消え、なぜか扉の閉まる音がして、扉がぼやけて見えてから、まもなく鍵の開く音がして、ひとりでに扉が開きました。私は先頭に立ち、こう言いました。
「入りますよ、危害を加えないでくださいね、こちらも危害を加えるつもりはありません。よろしければお話を聞かせて欲しいのです。了解していただけるなら一度、嫌なら二度、音をだしてください。いいですか?」机からトンと音がしました。
「わかりました。あと、今の音の方を向いて話をしても良いですか?」
「声は出せます。ただし、どこにいるかはご容赦ください。」入ってすぐの居間らしい広い部屋の中に声が響く。声の方向がわからない。
「はい、わかりました。こちらもその方がよろしいです。まずは、突然おじゃまして、あなたの平穏を乱したことをお詫びします。」私は、深々とお辞儀をする。みんなも真似をしてお辞儀をする。
「ですが、ここは借家と話を聞いてきました。幽霊が出る借家だと。あなたは幽霊ですか。」幽霊に幽霊と聞いても違いますとしか言いませんよね。
「違います。幽霊ではありません。」
「私たちのことが見えていますか。」これもあたりまえです。メアの首をつかんでいるんですから。
「はい。見えています。先ほどはそちらの方に失礼なことをしました。どうもすいません。」
「いえ、痛いと言ってみましたが、首を絞めるつもりのないつかみ方でしたので、私も手を押さえるだけにしていました。」メアが代わりに答える。
『この気配を感じるか?』モーラが脳内に話しかけてくる。視線の先にたぶんいるのだろう。
『魔法使いですかねえ。どういう事情なのでしょうか。』
『聞いてみたら?』アンジーが言う。
「ごほん、言いづらいかも知れませんがあえて聞きます。あなたは魔法使いですか?」
「・・・」沈黙が答えか。
「私たちは、旅の者でこの小屋を数ヶ月使いたいと思って見に来ただけです。町の人に話したりするつもりはありませんよ。」
「私は。魔法使いではありません。」おや違いましたか。
「事情を話してもらえませんか。あと、長くなりそうですからお互い座りませんか?こちらは、手近にある椅子に座りますけどかまいませんか?」
「かまいません。あの、もしかして魔法使いの方ですか?」逆に問いかけられました。どうしましょう。まあ、知られても問題ないですかね。
「そうです。あまり他人には知られたくないですけど、私は魔法使いです。」
「ああ、やったー!!わが妖精神のお導き~。あっ」
『妖精神ってなんですか!』
『なるほど、慌て者だのう。正体を現しよったわ』
『なんなの?』
『エルフ族じゃ。』
○幽霊さんは、エルフ
『ああーそうなんですか。はいはい、でもなんで透明。』
『それは、聞かんか』モーラの声からあきれた感じが聞き取れてしまう。そうですよねー。
「ごほん、種族についてはあえて聞きませんので、なぜ透明になったのか教えてください。」もうばれていますよーとほのかに匂わせています。
「はい、ありがとうございます。少し前に人族の方達とパーティーを組んでこの近くを通ったときに魔族に追われてパーティーがちりぢりになってしまいました。その時に追い打ちのように盗賊に襲われて、とっさに持っていた姿を消す薬を使い身を隠しました。」
「その場は難を逃れたのですが、どういうわけか透明化が溶けないのです。それと、その時にパーティーの魔法使いの方がみんなに掛けていた、相互に位置がわかる魔法も消えずに継続されてしまっていてそちらも解除できないのです。」
「ピンチは逃れたけど、違うピンチが続いていると。」
「はあ、ピンチというのはスラングですか?」
「はいはい、そうですね。」
『で、どうするのじゃ』
『とりあえず、魔法の成り立ちを見てみないとわかりませんとしか。』
