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※本日は2回更新です。
※夜19時にも更新します。
「さあ、小鳥遊くん、ケーキのろうそくの火を消して。城嶋君、ライター持ってるでしょ?」
「これはお誕生日の人がやるって法律で決まってんだから」
そう言って十和子と佐藤に促され、前に出る。花音が「おろして」と言って、結弦の腕から降りた。城嶋が佐藤がケーキに刺した2と9のろうそくに火を着けてくれた。
「こういう時は、お歌を歌うのよ! せーの!」
花音の掛け声で、ハッピーバースデートゥーユーとおなじみの歌の合唱が始まる。手拍子とともに歌が進み、そして、ろうそくを消すタイミングになり、結弦はふーっと息を吹きかけた。
ふっと消えた火に手拍子が拍手へと変わる。
「おめでとう、結弦さん」
「お兄さま、おめでとう! あのね、私とお姉さまでプレゼントを用意したのよ!」
「え?」
プレゼントという言葉に思わず体が強張った。真理愛だけがそれに気づいて「大丈夫」と微笑んだ。
「お家にいながら、プレゼントを用意したんです」
「家に、いながら?」
訳が分からず首をかしげている結弦のもとに隠していたらしいプレゼントを花音が持って来てくれた。
平べったい大きな箱だ。青い包装紙が巻かれて、金色のリボンが飾られている。
「お兄さま、開けてみて」
「う、うん」
戸惑いながらもリボンをほどき、包装紙を開く。なんの変哲もない白い箱を開けると、中に入っていたのは木目が柔らかく浮かぶフォトフレームだった。いくつものフォトフレームがくっつく不思議な形をしていて、その中で一枚、既に写真が入っていた。
この間、三人で行った水族館でスタッフに頼んで撮ってもらったものだった。
「素敵なフォトフレームね」
「家ってことは作ったの?」
「まさか!」
佐藤の問いに真理愛が笑いながら首を横に振った。
「花音ちゃんの助けを借りて、通販サイトで探したんです。素敵なものが見つかって良かったです。ね、花音ちゃん」
「うん! 写真もね、御影にコンビニに連れて行ってもらって、私がコピー機を操作して印刷したのよ!」
花音がふふんと胸を張った。真理愛は日本語の読み書きが苦手なため、そういったものの操作がどうしても苦手らしい。
「ありがとう、とても嬉しいよ」
結弦はそのフォトフレームを箱から取り出して手に持つ。するとエメラルドの光る手が結弦の手に重ねられた。
「これからたくさん、思い出を増やしていきましょうね」
「うん。すごく、楽しみだ」
心からの笑顔がこぼれる。それを見た真理愛もにっこりと笑って、結弦の頬に再びキスをしてくれた。
結弦もキスを返して、さっそくリビングの棚へフォトフレームを飾った。まるで最初からそこにあったかのようにしっくりくるデザインだ。
「じゃあ、今日も思い出に追加しませんか?」
池田が持参したカメラを手に行った。
「案外、本格的なんだね」
「大学時代は、バイトで金を貯めては、そこら中に写真撮りに行ってたんすよ。三脚も持ってきましたから、皆さん、並んで! ここがいいですよ、ここ」
HAPPY BIRTHDAYの金と銀の風船が張られた壁の前を池田が指さす。
「じゃあ、主役は真ん中で座れ」
「それで、はい、ケーキも持って。あ、落とさないでね、食べるの楽しみなんだから」
城嶋に促されて座らされ、佐藤にケーキを持たされる。
「んで、妹ちゃんと畠中さんが両脇で畠中さんの隣に日野さん、妹ちゃんの隣に橋本さん」
城嶋の指示で小柄な二人が結弦の隣にしゃがんだ真理愛と花音の隣にそれぞれしゃがむ。佐藤と城嶋が後ろに立って三脚を立ててタイマーをセットした池田が城嶋の隣に立つ。
「はい、じゃあ、チーズの掛け声で……はい、チーズ! もう一枚いきますよ、はい、チーズ!」
池田がカメラの下に戻り、写真を確認する。
「はい、良い感じに撮れてますよ」
「よし、じゃあ、ケーキ食べましょ」
「切り分けますね。結弦さん、キッチンに持って来て」
了解、と頷いて結弦はキッチンへとケーキを運ぶ。真理愛が丁寧に切り分け、お皿に乗せたそれを結弦と花音で運んでいく。
それからみんなでケーキを食べて、どういう流れだったかは覚えていないがテレビゲームを楽しみ、結弦はあの日以来、久しぶりに誕生日のお祝いを心から楽しむことができたのだった。
