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【コミカライズ】鉄仮面のマリア ※続編完結!  作者: 春志乃
第3話 味気ないコンビニおにぎり
48/60

3-4

※本日、2度目の更新です!

※朝7時にも更新しています。


 結弦は、無言のまま着いて来る凪咲とともにロビーへ降りる。

 広いロビーは大勢の患者やその家族、看護師やスタッフが行き交っている。患者を診察室へと促すアナウンスを聞きながら、結弦はロビーを横切り、エントランスへと出る。


「どうやって来たんですか?」


「……タクシーで」


 その返事にロータリーを見るが、たった今、最後の一台がお客さんを乗せて発車してしまった。だが、大きな病院であるし、午前中なので少し待てばタクシーも戻って来るだろう。

 結弦は、凪咲を促してタクシー乗り場近くのベンチに並んで座った。キャリーケースをベンチの横に立てる。凪咲は、抱っこ紐をほどいて背中から前へと涼真を移動させる。


「……ごめんなさいね、あれこれ迷惑ばかり……」


「迷惑じゃないです。花音は僕の妹ですから」


 結弦の言葉に凪咲は「……ありがとう」と小さく呟いた。

 彼女の膝の上で涼真は、大きな丸い目でじっと結弦を見ている。


「ぱぁぱ?」


「パパじゃないよ」


 結弦は苦笑交じりに告げる。

 いやになるくらいには、結弦は父親に似ている。


「ぱぁぱ」


 ニコニコ笑って涼真が短い腕を伸ばす。服の袖から見える手首はむちむちだ。

 結弦は、困ったように笑う。


「よければ、抱っこしてあげて」


 凪咲が力なくわらった。


「でも……」


「いいのよ、あの人は今、韓国なんだから」


 凪咲が涼真を持ち上げる。結弦は、幼い手が望むように抱き上げた。来月、一歳になる弟は、結弦の膝の上に立つ。


「ぱぁぱ」


「にーにだよ。大きくなったね」


 最後に見た涼真は、まだ首も据わっていない小さな小さな赤ん坊だった。結弦は、今みたいに父が居ない隙に一度だけ凪咲の計らいで抱っこしたきりだった。腕に残るあの時の記憶よりも、ずっと重くなっている。


「もう歩くんですか?」


「あとちょっとってところかしら。掴まり立ちはするし、掴まったままなら少し歩けるのよ。花音がよく面倒をみてくれるから、お姉ちゃんが大好きなのよ」


 凪咲が微笑んで、息子の頬をくすぐるように指で撫でた。


「……花音に寂しい思いをさせていた自覚はあったの。だから、涼真が産まれたのもあって、もっとあの子の傍にいられるように仕事をセーブして……でも、あの子がそんな風に思っているなんて、考えもしなかったわ」


「花音が、寂しがっていなかったとは僕は言えないですけど……でも、花音は凪咲さんのことが大好きだから、あんな風に想うんですよ」


「……そうかしら」


 凪咲が顔を上げる。

 結弦は涼真を高い、高いと声を掛けながら持ち上げる。


「僕は、愛情の反対が無関心だって知ってますから」


 きゃっきゃっと涼真の笑い声が軽やかに落ちる。可愛いな、と思う。真理愛さん、メロメロになりそうだな、と笑うと、結弦の笑顔が嬉しかったのは涼真が、またいっそう笑う。


「花音だって、分かっているんです。賢い子だから、凪咲さんができるかぎりの早さで帰って来てくれたんだって。でも、いくら賢くてもまだ幼いから、感情が上手くコントロールできなかっただけだと思いますし、本音ではやっぱり僕や真理愛さんじゃなくて、大好きなママに一番に来てほしかったんでしょうね。きっと今ごろ、真理愛さんに『酷いこと言っちゃった』って泣きついているんじゃないかな」


 抱え直した涼真が結弦の髪を小さな手で興味深そうにいじる。

 五月の風は爽やかに三人の髪を揺らす。


「凪咲さん、僕は父を救ってくれたこと、感謝しています。でも、あの人はどこかがいつまでも壊れたままだから、それに律儀に付き合いすぎないで……貴女は一番に花音と涼真を守るべきです。可愛い妹と弟に僕は、僕のような思いをしてほしくない」


