第2話 次の街へ
○出発
準備ができた段階で早々に出発しました。村長さんと宿屋のおかみさんには挨拶しましたが、他の人には告げずに出発です。
「やっと旅立てましたねえ」
手綱を握りながら私は言いました。
「そうね、でもモーラという用心棒が一緒に来てくれて安心だわ」
隣でアンジーがうれしそうだ。
「そうじゃろう?わしが大概のことは何とかしてやるぞ。」
私の反対隣にいたモーラが、無い胸をどんとたたいている。
「他のドラゴンさんの縄張りに入るのですよねえ。」
「まあ、ドラゴン同士のもめ事は、あまりないからなあ。」
「本当ですか?大丈夫なんでしょうね」アンジーお姉さんぽいですね。
「少なくとも、次の街までは大丈夫じゃ。安心せい。」
その言葉どおり、旅は順調です。本当に魔物や獣が一切襲ってきません。出発の時に村長やおかみさんからは、かなり心配されたのですが、どうやらそんなに高い確率で遭遇しないものなのですね。
なので、数日は何もありません。本当に順調です。馬車にゆられすぎて、お尻が痛くなりましたけど。馬具は、馬が痛くないように調整しましたが、予想外に道が悪いので、この旅が終わったら馬車を少し改良しないといけませんね。
「おなかが空いたのう。」
幌の中から顔を出してモーラが言った。
「おばーちゃん、さっき食べたばかりでしょう、我慢してください。」
アンジーが優しく言いました。
「なんですか、認知症の義母を介護しているお嫁さんのような会話は。」
また、私の記憶を本人の承諾無く覗いていますね。私もあまり憶えていないのに。
「いやわしは本気じゃが。」
むっとしてモーラが言った。
「手持ちの保存食が心許ないのです。少し我慢してください。」
「そういえば、最近狩りができていないのう。」
そうですか、肉が食いたいですか。でもですね・・・
「いや、旅の最初から狩りができていませんよ。」
私は、現実をお話ししています。
「ああ、そうか。新鮮な肉が出てきていたから、てっきりわしの眠っている間に狩りでもしたのかと思っておったが。」
「馬車を操作しながら狩りができたらそれはそれですごい事ですけど、私はそんなに器用ではありませんよ。事実、狩りをしていません。」
「どうやってあの新鮮な肉を用意しているのじゃ。」
「それは、簡易冷凍庫を馬車に積んでいるからですよ。」
「なんと、おぬしの家にあったものを積んでいるのか。」
「周囲にばれたら困るので、あれの簡易版ですが。まあ、私の世界では冷凍庫と言われるものですけど。木箱に偽装しています。」
「夜に氷を生成して木箱と箱の間に吹き付けていますよね。」
アンジーが訳知り顔で言っています。
「そうです。そうすると生肉も長期間保存できます。」
「ぬしはそういう知識が豊富じゃのう。して、もう在庫がないのか」
「もう何日かしたら、干し肉にチェンジですね。」
「そうかー、では狩りでもするか。」
そうして額に手を当てるモーラ。たぶん周囲を索敵しているのだろうと思います。
「無理だと思いますよー」
アンジーが意地悪そうに言う。どうしたんですか、何があったのですか。いじられ続けて反撃に出ましたか。
「周囲に全然獲物がいないではないか。どうしたというのじゃ。」
驚いたようにモーラが叫ぶ。え?気づいていないの、このドラゴン。
「当たり前じゃないですか。ドラゴンが気配まき散らしながらゆっくり進んできているんですよ。逃げるに決まっているじゃないですか。」と私は当たり前のことを当たり前に言いました。
「おお!そうであった。それは、獲物はいなくなるわ。盲点であった。」
「それ、今気づく事ですか?」
「いやー、失敗、失敗。気配を消すとしよう。」
いや、気配消せるんですか。すごいですねえ。でもねえ。
「だから、今度は襲われっぱなしになっちゃいますよ。」
「なんでじゃ。」
「たった2人の人間の気配を感じれば、獣は当然襲ってきますよ。」
「いいことじゃろう。」
「今度は、襲われすぎて進めなくなりますよ。」
「そうか難しいのう。」
「二人とも、気配消しても匂いは消せないわよ」
アンジーが私たちをジト目で見てあきれたように言いました。
「あ・・・」
そもそも論ですよねえそれ。
○出会ったのは、商人さん
くだらない話をしていたら、アンジーが道の先の遠いところに目をやりました。モーラは、さっきの索敵ですでに気づいていたようです。
「なんか先に大きい商隊が止まっているわよ。」
アンジーにそう言われて、道の先を見ると米粒のようなところに人影がたくさん見える。どうやったらあれが人だと、商隊だとわかるんですかね。
「朝早いのにもう休憩の段取りをしているように見えますね。」
さらにアンジーが言いました。
「なんじゃろうな、待ち伏せて、わしらを襲う気か?」
そう言ったモーラさん、言葉の端々にウキウキ感が感じられますねえ。
「襲う気なら隠れて待ちますよね。普通。」
「なんじゃ面白くない。おなかが空いているので、襲われたら逆に食料奪ってやろうと思ったのに。」
と言ったモーラの言葉に
「もし、そうなったら手加減してくださいね。」
私は本心からそう言いました。私もおなかは空いてきているのです。
「もちろんじゃ。ていうか、止めんのか。ドラゴンが世界に介入しようとしているのじゃぞ。」
「まあ、モーラが手を出さなくても、あちらが先に手を出してくれれば、正当防衛ですので、私が対峙します。もとい退治します。」
「なにやら、おぬしの頭の中には専守防衛とか過剰防衛という言葉も浮かんでいるようじゃが」
「この世界では、警察もいませんし、大丈夫でしょう。」
私は言いながらふふふと不敵な笑みを浮かべてみました。すると、なんですかアンジー、やれやれと言ったポーズでため息つかないでください。ちょっとへこみます。
『アンジー聞こえておるか』なにやら頭にモーラの声が響きます。
『聞こえます。どうしたんですかいったい。』
『うむ、わしらの場合、他人に聞かれるとまずい話もあるじゃろう。』
『そうですね。』
『そういう場合は、こうやって話そうではないか。』
「え、わたしは、参加できないのですか?」
『はあ、これだからあなたは。』
『そうでしたねえ、私の頭の中を覗いているんでしたねえ。』
『あまりそういう状況になりたくないがな』
「そうですねえ。」
『とりあえず、やってみるがいい』
『あー、あー、テステス。こんな感じですかねえ。』
『なんだすぐできたではないか。というか今のかけ声は何じゃ』
『私の国では、聞こえているかどうか試してみるときに使います。』
『なるほどなあ。』
『確かに、天使とドラゴンを連れているとは知られたくないですね。』
『それと転生してきた魔法使いだという事もでしょ?』
『それも隠さないといけませんねえ』
そうこうしている間にその商隊に近づきました。相手はこちらに対してはあまり警戒している風ではありません。むしろ不思議そうに眺めている感じです。まあ、親子連れの馬車なんてこんな危ない場所に走っていませんよね、普通。
「近づきますよ。」
アンジーが超警戒モードです。そりゃあそうです。一番弱いのは自分なのですから。まっさきに殺されるか、人質に取られるか考えただけでも恐いですよね。
通り過ぎようとすると、品の良さそうな男が近づいて、馬車を止めるように言った。
「ここから先は危険ですから、これ以上行くのはやめたほうがいいですよ。」
「何かあったんですか?」
馬をとめ、でも馬車から降りずに話をする。一応まだ逃げられるようにしておきます。馬を下りて油断したところでというのも想定としてありますから一応警戒モードです。
「うちの斥候部隊がこの先に魔物がいるのを見つけて、それが移動するまで待機しているのですよ。」
「そうでしたか。ありがとうございます。それでは見習ってここで待ちます。」
「そうしなさい。こんな小さな馬車で、子ども2人つれて魔物と遭遇したら大変だ。」
どうやらいい人のようですね。安心しました。
「そうですね。子ども達を危険にさらす訳にはいきませんね、それに少し馬も休ませます。」
「もう何日かで次の都市ですから、少しだけなら干し草も分けてあげましょう。」
「ありがとうございます。大丈夫と言いたいところですが、心許ないのでいただきます。」
「どこから来たのですか?」
「はあ、ファーンという名も無い町です。この先のビギナギルまで行くつもりです。」
いや名前あるじゃん。
「ええ、あそこから?子ども2人連れで?よくここまで来られたものだ。あそこからここまでの間は、獣が多くて非常に危険なのに。」
「はあ、何とか無事にここまで来ました。運が良いんですかねえ」
さすがにドラゴンがいるので襲われないなんて話せませんねえ。
「お姉ちゃんがね、わかるの」
突然モーラが話し出す。なに子どもごっこをしているんですか。気持ち悪いですよ。
『まあ、そう言うな、わしらも早く次の都市に着きたいのじゃろう?面白いものを見せてやるわ』
モーラの声が頭の中に響いた。何を考えているのやら。楽しそうなのが伝わってくる。
『何を急に言っているんですか。私を巻き込まないでください。』
アンジーの声には、困惑の感情がくみ取れます。
「何がわかるの?」
その紳士は、子ども好きなのか、相手をしてくれる。本当にいい人そうだ。
「この先に危ない物がいるかどうか、わかるの」
モーラが誇らしげに言う。それは演技ですよね。でも言われた方はびっくりする。
アンジーからは、『ええええええ』心の叫びがそのまま放たれて、私の頭に響く。いや、その声大きすぎます。というか全方位に発信しているのでしょうか?
それはさておき、アンジーが、いや天使様が素で驚いている。モーラなんちゅう無茶ぶりですか。
アンジーもいきなり振られたのだから返事に困る。アンジーは、私を見るんですが、私もアンジーを見つめたまま、動けないし、動揺を隠せない。いや、リアクションできない。そのアンジーと私の様子に何を勘違いしたのか真面目な顔でその紳士が聞き直す。
「お姉ちゃんは、魔物の居場所がわかるの?」
「うん」
元気に満足げにモーラが言う。誇らしげではなく満足げに見えるのは私だけ?
