4-2
*暴力・流血表現があります。
初めて計画的な有給取得以外で会社を休んだ。
椎崎課長は「畠中さん、色々と大変なことが多かったでしょ? 明日は土曜日だし、ゆっくり休んでね」と優しい言葉を貰った。十和子からもメッセージが来て「お見舞いにいくからね! 幾らでも愚痴っていいから!」と同じく優しい言葉をもらった。今日中にここを出て行く予定なので、真理愛は十和子には、断りの連絡を入れたが仕事が始まったのか既読はつかなかった。
朝起きると既に結弦の姿は家の中のどこにもなかった。ただ、ダイニングテーブルの上に「昨夜はごめん 夕飯、ありがとう」と書かれたメモ用紙が一枚、置かれていた。
泣きつかれて眠ってしまったから、顔が酷いことになっていた。会社に休みの連絡を入れた後は、蒸しタオルを充ててじっとしていた。
でも、ふとした瞬間に涙が出そうになって、まあまあ腫れが引いてすぐに、荷物の片づけを始めた。
今日中にここを出て行くつもりだった。もうここにはいられない。次の家なんて決まっていないが、ホテル暮らしをするつもりだ。とにかくここにいて、結弦が真理愛のせいで傷つくかもしれないというのが耐えられなかった。
真理愛は、ふと片付けの手を止めて広いリビングを見回す。
テレビの横の棚に真理愛のレシピ本や手書きのレシピノートが並んでいる。近づいてき真理愛は、その中の一冊を手に取る。
真理愛は、実は日本語があまり得意ではない。十歳までフランス語と英語しか話せなかった。というのも生まれたのがフランスで、育ったのもフランスだったからだ。
日本人である父は多忙な人で幼少期は、年に二、三度しか会えなかったので日本語を学ぶ機会がなかったのである。
だが、父の仕事が落ち着き日本に移住するにあたって、真理愛は父から日本語を教わった。喋ることはなんとかなったが、未だに読み書きは苦手である。日本語は何でひらがな、カタカナ、漢字と三つもあるのだろうと何度嘆いたか知れない。
なので真理愛のレシピノートは、基本的にフランス語で書かれている。
初めてこれを見た結弦は「せめて英語、英語だったら……」と頭を抱えていたのを思い出した。
真理愛は、そのレシピノートを段ボール箱を持ってきて、中に入れる。棚に並んでいた残りの本やノートも順番にしまっていく。
真理愛が持ち込んだ観葉植物は、何故か真理愛より結弦が熱心に世話をしていた。葉に霧吹きで水をかけて、埃を拭きとって、枯れた部分は取り除いて、丁寧に世話をしていた。ジャスティンの世話も丁寧だから、彼は何かを育てるのが好きなのだろう。
「あとは……」
キッチンに行き、ここでも手入れを怠らなかった銅鍋を別の段ボールを用意してしまっていく。
銅は熱伝導率が高く、これで煮込み料理を作るととても美味しく出来上がる。これで作ったビーフシチューを結弦はいたく気に入ってくれて、翌日、ハンバーグを追加して出したらはしゃぎすぎて、むせていた。
小鳥遊結弦という人は、背が高くて一見冷たい印象の美形で、でも柔らかな口調と笑顔の優しい人だ。穏やかな大人のイメージそのものの、落ち着いた男性かと思っていた。事実、三つ年上の彼は真理愛より、頼りになって大人だけれど、そういう子どもみたいなところが、可愛い人だった。
子どもみたいな無邪気な笑顔が、何より好きだった。
ほんの一か月ほどの日々の中で、こんなにも色々な思い出ができたのだと、また泣きたくなった。胸がぎゅうっとなって苦しいのに、なんだか思い出すと幸せだと思えるのだ。
きゅーん、と鳴き声が聞こえて顔を向ければ、段ボールの隣にお座りをしたジャスティンが何だか悲しそうな顔で真理愛を見上げている。
