4話 外食とカタナと勇者入学
王都中央通り、ギルド横。正確には、ギルドの横にある路地を入った少し先。デニス雑貨商はその日の営業を終え、既に照明を落としていた。
☆
「私、これが食べたいです!特製フルーツパフェ!」
「あ、それもあたしも食べたい」
「高過ぎます。皆さんうちの店の経営状態知ってますよね。少しは配慮を見せて欲しいんですが…」
時刻は夕食時を少し過ぎた頃。雑貨商の面々は、表通りに面した食堂に来ていた。
『王都一番食堂』。ここは王都で一番大きな大衆食堂だ。お手頃な値段と多彩なメニュー。そして、昼の食堂に加え、夜は居酒屋としての役割もこなす経営姿勢は、大衆の心を大いに掴んだ。
王都に住む庶民はもちろんのこと、外から訪れる冒険者や傭兵、商人達にも大人気の店だ。
「えー、良いじゃないですか。私今日一日すっごい頑張って勉強してたんですよ!」
「あたしもあたしもー」
「ユリアさんはともかくレオナさん勉強してなかったですよね?何ならちょっと寝てましたよね?」
彼女らの高校は定期試験が近いらしく、ここのところ仕事の最中でも暇を見つけては教科書と向き合っている。
「レオナさんはいい加減赤点ギリギリを攻めるのをやめた方が良いんじゃないですか?」
「良いの良いの。あたしは剣一本で近衛騎士にでもなって左団扇で暮らすから」
この調子である。近衛騎士入隊にも筆記試験はあると思うのだが。
「レオは良いよねー親が厳しくなくて。私なんて成績に学費がかかってるし。たまには手抜きたいわー。あ、でも今回こそダメかなー、糖分足りないし。退学になったら実家に戻らないとなー。そしたら割の良い値段の看板娘が雑貨商からいなくなっちゃうなー!」
レオナの将来について考えているうちに、ユリアの声はどんどん大きくなってきている。
「はぁ…。わかりました。お二人にはお世話になっていますから、デザートもご馳走します。ただ、パフェは無理なので、こちらの主菜に付けられるものにしてください」
「やっっったね!!」
大いに喜ぶユリア達を尻目に、デニスは溜め息をつく。
彼女らとここに来ると、だいたいいつも向こうのペースに乗せられて出費がかさむ。これも従業員のやる気を保つ必要経費と思いつつも、冷たくなった懐の温もりは返ってこないのだ。
☆
それからしばらくは、運ばれてきた料理を食べながらの会話が続いた。特に興味深かったのは、なんと先日、彼女らの高校にあの少年、ホウショウ・カケル君が転入してきたという話だ。
「びっくりですよ。店長達が村で会ったって言うのと同じくらいびっくり!」
ユリアは青い瞳をまんまるに見開いて、当時の驚きを伝えてくる。
「ま、隣のクラスだけどね。合同授業でも一緒にならない方だから、入ってくるのは噂話ばっかり」
「噂だけでもすごいの多くない?そもそも、王都守備隊の隊長さんと決闘して、うちへの入学勝ち取ったんでしょ?」
「みたいね。けど、アイリスさんって相当強かったはずなんだよねぇ。巨大毒蔓に負けた子が勝てる相手じゃないと思うんだけど」
実際に傷つき、倒れたカケル少年を知るレオナは、その話に懐疑的な様子だった。私自身も半信半疑な気持ちは拭えない。
「本当だって!アイリスさん転入の挨拶の時にもわざわざ顔出して、直々に紹介してたってクラスの友達言ってたし」
「確かに、最近よく学校来てるよね。ずいぶん渋ってたっていう剣術指南の話もあっさり受けちゃってさ」
聞いている限りだと、アイリスと言う人物はずいぶんとカケル少年に入れ込んでいるようだ。王国内でも特に力のある貴族の令嬢に気に入られている。そんな話を聞いただけで、ややこしい事に発展しなければ良いのだが、などど小市民な私は考えてしまう。
「もしかして、最近のレオナさんがやたら疲れ果てた様子で店に来るのは…」
「そう、目茶苦茶しごかれてんの。これまでは、大した相手もいなかったから一番楽な授業だったのにさ。『将来有望な剣士には相応の鍛練を』とか言って毎日まいにちぃ…。大体目的は勇者君じゃなかったの?って感じだし」
レオナは、分かりやすく不貞腐れた様子で、目の前の料理にナイフを突き立てている。