「結弦さん……」


 凪咲が、なんだか泣きそうな顔をした。


「大丈夫ですよ。僕には、愛情深いマリア様がついていますから。彼女は、キス一つで僕を世界一、幸せにしてくれるんです」


 空のタクシーが戻って来るのが見えた。

 結弦は笑って、涼真を彼女の腕の中に戻す。髪を掻き上げて、涼真の小さな額にキスをした。やってから、真理愛さんのキス癖がうつったなと苦笑する。そんなこと、したことがなかったから凪咲が驚いている。

 結弦は、タクシーに近づく。ドアを開けてくれた運転手にお礼を言って、凪咲を呼ぶ。凪咲が慌てて立ち上がり、こちらにやって来た。

 二人が乗り込むのを手伝って、実家の住所を伝える。


「いい子でね、涼真。凪咲さんも、気を付けて。花音のことは任せて下さい。運転手さん、よろしくお願いします。おつりはとっておいてください」


 結弦は、財布から多めにお金を取り出して運転手に渡した。


「……ありがとう、結弦さん。花音のこと、よろしくお願いします。真理愛さんにもいつもありがとうって伝えておいて」


「はい。じゃあ、また」


 結弦が下がるとタクシーのドアは自動でしまる。

 運転手が周辺の確認をして車を発車させる。凪咲が、去り際、またぺこりと頭を下げた。

 結弦はタクシーを見送って、ベンチの横に置きっぱなしだったキャリーケースを再び引きながら、駐車場へと歩き出す。車の場所、真理愛さんたち分かったかな、と心配しながら愛車に戻れば、ちゃんと車の中に二人の姿があった。