大きな頭をそっと撫でると、ばさばさと太い尻尾が揺れた。
「……短い間だったけど、ジャスティンくんと暮らせて、とても幸せだったよ」
ジャスティンは、また「きゅーん」と鳴いた。もしも彼が人間だったら、今頃、眉がハの字になっていただろう。
「結弦さん、お米は炊けるようになったから……だから、大丈夫よ」
だが、真理愛の言葉に納得できないのか、ジャスティンは立ち上がって脚にすり寄って来る。
「ごめんね」
昨夜から、同じ言葉の繰り返しだ。
真理愛は、もう一度、ジャスティンを撫でて段ボールにガムテープで蓋をした。
宅配伝票を貼って、あとで集荷に来てもらい、とりあえず借りている倉庫に送る予定だ。今夜からは暫くホテル暮らしになる。一日も早く部屋を見つけるか、せめてマンスリーマンションに移動するか、と考えを巡らせる。
手を動かしている間には、色々なことにとらわれなくていい。
「ホテルも予約しなきゃ……あ、結弦さんに渡すお金もおろして来なきゃ」
真理愛は、スマホで時間を確認する。もうすぐお昼だ。コンビニでお金をおろすついでに、おにぎりでも買って来よう。
「でも……ひとりで出かけるのは、無理よね」
コンシェルジュは、結弦の味方だ。そもそもが結弦がオーナーのマンションなので致し方ないが、結弦に言い含められているので、真理愛が一人で出かけるのは許してくれないのだ。
「……御影さんに頼んだら、大丈夫かな」
御影に頼めば、結弦に連絡が行くのは必須だが、真理愛が安全であれば結弦だって無茶はしないはずだ。
それに御影が一緒なら近所のスーパーに行ける。せめて、真理愛の料理を美味しいと言ってくれた結弦のために、作り置きくらいはしていきたかった。
「……それくらい、いいよね」
誰にともなく呟いて、真理愛は出かける支度をする。御影に連絡をすれば、快く了承してくれ、すぐに迎えに行くと返事があった。お礼の言葉を返して、真理愛は出かける支度をする。
バッグにエコバッグと財布、スマホを入れて玄関に向かう。
ジャスティンが「僕も! 僕も!」と一生懸命に後をついて来る。
「ジャスティンくんはお留守番……」
真理愛は、足元で真理愛を見上げるジャスティンの頭を撫でた。
「……ジャスティンくんも、行く?」
何故か、真理愛はジャスティンにそう声をかけていた。
ジャスティンが「わん!」と嬉しそうに返事をして、玄関に駆けて行く。
一緒にいられるのは今日が最後だ。御影もたまにはジャスティンに会いたいと言っていたし、冬だから買い物中は、車の中で待っていることも可能だろう。御影にダメだと言われたら、部屋に連れ帰ってくればいい。
玄関でいつも通り自分のお散歩セットを咥えて待っていたジャスティンの頭を撫でて、ハーネスとリードをつけて、真理愛も靴を履く。
エレベーターに乗り込み一階へと降りる。チン、と音がして開いたドアを出て、エントランスに向かう。
コンシェルジュが真理愛に気づいて顔を上げた。
「畠中様、おでかけですか?」
「はい。ちゃんと御影さんと一緒です」
真理愛の答えにコンシェルジュは、御影の車を探すようにエントランスの外に顔を向けた。
コンシェルジュの男性が顔を向けた先に、真理愛も顔を向ける。
御影の車は見当たらなかったか、カツン、とヒールが鳴った。自動ドアが開いて、女性がエントランスに入って来る。
真理愛は思わず息を呑む。
現れたのは――水原姫奈だった。
まるで結婚式に出席した帰りのような真っ赤なドレスにコートを羽織っている。だが、いつもはバッチリと決まっている化粧が崩れていて、口紅は完全にはがれていた。