「行儀が悪いですよレオナさん」
「ふんっ。てかあの雌ゴリラのことは良いよ。転入生の話でしょ?」
「そいえばそーだったね。どこまで話したんだっけ?」
「まだ転入したところまでです」
この場にいないことを良いことに言いたい放題のレオナが話題を戻した。
「一番はやっぱり、演習場爆発事件かな?」
しばし考えた末にユリアが出した結論は、私の想定の斜め上をいくものだった。
☆
王立高等学校では、上流階級として必要な知識や礼儀作法を身に付けるのはもちろん、剣術や魔術といった自身に箔をつける技術を学ぶ場でもある。それ故に、学校にはそれらを十分に学べる施設、屋内外に複数のの演習場が置かれていた。
その事件は、そのうちの一つである屋外の魔術演習場にて起こった。
「前回の授業で伝えた通り、本日は実戦授業だ。どんな魔術でも構わない。まずは、正面の的に正確に当てるところからだ。初等部で学んできたことを、しっかり活かすように!」
教師の指示が一通り終わると、生徒らはいくつかの列に分かれ、的に向かって魔術を放ち始めた。しかし、しっかりと当てられる者は非常に少ない。
この世界の魔術は、自身から発した魔力に属性を与えるところから始まる。さらに、出した魔術を的まで飛ばすには、放った魔力が霧散しないように形を保持し続ける必要がある。しかしこれは、自身から離れれば離れるほどに難しくなる。結果、幼い頃から専門的な訓練を積んでいない者でもない限り、30m程しか離れていない的に当てるだけでも、極めて難しい作業になるのだ。
「ファイア!ファイア!!」
生徒らが思い思いの魔術を行使する中に、1人の少年の姿もあった。王国では珍しい黒い髪は、実技用制服で揃えた集団の中でも比較的目立っている。彼は一心に初級の火属性魔術を唱えていたが、その成果は芳しくない様子だった。
「ホウショウ君…。属性との相性もあるから、火以外もやってみたら?」
「え?ああ、うん。ありがとう。やってみるよ」
助言をした、彼の後ろに並んでいた同級生の様子はどこかぎこちない。
それもそのはずで、少年はつい先日、この高校に転入してきたばかりなのだ。とある貴族の肝入りで平民出身の身でありながら特例で入学してきた彼に対し、クラスの多くはどう接すれば良いのか分からず、未だその距離感を埋められずにいた。
しかし、中には例外も存在する。
「どーした転校生!!一発も当たらないどころかファイアすら使えないのか?」
ユーゴー・ビルトルク。今の宰相カール・ファン・ビルトルクの長男である彼は、家の栄光と彼自身の能力の高さから、クラスの、いや、学年の頂点に君臨していた。そして、謁見の場において、カケルと最も因縁のある人物の血縁でもあった。
そんな彼はカケルの転入初日から彼に絡み、その能力の低さを見下しては自身の能力を鼻にかけていた。
「ああ。勉強不足みたいで――」
「あー、良い良い!言い訳は聞かねぇよ!」
ユーゴーはカケルの言葉を大声で遮ると、彼を押しのけて的の前に立った。
「今から俺が見本を見せてやる。まあ、見せたところで真似できないだろうけどな!」
そう宣言すると、的に向けて手をかざし、高らかに叫んだ。
「ファイア!!」
ユーゴーの手のひらで魔力が渦巻き、間を置かずに火球が生成される。そして、綺麗な放射線を描きながら緩やかに射出され、恐らくはクラスで最も正確に的を射ぬいたのだった。
「さすがユーゴー君。まさにお手本のような魔術行使、実に見事だ」
「当然です先生。俺にはそれだけ才能がありますから。こいつみたいな――」
教師から手放しで褒められ調子に乗ったユーゴーは、脇に立つカケルをその襟を掴んで無理やり手繰り寄せる。
「自分の分も弁えずに異世界からノコノコやってきた、似非勇者とは違うんですよ!」
『勇者』。その言葉に周囲がざわめく。まだ国民に伏せられている話だが、ここは上流階級の子供達が集う学校だ。王女が秘密裏に勇者を召喚した、程度の事は既にある程度浸透している。
「おら、何とか言ったらどうだよ勇者様!」
俯いて黙っているカケルにユーゴーはなおも詰め寄る。場の空気はユーゴーによって支配されており、度が過ぎた彼の行為に異を唱えられるものはいない。
