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第1話 天使とドラゴンと暮らす

○少女と別れ町に入る


 最初にこの世界に来た時に少し時間を戻しましょう。

 その少女と別れ、女の人に連れられ、町の奥、少し大きな家に連れて行かれました。庭のある平屋で、門があり、家には大きな玄関があった。その扉は開いていて、その部屋の奥に応接セットと大きな机が置いてありました。

 そこには、高齢の男性が座っています。眉毛も長くヒゲもふさふさで目も口元もよく見えず表情が読めません。

 私を連れてきてくれた女の人は、その男の人のそばに寄って、耳元でなにか話した後、その老人の横に立っている。高齢の男性は、私にいくつかの質問をしてくれて、私の頭の中で翻訳され、意味は理解できているのですが、私の方が話したい言葉の発声がうまくできなくて、通じないのです。

「私、記憶、無い」

「そうか。それならここで暮らすが良い。」なんとも簡単に言われました。

「ありがとう。」

 私はお辞儀をしましたが、ぽかんとされてしまいました。お辞儀をする文化ではないのでしょうか。

「この人に宿を提供してやってくれ。」

「いいんですか?体力なさそうなので、外の家の方がいいのでは、ないですか?」

「着ている服がめずらしいから、もしかしたら、どこかの身分のある人かも知れないからなあ。変な扱いをしてあとから何かあっても困るのでなあ。」

「そうですか。では、数日間、様子を見ましょう。」

「仕事をさせてみれば、わかると思うがなあ。」

「そのようにしますね。じゃあこっちに来て、あと服とかは替えた方が良いかもしれませんね。」

 そうして、私は宿屋に連れて行かれ、宿屋兼居酒屋に寝泊まりすることになったのです。

「会話がたどたどしいが、これから憶えるんだよ。まず飯だ。明日は朝から土木工事だからね。」

 世話をバトンタッチされた宿屋のおかみさんが豪快に笑いながらそう言った。

 とりあえず、衣食住を確保できたのです。親切な町で良かったです。


 そうして1ヶ月近く土木工事や狩猟の手伝いなどをして、日々暮らしていました。記憶をなくしているという言い訳で甘えるわけにはいきません。先立つものは、生活するためのお金です。でも、宿屋に暮らしているとお金が貯まらないので、せっかくなので家を建てることにしました。この町の詳しいルールまでは知りませんが、ここは暮らしやすいところなので、ここに住み続けようと思ったのです。

 この間に、独学で魔法もいくつか憶えて、魔法で直接木を切断したり削ったりできるようになりました。もちろん刃物を使って切ることもできますが、斧や剣は鉄製で、ちょっと高価なので、今の私には高嶺の花でした。土木作業の間に城壁の外のちょっと道を外れた森の中にひっそりと家を建て始めました。

 一人で作業をしているのは内緒です。なぜかというと、魔法使いであることがばれるといろいろと問題があるからだそうです。

 一ヶ月ほどの生活で、これまでに知った、主なことは次のとおりです。

 この世界には魔法が存在します。

 人間の他にもいろいろな種族がいます。

 人間の中には魔法を使える人が一部存在していて、魔法使いと呼ばれています。ですが魔法使いの中には、たまに迷惑を掛ける人がいたりして悪い印象の方が強いのだそうです。

 それでも、どこの町でも、魔獣や獣よけの結界を張ってもらっていたりしていて、魔法は必要と感じるけど、そばには暮らして欲しくないという雰囲気らしいです。

 特に田舎に行くほどその傾向は強くなり、ここは辺境なので、特に敏感です。なので、魔法使いと言う事は、ばれないようにしたいのです。ですから家の建設もすぐ作ってしまっては怪しまれるのでゆっくりと作っています。

 森で作業をして宿に戻り、居酒屋で晩ご飯を食べていると、

「ねえ、DT、あんた、今家を作っているんだって。」

 宿屋の支配人兼居酒屋のおかみさんが、声を掛けてきました。ええ、私は、最初にこの町に来たときに英語なら通じそうだったので、ドントフォーゲットを繰り返して、ドントだけが聞こえたらしく、愛称がDTになってしまいました。まあ、それは良いのですが。

「はい、あのう、宿を使っていた方が良いですか?」

 やはり宿賃の収入が減るのが嫌だったのでしょうか。

「いいや、むしろ良いことじゃないか。この町に住む気になったって言う事だろう?」

 そう言って私に笑いかけました。

「そう言っていただけるとはありがたいです。」

「で、どこに作っているんだい?」

 あまり人には、知られないようにしていたとはいえ、事情通のおかみさんが、今まで知らなかった方がびっくりです。

「この町から少し外れた森の中に作っています。」

「やっぱりそうかい。確かにこの町の中は、手狭になって土地が高いからねえ。でも外壁のそばには作ろうと思わなかったのかい?」

「ええ、獣は恐いですが、外壁の所は新しく作ると目立ちますので。」

「確かにねえ、近所の人たちから悪さされそうだ。」なぜかうんうんと頷いている。

 この町は周囲を高い石壁で囲い、その中で暮らしている。そのため、壁の中は土地代がかかり、家を建てるにも費用も高くつく。戦争に追われてきた人とかケガでそんなに働けない人達は、外壁の外に小屋を作って生活している。それでも魔獣が襲ってくるなどの緊急時には壁の中に避難できるし、普段は、中に入る門だって開いたままだから生活に支障はないのです。

「はあ、そうですねえ。」

「でも、森の中だろう?魔獣とか襲ってきたら逃げられないだろう。」

「魔法使いさんが、この町に定期的に結界を張っていると聞きました。その時にでも相談しようかと思いまして。」

「そうかい、それならいいけど。ちなみにあんたは魔法使いじゃないよね。」

 おかみさんは、少し険しい顔で私に言った。

「どうしてですか?」

「いや、この町には魔法使いはいないからねえ。もし魔法使いだったらちょっとまずいのさ。」

「はあ、そうなんですか?」

 おかみさんは、私に顔を近づけて話を続ける。

「この町に住んでいる人の中には、魔法使いのせいで災害に遭い、逃げてきた人もいるからねえ。あまり好ましく思っていない人もいるのさ。」

 そんなに聞かれたくない話なのですか。顔が近いです。

「おかみさんはどうなんですか?」

「私かい?ああ、昔、旅をしていた時に仲間だったこともあるからねえ、魔法使いだって人それぞれとしか言えないよ。それにここに結界を張りに来る魔法使いは、うちに泊まっていくしねえ。」

「そうなんですか。」

「まあ、あんたみたいな人が魔法使いだったとしても害はなさそうだ。おっと、話がそれたねえ、」

 そこでおかみさんは、一息入れてから真面目な顔でこう言った。

「家を作るなら、一度村長のところに話をしてきて欲しいんだ。町としてお願いすることがあるからね。」

 急にそんな険しい顔されたら恐いじゃないですか。

「わかりました。行ってきます。」

 思わず、敬礼をしたくなりました。鬼教官ですね。

「今すぐとは言わないけれど、必ず行くんだよ。」

 そう言って、おかみさんは、他の客のところに行った。

「はい」

 私は心の中で敬礼し続けた。おかみさんは、たまにですが、妙に迫力のある時があります。

 外を見るとすでに日も暮れていましたので、これから伺うのは確かにまずいでしょう。

 そこで、翌朝、村長のところに行きました。

 村長の家と言ってもお屋敷ではなく普通の家です。一回りくらい大きく、門があります。門からまっすぐにある玄関は、いつも開きっぱなしで、誰でも出入りできるようになっていて、頻繁に人が出入りしています。その玄関の先に広い部屋があってその扉も開いていて、玄関からでも村長さんが座っているのが見えます。

「お久しぶりです。」

 私は、部屋に入る時にぺこりとお辞儀をした

「おう、DTじゃないか。元気にやっておるか。」

 相変わらずふさふさの眉毛とふさふさの髭のおかげで表情どころか顔も見えませんが、相変わらず、口調はやさしいです。

 村長さんは、きっと町の皆さんの名前を全員フルネームで言えるのでしょう。そして相変わらず好々爺していますねえ。

「はい、皆さん優しい人ばかりなので。」

「そうかそうか、それはよかった。それにしても、わざわざわたしの所に来るとは、何か心配事かな。」

 逆に私の表情から何かを読み取っているのでしょうか。

「実は森の中に家を建てることにしまして、宿のおかみさんから家を建てるなら村長のところに行ってきなさいと言われまして。」

「そうかこの町に住むことにしたのか。それは良かった。」

 ほっほっほと村長が笑う。眉毛が多すぎて目が隠れて見えませんねえ。本当に笑っているのでしょうか。

「はい、何とか暮らしていけそうですので」

「それはよかった。」

 うんうん頷きながら村長はさらに続ける。

「そうだなあ。あんたなら大丈夫そうだ。実は、うちの町で暮らすにあたってお願いしたいことがあるんだよ。身寄りのない子をひとりだけ面倒見て欲しいんだ。」

「私のような者でもですか。」

「まあ、こんなことは、変な人には頼めないが、あんたは周囲の評判も良いしな、あと子どもと暮らすことで、ここでのお主の株も上がると思うからなあ」

「そういうものですか?」

「ああ、今のところお主は魔法使いではないかと疑われているんだよ。ここに初めて来た時に魔獣を一撃で倒したという噂話がどんどん大きくなっているんだ。まあ、魔法を使う気配もないし、たまにやらかしていることも異邦人であることによるものだしな。」

「そうですか」

「魔法使いについては、この辺にはまだ偏見も根強く残っていて、偏見からくる恐怖から追い出せと言いだしかねんやつらもいる。その辺、子連れになると逆にそういう者達も表だっては何も言わなくなる。町に暮らす者として責任を果たしていることになるからねえ。」

「はあ、」

「それと、今の話だと森に家を建てるのだね?」

「はい、実は、もう建て始めています。何か不都合でもありますか?」

「そうか、町の外に家か・・・申し訳ないのだが、それならなおさら預かって欲しい子がひとりいるんだ。一度会ってもらえないか。会ってもらってダメならそれでもいいのだけどね」

「かまいません。」

「では、これからその子に会いに行っても良いかな」

「はい」

 そうして2人で石壁の外に出て、外壁に沿って建ち並ぶ小屋へと向かいました。立ち並ぶ建物のなかでもさらにみすぼらしい小屋に着いた。ああ、最初に出会ったあの子のいた小屋だ。そこに村長と一緒に入っていきます。

「こんにちは。みんな元気にしているかい。」

 そう言って、村長が入って行くと、そこには大人の女の人と数人の子ども達がいました。

「こんにちは~って村長さんじゃないですか。突然どうしたんですか?それとお連れの方は・・ああ、そうですか」

 世話をしていた女の人は、何かを察して子ども達を見回す。数人の子ども達が座って小石を使って何かゲームのようなことをしています。その中にひとりだけ大きい子がいました。

「この子達は、」

 私は小声で村長に尋ねました。

「ああ、さっき言った身寄りの無い子ども達じゃ。他の国の戦争で両親を失っている者や魔獣や魔族に親を殺された者とかだよ。この町に来る途中の商隊に拾われてきたりして、来た子達をここで一時的に預かり、もらい手を探しているのさ。でも、親を待つと言って、かたくなにここに居続ける子や引き取り手のない子がここにいるんだ。」