「それで、お願いなのですが、こうして、周囲の草花でしのいでいますが、そろそろ限界なので、なんとか透明化の魔法を解除してもらえませんか。」
「この家にいた理由はなぜですか。」
「はい、効果が切れたときにどういう状況になるかわからないので、パーティーの人に見つけてもらえるまで動かない方がいいかなと。そう思っていたらこの家がありましたので、黙って使っていました。すいません。」
「私たちは迷惑を被っていませんので謝る必要はないですよ。さて、話はわかりました。できるかどうかはわかりませんが、見てみたいのでどこにいるか教えてください。」
「はい、」そう言って気配が近づき、私の顔を手で触れた。はいはい、その手を私が握り目をつぶりました。ええ、見えます。からんでもつれてねじ曲がった魔方陣が見えます。これは、雑な魔方陣ですね、私は素人ですが、私にもわかるような穴がたくさんあります。よくこんな魔法を使って仕事をしていますね。ああ、ここにほころびがあるので、定期的に位置をしらせる魔方陣が魔力を吸って、さらに位置を知らせもせず、透明化の魔法の維持に使われてしまっています。なるほど、こういうデメリットが出るんですね。ふんふん。おもしろいですね。
「あのう、わかるんですか?」手を握られたままなので少し不安なのか聞かれました。
「ああ、すいません。どうも他人が作る魔方陣というのを初めて見るので、めずらしくて見入ってしまいました。こんなにずさんでも魔法は発動するんですねえ。」
「大丈夫でしょうか。」
「ええ、かなり簡単な魔法ですから、透明化の魔方の穴と定期的に位置を知らせる魔法の穴を同時に埋めればおさまりますよ。」
「そうですか。よかった」
「はい、それではいきますよー」
私は、人の魔方陣を直すことができてうれしくてついすぐに修復させてしまいました。ええ、すぐに。周りの人達は、止めようとしていたのですが。不可視化の魔法が徐々に消えていき、顔が現れる。おお、美人。耳も少し形が違う。
「あ、ちょ、ちょっとまって。きゃー。」そこには美人の女性がおりました。ええ、裸で。胸を隠し、しゃがみこんで涙目で私を睨みますが、いつもこういうシチュエーションになるので、あまり気にならなくなりましたね。しかもおぱーいもでかくて全裸なのに全然気になりません。おかしいですね、私貧乳派になってしまったのでしょうか。
「ご主人様やっぱりやってしまいましたね。不可視の魔法は、体にしかきかないので、解除したら裸体なのです。」メアが冷たく言い放つ。
「知っていましたね」アンジーがジト目で言う。
「知っていたんですか?」ユーリが軽蔑の目で残念そうに言う。
「この場合。知っていても知らなかったと言うじゃろうなあ」ニヤニヤ笑いながらモーラが言う。
「本当に知らなかったです。すいません。すいません。すいません。」何度も平謝りである。
「魔法を改変できるスキルがある人なのに知らなかったのですか?」
「私は、なりたての魔法使いなのです。」
「その歳で、ですか?」
「はい、私もびっくりしています。ごめんなさい。」もう、本当に申し訳なくて謝り倒します。
「わかりましたから。謝るのをもうやめてください。」
「この者がなりたての魔法使いであることは、わしが保証しよう。」いや、尊大な態度の幼女に言われても説得力無いわ。
「あ、これを」着ていたローブを肩にかける。
「ありがとうございます。服も外でボロボロになってしまって」
「メアさん。すみませんが、」
「はい、衣類を調達してきます。」そう言ってかき消すようにいなくなる。
「あのう、あなたたちは一体・・」今のメアの瞬間移動みたいな動きを見て少し緊張したようです。顔が引きつっています。
「ただの薬売りの行商じゃ。かっかっか」どこぞのご老公みたいな物言いですね。私の頭から見ていましたか?
