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【コミカライズ】鉄仮面のマリア ※続編完結!  作者: 春志乃
第2話 ふわふわオムレツからの餅つき(ホームベーカリー)
12/60

2-3

あけましておめでとうございます!

本年も作者共々よろしくお願い致します(*´ω`*)



「茶菓子はねぇぞ」


 小さな会議室のような部屋で、テーブルの角に斜めに向き合うように座ると、小学校からの親友は、ポケットから缶コーヒーを取り出して結弦の前に置いた。


「あったかいコーヒーないの? 冷めてる」


「うるせぇ。我慢しろ」


 正人は、強面をしかめて、冷え切った缶コーヒーのプルタブに指を掛けた。ごつい指先がカリカリとプルトップを掻くが、なかなか短く切られた爪が引っかからないようだ。

 結弦は自分のそれを開けて彼に差し出せば、開かなかった缶コーヒーが結弦の下にやって来る。結弦はもう一度、缶コーヒーを開けて口へ運ぶ。

 昨今は缶コーヒーであっても美味しいが、季節的にやっぱり温かいのが良かったなぁ、とそれをテーブルの上に置きながら零す。正人はまた「うるせぇ」と顔をしかめた。


「んで? あの子がお前が熱を上げてる、マリア様か?」


「そう、僕のマリア様。綺麗でしょ?」


「……日本語通じるのか、ちょっと焦った」


 結弦は思わず噴き出す。彼の、こういう素直なところが友人としてとても好ましい。


「彼女、フランスとのハーフなんだって。お母さんがフランスで女優やってたくらい綺麗な人だって言ってたよ。と言っても、僕があの姿を知ったの、昨夜だけどね」


 正人が訝しむように首を傾げた。


「彼女ね、普段は黒髪ボブヘアでおっきな眼鏡かけてんの。目も日本人らしい色のカラコンを入れてるよ」


「ぼぶへあ?」


「……おかっぱだよ、おかっぱ」


 両手を自分の首の横で振って髪の長さを教えれば、正人は「あれか」と納得したようだ。最初からそう言えよ、と文句を垂れる正人の前に結弦は、懐からハンカチで包んだ白い封筒を取り出す。全部で三通。どれも赤いハートのシールを貼れば、絵にかいたようなラブレターになるだろう封筒だ。


「なんだ」


「これね、真理愛さんのマンションのポストに投函されていたんだ。真理愛さんが言っていた手紙の投函のタイミングとポストの中で重なっていた順番的にこれが昨日の朝、こっちが昨日の夕方か夜。そして、これが今朝。ごめん、開けちゃったから僕の指紋もついてる」


 昨日の二通は同じくらいの厚さだ。だが三通目は以上に厚く、封がギリギリのところでされている。

 正人は、ポケットから白手袋を出すと手に嵌めて、慎重に昨日の朝の手紙を手に取る。


「……これは」


 中身を取り出して正人は顔をしかめた。

 真理愛は、手紙の中は白紙だと言っていた。おそらく、中身を検めていない彼女は、今もそう信じているだろう。管理人が預かっているという手紙も本当に白紙だったのだと思う。

 だが、いつからかは分からないが、手紙の中身はもう白紙ではない。


『オレのマリア。可愛いマリア。好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好き(以下、便せん一杯に繰り返し)』


 歪で小さな文字がびっしりと同じ言葉を繰り返している。これが七枚、入っているのだ。宛名のある一枚目以外は全て「好きだ」という言葉がびっしりと書かれている。


「こっちも同じことが書かれてたよ。問題は、こっち」


 結弦は、今朝の手紙を指差す。正人が遠目に見れば真っ黒に見える便せんを置き、それを手に取り、中身を取り出す。


「……こりゃあ、すさまじいな」


 正人の眉間の皺がますます深くなった。

 一枚目は、これまでのものと同じ「好きだ」。だが、二枚目は違う。


『 真理愛 まりあ マリア、穢れなき乙女

  昨夜は帰って来なかった。どこにいってったんだ。なあ、まさか男か? 君は聖なる処女だ。乙女だ。そうだろう? ねえ、オレ以外の男に君の聖なる処女の血を捧げてなんかあないだろうな⁉ 君の真の姿を教えてなんかいないだろうな⁉ オレは許してないんだから、当たり前だ! 今日は帰って来るだろ? なあ、オレが迎えに行くから。昨日だって本当は迎えに行ったんだ!!大丈夫、必ず助けてやる。そうして、オレだけのマリアにして、大事に大事にしてやるから、安心しろ。なあ、どこ行ったんだよ。男だったら、そいつをお前の目の前で殺してやる、お前も仕置きだ。痛い思いをさせるけど、これは愛だ。殴れば目が覚めるんだ! だから躾だ あはははは!はは!!!!』