「そうですか」

 世話をしていた女の人が大きい子に何か話すと立ち上がってこっちに来る。そう、あの時に私が助け、私をこの町まで連れてきてくれた子だ。金髪碧眼ロングストレート整った顔立ち。どこかの絵画から出てきたような子だ。その時のことを思い出しながら、私は久しぶりに会ったその子を眺めていた。

するとその子がぺこりとお辞儀をして私のそばに来て服の裾をぎゅっとつかんだ。ああ、そういえば、私と彼女が最初に出会った時に彼女がそれをして、この町まで来ることができて、そこからこの町で生活を始められたのです。

「ほう、気に入ったのかな。これまでは、こんな風に近づくことさえなかったのだが。」

私と目を合わせることもなく、下を向いたまま動かないその子。私もどうして良いかわからず村長を見る。村長は、一度首を斜めにかしげてからこう言った。

「お主が預かるかどうかは、これから見てもらうものを見てから決めて欲しい。背中を見せてあげなさい。」

 その子は手を離し、私に背中を向け、長い髪をかきあげて、胸の方に流し、ワンピースの胸のボタンを外して、スルリと肩から脱ごうとする。慌てて側にいた女の人が服が落ちるのをおさえて肩と背中だけ見えるようにした。その子の背中には羽が。そう、白い小さな羽が肩甲骨の横から1対生えていました。

「エンジェル」

 私は思わず口にしていました。そう、私は、驚くよりも、その子の美しい容貌に似合ったその羽を美しいと思い、思わずつぶやいていました。

 その子が服を着直したところで、女の人は、他の子達の所に行ってしまい。私の方を向き直した所在なげなその子と私、村長さんが残されました。

「見ての通りこの子は、普通の子とは違うのよ。もしかしたら獣人か何かとのあいの子なのかもしれなくてね。数回他の者と面通しを行ったが、この容貌だから第一印象はいいのだけれど、背中のこれを見せると難色を示してしまう。もちろん、この子も誰とも最初から無反応だったんだけどね。さすがにこの子の意思を尊重しないで預けてもろくな事にはならないから、しばらくは、ここにいてもらったの。だけど、この子もあんたが気に入ったようだし、あんたもこの子を見ても怖がらなかったから一緒に暮らしても大丈夫そうだね。

 そうそう、こんな話をして申し訳ないが、外に家を建てると言うし、この子が町の中で好奇の目にもさらされることもなくなるだとうとも思うからちょうど良いかな。」

なるほど体の良い厄介払いですか。しかもうさんくさい異邦人と人外の子どもの2人揃ってですからねえ。村長さんは、意外にシビアですね。

「まあ、家を作り、実際にこの町で暮らしていけば、みんなも慣れてきて、こんな田舎でも次第に受け入れてくれるのよ。ただし少し時間がかかると思って欲しい」

「そうですね、そう思うことにします。」

 私はその子の前に膝をつき、下から見上げるようにその顔を見る。表情は硬いままだ。

「私と一緒に暮らしてくれますか?」

 そう尋ねると。うれしそうに笑い私の頭をぎゅっと抱きしめた。びっくりして倒れそうになるところをかろうじて踏みとどまり。しばらくそうしている。

「ずいぶん気に入られたものですねえ。」

 ほっほっほと笑う村長さん。確かにそう見える。

「はあ」

 抱きしめられて動けずにいた。ようやく手をほどいて離れてくれたので立ち上がり、私はこう言った。

「それでは、おたがい準備もあるでしょうから家ができた頃にまたきますね。」

 そうしてその子から離れようとすると、服の裾をつかんで離さない。

「そうか、その子も着の身着のままでここに流れ着いたので、その子の荷物はまったくないんだよ。すまないがそのまま宿屋でしばらく暮らしてくれないか。」

「ええ、いいですけど、それでいいかい?」

 裾をつかんだ手の前に私の手を差しのべて、しばらく待つ。ゆっくりとその子は、服の裾から手を離し、恐る恐る私の手を握った。そして、ぎゅっと握り返してきたので、承諾と受け止め、そのままその小屋を出ることにする。

「では、このまま失礼します。」

「よろしく頼むよ。」

 その小屋を出る時にその子はちらっと残された子ども達に振り返ったが、子ども達は、声をかけるでもなく座ったまま見送っていた。

 残された村長と世話役さんは、

「これでよかったのですか?」

「ああ、うまくいってよかった。なにもかもな。」

ほっほっほと笑う村長。相変わらず蓄えたヒゲと長い眉毛でその表情は見えない。

「あの子がいてくれたおかげで子ども達のお世話は楽だったんですけどね。でも先ほどの子ども達の様子を見ていると、意外に好かれていなかったんですかねえ。」

「子どもながらに出て行くことは当たり前と思っていたのかも知れんのう。それともあの子と約束していたのかもしれないなあ。そうか、これで、他の子ども達も徐々に巣立っていくような気がするがどうだろうねえ。」

「そうだといいのですが。」

 そうして、私と天使様との生活が始まった。


○はい、今日から子持ちです。

 小屋を出てから、私はその子と手をつないで歩いている。会話はしていない。そういえば最初に会ったときから単語を教えてくれたくらいで、ほとんど会話をしていませんでした。話すことが苦手なのかもしれませんね。

「さて、その古着もどうかと思いますので、新しい服やら下着やら寝間着やらが必要になりますね。」

手をつないで歩きながらチラチラと顔を見ながら話す。少しだけ微笑んだような気がしました。

古着屋に到着したので、店員さんに下着から洋服まで多少はましな服を選んでもらい、着替えてもらうことにしました。ついでに何着か見繕ってくれるように話しをしていたら、その子が最初の服に着替えて出てきました。

「あら~可愛い子は何着ても様になるのねえ。」

 着替えの時に背中の羽を見たはずなのに普通に接してくれている。村長が気にしすぎているのかと思いましたが、きっと店員さんの性格なのでしょう。店員さんの方が妙にテンションを上げているのが見てとれます。

 その子は、着ている服を首をかしげながらくるくると回り服を見ていた。店員さんから鏡の前に連れて行かれました。最初から使わせて欲しいものです。

 確かにその子が着ているのは、多少はましな古着なのに、妙に目立って見える。まるでぼんやりと光を放っているかのように。本当に光っていませんか?

 数着試着をした後、着ていた古着を処分してもらうことにして、店を出ました。店員さんからは、この服は処分されずに古着屋で直してあの小屋に戻すことになると言ってましたが、けっこうボロボロでしたよ。

 古着屋を出たところでお昼時になったので、服などを置きに一度宿屋に戻ることにしました。食堂の方に顔を出し、おかみさんに子どもを養うことになったこと、今日から預かることになったので、宿泊が1人増える事を話しました。

「そうかい、もう一緒に暮らすのかい。わかったよ。とりあえず小さい寝床は部屋に用意しておくよ。」

「もう一部屋でなくても良いのですか。」

「家が建つまでだろう?そんなにかからないじゃないか?」

「はい、出来るだけ早く作るつもりです。」

「ならいいよ。これからこの町で一緒に暮らしていくんだしね」

「ありがとうございます。」

 そうして、宿屋での天使様との生活が始まった。名前を聞いたのですけど、首を左右に振り答えなかったので、最初に呼んでいた天使様と呼んでいます。あ、私は自己紹介でDTと言いましたが、残念ながら名前を呼んでくれません。それに会話は、簡単なものしかできていません。会話したくないのでしょうか。

日常生活について、少し触れましょう。この地方は狩猟と農耕が大半なので、狩猟の手伝い、野草の採取、牧柵の整備などを日替わりで手伝って私達は生計を立てています。狩猟の時は、天使様は町の子ども達の面倒を見たり、宿屋の手伝いなどをしているらしいです。

 野草の採取や牧柵の修繕などの時には、私と一緒に行動して手伝いをしてくれていました。手伝っている時などは、使いたい道具をまるで私の考えていることがわかるように渡してくれるため非常に重宝していました。私の頭を覗いているのではないでしょうねえ?

 その合間に森に行き、家を作っていました。まあ、魔法を使って木を切り倒し、製材してから家に持って行き釘などを使わず、木を組み合わせて作っていました。

天使様も一緒に行きたがったのですが、魔法を使っているのを見られたくなかったので最初の頃は連れて行きませんでした。

 ところが、森の中で魔法を使って木を切り倒し、製材しているところを盗み見られていました。ああ、これはやばいなあと思って近づいてくる天使様をぼーっと見ていると、

「魔法を使うのを気にしているのですか。」

 簡単な単語ばかりしか話さないはずなのに、流暢に話すじゃないですか。

「え、ええ、この町ではあまり好まれないみたいでしたので。」

「私は気にしませんから、家を作るときには私にも手伝わせてください。」

 あまり表情を変えずに話しています。クールビューティーなんですかねえ。あの可愛く微笑んでいる顔で話してほしいものです。

「そうですか、それでは手伝ってください。」

 私は、敬語で答えました。この時から2人の立場は逆転していたような気がします。

 そうして、2人の愛の共同作業が・・・違った家族の共同作業が始まりました。

 それからは、建築ペースもあがり、あっという間にできました。しかも、内装品については、その子がほとんど作ってくれました。作業は見られませんでしたが、私が切り出した木を使って台所のシンクやら洗濯物干しなどや生活用品まで作ってくれました。私からは、作って欲しい物の名前を言うだけで理解してくれて精巧に作るのです。どうやったら私のイメージしたとおりに作れるのでしょうか。不思議です。

「どうしてそんなにきれいに作れるのですか?しかもほとんど私のイメージどおりに」

「秘密です」

「その秘密を教えてもらえませんかねえ」

「秘密です」

「そうですか。わかりました。これからもお願いしますね。」

「はい」

 教えてもらえれば、私の魔法で簡単に作れそうなんですが、何か事情があるのでしょうか。

 ああ自分の存在意義とか考えているんでしょうかねえ。

 完成に近づいた頃、宿屋のおかみさんから、町に魔法使いさんが来ると教えてもらいました。町に魔獣よけの結界魔法をかけるそうです。

その人は、夕方にふらりと到着して宿屋に入ってくるといいます。もちろん事前に連絡などありません。宿屋のおかみさんから来たよと教えられ、宿屋の部屋から飛び出して食堂兼居酒屋に入っていきます。すると片隅のテーブルにいかにもなフードをかぶった女性の方が座って食事をしている。

