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その3 王子の親友(警察官)

*結弦の親友の東条正人さん視点のお話


 東条正人は、警察官である。

 幼い頃に警察官の仕事に密着したドキュメント番組を見て「これになる!」と宣言し、その宣言通り警察官になった。

 一九十八センチの長身は分厚い筋肉に覆われ、顔は整ってはいるが鋭すぎる眼光が迫力を増長させている。根性のある犯人以外は、そうそう歯向かってくる奴はいない見た目をしている。

 警察学校卒業後の交番勤務では、何度、迷子に泣かれたか分からないし、どっちが犯人か分からないと言われたこともあるし、非番の日に私服で歩いていたら職質をかけられたことがあった。お互い、気まずかった。

 そんな正人には、親友と呼べる男がいる。

 小学校からの同級生で名を小鳥遊結弦という。

 一九十二センチという高身長、程よく鍛えられた――巷では細マッチョというらしい――モデルのようなスタイルに加え、引くほど顔の良い男であった。一見、怜悧に見える美貌も本人の性格が穏やかで柔和な笑みを常にたたえているので迷子に泣かれることはない。

 がさつで短気な正人とは正反対の性格である故か、二人の友情は、長い時間が経過して社会人になっても途切れることなく今に続いている。

 結弦は、頭もよく、顔もよく、スタイルも性格もいいやつなのでそれはそれはモテる。これまで何人か彼女がいたことは知っているが、誰とも長続きはしなかった。最長記録は半年、最短記録は二週間だった。

 なんというか、執着がないのだ。同時に二人と付き合うというような不誠実なことはしていないし、恋人らしい顔をして大切にしていたが、歴代の彼女たちには「私のことを好きじゃないでしょ」と言われてフラれている。それが結弦だった。

 その男が、どうやら初めて恋に落ちたのは、昨年の今ごろ、この寒い冬の時期だったと記憶している。

 畠中真理愛さん、と言う結弦が勤める会社の後輩の女性だ。

 飯に行けば、やれ真理愛さん、それ真理愛さんと告白もできないどころか話しかけることもままならない男の片思いを延々と聞かされる羽目になった。

 まあ、あれから約一年、なんやかんやあって先日漸く、色よい返事を貰え、恋人にしてもらえたのだと真夜中にメッセージを送ってきた。ピコンピコンうるさくて、しばらく奴の通知だけオフにしていたのは内緒だ。仕事が忙しいと言っておいた。嘘じゃないし。

 あれから毎日、真理愛さんが可愛いというメッセージが彼女お手製の弁当の写真と共に届いている。嘘みたいな本当にあった迷惑な話であるが、初恋を叶えた浮かれポンチのアラサー男は、自重を知らない。


「真理愛さんが可愛い……っ」


 そして、今日は目の前で浮かれポンチはそう呻いている。

 二人がいるのは個室が売りのちょっとお高い居酒屋だ。

 愛する恋人が(聞いた時はドン引きしたが結婚を我慢する代わりに同棲続行に納得させたらしい)、会社の先輩とご飯に行くので、迎えに行くまで暇だからと声を掛けられたのである。たまたま非番だったので誘いに乗ったが、割と既に後悔している。


「もうすぐバレンタインだろう? 昨夜、真理愛さんがもじもじしながら殺人級に可愛い上目遣いで『バレンタインのチョコ、手作りしてもいいですか?』って聞いてきたんだ。僕は彼女のあまりの可愛さに時間が止まったかと思ったけど、変わらず地球は回ってたし、時計は時を刻んでた。僕はかろうじて『もちろんだよ』と紳士的に返事を返すことができたんだ。二十八年生きて来てバレンタインが楽しみだなんて思えたの初めてだよ。ホワイトデーなんて待てないから、当日には薔薇の花束を贈ろうと思って、昨夜の内に花屋さんで予約したんだ」


 ここまでノンブレスである。怖い。

 その場にいたわけではない正人は知らないが紳士的に返事をしたと申告している結弦は、真理愛に言わせれば「ご褒美ご飯を前にしてはしゃぐジャスティンくんと変わりなかった」というのが真実である。


「……ああ、そうかよ」


 正人はなんとか返事を絞り出して、ウーロン茶を煽った。

 恐ろしいことに正人も結弦も素面であった。目の前の男は「バーボンをロックで」とか言いそうな見た目に反して酒をほどんと飲まない。飲めないわけではないが、酒が嫌いなのだ。正人は酒は好きだし強いが、職業柄、いつ呼び出しがかかるか分からないので、日ごろからそう飲むことはない。


「はぁ、結婚したい」


 恋人になってわずか三日後に婚姻届けを書かせようとした男らしい発言だ。


「恋人になってからなんだけど、真理愛さんがね、フランス語をぽろっと零すことがあるんだよ」


「フランスとのハーフって言ったっけか?」


 結弦の恋人である真理愛は、ミルクティー色の髪に菫色の瞳、色白で日本人離れしたスタイルと美貌の持ち主だ。事件の事情調子を担当した同僚の小森和泉が「何をどうやるとあんな美人に産まれられるの? 思わず何食べてるか聞いたら、『お米』って教えてくれた。可愛い、推せる」と呻いていた。