「そうなんですか?」
子どもには優しそうな微笑みで見ていたが、私の方に顔を向けたときには、怪訝そうな顔になって聞いてきた。私は、話をごまかすために、
「この子はやたら勘が良くて、それで獣や魔物に会わずにすんでいるようで、ははは」
「そうなの?」
今度は、その人からアンジーが言い寄られる。いつの間にかお姉ちゃんにされたアンジーピンチ。
「なにか嫌な気配を感じるので、だから気持ちが不安になるので近づかないようにお父さんにお願いしています。」
うわ、アンジー演技うまいですね。こうやって今まで切り抜けてきたのですか。すごいです。なんというアドリブ力。見習わなければ。相手が何かを考えている間に、アンジーが私を見て涙目になっている。私もやれやれという感じでため息をつく。
人は自分の都合の良い方に物事を考えるものなのです。相手は、この一連の表情を見て「あの地方からここまで無事に旅をしてこられたのは、姉の勘の良さに頼っていたからで、他人に知られないように姉の能力を隠していたのに、幼い妹の空気を読まない発言でばれてしまった。このまま、そんな事が知られてしまえば、親子共々周囲からいじめられると、おびえる姉、そして、その小さい方の娘の行動にその事を責めるに責められない父親」に見えた。いや、見た。
紳士は満足そうにうなずくと、アンジーの前に立ち、真剣な目でこう言った
「お嬢ちゃん、今は嫌な感じがするかい?」
アンジーは、私を見て、モーラを見る。私はただ見ているだけ、モーラは、その人からは、見られていないので、満足げにうなずく。意を決してアンジーは、
「もう嫌な感じはしないです。」と言った。
私は、モーラの意向とこれからの流れを考え、その紳士にこう言った。
「私たちは、路銀もつきかけ、早々に次の都市に到着して薬を売らないと困る状態です。この子の話は信じられないと思いますし、実は私も信じていません。でも、さきほどのあなたのお話しから、これまでこの子の忠告に従ってここまで無事に来られたのだろうと思います。なので、私たちは先に行きますから、その結果を見てから、進まれると良いかと思います。」
うまい言い訳だと思った。心の中で自分にグッジョブのサインを出してあげたい。しかし、『なに心の中で叫んでおるのじゃ。まだじゃ。』とモーラが叫ぶ。
私と馬車を見てその紳士は言った。
「私もにわかには信じられません。ですが、あなたがあの町から来たとすれば、この馬車の状態や、あなたの服装の状態、子ども達の状態を見れば私を納得させるには十分です。なので、」
「なので?」
「お願いがあるのですが、」
「はあ。」
「是非私たちと一緒に次の街まで行ってくれませんでしょうか?」拍子抜けしてしまった。
『よし!こうでなくてはな!』
モーラが心の中でガッツポーズをとるイメージが見える。いや、実際には見えていませんが。
「よろしいですけど、どうして急に」
「一応、ここで休憩するよう指示はしたのですが、ここで休むと日程的に厳しいのです。ですが、魔物にも会いたくない。ですので、先ほどの話を信用して、お子さんの予想を頼りに一緒に行きたいと思います。いかがですか?」
「はあ、本当に信じて良いのですか?ここまでは、たまたま運が良かっただけで、ここで不運になる可能性もあります。実際のところ私でさえ信じていないのですよ。」
「ここまでの道すがら魔物にあったのですか?」
「いいえ、魔獣には、会っていません。なにぶん初めての旅ですので、こんなものかと思っていましたから。」
実際、町で言われていたよりかなり楽な旅でしたしね。
「でしょうね、私の経験上、全く遭わないということは、まずありえません。ですから、ここは、私もあなたの娘さんを信じてみたいのです。」
「そこまで言われるのでしたらかまいません。ですが、そちらに何かあったら申し訳ありませんので、私たちが先行します。そして、少しだけ距離を置いてついてきてください。そうすれば、私たちが魔獣に襲われたとしても、私たちを置いて逃げれば良いことですから。それならお互い安心です。私たちは路銀惜しさに襲われた悲しい旅行初心者ということになり、あなたたちを巻き添えにしないですみますから。」
「一応、先遣隊を出していますから大丈夫と思いますよ。」
「着いてくるのが遅くなると、もしかしたら状況が変わるかもしれません。」
私は、真剣な顔で言う。それはそうだ。魔獣はドラゴンを避けているのであって、過ぎ去れば状況は元に戻る。もしかしたらさらに悪化するかもしれない。なので、できるだけドラゴンの気配の恩恵のエリア内に常にいてもらう必要がある。
私の真剣な顔に何かを感じたのか
「わかりました、少しだけ距離をとってついて行きます。」
「よろしくお願いします。先遣隊には、私たちと同じぐらいのところにいて。私たちの様子をみながら、その合図をそちらの隊列に連絡しながらついてきてください。」
「そうします。」
そうして我々は、その場所を出発した。当然魔物はいなくなっており、アンジーは、ぶんむくれて荷台に座っていた。
「そうむくれるな」モーラがなだめる。
「なんで自分じゃないんですか。」
「この先、おぬしの天使としての格が必要になることもある。その布石じゃ。」
「言っている意味がよくわかりません。」アンジーは本当にむくれています。
「つまりな、羽の生えた人間が高度な予言をする。神様の予言をご神託するということで、人気になる。」
「嫌ですよ、そんなの。ここの世界の神に恨まれてしまいます。」
「じゃが、名前が知れる事は良い事では無いか。その転生した者と出会う機会も増えよう。」
「そうかなあ」
「よいか、転生時の記憶の断片ではどこかの高貴な家のお嬢様として転生をしたのじゃろう?ならば、有名になればなるだけ、会う可能性があがるじゃろうが。」
「まあ、そうですけど。私は相手の気配とかを知っていますけど、相手は私の事知らないんですよ、私は守護する者であって、簡単に言うと背後霊みたいに後ろにとりついていただけなのです。もしかしたらこちらも転生後の本人と会ってもわからないかもしれません。」
「何にしても、徐々に周囲に知られていった方が何かと良いのじゃ。」
「丸め込まれませんからね。」
「まあ、今のところはそう思っておけ。」クスクス笑うモーラ。
「はあ、あんまり目立ちたくないんだけどなー」アンジーは、素がだんだん出てきましたね。
そうして私たちは、商隊が出発の準備をするまでしばらくそこにいた。
御者台でそんな話をしているとは知らず、商隊は後ろをついてきている。当然夕方まで魔獣にも獣にも一度も会いませんでした。日も暮れる頃、伝令が今日の宿泊に良い場所を確保したので道を戻るようにと伝えに来ました。宿泊場所に戻って来てみると、そこにはすでにおいしそうな匂いが漂っています。
「ありがとうございます。今日一日でこんなに進めるとは思っていませんでした。」
うれしそうにダンディな紳士が言った。
「いえ、偶然そうなっただけでしょう。私はそう思います。」
「ははは、私もそう思う事にします。夕食はどうなされますか。」
「手持ちの食料があまりないので、簡単にすますつもりです。」
いや、ごちそうになりたいという本音は隠していますが、バレバレですね。
「では、数日間は、一緒に旅するのです、私たちと一緒に食事をしませんか、おもてなししますよ。」
「わーい!」
大きい声でモーラが言った。あなたそういうときだけ元気ですね。
「良いのですか?そちらも長旅だと思いますけれど。」
一応、遠慮というものを私は知っています。大人ですから。
「途中いろいろ襲われていましたので、肉には困っておりません。」
「「お肉!!」」
今度は2人ともですか、今朝までけっこう新鮮な肉を食べていた人の言葉とは思えませんね。
「この子達もうれしそうにしていますので、ご相伴にあずかります。」頭を下げる。
「いやいや、こちらこそ、この後の旅もこんな感じで行ければ良いですな」
そう言ってその人はチラリとこちらを見る。
「そうですね」
はははとカラ笑いを返す私。2人はすでに肉を焼いているところに走って行ってしまった。おいてきぼりですか。汚いですね、あとは私に押しつけですか。
一応、お客様扱いされていて、その人、レイモンドと名乗る商人さんとあと、傭兵団の団長さんのマッケインさんとともに食事をさせていただいている。2人は、子どものように肉を焼いているところやおっさん達に愛想を振りまいている。演技とは言え、時たま年の功がでるのにひやりとさせられます。
「私は、商人として各地から買い付けをしておりまして、ベリアルという町で作られている、布を買い付けて戻るところでした。」
「途中にそのような町はありませんでしたが。」
「道が枝分かれしていまして、この道は合流後の道なのです。」
「それでも魔獣が出てくるのですか。」
「この辺一帯は魔族との境界線に沿って道がありますから。」
「そうでしたか。」
「どうして家族で旅をすることにしたのですか?」
「実は、この子達は私の本当の子どもではありません。たぶん何かの事情で親とはぐれた子ども達なのです。」
「そうですか、迷子、もしくは捨て子ですか。」
「はい、独り身であっても身寄りのない子どもを預かるのがあの町、ファーンのならわしとかで。」
「確かにあそこは、来る者は拒まず、去る者は追わずの寛容な町ですし、魔族や獣に村が襲われた人々などが、あそこの町に流れてきて居着いたりしていますね。そして、共同体の中で生活するならば、強要ではないが、出来るだけの事はしなさいみたいな、雰囲気がありますね。」
商人さんがそう言いました。行ったことがあるのでしょうか。
「ええ、ですので、あの子達を預かる事になりました。私もあの町に流れ着いてみなさんに良くしてもらえておりますので、恩返しもかねて。」
「それにしても、3人で旅とは危険すぎますよ。」
団長さんが言った。口調が少し怒っています。
「ええ、それについては、いろいろ考えたのですが、何やらあの子が会いたい人のところに行きたいと言いまして、危ないと何度も説得をしたのですが、独りでも行くと言い出しました。さらに、もう一人の小さい方も行こう行こうと騒ぎ出しまして、2人して家出をしそうになりました。まあ、家出をされて死なれるよりは、と恐る恐る旅を始めたのです。」
「ほうほう、して薬を売って旅をすると。」
「はい、私は、少し知識がありまして、薬草の見分けもできました。そして、あの町で少しは売れる事がわかったので、売って歩けば、何とかなるかなと。」
そりゃあ魔法使って配合しているから効果は抜群です。しかし、あまり効果がありすぎて人の目についても困るので、この辺で売られている薬よりちょっとだけ効果を高く、しかも、即効性を重視してあります。ただ、少しだけの量しか売らないようにしようと思っているのは、さすがに言えませんねえ。
「どんなものがありますか?」
「薬として作った物と薬草を単に干した物があります。」干した物にも微妙に薬効を増やしてあります。もちろん、魔法使いが見ればわかる程度にはしてありますので、不審な薬にならないようにしてあります。」
「ほうほう、明日にでも見せていただけますか。」
「一般に売っている傷薬と、あと万能薬みたいな物ですよ。たいした物ではありません。」
「いえいえ、薬というのは薬効が大事でして、高名な魔法使いが作った物は薬効もあらたかだそうです。」私の顔を見ながら言いました。もしかして、私が魔法使いであると疑っていますか?