「こんにちは、」

 私は、その魔法使いさんに声を掛けた。私を一目見て

「あら、もしかして、」

 そう言いかけた魔法使いさんに私は自分の口に指を当てて

「ここでは内緒なので。」と言いました。

 何かを察したのか、その魔法使いさんは、

「ああそう」とだけ言ってくれた。

「何の用かしら?」尋ねられて、森の外に家を建てたこと、そこに結界を張れないかを相談した。

「ああ、それは無理ねえ。」

「だめですか」

「範囲が広すぎるし、私の技術と魔法量では厳しいですね。他にもいろいろありますが、その辺は教えられないので。」

「そうですか」

「これを売ってあげるわ。人を守る護符よ。とりあえず襲われたときに使ったら、魔物は獲物を見失い、どこかに去ってしまう効果があるの。一時的に守ってくれるわ」

 そう言って数枚のお札を見せてくれました。

「ありがとうございます。では、2枚ほどいただけますか。おいくらほど払えば良いですか。」

「対価は・・・お金はいいわ。あなたの素性を教えてくれないかしらね。」

「素性ですか?」

「そうよ、あなたそうやって周囲に魔力のオーラをだだ漏らしにしているから、魔力量が膨大なことがわかるのよ、しかもその歳で隠す技術も持っていない。魔法使いならその歳でその状態にはないのよ。察するに転生者と思うんだけど、どうかしら。」

 いたずらっ子のような瞳で尋ねられました。

「ええ、そうです。正直言いまして記憶も無いので転生してきたかも定かではないのです。」

「なるほどね、ああ、座って。何か食べないの?」

「ありがとうございます。」

 その人が目で合図したのか、おかみさんがこちらに来る。

「お酒を追加して欲しいの、この人の払いで」にこりと笑って私を見る。おかみさんが困惑している。こういうことは初めてなのだろうか。

「かまいません。お願いします。あと、私にもお水を」

「お酒飲まないの?」

「はい、苦手なので。」

 私、アルコール耐性ゼロなんですよ。その言葉に魔法使いさんは冷ややかな目になった。

「なーんだ、そうなのか。残念。」

 その人は、おかみさんが持ってきた酒を少し飲んで、私に向かってこう言った。

「気をつけなさい。この辺は、魔法使いもほとんど来ない辺境の地だけど、変な魔法使いに会ったらあなた殺されるわよ。」

「どうやって隠せば良いのですかねえ」

「心を落ち着けて、体内の魔力を感じなさい。そして外に向かっている魔力を体内へと循環させるイメージにしてみて。」

「こうですか」

 体内の魔力を見るのは練習していました。なんたって細胞単位まで見ることができるのですから。そうか魔力の流れを制御する。そうかそうだったのか。

「おや、飲み込みが早いわね。そんな感じ。それくらいの放出量なら絡まれることはないわね。」

「ありがとうございました。」

「私はね隣町で暮らしているから。あと名前はお互い聞かないし教えないのよ。」

「名前を教えないのですか。」

「ええ、教えてしまったら。呪い殺されるかも知れないわよ。それも、呪いを使う魔法使いは、自分のスキルが本当に稼働するか証明するためだけに術をかけたりするから気をつけてね。」

「こわいですねえ。」

「たやすく教えてはダメよ。まあ、これくらいは、教えてあげるわ。私も師匠に教えてもらったから。」

「私も師匠が欲しいです。」

「その歳ではもう無理ねえ。」

「ありがとうございます。あの、教えていただいたお礼にもう1杯おごらせてください。」

「あら、気前が良いわね、ならもらおうかしら。」

「明日は、何時頃から作業をされるのですか」

「人のいない早朝になるかしら。見たいの?」

「そもそも魔法ってどうやって起動させるのかもしらないので。」

「そこなの?」

「はいそうなんです。」

「まあいいでしょう、でも、もう一杯おごってくれるかしら?」

「はい、よろこんで。」

 そうして、その夜はおかみさんを交えて、おかみさんがその魔法使いさんと一緒に冒険に出ていたときのことなどを話してくれた。

 翌日早朝に魔法使いさんは、町の外に出て魔法を詠唱して簡単に作業は終わった。

「どう、単に杖を振っただけでしょう。」

 町の中に向かって歩きながら魔法使いさんは、しゃべっている。

「そうですね。確かに。何を行ったのかわかりませんね。」

「本当は理解しているんじゃないの?」

「どうしてそう思うんですか。」

「だって、私の手元より少し前の魔方陣を見ていたようだから。」

「まあ、確かに見えてはいますね。すいません盗み見るようなことをして」

「別に良いのよ。それで真似ができるような魔法使いなら、最初会ったときにオーラくらい隠せていたはずだから。きっと真似するのは無理でしょう?」

「お恥ずかしいです。」

「私は、少し隣のベリアルという村にいるわ。何かあったら尋ねてきなさい。」

「ありがとうございます。」

 そうして、魔法使いさんは宿の中に行き、おかみさんに挨拶をしてから町を出ていった。

 おかみさんが私に

「やっぱりあんたは魔法使いなんじゃないのかい。」

「魔法使いを見てみたかったというのもありますし、もう一度結界を張れないか聞きたかったのもあります。」

「そうかい、あたしは別に魔法使いは嫌いでは無いんだ。でもね、ここで暮らしていくんだ、魔法使いなら気付かれないよう、気をつけて暮らすんだよ。」

「そうなのですねえ。」

 そして、自分の建てている家に行き、見て憶えた結界を張ってみます。どうも違うようなので、多少アレンジが必要みたいです。

 とりあえず、私の魔法使いとしての能力は、属性でいうと重力系なのだと思います。ええ、圧縮したり、解放したりする能力みたいです。

 そして、物質の原子レベルの解析、魔法の解析・改変らしいのです。ですから、あの魔法使いさんの魔法を解析して自分流にアレンジしてみました。

 でも、解析するには、物質にしても魔法にしても一度見ないと解析しようがないのです。ですので、今のところ火の魔法も雷の魔法も見たことがないので、使えません。とりあえず、重力系の魔法というのは、意外に便利で、空気を圧縮したり真空にしたりできるので、水の生成をしたり氷の生成をしたりはできます。ああ、師匠が欲しい。

 そうして、なんとか結界も張ることができ、小さいながらも我が家が完成しました。親子2人で暮らすには丁度いい木造平屋建て3LDKの家です。初めて作った割には、その出来映えに満足しています。

そうして、家具や調度品なども完成し、宿屋を引き払って、その子と一緒にその家に入居しました。

「「ただいま」」

 玄関に入るときに二人で声をそろえて言いました。これまでも家を作るのに何度も来て出入りしていましたが、今日は特別です。

 天使様は、初めて会話をしたあの時から、普通の会話をしてくれるようになりました。もっとも2人だけの時だけで、日常生活の会話だけだったのですけれど。

 その日の夜のことです。森の中に家を作った理由の一つは、魔法使いであることがばれないようにすること。もう一つの理由は、お風呂を設置したかったからです。

 実は、台所の壁を細工して、その奥に部屋を作り、本来この世界にはそぐわない給水設備を自作してあります。この町では、水は貴重なので生活用水を井戸や川に汲みに行っていたのです。

 私がこの町に来た時には、近くに設置した井戸から毎朝水を汲む作業があったのですが、村長に進言して、山から水路を作り、潤沢に水を利用できるようして、ようやく水浴びの習慣ができたところなのです。なので、町の中の家にはまだ風呂はありません。

 私は、家を建てるときに、水の出ないフェイクの井戸を作って、あくまで地下水脈から取っているように見せ、実際には、魔法で圧力をかけて水を湧き出させています。そして、純和風の浴室と浴槽を作りました。木の材質は、檜にしたかったのですが、残念ながらそんな木はありませんでした。

 はい、これが私の日本人としてのこだわりなんでしょう。記憶はないけれども知識はあり、その誘惑を断ち切れなかったのです。純和風の浴室がイメージとして心に刻み込まれているのです。もっとも銭湯のイメージもありますが。そして、風呂釜も薪を燃やして使えるものを用意しています。実際には水に圧力をかけ、沸騰させています。もちろん温度管理が面倒なので。そうして、見られても問題ないようにして、さらに浴室自体を見つからないよう、台所の奥の洗濯物干し場の奥に設置して、秘密の扉まで作りました。もちろんシャワーも使えます。純和風なのに。

 ということで、天使様には、あらかじめひとりずつ入ることにして、自分が入った後に、使い方を教えることにしていました。

 そう、一番風呂は自分でなければならないのです。製作者の意地とでも言いますか。そうして、湯気の立つ浴室に入っていき、シャワーで体を流す。そう、これです。お湯のシャワーです。そして石けんも自作です。この辺は、記憶ではなく知識がありました。

 そして、シャワーを浴びた後、浴槽にザブンと入りました。ああ、幸せです。お湯につかるとこれまでの苦労なんてどうでも良くなります。これこそが至福。

 すると、突然、扉が開き、天使様が裸で入ってきました。事情を説明し、入って来ないように言って、本人はうなずいていたのに。いつもなら素直に従うはずなのにどうして?と思いポカーンとしている私に向かって彼女が笑いながらこう言ったのです。

「私も久しぶりに入りたいのです。一緒に入ってもいいですか。」

 と。はっきりと。それも、日本語で。はい、そうです「日本語」です。

 最初のぽかーんと、さらに久しぶりの日本語を聞いてのポカーン。ポカーンの2乗だ、最初のぽかーんでは、裸の少女の姿に慌てていたのもありましたが、日本語を話しますか。

「背中を流してあげます。」

 とまで言われたのですが、とまどってしまい私は硬直して動けません。あ、あそこは硬直していませんよ、念のため。とりあえずタオルで前を隠して洗い場の鏡のところまで行き、タオルで体を洗ってもらっています。

 この世界の平民に沐浴はあっても湯を張って入浴することはないし、そもそも石けんはあまり見たことがないのです。行ったことのない街や、大きい国ならもしかしたら火山熱を利用した温泉施設があってそこで使っているかも知れないですけれど。

「私は天使のような者です。現在は、能力を失い、この世界にとどまらざるを得ない状況にあります。しかし、あなたに出会いました。この時代、この世界には、いるはずのない色のオーラをまとった人が。なので一緒に居ることにしました。」

 背中を流してもらいながらそんな話を聞かされました。

 ああ、なるほど、なんで最初から俺に懐いたのですか、しようがなくだったのですね。

「そんなことはないです。あなたのよこしまな心は見えていましたし、そうなった場合、私も受け入れる覚悟もありました。でも、そうすることもなく、あなたは私を家族として受け入れて、そばに置いてくれました。さらに一緒に過ごしてもまったく手も出さないで。」

 おお、心も読まれていたのですか、よこしまな心ねえ、確かにあなたは、可愛い子だったからそういうことも考えたこともありますけど、私としては、こんな子どもではなくJKかJDくらいの年齢がストライクゾーンですからねえ。

 もっともこの世界では、このぐらいの年齢の子と関係しても問題はないようですけれど、元いた世界では問題があったみたいで、よこしまな思いを抱いただけで私のなかの非常ベルが鳴るんですよ。

 そう、この世界では、その辺の倫理はゆるいです。男尊女卑の社会だし、年齢差があっても一緒に生活している世帯も見かける。ただ、極端な幼女や童女は、虐待されないように相互監視しているようで、理解力がない子どもや合意でなければ、引き離すようにはなっているみたいですけれど。行為をやっちゃうってのは、ありそうなことだったりします。でも、後ろめたすぎますよね。そう、たとえ合意の上とはいえ後ろめたすぎるんですよ。

「私は今、能力がほとんど使えないので見た目どおりの子どもです。あなたが無理矢理、事にいたれば、なすすべはなかったと思います。でも、しませんでした。」

 そこでため息つかないでくださいよ。自分が甲斐性無しかのように思ってしまいます。

「そもそもあなたにはそんな根性もないですよね。」そうして薄笑いをする天使様。

なんですか、その薄笑いとその言い方。口調変わっていませんか?それが本性ですか?そう思いながら、これまで居酒屋の女中さんとかを見てエロいことを想像していたこととか、ぼけーっとくだらない事想像していたこととか、全部読まれていたんですね。やばいですこのままでは、この子によこしまな気持ちを持ったときに嫌われてしまう。変質者として周囲の人から見られてしまう。と、とっさに思ってしまいました。そうだ!