真理愛は、思わず後ずさり、ジャスティンのリードを握り直した。
水原は、今の真理愛の姿を知らない。鉄仮面の姿しか知らない彼女が、真理愛に気づくことはないはずだ。
だが、水原は真理愛を見て、驚きに目を見開いた後、苦々しげに顔を歪めた。
真理愛は、一度部屋に戻ろうと踵を返そうとした。
「どこ行くのよ?」
「きゃっ!」
カツカツとヒールの鳴る音がして、ぐいっと腕を掴まれて、足が止まる。
振り返れば、アイラインが落ちて隈を作る淀んだ光を宿した目が真理愛を睨みつけていた。昨日、弁当箱を投げつけた時と同じ、鬼みたいな顔だった。
「本当にいるなんて……あいつの言った通り、そっちが本性だったわけ? ちっ……来いよ」
「い、行きません」
真理愛は足を踏ん張った。ジャスティンが、うーっと唸り声を上げて姿勢を低くした。
それに水原がたじろぎ、一瞬、力が緩んだ。その瞬間、腕を振り払い、後ずさる。その隙を逃さずカウンターから出てきたコンシェルジュが異変に気付いて真理愛と水原の間に入る。
カウンターの中で電話が鳴った。だが、コンシェルジュは、目もくれず水原に向き直った。
「畠中様、こちらお知り合いですか? 何かお約束が?」
真理愛はぶんぶんと首を横に振って「違います。ないです」と答えた。
「お客様、申し訳ありませんが、当マンションは部外者の立ち入りを固くお断りしております。お引き取り下さい」
「は? 部外者はその女でしょ? 小鳥遊さんの善意に甘えて、ここに入り込んでるんだから! つか、早く来なさいよ! こっちはあんたのせいで、あいつにこき使われて大変なんだから! 今朝だって仕事上がりにいきなり連れまわされて、しまいにはお前を呼び出して連れてこいって言われたの!」
水原がキンキンと喚き立てる声がエントランスに響き渡る。
「畠中様、早くお部屋に。すぐに小鳥遊様に連絡を」
コンシェルジュが小声で真理愛を促したその時だった。
シューっとスプレーを噴射する音が聞こえた瞬間、男性の呻き声がエントランスに響く。
「あああっ……うっ、は、畠中様、早くエレベーターに!」
コンシェルジュが顔を押さえ、叫びながら真理愛の肩を押し、その場に崩れ落ちて膝をつく。真理愛は、とっさに手を伸ばしそうになるがコンシェルジュに「早く!」と急かされて、エレベーターホールに駆けこもうとするが、それより早く、何者かに腕を掴まれる。
「やーっと捕まえた」
聞こえてきたぞわりとする声に目を見開く。
「あ、あなたは……っ」
真理愛の腕を掴んで、にたりと笑ったのは、鮫島だった。
ジャスティンが激しく吠えたてるが、鮫島はひるまない。
水原が、ジャスティンにスプレーを掛けようとすると、ジャスティンは器用に避けて後ずさり、勢いをつけて鮫島に飛び掛かった。
鋭い牙が鮫島の腕に付き立てられる。
「うぐっ! クソ犬がっ! 畜生! おい、なんとかしろ!」
ジャスティンは揺さぶられても何をされても離れなかったが、鮫島も真理愛の腕を放そうとしない。食い込んだ指の痛さに悲鳴が零れる。
「な、なんとかしろなんて、無理に決まってんじゃない! こ、こんなでかい犬!」
あたりを見回した水原が、カウンターに置かれていたノートパソコンをジャスティンに投げつけようとする。
「ジャスティン!」
真理愛の叫びにジャスティンは、水原の行動に気づいて鮫島の腕から口を放して、その場を飛びのいた。
ガシャン、と床にたたきつけられたノートパソコンがけたたましい音を立て、キーボードが飛び散って散らばる。液晶にひびがはいってしまっている。
