5話 王女とシノビと馴染みの行商 ②
後編です。立て続けになってしまって申し訳ありません。
「2度は言わない、彼女を離せ!その方に万が一のことがあれば、君は王国全体から敵と見なされ、タダでは済まなくなる!」
警告することで時間を稼ぎながら、リリアンを救う隙を窺う。しかし、相手も相当な手練れなのだろう。カケルが付け入れるような隙は一切見せない。
「……我々とて、このような手段に出たくはなかった。だが、主が我が国の独立を約束してくれた以上、リリアン王女にはここで死んでもらうしかないのだ…」
絞り出すようにして紡がれた不審者、いや暗殺者の言葉に、カケルは目を見開いた。
その一瞬の空気の弛緩。それを見逃さなかったリリアンは、隠し持っていたランプを暗殺者の顔に向けて放った。
安全装置を解除されたランプは、凄まじい光で部屋を照らす。その光に暗殺者が思わずリリアンから手を放し、それを、即座に接近していたカケルが抱き寄せると、再び距離を取った。
リリアンを奪い返されたことに気付いた暗殺者は姿勢を建て直し、カケルに襲いかかる。目にも止まらぬ速度で距離を詰め、その命を刈り取るべく伸ばされた刃物はーーー
業火を纏った剣戟によって弾かれた。
「くっ……!!」
「もう無理だよ。君は任務を果たせない」
飛びすさり再び距離を取った暗殺者に対し、カケルは剣を突き付けた。
屋敷のいたるところから、王女の安否を問う声が聞こえ始めている。異変に気付いたアイリス達が動き出したのだろう。
また、先の一合で暗殺者も怪我を負ったらしく、凶器を持っていた方の腕からは止めどなく血が滴っている。
状況は暗殺者に対して非常に不利だと言わざるを得ない。やがて、諦めたように暗殺者は体の力を抜くと、口惜しそうに言葉を発した。
「お前の言う通り、今回の暗殺は失敗だ。だが我が国が王国から独立させるためならば、我々は何度でもその王女の命を狙う」
その言葉が事実であると示すように、暗殺者は瞳から殺気を漲らせる。それを肌で感じのだろう、腕の中のリリアンが身を強張らせたの分かった。
ただならぬ様子の暗殺者に、カケルは僅かな瞬躊を見せながら口を開いた。
「…君達の国が、王国とどんな関係にあるのかは俺には分からない。けど、本当にこんな手段でしか、変える方法は無いの?」
「話にもならない問いだ。穏便に済ますことのできる段階は、とうに過ぎている」
暗殺者の返答はにべもない。
「でも、今の俺と君は、こうしてちゃんと話せてる。きちんと言葉を重ねれば、変えられる物事もあると思わない?」
「それは強者の論理だ。弱き者、持たざる者は同等の卓に着くことすらできないことを知らない者達の」
カケルの受け答えが良くなかったのか、暗殺者である少女は若干の怒りを見せる。
既にアイリス達の声も大分近くなってきている。彼女と話をする時間は、あまり残されていないようだ。
「俺だって、今の王国が好きって訳じゃない。そちらの都合で勝手に呼び寄せたのに、求めるものじゃないと分かると嘲りながら捨てられかけた」
カケルの脳裏には、いつもあの王宮の光景が映っている。
「でも、悪い人ばかりじゃないのも確かなんだ。リンやアイリスさん、ここにいるリリアンだってそう。その他にもたくさんの人が、損得勘定抜きで俺を助けてくれた。そういう人達も、この国にはいるんだ」
「………」
静かに、それでいて重みを持ったカケルの語り口に、少女は沈黙を守りながらも、初めて迷いの感情を浮かべた。
「あの…貴女の出で立ちを見れば、貴女方がどのような問題を抱えた立場の者なのか、ある程度の推測はできます」
ここで初めて、リリアンが口を開いた。
「今の私はまだ幼く、すぐに状況を変えるほどの力は持っていません。ですが、今からでもその問題に向き合い、その先できちんとした場を設けることを約束します」
