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【コミカライズ】鉄仮面のマリア ※続編完結!  作者: 春志乃
第1話 隠蔽されたチキンのトマト煮込み
39/60

1-3

※本日2度目の更新です。

※朝7時に1-2話を更新しています。



 辟易する、とはまさにこのことだ。

 結弦は、引き攣りそうになる頬をなんとか平常に保つ。両サイドの城嶋と池田が「うわぁ」「またいる」と呟くのが聞こえた。

 営業課のフロアを出ると、ここのところほぼ毎日、藤原が待っている。営業先から直帰にでもならない限り、そこにいる。いっそホラーだ。

 今日も、結弦を見つけると「あ」と嬉しそうに顔を綻ばせて駆け寄ってきた。

 オフホワイトのスプリングコートにベージュのパンプスは上品で、化粧もばっちりだ。


「結弦さん、お疲れ様です。今日こそ夕食、ご一緒させてください」


「だから、何度も言っているけど、恋人以外の女性と二人きりで食事にはいかないよ。それに今日だって、恋人が家でスペアリブの煮込みを用意して待っていてくれるんだ」


「いいなぁ、スペアリブ」


「いいですねぇ、スペアリブ」


 城嶋と池田がうんうんと頷いた。


「スペアリブでしたら、美味しいお店を知っているんです! 行きましょう!」


 にこっと笑って藤原が結弦に手を伸ばそうとするのに気づいて、さりげなく下がる。


「小鳥遊くん」


 後ろから聞こえてきた声に振り返る。

 そこにいたのは、翠川部長だ。


「部長、どうされました?」


「ちょっとF社の件で聞きたいことがあるんだ。帰るところだろうに悪いな」


「いえ、大丈夫です」


「じゃあ、そこの会議室でいいか。城嶋くんと池田くんも来てくれ。城嶋くんもこの件には関わっているし、池田くんも勉強の一環として話だけでも聞くといい」


「はい」


「おや、秘書課の藤原くんだったかな? その様子だと帰るところかい? 日が長くなって外はまだ明るいけれど気を付けて帰りなさい」


 翠川部長が柔らかに笑って言うと、流石の藤原も部長には強くは出られないようで「お疲れさまでした。お先に失礼します」と去って行った。

 その背に安堵の溜め息を零しながら、翠川部長にくっついて会議室へ入る。


「社内でけっこうな噂になっているが、大丈夫かい?」


 全員が中に入り、ドアを閉めた途端、翠川が心配そうに首を傾げた。


「え、あ、はぁ……それが全く大丈夫ではないです」


 結弦は、素直に眉を下げた。


「F社の件は、順調だと聞いているよ。とりあえず、毎日藤原くんが迎えに来ていると聞いて、心配でね」


「部長!」


 結弦は、心優しい上司に感動する。城嶋と池田も尊敬のまなざしを翠川に向けている。

 どうやら翠川は、藤原と結弦の現状を知り、助けに来てくれたようだ。


「きっぱり断ったらどうだい?」


「いやいやいや、部長、めちゃくちゃきっぱり断ってますよ」


 城嶋がフォローをしてくれる。池田が、ぶんぶんと首がもげそうなほど勢いよく頷いた。

 この二人は結弦をとても気遣ってくれ、藤原が付きまといだしてからできる限り結弦が彼女と二人きりにならないように気を配ってくれている。


「俺、食堂で藤原さんが小鳥遊さんに告白するのを見ていましたが、その時に小鳥遊さんはきっぱり『今の恋人が、最後の彼女』と言っていました」


「池田の言う通りです。それにいつも『女性と二人きりにはなれない』『恋人がいるから』と断っていますが、向こうが一切、聞かないんですよ。余程、自分に自信があるのかと」


 池田の言葉に城嶋が付け足す。


「なるほど、それはすごいな。小鳥遊くん、恋人さんは怒ったりしていないかい?」


「大丈夫です。彼女も男運が最悪なので、とても同情してくれて、毎日、夕飯は僕の好物を作ってくれるんです」


「ははっ、惚気られてしまったな。だが……先日、彼女さんのストーカー事件が解決したばかりだろう? 次は君が狙われてしまっては、彼女さんも不安だろう」


「それはそうなんですが。何度言っても聞いてくれなくて……彼女のことも結構、探りを入れて来るんです。でも彼女に害が及んだら、さすがの僕も冷静でいられる自信がなくて、何をしてしまうか」


「お前、さらっと怖いこというなよ」


 城嶋がぼそっと呟いたが、なんのことか分からず首を傾げる。


「うーん、実は彼女、専務の姪御さんでね」


「えっ」


 結弦たちの脳裏に厳格な専務の顔が浮かぶ。

 彼は曲がったことが大嫌いで、誰に対しても平等を貫く人だ。


「専務も身内には甘いってことですか?」


 城嶋の声に少々の落胆が宿っている。


「いや、藤原くんは実力で入社してきたよ。だが専務はアメリカから帰ったばかりだが今度は、第一秘書とフランスに行っていてね。多分、藤原くんの所業を知らないんだ。藤原君も伯父がいないのをいいことに付きまとっているんだと思う」