「ところで、最近、藤原さんがやけに大人しいけど、何か知ってる?」
ダイニングで真理愛が追加で作ったおつまみを肴に酒を飲み続けている佐藤が言った。
真理愛と十和子もジュースを片手にそこで話に花を咲かせていた。
「あ、この間、トイレで会いましたけど……」
真理愛はあの三人に誤解を解くようにお願いした日に会ったのを思い出す。
次はなんのゲームにしようかとソフトを選んでいた結弦たちも顔を上げる。
「丁度、総務課の方々に『お願い』をした時だったんですけど……どうしてか頬を染めて『お姉様』って叫んでどこかに走り去っていきました。なんで秘書課から遠いトイレにいたんでしょうか」
「お姉様? え? 実は妹だったとか?」
佐藤が首をひねる。
「いえ、一人っ子ですけど……日本でもフランスでもいとこの中でも私が一番下ですし」
「そういえば、水族館で会ったのよね? まあ、小鳥遊くんがロビーで行き先を告げていたから、そこに居合わせるのは可能でしょうけど」
十和子の言葉に結弦が花音に睨まれ、必死に視線を逸らしている。
「どうやって追い払ったの? あそこまで追いかけて行って素直には引き下がらなかったでしょう?」
「トイレから戻ったら、結弦さんがナンパされてて、藤原さんが助けにまず入ったんです」
「恋人のふりをしていたのよ、あの人!」
花音がぷんすか怒りながら言った。
「お兄さまは昔から変な女に好かれるけど、自分で見つけた女性はお姉さまのような素敵な人で本当に良かったわ」
花音が胸をなでおろす横で結弦が「だよね!」と喜んでいるが、城嶋と池田は何とも言えない顔で結弦を見ている。
「でもね、お姉さまが今の姿でサングラスをかけて……それで投げキスとウィンクで追い払ったの! メロメロだったわ!」
「僕もあれを正面から受けていたら、死んでましたね」
何を大真面目に頷いているんだか、と真理愛は半目になるがコントローラーを置いた橋本がダイニングの真理愛のもとに駆け寄って来る。
「先輩、再現、お願いします」
「再現って……然程のことはしていませんよ? ええと……」
真理愛は立ち上がり、カウンターに置きっぱなしだったサングラスをかけて、橋本のところに戻る。
そして、サングラスを少し下げ、橋本の顔をのぞき込む。
「カワイイ、コネコちゃんタチ」
あの日と同じように片言でしゃべる。
「コノ人ハ、私ノ、コイビト。返シテネ」
そして、ウィンクからの投げキスを送った。
「うっ!!」
「は、橋本さん!?」
胸を押さえて、橋本が崩れ落ちた。
「あ、危なかった……! 私が日々、推し活に励んでいなければ、危うく救急搬送の憂き目に遭うところでした!」
「うきめ?」
「大丈夫、通常運転よ」
佐藤がそう言って酒をあおる。
なんだかリビングのほうで結弦が「おかわり!!」と叫んでいるが真理愛は聞こえないということにした。おかわりなんて日本語、今だけ知らない。
「真理愛ちゃん、ウィンク上手ねぇ。私、ちっともうまくできないのよ」
えい、えいという掛け声とともに十和子がウィンクをするが、両眼を閉じてしまっている。とても可愛らしく、真理愛と佐藤はほのぼのしてしまう。
「先輩、もしやそれを藤原さんにもしました?」
「ええ。あの時は、似非外国人になりきっていたので」
「だったら、もしかすると王子先輩から私の先輩に乗り換えたのかもしれません」
「そんな電車みたいに……」
「ああ、でもありえそう」
戸惑う真理愛とは裏腹に佐藤は苦笑交じりに頷いた。
「あの子、噂じゃ良いところの女子高出身だって言ってたし、お姉様という存在に弱いのかもしれないわね」
「思い込みが激しそうだから、今度は真理愛ちゃんに付きまとわなければいいけど……」
十和子が心配そうに言った。
「大丈夫です。先輩は私が守ります! 先輩をお姉様と崇拝するのなら、勝機は我が手にあります! オタクは沼に引きずり込むのが得意なんで、任せて下さい!」
「沼? お、溺れちゃいませんか?」
おろおろする真理愛に橋本は「がわいい」と叫んでまた床に突っ伏してしまった。
「大丈夫よ、お姉さま、沼に引きずり込むって言うのは、例え話よ。実際に引きずり込んだら犯罪だもの」
花音が教えてくれて、ほっと胸をなでおろす。
