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【コミカライズ】鉄仮面のマリア ※続編完結!  作者: 春志乃
第3話 零れ落ちたミートボール
20/60

3-4

※ ストーカー視点です。割と気持ち悪いのでお気を付けください。



「クソックソックソッ」


 蹴り飛ばした一斗缶がけたたましい音を立てて転がっていく。

 酒と煙草と吐しゃ物の臭いが充満する夜の街の路地裏を、一歩、表へと出れば毒々しいネオンの光が彩っている。

 鮫島は、酔っ払いや客引きの間を歩いて行く。

 ネクタイを緩めて、整髪料で整えていた髪をぐしゃぐしゃと乱す。


「オレの、真理愛なんだ……っ」


 最初は、ただただ復讐してやろうと近づいただけだった。

 会社で、悪事がバレたあの日、鮫島につっかかってきた生意気な女を怖がらせて、憂さ晴らしに傷つけて、泣かせてやろうと思ったのだ。

 鉄仮面の名の通り淡々として、感情なんてあるかも分からないあの女の恐怖に泣き叫ぶ姿を見たいと思った。

 鮫島を地獄に突き落としたのは小鳥遊結弦といういけ好かない男だが、あいつには隙が無かったし、男より女が泣き叫ぶ姿のほうが個人的に興奮する。

 会社帰りの真理愛を尾行して、マンションを探り当て、観察することで部屋番号も割り当てた。

 最初は、マンションの全ての部屋のポストに白紙の手紙を入れた。不審がる真理愛は、だんだんと不安を色濃くしていった。

 畠中真理愛という女は、つまらない女だった。地味で野暮ったくて無駄にでかい。会社と自宅を淡々と往復して、週に一度だけ駅近くの商店街や少し離れたところにあるスーパーで買い物をする。

 基本的に買出し以外に出かけることもなく、ましてや恋人がいるようには思えなかった。

 つまらない女だ。白紙の手紙をポストから取り出す時、僅かに表情を曇らせる以外には、何の感情もあらわさない女だった。

 だから余計に、際立つと確信したのだ。あの鉄仮面をはぎ取った時の女の顔は、大層愉快に違いない、と。絶対にはぎ取ってやると鮫島は日を重ねるごとに強く決意した。

 だが、事件が起きたのだ。鮫島の決意をあっけなく揺るがすような事件が。

 あれは、肌寒い日が続いた十一月の終わりだった。

 マンションから、ミルクティー色の髪の外国人の女が出てきた。

 ずっとマンションを監視しているから、真理愛以外の住人の顔もいくらかは覚えていたが、その女を見たのは初めてだった。

 自分でもよく分からないが気が付くと、鮫島は手に持っていたスマホのバッテリーカメラのシャッターを切っていた。そして、エントランスを出た女の後をつけた。

 美しい女だった。あの真理愛と似たような黒縁の眼鏡もおしゃれに見えるほど美しい顔の女だった。

 コンビニで、飲みものを選ぶその横顔を見た時に、この美しい女が、経理課の鉄仮面と呼ばれる真理愛だと、鮫島は気づいたのだ。

 その時、鮫島の心と体を覆った感情と興奮は筆舌に尽くしがたかった。

 鉄仮面の下に隠されていたのは、こんなにも美しい秘密だったのだ。

 彼女は、その名の通り、清らかに美しい聖母なのだと、鮫島は知ったのだ。

 それから監視ではなく、護衛になった。彼女の一挙手一同を余すことなく見守って、手紙も彼女だけに出すことにした。これまでの白紙ではなく、鮫島の想いを綴った手紙を。

 真理愛はなかなか本当の姿を見せてくれなかった。いや、それは仕方ない。なぜなら美しい彼女の秘密は、おいそれと誰かに知られるわけにはいかないからだ。鮫島だけに教えてくれた、彼女のとっておきの秘密なのだ。

 だが、鮫島からの恋文を真理愛は、なかなか受け止めてくれなかった。いつも空き部屋のポストに何の衒いもなく入れられてしまう。あの細い指先が、封に触れることすらなかった。