「おや?思考が読めませんどうしましたか?」天使様が驚いています。

 天使様の言葉も聞こえないくらい、私としては、何とかしなければならず。心のシールドのかけ方を検討しています。おお、そういえば、こちらに来たての頃、仮に魔法使いに会った時の事を想定して作った魔法がありましたね。そうそうせっかくだから一緒に作った反撃用ノイズも使ってみますか。目をつぶり魔法の構築をイメージする。うんうん、練習していたのですぐできました。

目を開くと天使様は頭を抱えています。私は、思わずシャワーで石鹸を落としてから湯船に逃げこむ。

「痛い。痛い。わかりました。もう勝手に覗きませんからシールドだけにしてください。条件反射で覗いてしまうことがあるのです。ぜひシールドだけにしてください。」

 おお!効果があった。独学で何個か作ってみましたけれど、試す事ができないのでそのままにしていましたが、効果があるのはうれしいですね。そうそう、そうしてください。やましいことは・・・少しはあるので、できれば覗かないで欲しいです。というか、今まで欲望がダダ漏れだったんですねえ。

 反撃の魔法だけ解除して、立ち直った天使様は、自分の体についていた石けんをシャワーで落としています。

私はその背中に向かって

「裸で入って来るのは、やめて欲しいのですが、目の毒です。」と言いました。

 もちろん頭を抱えている天使様を湯船からガン見した後ですけどね。

 ええ、さすがに少女(この場合童女か?)とは言え、女の子の裸はまずいです。夜に悶々としそうです。まあ、胸ないから興奮しませんけど、どちらかというと見ているこちらの方が恥ずかしいくらいです。

「それでも、私が入ってきたときには、「この後、誘われたらどうしよう」という動揺と「ああ、きちゃったよ」という観念した感じとあきらめを感じていたようですが。まあ、そんなことは、決して起こさせないんですがね。」

 そうやって得意げに涼やかな声で私の心の中をえげつないほどリアル語りしてそれを踏みにじりますねえ。

「まあ、そうですね、こんなシチュエーション経験したことないですし。私、魔法使いですし。」

 あれ?この場合魔法使いというのは違う意味ではないでしょうか。まあ、動揺を隠しきれませんので、とりあえず会話をつないでいます。

「そうでしょうね。でも、せっかくですからサービスしますね、実はこういうこともできるのですよ。」

 そう言って、私の目の前に近づき、体を隠していたタオルを取り、何か光り始めました。おや、徐々に体が成長していきます。裸で徐々に成長するのやめて。可愛いだけにエロいんですよ。さらに悶々としそうです。

「天使だって性欲がないわけではないですから、どうしますか?」

 首をかしげ挑発してきますか。確かに蠱惑的な瞳ですね、でも、あれ?天使って両性具有だったり何もないって説もあったりしていましたがどうなんですかねえ。なんてことを考えつつ、さらに成長前の顔がちらついてどうにも心は動きません。というか、かえって冷静になってしまいました。さらに、さきほど何もできないとか言っていましたよね、メタモルフォーゼとかすんごい能力じゃないですか。もしかしてそんな事は、些細な事なんですか。

 私がそんなことを考えながら邪心を拡散しながら、困惑していると、ため息をひとつついてタオルで前を隠しました。ああ、あきらめてくれたんですね。

「この姿になっても襲わないのですね。しかし、根本的に性欲が薄そうです。淫魔とかに遭遇したら一晩で腹上死するタイプですね。」

「私もそう思います。」

 ちょっとしょぼんとしてみる。確かに淫魔とかに襲われたら一晩で何回も抜かれてその場で灰になって死ぬと自分でも思います。とほほ。

「とりあえず、風呂から上がってから、詳しいお話をしますね」

 そう言って元の子ども形態にもどって湯船の中に入ってきた。このお風呂、無駄に大きく作っていたのがあだになりましたねえ。

「・・・はい」

 くつろぎたかったのになぜ私が縮こまって入らなければならないのか。立場が逆転したことを痛感しました。とほほ

 その後、体を洗って欲しいとせがまれたので、背中を洗ってあげて、シャワーの使い方などを教えて、湯に一緒につかっていました。私が先に上がって、居間のテーブルに座って冷たい牛乳を飲んでいます。もちろん牛乳だって贅沢品なのです。いや、コーヒーとかお茶とかジュースとかこの世界にはないんですよ。自分で栽培したりするのは、まだできませんし、これから少しずつ作っていこうと思ってはいるんですけど。タンポポでも煎じればコーヒーができますけど、この地域ではあまり咲いていませんしね。

冷たい牛乳があるということは、冷蔵庫まがいのものも作ってあります。単純に箱の中に小さい箱を入れてその隙間に氷を入れる作りのやつです。氷を作るのに魔法を使っています。今の私にできるのは、気圧をあげたりさげたりできるだけなのでそれを使ってになりますので、けっこう面倒くさいのですが。

「この時代に来てから初めてのお風呂でした、うれしかったです。」

 部屋着に着替えて、バスタオルで髪を拭きながら居間に来た天使様はそう言った。そうでしょう。私の居た世界から来たとしたら、お風呂は絶対ですからね。

「でもね、身ぎれいにすればそれだけで目立ちますから注意してください。」

 腰に手を当てて私を指さして威張って言っても、子どもが怒っているポーズをしているのと変わりません。ああ、とても可愛いですねえ。

「そうですねえ。でもきっとやめられないですねえ」

私は、自分の置かれた立場と自分の嗜好とを天秤に掛けると当然やりたいことに傾くのです。きっと今までの経験が風呂を求めるのでしょう。

「まあ、そうですね。私もきっとやめられません。」

 釘を刺した本人ががっくりと肩を下げる。

「さて。話してもらえませんか」

 そう言って木製のカップに牛乳を入れて渡す。冷えているのでびっくりしているようです。しばらくカップを眺めた後、諦めたようにため息をつき、意を決してこちらを見た。

「最初に謝っておきたいのです。」

「何をですか?」

「あなたが何度も私のいた小屋に様子を見に来てくれていたことを知っていながら会いませんでした。」

「ああ、その事ですか。確かに最初の頃、何度かあの小屋に見に行ったことがありましたねえ。結局会えずにあきらめましたけど。」

「あそこで会ってしまうと町の人に、私とあなたがグルだと思われてしまう可能性がありました。」

「グルですか?」

「ええ、転生してきた魔法使いと獣人とのハーフ、似たような時期に村にやってきて一緒に暮らし始める。都合が良すぎます。ですからあえて知り合いじゃないことがわかるように装いました。」

「なるほどそういう事ですか。」

「でも、あのあとすぐにあなたがこの町からすぐ出て行こうとしたら、ついて行ったと思います。」

「そうですか、面倒なものですね。」

「それで、私の事情ですが、」

「そうですよ。そこです。」

「はい、簡単に言うとですね、あなたの世界からこの世界に転生させられてきた人の巻き添いで飛ばされてきました。」

「飛ばされた?左遷とか追放的な意味で、ですか?」

「実は、その時に見守っていた人が突然、転生させられたのです。どうやら、この世界に召喚されたようなのです。」

「え?でも天使様とか守護の役目の人って、その人が転生したり、死んだときにお役目も終わるんじゃないんですか?」

「ええ、そうなんですよ、終わるはずだったんです。で、普通そういう時って、予兆があるんですよ。でも、その人にその予兆は一切ありませんでした。もっとも予兆があったからといって転生を回避できるわけでもないのですが。今回は、なんでかわかりませんが、転生が急すぎて私と相手との関係の切断が間に合わなかったというイメージです。まあ、見守っていた人の人生に引きずられてつながったまま私もこちらに来たという感じですか。」

「なるほど」

 よくわからないけどうなずいてみる。女の子の話にはうなずいておけという格言もあるし。

「それで、その人を探したいのですが、どこでどうしているのか全く不明です。それで」

「それで?」一緒に探せと言いたいのでしょうか。

「いえ、ここでしばらく一緒に暮らさせていただいて待たせて欲しいと思いまして。」

 あら、また、考えがダダ漏れですか、魔法の効力切れたかな?改善が必要ですね。とりあえずかけ直し・・面倒です、やめましょう。

「はあ、それでいいのですか?探して歩かなくても?」

「迷子の鉄則はご存じですか?」

「ああ、迷ったら動くな、ですかね。」

「はい。その人が近づけばわかりますし、最悪、死ねば私は元のところに戻されます。」

「なるほど、」

 意外にドライですねえ。見守りの仕事はどうするんでしょうか。

「こちらに別々に飛ばされた段階で、たぶん縁が切れているのです。それにその人と距離が離れすぎていて様子も見られませんし、そもそも実体化している今の私に見守るだけの能力がありません。さらにこの体では、探すためのひとり旅は難しいですし、さっき見せた本来の姿では、なおのこと盗賊に誘拐されて売られるだけみたいですので。」

「一緒に旅してくださいではないのですね。」

「そこまでしてもらうわけにもいきません。これまでこの世界で生活してみて、いろいろ話を聞いただけでも2人で旅するには厳しい世界です。」

「なるほど」

「人類と、言語を解する異種族、獣、魔族、原始の竜など、一歩でも自分たち人のエリアを出たときから、相手の縄張りとの境界線いわゆるグレーゾーンを通過すれば、いつ襲われてもおかしくないのです。まあ、商隊とかが護衛をつけて物資を輸送する場合もありますが、その場合も一定のルートを外れないように通行していて、それでさえ魔獣にはいつ襲われてもおかしくないのです。当然、死のリスクは、かなりあります。」

「見守るべき人のいる方向はわかるのですか?」

「近ければわかりますが、今は遠いのでおおむねの方角しかわかりません。ただ生存している事は感じられます。」

「だとしたら、ここにいても会うことはできないんじゃないのではありませんか。」

「はいそうなります。でも、その人が何か目的を持たされてこちらに転生したのであれば、きっと目的を果たすと思われます。目的を達成した時には元の世界に戻るかも知れません。そうなれば、その時に私も役目が終わると思います。ただ、その前に私がこちらの世界で死んだら元に戻れるのかわかりませんので、死にたくありません。」

