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【コミカライズ】鉄仮面のマリア ※続編完結!  作者: 春志乃
第1話 隠蔽されたチキンのトマト煮込み
38/60

1-2

※本日は2回更新します!

※夜19時に1-3話を更新します。


「先輩、美味しそうなお弁当ですね。手作りですか?」


「はい。料理が趣味なので」


「真理愛ちゃん、料理上手なのよ」


「なんで日野ちゃんが自慢げなのよ」


 そんな他愛のない話をしていれば、出入り口でちょっとしたざわめきが起こる。


「あら、珍しい王子も今日は食堂みたい」


「え? 王子? 外国から誰か来てるんですか?」


 真理愛は佐藤と橋本のやりとりにむせそうになるのをこらえて、なんとか口の中のものを飲み込み、マグから紅茶を飲んで喉と心を落ち着ける。

 賑やかなほうに視線を向ければ、人波の中で頭一つ二つ抜きんでた美男子の姿があった。隣には見知らぬ青年がいるが、様子からして新入社員だろう。橋本と同じくまだスーツに着られている様子だ。

 それに昨夜「明日から僕、後輩の教育係になるんだ」と王子こと――真理愛の内緒の恋人である小鳥遊結弦本人が言っていた。


「彼はね、営業部営業一課の小鳥遊結弦。今月、二十九歳になるの。見ての通り、顔良し、スタイル良し、その上、有名大卒で営業部のエースっていう設定特盛のイケメンサラリーマンよ。うちで営業部の王子って呼ばれてんの」


 佐藤が箸をひらひらさせながら橋本に説明する。


「え、そんな二次元から飛び出してきたような設定特盛の人が実在するんですか?」


「してんの。でも、今年の一月にね、恋人ができたの。今までの恋人に、王子はあまり関心がなかったようだけど、今度の恋人はめちゃくちゃ大本命らしいよ」


「そうなんです?」


 佐藤があれ、と指差す。

 女性陣に囲まれる彼は席を探してきょろきょろしているが、女性陣に不用意に手を取られて何か握らされないように肩の高さまで手を挙げているので、その手に持ったランチバッグがよく見える。


「あのお弁当、彼女の手作り。同棲してるし、結婚前提って本人が言ってたもん。すごかったよ、本気だから詮索すんな宣言後の翌日の有給取得率」


「なんで私、その時まだ入社してなかったんだろ……っ、二次元でしかお目に掛かったことのないイケメンの牽制、是非この目で見たかったですぅ!」


 拳を握りしめて橋本が悔しがっている。


「橋本ちゃん、そういうわけだからあれに惚れちゃダメだからね」


「あ、私はイケメンは見ているだけが好きなんで大丈夫です」


 佐藤の心配をばっさり切り捨てる橋本は、リスみたいな可愛い見た目に反して案外恋愛面はドライなのかもしれない。


「あの、日野さん、ここいいですか?」


「あらあら、王子様のおでましねぇ。いいわよぉ、どうぞ」


 真理愛たちが座っている長テーブルの通路側がいつの間にか空いている。先程まで誰かいたのに。

 真理愛は、十和子の向こうに現れた結弦を極力見ずに本日のメインおかず、チキンのトマト煮を口へ押し込んだ。美味しくできているのに、味わう暇もないなんて悲劇だ。


「す、すごい、本当にイケメン……毛穴どこ、イケボすご、いい匂いする……っ」


「橋本ちゃん、思ったことが口から全部出てるよ」


 佐藤の指摘に橋本が慌てて口をつぐんだ。

 結弦は慣れているのか、気にした様子もなく「ありがとうございます」と言いながら、十和子の隣に腰を下ろす。

 まだピカピカのスーツを着ている新人くんは、Bランチのプレートを手に結弦の向かい、佐藤の隣に腰を下ろした。

 茶色く染めた髪を綺麗にセットして、爽やかそうな青年だ。にこっと笑うと除く八重歯に愛嬌がある。


「池田くん、こちらは経理課の皆さん。僕ら営業は何かとお世話になるから、ご挨拶してね」


「初めまして、池田音弥(おとや)です。営業一課に配属されました。よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく。私は佐藤、こちらは日野、隣は畠中。こっちは同期だから知っているかな?」