 彼女は、拗ねているのかもしれないと気づいたのは、年の瀬が迫った頃だった。

 清らかで賢い乙女である真理愛は、手紙の主が自分を誰より愛する男だと気づいているだろう。それなのに、顔を見せないから、会いたくて拗ねているのかもしれない、と。


「いいかげん、姿を見せてあげなきゃな」


 鮫島は、そう決意してあの日、真理愛が帰って来る前に彼女の部屋で待っていることにしたのだ。

 午後三時頃、住人の男性がマンションに入って行くのに紛れてエントランスを通過し、真理愛の帰宅時間までは非常階段で時間を潰した。

 だが、いつも定時に帰って来る真理愛は、一向に帰って来ない。今日あたりは仕事納めだから、買出しにでも寄ったのだろうか。前回の買出しから日が経っているから、冷蔵庫の中は空っぽだろう。

 だが、あまりにも帰って来ない。もしかして家の中で隠れていて、鮫島が見つけてくれるのを待っているのかと思って声をかけたが返事はない。多少手荒くドアを叩いたりしてみたが、本当に留守のようだった。


「クソッ」


 悪態をついて、真理愛のマンションを後にする。

 もしかしたら、何か予定外のことが起きてまだ会社に残っているのかもしれないと鮫島は、近寄りたくもなかった、自分をクビにした会社に彼女を迎えに行ったのだった。

 だが、待てど暮らせど彼女は出て来ず、真理愛はどこにもいなかった。

 まさか男と、と心配で心配で、その日は一晩中、酒を飲みながら彼女の部屋を監視し、明け方に一度、駅近くの漫画喫茶に行き、シャワーを浴びた。酒臭い姿は、真理愛に相応しくないからだ。

 シャワーを浴びながら彼女には躾が必要なのかもしれない。純粋で清らかな乙女だから、危機感がないのかもしれないと。年上で大人の鮫島が教えてやらねばと思った。

 そして、再び戻ったマンションで、鮫島はそこで信じられないものを見た。

 真理愛が、あの小鳥遊結弦と共に一緒にいたのだ。

 二人はマンションから出て来て、小鳥遊結弦はクーラーボックスを肩にかけ、真理愛も小さな段ボール箱を抱えていた。

 それを車の後部座席に乗せると、あろうことか真理愛はその車の助手席に、小鳥遊結弦は当たり前のように運転席に乗り込んだ。


「な、なんで……」


 その問いに応えるものはなく、ただ茫然と走り去る車を見送るしかなかった。

 怒りと嫉妬で目の前が真っ赤に染まって、頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 あの男は、あの男だけはだめだ。

 だって、小鳥遊結弦は鮫島から全てを奪った諸悪の根源だ。清らかで美しい乙女である真理愛にもっとも相応しくない汚らわしい男だ。

 真理愛は騙されているに違いない。

 鮫島は、真理愛の帰りをその日も待ち続けたが、彼女はついぞ帰ることはなかった。それどころか、夕暮れに目つきの悪いやたら背の高い男とショートカットの女がやって来て、あろうことかポストを開け、つい先ほど、鮫島が入れた恋文を無遠慮に取り出した。

 鮫島は咄嗟にスマホを構え、その男女の姿を写真におさめる。

 二人は、エントランスに出てきた住人の女に声をかけると、何かを見せて、中へと入って行った。

 スマホの画像ファイルを開いて、男の手元を拡大する。

 縦開きの黒い手帳だ。


「……警察に、行ったのか」


 目つきの悪い男が、住人に見せていたのは、ドラマなどでしか見ることは早々ないだろう警察手帳だった。


「そうか、オレの愛は迷惑だったのか? それで警察なんかに相談したのか……っ、ははっ、はははっ、いや、そんなわけない。真理愛が、俺の真理愛がそんなこと言うわけがない。だって、彼女は純粋で清らかな穢れなき乙女だ。きっと、あいつが、あの野郎がっ、オレの真理愛をそそのかしやがったんだ……っ!!」