「ですよねー」

「でも、一緒に行ってくれるんですか?」

「う~ん、その守っている人は女の子なのかな?美人?」

 そこまで守護されている人に興味がわいた。

「たぶん、転生先が、良いところのご令嬢の中に転移したらしいのです。しかし、まだ幼少期なので・・・」

 私の趣味には合わないと言いたいのだろうか。むしろ不審者を見る目になっている。

「どうしてそれがわかるのですか?」

「転送されて離れた時にイメージが断片的に見えたと思えるだけで確証はないのですが。」

「そうかー見えたのですか。まあ、いいか。」

「え?」

「私がこの世界へ転生したのは、あなたのためかも知れないですね。それでも、ちょっと準備期間は必要ですけど、それでいいなら一緒に旅しませんか。」

「その子が女の子だからですか?」

「いや、あなたの、天使様のためですね。」

「わたしの?」

「そうですね、成長した姿を気に入ったからですかねえ。」

「ふ、うふ、うふふふふ」

「嫌な笑いですねえ」

「天使は、光の柱なのですよ」

「そうも言われていますね。」

「なので、見た人が見たい姿をそこに見るとも言えます。」

「なるほど、私の願望ですか。それならツボってもしょうがないですね。」

「でも、最初にここに来たときに、具現化というか可視化したのは私ですが、たぶん町の他の人達は、それぞれ自分の見たい姿を見ていたと思います。ただ、あなたに会ってからは、この姿に固定されたようですから、たぶんあなたの望む容姿に私の中で変化させたのでしょう。今の私にはそのくらいの能力しか無いのですよ。」

「なるほど。」いや十分でしょう。それくらいは私にもできそうだけど女体化とか。

 そうしてしばらくは、旅の資金を作るため、その小屋での生活を始めました。まず始めたのが、野草の採取です。おもに売れば金になる薬草をメインに収穫していました。定期的にこの町に買いに来る商人さんに売るためです。そもそもこの町では薬屋さんがありませんし、薬を使うという概念もないのです。けがは寝ていれば治るそうです。

 あと、近隣の危険生物の討伐です。主に薬草採取の時に遭遇した獣を自衛のために狩っていて、死体を持って行くとけっこう良いお金になります。あと、方針を変えたこともあります。耕作を始めていたのですが、作物を短期間で収穫できる野菜などに変更して、始めようとして耕し始めていた小麦などの畑は、放棄しました。

 そういえば、薬草採取の時に結構な頻度でお目にかかった人がいました。ああ、人ではありませんでしたね。

 天使様と暮らし始め、旅のためにお金を貯め始め、そうこうしているうちに数ヶ月が経ち、お金も貯まったので旅の準備を始めました。それと、長期間不在にするので家の周りに持続可能な結界を張る練習をしました。これは、魔術の構成をいろいろ工夫しなければならず、けっこう試行錯誤して作りました。

ほぼ、準備が終わった頃に私は天使様に言いました。さきほど、結構な頻度で出会っていたお友達のところに行くために。

「ちょっと出てきますね。」

 狩りに行くとき以外は、いつも一緒に行動していたので、不安そうに天使様が私を見る。

「どこへ行くんですか?」

「ちょっとドラゴンさんのところへ。挨拶に」

「はあ?仲良しになったんですか?ドラゴン様と?いつからですか?」

「天使様と暮らす前からですよ。私の場合、ドラゴンさんのアンテナに引っかかるらしくて、結構な頻度で出くわしていたのです。それで今回長期に不在になるので一応、話をしておこうと思いまして」

「ご近所のご挨拶回りですか!いや、そもそもそんなに出くわしていたんですか?」

「ええ、あの町の話を聞きたがりまして、それでも何か面白い事があったときくらいしかお目にかかっておりませんが。まあこの地域を離れますし、もしかしたらこの家を見守ってくれるかも知れませんし。」

「一緒に行ってもいいですか?」

「たぶん大丈夫だと思いますよ。思いのほか寛容な方ですので」

 そうして2人でドラゴンさんのいる洞窟に向かいました。


○ドラゴンとの遭遇

 天使様と暮らす少し前に遡ります。

 その日は、薬草の採取では無く、獣を探して森に入っていました。しかし、見つからず、ちょっと森の奥まで入って行きました。土地勘がないので、太陽を目安に移動していたのですが、うっそうとした木々に阻まれた暗いところに入ってしまい、太陽が見える場所を探して森の中を闇雲に進んでいました。そこに、地面が陽に当たっている広場を見つけ、思わず掛けだしたところ、そこには、広場ではなくちょっとした小山がありました。思わずその前で立ち止まりました。こんな所に小山が?周囲の木立と雰囲気の違う小山です。もしかして巨大蟻の蟻塚みたいなやばいものかと思ってしまいました。

「わしは、そんなに危険なものではないぞ。」

 その小山がしゃべりました。口もないのに。しかも私の心の声に答えている。

「山がしゃべった。」

「山でもないわ。」

 その小山の反対側から頭と尻尾が動いて、頭が私の前に移動してくる。おお竜です。ドラゴンです。

「ドラゴンさんですか」

「わしに会ったにしてはあまり驚いていないな。」

 ドラゴンさんは、私に不思議そうに尋ねました。

「この地方の者ではないので。」

 私も自分の冷静さに驚いていますが、あせったところでどうにもなりませんので、そのまま会話を続けます。

「ふむ、そうか。わしは、たまたま住処から出てひなたぼっこをしていたのじゃ。おぬし、恐くないなら、わしと少しばかり話でもせんか。この森の側の町に住んでいるのだろう?ならば、あの町の話を聞かせてくれ。」

「話すも何も、あの町には来たばかりです。しかもあの町に来るまで記憶が無いのです。でも、わずかな期間の話しでよければできますよ。」

「ふむ、この町に来たときにはすでに記憶がなかったというのか。それはしかたがない、だが、あの町の話は聞きたいのじゃ、何か聞かせてくれ。」

「はい、それでは、座って話しますね。」

 そうして私は、宿屋で暮らしていること、生活のためにいろいろな仕事をしている事などを話しました。

「なかなかに面白いな。おぬしは、話すのもうまい。楽しめたぞ」

「それはよかったです。また遭遇することがあればお話ししますよ。」

「その時は、わしの住処で聞かせてもらおう。もっともこんな具合に会うこと自体、めずらしいことなのでな、そうそう会わんと思うからその時まで話をためておいてくれ。」

「わかりました。面白い話をたくさん用意しておきます。あとひとつだけお願いがあります。」

「なんじゃ」

「この森から出るのはどっちに行けばいいですか」

「ああ、迷っておってわしと会ったのか。なるほど、そこの道をまっすぐ帰れば自然に出られる。それではな。」

 そう言ってドラゴンさんは飛び去ってしまいました。

 楽しい時間はあっという間です。すでに夕暮れ近くになっていて、今日の狩りは、成果なしになってしまったなあと思いながら歩いて行くと、簡単に森を出ることができました。そして、道には、獣の死体が山のように置いてありました。ああ、ドラゴンさんのお土産だと思いましたので、町に戻って応援を頼んでそれを運び込んだのです。

 そうして初めての遭遇は終わり、しばらくは出会うこともなく過ごしていました。

 さらに一ヶ月ほどして、いつもどおり森の中を歩いています。今度は知っている範囲で獲物を探していましたのですが、急な雨に降られ雨宿り場所を探して周りを見ずに駆け回っていました。すると見覚えのない洞窟があります。思わず中に入りました。今思えば、危険な獣がいたかも知れないのに気にもせず。

「ほう、わしの結界を抜けてこの洞窟に入ってくるか。おお、あの時の人間か、不思議な奴よのう。どうやってかいくぐったのか。」

「さあ、何かちりっと感じるものがありましたが、雨に当たりたくなくて必死に走っていましたので気にしませんでした。」

「なるほど、おぬしは、記憶がないと言っていたが、もしかしたら高位の魔法使いなのかもしれんな。見たところ魔力量もかなりあるようだし。」

「自分で言うのも何ですが、どうやら魔力量は豊富みたいです。」

「それにしてもよくたどりついたな。まず服を乾かすが良い。」

「ありがとうございます。」

 服を脱いでその辺の石に置く。季節がら上半身裸でも寒くはない。

「しばらくは雨も止まんだろう。その間だけでも何か話を聞かせてくれ。」

「図らずもドラゴンさんの住処に呼んでいただいたことになりますので、これまでの間にあったことなどお話ししましょう。」

「楽しみにしておったぞ」

「その前にお聞きしたいのは、先日お会いした時の帰りに置いてあった山積みの獣の死体は、ドラゴンさんが置いたものですね。」

「ああそうじゃ。礼のつもりじゃったが、だめだったか。」

「いえいえ、たいへんありがたかったです。まずは、お礼を言わせてください。どうもありがとうございました。そして、あの時の獣の肉の処分ですが面白いことになりまして。」

「ほうほう」

「さすがに私ひとりでは運べませんでしたので、一度町に戻り、町の人達に声を掛けて町に運び込みました。」

「うんうん」

「どこからこんなに手に入れたのか不思議がられたので、山から降りてくると突然この獣たちが降ってきたことにしました。本当は、竜の神様がくれたことにしたかったのですが、よくわからないととりあえずはぐらかしました。」

「そうか、はぐらかしたか、それはよかった。」

「神様の方が良かったですか?」

「いや、神様とかになってあまり関わるとなあ、あとあと面倒なのでなあ。」

「そうでしたか。それは、よかった。とりあえずそうごまかしまして、うやむやにして、みんなで分けようと考えたのですが、どうせならここでさばいてみんなで食べようとなりまして、大宴会が始まりました。」

「なるほどな。」

「ええ、私はあまりお酒をたしなまないのですが、無理矢理酔い潰されて・・・」

 そうして、雨が止むまで私の話に付き合ってもらいました。

 雨が止んだのを見計らって洞窟をでました。もちろんまた会うことを約束して。

 それから家を作り出して、数回はお会いできたのですが、天使様と暮らすことになったりして、洞窟を訪れることもできず、気にしながらも行けずにおりました。


○旅は道連れ、ドラゴン連れ

 ようやく天使様と一緒にドラゴンさんの洞窟に到着です。私の家からはかなり離れているのですから、ちょっとした遠足気分でけっこう時間がかかりました。その間天使様は神妙な顔をしています。

「こんにちは」

 その洞窟は、結界が張ってあるので人や魔族や獣は近づかないようにしてあるそうです。でも私はなぜか大丈夫なんだそうです。そして、私の来訪は、当然ドラゴンさんは近くに来たときから事前に察知していますので、入れないことはありません。