「私は残念ながら魔法使いではありませんので、そのような大それた物ではありません。ただ、薬の効果については私の故郷の秘伝を少しばかり教えられていますので、けっこう自信があります。一度使ってもらえればと思います。」秘伝といえば納得させられると何かで読んだので。
「それでしたらぜひ見せてください。」
「では、明日にでも」
そのような話をしながら、私も肉料理をご相伴にあずかり、やはり香辛料は大事だなと痛感して馬車に戻ってきた。商人さん達はいろいろ手に入って良いですね。
戻ってきてみると本当におなかをパンパンに膨らませて寝っ転がっているアンジー(きっとやけ食いですね。おなか出して寝るとおなか下しそうですが。)とその横でそれを眺めて座っているモーラがいた。
モーラは私が近づいて横に座ると
「なんじゃもう戻ってきたのか、楽しめたのか?」
「いや、何を話して良いやら、あと、詮索されそうなので戻ってきましたよ。」
「あっちはそのような野暮なことを聞いてくることはあるまい」
「でもね、私のような者ではついぽろりと余計な事を言ってしまいそうで、」
「何を聞かれたのじゃ」
「薬の事を少々ね。薬の事はある程度想定していましたからうまくかわせましたけど、深く突っ込まれていたら魔法使いとばれていたかもしれませんね。」
「商人ならば、他国で魔法使いが重宝されているのも知っておろう。大事ないのではないか」
「知られるのはちょっといやですね。ですけど、モーラはモーラでいいようにやってもらって良いですよ。今回だってあそこで強行突破していたら不信感でこんな感じにはならなかったと思いますし。」
「まあ、わしにも考えがあってな。しかし、あやつも演技がうまいのう」
「あの町では、ほとんどしゃべらずに暮らしていて、私とモーラと一緒になるまで町で会話をしたことがなかったんですがねえ。まあ、その後は、話すようになりましたけど。」
「体型の割に年齢はかなり上なのじゃろうなあ。まあ、わしほどではないじゃろうが」
「でしょうねえ、モーラおばあちゃん。」
「愚弄するな。わしはドラゴンの中でも一番若い・・・」
「はいはい、結界は張ってありますが、あまり大きな声は出さないでくださいね。あと、血圧あがりますよ。」
「なんじゃその頭の中の老婆のようなイメージは、」
「あら、見られましたか。失敗失敗。」
「おぬし、わざとじゃな、わざとじゃな。」
そう言って私の体をぽかぽかたたいてきても子どもの力では可愛いだけです。ああ、全力出されたら吹っ飛びますけどね。
「おやすみなさい」
軽い毛布を体に掛けて横になる。もちろんアンジーにはすでに掛けていた。
「くっ、おやすみ。」残念そうに毛布をかぶるモーラ
「う~ん髪の毛ベトベト~」
「ああ、アンジーの寝言か、確かにわしも脂っぽいのう。3人だけなら今日はお風呂の日だったはず。こりゃ失敗したかのう。」
「いや、夕食ごちそうになっておいてそれはないでしょ。それに交替で見張りとかもしなくて済んでいますし。」
「何じゃ起きていたのか。そこはそれ、これはこれじゃ。はよう寝るがよい」
「はいはい」
翌日、夜も明けきらないうちから移動を開始する。そのために私たちを夜番からはずしていたようです。そして、私は先頭を切って馬をダラダラと走らせています。馬は、いつものペースと違って遅いのでもっと速く走りたいと思っているようです。しかし、後続と離れすぎてはまずいので、無理に急ぐ事もできません。それと荷物も揺れには弱いので。
薬については、出発前にその効果を実際に見てもらい、治癒効果のスピードが違う事を知ってもらった。特に万能塗り薬は、傷の治りが早いとお墨付きをもらった。まあ、薬草から薬に作り替えるときに、組成をちょっと変えていて普通の薬草より人間の代謝スピードが上がるようにしているので他の人が同じ薬草を使って同じように作ってもここまで効果はでません。
万能飲み薬は特に微熱、倦怠感に効くようにしてありまして。微量ではあるりますが、興奮剤入りなので、けっこう効果があったように感じました。こちらは、二日酔いだった人に効果的だったようで、重宝してくれたみたいです。
数日は何もないまま、ただ馬車を走らせています。時に、いるわけもない魔物を検知したふりをして、休憩を取ったりしながらになりましたが、アンジーさんやるじゃないですか。
夜は、食材の提供を受け調理をしたり、食事をごちそうになったりしていたが、食材は寂しくなっていきます。それはそうです。なんたって獣も寄ってこないのですから。
「さすがにこれだけ魔物と遭遇しないのはすごいですね。」
落ち着いた物腰の商人さんは、驚きを隠さない。まあ、確かにそうですね。
「そうなんですか?初めての旅なのでわかりませんが。こんなものではないのですか。」
「これまで私もかなりの数の旅行をしてきましたが、数日も魔物も獣にも遭遇しないなんて一度もありませんよ。しかも、後ろからも追ってこないなんて、その子になにかあるんですかねえ。」
傭兵団の人や商人さんのお付きの人などと遊んでいる2人を見ている。疑い深くなるのも当然だ。
「よくわかりませんね。神のおぼしめしとしか」
うーん、ばれないとは思いますが、言い訳がみつかりませんねえ。
「ああ、神の使いですかね。それなら魔物が近づかないこともある程度納得できます。」
なぜか団長さんが、納得しています。おや、この世界は、神の存在はあるけれど、恩恵を被るほどの力は行使していないと聞いていましたが。
生肉の供給がなくなったので、申し訳程度にこちらから提供する。
「まだ、こんな新鮮な肉をお持ちでしたか。」
「一緒になったときの数日前ですか、遭遇したイノシシみたいなのが飛び込んできまして、それをなんとかつかまえていたものです。」
「なるほど、それにしては新鮮だ」
「保存方法が良かったんですかねえ、うちの故郷の秘伝がありまして。」
などと言い訳をする。冷凍庫のことは、秘密です。
「今日の夜いただきます。」
「ええぜひ。うちもこれが最後の肉ですので。これからは干し肉だけになりますが。」
「まあ、あと数日ですのでなんとかなりますね。」
「そうですかやっと目処がたつ距離になりましたか。」
「それでもかなり早いですけどね。」
「はあ、そうですか。」
「ただ、街に近づくにつれて、魔物はいなくなるんですが、あるものが出没します。」
「はあ、そうですか、それでは馬車に戻りますね」
「はい、気をつけて」
私が馬車に戻りかけるとモーラの声が頭に響いた。
『まずいぞ盗賊じゃ、囲まれたわ。』
なるほど、今度はそっちが出ますか。盗賊さん達は、ドラゴンの気配は気にしませんからねえ。
○ 盗賊の襲撃
この世界では、魔物やら獣やらが出没するので奪う方も奪われる方も大変だ。商隊側は、自衛のための戦力として強力な傭兵を雇っている。なので、盗賊は、相応の戦力を保有していないと商隊を襲わない。奪っても疲弊していたら魔物に襲われてしまうからです。ですから、商隊を襲うとしたらそれなりの装備と人数をそろえているはずです。そう聞いていました。しかも、そこまでの規模の盗賊はこの辺にはそう多くないので、大丈夫です。と、傭兵団の団長さんも言っていましたが、どうやらあてが外れたみたいですね。
「盗賊だー」の声が響き渡る。馬に乗っている時に狙わなかったのはなぜなのか。馬まで奪うつもりなのでしょうか。
どうやら我々の馬車だけ少し離れて止めてあったので、本隊の方に気付かずに私の馬車を襲おうとしたところ、後ろにいた商隊に直前に気付いたため、方針を一部変えて、まっさきにうちの馬車を襲って人質にとってから本隊を襲うことにしたようです。
しかし、囲んでから相手が困惑している。こんなはずではなかったみたいな顔をしている。当然こちらは、やる気満々である。なんか成功報酬が上乗せされるらしい。
戦端は、当然のようにうちの馬車の周りから開かれた。まあ、弱い者を狙いあわよくば人質にと思うのが一般的な心理ですからね。
しかし、察知していたのか、小柄な若い男の子が我々を守ってくれて第1波の攻撃はかわす事ができた。さらに加勢として傭兵団の団長さんが駆けつけてきてくれた。それを見たからなのか、他の馬車近くでも戦闘が開始された。
『どうするのじゃ』わくわくした感じがダダ漏れのモーラの声が頭に響く。
こちらの戦力は、さっきの若い男の子と団長の2人だ、それに対して、相手は3~4人、しかし、技量の差か、防戦一方とはいえ、我々を守りながらなんとか防いでいる。守ってくれている2人は、なにげにコンビネーションが良く。私が入る事でタイミングを崩す事になりそうだ。
「モーラは、アンジーを守ってください。手を出さないでくださいね。まあ、目からビームを出すとかなら見られていなければ出しても良いです。」
「ビームって何じゃ。ああ、そんなことできるわけ無かろう。まあ、この体のままなら、できることは、土を盛り上げて壁を作ったりするくらいじゃがのう。」
「馬車に乗り込まれないようにしてください、敵が乗り込もうとしたら馬車の下の土を地震のように細かく揺らして歩けないようにしてください。」
「ほう、そういう手もあるか。わかった」
「私は、ちょっと試したい事があるので行ってきます。」
「おお、戦うのか。おもしろそうじゃのう」
「私は、戦うのも痛いのも嫌いなんですけどね。」
「誰しもそうじゃろう。じゃが無理するな。」
「では」
私は、そう言って馬車を降り、周りを見回した。そこで私を見た一人の盗賊が、私が手に武器を持っていないのを見逃さず、剣を振り上げ突撃してきた。一撃をかわして右腕でボディを一発。拳には、空気を練った気玉を持っていて相手の体にぶつける。まあ、この世界に来て最初に投げたやつよりかなり軽く握って作ったので殺すほどではないと思うものだった。しかし、効果はやばかった。その盗賊は、腹を中心にくの字に空中に持ち上がり骨が折れる音がした。ありゃ、やばい、ちょっとやりすぎたかも。ちょっと調整しようと思いながら、その場から次の場所に移動します。たぶん、一人減っただけですが、この場所の形勢は逆転したはずなのです。ここの守りは、その男の子とリーダーに任しても大丈夫でしょう。次の加勢する場所を探して私は移動を始めました。
馬車を奪われまいと戦闘している馬車の裏側に回ってみると案の定、奇襲するために忍び寄る影を確認しました。周囲の味方に見られていない事を確認して、足に動きを加速する魔法をかけ、左右にステップを踏むように移動して、まるで瞬間移動したように見せて近づいていく。
馬車にとりつこうとしている敵が数人いて、一番手前の敵に私は近づき、その男は、気付いて剣を構え直したが、私が瞬間移動のように一気に間を詰めたので、不意を突かれてとまどっている。剣を握ったその男は、すぐ前の私をそのまま横に切ろうとバットを振るように剣をスイングさせる。その動きで空いた相手の脇に踏み込む。相手は、体を回して切りつけられず、空いた左脇に左腕でおなかにフックのように拳を繰り出す。ひるんで腕でかばおうとするが間に合わない。そこで、さっきは胸だったので慎重におなかに拳をあて、拳にまとわせた空気の圧縮したものを当てる。またも相手のからだが宙に浮く。胃液を吐いたようだ。やばい内臓まで壊しては死んでしまう。それはやりすぎだ。とりあえずやってしまったことはあとで反省するとして、次の相手に向かう。残像を残し、素早く相手に到達する。
ひとり倒され、私が急に現れたのを見ておびえた顔にちょっと罪悪感がわくが、少しのためらいとともに、同じように腹部に拳を打ち込む。今度はもうちょっと威力は小さい。体をくの字にしているが、骨が折れた音も胃液を吐いたりもしていない。威力がこれくらいがいいのかな。私の右手は一生懸命空気をにぎにぎ握って練っていて、次の相手に到着する前にそれを左手の拳の甲に乗せる。ああ、実は私は左利きなのです。
私が3人ほど倒した時、戦闘はほぼ終わったようで、盗賊は倒れている数人を残して撤退しました。
『うちの馬車は大丈夫ですか?』頭の中と実際の声が思わずでてしまいましたが、幸い周囲に聞いている人はいませんでした。
『なんか若い男の子が大活躍してくれたおかげで、馬車は大丈夫じゃったぞ。わしの活躍する機会がまったく無くて、つまらんかったわ』
寂しそうな声ですが、あきらめて欲しいところです。大型化されたらそれこそ大騒ぎですよ。私は、自分の馬車が無事なのを確認してから、団長さんのところに向かう。
「ありがとうございました。」お辞儀をする。
「何を言っているんですか、反対側の盗賊を倒したのはあなたですよね。」
「はい、あちらが気づいていなかったので何とかなりました。」
「武器もなしにですか?」
「これです。」私は、拳を見せる。
「そうですか。そんなパンチを出せるとも思えませんが。」
「こうして、気を練るんです。」にぎにぎと手を握っておにぎりを作る。
「それをこう」そう言って近くの木に当てる。ボコッと音がして球形に樹皮が削られる。
「なるほど、魔法ではないのですね」
「はい、私の育った地方に伝わる技術です。」武術にあたる言葉がみつからなかった。