「でも、橋本さんも真理愛さんも無茶はしないようにね? 逆上した人間が何をしてくるかなんてわからないし……」
結弦が心配そうに言った。城嶋と池田がうんうんと頷いている。
「大丈夫ですよ、王子先輩。布教活動は一番平和的な解決方法です。ただ相手が同担拒否にならないようにしないと……」
橋本の言葉はところどころ難しい。どうたんきょひ、とはなんだろう。あとで花音に教えてもらおう。
「あ! そうだ! 今日はお家にお邪魔するのでお約束していた漫画を持ってきたんです。すみません、月曜日は寝坊して忘れちゃって、そのあと、噂や先輩のお家にお邪魔することになって、すっかり忘れちゃって……」
「ふふっ、心配してくれていたの、知っていますから。漫画も含めてありがとうございます」
よしよしといつもみたいに頭を撫でると橋本は嬉しそうに目を細めた。
「……ところで結弦さん」
真理愛は橋本を撫でながら恋人に顔を向ける。目が合うと結弦は嬉しそうに笑った。
「……あのワンピース、三万円じゃなかったんです?」
「花音! お菓子買ってあげるから、お兄ちゃんとコンビニ行こう! 池田君も橋本さんもお菓子買ってあげる!」
結弦は花音を小脇に抱えて逃走した。池田が慌ててついて行き、橋本は「お菓子!」と嬉しそうに追いかけていき、ジャスティンが散歩チャンスを逃すまいとさらに追いかけて行った。
「結弦さん! コンビニはさっき行ったでしょ!」
真理愛が怒ってもお構いなしで、玄関のドアが閉まる音だけがした。
「どういうこと?」
「あの写真のワンピース、結弦さんが買ってくれたんですけど……というか結弦さんは私にプレゼントし過ぎで制限してるんですが……三万って言われてたんですけど、蓋を開けたら七十万だったんです」
「ぶふっ!」
佐藤が酒を噴き出し、十和子は目を白黒させる。
「ななじゅうまん?」
「ななじゅうまんって、あの、一万円札が七十枚必要になるっていう」
城嶋は盛大に混乱しているようだった。
「海外の有名ブランドのワンピースだったんです。調べたらヒットして……問い詰めるのを忘れていました」
「でもカードも何もかも取り上げたんじゃなかった? 貢ぎすぎて困るって」
「そのつもりでしたが、どうやらまだ何か隠し持っているみたいで……」
「貢がれすぎて悩むなんて、斬新ねぇ」
佐藤がけらけらと笑った。
「だって佐藤さん、あの人、加減ってものがないんですよ? お花もケーキも制限しないと毎日買って来るし、お洋服だって部屋を一つクローゼットにしたほど買って来るんですから……」
「あー、あいつ、休憩中とか、仕事でブティックの前通ると『真理愛さんに似合いそう』とかなんとか言って写真撮ったり、メモしたりしてたわ」
城嶋がこちらにやって来て、おつまみを一つ口に放り込んだ。
「私も買ってくれるのも、私のために選んでくれるのも嬉しいんですけど……加減って大事ですよね」
「クローゼットから溢れちゃったらしまう場所にも困る物ねえ。お花はともかくケーキは太るし……」
「さすが、すぐに婚姻届書かせようとする重い男」
うんうんと佐藤が頷きながら言った。
「皆さんが帰ったら、問い詰めてみます」
「ふふっ、頑張ってねぇ」
「はい。……それと、今日は本当にありがとうございました。成功したのも皆さんのおかげです」
真理愛だけではきっと成し遂げられなかったことだ。彼らの協力あってこそ、結弦の誕生日を祝うことができたのだ。
「可愛い後輩の頼みだもの。ね、佐藤ちゃん」
「そうそう。それにこんな美味しい料理食べられて、こちらこそ幸せよ」
「小鳥遊がさ、畠中さんの料理とか弁当とかめちゃくちゃ自慢する癖に、本当に絶対に一口もくれなかったから、今日は感動した。マジで美味しかったよ」
「ありがとうございます」
手放しで褒められると少し気恥ずかしい。
「……本当にさ、あいつ、ちょっと心配なところがあったから、畠中さんっていう恋人ができて良かったなって、今日、再確認したよ。あいつのこと、よろしくな」
「はい」
真理愛は迷わず頷いた。
結弦のそばには、心優しい人たちがたくさんいて、彼を支えてくれている。そのことに彼がもっと自信を持てるように頑張ろう。
「今日は、本当にありがとうございました」
「「「どーいたしまして」」」
くすくすと笑う三人に、真理愛もつられて笑いを零したのだった。