 結弦はトランクルームを開けて中にキャリーケースをしまい、運転席に回る。


「ただいま。車、ちゃんとわかったみたいで良かった。凪咲さんは、タクシーで帰ったよ」


 結弦はシートベルトを嵌めながら告げる。


「花音ちゃんが先に見つけてくれたんですよ。ちゃんとナンバーを覚えていて」


 真理愛に褒められた花音がどや顔をしているのが、ルームミラー越しに映っている。結弦はくすくすと笑って「さすがだね」と返す。

 二人がシートベルトを嵌めたのを確認して、車を発進させる。


「お昼ご飯はどうしたい?」


「お兄さま、私、一度、ファーストフードのハンバーガーを食べてみたいの! お姉さまは、お兄さまが良いって言ってくれたらって、言ってくれたわ」


「ははっ、いいよ。じゃあ、家の近くのお店に行こう。僕もハンバーガーは久々だな」


「お姉さまのスマホで、メニューをみたの。チーズのやつにするの!」


 どうやらすでにメニューを決めているらしい妹に、結弦はくすくすと笑いながらハンドルを切るのだった。




「ああ、花音! ひどい! 僕からスターをとらないで!」


「ひどくないわ。これはそーいうゲームでしょ!」


 結弦と花音がテレビゲームのコントローラーを握りしめ、すごろくを模したパーティーゲームをしている。ゲーム終了までにスターをたくさん獲った人が勝ちというルールだ。

 だが、もちろんすごろく仕立てなので、サイコロを振って進んでいく。相手を邪魔するマスや自分が有利になるマスなどがあって、終了するまで勝敗は分からないのだ。

 真理愛は、ラグの上に座りのほほんとそれを眺めながら紅茶を飲む。

 ジャスティンは彼専用のクッションの上で、でーんとお腹を見せて寝そべって眠っている。警戒心とか野性という言葉と無縁の寝相だ。


「あ、そうだ……あのね、結弦さん。昨夜、結弦さんが寝た後、正人さんから電話があって、私が出ちゃいました」


「真理愛さんなら別にいいよ。正人だし。なんだって?」


「ごはんのお誘いでした。でも、急に連絡が入ったみたいで忙しなく電話も切れたので、忙しくしているかもしれません」


「おまわりさんだからねぇ。一緒にごはん食べてるときに呼び出されてたのも、一度や二度じゃないしって、嘘じゃん! 僕のスターがまたとられた! しかもモブに!」


「お兄さま、今日は不運なのね」


 ふふんと花音が鼻で笑った。

 花音も、結弦も元気そうでよかった、と真理愛はまた紅茶を口に含む。


「花音ちゃん、夕ご飯は何がいいですか? 一応、もともと今夜は唐揚げにしようかと思って材料は買ってあるんですけど」


「からあげ? 私大好きよ! お姉さまのからあげなんて、期待しかないわ!」


「真理愛さんの唐揚げは、一度食べたらやみつきだよ」


 結弦がうんうんと頷きながら言った。


「ふふっ、じゃあ唐揚げにしますね。付け合わせはサラダと……お味噌汁とコンソメスープどっちが……あら?」


 スマホがデニムのポケットで震えている。何かしら、と取り出すと十和子からの着信だ。どうしたんだろう、と通話ボタンを押す。丁度、午後のお休みの時間だ。


『真理愛ちゃん? 大変よ……』


「何か問題でも……」


『大騒ぎよ』


「え、そんなに問題が? すみません、どの案件の」


『違うわ。昨日の王子と真理愛ちゃんの逃避行よ』


 真理愛の頬が盛大に引き攣る。真理愛はテーブルにスマホを置いて、スピーカーにした。


『真理愛ちゃんが王子を連れて行ったって、大騒ぎでね、経理課に用もないのに次から次へと……おかげで催促と訂正の手間が省けてありがたいけど』


「C’est pas vrai ?」


『なんて??』


「落ち着いて、真理愛さん。ちなみに今のは、フランス語で『嘘でしょ?』って意味です」


 結弦がコントローラーを置いて、ソファから降り隣に膝をつく。


『あら、王子も一緒なのね。今、おうち?』


「はい。妹も無事に退院しまして、色々とありがとうございました」


『いいのよ、子どもってのは何をしでかすか分からないものよ。私だって何度呼び出しをってそうじゃないの。大変なのよ、だから』


「何がですか?」


『王子と真理愛ちゃんが恋人だって、バレちゃったでしょ。もともと疑われていた二人だから……まあ、どうやったってバレるでしょ。それで経理課に来る社員の多いこと。まあ、さっきも言ったけど、こっちは仕事が捗って有難いわぁ』


「あー……そんなに騒ぎですかね?」


『王子は、自分が王子って呼ばれていることをちゃーんと自覚しないとだめよぉ。とはいえ、午後には真理愛ちゃんもお休みだってことが知れ渡ったみたいであんまり人は来なかったんだけどね。あ、真理愛ちゃんのお仕事は完璧よ~』


