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【コミカライズ】鉄仮面のマリア ※続編完結!  作者: 春志乃
第4話 愛情たっぷり肉じゃが
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4-3


「うん、検査結果も異常なし。たんこぶも大分よくなっていますから、もう大丈夫そうですね。花音さん、運動をするときは気を付けてね」


「はーい」


 医者の言葉に花音は、ちょっと恥ずかしそうに首を竦める。


「とはいえ、大人もそうだけど怪我をするときはしてしまうから、気を付けるのは大事だけれど、あまり気負わなくてもいいからね」


「はい!」


 優しい言葉に花音は、元気よく返事をする。

 その様子を真理愛は結弦とともに見守りながら、ほっと息を吐く。

 今日は、花音の再診日ということで病院に来ていた。


「お兄さん、お姉さん、というわけで今回限りで大丈夫でしょう。また何かあれば、いつでも受診してくださいね」


「はい、ありがとうございました」


 頭を下げる結弦に倣って、真理愛もお礼とともに頭を下げる。

 診察室を後にして、ロビーへいく。結弦が会計受付の列に並んでくれたので、真理愛は花音とともにロビーにずらりと並ぶベンチに並んで座る。


「大きな病院て、こんなにひとがいっぱいなのね」


 花音が物珍しげに見回す。


「色々な科がありますからねぇ、小児科に外科に内科、皮膚科に整形外科に産婦人科……他にも検査のあれこれも色んな種類がありますしね」


「フランスの病院も大きい?」


「もちろん、大きいところは大きいですよ」


「私もいつかフランスに行ってみたいの。お姉さま、その時は案内してくれる?」


「もちろんです。パリなら任せて下さい」


 真理愛が頷くと花音は「やったぁ」と嬉しそうに顔を綻ばせた。好物に喜ぶときの結弦にそっくりで、微笑ましい。

 確かに花音と結弦は、顔の作りは似てはいないが仕草や表情がよく似ている。似ているところを見つける度に、真理愛はついつい頬が緩んでしまう。

 この一週間は、とくに何事もなく平和的に過ぎ、今日の再診の日を迎えた。藤原もあれから結弦に付きまとうことも、真理愛に立ち向かってくることもなくなり、結弦があまりに真理愛にデレデレしているので、挑んで来る女子社員もいなかった。


「あ、いたいた」


 結弦が真理愛たちを見つけて戻って来る。


「手続きも終わったし、これで終わりだよ。帰ろうか」


「はーい。お兄さま、お姉さま、色々とありがとう。心配かけてごめんなさい」


 花音がぺこりと頭を下げた。きちんとこういうことを言える花音は、良い子だな、と真理愛はその頭を撫でる。


「大事な花音ちゃんだから、心配はしましたよ。でも、何事もなかったんだからいいんですよ。ね、結弦さん」


「真理愛さんの言う通りだよ。花音が元気なら、僕らは別になんだっていいんだよ」


「……ありがとう、お兄さま、お姉さま」


「どういたしまして」


 むずがゆそうに花音が兄の手を取った。結弦は反対側の手で、妹の小さな頭を撫で「さ、帰ろ」と花音の手を引いて、立ち上がらせる。

 真理愛も立ち上がり、三人は歩き出す。


「ねえねえ、お兄さま、帰りに本屋さんに行ってほしいの。あのね、今度学校の授業でお菓子作りをするからレシピの本がほしいの」


「真理愛さんの借り……ほとんど英語かフランス語だったな」


 結弦が苦笑を零す。


「……だって、日本語難しいんですもん」


 唇を尖らせると、大きな手がぽんぽんと真理愛の頭を撫でてくれた。


「それもあるけど、お姉さまのレシピ本は、作る人が上手なことが前提なんだもの。それに学校のグループの皆で決める時に持っていくの」


「なるほどね。いいよ。真理愛さん、おすすめの本屋さんある?」


「私、日本では本屋さんって行かなくて……」


「え? じゃあ、どこで買ってるの通販?」


「あっちに帰省した時とか、フランスの通販で頼んで実家に届くようにして、誰かが遊びに来るときに持って来てもらうようにしてました。ママとおばあちゃんが、おすすめのレシピ本を送ってくれたりもするし。今度の夏のバカンスの時にもママに頼んであります」