 支離滅裂な言葉を紡ぐ歪な文字は、だんだんと乱れて後半は辛うじて読めるようなありさまで、あははという部分は手紙の下半分を埋めるほど大きな文字で書かれている。

 そして、その二通の手紙に包まれるようにして出てきたのは、おびただしい数の写真だ。ちなみに全部で五十七枚ほど入っていた。

 その全てが明らかな「盗撮」だった。


「……これが真理愛さんの普段の姿か?」


「ああ」


 正人が手に取ったのは、駅前の横断歩道を渡る真理愛の姿の写真だ。いつもの黒髪眼鏡姿の真理愛だ。


「これは真理愛さんの家の最寄り駅前だよ。確認のためにさっき、通って来たんだ。おそらく朝の出勤の時だ。このコート、いつも会社に来るときは着ているし、昨夜も着てた。それにこれは、彼女の通勤時のバッグだ。こいつは真理愛さんの正面からやってきて、撮ったんだろうな」


 真理愛は真っすぐに前を見ているが、このカメラに視線が向かっていないのは、あの大きな眼鏡を通してでも分かる。


「……これ、確かお前の会社だろ?」


「ああ。そう、僕と真理愛さんが勤務するシュエットだよ。とはいっても、ここは誰でも入れるロビーだけどね」


 正人は、一度か結弦の会社に来たことがある。飲みに行こうと誘った時に「近くにいたから」と迎えに来てくれたのだ。その際、興味本位でロビーまで入って来たのだ。最早、刑事としての習性なのだろう、監視カメラの位置や非常口などを見て回っていた。


「……彼女、家から勤務先、生活圏内のあれこれ全部バレてるってわけか。……んだが、お前らの会社の内部犯じゃねえみたいんだな。オフィス内の写真は一枚もねえ。それに今のところ、家の中もだな」


「幸いなことにね。彼女のマンションは、交差点の角にあって、南向き。エントランスと来客用駐車場は南側。住民の駐車場は北側だ。彼女の部屋は三階の三〇一号室。角部屋なんだ。マンションの東は二階建てのアパートが二軒続いて、道路。その向こうはコンビニ、コンビニの隣はマンション。西側は道路の向こうに住宅街が広がってたよ。北側はマンションの駐車場があって、三階建てのマンションが二軒、連なってる。南側は公園があって、部屋の中を覗けるような建物はないかな」


「仕事が早ぇな」


 正人が呆れと感心の混ざったような顔で言った。


「僕が初めて恋した女性だからね。全てから護りたいんだ」


「厄介なのに捕まっちまったなぁ……んで、この真の姿ってのが、今の彼女の姿ってことか? つかなんでこんな変装みたいな真似してんだ? 指名手配されてるわけでもねえだろうに」


「見つかるのに怯えているという点ではある意味、指名手配みたいなものかもね……」


 結弦は、車の中で真理愛から聞いた高校時代のストーカーの件を正人に伝える。正人は、真理愛が誘ったと疑った警察の話の部分で、缶コーヒーを持っていた手に力が入り過ぎて、缶がひしゃげてしまった。白手袋がコーヒーで汚れてしまっている