ーーそんな空気に、一陣の風が割り込むまでは。
「なんだ?」
最初に気がついたのは、カケルとユーゴーを囲んでいた生徒の1人だった。自身の足元を縫うようにして、そよ風が吹き始めたのだ。経験のない現象に一同が気づき始める頃には、風はカケルとユーゴーを囲みこむように渦巻き始めていた。
「なんだ?――うお!?」
事態に気づいたユーゴ―は渦からの離脱を図ったが、彼が体を外に出そうとした途端、巻き起こった強風によって阻まれた。
「クソ…、どうなってんだよ!おい、見てないでどうにかしろよ!」
自分ではどうにもできないと悟ったのか慌てて周囲に助けを求めるが、それに答えられる者はいない。
既に暴風と化したいる現象に対処できる者はおらず、むしろ危険を感じた多くの生徒は、教師に促されて避難していた。
「なんなんだ!なんで急にこんな…!おい、お前もなんとか言えよ!?」
眼前で渦巻く猛烈な風と誰も助けに来ない事実が、ユーゴ―をパニックに陥れていた。そんな彼に追い打ちをかけるように暴風は収縮し、次の瞬間、凄まじい音を立てながら爆発した。
☆
先ほどまで演習場だった場所に、今は凄まじい力で削り取られたような亀裂がいくつも刻まれていた。それは、ある一点に行くにしたがって数を増やしており、さながら局地的な竜巻が起こったような様相を呈している。
そして、その中心には大小2人の少年の姿があった。小柄な1人は普通に立っているが、体格の良いもう1人は地面にへたり込んでいる。あの強風中にいたにも関わらず、2人に怪我はない。ただ、へたり込む少年に顔には明確な恐怖が刻まれていた。
「すいません、先生。初級風魔法を使ってみたんですけど」
「…初級?」
「はい」
事態の収拾に駆け付けた担当教師は、カケルの言葉に愕然とするしかなかった。
当然だろう。眼前に広がる演習場につい先ほどまでの面影は無い。その被害は演習場の周囲の森にも及んでおり、いくつもの倒木が彼の用いた魔術の威力を物語っていた。人的被害が出なかったことが奇跡としか言いようがない。
カケルはしゃがむと、いまだ衝撃から立ち直れていない様子のユーゴーに手を差し伸べる。
「見ての通り、まだまだ未熟な似非勇者だけど…これからよろしく頼むよ」
友好的に見えるその仕草にも、ユーゴーは怯えた顔をするのみで応じることは無かった。カケルはしばらくそんな彼を眺めていたが、やがて満足したように立ち上がると、彼を残し、クラスの皆の方へ踵を返した。
「ま、俺のは所詮借り物の力なんだけどね…」
小さく呟いた言葉を拾えた者はいない。
後には、腰を抜かして立ち上がれずにいる少年と、事後処理に頭を抱える教師のみが残された。
☆
「ずいぶん派手なことをしでかしましたねぇ」
「すごかったよ。学校中に爆発の衝撃と音が響き渡って」
場面は再び食堂に戻る。
ユリアらが聞かせてくれるカケル少年の鮮烈な高校生活は、私を大いに驚かせた。
「しかし、入学早々にそんなに人目につくことをしたら、クラスでの風当たりとか…」
「それがねー、あのユーゴーに一泡吹かせたってんで、結構な数のクラスメイトから一目置かれるようになったみたいですよ。これまでさんざん好き放題やってきたから、その反動が来てるんじゃないかなぁ」
「あとはほら、親のしがらみとかもあるから。宰相派の子達は警戒するし、王女派は逆にこっそり手助けとかしたり、ね」
「学生の頃からそんな…。まあそういう世界なんでしょうが。ともあれ、彼が孤立するようなことが無くて良かったです」
周囲はともかく、彼自身は比較的穏やかに暮らせていることが分かり、老婆心ながら胸をなでおろす。
「あーでも、演習場壊したことでは、運営部からかなりきつーく絞られたって聞いてるよ。推薦した雌ゴリラも呼び出されてたし。何なら復旧費用は国庫から出すって噂もあるくらい」
「爆発したのが2週間くらい前だけど、まだ吹っ飛んだ木の片付けとかしてるもんね」
「ね。ついでに他の演習場も吹っ飛ばしてくれたら良かったのに」
口が悪い。そんなことになったら、学校として立ち行かなくなるだろう、という個人的な所感はあるが、せっかくの話を折るものもったいないので、この際しまっておこう。