再びカウンターの中で電話が鳴った。
「うるせぇな!」
鮫島が怒鳴りながら、電話に手を伸ばし力業で線を引き抜き、電話機も床に落とした。その音に驚いて肩が跳ねる。
「おい、クソ犬! そこから動くなっ!」
「ぐっ、うっ」
まるで人質にでも取られたかのように首に腕を回され、盾にされる。水原は早々に逃げ出して、エントランスにはもういない。
ジャスティンは、姿勢を低くし、鮫島の隙を伺うように周りをゆっくりと歩き回る。その姿は、獲物を狙う狼のように恐ろしく、凛々しい。
鮫島は、ジャスティンを警戒しながら真理愛を引きずるように後退していく。いつのまにか、ジャスティンに噛まれた傷から出血したのか、血まみれの手で彼は、ナイフを握りしめていた。
「……ジャスティン、だめ……だめよ、にげて」
ジャスティンは、いつもの人懐こい姿が嘘のように、鋭い目と牙で鮫島の隙を伺っている。
キキーッとブレーキの音が背後で聞こえた。
「鮫島、早く!」
水原がどこからか車を回してきたらしい。
ピーピーと暢気な音がして自動で後部座席のドアが開いた。まるでそこに荷物のように真理愛は放り投げられる。
「きゃっ」
またピーピーと音がしてドアが閉まる。鮫島が助手席のドアを開けて乗り込み、勢いよくドアを閉めた。ジャスティンの吠える声がくぐもって聞こえる。
「早く出せ!」
「急かさないでよ!」
水原がキレながら言って、アクセルを踏んだ。
だが車が動いて間もなく、どんっと凄まじい衝撃が走って、真理愛は座席転がり落ちた。
「なっ、くそ、何しやがる!」
鮫島が怒鳴る。真理愛は、なんとか体を起こす。フロントガラスの向こうに見えたのは、見慣れた黒い車だった。
「み、御影さん……っ?」
「くそっ、バックしろ!」
「ちょっ、ペーパードライバーなんだか無茶言わないで!」
水原の声は動揺しきっている。真理愛は、今しかないとドアの取っ手に手を掛けた。ピーピーっと暢気な音に、鮫島が振り返る。
ドアが開くのがやけにゆっくりに見えて、こじ開けるように手を掛けた。
「どこに行く気だ! お前は俺と行くんだよ!」
真理愛は、転びそうになりながら外へ飛び出した。
「畠中様! 早く、早く中に!」
やっぱり黒い車は御影のものだった。御影が助手席のドアを体全体で押さえつけてくれていた。
真理愛は、一瞬ためらうが「早くしろ!」と御影に怒鳴られて、駆け寄ってきたジャスティンと共にエントランスへ走ろうとするのに、脚が震えてうまく走れない。
「待ちなさいよ!」
振り返れば、水原が鬼の形相でそこに迫っていた。ジャスティンが吠え立て、飛び掛かれば水原は「ぎゃぁぁ!」と悲鳴を上げて逃げていく。
「おい、真理愛! 動くな! 逃げるなら、こいつを殺す!」
その怒鳴り声にエントランスのドアの前でぴたりと足が止まる。
鮫島が、うずくまる御影を足蹴にして、ナイフを翳していた。鮫島の足元に催涙スプレーが転がっている。御影もそれを掛けられたのか、両手で顔を覆っていた。
真理愛の足は石のように動かなくなる。
「動くなよ……クソッ、余計なことしやがって」
「あがっ!」
「や、やめて!」
鮫島が御影の腹を蹴り上げ、真理愛は思わず叫ぶ。
「お、お願いします、やめて……っ。いうこときくから、だから、おねがい、やめてください……っ」
真理愛の懇願に鮫島は、嬉しそうに顔を綻ばせて、ゆったりとこちらに歩いて来る。
彼の右手には、まだナイフが握られたままだ。冬の日差しを反射して、鈍くちらちらと光っている。
「ごめん、手荒なことをした。君を救い出さなければと焦ったんだ」