「Je vous remercie beaucoup」


「だめだ……真理愛さんが日本語を忘れてしまった」


『あ、今のメルシー! メルシーは分かるわ、ありがとうって意味ね!』


 今日も十和子は、マイペースにのほほんとしている。


『まあ、そういうわけだから、明日は心して来てねぇ。なんか課長が呼んでるからもう行くわ~』


 そう言って電話は勝手に切れた。


「領収書とか申請書とか、それは経費で落ちませんとか、経理らしいことを言いながら結弦さんを連行するべきだったかしら」


 真理愛は自分の両手を見つめながら呟く。


「真理愛さんて、時々突拍子もないことを言うよね」


「お姉さま、大丈夫?」


 ぴょんとソファから飛び降りて、花音が真理愛の顔を覗き込んで来る。


「ええ、大丈夫です、大丈夫です……なんで、結弦さんはそんなに嬉しそうなんですか」


 見れば、恋人の端正な顔は、ゆるっゆるに緩み切っている。花音が「お兄さま」と頬を引き攣らせるくらいには、緩んでいる。


「明日から会社でも堂々と恋人でいられるかと思うと、嬉しくて……」


 えへへ、と結弦が照れながら頭を掻いた。

 ちょっと可愛いと思ってしまったら負けなのよ、真理愛と唇を噛みしめて耐える。


「お兄さま、ねじが百個くらいはずれているんじゃない?」


 花音が呆れたように言った。


「私の地味で平和な経理課ライフが……でも、しょうがないです。お腹をくくるしかないです」


「真理愛さん、格好いい!」


「でも、べつに一緒には行きませんからね」


「え」


 結弦の顔にありありと「信じられない」と書かれている。


「当たり前です。イチャイチャもしません。これまで通りでいきます」


「え」


「会社は公共の場ですよ」


「お姉さまが正しいわ」


 花音は真理愛の味方になってくれた。


「第一、お兄さまは自分の価値をちゃんとわかってないのよ」


 花音が腕を組んで、やれやれと肩を竦める。結弦が不思議そうに首を傾げた。


「二十八歳の独身男性。エリートサラリーマン。愛犬家でお酒は飲まないし、煙草だって最近は吸わないでしょ? 性格だって穏やかで優しい。相手の気持ちを尊重してくれる。ちょっとポンコツだけど、家事だってちゃんと手伝ってくれる。これだけでも市場価格はうなぎのぼりよ!」


 びしっと花音が兄を指差す。結弦は花音が手放しで褒められて、照れ照れしている。やっぱりちょっと可愛い。


「その上、こんなイケメンでスタイルもバツグン。さらに資産家とくれば、お兄さまが婚活パーティーにでたら、女豹の群れに押しつぶされるわ」


 花音が真顔で言い切った。真理愛は、うんうん、と頷く。


「うんうんって他人事みたいに頷いてるけど、お姉さまもよ!」


「え」


「こんなに美人でスタイルも抜群。英語とフランス語と日本語が話せて、その上、お料理上手で社長令嬢なのよ! 会社で鉄仮面って呼ばれても、根っからの優しさは伝わっているはずだわ。第一、お姉さまのスタイルの良さは全然隠せてないもの。本当のことをいくら隠していても、お兄さまみたいな本物が分かる人には、お姉さまのみりょくだってわかっちゃうの!」


「社長令嬢って言っても、パパの会社はたぶん、そんなに大きくないし……社長だけど支社長ですよ?」


 雑談でそんな話をしたが、花音がそこまでしっかり覚えていたことに驚く。というか、花音は本当に十歳児なのだろうか。


「花音は、その知識をどこで仕入れてくるの? 市場価格とか婚活なんてよく知ってるね……」


「棚橋さんとよくみる夕方のワイドショーよ。棚橋さんが、世間を知るのは大事ですよって見せてくれるの。面白いわ」


「棚橋さん……」


 結弦がなんとも言えない顔をしている。


「会社でイチャイチャする必要なんてないの。いつも通りに過ごしているほうが、信頼関係がばっちりできあがっているんだって証明になるって……お友だちのお姉さまの持ってる本に書いてあったわ」


 花音の知識は様々なところから仕入れられているらしい。

 だが、真理愛は花音の言葉に力強くうなずいた。まさに真理愛が言いたかったことはそれだ。


「無駄に結弦さんを好きな人たちを刺激する必要はないんです。人は嫉妬にかられると何をするか分からないでしょう?」


「……そうだね、僕はそれを身をもって知ってるのに、失念していたよ。ごめん、真理愛さん」


 結弦が申し訳なさそうに眉を下げた。自分を省みて、反省できるところは彼の美点の一つだと真理愛は思う。


「ううん。私も自分の平穏を守ろうとするにあたって、結弦さんの意見に少しも耳を傾けていなかったわ。会社の中でたまたま会ったら、今度から話しかけてもいいですよ。仲が悪いとだけは思われたくないから」


「本当? やったぁ!」


 子どもみたいに喜ぶ結弦が、やっぱり可愛くて、真理愛はその頬にキスをする。そうすればお返しに真理愛の頬にキスが返って来る。


「お姉さま、フランスの人は、やっぱりそんなにいっぱい、ちゅーするの? 私にもちゅーしてくれるけど……それが普通なの? 恋人同士だけじゃないの?」


 花音が不思議そうに首を傾げる。


「そうですねぇ、愛する人への愛情表現ですから、家族や恋人は当たり前ですけど、親しい友人間でもしますよ。……あ、嫌でした?」


 そういえば、当たり前すぎて許可なく頬や額にキスしていたが、日本人にそんな文化はないことを今更気づいて不安になる。

 花音は「ううん」と首を横に振って嬉しそうに嗤った。


「最初は、びっくりしたけど、私はお姉さまのことが大好きだから、問題ないわ!」


 そう言って、真理愛に抱き着くと頬にキスをしてくれた。

 真理愛は、可愛い花音をぎゅうと抱きしめ返したのだった。



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