「色々なウワサがあると言っていましたが、他にも面白いものが?」
「うーん、図書館で山のように本借りていったとか。それこそ分厚くて大きな本を何十冊も。絶対1人では持てないはずなのに、軽々と運んでたって受付の子が言ってましたよ」
「やたらと間が悪いのも有名だよね。転んだ先が女子更衣室だったり、階段から落ちた娘の下敷きになったり。あれ、割と本気で嫌がってる女子けっこういるんだよね」
「あとは、上級生から挑まれた剣の決闘で勝ったって話ですかねぇ。なんでも刃に炎をまとわせて戦ってたとか。これ、2人が会ったって言う剣士さんと同じ技じゃないですか?」
「刃に炎、ですか」
横に座るレオナに視線をやると、確信を持った表情で頷いている。彼女がそう言うのであれば、あの赤髪の女剣士から譲り受けた力で間違いないだろう。その他の技も、魔女の風魔法に盾男の怪力と、間の悪さ以外はどれも心当たりのある力だ。
「ひょっとして、あの場にあったスキルを全て?いやいや、まさかそんな…」
あり得ない、と思う。しかしもしも――
「あの子が本物の勇者だったら。ありえるかもね?」
レオナの意味深な表情に、我々は思い思いの沈黙で答えるほか無かった。
☆
「なんだなんだ?しけた面してじゃねぇか雑貨商ご一行!ほれ、ご注文のデザートをお持ちしてやったぞ」
「なんで貴方が給仕してるんですか…」
背後から唐突に現れたのは、両手にユリアらのデザートの皿を載せたゴルドンだった。既に酒をひっかけているらしく、顔が赤い。
夕食時に入った我々だったが、なんだかんだと話が弾んだせいか、店内の客の多くを、酒を飲みに来ている層が占める時間帯になっていた。
「今日も従業員へのご褒美か?」
ゴルドンは見た目にそぐわぬ繊細な手つきでデザートを配り終えると、そう尋ねてくる。どうやらしばらくここに居座るつもりのようだ。
「ええ、そんなところです。学校の試験も近いので、それに向けた発破のようなものも含んでいますが」
「ははぁ、良い店主様だなぁ」
「褒めたらダメだよゴルドンさん!いつも一番安いやつしか頼ませてくれないんだから」
「ガッハッハッハ!そいつは仕方ねぇさユリア。こいつんとこの懐具合じゃぁそれが限界ってもんだ。そんな労い1つ無いミドルんとこよか、あるだけマシさ。なあ、ミドルよお!」
「なっ…!ミドルもいるんですか!?」
いつも通り遠慮の無いダルトンのことは置いておくとしても、彼の口から出た名前については聞き捨てならなかった。
「皆さん、さっさと食べて帰りますよ。アレが来ている以上、もう一刻の猶予もありません」
「ええー。これだけなんだからゆっくり食べさせてくださいよー」
「ユリアに同意。てか、もう遅いんじゃない?」
のんびりとケーキを口に運びながらレオナが指した先には―――
「だーれがハゲでデブのミドルだってえ~?」
「一言も言ってません!」
大いに酒に飲まれた様子の同業者が、顔を真っ赤にして立っていた。
ミドル・バッカート。彼は正真正銘、私の店の近所、王都表通りのギルドの横にある大きな雑貨店『バックス商店』の店主だ。つまり、私にとっての最も身近な競争者にあたる。一応、経歴としては私の方が長いのだが、一等地に居を構え大いに繁盛しているのを横目で見ていると、やはり面白くない。
半面、大型店ならではの品揃えや経営方針は同業者としても参考になるものは多い。
一言で表すのは非常に難しいが、まあ、色々な意味で存在感のある人物、と言ったところだ。
「今日はまたずいぶん酔ってますね」
「そんなことはね~よ…、俺全然酔ってね~よ……。てか、お前は全然飲んでないな!?なんで飲んでないんだ!!」
「店の子がいるからですよ。ちょっと、臭いから顔近づけないでください」
既に足元が覚束なくなっているらしいミドルは、膨れた腹を揺らしながら近づいてくると私にしだれかかってきた。派手に酒気をまき散らす彼を避けるように、レオナがユリアの傍まで椅子を引っ張っていく。
…この反応が嫌なので、彼女らと来る時、私は酒を飲まないようにしているのだ。