「そういうものですか。」
「魔法でこんな事ができるのですか?」知らないふりをする。
「いや、聞いた事はないですね。」
「そうですか、知らずに魔法を使っていたのかと思いましたが、やっぱり魔法ではありませんね、技術です。」
「はあ、そうですか。」そう2人は言いましたが、商人さんも団長さんもあまり納得していないようですねえ。
「さて、盗賊は捕まえた後どうするんですか?」
「まあ、殺すか魔獣が来たときに囮にするくらいですね」
「そうでしょうねえ」
「お願い」
突然現れたうちの2人の女の子。また、子ども口調でモーラちゃん、というよりドラゴンさんがしゃしゃり出てきた。
「どうしたのかな」
モーラに近づいて、団長さんが声をかける。団長さんあなたは、子どもに理解がありすぎるよ。
「盗賊さんを離してあげて。」モーラはそう言った。その切なそうな表情。とても演技とは思えませんねえ。
「どうして?悪い事をしたら報いを受けるんだよ。この人達のせいで死んだ人もいる・・・ああ、今回は、死んだ人はいないけど。確かにこちらもほとんどかすり傷程度の怪我しかしていませんねえ。」
「殺したらお姉ちゃんが悲しむの」
『はいいいいいいい?』私とアンジーが頭の中で叫ぶ。どういう冗談だ。
「そうよねお姉ちゃん。」モーラはそう言って私たちの方を振り向く。笑いが邪悪だ。
『これは、合わせないと行けないのかしら。』しぶしぶな声を出すアンジー
「あの、この人達には、私から話してみます。ですから猶予をもらえませんか。」
「ふむ。いいですけど、魔物が出たら囮にしますよ。まあ、囮と言っても置いて逃げるだけですけど。」
「はい、もしそうなるのなら、それはこの方達の運命ですから。」
「食料も厳しいのであまり食べさせられませんが。」
「それが彼らにとっての贖罪となりましょう。」
アンジーは、そう言って祈りを捧げるように両手を組みあわせる。
あら、表情と口調が変わりましたよ。天使様、本来の職務を思い出したんですか。しかし、その表情の変化を見て団長さんは、子どもに語りかける話し方から急に真面目な顔になり。
「わかりました。そうします。」と何やら殊勝な物言いになってしまいました。
これには、同行する商人さんもびっくりです。何事か聞こえないように2人で話しています。あきらめたのか。商人さんは、
「この方達が反省するとは思いませんが、とりあえず殺す事はしません。ですが、このまま魔族に会わなければ、」我々をじっと見てから。
「このまま街まで連れて行く事になりますが。」
「はい、その時は、この方々の罪を許してあげてください。」アンジーが真摯な目でそう告げる。
「はは、何を言っているのですか、こいつらは、罪を許されるどころか、まだツキは落ちてないとか思ってまた犯罪を繰り返しますよ。これだから子どもは、」商人さんは周囲を見渡す。しかし誰も賛同しない。
「いいえ、決してそのような事はさせません。街に着くまでに私が話して理解していただきます。」
まるで、子どもではない聖母様のような語り口だ。あきらかに商人さんは動揺し、団長さんは尊敬のまなざしだ。畏敬の念という言葉を思い出すくらいに。
『これで良いのかしらドラゴンさん』
『うまいのう、洗脳が』
『こういう形で使いたくないんですけど、しかも後で何か起きても責任の取りようがないですが。』脳内通信なので、かなりご立腹のな感じが伝わってきます。
『あたりまえじゃないですか。この世界の神の教義もわからない中でこんなことしたら、神から神罰がくだりますよ。』
『大丈夫じゃ、今の神は寛容じゃから。』
『本当でしょうね?』
『ああ、間違いない』
さて、結局その後は、魔物よりも盗賊を探索するため、周囲への偵察を広範囲に行う事となり、ここに宿泊することとなった。夕方になって、偵察からみんな戻ってきた。特に問題はなさそうなことが確認されたようだ。その時、うちの馬車を守ってくれた男の子を見かけたので私は、近づいて話かけた。
「今日は、本当にありがとうございました。」そう言って私は丁寧にお辞儀をしました。
「当然の事です。感謝されるような事ではありません。」
おや、若いのに礼儀がしっかりしていますね。それでも、早く話を切り上げたそうに見えます。やはりおじさんと話をするのは、嫌なのでしょうか。
「それにしても、大活躍でしたね。何か剣術でも習っていたのですか?」
「祖父に習っていました。」目を合わせようとしない。そして、そわそわしている。
「そうですか、おじいさまもけっこう、お強かったんですね」
「はい、祖父はけん・・あ、団長が呼んでいるようなので、これで失礼します。」
確かにこちらの様子をうかがっている団長さんがいた。うーん怪しまれたか?確か一緒に戦っていたのは、彼とだったはず。2人でバディでも組んでいるのだろうか。え、お小姓とかですか?ビーエルですか?
「なにがびいえるじゃ、それって男色の事じゃろう?」
「ああ、頭の中見られましたか、なんか元いた世界の言葉なんですが、ぽっとでてきますねえ。それと、思考を読まれないようにちゃんとガードしておかないとだめですねえ。」
「なんか、女みたいな顔の男同士が花に囲まれて抱き合っておったが、なんじゃそれは」
「イメージも見られるんですか。やばいですね」
「まあよいわ、だが、残念じゃがあれは、女じゃぞ。」
「ええ?そうなんですか。」
「ああ、おぬしの言う「ひんにゅう」とかいうやつじゃな。」
「ええ、そうは見えませんでしたが。」
「あやつけっこう無理して男のフリをしておるぞ。」
そんな会話の中、捕まっている盗賊達に説教という名の布教をしていたアンジーが戻ってきた。
「ああ、私たちの服をうらやましそうに見ていたのは、そういうことだったのね。男の子なら、普通は女の子の顔とか胸とかに興味を持つはずなのになぜ服なのかと思っていたのよ。軽装とはいえ、小手に胸当て、すね当てとか重いでしょうに。あれじゃあ背も伸びないわよねえ。」
「ほほう、よく観察してたのう。」
「あと、水浴びも深夜にこっそりしているのを見たのよ。」
「なんでアンジーが知っておる。」
「あの子の思考は、私が彼女の頭の中を覗こうとしなくても、こっちの頭に突き刺さるのよ。「おしっこ漏れそう」とか「汚い、水浴びしたい」とか「鎧重くて嫌い」とか、頻繁に繰り返しているから」
「ふむ、不憫ですね、何か事情があるんでしょうけど。おじいさんがとか言っていましたし。」
「ふむ。そうかもしれんのう。」
「どうしたんですかモーラさん考え込んで。」
「まあ、少し、ちょっかい出してみるか」
「余計な事はやめなさいね、モーラ」と、めずらしくアンジーが釘を刺す。それお姉さんっぽいです。
こうして一度気になりだすとついつい見てしまう。
見ていると、あまり仲間とも会話せず一人でいるし、私たち3人が話をしていると、結構な頻度で私たちの方を見ている。
見られているのでついつい我々もかまいたくなる。
休憩時に彼女の姿を見かけると、うちの二人がたったったと走っていってかまってかまってと腕をとる。相手をしてくれているようだが、どうやって相手をすればよいのかわからない感じだ。子どもと関わる機会が少ないからなのか、年齢的に近いが遊び方を知らないのか。
こちらとしても困った顔をしているのでついつい助け船を出さざるをえない。しかし、私のことを嫌がっているわけではなかったし、娘達とどう相手して良いかわからないようだ。
「すいませんこの子達が。」
「いえ、なんというか。どうして良いかわからなくて」不安そうに答えを返す。おお、だいぶ打ち解けた。
「私も最初はそうでしたよ、かまってあげればいいだけなのですよ。それに、年齢の近い若い子と遊べるだけで楽しいみたいですから。」
「はあ、最初は、ってあなたは、2人のお父さんじゃないのですか。」
「ええ、彼女らとは血がつながっていません。今住んでいるうちの地方では、親のない子の面倒を誰かが見るのが風習らしいのです。」
「そうなのですか。親がいない子を。それでは、あなたも大変ですね」
「そうですね、最初は戸惑いましたが慣れるものですよ。」
「そんなものですか。はあ、お父さんじゃない。そうですか。あの子達もつらいでしょうね。」
「そういえば、改めて、先日はありがとうございました。あなたがいなければ私もこの子達もどうなっていたか。」
「いえ、私だけではなく、うちの団長も駆けつけてくれましたし、劣勢だったときにあなたも素手で一人倒してくれました。」
「ええ、でも、1対1ならまだしも複数人とは相手はできません。まして、うちの子達を守りながらでは、とても。もし人質に取られたら。身動きできなかったでしょう」
「この子達を大切になさっているのですね。」
「ええ、この子達が来てからは、大変ながらも充実した生活を送っていますから。」
実際これは、本当にそう思っているのです。ですが、『照れるからやめてよ』『こういう時ぐらいシールド張っておけというのじゃ』という頭の中の声は置いておくとして。
「それにしてもお強いですね。一生懸命訓練されたのでしょうね。」
「はい、訓練もそうですが、何よりも経験だと思います。特に今の傭兵暮らしは、僕を大きく成長させてくれました。」
「そうですか。まだ若いのにしっかりしている。」
「団長が親身に面倒見てくれています。まるで父親のように」
「そうですか。私もあの子達にそう思われるようにならなければいけませんね」
「はあ、」
商人さんと団長さんがこちらに近づいてきた。休憩も終わって出発ですね。
「子ども達の相手をしてくれていてありがとうございました。また、遊んでください。」
「はい」その笑顔は良い笑顔だった。
私は2人の手を取って馬車へと歩いて行く。商人さんは、微笑ましく、団長さんは、いぶかしげに我々を見送っていたらしい。
私が馬車を走らせだすと、2人は私の両隣に座った。いつもなら後ろのふかふかの羽毛布団でだらだら過ごすのにどうしたのでしょうかでしょうか。
「ふむ、あまり傭兵稼業を好きではないらしいな」
「そうね、剣の話になった途端、表情が暗くなったわね」
「やっぱりそう思いますか。私にもそう見えました。」
「まあ、込み入った事情を聞くわけにもいかんしのう。もうじき街に着くので、これっきりかのう。」
「そうですよ、あまり他人を巻き込まないようにしてくださいね。」アンジーがモーラに釘を刺す。
「しかしのう」
「しかしもかかしもありません。」
アンジーさん私の心を読まないでください。かかしなんてしらないでしょうに。
「いや、知ってるし。ただモーラには通じないだけで。」
「なんじゃそのかかしとは。ああ、畑にたてて鳥よけにする人形か。にしても些末な作りじゃ。」
だから人の頭の中のイメージを勝手に見ないでください。
○ 無事に街に到着
やっとの思いで街に到着しました。門のところでお別れをしようとしています。
「道中ありがとうございました。」
「いやいや、魔物などが全く襲ってこないのでかなり楽でしたよ。やっぱり何か秘密でも?」
「さあ、私もよくわからないのです。きっとこの子達が神のご加護を受けているとしか思えないんですよねえ。」
商人はいぶかしんだが、団長さんはうんうんとうなずいている。すでにアンジー教の信徒になりかけていますね。
「また、機会がありましたら一緒に旅してもらいたいものです。」商人さんは真顔で私に言った。
「こちらこそ、私たちだけでは心細いところ大変感謝しています。」
「では、明日またお会いしましょう。場所は、この先の噴水の所ででも。」
「はい、商業組合長さんのところによろしくお願いします。」
「さようなら~」
私の両隣にいてけなげに手を振る幼女2人。私は、2人を乗せて馬車で教えてもらった宿に移動する。
「そろそろよいかのう」
「お疲れ様でした。」
「性欲有り余った傭兵もいっぱいいたから、かわすのが大変じゃったぞい。」
そう言って首や腕を回すモーラ。
「襲われそうになって眠ってもらった人もいましたからねえ」
人間に失望しましたかアンジーさん。
「問題起こさないでくれてありがとうございました。」
「変な噂が立っても困るのでな」
「そうそう」
「さて、宿屋に行きますか。」
「はーい」君たち幼女になりきりですね。脳が低年齢化していますよ。
教えられた安い宿屋に到着し、馬車を裏に止めてから宿屋の中に入った。そこには、はげにひげ面の強面のおっさんが、カウンターに肘をついてこちらを睨む。とりあえず、数日分の宿代を払い、お風呂の有無について聞いてみた。
「風呂だあ?うちの宿賃でそんなもの用意できるわけないだろう。他あたりな」
宿屋の主人は、あきれた顔で私に言った。
「聞いてみただけですよ、泊めてもらえるだけで結構です。よろしくお願いします。」
そんな会話の中、後ろの2人ががくりと肩を落とす。
「まあ、裏手に水浴び場があるからそこで浴びな。」
子どもががっくりしたのを見て申し訳なくなったのか、宿屋の主人があっちを向きながら言った。やさしいひとですね。ツンデレですかね。あれ?ツンデレって何ですか?