「……それで変装か。お前もそうだけど、美人ってのは大変だな」


「まあ、生まれ持ったものを恨んでもしょうがないけど、嫌になる気持ちは僕も分かるからさ」


 自分の頬に手を当て、結弦は苦笑を零す。小学生の頃からの親友は、結弦のこれまでの苦労を知っているからか「大変だな」と憐れむように言った。

 結弦は、テーブルに広げられた数多の写真の中の三枚を抜き取り、並べる。

 この三枚だけ、真理愛が本当の姿で映っている。エントランスを出た瞬間、コンビニへと歩いて行く後ろ姿、コンビニの中で飲み物を選んでいる横顔が隠し撮りされている。

 真理愛自身が言っていた通り、具合が悪かったという言葉に嘘はないようで、写真でもわかるほど顔色がよくなかった。


「こいつ、何で同一人物だって分かったんだろうな」


「執着しているからじゃないかな。それに犯人はずっと真理愛さんをある意味観察しているわけだろう? 持ち物や服装、歩き方、判断材料は色々ある。それに真理愛さん、薄化粧だからなぁ……色が変わっただけで顔かたちはほとんど変わんないんだよね」


「まあ、俺も指名手配犯が整形してても、直感で分かる時あるしな」


 正人はそう言って、ひしゃげた缶を置き、手袋を外す。幸い、写真や手紙は汚れていない。


「……一応、殴るとか殺すとか、この阿呆ストーカーは、脅迫罪にしっかり該当する事柄を書いてやがるし、部屋まで来て待ち伏せをしてる。警告やらなにやらすっ飛ばして、逮捕しようと思えばできる。間違いなく、次に鉢合わせすりゃ彼女に危険が及ぶと断言できるからな。んだが、被害者本人が被害届を出さねえと、情けねえ話だが、警察(俺たち)は動けねえんだ。彼女に張り付いて、彼女を襲った瞬間に現行犯でって手は非現実的だろ」


「そんなことは分かっているんだけど……彼女、すごく怯えていて、彼女はこの手紙を白紙だと思っているんだ。事実、投函され始めた時は、白紙だったらしい。ああ、そうだ。彼女のマンションの管理人さんが手紙は全部預かっていて、一応、いたずらとして警察には相談してあるって言ってたよ」


「そうか。なら、そっちは後で調べておく。でもやっぱり、彼女本人に被害届を出すっていう意思がねえと代理でも……」


 正人の言葉を遮るようにコンコンとノックの音が響いた。正人が「どうした」と声を掛ければ、先ほど、真理愛を預けた小森が慌てたように顔を出した。


「彼氏さん! ちょっと来て下さい! 真理愛さん、パニック起こしちゃって!」


 その一言に結弦は、手に持っていた缶を放り投げて慌てて、小森に駆け寄る。


「どういうことですか⁉」


「すみませんっ。過去のことを思い出して、フラッシュバックしちゃったみたいで……っ! とにかく、こっちです!」


 小森が駆けだした背を追い、急いでついて行く。

 真理愛が居たのは、刑事課のフロア内にある観葉植物がパーティションの代わりを務める応接セットのソファの上だった。

 真理愛は、がたがたと震えて、ぼろぼろと泣いていた。可憐な菫色の瞳は虚ろで、華奢な手が必死に自分自身を抱き締めている。


「真理愛!」


 飛び込むような勢いで隣に座る。

 彼氏さんと呼ばれてきたわけだが、結弦はまだただの同僚で同居人だ。彼女に触れていいか迷った手が宙をさ迷う。

 可憐な菫色の瞳がゆっくりと結弦を映し出すと、自分自身を抱き締めていた華奢な手が結弦のシャツをそっと頼りなく握った。

 色々な感情がぐしゃぐしゃになって、気が付いたら結弦は、真理愛を抱き締めていた。

 細い背中をあやすように撫でて、「大丈夫だよ」と声をかける。真理愛の手が二人の胸の間で結弦のシャツをぎゅうぎゅうと握りしめている。


「大丈夫だよ。真理愛さんのことは、僕が護るっていっただろう? それにここは正義の味方がたくさんいる警察署だよ。悪い奴は入って来られないから」


 自分の中で一番優しい声音で彼女のために言葉を紡ぐ。

 小森は、過去の話をしてフラッシュバッグがと言っていた。

 結弦は、昨夜、部屋の電気が消えているのを目の当たりにした真理愛の様子や、先ほど車の中でストーカーの話で過呼吸を起こし掛けた真理愛の姿を思い出して、自分の迂闊さに嫌気が差す。可能なら、正人に思いきり殴ってほしいと思うほどには。