「薬売りにしては、おかしな・・・家族なんですか?」
「ええ、私とこの子達は、家族です。さきほど出て行ったのは、そうですね付き添いのメイドさんですか。」ユーリはうれしそうです。アンジーは少しむっとしています。モーラは顔色を変えていません。
「薬売りなのに付き添いのメイドを雇っているのですか?」
「う~ん、彼女は家族同様なので雇っているというのは、ちょっと違いますね。でも、奥さんではないですし。」
「はあ」
「して、おぬし、名前は。」
「失礼しました。私は・・・」そのエルフは、何かを言おうとしました。
「ちょっとまってください。フルネームを言わないでくださいね。」私はそこで遮りました。
「え?どうしてですか?」
「まあ、愛称略称偽名などを名乗るのじゃ。決して真名など、もらすでないぞ」
「ですが、こうして危機を救われた身、私たちの種族では、真名を明らかにしてこれから恩返しをしろと教えられております。」
「してはならぬ、絶対にな」
「そうです。これ以上パーティーメンバーが増えたら収拾がつかなくなります。」
アンジー変なことを言わないでください。
「パーティーメンバー?やはり冒険者なのですか?」
「いえ、違います。ですが、真名をこの場で言う事や、私に償うとか従うとか言わないで欲しいのです。」
「はあ、そうですか。そうします。それで、私の名前ですが。」
「もどりました。」メアが背中に袋を抱えている。いや一人分ではないでしょうそれ。
「は、早い。どういう人なんですか、その人。忍者ですか?」
「いえ、ただのメイドです。」スカートをつまみ、かるくお辞儀をする。
「とりあえず奥の部屋で着替えてください。」
「はい、ありがとうございます。ええと」
「後ろを向いていますから。大丈夫です。」
「おぬしは、外へ出ろ。」
「はいはい。」私が覗くと思っているんですかね、失礼ですね。覗こうと思えばいくらでもできるんですよ。魔法使いなんですから。まあ、しませんけど。
『そうしておけ、信用は大事じゃぞ』
あら、聞こえていましたか。このジャミングの魔法すぐ解除されてしまいますねえ。興奮したり混乱したりすると解除になるところは改善したいんですが、とっかかりがわからないのでできません。うっ、師匠が欲しい。
「ほれ、もういいぞ、入れ」モーラに促されて、中に入る。まるで叱られて外に出されていた悪ガキのようにしょんぼりと。
「さて、おぬしが外にいる間に我々の事情は話しておいたわ」
「そんなに簡単に話していいんですか?」
「事情を聞いたらのう、しばらく一緒に生活せざるをえんようじゃ。なので、お互いの秘密を守るということで、合意したのじゃ。」
「って、私は呼ばれなかったのですか。」仲間はずれですか、少し寂しいです。私。
「んー、まあおぬしにいえぬ事情もあるらしいのでな。」モーラの言葉にそのエルフの顔を見ると頬を染めている。何か女の子的な事なのだろうと判断して何も聞かないことにします。
「では、しばらく一緒に生活をするということですか。」
「はい、お願いします。あと、できればこれからの旅にも同行させていただきたいのですが。」
「え?他のパーティーの人が迎えに来るのではないのですか。」
「そう思いたいのですが、たぶん期待できないだろうと。」
「はあ、」
「魔物に襲われたとき、町からの依頼に失敗してケンカをしていたときだったのです。」
「マーカーを付与されていたのではないですか?」
「それは、失敗した依頼の前に付与したものです。なので、魔獣に襲われたときには、どこで合流とか決めていませんでした。しかもマーカーが作動しているのに迎えに来ないという事は、他の人達は死んでいるかあるいは、私が取り残されたかだと思います。」
「でもマーカーは、作動していませんでしたよ。」
「ええ?でも魔力は微量ですけど消費していましたよ。」
「マーカーは動作不良で、マーカーが吸い上げた魔力を不可視化の魔法に流していたのです。」
「そうですか、ならばよけいに探してはいないでしょう。マーカーの発信が消えたということは、死んだと思われたんだと思います。」
「ああ、なるほど。でも、こちらから探した方が良いのではありませんか?」