 洞窟に入ってきた私たちを見るやドラゴンさんは、目をつぶり、

「まぶしい、その光を外に出してくれんか」

 手で追い払うような仕草をしました。それだけでも結構な風が起きます。飛ばされるかと思いました。

「ああ、天使様は見えませんか」

「天使じゃと。何か光っている物体がそこにあるのはわかるが、まぶしすぎて見えぬわ。そもそも光の塊なんじゃないのか?それ」

「初めまして、わたくし天使です。」

 天使様は、軽くお辞儀をした。ドラゴンさんは、目をかすかに開けました。私にはわかりませんが、天使様はどうやら光を押さえたらしいです。

「はじめからそうしてくれ。目が潰れるかと思ったわ」

 ドラゴンさんは、まだ目を細めています。遠くまで見えるだけにこういう強い刺激には弱いのかもしれませんね。

「申し訳ありません、なにぶんこの世界に慣れておりませんので。ましてや高位のドラゴン種の方にお目にかかるのに非礼があっては、申し訳ありませんので。」

「いやいや、天界の方にわびさせて申し訳ない。そもそも我は高位のものというほどのことはない末端のドラゴンじゃからのう。」

「わたくしも天界の方から来た、下級の者ですゆえご容赦ください。」

「方から来た?怪しい訪問販売員のようなことを言われるが、どういうことじゃ」

 私は、以前、ドラゴンさんとの会話で教えていたのですが、そのつっこみはどうかと思いますよ。

「でも、ドラゴンさん、天使という言葉をよく知っていましたねえ、一般の人は知りませんでしたよ。ドラゴンさんどこで憶えたんですか?」

「わしは人類が何回か滅亡しかけているのを目の当たりにしておる。なので、昔、人間達が神や天使達をあがめている時代も知っておるのだ。」

「ふうん、何回か滅亡しかけていると。そんなに頻繁に人間は滅亡しかけますか?」

 私は、そう言ってみました。

「なんじゃ信じないのか。本当の事なのに。今の人類が繁栄する前は、何度も滅亡しかけておるし、神も何度か降臨もしておるのだぞ。」

「・・・・」その間、天使様は沈黙しています。

「さて、用件はなんだ、久しぶりに何かおもしろい市井の話でも聞かせてくれるのかのう」

 ドラゴンさんは、いつものように私の前に顔を向けてくる。

「実は、旅に出ようと思いまして、」

「どうしたのじゃ急に、ここに住むことにしたのではないのか。」

 意外に表情が変わりますねえ。びっくりしている様子がわかります。

「実は、この天使様が会いたい人がいるというので、探しに行こうかと。」

 これまでの経過をかいつまんで話す。かいつまむほども長くはありませんけれど。

「なるほどのう、おもしろそうじゃ、してわしに何をして欲しい。」

「いや、お願いと言うほどではないのですが、せっかく作った我が家に何かあったら困りますので、何かあったら教えてください。」

「そんなことでよいのか、つまらんなあ、一緒に行ってくれませんか?とか言わんのか。ドラゴンの守護じゃぞ。絶対安心じゃ。」

「いや、そもそもこの地方に土着のドラゴンさんですよね、いないと皆さん困るでしょう。それに一緒に旅をするにしても、姿がでかすぎでしょ。」

「ふむ、ならば」そう言うとドラゴンさんは、一瞬で幼女になった。え?なにそれ、手品?

 姿は、本当に子どもで茶色がかった金髪と言えば良いのか、しかもストレートロングで、アンジーとは違ってちょっとおでこが広めの利発そうな感じである。アンジーさんより頭ひとつ分だけ小さい。

「うわ、幼女になった。なんで幼女、ドラゴンさんオスでしょ?」

「いつわしがオスだと言ったのじゃ。」

「いや、あんなエロ話とか中年親父的なだじゃれギャグを連発するのは、てっきりオスかと。でもなんで幼女?」

「この姿は、おぬしの頭の中のイメージから持ってきたつもりじゃが、おぬしの趣味ではないのか?」

「違いますよ。私はもう少し年齢の高いJKとかJDとか・・いやまあこの世界ではわからないでしょうけど・・・」

 隣で天使様が冷たい目で私を見ている。ジト目っていうやつですね、それ。

「おぬしが連れて歩くにはこのぐらいの幼女が最適じゃろう。」

 洋服までセットで変身できるなんてすごいですね。服の様子を見る仕草が可愛いですね。なにかうれしそうに見えるのは私だけですかねえ。

「えええ」

 私が驚いていると。

「よろしくな。」

 自分の姿をくるくる見回して確認した後、私に近づいてきて隣に立ちポンポンと尻をたたかれた。私との身長差では、肩をたたきたくても手が届かないですからね。

「そんな、帰ってくるまで、町の周辺の様子を見ていて欲しかったのに。あと、せっかく作った私の家を見ていて欲しかったのに」

 私は隣に立ったドラゴンさん(幼女バージョン)を見ながらそう言った。

「ふむ、そんなことか。どれ。」

 幼女は、目を細め何か遠くを見ている仕草をする。でも老眼の人みたいですねえ。

「ああ、大丈夫じゃ、おぬしの魔獣よけの結界はよくできておるな、それで十分じゃ。」

 目をつぶったと思ったらそんなことを言いました。ここからでもわかるのですねえ。

「当然じゃ、わしの縄張りじゃからなあ。」

「でしたら、町の様子もわかるのではありませんか?町の様子がわかるのにわざわざ旅ですか?」

「実際に行ってみないとわからんことも多いのでな。おぬしが以前に言うておったことがあるじゃろう」

「「百聞は一見にしかず」」

 二人で声をそろえて同じ言葉をハモって笑うのを天使様はポカーンと見ている。どうなっているのか理解が追いついていないようです。

「つまり、私たちと一緒に旅すると言われるのですか。」

 はっとして天使様が言いました。

「そういうことじゃ。ちょっと最近暇すぎてなあ、何かしようと思っておったところだったのじゃ。どうせじゃから協力せい。」

「なんてお呼びすれば良ろしいですか?」

 天使様はおずおずと名を聞く。それはそうだ。名を聞くという事はそのもののすべてを縛る事にもなる。高位の存在は名前を明かさない・・・らしい。

「ふむ、そういえばそうじゃな。真名はあかせぬので、勝手に呼ぶがよい。さて、おぬしはわしになんと名をつける?ああ、そういえば、そこの天使をなんと呼んでいるのじゃ、参考まで聞かせてくれんか。」

 何か含みのある笑いをするドラゴンさん。幼女がそういう笑いをすると気持ち悪いですね。

「うーん、他の人の前ではそもそも視線で合図して、呼んでいませんでしたからねえ。あと、私の天使ちゃんとか天使様としか。まあ、それは、私のいた世界では固有名詞ではないですねえ。」

「なら、これからはなんと呼ぶのじゃ?」

 またも怪しい笑いです。なにか企んでいますか?

「そうですねえ。呼ぶとしたら、天使は、私の世界ではエンジェルですから、アンジェ、そうですね、アンジーというところですかねえ。ではアンジーと呼びましょう。天使様よろしいですか?」

「はい、まあ、いいです。この世界なら大丈夫でしょうから、これからその名前でよろしくお願いします。ってええ?」

 急に天使様が驚いて自分の体を見回す。ほんのりと光っている。ああ、天使様ですから当然ですね。

「あー、おぬし、もしかしてそれが真名だったのか、その名前を呼ばれおったな。」

 ドラゴンさんがおどけたように話す。天使様がふるふると震えている。心なしか天使様の体の周りに、ほのかな光が発生している。あれ?私、何か変な事を言いましたか。

「ふ、ふふふ。そうか、わしらのような高位の存在の前で真名を告げるという事は、隷属をさせるに足る行為じゃ。」え?そうなの?

「そこの天使殿、この地での名前はアンジーになったようじゃの。よい名前じゃないか。」

 慰めるようにドラゴンさんが言う。うーん気まずい。

「これでこの世界とも絆が切れなくなりました。あなたのせいです。」

 涙目で訴える天使様、いやアンジー。

「そうなっちゃうのですか?」

「はい、この地での真名が与えられたという事は、その地にしばられます。仮に守護していた人が死んでも、再度どこかに転生しても私はこの地に縛られます。ただ」

「ただ?」

「あなたが死んだり、隷属を解除したりできれば、可能性はありますが。」

「それは申し訳ありませんでした。」

 思わず土下座する私。そんなことは意味の無い事だとしてもしてしまう。

「いえ、この世界で、前の真名は有効ではないと勝手に解釈していた私の不注意です。」

「そうはいきません、死んでお詫びを」

 そういって土下座のまま心臓をとめる。

「え?そんな。本当に死んだのですか」

 近づいて体を揺する。幼女ドラゴンさんが仰向けにして私の心臓に耳を当てる。

「確かに死んだようじゃ。どうだ、絆が切れた気がするか?」

「かすかにですがつながったままです。」

 ああ、2人して私を見下ろしていますね。

「はーやっぱりだめですか。」

 パチリと目を覚まして私は告げました。

「あ、生き返った?」

「なんということじゃ、生死を操るとは。いったいどんな魔法じゃ。」

「簡単ですよ。心臓を止めて血が流れなくするんです。しばらくすると脳波がとまります。まあ、今回はしばらくしてから血流が戻るように遅延魔法をかけてからですけどね。」

「それは、すごいな。」

「そこまでされても困ります。きっとなんとかなります。」

 涙目で天使様が言い、私に手を差し伸べる。

「ありがとうございます。」私は、その手を取って立ち上がる。

「さて、わしはなんと名乗ろうかのう。どんな名前がいいかのう。おぬしがなんと名付けるのかなあ」

 な~んかウキウキで私を見ています。試されていますか?

「属性は、土でしたかねえ、土の竜と書いてモグラですからモーラちゃんですかね」

 そういえば、モーラって子どものおもちゃにあったような気がしますね。

「ほうほう、モーラか、良い名じゃ。それでよいぞ。おや?隷属の光が・・・」

 天使様もといアンジーさんが、両手を前にかざして淡い光を放出している。

「ふふふ、これであなたもこの人に隷属しました。私と同じです。」

 アンジーは、そう言ったとたん、電池が切れた人形のようにガクリと倒れる。私は転がらないように慌てて抱きとめる。

「なんとこやつ、今使える力をすべて注ぎ込んで真名でもないこの名前でわしをこの男に隷属させたのだな。こんなことのために魔力のほとんどをつぎ込んで。」

「なんてことを・・・」

 私が抱き起こして、揺すっても目を開けないアンジー。どうやら仮死状態に近い眠りに入ってしまったようです。

「しかも、普通は高位の者が掛けられた場合、こちらから解呪することも可能なはずじゃが、解呪もできんぞ。」

ドラゴンさんも自力で解呪しようしたらしい。

「どういう仕組みなのか聞きたいのですが、天使様もといアンジーさんも今日はもう起きられなさそうですねえ。」

「ふ、ふはははは、しょうがないのう」

 意外にさっぱりしている。さすが年の功。

「そのロリばばあのしゃべりなんとかなりませんかねえ。なんか、昔そんなものばかり見ていたような気がします。」

 私としては、なじみ深いのですが、町の人とかが嫌がりそうです。

「しかたなかろう。さて、ここにいたらまずい、おぬしの家にじゃまするぞ。」

 そう言って、ドラゴンさんもといモーラは、洞窟を出ようとする。

「そうなりますか。」

「あたりまえじゃ、こんな姿を他のドラゴンにでも見られたら、さすがに恥ずかしいわ。この場所は結界も張ってあるし、下級な魔物などはわしの残留思念で立ち寄るまい。このまま立ち去るぞ。」