「ご、ごめんなさっ、私……っ」


「誰も怒ってなんかないよ。僕こそ、一人にしちゃってごめんね。ずっと傍にいればよかった」


 ポケットからハンカチを取り出して、真理愛の頬に当てる。

 小森は観葉植物の陰からこっそり心配そうにこちらの様子をうかがっていて、正人は、同じく観葉植物と小森の陰に隠れているつもりのようだが、体が大きすぎて丸見えだった。

 泣いている顔も綺麗だなといっそ感動さえ覚えるほど、真理愛は美しかった。

 でも、この美しさが彼女を苦しめているのだ。


「真理愛さん、ほらゆっくりと息をして、そう上手だよ。さっきみたいに僕に合わせて、吸って、吐いて、そう上手。良い子だね、真理愛さん」


 彼女の呼吸がだんだんと落ち着いてきて、長い睫毛に乗っていた涙が瞬きをすると同時に頬を濡らした。


「ゆづる、さん」


「そうだよ。怖かったけど、お話しできた?」


「はんぶん、くらい」


 普段の凛とした姿が嘘みたいに、なんだか迷子の子どもみたいな彼女に庇護欲がすごい勢いで噴き出してくる。


「うん。そっか、偉いね。ここからは僕もいるよ。被害届を出すためにもうちょっとだけ頑張れるかな?」


「ひがいとどけ?」


「お話しを聞く限り、立派なストーカーだから、貴女を護るためにも被害届を出してくれれば、私たちが犯人をとっ捕まえるわ」


 小森が観葉植物の陰から援護射撃をしてくれる。


「今は無理だったら日を改めてもいいぜ。俺たちは年中無休だからな」


 観葉植物と小森の陰から正人が言った。


「で、でも被害届を出したら、逆恨みされるから、面倒だから、だすなって……ス、ストーカーは、自分でなんとかするもので、忙しいお巡りさんを煩わせるなって」


 泣き過ぎて呼吸が上手く整わないのか、途切れ途切れに真理愛が言った。


「あ゛あ゛? 誰だよ、そんな失礼ことを言いやがりましたのは!」


 正人の野太い声に真理愛がびくりと怯え、結弦が睨むと正人の口調がおかしなことになった。小森が唇を噛んで肩を震わせている。


「もしかして車の中で言ってたお巡りさんのことかな?」


 結弦の問いに真理愛は、こくりと頷いた。


「そっか。でもね真理愛さん、もちろん逆恨みだってあるかもしれないけど、やっぱり強引に部屋に入ろうとしていた以上、被害届を出して、お巡りさんたちに相手が誰かだけでもはっきりさせてもらったほうがいいと思うんだ。だって、やっぱり誰か分からないのは対策のしようもないし、怖いでしょう?」


 少し躊躇ってから、こくり、と真理愛は頷いた。


「当分は年末年始でお休みだし、僕とジャスティンがずっと君の傍にいるから、何も怖がることはないからね」


「で、でも、犯人に逆恨みされて、結弦さんが怪我したら……っ」


 か細い声が恐怖に揺らいでいる。


「こう見えて僕、それなりに武道の心得があるから大丈夫。ジャスティンだって、元は警察犬候補生だったんだから。……もうちょっとだけ頑張れる?」


 真理愛の顔を覗き込む。濡れた頬を握りしめたままだったハンカチで拭う。


「結弦さん、隣に、いてくれますか?」


 可憐な菫色の上目遣いは、結弦の理性に強烈な右ストレートを決めてきたが、かき集めた意地と見栄で理性を補強して、いつも通り優しく笑って頷いた。それに真理愛は、すんと小さく鼻を啜るとほっとしたように形の良い眉を下げた。

 駄目だ、無理だ、可愛いが過ぎる、と結弦が頬の内側を噛んで堪えている間に、小森が向かいのソファに座った。正人は「前の事件の照会に行って来る」と告げて去って行った。


「真理愛さんも大丈夫なようですし、さくさく被害届を書いちゃいましょうね!」


 小森の元気な声に結弦は、どうにか真理愛に声をかけて小森の方に体を向けることに成功したのだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] 警官がストーカー被害にあった人にそんな事をいうのかな? 何かのドラマでストーカー被害にあった人が警察で助けてもらったけれど最終的にその警官がストーカーになったと言うものがありましたが… パニ…
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