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その7 お揃いの部屋着はオランダで

※モブ店員視点→結弦視点



「いらっしゃいませー、ごゆっくりごらんくださーい」


 今日は日曜日。開店と同時にお客さんはやって来る。

 葛城(二十一歳女性・恋人募集中)が働いているのは、大型商業施設に出店しているデザートのような名前の部屋着のショップだ。

 柔らかく肌触りの良い可愛い部屋着は、やや価格は高めだが、リラックスする時は着心地の良いもののほうがいいはずだ。葛城もできるかぎり、お店の商品を着て接客しているのだが、動きやすくてとても楽だ。

女性向けの商品がほとんどだが、男性向け、子供向けのライナップも増えつつあり、カップルで、或いは親子でおそろいもおすすめしている。中には、出産のお祝いにと買って行かれるお客様も多い。


「では、こちらになります。またお越しください」


 お客様に商品の入った紙袋を渡して、お見送りする。姪御さんの出産祝いなのだと笑った年配の女性は、ぺこりと会釈をして嬉しそうに去って行く。


「ここなら、どうかな」


 低く甘やかなイケボが聞こえて顔を上げる。

 店先に、思わず見とれてしまうほどの美男美女カップルが立っていた。

 二人ともとても背が高くて、男性の方は百九十以上はありそうだった。女性も十センチくらいしか変わらないが、足元を見れば彼女はかなり高めのヒールの靴を履いていた。ローズピンクのそれは、とても可愛いが確か某ブランドの最新作でかなりのお値段のやつだ。友人が買うかどうか悩んで悩んで諦めていたので印象に残っていた。

 男性は、やや長めの黒髪を緩くセットしていて、グレーのハイネックセーターにデニムにコートというシンプルな出で立ちだが、顔とスタイルが鬼ほどもいいので、それだけで様になっている。

 一方、女性は、色白でゆるく波打つミルクティー色の長い髪をおしゃれな一つ結びにしている。小さな顔の左右では、金色のピアスが揺れている。オフホワイトのふわふわのニットにミモレ丈の桜色のスカートを合わせ、淡い紫のコートを着ている。こちらもスタイルがべらぼうにいい。峰不二子みたいなスタイルだ。


「葛城さん、今日って雑誌とかテレビの取材かなんか入ってましたっけ?」


 商品の点検をしていた同僚が耳打ちして来る。社員からそんな話は聞いてないよと慌てて返す。

 カップルは、腕を組んだまま中へ入って来る。


「これ、可愛い。真理愛さんに似合いそう」


「でも、結弦さんのサイズが先にあるか見ないと……ここのは私も多分、着られるんですけど」


 そう言いながら、女性がメンズのコーナーに彼氏を引っ張っていく。

 周りのお客さんも手を止めて、カップルにちらちらと視線を向けている。二人は慣れているのか、ちっとも気にせず、商品を見ている。


「Lサイズありますけど……」


「ちょっと小さいかな。あの、すみません」


「は、はーい」


 彼氏の方に呼ばれて慌てて駆け寄る。

 見上げた先、彼女の目の色が可憐な菫色だと気が付いた。


「これって、身長何センチまで対応ですか?」


「ええっと、メンズはMが百六十五から百七十五、Lが百七十五から百八十五センチまで、です、ね」


 気のせいでなければ、彼氏の方がしょんぼりしてしまった。彼女がそんな彼氏の肩に服をあてる。


「結弦さん、腕上げて。……んー、やっぱり袖が足りなくなっちゃいますね。結弦さん、がっしりしてるし、変な格好になっちゃう」


「なんで僕は百九十二センチもあるんだ! すくすく育ち過ぎた! 真理愛さんとお揃いにできないなんて!」


 店先でアホみたいな、いや、大分アホなことを真剣に叫んでてもイケメンはイケメンだ。


「もう、困りましたねぇ」


 彼女がやれやれといった様子で服を畳んで棚に戻す。


「えっと、これ以上、大きいサイズはないですよね?」


 眉を下げた彼女に葛城は「申し訳ありません」と同じように眉を下げた。

 近くで見れば見るほど美人だ。お肌もつるつるで、唇は柔らかくぽってりとしている。くるんと上を向くまつ毛にふちどられた紫の瞳は吸い込まれそうなほど綺麗だった。


「真理愛さん、次の連休にオランダ行こう。オランダになら、僕と君でお揃いにできる部屋着が売っていると思うんだ」


 彼氏が真顔で提案する。

 オランダは世界一、平均身長の高い国だ。この二人ならある意味日本より楽に生活できるかもしれない。サイズ的な意味で。なので思わず「確かに」と頷いた葛城に彼氏が「ほら! 店員さんも頷いてくれた!」と彼女に訴える。