「ありがとうございます。」
私たち3人は部屋に入って一息つく。あたりまえですが3人とも一緒の部屋だ。
「なんじゃのう、一度おぬしのところの風呂になじんでしまうと、水浴びでは満足できぬのう」
「ですよねー」ええ、最初の時に私をたしなめた口がそれを言いますかアンジー
「では、夜にちょっとした手品を」
とつい私の口が滑りました。本当はこの辺がまずいのでしょうねえ。期待されるとつい何かしてあげたくなるのです。私の性分なのでしょうが。
「ほほう、一緒に入れば手品を見られるのか。して手品とはなにかのう、楽しみだのう」
「ああ、しょうがない人ですね。何で自分の身を危うくしますか。でも、夜まで楽しみに待ちます。期待しています。」
なんだかんだ言ってアンジーも入りたいのだ。様子から言って2人ともウキウキである。
夕食は、宿屋近くの居酒屋だ。私は飲めないのですが、モーラに言われて弱い酒を注文しています。その酒をたまにモーラに飲まれてしまう。ちょっと赤ら顔だ。叱りきれない私を見て、周囲の人は、しつけもできないダメ親認定の冷ややかな視線を向けてくる。それもまたいい。そんなわけないけど。いや、もうあきらめよう。
○お風呂でばったり
さて、夜である。それも深夜。水浴び場にはもちろん明かりもなく誰もいない。一応周囲を見回ったが、誰も居なさそうだし、何もなさそうだったので、水浴び場の一角に陣取る。
「誰もいないようです、それではちょっとした手品をお見せしましょう。ライトニング。」
勝手につけた名前を叫ぶ。静電気の火花です。正確な雷の魔法はまだ覚えていないのですが、布同士をこすり合わせて電気系の魔法を覚えました。空気中に電気の球を発生させる。もちろん先に結界を張って光が漏れないように、一部だけですが外から入ってこられないようにしてから魔法を使っている。
「誰?」女性の声である。
「あれーおねーちゃんが入ってる~」モーラが言った。でも、急に幼女にならないでください。おかげで助かりましたけど。覗きで捕まるのは勘弁です。あれ?この時代にそういう罪はあるのかな。というか結界張っていましたよね。人の姿も感じませんでしたよ。どうして?そう言う疑問は後にして声の主を探す。
タオルで前を隠してしゃがんでいる女性がいる。こっちを涙目で睨んでいるようだ。
人の声がしたので気づかれないように出ようとしたが、急に明るくなり、姿を見られ思わずしゃがみ込んだというところですか。
「あの光は、なにをしたのですか。魔法ですか?」
睨みながらも気丈な声だ。声に聞き覚えがある。なんか自分は声を聞き分けるのが得意だったようです。アニメの声優の声がうんちゃらって記憶がよみがえってくる。なんじゃそりゃ。
まあ、それは置いておいて。
「あなたは、もしかして一緒にこの街に来た傭兵の方ですか。」
小柄だけど勇敢な男の子のふりをした女の子だった。
「あなたは、幼女趣味の変態薬師ですね。」
いやいや、そういうイメージでしたか。あの時は良いお父さんですねとか言っていたのにひどい。
「この変態野郎、私まで狙っていたのか。」
急に物言いが男らしくなりましたが、かがんだままでは、格好がつかない。しかも声が震えているし。
「何を勘違いしておるのじゃ、こやつは幼女趣味ではないぞ」
「そうそう、どちらかというともう少し年齢が上がってないとだめみたいよ。あ、でもストライクゾーン低め、ギリギリセーフというところかもしれないけど。」
2人とも、どうしてそういう誤解を招くような物言いを。そもそもこの世界でストライクゾーンとかギリギリとかわかりませんよ。しかも人のストライクゾーンを勝手に吹聴しないでくれませんか。
「まあ、いい、この光、何の魔法だ。初めて見た。」
前はタオルで隠したまま、光球を見るために立ち上がった。確かに少年というには、あのお尻の大きさといいボディラインといい・・もにょもにょ。
「それは、洗濯板ということですねえ」
アンジーが変わって言いづらかったことを的確に表現してくれました。まあ、そういうことです。
「ちょっとまってください。この世界では洗濯するときに石にたたきつけて布を洗っていますよね。どこからその言葉を知ったのですか?」
「心の声が漏れ出ていましたよ~」
しまった。会話中にシールド張るんだった。最近張らなくても良い状況が続いていたのでつい。
「洗濯板のう、この世界で売ったら大もうけじゃぞ。」モーラさんも覗かないでください。
「石けんがまだ高級なこの世界で板だけあっても効果無いですよ」私もやけくそです。
「そんなもんかのう」
「あなたたち、何の話をってみんな裸じゃないですか。どーなっているんですか!」その子は、そういいながら、ふらっと倒れた、思わず抱きとめたけどやっぱり弾力がなかった残念。でも男の子っぽくはない。
「さて、どうするのじゃ」
「とりあえず、肌寒いので、私は熱いお風呂に入りたいのですけど」おや、切り替え早いですねアンジー。この状況を放り投げるその意気やよし。
「わしもじゃ」はいはい、モーラもね
「湯冷めもないからここに寝かせておきますか。」私も熱いお風呂の誘惑には勝てません。
「では、いきますよー」水浴び場の一角をレンガ状の土で囲い水を流し入れ、コークスを燃やしてその中に入れる。水蒸気があがり一帯が霧のようになる。
「ちょうどいい湯加減になりましたよ」コークスを出してその辺に転がす。冷めてきたらまた入れよう。
「ああ、熱いお湯はいいのう」
「ですねー」
「僕も入れてください。」
「いいですよーって、あなた、目が覚めたんですか?」湯気でよく見えないが、そのようだ。
「まあ、あきらめました。いろいろと。」ため息をつきながら言いますか。
「はあ、どうぞご自由に。」
「確かに熱いお湯は良いですね。」その子は、深いため息をついてそう言った。おやじかあなたは。
「さて、体を洗おうかのう。」
「あ、背中流しますねー。」アンジーが空気を察してモーラと一緒に外に出る。私はきまずい。
「見たでしょう」そう言ってその子は、じっとわたしを見ています。問い詰めるような瞳とでも言えば良いのでしょうか。
「何を見たと聞いているのか知りませんが、何も見ていません。」ええ、本当に心の中を覗かれても良いです。
「私を寝かせるとき見たでしょう。」疑り深い人ですね、見ていませんてば。
「いいえ、大丈夫です。ちゃんとタオルがかかっていましたから。落ちませんでしたし。」しまった余計な事を言ってしまった。
「どうせ布が落ちないくらい平坦だと言いたいんですね」
ええ、普通は抵抗がないから布が落ちるんですけどね。
「まあまあ、熱い風呂は良いですよ。心が落ち着きます。」
「はあはあ。そうですね。落ち着きますね。」全然説得力無いお答えありがとうございました。
「落ち着きついでに聞きますがそれは、魔法?ですか?」ついでに聞くことではないですが。
「そう・・です。」やばいなー追放かなー
「見なかった事にします。」
「はい?」
「見なかった事にするって言っています。あなた無害そうなので」
「ありがとうございます。」
「その代わりに」
「その代わり?」
「僕が女だってこと黙っていてください。お願いです。」
「はい、いいですけど、どうして?」
「あの傭兵団の中で女だと知られると何されるかわからないからです。」
「傭兵団も大変ですね」
「あなたたちも同行していて、あの子達が大変だったでしょう?」
「確かに、うちの子達も大変迷惑していたようです。あまり強引ではなかったようですけどね」
「まあ、お客ですからね、その傭兵団の中で女だってばれたら・・・」
「見なかった事にします。」
「お願いです。」
「話はまとまったかのう」そう言ってモーラとアンジーが戻ってくる。
さすが私の思考を覗いている。完璧なタイミングですよ。いや、シールド掛け忘れていた。
「はい、大丈夫そうです。」
「それでのう。」
「やはり、どうも子どもにしては、違和感があると思いましたが、その物言いは、もしやそちも魔法使いなのですか?」
「いや、わしは違う。まあ、そうだのう、人でない事は間違いない。だが、人に危害を加えるつもりもない。」
「そうですか、そっちの、その、その子もそうなのですね」
「はい、まあ私は全く無力で非力な少女ですけどね」そうアンジーが言った。もっとも自分から少女という子どもほど怪しいものは無いと思いますが。
「そうですか。」
「のう、傭兵暮らしは楽しいか?」
「え?」急に尋ねられてびっくりするその子。
「楽しいのかと聞いている」
「僕にはそれしかないから」寂しそうに下を向く
「ほう、」
「騎士くずれの祖父からそれしか教えられていないから。今更、他の道なんて無理です。」
「そうかのう、」
「んー、この話の流れは、」私は、ちらっとアンジーを見ました。
「一緒に行かないか、ですかね」ちょっと嫌そうなアンジー
「そういうことじゃ、これも何かの縁じゃろう。どうじゃ心機一転わしらと旅してみんか?」
「何を言っているんですか?あなたたちと旅ですか?」
「そういえばわしが決められることではなかったのう。」そう言ってかっかっかと高笑いする幼女いえ、ロリばばあ
「まあ、そうですね、一緒に行きませんか?しがらみがあるのなら仕方ないですけど、ないのなら旅してみませんか?」
「いいのですか?」急に乗り気な顔です。やはり傭兵は嫌だったのでしょうか。
「君はこのまま性別を偽って生きていくのですか。それともいつかの時点でその性別を明かすつもりなのですか。」
「それは、いつかではなく、今すぐにでも性別を明かしたいです。でも、傭兵稼業をしている間は、かなわないことです。ですからいつかこの傭兵仲間達とも互角に渡り合えるようになって、一人前になり、誰からも認められたときに明かせればと。」
「ですが、その時まで隠しきれますか。今でも少しまずい状態ですよね。」
「・・・」
「私たちと一緒に旅をしませんか。性別を偽らなくてもいいですよ。」
「それは・・」
「私たちは旅をしています。その時に活躍してくれる人間が必要なのです。「この世界の人」が。私たちは表にたてません。私たちは「この世界の異物」なのです。埒外の者と言ってもいい。私たちの代わりに対応してくれるこの世界の人が欲しいのです。まあ、仲介者ですね。」
「はあ、」納得しているようなしてないような顔ですねえ。
「おぬし本当は、この傭兵をやめたいのではないか?」
「え?」
「おぬしの表情を見るに、今、おぬしが話した、剣士で一人前になるということは、自分の本当にしたいことと違うのではないか?わしにはそう見えるのじゃが。」モーラが言った。
「そう、不本意そうな顔しているわよねえ。まるで自分の考えではなくて誰かに押しつけられたような感じ。」一気にたたみかける2人、うまいですね。
「それは、違うと思います。」しかし折れかけた心が立ち直る。
「でも、人には自分に合う仕事合わない仕事というのがあるわよねえ。本当は、可愛い服を着たい。とか女の子らしくしたいとか思ってない?」まるで心の中が見えるようにというか見ているから言えるんですね。アンジーさん。
「それは違います。この仕事に誇りを・・・」そう言いながらぽろぽろと涙がこぼれる。
「アンジーそこで真実をついたらいかんじゃろ」
「だって、見えるんだもの。気持ちが。こんな仕事嫌だとか可愛い服着たいとか。考えながら戦っているから、」
「考えを読めるのですか?」びっくりしたようにその子が言う。
「あ、表情から読み取れるわよそんなの。私たちをちらちら見ているし、しかも服を気にしている。自分のと見比べてため息をついていたじゃない。」
あわてて言い訳をするアンジーさん。それは確信をつきすぎです。
「それでは、ちょっと軌道修正して再度提案じゃ。傭兵団を抜けて、わしらと旅をするのじゃ。雇われた事にしてな。そうすれば重い剣も重い鎧も着なくてよくなるぞ。」
「おじいさんの言いつけが。」
「今はそばにいないのでしょう?きっとわかってくれるわよ」あれ?反対派だったアンジーさんいつの間に賛成派に?