「わかりました、そういえば私の家にお客様をお迎えするのは初めてですねえ。」

 私は、アンジーを背負い、モーラを連れてドラゴンさんの洞窟を出ました。

 家に着いた私は、アンジーをベッドに移して、居間でモーラと少しくつろいでいます。

 おなかが空いてきたので、2人分軽い食事をだして食べています。旅に出る直前だったのでほとんど冷蔵庫の残り物ですけどね。

「そういえば、おぬし、記憶が無いと言っていたが、他の世界から来た転生者だったのか。」

 そこ、もぐもぐしながら話さない、ちょっとカワイイじゃないですか。

「まあ、そうですね」隠したところでどうなるものでもない。

「なるほどな、さきほどの隷属の魔法も納得できるし、わしが隷属させられたのも納得じゃ」

「はあ、」

「前に魔力量が多いとは話していたが、望外な魔力を持たされているな。」

「望外、そうですねえ。私にはあまり必要ない魔力量ですね。ドラゴンさんを隷属させて解除できなくさせるぐらいの魔力量となると、この世界の均衡を崩すくらいはできそうですね。まあ、あいにくする気はありませんけど」

「そうか、それは安心した。変な野望でもあったら抹殺せねばならないからのう」

「抹殺とかは勘弁してください。前世の記憶がなくて断片的なのですよ。何が原因で転生させられたのか、どうしてここに転生したのかもわかりません。その辺が判明するまでは死にたくないですねえ。あと、もしかして天使様の手助けをするのが転生理由なのかなと思いまして。」

「そこで一緒に旅するのにつながるのか」

「はい」

「なるほど、わしが旅をしたいのは、単に興味本位だからなあ、わしの事を怖がらないおぬしが話し相手になってくれて、しばらくは楽しい時間があるなあと思ったら、急に旅をすると言い、しかも天使連れとかしばらく会わない間に何が起きたのかと気になったのじゃ。お主のような魔力量を持つ者が旅をしながら、何かしでかすのではないかと心配になってな。まあ、理由がわかったとは言え、旅はするつもりじゃったからもちろんついて行くぞ。」

「心強いです。とりあえず隷属と幼女化どちらも解除しておきますね。」

 そう言って、モーラの体を見て首のあたりにある魔法陣と特定して、かかっている隷属の魔法の解析を始めます。可視化できるわけではないのですけれど、ドラゴンさんは気づいたようです。

「ああ、しばらくは、そのままでよいぞ。元々ドラゴンが子ども姿で旅をするなど、不思議がられると思うのでなあ、この状態の方が他のドラゴンたちに見つかったときに言い訳しやすいのでな。」

「自由よりも幼女の姿を選ぶと」

「幼女の姿は無理にさせられているという方が何かと楽じゃ、」

「それって、私の趣味で幼女化させていることになりますよね。」

「まあそうじゃな。」

「じゃあ解呪しときます。」

「わかった、わかった。実は、この姿の方がわしも無理せんのだ。旅の途中で何か事件が起きた時、自分の中の何かのスイッチが入って暴走するかもしれんのでなあ。おもに酒がからむとのう。」

「幼女が飲酒を?」

「だから幼女なら飲まない、飲ませないじゃろうが、普通。」

「はいはい、でも、緊急時には解除できるようしておきますよ」

「おお、ってそういえば、おまえどうやって隷属の魔法を解除できるというのじゃ。」

「あ、しまった。普通できないのですか。」

「ええい、話せ。」

「えええ、私の12の秘密のうちのひとつなのに」

 もちろん12もありませんけど。もったいぶってみました。

「ならば、一つくらい話してみい」

「とほほ、実は、魔法の中身を見る事ができるんですよ。構造とか術式とか、なので構成がわかれば」

「改変もできると。」

「そんなところです。」

「それなら、天使の隷属も解除できるんじゃろう」

「それは後から見てみないと。」

「なんでじゃ」

「天・・・アンジーさんに掛けた魔法は、ドラゴンさんの前で隷属させていますので、魔力は私のを使っていますが、隷属の魔法自体は、ドラゴンさんのものになりますね。」

「う、そこまで見分けられるものなのか。」

「一瞬見ただけなので、あくまで推測ですけれど、どんな魔法の構成も高位の人の魔法と低位の人の魔法では、層の厚さが違うみたいなのです。」

「なるほど。それは知らんかった。勉強になる。」

「というかドラゴンさんは、そんな事知る必要ないですよね、常に高位の魔法を自然と使っているのですから。とりあえず、明日、かけた魔法を比較してみればわかりますよ。」

「おぬしの魔法は違うのか」

「層は厚くないんです、単に魔法量が多いだけだと思います。さあ、寝ましょうか。」

「わるいんじゃが、久しぶりにな、人肌が恋しいのじゃ一緒にねてくれんか。」

「えー、まあいいですよ。何もしないでくださいね」

「それは、普通こっちのセリフじゃ!!」

「では、顔を洗って、歯を磨いてからですよー」

「何じゃ急に、子どもに諭すように言うな、わかっとるわ!!てか、歯磨きってなんじゃ」

「ああ、歯の衛生管理ですね。知らないのなら真似してください。」

「まあ、そういうことなら仕方がないのう。」


 翌朝、モーラが私の右腕を枕にして寝ていたので、久しぶりに右腕にだるさを感じながら目を覚ましました。あれ?久しぶりってどういうことだ?私って魔法使いですよね、もしかして彼女いたのかな?いや、待て、抱き枕の可能性も・・抱き枕ってあれですねちょっと恥ずかしい物ですね?

 バタン、扉を開ける音がいつもより大きい。ああ、天使様じゃないアンジーが起きたのですか。

「な、何やっているんですか、やっぱりそっち方面の人だったんですね。」

 ベッドに寝ている私と腕枕で寝ているモーラを見て顔を赤らめながらアンジーが叫んでいる。

「やかましいぞ、騒ぐな。ええとアンジー」

 モーラが腕枕から半身を起こしてアンジーに向かって言った。あれ?全裸ですよ?寝るときは寝間着を着ていましたよねえ。

「あ、え、っとその」

 アンジーさん何をもじもじしているのでしょうか、心なしか顔が赤いです。

「なんじゃアンジー、呼ばれてちょっとうれしかったのか、もっと呼んでやろうか、ほれほれ、アンジー、アンジーちゃん、アンジ~アンジ~可愛い子ちゃん♪」

 妙に昔やっていたアニメのフレーズみたいですね。あ、なんだこのデジャヴは。

「もう、守護するっていうことは、誰からも見えないし呼ばれないし見守るだけなので、名前で呼ばれたのは久しぶりなんです!!それよりもなんで一緒に寝ているんですか、しかも裸じゃないですか、まさか、一線越えたとか?」

 アンジーさん、あわあわしているのがカワイイですね。

「だとしたらどうするのじゃ。まあ、それはありえないがのう」

 モーラが毛布の中からしわくちゃになった寝間着を取り出し着始めました。そうそう、あるわけ無いですよ。魔法使いですよ、私。しかも相手はドラゴンですよ。

「なんだ、よかった、先を越されたかと思った。あ、いやいや、そうじゃなくて。」

 何をとんでもない事口走っているんですか。その気にはなれませんよその体じゃ。

「なんじゃアンジーもしたかったのか。それならこれから・・」

 思わずドラゴンさんじゃなくてモーラの頭にチョップを入れる。アンジー涙目になっているじゃないですか。これ以上は駄目、いじめよくない。いじめというよりはいじりですけどね。

「大丈夫じゃ人肌が恋しかったから一緒に寝てもらっただけじゃ。だから許せ。」

「えー、そういうのありなんですか?私はやんわり断られたのに。」

 アンジーさん、恨めしそうに私を見ないように。涙目のままですから、ちょっと罪悪感がありますね。

「私の記憶では、一度だけエッチな目で誘われた事はありましたが、それ以降は、何も言われていないと思いますけど。」

 一応反論しておきます。だって今後しつこく誘われたら断れないですよ、私。

「ふうんアンジーは、こやつに手を出しあぐねていたと。まあ、人肌も恋しい事があろう。これからは一緒に・・」

「2人で寝てください。」

 私は、ベッドから起き上がって腕のしびれを取るために右腕を回しながら言った。

「「えーーー」」なんで2人の声が揃っているんですか。仲が良いですね。


○ 旅立ち

 それからさらに2~3ヶ月かけて準備をしました。

 何をしていたかというと、馬車を作っていました。さすがに徒歩での旅は、すぐにドラゴンさんじゃないモーラがぐずりそうだったのです。もちろん馬車を引くのに馬が必要になりましたので、馬を飼うことにしました。ええ、お金がないので、暴れ馬で手がつけられないのを格安というかほとんどタダで買いました。ですが、モーラのおかげで静かでおとなしい馬になりましたよ。変ですね。そうやって旅の準備を進めていきました。


 その時の話です。

 牧場に馬を見に行きました。

「一番安いのはあれだ、あの一番端の方で全開で走っている馬だよ」

「速そうですねえ。」

「速いが、人に懐かねえ。」

「そんなの飼っておく必要ないじゃないですか。」

「あれは、毛並みも良いし走る姿が美しくてなあ、馬を見に来る人が必ず欲しいと言ってくる、しかし、誰にも懐かない。しかたなく他の馬を飼っていく。まあ、うちの広告塔みたいなものだなあ」

「でも、安いと」

「ああ、もう若くないからなあ、」

「結構若そうですけど」

「馬はなあ、若い方が長く使えるだろう?」

「そういうことですか」

「近づいても良いですか?」

「柵の外側からじゃないと危ないぞ」

「おじちゃん、私なら大丈夫だと思うの」

 モーラはそう言って柵の中に入って走って行く。

「いや、危ないって。こら走るな。」静止する厩務員さん。

「とー」

 そう叫んでモーラが走って馬に近づく。馬は、怯えてそこに立ちすくむ。

 モーラは馬に近づいてこう言った。

「ねえ、一緒に旅しない?しないと食っちゃうぞ~~」

 馬は怯えて逃げることすらできない。モーラはさらに近づいた。

「どうじゃ、一緒に旅してわしの乗る馬車を引くがいい。これまでここの厩舎にいて、さんざん遊んで、迷惑掛けていたのであろう。今度は、わしらを乗せて旅をして少しは世界に貢献せぬか。」

 頷く馬。

「そうか、よしよし」そう言って馬のおなかをなでる。

「おじさん良い馬ですね。」

 そう言って馬を従えてこちらに来るモーラ。

「あの気性の荒い馬が簡単に従っている。どうやればこんなふうなるのか」

 私は、

「きっとこれまでは、相性が会わなかったのでしょう。よかった安い馬が手に入って。」

「ああ、むしろ買ってくれてありがたいぐらいだ。というか、いや、その技術ぜひ教えてくれ。」

 しかし、買ったは良いが、厩舎がなかったので、しばらくはここで預かってもらうことにしましたが、それ以降は、おとなしい馬になったそうです。

「当然と言えば当然じゃな。」なぜか無い胸を張ってモーラが言う。

「単に脅しただけでしょう?」アンジーが言った。

「でも、あの馬、性格は曲がっておらんぞ、たぶん反抗期だっただけじゃな。」

「馬にも反抗期ですか。」

「長い犯行だったみたいだがな。それより安く良い馬が手に入って良かったではないか。」

「そうですけど」

 そうして、馬車を作り、何度か馬車を引っ張る練習をさせている。

「して、あの馬の名前じゃが、なんで「ア」なんじゃ。」

「え?」

「馬の名前じゃ」

「ええと、私の国の言葉の一番最初の文字なのです。」

「なるほどそう言うことか。しかし、呼ぶときちょっと変じゃなあ」

「ああ、荷物が増えてきたらもう一頭くらい増やそうと思っていますので、もう一頭とセットの名前になります。」

「そうなのか?増える予定があるのか?」

「旅をすると荷物が増えますからねえ。」

 モーラとしばらく暮らすことになったので、村長に報告しています。もっともどこで拾ったとかは、濁しましたが、黙っていてくれました。それと数ヶ月後に旅に出ることも目的を果たしたら戻ってくることも話しておきました。