震えながらも気丈に振る舞うリリアンの姿には、幼いながらも王族としての格を見ることができる。
「ですからどうか、強行手段以外にもまだ道が残されていることを、心に留めておいてはいただけませんか?」
リリアンの紳士な真摯な言葉に、少女はしばらくの沈黙の後、静かに息を吐いた。
「分かった…。貴女の言葉は覚えておく。我々の今後の動きについても、少し考え直してみよう」
そう言う少女からは、既に先のような刺々しい雰囲気は無くなっていた。
『王女殿下!こちらにおられますか!?』
「「「!!」」」
カケルとリリアン、そして少女の間に流れていた静かな空気が、アイリスによって破られる。それに応じるように、少女は開いた窓へと跳躍した。そして、こちらに顔だけを向けると、
「未来の同盟相手に、少しばかりの手掛かりを。今回の暗殺、裏で意図を引いているのは貴国の宰相だ」
「なっ!」
突然の重大情報に、リリアンは硬直する。が、そんなことよりも気になっていることがあったカケルが、少女に問いを投げ掛けた。
「それより、俺は君の名前が知りたい!これから助け合う仲間になるかもしれないなら、俺は!」
「名前…か」
意外な問いに、少女は目を丸くする。しかしすぐに.
「ヨミだ。とりあえず、そう呼んでくれれば良い」
僅かに覗く目元に微笑を浮かべながらそう答えると、窓の外に広がる闇へ、その身を投じたのだった。
「リリアン!無事か!」
直後、凄まじい音を立てながら扉を破ったアイリスが部屋に突入してきた。そして、荒れた部屋の様子を見て目を丸くする。
「これは…一体。メイド達の様子が気になったので確認しに行ったら、全員眠らされていたのです。それで慌ててお二人の元へ駆けつけてみたのですが…」
「……アリシアさん」「怖かったですわぁ…」
全く現状が飲み込めないアリシアは口ごもるが、2人にはそんな余裕はない。彼女の姿を見て緊張が溶けたらしく、先程まで気丈にしていた2人の少年少女は、揃って近衛騎士に抱きついたのだった。
☆
「ただいま~。ごめんね、お兄ちゃん。ちょっと迷っちゃった」
「遅いぞアカツキ。大してかからないって言ってただろ」
商品の納入も終わり、以前にも増して屋敷の裏口で暇をもて余していたアサヒは、用をたしてくると言って屋敷に入っていった妹を、悪態をもって出迎えていた。
「で、用は済んだのか?」
「うん!つつがなく」
「そうか。じゃあもう行くぞ」
「はいはーい。帰ってご飯にしよ!」
「お前のせいで腹と背中がくっつきそうだよ…」
仲睦まじいやり取りを交わしながら、ワの兄妹は出口に向けて馬車を動かし始める。
その背後に、深夜にも関わらず、慌ただしく屋敷の人々の声を聞きながら。
☆
「そんなわけで、屋敷中大騒ぎだったんだよ」
アサヒは、小麦色に焼けた太い腕を大袈裟に動かしながら、昨夜バルトルクの屋敷で起こった事件について語っていた。
「怖いですね…。商いに行った先でそんなことに巻き込まれたら、私なんて商品を置いて逃げ出してしまうかもしれません」
「まあ、俺達別にも巻き込まれたとかじゃなくて、知らぬ間に起こってただけなんだけどな?」
いつものように店のカウンター越しに客と向き合い、その話に情けない声を上げている男。彼こそ、今彼らがいる雑貨屋の店主、デニスである。
時刻は昼時を少し過ぎた頃。この日の王都は、いつになく騒がしかった。それもそのはず、数日前の未明、バルトルク家の屋敷にて王女の暗殺未遂事件が起こったのだ。
夜の闇に紛れて屋敷に侵入した暗殺者は、王女を拘束しその命を摘み取る寸前までいった。だが、異変に気付いた勇者によって防がれ、暗殺は失敗したのだ。