 翠川がため息交じりに言った。


「藤原くんは、入社してすぐにその英語力を買われて専務と一緒に、アメリカのほうにいたんだよ。だから、そこで積んだキャリアもあるから余計に自信に満ち溢れているのかも」


「はぁ……」


 生返事を返す。

 シュエットは、今はまだ海外の拠点は少なく、英語とフランス語、ドイツ語が堪能な専務は、海外で日本製の文房具がいかにすばらしいかということを売り込んで、海外への更なる進出を目指している。

 その専務について、仕事をしていたというなら、藤原は確かに仕事はできるのだろうが、それはそれ、これはこれだ。


「とりあえず、藤原くんの上司にまずは注意を促してもらうよ。それでも被害が減らないようなら、また違う手を考えよう」


「ありがとうございます、翠川部長」


「君には期待しているからね。もちろん、城嶋くんもだよ。池田くんは、これから頑張りなさい。待っているよ。引き留めてしまって、すまなかったね。気を付けて帰りなさい」


「はい、ありがとうございます」


 三人揃って頭を下げる。翠川は「じゃあ、また明日」と告げるとひらひらと手を振って、会議室を出て行った。


「なんだか、僕のことですみません」


「いや、お前は悪くない。……先輩としてお前が入社してからずっと一緒に仕事をしている俺は知っている。お前の女運が悪いだけだよ」


「城嶋さん、それ、あんまフォローになってない気が……」


 城嶋の励ましに池田が突っ込む。


「そう、ですよね。女運最悪の僕ですが、最愛の恋人をゲットできたんですから、大丈夫ですよね! スペアリブも待ってるし!」


「そういう変な方向にポジティブなとこ好きだぜ! よし、池田、予定がなかったらスペアリブ食べに行こうぜ! うまいのおごってやる!」


「マジですか! 行く、行きます! 肉食べたい!」


 賑やかに会議室を出る。幸い、藤原は本当に帰ったようで、結弦はようやくの帰宅にほっと息を吐くのだった。


 *・*・*


「結弦さん、大丈夫です?」


 風呂から上がり、ソファに沈む結弦を背凭れ側から覗き込んで、真理愛は尋ねる。

 閉じていた瞼がゆるりと持ち上がり、黒い瞳が真理愛を見つめて細められる。


「お疲れが滲んでいますよ」


 真理愛は、風呂上がりのぽかぽかする手で結弦の頬を撫で、おでこにキスをする。


「……だって、あの人、ぜんぜんあきらめてくれない」


 結弦が力なく言って、ぽんぽんと自分の隣を叩く。真理愛は、ソファを回って彼が望むように隣に座ろうとする。


「きゃっ、結弦さん!」


 腕を取られて、あれよあれよという間に結弦の膝に乗せられ、ぎゅうと抱き締められた。


「あああ、癒される……」


 あまりにも実感のこもった呟きに、胸元にある結弦の頭を抱き締めるようにして、よしよしする。


「私も男運がないですが、結弦さんも女運がないですねぇ」


「全くだよ……あの手の自分に異常に自信があるタイプは厄介だよね」


「そうなんですよね。こっちが何を言っても『この私が、こうだって言ってるのに?』みたいな反応で、分かってもらえないんですよね」


「本当に、それ……っ!」


 結弦が力強く頷いた。

 藤原の結弦へのアタックは、人目を憚らず、堂々たるもので真理愛も退勤時に「夕飯に行きましょう」と迫られる結弦を見かけた。

 あまりにもぐいぐい迫っていたので、腹をくくって助けに入ろうかと思ったが、その時は結弦の先輩の城嶋が助けに入っていたので、安堵して御影の待つ車へ行った。


「部長がね、藤原さんの上司に掛け合ってくれるって言ってくれていたから、それで治まるといいんだけど」


「治まりますかねえ」


 真理愛の勘は、治まらないと言っている。社内での付きまといはなくなるかもしれないが、何か別の策を練りそうだ。


「彼女、専務の姪御で、専務が海外出張中だからか、好き勝手してるみたい」


 結弦は、真理愛の胸に頭を預けたまま、はぁ、とため息を吐き出した。


「めいごってなんです?」


 耳慣れない日本語に首を傾げる。


「あー、英語だとnieceだよ。男の子だとnephew」


「それならわかります」


「姪御は、姪のちょっと丁寧な言い方だね」


「なるほど。でも、監視の目がないから自由にやってるんですね。専務は厳しい人ですものね」


 結弦が「早く帰って来てくれないかな」と零す。

 杉本専務は、真面目で自分にも他人にも厳しいことで有名だ。だが、仕事ができて、根が優しい人なので社員からは尊敬されている。


「専務はいつごろ帰国予定なんですか?」


「わかんない。明日、秘書課の課長さんに聞いてみるよ」


「はやく帰って来てくれるといいですね」


 よしよしと結弦の頭を撫でながら真理愛が言うと、結弦は深く深く頷いたのだった。

 しかし、トラブルというのは連続して起こるものだということを、真理愛と結弦はこの時、すっかり忘れていたのである。



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