「橋本さんですよね。オリエンテーリング、同じ班だったんで」


「池田くん、営業なんて花形だよ。すごいねぇ」


 橋本が褒めれば、池田は照れくさそうに頬を掻いた。

 結弦はそれをにこにこ眺めながら、いつの間にやら弁当を広げている。


「王子のお弁当、近くで見るの初めてだけど、噂通り美味しそう!」


 佐藤の誉め言葉に結弦が相好を崩す。真理愛は無心で弁当のおかずを口に放り込む。


「ほんとだ、めっちゃ美味しそう。城嶋さんが言ってたんですが、例の彼女さんの手作りですか?」


「そうだよ。彼女、すごく料理が上手なんだ。だから彼女に料理を習っていてね、僕も最近、ようやく半熟の目玉焼きを潰さずにお皿に移せるようになったんだよ」


 のほほんと結弦が告げる。


「え、眩し……怜悧な美貌系イケメンなのに属性はゴールデンレトリバーなんです??」


「橋本ちゃん、心の呟き口から全部出てるわよ~」


 十和子がすかさず突っ込みを入れるが、真理愛は、うっかり犬耳の生えた結弦を想像してしまい、噴き出さないようにするので精いっぱいだった。

 橋本の言葉がおおむね理解できてしまうくらい、真理愛は時折、結弦に犬耳と尻尾の幻を見るのだ。


「そちらの畠中さんは、ご結婚が近いんですか?」


 不意に池田に声をかけられて肩が跳ねる。

 驚いて顔を上げれば、池田は不思議そうに首を傾げていて、橋本があわあわしている。


「もう、池田くん! オリエンテーリングの時も言ったけど、そういうのずけずけ聞いちゃダメだって!」


「え、あ、ご、ごめん。すみません、畠中さん!」


 橋本もだが、池田も根が人懐こい子なのだろうな、と思った。素直にあやまる池田に真理愛は静かに首を横に振る。


「いえ、別にかまいませんよ。でも、これは婚約指輪ではないですから」


「そんなに大きい石がくっつてるのにですか⁉」


 橋本が驚きに目を丸くする。


「これはねぇ、真理愛ちゃんの彼氏が婚約指輪の予約にプレゼントしてくれたのよ。真理愛ちゃんの彼氏は独占欲が強いみたいね」


「経理課じゃみんな知ってるから、橋本ちゃんもよーく覚えておいてね」


「私の現実に実在したリュディヴィーヌ・デ・メノーシェお姉様に彼氏が⁉ その方は小鳥遊さんのようなイケメンですか⁉」


「橋本さん、さっき俺にデリカシーのなんたらを解いてなかった!?」


「だって、だって私のリュディヴィーヌ・デ・メノーシェお姉様がっ!」


「りゅ? え? 誰?」


「大丈夫よぅ。真理愛ちゃんの彼氏は、交際開始三日で婚姻届書かせようとするクソ重たい男だけど、めちゃくちゃイケメンだから~」


 十和子の言葉に頭を抱えていた橋本が勢いよく顔を上げる。


「本当ですか⁉」


「ええ。お似合いよ~」


「っていうか、日野ちゃん、畠中さんの彼氏に会ったことあんの⁉ 聞いてないんだけど!」


「あらだって時々、私も真理愛ちゃんの車に乗せてもらうんだけど、彼のほうが仕事が早く終わるとマンション前で忠犬宜しく待ってるんだもの。ねえ、真理愛ちゃん」


 今ここで話をふらないでほしかったと心の中で叫びながら、真理愛は曖昧に頷いておいた。事実だから、否定のしようもない。

 十和子は、真理愛と結弦が恋人であることを知っている数少ない人だ。だからか結弦は、十和子の前で真理愛を溺愛することに躊躇いがなくて困っている。


「ええ、中で待っているように何度言っても聞いてくれないので諦めました」


「僕は彼氏の気持ちわかるなぁ。やっぱり好きな人には一秒でも早く会いたいもんね」


「王子ったら隙あらば惚気る~」


「ははっ、すみません」


 十和子がけらけらと笑いながら指摘すれば、結弦が軽い調子で形ばかり謝罪を口にする。


「いいなぁ、私も一度会ってみ」


「あの、小鳥遊さん。少しだけお時間よろしいですか?」


 佐藤の言葉を遮るように女性が一人現れた。

 一同の視線がそちらに向けられる。

 そこに立っていたのは、シックなスーツに身を包んだ美しい女性だった。すらりと細く、年は真理愛と同じくらいだろうか。ナチュラルブラウンの髪は、みつあみを駆使して綺麗にまとめられ、真珠のバレッタで留められている。はっきりとした顔立ちは、上品なメイクが施されていて、口元の黒子が色っぽい。


「ええっと、どちら様でしょうか」


 結弦は、箸を持ったまま首を傾げた。

 女性は、しっとりと微笑んで小さく会釈をした。


「初めまして、です。昨年から本社に配属になったのですが、杉本専務についてアメリカのほうに行っていたので、私、秘書課の藤原舞香です」


 そう言って差し出された名刺を結弦が箸を置いて受け取る。


「それで何か?」


「あなたの恋人に立候補しようと思って」


 これはヤバい奴だ、と真理愛は分厚い眼鏡越しに憐れみの眼差しを結弦に向けた。結弦の頬が盛大に引き攣っている。

 真理愛も相当男運がないが、結弦もかなり女運がないほうだと思う。


「あー、っと、藤原さん? 残念だけど、小鳥遊くん、彼女いるわよ」


 佐藤が気まずげに言った。

 さきほどまで和やかだった食堂は、藤原の爆弾発言によって好奇心と野次馬根性であふれかえっている。


「ええ、存じています。でも、私のほうが小鳥遊さんには相応しいと思いますもの」


 相手のことは知らないだろうにそう言えるなんて、すごい自信だなぁといっそ感心してしまう。


「ええっと、何をもって、そう思うのか聞いても?」


 結弦が躊躇いがちに尋ねる。


「容姿、経歴、能力、家柄、どれに対しても私は自信があります」


「そうですか。でも僕は、最後の恋人は今の彼女と決めているので」


「あら、それは早計じゃないでしょうか。だってまだ私の魅力を知りませんでしょ? ふふっ、今日は挨拶だけで失礼します。お騒がせいたしました」


 すっと見本のようなお辞儀をして、藤原は去って行く。

 まるで嵐のような人ね、と十和子が零す。


「大企業ってすごいですね、推しは実在するし、二次元のイケメンはいるし、こんな漫画みたいな出来事が起こるなんて」


 橋本がしみじみと言った言葉を誰も否定できずに、苦笑を零し合う。


「王子も変なのに絡まれて大変ねぇ」


 十和子が慰めるように言った。


「僕、女難の相でも出ているんですかね」


 結弦が真剣に自分の手相を見ている。


「何事もなく諦めてくれればいいけど、気を付けてね」


「そうよ、見た目が良いってそれだけで大変よねえ」


 佐藤と十和子の言葉に結弦が力なく笑った。

 夕ご飯のおかわりを好きなだけさせてあげようと真理愛も弁当箱をランチバッグにしまいながら心に決めた。

 しかし、案の定、この日から結弦は藤原から熱烈なアプローチを受けることになってしまうのだった。



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