 その証拠に真理愛は、年が明けてもマンションに帰って来なかった。警察のやつらが、うろうろしているのでいつもみたいにずっと見ていたわけではないが、帰っていないのは明らかだった。

 もしかしたら小鳥遊結弦に監禁されているのかもしれない。だから、真理愛は、鮫島の下に帰って来られないのだ。

 小鳥遊結弦から、真理愛を救い出すために、あの男の存在をどうにかしなければ。

 鮫島は、新たな目標を立てる。

 だが、小鳥遊結弦がどこに住んでいるのか分からなかった。会社の人間には聞けない。人を雇おうにも、小鳥遊結弦のせいで会社をクビになり、金もない。カード類はとっくに止められていて、借金だけならいくらでもあるというのに。

 真理愛の姿が見当たらない日々は、焦燥と不安ばかりが募って行った。

 だから、リスクを承知で、勤務先で待ち伏せをして、家を割り出そうとした。

 久しぶりに見る真理愛は、相変わらず美しかった。会社だったから、鉄仮面を被ったままの彼女だったが、鮫島にしてみれば、彼女の秘密を知っているのは自分だけでいいのだから、その姿は鮫島にとって正解だった。

 しかし、想定外だったのは真理愛には運転手がつけられていたことだ。そいつが通報したのか、警察に追跡までされた。バイクだったので、入り組んだ路地裏に逃げ込みなんとか撒いたのだ。


「クソッ、クソクソッ、全部、ぜんぶ、あいつのせいだ……っ」


 吐き出す先の見当たらない苛立ちに、何かを殴りたい衝動に駆られて顔を上げた。


「じゃあね、パパ! また来てね、リリカ待ってるからねぇ」


 猫なで声が脂下がった男の背に向けられている。

 完璧にセットされた髪、体のラインを目立たせるドレス。どこにでもいるキャバ嬢だ。

 だが、その目の前を通り過ぎようとして鮫島は足を止めた。


「水原」


 夜に映える濃く派手なメイクをした女は、あからまさに「げっ」と顔を歪めた。

 記憶違いでなければ、鮫島の勤めていた会社の女だった。仕事ではなく、男漁りに来ているような女で、誘われて鮫島も何度か寝たことがあった。


「お前、会社辞めたのか」


 シュエットは、副業は申請すれば可能だが、風俗店で働くことだけは認められていない。バレれば、軽くて減給処分。事と次第によっては、懲戒免職だ。


「ちょっ、辞めてないわ、チッ、こっちきて」


 舌打ちをした水原は、入店する客に「いらっしゃいませぇ」と猫なで声で返し、鮫島の腕をとると店の中に入って行く。控室かどこかに行くのだろう。

 確か、この女は人事部だったな、とその後頭部を見下ろしながら鮫島は、口角が自然とつり上がるのを感じて、片手で口元を覆った。

 この再会は、必然だ。

 悪の根城を突き止めて、真理愛を救い出すための、必然なのだ。

 案の定、たどり着いた控室で水原は、青白い顔で言葉を探しているようだ。 


「あんた、何か仕出かして会社クビになったって聞いたけど、なんでよりにもよってこんなところにいんのよ……っ」


 水原は憎々しげに言った。

 浪費癖の酷い女だった。ブランドものに目が無くて、新しいものを持っていないと気がすまない。シュエットの給料は、同年代と比べてもいいはずだが、彼女の身の回りの物を見ていると明らかに赤字だろうとは、思っていた。


「借金の返済、大変だろ」


 カマかけの言葉に水原は、はっとしたように顔を上げた。


「なぁ、俺に協力してくれ。お前、人事部ってことは、社員の住所くらい分かるだろ」


「わ、分かんないわよ。そういう個人情報は、上のやつしか見れないようになってて」


「困るだろ。固定給がなくなるのはよ」


 にんまりと笑った鮫島に水原は、血の気の失せた顔で唇をかみしめたのだった。



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[一言] うわ~~鮫男とバカ女が共謀しちゃう… 十和子さん、結弦さん真理愛を守って!
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