「うん。実際、彼女のレシピノート、全部フランス語だし、スマホもそう。英語も喋れるけどフランス訛りですごく可愛いんだ。恋人になる前とか会社とかでは全然だったのに、最近、返事する時とか『Qui』とか『Non』とか返ってきたり、なんかテレビとか見てる時とかジャスティンくんに話しかける時とかフランス語なんだ。これって彼女が気を緩めてる証拠だと思うんだよね。この間は、ゲームで僕が彼女に僅差で勝ったらフランス語で文句言われて、可愛さのあまりに爆発するかと思った。あまりに可愛すぎて僕も彼女の独り言を理解したくてフランス語を習得することにしたんだ。オンラインのフランス語講座申し込んだし、テキストも買った」


 こいつ、気持ち悪いなと思ったが一応は親友だったので、たこわさと一緒に飲み込んだ。

 小学生の頃からの友人であるのだから、正人は彼のこれまでの人生が金に不自由することはなくても、愛に恵まれない寂しいものであったことも知っている。

 だから、そんな親友が愛する人を見つけられたいうのは、正人にとっても喜ばしいことだ。幸せになってほしいと思っている。恥ずかしいので口には出さないが。


「そういや、彼女、まだあの変装スタイルで会社行ってんのか?」


「僕がそうお願いしたからね。変な虫が湧いても困るし、彼女をダサイとか地味だとかブスだとか言ってた連中が手のひら返しするのは目に見えてるから」


 しれっと結弦は言って、唐揚げを頬張った。


「まあ……人生で三回もストーカー被害にあってんだから、妥当っちゃ妥当か」


 正人は、あの変装スタイルの真理愛には会ったことはないが、結弦曰あのスタイルの時の真理愛には、隙というものが一切ないらしい。本来の姿であるときの彼女は、割とぽやんとしているので、本人にとってスイッチの役目を果たしているのかもしれない。


「あー、真理愛さん、バレンタインはどんなチョコをくれるのかなぁ」


 でれっとだらしなく顔を緩ませてもイケメンはイケメンなのだからむかつく。


「恋人になってもらった記念に指輪を贈ったんだけど、真理愛さん、あんまり高いものだと遠慮しちゃうからさ、店員さんの助力を得てゼロ一個誤魔化したよね」


「……マジかよ」


「マジだよ。だって真理愛さんの美しい指を飾るんだから、それ相応の値段じゃないと。あ、でも、婚約指輪じゃないからそこまでじゃないんだけどね」


 何言ってんだこいつみたいな顔をしているが、こっちが何言ってんだこいつである。

 結弦は金持ちなのだ。それは間違いない。遊んで暮らせるほどの財産はあるはずだが、根が真面目なので、就職して真面目に働いている。


「二月の終わりには、真理愛さんの誕生日があって、楽しみだなぁ」


 正人の脳裏に「もういりません!」と涙目になっている真理愛が浮かんだ。頑張れ、と心の中でエールを送る。


「五月の僕の誕生日には、」


 その話題が出たことに正人は、ホッケの塩焼きに伸ばした箸を止める。


「好きなだけ真理愛さんにプレゼント買わせてもらうんだ」


 ほんの少し強張った気がする微笑みと声は、ぴろんと暢気に鳴ったスマホの音にかき消されて消える。

 結弦がスマホを確認し、顔を綻ばせる。


「真理愛さんが迎えをお願いしますだって」


「早いな」


「相手の十和子さんはお子さんがいるから、そんなに遅くならないって言ってたし。ねえ、正人、ここで待ってってよ。真理愛さん連れて戻って来るから。彼女がやだって言ったら帰るけど」


「好きにしろよ。あ、そうだ。小森を呼んでもいいか? 真理愛さんと友だちになりてぇんだと」


 正確には、推したい、だった気がするが、まあ似たようなものだろうと正人は尋ねる。それに記憶が正しければ小森もそろそろ仕事を上がるはずである。


「小森さんなら別に良いよ。じゃあ、行って来るね」


 いそいそと出かけていく親友の背を見送って、正人はようやくホッケに箸を伸ばす。

 ふっくらとした身は、脂がのっていて旨い。


「…………誕生日のこと真理愛さんに、話してはねぇんだろうな」


 がりがりと頭を掻いて、箸を置く。

 スマホを取りだして、小森の番号を呼び出す。数コールで出た彼女に「お疲れさん」と声を掛ければ疲れの滲んだ声で『うーっす、何か用?』と答えた。


「〇〇駅のとこのちょっとお高い居酒屋、結弦のおごり。しかも今から真理愛さんが来る」


『は? 超特急で行く、あ、まって、でも推しが、推しが来るなら、着替えたい! 着替えて化粧直して三十分以内には行く!』


 元気な返事に「気を付けて来いよ」と返して通話を終了する。


「……今後の為に連絡先の交換だけはしておきてぇよな……結弦に許可とって、駄目なら小森と交換させとくか」


 アラサーの男友達に対して心配が過ぎているのは分かっている。分かっているが、心配なものは心配なのだから仕方がない、と割り切って、大分薄くなったウーロン茶を飲み干すのだった。


おしまい

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