「依頼のために集まったその場限りのパーティーでした。面識もなく連携もめちゃめちゃでしたので、たぶん失敗した段階で解散するつもりだったのではと思います。」
「そうですか、でも依頼主には報告しなければなりませんね。」
「はい、ですので一緒に旅をさせていただきたいと。」
「報告は、その町に行く商隊に頼めば良い。エルフ、おぬしは、少しやすめ」
「ありがとうございます。」
「聞いたであろう。おぬしもそれでいいな。」
「ええ、家も格安で借りられそうですし、よかったですね。でも、なんて呼べば良いですか?」
「一度、救われた身です。前の名前を捨てて、新しい名前をと思います。お好きにお呼びください」そのエルフはそう言って、手を組み、何かを祈るように目をつぶって何かをつぶやいている。
「いいんですか、」
まわりのみんなを見る。モーラがうなずく。アンジーがいやーな顔をしている。ユーリが不安そうな顔をしている。メアは・・・表情が硬くて感情が読み取れません。なんか嫌な予感もしますが。
「じゃあ、エルフなので、エール、エーリッヒ、あ、これは男名か。エルフィ。エルフィでどうです?エルフィ・ドゥ・マリエールとかかっこいいなあ。」周囲が一斉に青ざめ、エルフィと呼ばれた彼女の顔が明るく輝きだした。そして、
「私はあなたに従います。」そう言って膝をついた。すでに見慣れたほんわかした光が彼女を包む。
「え?あれ?どうして?」
「わしの頭を覗いたのか?」
「いえ、そんなことするわけないじゃないですか。そんなことできるわけありませんよ。」
「まあ、するわけがないし、できんわな。よい、とっと儀式をすませよ」
「これってまさか。」
「ああ、いつものじゃ」そう言って横を向くモーラ。私は、膝をつく彼女の頭をなでる。光は収まり、彼女は立ち上がり、私に抱きついた。
「ありがとうございます。生涯ともに歩みます。」
「ええ?どういうことですか?生涯って、しばらく一緒に暮らすだけですよね」
「エルフィとやら、おぬし図ったな。」
「え?何のことですかー?」そのペコちゃん顔可愛いですね。歳の割に。
「その名が浮かぶように意識に暗示をかけたな。」
「えー、そんなことできませんよーう、ふふ。」いやーん、私だまされた?
「ぬかったわこの小娘、かなり年齢をいつわっておるな。エルフだけに。」
「当然ですよ-。これはという男を見つけたら絶対離れるつもりなんてありませんから。」
「エルフ族は、外からの血を嫌っているのでは無いのか」
「うちの里はー、そんなことは言いません。私も実は少しだけ人間の血が混じっていますしーむしろ最近の統計では、魔力量の豊富な人間との間では、ほとんどはずれなく、できの良いハーフエルフが生まれているみたいですから、推奨しているくらいですー。あ、もっとも~、一族に従順な子だけが優遇されるんですけどねー。」
「ちょっと待ってください。何を騒いでいるのか最初から話して欲しいのですが。」
「はあ、こうなるとは予想していましたが。」アンジーがため息ついて話し出す。
「正式な名前や真名を呼ぶと隷従されることをお話ししました。なので、別な名前をつけてもらうことに同意してくれて、それは、あなたに決めてもらおうとしたのです。しかし、このくそエルフは、逆手にとって隷属させるように仕向けました。まったくこんなことするとか、ありえません。またメンバーが増えてしまいました。神は一体何をさせようというのでしょうか。」アンジーさんついに胸の前で十字を切っています。あれ?それ逆じゃないですか。
「まあ、いいじゃないですか~。」エルフィが、うれしそうにアンジーの背中をぽんぽんとたたく。私は、エルフィに近づき手を取る。
「どれどれ、すぐ解除できるか魔法の跡を見てみましょう。ああ、これは、すごくゆがんでいる。もしかして、あなたは、魔法に対して耐性を持っていませんか?」
「あははー、わかりますかー。実はそうなんですよー。おかげで、治癒の魔法が効いたり効かなかったりして大変なことになったりします。でもー自分でも治癒魔法を使えるので、問題は無いんですよー。」
