プロローグ
「人を呪わば穴二つ」という言葉がある。人を呪うなら自らも同じ目に合うから墓穴は二つ掘っておく必要があるということらしい。しかし、これはあくまで体の話だ。魂の話ではない。呪われたものと呪ったもの、その魂はどこにいくのだろうか。呪った人間だけが地獄行きというなら不公平というものだろう。呪われる人間には呪われるにたる理由があるものだ。恨まれるほどの悪行をした人間が天国に行けるはずがない。それなら、地獄に共にいくのだろうか。恨んだ相手を地獄に道連れにするために人を呪い殺す。そして、呪いを行ったものは気付くのだ、なぜこんな地獄に落ちて当然のやつのために自分まで地獄の責め苦を受けねばならぬのかと。そうなれば人は逃げ出すだろう。地獄の業火は捕らえた罪人を逃さない。足を焼き走って逃げられないようにする。それで逃げ出せればいい方だ、足がない幽霊の出来上がり。現世で彷徨うだけで済む。さらに鈍臭い奴は、今度は腕が焼き切られる。這い上がることも壁を掴んで落ちないようにすることもできず、底へ底へと落ちていく。そして体は焼かれ頭も焼かれ、そこに残るは穴二つ、人を恨み、世を恨み、希望の光を失って、瞳の炎は獄火に焼かれ、燻り残るは、虚の煤けた二つ穴。捕まるところもなくなって消えてしまわなかった憐れな魂は、現世に再び舞い戻る。虚な二つ穴に地獄の炎が灯ったまま、ゆらりゆらりと彷徨い歩く。もしも彼らに出会ったら、帰ってくるまで逃しちゃいけない。ついてゆくのだどこまでも、見逃したなら諦めて、地獄の悪鬼に祈りましょう。あなたはどこにも帰れない。(ブリテン島に伝わる民謡より)
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長野県軽井沢町にほどちかい山中の別荘で死体が発見された。被害者は金田美波四十二歳。夫も子供おらず、この日は屋敷の主人である佐々木徳蔵を訪ねにきていた。死因は焼死、しかもかなりの高火力で焼かれているために、身分証明ができるものも完全に炭になっており身元を特定するのは困難な状況であった。しかし、佐々木氏によって被害者がつけている指輪とこの日来ていた来客リストから金田美波であることが判明した。被害者と佐々木氏は以前恋仲であり、指輪はその時に渡した贈り物であることを佐々木氏が証言している。純金製のベースに装飾があしらわれたもので、月桂樹とブドウの装飾は小さい指輪への装飾としては繊細にかつ緻密に作られており、相当の技術を持った職人によるものであることは疑いようもなかった。しかし、佐々木氏はこの指輪を骨董商から買っており、その来歴も不明な代物で少なくとも中世以前に欧州において作られたアンティークであることしかわからなかった。
この事件に長野県警からは角田広嗣巡査部長、警視庁一課からは財前幸助警部、北島薫警部補、公安から外事第六課所属の土御門九郎管理官が派遣されていた。