意味の分からないことを言いながら鮫島が近づいて来る。
真理愛は動けなかった。動けば、御影や倒れているコンシェルジュに何をされるか分からない。鮫島は、とうに正気を失っているに違いなかった。
鮫島の目は、暗く淀んでいた。水原の目も淀んでいたけれど、それの比ではないくらいに深く重苦しい闇が横たわっている。
「おいで、真理愛。お前は俺のものだ」
「い、いや……」
真理愛は後ずさろうとして、腰が抜けて崩れ落ちる。
鮫島は、ぞっとするほど冷たい目で真理愛を見下ろす。
「……俺を拒むなんて、やっぱり、躾け直さなきゃな!」
振り上げられた拳に真理愛は、身を固くして、思わず叫んでいた。
「た、たす、たすけて、結弦さん……っ!」
「鮫島ぁ! 汚い手で彼女に触るな!」
ドゴッと鈍い音がして、鮫島が真横にふっとんだ。真理愛の視界を覆うようにあらわれたのは、あの日も、真理愛を鮫島から護ってくれた広い背中だった。
「真理愛! ごめん、遅くなった!」
結弦が勢いよく振り返る。
いつもは綺麗にセットされている黒い髪が乱れて、肩で息をする結弦がそこに立っていた。いつの間にかパトカーのサイレンの音が鳴り響いていて、それは徐々に近づいてきている。
「ど、どうして……っ」
「色々あってやばいって気づいて……ああ、ごめん、もっと早く来ていれば……っ」
結弦が真理愛の頬に手を伸ばそうとした時、正人の声が「結弦!」と叫んだ。
「うぉぉぉ!」
鮫島がナイフを持った手を二人の間に振り下ろしてくる。
結弦は、そのナイフを持つ鮫島の腕を両手で掴むと、なんとそのまま一本背負いを決めた。ナイフがどこかに飛んで行く。
「くそくそくそっ、いつもお前が邪魔するんだっ、殺してやる、殺してやる、死ねぇえええええええ!」
だが、鮫島は興奮で痛みを感じないのかすぐさま起き上がって、ポケットから新たな折り畳み式のナイフを取り出して再び結弦に飛び掛かって来る。
「結弦さん!」
「ジャスティン!」
結弦が呼ぶとほぼ同時にジャスティンが、鮫島の腕に噛みつき、鮫島はその勢いに地面に転がった。結弦と走ってきた正人が、鮫島の上に馬乗りになって押さえつける。
「鮫島君人! 殺人未遂の現行犯で逮捕する!」
正人が鮫島に手錠をかけるのを、真理愛はただ茫然と見つめていた。
鮫島に手錠がかけられると、結弦がすぐさま真理愛の下に駆け寄って来た。彼の向こうで、車のサイドミラーにネクタイか何かで手首を縛られた水原が繋がれていた。その車には、御影が片手で目元を押さえたまま寄りかかっている。
「真理愛、真理愛、怪我は……⁉」
結弦に声をかけられて、緩慢に彼を見上げた。パトカーがロータリーに入って来て、騒がしくなる。
血の気の失せた顔で結弦が心配そうに真理愛を見つめている。結弦は、ネクタイをしていなかった。
「ゆづる、さん」
手が勝手に彼に伸びていく。大きな温かな手が真理愛の手を引き寄せ、ぎゅうと痛いくらいに抱き締められた。
「無事で、よかった……っ」
震える声が耳元で安堵を吐き出す。
真理愛は、そのぬくもりに体の震えが止まるのを感じた。この腕の中は、大丈夫なのだとこんな時でも、体は理解しているらしい。
ああ、もう大丈夫、大丈夫なのだと安堵すると同時にだんだんと目の前が暗く、意識がどこかへ引きずり込まれていく。
「真理愛⁉ 真理愛さん! 真理愛!」
焦ったように真理愛を呼ぶ声に応えたいのに声が出ない。
それどころか、体から力という力が抜けていく。
「真理愛!」
そう呼ぶ声を最後に真理愛の意識は、そこで途絶えたのだった。