「ううむ、これを解除するとなるとかなりかかりますねえ。」
「今回の魔法も~もしかしたら成功しないかもと思いましたけど~、じわじわとー屈服させるように魔法が効きましたよ~。すごい魔力量ですね~。私、からだが熱くなりました。はあ、はあ」何、恍惚とした表情浮かべて興奮しているんですか。こういう人は、スルーするのが一番です。
「とりあえず、そのエルフィさんが着替えられたので、みんなで、大家さんのところへ行きましょう。」メアが冷静にこの場を仕切ってくれました。ありがとうございます。
「幽霊騒ぎの結果はどうするのじゃ。」
「幻覚でも見ていたことにしましょう。私たちには何も起こらなかったと。」
「値段をつり上げられるかもしれんぞ」
「そこは、最初に確認済です。あちらにしても風評被害のある家に短期間でも住んでくれれば、安心して次の人に貸せるでしょう?」
「その線で行きましょう。レッツゴー」うれしそうにエルフィが同意する。
「あなたが口を挟むことではありませんよ。」
「てへ」
「うむ、年齢を申してみい」
「てへ、今年20歳です。」
「下二桁だけ言うんじゃない。」
「百20歳です」
「本当か?」
「暦が無かったので正確ではないですが。季節はそのくらい巡っていましたよ~。」
「ふむ、まさかそんなところでサバは読まんじゃろう。」
「さて、本当に行きますよ。」
「途中で何か食べ物が欲しいのですが~。」
「植物以外たべられんのじゃろう。干し草でも食っておけ。」
「ひどいーそんなことはないのです。偏見です。」
おなかを空かせたエルフにフードをかぶせ、街を歩いていると、皆さんの私を見る目が、さながら新しい奴隷を連れた奴隷商人を見るような目になっています。まあ、その周囲の目も最近はとっても快感・・・・なわけないです。
家主さんに問題は解決したことと、しばらく住んで様子を見ますと話すと、猛烈に感謝されました。取り決めは、ほとんどこちらの要望どおり。壊れたらこちらで補修して、出るときには現状を見てもらい直しが必要なところは、こちらで直す。というものです。問題なく契約できました。はい、しかもお安くです。
そして、お昼ご飯とエルフィの生活用品を買い足して宿屋に戻ったところ。やはり宿屋の主人に睨まれました。しかし、数日中に出て行くことを話すと少し寂しそうな顔をしたのを私は見逃しませんでしたよ。やっぱり楽しみにしていたんですね。あ、宿賃が入らなくなるからですか。そうでしたか。
引っ越し前に、家主さんと一緒に家の中を見てもらいました。幽霊騒ぎからほとんど近づいていなかったそうで、ほとんど変わっていないと安心していました。
「荷物はほとんどないのですが、厩舎を横に作りますが、良いですかねえ。」
「かまいませんけど、無駄になりませんか。」
「はい、簡単な物でひさし程度ですから。」
「かまいませんご自由にどうぞ。」
「ありがとうございます。助かります。」
そうして家主は帰っていった。
「さて、改造しますか。」
「そうじゃのう。人数も多いからのう。」
「ですねー。頑張りまーす」エルフィやる気ですねえ。
「何を改造するんですか。」
「ここは、正面玄関から入ってすぐが居間兼売り場で、その奥に部屋が3つ、居間の横に厨房がある作りで、トイレは外、厨房から奥に食料庫がある作りですね。」
「まあ、そもそも森の中に家があって、裏手の方は森に隠れて見えないから改造にはうってつけだのう」
「だから改造の必要はないんじゃないですか?」
「ここにはないものを作るのじゃ、そうじゃろう」
「はいはい。皆さんにはお願いがあります。この改造のことは、内緒にしてください。お願いします。魔法の使用方法が、この世界のレベル的にちょっと問題がありますので。」
「はあ?風呂を作るんじゃ無いのか」
「では、とりかかります。」私は、厨房の奥の壁の一部を壊しにかかる。ドアを作るのだ。
「何を作るのですか?」メアが不思議そうにしています。
「風呂じゃよ。」モーラが言いましたが、いや、そうじゃないんですよ。
「え?水浴びの場所を作ったって水の確保が難しいのでは?」エルフィさんそこですか。
「まあ、そこはほれ、魔法使いが何とかするのじゃ。」