「そうでしょうか。」
「孫の幸せを願わないような祖父ならそれまでのことじゃ。」
「可愛い服を着てもいいのですか?」
「まあ、剣は持っていて欲しいがのう。戦うふりだけしてくれんか。」
「鎧は」
「必要ない」
「それなら・・・」
「まあ、本当は旅の途中で徐々に直していこうと思ったのじゃが、バカ天使のおかげで事が早く済んで良かったと思うことにするわ」
「てへ」アンジーが頭を自分でコツンとたたく。可愛いけどイラッとしますよ。それ。
「どうでしょう、一緒に旅をしませんか?」私は再度声を掛ける。
「ありがとうございます。そうします。」
「とりあえず、お風呂から上がって、明日お話をしましょう。」
「のう、ぬし、一緒に行って説明してきてくれんか」
「わかりました。では、明日の朝、一緒に話に行きましょう。この裏にある宿屋に来てもらえませんか。商人さんと団長さんに噴水のところで会うことにしていますので、その時に話しましょう。」
「はい」
「はい」雰囲気がずいぶんしおらしくなってしまった。これまで張りつめていた気持ちが途切れたのでしょうか。
部屋に戻ってきました。アンジーが立ったまま、モーラがベッドに座っています。
「今更ですが、モーラ、あんな子を私たちに巻き込んでしまうけど、良いと思うのかしら?私は最終的にはあなたに賛成したけど、途中で放り出すことになるかもしれないのよ。」アンジーが両腕を腰に当ててふんぞり返って説教を始めました。
「しょうがなかろう。あんな小娘をあんなところに放り込んだままにしたら、どうなるか想像つくじゃろう。少なくとも自分が関わった者に対しては、後味の悪い事はしたくないのでな。」モーラは、アンジーを見てそう言った。
「あなたは聖人ですか。うちの神様なら試練だとか言ってそのままにしますよきっと。」
「確かに神様なんてそんなものよのう。決して手は出さぬ。例外もあるが。残念ながらわしは神でもないし聖人でもない。むしろあの小娘の剣士としての可能性を消したかもしれん。」
「まあ、その可能性も否定はできないですけど。でも、それも彼女の運命だわ」
「わしはこの世界で何度も同じ事を見てきた。わしは中立じゃった。中立でいなければならなかった。でも、この旅については別じゃ。積極的にかかわろうと思っておる。それで何が変わるのか変わらないのか、それはわからんがのう」
「積極的ねえ」
「ああ、積極的じゃ、関わるとなったらとことんじゃ」
「なるほどねえ、ま、私としては、こ旅が安全なのでありがたいのですけど」
「おぬしやこれと知り合った事がすでに運命なんじゃろうと思うとるがな。」
「明日考えましょう。旅の疲れがとれる眠りを。おやすみなさい」
「おお、おやすみ。」そう言って2人ともベッドの毛布にくるまって早々に寝てしまう。
「なんですか、2人とも私を置いて寝るなんて。」
まあ、寝ているときは、可愛い寝顔ですねえ。本当に2人とも天使のような寝顔です。それでは、おやすみなさい。
○旅は道連れ、僕っ娘連れ
翌日、宿屋の前でその子と一緒になり、みんなで噴水の前に向かった。噴水の前で待っていると、商人が現れた。傭兵団の団長も一緒にいた。団長さんはあの子が一緒にいるのを見て眉間にしわを寄せている。
「2人は離れて待っていてくださいね。」
「確かに子どもは、会話に参加できんなあ。」
「今回はそういうことでよろしいですか?」
「そうなりますねえ」
「しようがなかろう」
「では、まいりましょう」
「はい。」その子はまるで売られていく子牛のようにうなだれている。もっと胸を張ってほしいものですが。元々の性格が出たのか、傭兵団から離れることに寂しさを感じているのか。
「おうおう、あの男が、必死に頭を下げておる。やりおるのう。」
「あいつ、卑屈な対応は、得意そうよねえ。」
「過去に何があったのかのう。」
「記憶が戻ったら意外に奴隷だったりしてね。」
「ありそうじゃのう。奴隷の頭領ってところか」
「部下には優しくして、上からは怒られるタイプのようね。」
「はは、違いないのう」
「あ、戻ってきたわよ」
残された商人さんと傭兵団の団長、数人の傭兵達がそこにはいた。
「いいんですかい?」
「ああ、あの一行には世話になっていますからねえ」
「あれ、女ですが良かったんですかい」
「あの人達は、かなりやばい人達のような気がしますし、ここで面倒なことをすると、手ひどいやけどを負いそうですよきっと。それに私としてはこのまま良好な関係のままでいたいですからねえ」
「それでも別のところから横やりが入ったり、かっさらわれるのは、関係ねえでしょう」下卑た笑いをしながら日に焼けてあごひげを蓄えた男が言った。団長さんは、あからさまに嫌そうな顔をしている。
「はあ、なるほど、でも、やめておいた方が良いと思いますよ。私は忠告しましたからね。それと、この件で、あなたたちが返り討ちにあったとしても私は知りませんからね。」
「大丈夫でさあ。うまくやります。」
「まあ、どうしても諦められないならしょうがないですが、それでもその後どうするつもりなんですか?」
「その辺は、まあ、まかせてくだせえ。」
数人の団員は、そう言ってそこを去った。それをさらに止めようとする傭兵団の団長を商人さんは、止めている。何か言ったようであきらめたようだ。
今日行く予定だった商人組合の代表さんが、都合が悪くて明日に延期となり、時間ができたので、私たち4人は、賑わう商店街を歩いている。3人目の女の子の服を見立てなければならない。その子は、スカートに興奮しているのが見て取れる。しかし、なかなか見つからない。縫製に関しては、ほとんど各家庭で行っているらしく、頼んでも時間がかかりそうだ。だが、ちょっと良い仕立屋で余り物の服を調達したのだが、ショートカットの割にすごく似合っている。3人も女の子を連れて、しかも3人とも可愛いと来て、いやー目立つ目立つ。連れている私も合わせてじろじろ見られるので非常に気まずい。当の3人といえば、興奮してはしゃいでいるその子を抑えながらもそのうれしさが伝染してみんなハイテンションです。モーラさんとかわざと子どものふりをしてこれ買って~とかこっちに絡む、絡む。『いいかげんにしてください』と脳内で連絡しても、『いいではないか』とまったく気にしていない。夕方までそんな感じで続いていた。商店も閉まり、薄暗くなった頃、数人の覆面をした物騒な人達が目の前に現れ、剣をつきつけてきて、路地に入れと促された。人通りもまばらになったとはいえ、騒ぎ立てて他の人に危害が及んでも申し訳ないので、そのまま移動する。そこには、小さな広場のようなところに到着しました。
「何の用ですか。覆面などして。ああ、強盗さんですか。残念ですが金目の物はここにはありませんよ」
「おまえはいらねえ、金も無さそうだしな。へへ、一人で良いと思ったが、3人とももらおうか」覆面の男達の一人がナイフをちらつかせながら、下卑た声で言った。他の数人も同じように笑っている。
「うちの娘達ですか?それはちょっと勘弁してください。全員器量よしなので、差し出すつもりはありませんよ。」
声と容姿に見覚えがある。ああ、傭兵団にいる人達ですね。すでに彼女は、彼らが誰かわかったようで悲しそうな顔をしていて、さらに少し震えている。
「なら、一人だけ、その娘をもらおうか」ナイフをその子に向けてその男は言った。その男とその子が視線を合わせる。その子は下を向いた。
「それも無理ですねえ、今朝、これから旅を一緒にすることにしたばかりで一番手放したくない子ですから」
「この人数を相手にそんな減らず口をたたけるとは良い度胸だ。もう一度だけ言うぜ、その娘達をよこせ」
「また、全員欲しいですか。強欲にも程があります。まあ、何人だろうと差し上げるつもりはありませんよ。」
「私が戦います。」その子が言った。少し手は震えているが意志は固そうだ。スカートの上に装着してた剣を握る。
「そうですか。あなたは、今後のためにその人と戦ってください。あとの人達は、私に任せてください。ただ、お願いですが、顔に傷を負ったりしないでくださいね。可愛い顔がだいなしになってしまいます。」
「おぬし、変な動揺させるな。おかげで赤面してあわあわしておるではないか」モーラがその子の様子を見ていった。確かに赤い顔をしている。本当は緊張を解きたかったのですが、逆効果でしたか。
「相手に対して、それくらいハンデあげても良いではないですか。」私は、自分を正当化してみました。いや、その場の雰囲気が和むと思って、逆効果でしたけどね。
「私はどうすれば、」アンジーが心細げに言った。すでにオロオロして挙動不審に至っている。最近多いですね。もう少し慣れてほしいものです。
「わしのそばにこい」あきらめたようにモーラが言う。モーラの後ろにアンジーが隠れる。いや、モーラの後ろに隠れてないし、見えてるし。それに姉妹逆ではありませんか。
「私もいってもいいですか」すかさず私もかばってもらおうとする。
「ぬしは自衛できるじゃろうが。」私を押し返すモーラ。
「あーやっぱり?でも宿屋のおばさんからむやみに使うなって言われているんですよ。使っても良いのかな」少しおどけてみせる。
「旅先じゃ!それくらいよかろう!!」
「では、お言葉に甘えて。ではやりましょうか皆さん。」私はそう言ってモーラとアンジーの前でぐっと拳を握りしめる。しかし、この茶番の間、相手は、待ってくれていたのですが、実際に待ってくれるものなんですねえ。
「おめえが育つのをずっと待っていたのに、横からかっさらわれるぐらいなら、ここで、おめえをやっちまうぜ。かまわねえよな」覆面の男は、舌舐めずりをして言った。
「え?それって私が女だって。」
「ああ、わかっていたさ。もう少し大人になってからとみんな思っていたからな。」剣を右に左に持ち替えている。短剣じゃああるまいし、意味があるのだろうか。
「そ、そんな。」その子の剣先の震えがひどくなる。
「おまえだけさ、みんながだまされているって思っていたのはよ。」
「じゃあ、商人様も」
「ああ、知っていたさ。もっともおめえを手放したって事は、そこまでのことは考えていなかっただろうがなあ。」