辛うじて王女はその命を拾ったのだが、事態はそこでは終わらなかった。
カール・ファン・ビルトルク。暗殺者が去り際に漏らした、この事件の首謀者の名前だ。そう、今まさに国を動かしている宰相が、自身が仕える国の王族の暗殺を企てた可能性を、暗殺者は残していったのである。
これを受けた王女は即座に、国王に向けて事件及びその関係者と見られる宰相への査問を建議。国王もこれを了承し、現在王宮では、4代貴族を含めた査問会が開かれているらしい。
「宰相様、どうなってしまうんでしょうね」
「普通に考えれば処刑されるんじゃないか?王女様の暗殺なんて、立派な反逆行為だろ」
「まあー、そうなりますよねぇ」
私は、処刑があまり得意ではない。過去にも、国の機密を持ち出そうとした役人や、捕縛された敵国の将軍の処刑などがあったが、どうにも目の前で命が潰える瞬間というものが、好きになれなかった。
罪の重さで言えば間違いなく処刑だろうが、叶うならば、もっと別の罰にして欲しいところだ。
「てんちょー、終わりましたよー」
「ああ、お疲れさまですユリアさん、それにアカツキさんも。いかがでしたか?」
実は、私たちがこうして油を売っている間に、事務所ではユリアとアカツキによって、例の『カタナ』に関する打ち合わせが行われていた。
「はい、図面の方は問題なかったので、このまま製作に移って大丈夫だと思います。それにしても、相変わらず良い仕事をする職人さんですね!そろそろ~私もお会いしたいんですけど…」
「あはは、それはまた今度と言うことで…」
親しげな笑みを浮かべながら、私の持つ数少ないツテに探りを入れてきた彼女は、アカツキ。
長身にギルド受付嬢の制服を着込み、その明るい性格を示すように、体の動きに合わせて長い黒髪が揺れている。服装から分かる通り、彼女は王都のギルドで働いている。
兄のアサヒを追いかけ、成人を機に王都にやって来たのが数年前。それからは持ち前の愛想の良さときめ細やかな心配りを武器に、複数のギルドを掛け持ちしながら、たまに王都を訪れるアサヒの手伝いなどもこなしている。
私が彼女と知り合ったのもアサヒとの取引を通してのことだった。いくつものギルドに籍を置いているため顔が広く、私にとっては貴重な情報源の1つだ。
☆
「それにしても流石ですね、デニスさん。カタナのことについては、私もお話ししようと思っていたんですけど、既にご存じだった上に生産の算段までついているなんて」
「運が良かったんですよ。話が広がる前に耳に入って、その商品について知っていそうな方と面識があって、作ることができる職人にも当てがあって。まあ、揃っていると分かってからは頑張りましたけどね」
しみじみと語ってはいるが、実のところ狙い通りに利益が生まれそうなので、私はすこぶる機嫌が良かった。
「てんちょー、ニヤニヤしてて気持ち悪いです」
ユリアはこの通り辛辣だが。
「あのデニスがカタナねぇ。戦争嫌いのあんたにしては、珍しいんじゃないか?」
「確かに武器の類を売る事には多少の抵抗感はありますが…。これに関しては、美術品のようなものでしょう?だったら気にする程のことはありませんよ」
「ああ。今時こんなもんで切った張ったするような奴は、いないか」
「そうよ兄さん。どちらかと言えばお金持ちの道楽。刀剣を集めている方って結構いるから。お陰様で、仲介しただけでもそこそこの利益は見込めそうだし」
そう言う彼らの表情も明るい。やはり景気が良いと顔の筋肉が緩んでしまうのが商人なのだろう。
そんな調子で我々が和気あいあいと雑談などをしていると、突然店の扉が開き、外から人が飛び込んできた。
「おおい雑貨商共、早く外に出るんだ!今から国王陛下が、国民全員に向けて声明をお出しするらしい!」