「へえ、なるほど」


「お姉さまのママが来るの?」


 花音が首を傾げる。


「夏になったらですけどね。ママとパパが来ますよ」


「私、お姉さまのママやパパに会ってみたいわ」


「ママは日本語あまりできないけど、人間、やる気があれば伝わりますから、ぜひ」


「やったぁ」


「ほら、車に着いたよ。乗った乗った」


「はーい! お姉さまは一緒に後ろね!」


 花音が先に乗り込み、真理愛はいつも通り、その隣に乗る。結弦がドアを閉めてくれたので、シートベルトをする。

 そして、結弦が運転席へと座る。


「さて、ここから一番近い本屋さんは……ああ、そうだ。花音」


 スマホで本屋を調べようとしていた結弦が振り返る。


「なぁに?」


「実は、良い子の花音にお知らせがあります!」


 ふふふっと意味ありげに笑う兄に花音が首を傾げる。

 結弦は、どこからともなくチケットを取り出して花音に渡す。


「明日、なんと水族館に行きます」


 ぽかんと口を開けた花音が兄とチケットを交互に見ていたかと思えば、茫然としたまま真理愛を振り返るので「本当ですよ」と頷く。


「ほ、ほんとうに?」


「ははっ、本当だよ。そこ、遊園地も併設されているんだって。明日は早起きしないとね」


 花音は、言葉が出てこないようだった。

 その代わり、ここから見える大きな黒い瞳は星のひかりを詰め込めるだけ詰め込んだみたいにキラキラしている。その星を詰め込んだ目が、手の中のチケットを宝もののように見つめている。感嘆のため息が、小さく聞こえた。