「いやです。部屋着買うだけで、オランダなんて、行くだけで何時間かかると思ってるんですか」


 至極真っ当な意見が返された。


「だって、僕のサイズに合わせるとメンズライクなお店で可愛いのがないじゃないか。僕は真理愛さんのルームウェアは可愛いのって決めてるんだ」


 彼氏が拗ねたように告げる。

 そうか彼女の服は可愛いのと決めているのか、彼氏が。イチャイチャをみせつけやがって、ごちそうさまです。と心の中で手を合わせる。何分、両者の顔が良いので、ドラマを見ている気持ちになってくる。


「しょうがないですよ。私も結弦さんも背が高いから。でも、オランダには行きません」


「えー」


「えーじゃありません。店員さん、ありがとうございました」


「ありがとうございました」


 彼女も彼氏も丁寧にお礼を言ってくれ、葛城も「ありがとうございました」と返す。そのままお店を出て行くのかなと見ていると彼女が背伸びをするとなんと彼にキスをした。


「オランダはこれで我慢して下さい」


「分かった。真理愛さんには敵わないなぁ」


 デレデレしながら彼氏も彼女にキスを返した。


「外人さんってすげえですね。ここでキスできるのもですけど、それが映画かなってくらいに絵になってるんですもん」


 いつの間にか隣にやってきた同僚が感心したように言った言葉に葛城もうんうんと頷く。

 二人は腕を組んで、ぴたりと寄り添いながらまたどこかへと歩いて行った。


「お揃いの部屋着、見つかるといいですね」


「そうね。やっぱりオランダかな」


「まあ、最短はオランダでしょうね」




 お揃いの部屋着を買いたくて訪れたショッピングモールだったが、今のところ収穫はない。結弦も真理愛も日本で生きるには背が高すぎた。

 だが、結弦と腕を組んでぴったりとくっついている真理愛は、なんだかご機嫌で、とっても可愛いので、しょぼくれた気持ちも浮上して来る。


「真理愛さん、少し休憩しようよ」


 顔を上げた真理愛が「うん」と頷いて「期間限定のがいい」と歩き出す。

 コツコツと彼女のヒールが鳴る。真理愛は、高いヒールの靴を好む。正直「よく歩けるなぁ」と昔から思う。この間、足のサイズが違うのでパンプスは無理だが真理愛のサンダルならと八センチのヒールがついたそれを履いたら、生まれたての子鹿みたいになってしまった。結果、真理愛がぷるぷると肩を震わせながら、お腹を抱えてうずくまってしまった。あんなに笑っている真理愛は初めて見た。

しかしながらその繊細な靴は、真理愛の細くしなやかな脚ときゅっとくびれた足首に最高に似合うので、既に何足かプレゼントしている。

 今日のローズピンクに真珠色の十センチピンヒールの靴も結弦がプレゼントしたものだ。踵の部分には白に金縁のリボンが結んであってとても可愛い。

 部屋着がないのは、悔しいが、十センチヒールを履いても真理愛より背が高くいられるのは、素直に嬉しい。ちっぽけなプライドかもしれないが、上目遣いの真理愛はそれはそれは可愛いのだから仕方ない。

 丁度、午後のお茶の時間だからかそれなりに行列ができていて、二人でそこに並ぶ。

 待っているお客さんにもメニューが渡される。

 店員が真理愛を見上げると一度、カウンターに戻って再び戻ってきた。


「Please have a look at the menu while you are waiting. Here’s the English menu for you.」