「そんな・・・でも、良かった。全員じゃなかったんだ。」
「そんな事を考えていると殺してしまうぜ、ちゃんと刀を持てよ。」そう言いながらその男は、少しだけ回り込もうと立ち位置を変えていく。
「はは、」
「良かったじゃねえか、俺たちと来れば、正式な一員だ、晴れて女の仲間入りだ。」
「ここにいない方もいる方もみんな、鍛えてくれてありがとう。少し寂しいですが、これで憂いなくこの人達と一緒に行けます。」その子はそう言うと剣先の震えは止まり、その子の目には、炎が点った。
「行けると思うなよ。知ったからにはおめえは一緒俺たちの奴隷、いやおもちゃだ」
そうして、彼女の傭兵団との決別の戦いは始まった。
「さて、こちらも始めますか。彼女らの戦いを見ているのもなんですから。」
「手に武器も持たないおまえが何を言っているんだ、あ?」数人の男達は、そう言って私を囲むようにジリジリと近づいてくる。
「大丈夫ですよ、私にはこの拳があります。」そういって、ボクシングスタイル?みたいな感じで、両手の拳を前にあげて構える。もちろん両手で何かを握るように動かしている。
「は、大人数を相手に武器もなしで何をする気だ。」そう言ってその男は私に向かって走り込み、剣を振り下ろす。
「こうするんですよ」振り降ろされた剣を腕で受ける。腕は切れずに、剣を跳ね返した。
「おめえ何を。魔法か?」
「いえ、体を鍛えるとね、体が鋼のようになるんですよ。」そんなの嘘に決まっている。固めた空気を腕に巻いていただけだ。それに拳法は、たしなんでいないので反撃はできない。
それでも襲いかかる剣をかわして手を突き入れ、手で練り込んでいた空気の玉を手から離す。一瞬のうちに気玉が破裂し、相手の胸元がはじけ、吹き飛ぶ。
「うわ、なんだこりゃ。」
「おめえ何をした」
「破裂する小石ですよ、山で見つけて取っておいたのです」これも嘘。単に小石を混ぜた気玉だ。
「変な技を使うじゃないか。」そういいつつも再びじわじわと近づいてくる。周囲の男達も徐々に距離を詰めてくる。
『やっぱり魔法使うしかないのかな』そう思っていると、
『右に飛ぶんじゃ』と、頭の中に響く声はモーラの声か。とっさに周りを囲んだ男達の隙に飛び込む。
「どあっ」「なんだ地面が揺れているのか。」「何が起きた」
地面が揺らぎ、男達が立っていられず這いつくばっている。こちらには地震とかないのだろうか、皆、這いつくばったまま一様におびえている。
「子ども!おまえ魔法使いか」
なんでも魔法使いのせいにして欲しくないけど、今回は魔法の類いだしねえ。
「わしか、わしはなにもしておらん、そこの男が何かして逃げたのじゃろうなあ。」
顔が恐いですよモーラさん。背中にオーラもしょってるし。モーラのオーラですか。
「ちぃ、こっちは無理だ逃げるぞ。」その男は、魔法使いと戦ったことがあるのか、逃げることを選んだ。ほかの者達も従って逃げようとしている。
「いいや、俺は、こいつを連れて帰る。」
彼女と対峙していた男は、体力に余裕はありそうだが、彼女に剣先がかわされ続けている。ただ、彼女も慣れないスカートを気にしていて、剣先をさばくのが手一杯で、相手に決定的な実力差を見せつけることができないでいる。
「無理だ、相手の男は魔法使いだ。やめておけ。」
「少なくともこいつに負けたままで逃げられるか」
「今の戦いでわかってきただろう、こいつは、俺たちより間違いなく強い。今まではうまく立ち回って実力を隠していたんだ。だからこのままだと最悪やられるぞ。」
「くそ、くそ、くそ、」言われた男は、そう叫びながら強い力で、その子に剣をたたきつけ、彼女が体勢を崩され後ろへステップして距離を取ったときに、睨み付けてから、逃げていった。
その子の息があがっている。殺さないよう傷つけないようかわすというのは意外と難しいものなのですね。
「また来るかもしれんなあ。」
おびえたアンジーを脇に抱えながらモーラが来る。姉を脇に抱える小柄な妹ってすごい違和感があるなあ、体格的に逆でしょうそれ。
「そうですねえ。とっととこの町から出ますか。」私は、そう言いました。基本的に私は軟弱なので、やばくなったらとっとと逃げます。ええそうします。
「それは、大丈夫ですよ。」
不意に聞き覚えのある声。今朝会ったばかりの商人さんと傭兵団の団長さんが建物の影から出てきた。
「見ていたなら助けてくださいよ」
「危なくなったら助けるつもりでしたよ。でも、必要なかったじゃないですか。」
あたりまえのように商人さんが言った。
「人が悪いですね。私たちの力を計ろうとしていましたね?」
「それもあります。あの馬車の走ってきた距離を考えれば、あまりにも傷がない。不思議に思って力を試したくなる気持ちもわかるでしょう」
「まあ、そういうことにしておきます。でも、彼女の身に起きた事はどう釈明しますか」
「私の監督不行き届きです。」団長さんがこう告げ、さらに続ける。
「でも、もしこれまでの間に襲われるような事が起きていたら、私が周囲を止めていたでしょう。彼女の戦闘力の高さは、失うにはもったいないので。」傭兵団の団長さんがそう言った。
「わかっていて放置していたと。」
「ええ、彼女が女性である事を隠したいのに無理にばらしても、お互い何も得しないでしょう。さらに彼女を特別扱いすれば他の男達の反感も買うことになりますし。まあ、あなたにとられるとは彼らは思っていなかったでしょうし、団長もこんな事態になるとは、思っていなかったようで、本当に想定外ですけどね。」
なぜか商人さんが団長の代わりに会話を続ける。お互い長い付き合いらしい。団長さんは頷いている。
「そうなのですか」
ちらりとアンジーとモーラを見る。うなずいているところを見ると嘘ではないらしい。
「たぶん、今後何かしでかすとしてもあの男だけですね、残りの者は、今回の事であきらめもついたでしょう。でもあの男が今後何かしたら、そればかりは残念ながら私にも止めようがない。」
それはそうだ。団長が構成員各個人を完璧に制御なんてできるわけはない。
「それでも、この町に滞在している間は、それはさせませんよ。それは間違いないです。安心してください。あなたから襲われたと苦情が来たので手を出すなと言っておきますので。ただし、私の目の届く範囲となりますが、それと街を出てからは注意してくださいね。」
商人さんは微笑みながら言う。いや、そんなことを言われましても。
「それなら、しばらく滞在しても大丈夫そうですね。」
そうして、この騒動は終わったようです。よかった何も起きなくて。
商人さんと明日の時間の再確認をしていました。傍らでは傭兵団の団長がユーリに袋を渡している。
「別れの挨拶がまだだったな、これまでありがとう。これは少ないが餞別だ。持って行け。」団長がずしりと重い袋を渡した。中は金貨なのだろう。ユーリが中を開けてびっくりしている。
「こんなにですか?もらえません。私を黙って使ってくれただけでも感謝しているのに。」
「おまえが、自分の手柄を他の男達にとられても黙っていたのを知らない訳ではないのだよ。それも一度だけではない、かなりの褒美を他の男達に取られているだろう、これは、それのほんの一部だ。かばってやれなくてすまなかった。」
「そのことを知っていてくれたんですね。」
「ああ、それをその場でおまえの手柄にしてしまえば、男達がそれをとがめて、おまえに危害が及ぶかもしれなかったからな。だからと言ってそれをおまえに言ってしまえば、それを聞いていた者が、何をするかわからなかったというのもある。だから、すまない。」団長はその子に頭を下げる。
「はい、あ・・りがぁ・・えっく」頭を下げ、泣き出した。手で涙を拭っている。拭っても拭っても涙は止まらない。
「おいおい騎士たる者、泣いてはいかんぞ。おじいさんが怒るぞ。」
「うえ~ん」
「おじいさん?」はたで聞いていた私は、そう言ってしまう。
「ああ、知り合いでな。孫娘をよろしくと言われていたんだよ。ただし、男として預けるから、黙っていてくれとね。」
「なるほど」それで私たちが彼女に近づいているのを見ていたんですね。
「でも、今度は、あなたの元で働くことになりますね、これからよろしく頼みます。」そう言って団長さんから頭を下げられた。
「ああ、はい。よろしくします。」こちらも頭を下げる。
「お父さん頼りな~い。」
「ちょっとモーラ、父さんに言い過ぎでしょ。」
「えー、おとなしいふりをするの飽きたー」
「はははは、そちらも訳ありのようですね。さきほどの戦いを見ておりましたが、何やら妙な技をお使いでしたが、魔法を使われるのですか?」
「全部お父さんが、やったことでーす。」
「やはりそうですか。妙な体術以外にも魔法まで使われるとは、」
「ああ、たまにしかできないですけどね、手品みたいな・・・いや、まやかしみたいなものです。」
ええい、ごまかしてやる。
「おもしろそうですね。」
「はい、たぶん。」そう言って袖をすっとたくしあげて動かして見せる。
「こうやって腕が短い間合いで急に袖を引くとほら」
「おお、腕が伸びたように見える。」
「これを相手の胸元で相手の視界ギリギリで行うと」
「おお、腕が伸びたように見える。」
「そうなんですよ、めくらましです。」
まあ、腕の位置が変わるわけではないので届いていないんですが。妙に納得されてしまいました。
「さて、ユリアン、これからは、この方達と一緒に行くのだね」
「はい、」
「お互いしばらくはこの町にいるのだから、食事でもしながら話をしたいのだが、どうだろうか。」
「ええ、ぜひ」
「君は、ユリアンというのか。」
「はい、ユリアン・(ノエル・)フェルバーンと言います。」
「そうか、じゃあユーリだね。これからよろし・・・」
私は、思わず自分の口を手で塞ぐ。まさか隷属の魔法が・・・ああ、大丈夫だった。アンジーがモーラの耳を塞いでいる。それを嫌がり逃れようとするモーラ
「なんじゃ、せっかく面白い事になりそうだったのになぜ邪魔をする。」
「私たちのような者が何人も出てはたまりません。」
「くそー、この世界の人間にも効果があるのか試したかったのに。」
「そんなあなたの楽しみのために一人の真面目な少女の一生を左右させてたまるものですか。」