「お兄さま! 本屋さんで、ガイドブック買ってもいい?」


「いいよ。一緒に予習しよう」


「うん! お姉さま、寝る前にマニキュアぬってもいいかしら?」


「ふふっ、お出かけですからね」


 真理愛が頷くと花音は「やったぁ!」と声を上げた。真理愛は、チケットを受け取って、結弦に渡す。結弦は忘れないように、と車のダッシュボードにしまった。


「じゃあ、本屋さんへ行こうか。この近くにあるみたいだよ」


 結弦がそう告げて車を発進させる。


「私、水族館初めてだわ! すごく楽しみ! ねえ、お姉さま、スマホで調べてほしいの! 私、イルカショーを見てみたいんだけど、やってるかしら?」


 花音のおねだりに真理愛はスマホを取り出して調べる。


「ええと……あるみたいですよ。イルカショーもやっているみたいです」


「本当!? 楽しみだわ! あ、もう大丈夫、あとはガイドブックを見るのよ。お兄さまと、もちろんお姉さまも一緒よ!」


「ふふっ、はーい」


 実は、花音が夜寝ている時に、真理愛と結弦は水族館については調べていて、花音が好きそうなベントも下調べ済みだ。


「楽しみですね、花音ちゃん」


「うん!」


 溢れんばかりの笑顔で頷いた花音の眩しさに、真理愛は柔らかに目を細めるのだった。





「お姉さま、お兄さま、早く早く!」


 入場口が見えてくると花音は、嬉しそうに駆けだした。


「こら、転ぶよ」


 くすくすと笑いながら結弦と真理愛は、その小さな背を追いかける。 

 入り口でチケットを出して、パンフレットを貰って中へ入る。

 青白い光に満たされた薄暗い館内は、まるで海の中にいるようだ。

 いくつもの水槽が並んでいて、たくさんの魚が泳いでいる。休日とあって、家族連れが目立つが、大勢の人々でにぎわっていた。


「お姉さま、見てみて」


 花音が指差した水槽を覗きこむ。


「あ、クマノミ」


 そこには、イソギンチャクに隠れるように白とオレンジの縞模様の熱帯魚がいた。


「思っていたより、小さいかも。可愛いですね」


「うん! お魚って銀色のイメージがあるけど、熱帯のお魚はとってもカラフルね」


「そうだね。あっちの子はピンクだし、こっちの子は綺麗なブルーだね」


 結弦も水槽を覗き込む。

 水槽の前にある写真入りの説明を見ながら、名前を照らし合わせる。説明を読んでは「へぇ」と感嘆し、のんびりと進んでいく。


「あ、そろそろ時間だよ」


「なんの?」


 腕時計を見ながら言った結弦に花音が首を傾げる。


「花音は、真珠って何からとれるか知ってる?」


「真珠って、白くて丸いやつ?」


 結弦が、うん、と一つ頷く。


「ええーっとねぇ、うーん、宝石の仲間だから、洞窟?」


「残念、ハズレ。実は、アコヤ貝っていう貝の中から採れるんだ」


「えー、うそだー!」


 花音が驚きに声を上げる。微笑ましくて、ついつい笑ってしまう。


「ははっ、嘘じゃないよ。それを証明しに真珠を貝から採取する体験できるっていうコーナーを予約してあるんだけど、どう?」


「行く! 絶対に行くわ!」


「じゃあ、行こう」


 結弦が花音の手をとり歩き出す。花音が「お姉さまも!」と言うので、花音のもう片方の手を取って歩く。

 コーナーはすぐそばにあった。

 長い机が横に並んでいて、椅子が等間隔で置いてある。一席に一台、スタンドライトが置いてあり、薄暗い館内の中では眩しく感じる。


「予約していた小鳥遊です」


「はい、お待ちしておりました。三名様でご予約ですね、こちらの三つの席にどうぞ」


 案内されるままに席に着く。


「私は、田中と申します。本日はよろしくお願いしますね」


 お姉さんはにこにこしながら、白いボウルを取り出した。中を覗くと二枚貝がいくつか入っていた。


「この中に真珠があるの?」


 花音が首を傾げる。


「はい。真珠には、天然ものと養殖ものがあります。お嬢さんは、養殖ってわかりますか」


「分かるわ! お魚とかにもあるやつよね。いけすの中とかで、人間が育てるやつね」


「その通り。このアコヤ貝も、養殖ものです。実際に天然の真珠を採るのは大変ですからね。稚貝を育てて、大人になったらまた二年育てて、そうしたら真珠の核を埋め、そしてまた時間が経つのを待って、収穫します」


「真珠の核?」


「真珠というのは、貝が体内に入った異物から自分を守るためにできるんです。この貝の裏側の部分、真珠に似ていませんか?」


 田中が、別の貝を手に見せてくれる。白に虹色がかった貝の裏側は、言われて見ると真珠の輝きに似ている。


「真珠は、ここと同じものが、核を包むようにしてできるんです。だから自然界でも、砂や小石、何かの破片が入って真珠ができるんですよ」


 三人揃って「へぇ」と感心する。


「では、体験をはじめましょう。まず、手を怪我しないようにテーブルの上のゴム手袋をはめて下さい。……では、お好きな貝をどうぞ」


 差し出されたボウルから、まず花音が選び、次に真理愛、最後に結弦が貝を手に取る。

 それから田中の説明と指導のもと、専用の器具をつかって貝を開けて、ピンセットで真珠を取り出す。

 淡く輝く丸い真珠が、貝からでてくるのはとても不思議で神秘的だった。


「すごいわ、本当に中に真珠が入ってたわ」


 花音が自分で取り出した真珠を手に乗せて、嬉しそうに言った。


「別料金になってしまうんですが、アクセサリーなどに加工できますよ。お時間もいただくのですが」


 花音が、ばっと兄を振り返る。


「もちろん、いいよ。真理愛さんも加工しなよ」


「ありがとうございます。花音ちゃん、どれにしましょうか」


 田中がネックレスや指輪、ピアスなどの土台の見本を出してくれる。


「真理愛さん、ピアスにしたら? 僕の分をあげるから」


「いいんですか?」


「もちろん」


「じゃあ、ピアスにしようかな……花音ちゃん、どれがいいと思います?」


「うーん、どれも素敵だから……お姉さま、私はネックレスにしたいからあとで一緒に選んでね。先にお姉さまのを決めるわ」


「はーい」


 花音と一緒に、うんうんと悩みながら土台を決める。時折、結弦が口をはさんで、なんとか決まった。

 引き取りの時間を教えてもらい、コーナーを後にする。


「少し早いけど、レストランに行こうか? 混む前に入れるかも」


 結弦の提案に頷いて、真理愛たちは場内のレストランへと向かったのだった。



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