○挿話「幼女と老人」

 わしは、すぐ旅に出ると思っていたが、移動用に馬車を作ることになり、しばらくあの家で暮らすことになった。

ある日の昼頃に、わしは、一人で宿屋の食堂で食事をしている。あやつとアンジーは、それぞれ用事があると言い、わしひとりが労働者向けになっている塩っ辛い食事をしていた。

 隅っこの席に赤ら顔で酒を飲んでいる老人がいた。他に人はいないので、わしは、酒でも一口分けてもらおうとそばに寄っていく。

「なんじゃ、ガキがこっちくるな。」

「そういわないでよ。」

「ふん、ガキのふりをしているが、歳はさば読んでいるだろう。魔法使いか?人外か?」

 どうやらうつろな目をしても、その意識はしっかりしているらしい。

「ほう、わかるか」

「ああ、酒を欲しがるその目がな、子どもが興味を持って見ている目ではなく、酒の味を知っている者の欲しがっている目だ」

「なるほど、もっともだ。して、飲ませてくれるか?」

「見つかるなよ。」

 その男はいたずらをする子どものような目で笑った。

「おい、酒を追加してくれ。それとこの子どもに果実を搾ったやつを一杯」

「あら、めずらしい、ちょっと待っててね。」遠くから給仕の若い子が返事をした。

「はい、お願いだからこれ以上飲まないようにこの人を説得してね」

 ウェートレスのお嬢ちゃんは、わしにそう言って、お酒の入った壺とジュースと木の椀を置いていった。

「おぬしあまり飲み過ぎるなよ。その代わりにわしが飲んでやるから」

「ぬかせ、人に酒をたかるガキが」

「まあそう言うな、少しでいいんじゃ」

「見つかるなよ。俺が怒られるからな。」

 そう言って酒をついだ椀を渡されてわしは、一息に飲み干した。

「あーうまいのう、胃に染み渡る。久しぶりの酒じゃ」

 そう言ってお椀を返す。

「うまそうに飲みやがって。そんなに久しぶりか。」

「そうじゃ、何百年ぶりかのう」

「はは、そんなに飲んでなかったら味を忘れているだろう。」

 そう言ってその男は、椀に酒をついでわしによこす。

「いいのか?お主の分がなくなるぞ。」

「もう定量さ。一人で飲んでも寂しくてな。」

「ああ、そうか。こんな昼間っから飲めるなんて、ぬしは仕事しておるのか?」

「ふざけるな、わしの仕事は夜なんだ。だからこれは、仕事明けじゃ。」

「ほう、どんな仕事をしておる。」

「下水の掃除だよ。ほら、おまえのところのおやじが、村長に言って作らせた水路があるだろう、あれが出来て、生活排水が流されるようになったんだ。それを掃除するのさ、きたねえ仕事だ。だが、誰かがやらなきゃならねえ。」

「そうか、昼間にはできんか」

「昼間に臭くて汚い泥をみたいやつはいないだろう?」

「そうか、それは大変な仕事だなあ。」

「だが、誰もやろうとしない。理解もしてくれない。わしを胡散臭そうに見るだけだ。」

「わしも今知ったくらいだからな。しかし、町に必要な仕事なんだがなあ。」

「そうだろう、わかってくれるか。もう一杯飲め。」

「いや、飲み過ぎるとこの町を壊しかねないのでなあ。」

「それは残念だ。まあ、俺もこれから寝るところだからな。またな」

「ああ、またな。」

 そうしてわしはその男と別れて。家に戻る。

 それから10日に1回程度会う機会もあり、いろいろな話をしていた。顔色はあまり良くない。それでも、わしは酒ほしさに相づちを打ちつつ酒をもらっていた。もちろん、金はあったので、ジュース代を渡そうとしたが、ガキに払わせるほどおちぶれちゃあいないと言って受け取ってはくれなかった。

 1ヶ月ほど行く機会がなく。その男のことは、気にはなっていたが、頻繁に見に行くこともできずにいた。

 しばらくぶりに時間が取れて、会いに行った。あいつにとってはいつもの時間なんだろう。あの宿屋の食堂の同じ場所にあいつはいた。

「おう、久しぶり。」

「おお、おまえか、会えなくて寂しかったぞ。どうしていた。」

「ひとりで抜け出す機会が無くてな。さすがにひとりでは、たまにしか出られぬ。」

「いや、生きていて安心したよ。飲むか?」

「あ、ああ。それより大丈夫か?顔色が悪いが。」

「それでも、酒はやめられないし、仕事もしなければならねえ。」

「そうか、つきあおう。」

「ねーちゃん、この子にジュースと俺にもう一杯。」

「めずらしいわね、最近あまり飲まないようにしていたのに。」

「久しぶりにこいつに会えたからな、そのお祝いだ。」

「なんだかうれしそうね、はいはい、ジュースとお酒ね」

「いいのか?というか体は本当に大丈夫なのか?」

「少なくとも今日は、おまえに会えた、それがうれしい。」

「そうなのか。」

「だから、たまにでいいから、顔を出してくれ。」

「そうだな、飲み相手としてはちょうど良いかもな。」

「そうさ、」

「それとこれを。」

「なんじゃこれは、髪飾りでは無いか。どうしたのじゃこんな高価そうな物」

「俺の相手をしてくれるお礼だ、黙ってもらっておいてくれ」

「これだけで酒がかなり飲めたろう。」

「ああ、だが、楽しく飲めているのは久しぶりだからな、記念品だよ。」

「わしは金がない、返せるものなどないぞ。よいのか?」

「なら、その代わりここにいる間、暇な時でいい、酒を飲むのにつきあってくれ。」

「ああ、それでは、これまでと変わらないではないか。」

「いいんだよ、それで。」

 その日はめずらしく、酒が進んだようで、机で突っ伏して寝てしまった。ウェートレスのお嬢ちゃんに声を掛ける。わしの手の中にある髪飾りを見てうれしそうに言った。

「いつもは、あるだけ飲んでいたのに、あなたにこれを買うためにお酒減らしていたのね、思いが叶って、結局深酒するとか、それはちょっとまずいんだけれど・・・本当はそのままお酒やめてくれていれば良いのだけれどねえ。」

「おじちゃん、調子が悪そうだけど、大丈夫かなあ。」

「ここでは、クスリも手に入らないし、見てくれる人もいないからね。この人には、寝込んだら看病してくれる家族もいないから。」

「おじちゃん一人なの?」

「そうなのよ、家族がいたけど彼が拒絶して、今は一人なのよ。その家族も今は遠くへ旅だってしまって、ここにはいないものだから。」

「そうなの?」

「こんな話をあなたにしてもわからないわよね、ごめんなさいね。」

「ううん、よくわからないけどわかった。優しくすればいいのね」

「そうね、これからも会ってあげてね」

「うん」

 わしは、何をやっているのだろう。たかが人間の生き死にを気にしている。

 それからは、会うときにはその髪飾りをつけていた。そうする方が喜ぶと思ったからだ。それを見てうれしそうに笑うじいさんを見て、うれしくなっている自分に気付く。

 そして、彼は、毎回、ジュースと酒を注文し、必ず最後の酒の一杯をわしにくれた。わしもそれ以上は求めなかった。

 他愛のない話をした。仕事の話ではなく、近所の人のくだらない馬鹿話だ、だが、それが心地よい。彼なりのやさしさがあふれ出る世間話だ。数回の話で、彼の近所の人に詳しくなってしまった。繰り返しになる話もあったが、愚痴ではないので聞いていて、楽しかった。だが、家族の話は出てこない。わしが拾われた子どもであることは知っていたはずだから、あえてしないのかもしれないが、なんとなく察してしまう部分もあった。

 この男がどんな人生を送ってきたのかは知れない。だが、なんとなくこんな仕事をしているような男ではない気がしていた。だが、それも聞くのは野暮な話だ。


 そして、唐突にその日は訪れた。久しぶりに会えると思い、あの宿屋の食堂に行ってみる。そこにあの男はいなかった。当然いると思っていたその男がいないので、呆然と立ちすくんでいると、ウェートレスのお嬢ちゃんがわしに声を掛ける。

「あの人は、もう、ここには来られないのよ。その、」

 ああ、ウエートレスさんが涙ぐんでいる。ああ、そういう事か。もう会えないのか、楽しかったのに。残念だのう。わりとストンと納得している自分がいた。

 わしは、これまでも何度か人という生き物の死を見てきた。しかし、人と関わるという事は、こういうことなのか。うれしいこともつらいことも生も死もすべて受け入れて生きなければならないのか。わしは、こんな事を繰り返していたら、わしの心はどうなるのだろうか。

「難しいのう」

 そうつぶやいて、いつの間にか触っていた髪留めから手を下ろした。いつもなら、家に帰るときは外していたのだが、あえてつけたまま、家に帰った。

「あら、モーラ、良い髪飾りしているわね、買ってきたの?めずらしいわね。でも、うん、似合ってる。」

 アンジーがめずらしく褒めてくれた。つけかたも見よう見まね、水鏡でつけていたのだが、けっこうさまにはなっていたらしい。

「違うわ、酒場で知り合ったおやじにもらったのじゃ。酒飲みにつきあってくれてありがとうってな、飲み友達記念なんじゃと。」

「そんな人といつ知り合ったの?」

「秘密じゃ」

「ふーん、でも、髪飾りしているドラゴンって珍しいわね。」

 内緒にされたのが気に入らなかったのか、ちょっとだけ皮肉を言う。

「そうか?昔からドラゴンは光り物が好きで洞窟にため込むとよく言われているじゃろう。そんなものよ」

「なるほどね」

「ああ、それだけじゃ」

 そして、その髪飾りは、わしの宝物の一部になった。なくすと困るので、一番派手な、一番小さな宝箱にひっそりと入れた。わしの中で少しだけ何かが変わったような気がした。


○ようやく旅立ち

 モーラの提案で行商しながら旅する事にしましたので、馬車作りの合間に最初の予定よりもたくさんの薬草を採取しました。そして、加工しながら売れば、隠れ蓑になると言われましたので。確かに親子2人の徒歩の旅なら路銀はかかりませんが、親子3人で馬仕立てにして、商売もしない者がこの危険な道中をお金もなしに旅行して歩いたら不思議がられますからね。まあ、そもそも危険すぎて親子だけでは旅はしませんが、やむにやまれぬ事情、例えば母を訪ねて二万マイルの冒険の旅とか、と言うことにしておきましょう。なんか深海まで行きそうですが。



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