「oh.Thank you」


 真理愛がメニューを受け取ると店員は笑顔で会釈をして、次のお客さんにメニューを渡す。


『もしかして、よくある?』


 気を利かせてくれた店員さんのために英語で話しかける。


『この姿だと割とよくありますよ。英語の方が読めるから訂正しませんけど』


 そう言って真理愛はメニューを開く。


『真理愛さん、何頼むの?』


『期間限定のチョコと苺のフラペチーノにします。結弦さんは?』


『僕、ここあんまり来たことないんだけど、甘いのが良い。フラペチーノって何?』


『フラペチーノは、アイスですよ。パピ〇みたいな』


『パ〇コ。……うーん、普通の飲み物が良いな』


『なら、キャラメルマキアートとかどうです? 甘いですよ』


『じゃあ、それにする』


『ケーキも頼んでいいですか?』


『もちろん。僕、小腹が空いたから、こっちのソーセージの入ったパイが良いな』


 順番が来て、真理愛に英語で対応してくれた店員さんが対応してくれる。真理愛が慣れた様子で頼んでくれ、今度は結弦ひとりで受け取りの列に並んだ。

 真理愛は、ケーキとパイを手に結弦からよく見える位置で、テーブルの場所取りをしてくれている。

 ちらちらと何度も真理愛を確認しながら、ようやく順番が来て、飲み物を受け取る。

 その間、僅か一分程だが振り返ると二人掛けのソファに座っていた真理愛に声をかけている男がいる。


『この席は恋人が来るの、あっち行って』


 真理愛が心底嫌そうに英語で言って、しっしっと手を振るが、結弦と同じくらいの年代の男は、引かない。


『俺より良い男? 俺の方が君を楽しませることができるよ』


 男は流暢な英語で返した。真理愛が『冗談は顔だけにして』と心底嫌そうに眉を寄せた。

 結弦は、大股で颯爽と真理愛の下へ行き、男の肩を掴んで下がらせ、真理愛の隣に座った。真理愛がほっとしたように結弦の腕に抱き着いて来る。


『ごめんね、大丈夫?』


『うん。すぐに来てくれるって分かってたから』


『なっ、お前なんだよ、いきなり』


 真理愛のこめかみにキスをしていると、まだしぶとく残っていた男が声を上げた。

 結弦は、真理愛に断って立ち上がる。

 男もなかなか長身だったが、結弦ほどではない。腕を組んで、睨むように見下ろす。


『僕の恋人に何か? ああ、自分のほうが良い男で彼女を楽しませることができるんだっけ? 冗談は存在だけにしてくれよ』


 はっと嗤って小首を傾げる。結弦自身そうだが、背が高いと同性に見下ろされることはあまりないので、割とビビるのだ。案の定、男は、そろーっと視線を外し『すみませんでした~』と逃げていく。

 結弦は、すぐに真理愛の隣に座る。


『大丈夫? 気分悪くなってない?』


『大丈夫。結弦さんにくっついていれば、平気です。護ってくれて、ありがとう』


 腕に抱き着いてきた真理愛がちゅっと頬にキスをしてくれる。目の前の席のカップルが頬を赤らめているが、真理愛は気にしないし、結弦も気にしない。

 鉄仮面の時の真理愛は、結弦が近づくとハリネズミのごとく警戒を見せるが、素の時の真理愛は、こうやって触れ合っていることを好む。もちろん人前なので、熱すぎる抱擁や深いキスはしないが、腕を組んだり、頬にキスしたりをためらうことはない。

 ありがとう、愛の国フランス。

 ありがとう、テレビ通話するたび、躊躇いなく娘(とその恋人)の前でキスしているご両親&ご祖父母。

真理愛の祖母もめちゃくちゃ美人で、祖父はイケメンだった。祖父は、真理愛に恋人ができたことについて喜んでくれていたが、父親は未だに結弦と目を合わせてくれないし、口もきいてくれない。真理愛の母曰く「しぶとく拗ねている」とのことだ。

 何度目とも分からない感謝を愛の国に捧げながら、結弦は真理愛にフラペチーノを渡す。結弦の腕を右手で抱えたまま、ストローに真理愛が美味しそうに顔を綻ばせている。

 結弦も可愛い真理愛を横目に自分のぶんに口を付ける。キャラメルとコーヒーのほろ苦さとミルクのまろやかさが美味しい。キャラメルの風味もはっきりしている。

 パイもさくさくでソーセージがジューシーで美味しい。しょっぱいのと甘いのは延々と食べていられる。


『うん、美味しい。真理愛さんも食べる?』


 パイを差し出すと、自分の右手(結弦の腕を掴んでいる)を見て、左手(フラペチーノを持っている)を見て、最終的にあーんと口を開けた。

 可愛くてあやうくパイを握り潰すところだった。

 結弦は、なんとか平静を保って真理愛の口元にパイを運ぶ。小さな口で目いっぱい頬張った真理愛がもぐもぐと咀嚼している姿が、可愛すぎて涙出て来る。

 前に真理愛の母――フェリシアが、こっそりとメールをしてきたことがある。

 一人娘だからめちゃめちゃ甘やかして育てたものだから、めちゃめちゃ甘えん坊だと思うけど、大丈夫?、と。

 結弦は、長々と感謝の言葉を書き連ねた返事を送り返した。


『美味しいですね。いつもケーキ食べちゃうから知らなかったです』


『僕もケーキ食べていい?』


『もちろん。待ってて』


 そう言って真理愛は、フラペチーノを置くと左手にフォークを持ち、器用にケーキを切り分け、結弦の口元に運んでくれた。結弦は、やっぱり躊躇いなくそれを食べる。


『ケーキも美味しいね』


『結弦さんと食べるから、いつもより美味しいし、幸せ』


 うふふっと笑いながら真理愛が言う。

 実際に叫び出さなかったことを褒め称えて欲しい。

 心の中で暴れまわりながら、結弦は「僕もだよ」と微笑んで返した。



 (つづく)

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