「うむ、まあ、あやつが解除できるのじゃから、一度隷属しても問題なかろう。」
「だから解呪できるとは限りませんよ。」
「わかるのか、」
「いえ、嫌な予感がしただけです。」
「なるほど。それは、賢明な判断かもしれんな」
ユーリは、突然、片膝をついて私の前に跪き、そして顔を上げて、こう言った。
「僕、いえ私、ユリアン・ノエル・フェルバーンは、あなたの剣として、あなたに忠誠を誓います。」
その勢いにのまれ、私はこう言ってしまった。
「ありがとうユリアン・ノエル・フェルバーン、うれしく思います。」
そして、私はついついユリアンの頭をなでる。するとユリアンがほんのり光り出す。あれ?見覚えが。
「おぬしどんだけ高位の魔法使いなんじゃ。普通この程度の会話で隷属せんぞ。」
「まあ、もう一人変な竜がそばに、そして神の使いの私がいますから当然かもしれませんねえ。」
と、あきれ顔でうそぶくアンジー。
「ああ、めんどくさいのう」
「ですね。解呪も簡単だといいんですが」
「やってみい、」
「あなたユーリの、隷属の契約を解きます・・・ユーリは、私の言葉に従わなくても良いです。」
いろいろ言い方を変えて何回か言ってみたが、変化はない。
「あれ?」
「残念ですが、そう言われても従います。あなたを守る騎士として。」
「そうか、こやつの強い意志が魔法の効果を加速して隷属まで導いて、今は邪魔をしているのか」
「どうにもなりませんね。これは。本人の意志ですからねえ。」
アンジーも投げ出しましたよ。とほほな展開です。
「でも良いのですか?これから仲違いをすることだってありますよ。」
「私は、ついていきます。たぶんこれからずっと。でも、あるじ様が別れると言われる時が来るならその時までは、」そう言ってユーリは、私を見上げてじっと見ます。ああ、下からすがる子犬のような目で見ないでください。そう言う目に弱いんですから。
部外者2人がそれを冷ややかに見ているのも忘れて大騒ぎです。
そして、ユーリを立たせ、宿屋に戻っていく。ユーリは朝のうちに私物を入れた箱を馬車に入れていたので、そのまま宿屋に戻りました。宿屋の主人は、私が部屋を用意してほしいというと、私を見もしないで、「おまえに貸してやる部屋はねえ。」そう言いました。
さて、同じ宿屋に連泊なので、裏手の水浴び場に夜遅くに移動します。今回は、水浴び場の横の木陰にモーラに小さい堀を作ってもらって水を入れます。今回は、分子の原理を思い出したので、直接的に水分子を動かしてみました。水分子の運動がお湯なんだから。やり過ぎると沸騰しすぎますけど。
とりあえず微妙な調整までできないのでやや熱いお湯に入る事になります、それでもピリピリとする肌のしびれが心地よいです。
「ふー」
「極楽じゃのう」
「そうですねー」
「私もいいんですか?」
「それは、もちろん。」
「というか、裸で・・・」
「気にするな。以前言ったようにこいつのストライクゾーンは、ユーリよりもう少し高い」
「というか、胸じゃないの?」
「ん、ああそういうことか。まあ、襲われることはないし、こやつは恥ずかしくて見られないじゃろうからなあ。」
「わかりました。覚悟して入ります。」別に覚悟しなくてもいいのですが。
「みなさん何を納得しているのですか?私の趣味嗜好を勝手に詮索しないでください。まあ、たぶん皆さんの体型では私は何も感じませんので、大丈夫ですが、マナーとして最低限、胸とその下の方は隠してくださいね。」
いや、本当はあまり大丈夫じゃないんですが。あまりにもロリばばあが開けっぴろげで目のやり場に困るんですよ。
「誰がロリばばあじゃ。」あ、声に出した。ユーリが首をかしげていますよ。
「とりあえず、静かに入浴しませんか?」
涼しげにアンジーが言った。あなたもけっこう大胆ですよね、よね。どちらかといえば、チラリズムを意識して挑発しているのはアンジーの方ですよね、よね。大事なことなので2回言いました。
「まあ、多少はね、誘っておきますよ。」
また、ユーリに聞こえないところで。ええ、そういうことをするなら。えい
「いだだだだだ。やめてそれやめて。まじ拷問。」
アンジーだけではなくモーラも頭を抱えている。おお、2人ともに効くのか。
「ならば、のぞかない何もしない。」
最後まで、ユーリの頭の周りにははてなマークが飛び交っていたように見えました。
「さて、先ほどの路地で行った食前の準備運動ではっきり魔法使いだとわかったであろう。」
「あ、そうだったんですか。てっきりなんかの体術の達人かと思っていました。」
「なんじゃ、あの妄言信じたのか」
「はい」
「あの2人は感づいておったぞ。」
「そうですか?」話に割って入る私
「まあ、そうじゃろう、わしでもあんな与太話そうそう信じんわ」
「ああいうのを大人の対応というのですねえ。でも、その後の隷属の件も理解していたのでしょうか」
「うすうすな、我々が常識の埒外にいることはわかったじゃろう」
「そういう意図だったんですね。あれは」
「まあ、予想外に耳を塞がれたり、予想外にユーリが従順だっただけじゃ。まあ結果オーライだがのう」
「はいはい、手のひらの上で踊らされておきます。」
私は頭を抱える。ええ、ちょっとユーリの裸が目に焼き付いていますのでそれを思い出す、もとい振り払うのに一生懸命です。
「にしてもうかつすぎるぞ。旅をするからそのような戦いを想定して体を鍛えておけというたのに。まあ、あの短期間じゃ無理だったじゃろうが」
「良くおわかりで」
「そこで折れるな」
「あー良いお湯ですねえ。心が洗われる。」
「あ、石けん忘れた。」
「アンジーほれ」
「あ、ありがとー、これからユーリをね洗うのよ。でも、これだけ汚くても良い匂いって女の子っていいわねえ」
「なに手をわきわきさせておるのじゃ、やめんか」
「何をするのですか。って、ああんやめてください。」
「こら、湯船の中で石けんを使うな。」
「ここ洗い場ないし。」
「湯上がりが石けんだらけになるぞ」
「大丈夫よ、そいつがお湯入れ替えられるはずだから。ね。」
「はいはい。」私は、アンジー達が一通り騒いでから、泡風呂を普通のお湯に入れ替える。お湯を入れ替えるというか、浸透圧で石けん成分を外に排出したのですけどね。
「なるほどのう、おぬしの魔法は攻撃とかには向かぬが日常生活には便利な能力よのう。」
「はー」疲れたようにユーリがため息をつく。
「3回目の入浴とはいえ慣れぬからのぼせたかのう」
「今日一日いろいろあったから疲れたんじゃない」
「早めに上がると良いよ。でも湯冷めするから早めに着替えてね」
「皆さん、変な人もとい、かわった人なんですね。」
「言い換えんでもよいわ。どう違うんじゃそれ」
「ユーリあまり考えすぎないでね、こういう運命だったとあきらめて」私は諭すように話します。
「なんでおぬしがそういう否定的な事を。」
「だって、そうじゃないですか。実は守られていたのに、私たちが変えてしまったんですよ。」
「そう思うかも知れないが、あのままじゃったらこの子は、あやつらの慰みものになっていたかもしれんのだぞ。」
「はい、その点は感謝しています。これまでも襲われている商隊を助けた時などにすでにそのような状態の女の子を見て、私たちも盗賊に負けていたらこうなっていたかも知れない。そう思う事もありましたので。」
「おぬしは男として殺されていたじゃろうがな。」
「でも、盗賊に負けたときのことを考えるとその覚悟もありました。ただ、仲間にそうされるのは、やはりつらいです。そういう目で見られていたというのも。」
「まあ、男なんてそんなもんじゃからのう」
「そうなの?」アンジーが私を挑発的な目をしながら見る。
「そうらしいですねえ」私は否定しませんよ。聖人君子ではありませんから。
「だから、一度そう思ってしまったので、もうあの中にはいられなくなったんです。さらに知られてしまったことがわかってしまった今となっては、これからは、もう一緒にはいられない。」
「まあなあ。」
「襲ってきたのは仲間のうちの数人だけじゃろう、気にするな。」
「はい。」
「さて出ますよ。結界張ってあるので誰も来ませんが、そろそろ騒ぎになりそうですので、お先に出ます。」私も本当にのぼせてきた。
「結界は時限式か?」モーラの声に私は背中で手を上げてそこを出る。
出たと言っても服を着て宿泊している部屋に戻れば、3人と相部屋だ。
3人は一緒に戻ってくる。さすがに浴衣姿ではない。浴衣って?ああ、そうか日本の着物だ。脱がしたはいいが、着付けできないと大変な事になるお洋服ですね。思い出しました。
4人で2つのベッドをつなげている。みんなベッドに座っていてどう寝るか考えているようだ。
「明日も大変そうじゃのう。」
「そうなんですか?」
「そうよ、ここで薬草を売るために組合へ行くのだけれど、店に卸すのにいくらぐらい出せといわれるのかしら。」
「良心的な額を希望しますが、無理かも知れませんねえ。」
「その時はその時じゃろう。」
「確か、仕事をするのに登録も必要なはずです。」
「なるほど、何かと物入りだのう。」
「早く寝ましょう」
「そうだね・・ってなぜ私の隣にモーラが、あれ?アンジーが反対側にって、私は磔状態ですか?」
「ああ、お主は意外に体温が高いでな、ぬくいのじゃ。あと魔力補充じゃ。」
「だからって私の安眠を奪わないでください。」
「じゃあ僕も失礼します。」
「ユーリ、おぬしの入る隙はないぞ、両側はわしらで埋まっておる。」
「何をしているのですか」
「真ん中はあいているかなって」そう言って足元の毛布をめくって中に入ってくる。いや、胸の上で眠られたら私が寝られません。胸にあたるひかえめでやわらかな感触がちょっとやばいですね。
「急に積極的だのう」
「そうね、どうしたのかしら」
「ふっきれました。それとおじいちゃんの胸で寝た事を思い出しまして」
「私はおじいちゃんですか。とほほ」
「よかったのう、男に見られなくて」
「そうね、おじいちゃん」
「あ、ユーリもう寝てる。」
「寝付きがいいのう」
「私は眠れないですよ。」
そうしてその日の夜は更けていきました。