「はあ、そんな大量な水を扱える魔法使いなんて、小さいときから、重宝されて、この地方には一人もいないんじゃないですか?」
「そうじゃろうなあ。じゃがここにいる」
「もしかして?」
「そうですよ。私たちに隷従の呪文をかけられる高位の魔法使いがここにいます。」
「あれが?」
「ええ、あれじゃ。」
「あれです」
「あの方です。」
「そうなんですか?」
「ええ、不本意ながら。」
そんな会話をしながら、壁を壊して四角く簡単な扉をつけられる空間を作る。
「できましたよー」
「早いのう。昔はけっこうかかっておったろう。」
「あの時は、町の人に知られると困るので、できていないフリをしていましたからねえ。」
「そうじゃったのか」
「今回は、火力調節を可能にしましたから、保温できます。高性能ですよ。」
「どうやったのじゃ」
「企業秘密です。」
「まあ、よいか。どれ、見せてみろ。」
「はい、どうぞ。」
「なんじゃ、あそこの家のと同じじゃ無いか。」
「ええ、同じです。だって、家のお風呂と空間をつないだだけですから」
「ああ、今なんと申した。」
「だからうちのお風呂を改造して高性能にしてみました。」
「その後じゃ。うちのお風呂と空間をつないだ、じゃと」
「はい。だから内緒なんですよ」
「当たり前じゃ。空間をつなぐとか。わしでもできんぞ」
「いや、できますよ。この世界にはその発想と理論がないだけなんですよ。私の元いた世界・・あ、やばかったですね」得意げにしゃべってしまいましたが、エルフィがワナワナ震えています。
「ごほん、しゃべりすぎました。ということで、我が家のお風呂に行って入れます。冷蔵庫も冷凍庫も使い放題。」
「この世界に転生して来たどころか、この世界の法則までねじ曲げる気か。」
「いや、だからそこまではしませんよ、あくまで秘密です。さらに空間維持がけっこう微妙なので、たまに空間が開かなかったりするかもしれませんので、あちらに行って帰ってこられなくなるかもしれませんが。」
「そんな危険な物、取り付けるな。普通の風呂でよいわ」
「ええ?そんな。また作るのは面倒くさいんですよ。けっこうあの風呂こだわりを持って作っていますから、同じ物つくるとなると手間がかかるんですよ。」
「さっきはすぐできたと言っていたではないか。」
「すぐといいましたが、数日かかりますよ、その間お風呂入れませんよ。しかもこの人数ですからこれより大きいのを作らないとなりませんから、もっとかかるかもしれませんよ。」
「う、今日はとりあえず簡易な物でもよかろう。」
「であれば、露天風呂のままで良いですか?確かに気持ちが良いのでそっちでもいいですけど。」
「う~む。本当は、屋根があって、広い方がよいのじゃが」
「でも今日は無理ですね。露天風呂に簡易の壁と床ですか。モーラさんに土壁作ってもらいます。」
「なるほど、しようがないのう。じゃから空間維持の魔法とか使うでない。」
「まあ、できるのは、行ったことのあるところだけですけどね。そこにマーカーを打たないとできません。」
「なるほどそういうことですか。空間をゆがませるのは、どうやってやるのですか?」興味津々でエルフィが聞いていくる。
「えーっと説明が難しいのですが、魔法で時間軸と座標軸をゆがめて空間にひずみを作るのです。その後その先に行きたい場所の座標軸を展開するといいのですが、少し間違うと全然違う場所につながったりしますから。海の底とか宇宙とか」
「海?宇宙?」
「この子達にそんな事わかるわけないでしょ。海なんて見たことないし、空だって行ったことがないのだから。」
「ああ、そうでしたね。すいませんでした。」
「海は聞いたことがあります。川と違って大きいとか聞きました。行ってみたいです。」ユーリの目が輝いています。
「そうね、これからいろいろなところを回るからきっと行けるわよ」
「本当ですか?」
「ええ、たぶん。」
お風呂は私の案は却下され、ふつうに家風呂(全員が入れる位なのでかなり大きいのですが)を作ることになりました。あれ、けっこう面倒なのですよ。
そうして、この街での生活が始まりました。しかも6人の大所帯で。