「ったくよお!バイトの奴ら、給料が少ねぇとばっかり抜かしやがる…。隣の雑魚商店よかよほど多く出してやってるってのに!」
「それはそれは…」
酒の席での戯言である。乗せられたら負けだ。
「それなのに家内は稼ぎが少ないって、そればっかりでよぉ…」
これは妻帯者特有の悩みだろう。私には分からない苦しみだ。
彼が飲んでいる時はだいたいこんな内容の愚痴を延々と零し続けている。我々としては、割と見慣れた光景だ。
「…ぁあ、そうだ。おいデニス。お前、西二番街のウィックの野郎が最近一儲けした話は知ってるか?」
と、珍しく愚痴以外の内容が、彼の口から出てきた。
「いえ、知りませんでした。どんな話なんですか?」
儲け話、と言われれば飛びつくのが商人の性だ。上手くすれば、こちらでも利益を上げられるかもしれない。
「なんつったかなぁ…。ああそうだ、『カタナ』とか言った!見かけねえ顔のガキから注文を受けたらしくてな。この国では珍しい黒髪のガキだってんで印象に残ったらしいんだが。なんでも、そいつの故郷に伝わるもんなんだと」
「どっかで聞いたような特徴だな」
いぶかしむ私の気持ちをゴルドンが代弁してくれる。
ウィックは西ニ番街、私達の暮らす表通りの西側に隣接する通り沿いで鍛冶屋を営んでいる男だ。彼が絡むということは鋳物や武器の類いの話なのだろう。
「カタナ、ですか?聞いたことがあるような…無いような…。どんな物なんですか?」
「刃が片方にしか付いてない剣だ。鉄を何度も何度も打ち直して、薄~く硬く仕上げるんだ。そうすると、こいつはあくまで噂だが、鉄でも斬っちまうような剣に仕上がるらしいんだ」
「鉄をですか?興味深いですね…」
「噂だ噂ぁ。実物は見たが、大したこた無かったぜ…。薄っぺらすぎるんだよ。下手すりゃ木刀でもたたき折れる」
「でも大儲けしたってことは買い手がついたってことですよね?」
「ああ、これが面白いんだよ」
ウィックは赤くなった顔を愉快そうに緩める。
「たまたまそれを見た“ワ”の商人がな、目の色変えて食いついたんだと。で、とにかく今ある分、これから作る分を全て寄こせっつってきたんだそうだ。しかも言い値で構わないってんだから笑うしかねぇ」
思い出した。何がツボだったのか、気味の悪い笑い声を上げ始めたウィックを尻目に、私は埋もれていた記憶を掘り起こすことに成功した。
ワ出身の知り合いから、『カタナ』について聞いたのだ。彼女は兄と共に王国に出稼ぎに来ていた。経緯は忘れたが、自身の家に古くから伝わる家宝だ、と言ってずいぶんと古そうな長剣を見せてくれたのだ。それがウィックの言うカタナに近い形をしていたのだ。確か王国が建国された頃の代物であり、現在は作り方が分からず残っているものを大切に継承しているのだ言っていた。
ワの商人はそこに目を付けたのだろう。非常に高価な美術品や工芸品として扱われる物が、どういう訳か安く大量に作られている場面に出くわしたのだ。小躍りしながら仕入れていたに違いない。
「ウィック!ひょっとしたらこれは大きな商機かも―――おや?」
とんでもない商機かもしれない、と、その話を持ってきた張本人を労おうと話しかけてみると、いつの間にか気持ちよさそうな寝息をたてて意識を手放していた。
「ま、良いでしょう」
彼には悪いが、この話は私の方で先に進めさせてもらおう。軌道に乗ってからの説明でも、そう遅くはあるまい。
そうと決まればここに長居する理由は無い。早く帰って、早速例の知り合いと接触する準備を始めるのが良いだろう。
「ゴルドン。彼の店の従業員は来ていますか?」
「ああ。外で待ってるはずだ。潰れたことだし、いつも通り呼んできて後始末を任せるか」
「そうしましょう。我々もそろそろ帰ります。2人とも、構いませんか?」
「「はーい」」
食事に満足できたらしい従業員2人も、揃って返事をする。
「では、ごちそうさまでした」
「「「ごちそうさまでした!」」」
☆
外に出ると、当然のことながら真っ暗になっていた。点々と明かりが灯る街灯が、寂しげに夜の王都を照らしている。
「レオナさん、カタナの話の時、少し興味を持っていましたよね」
「まあね。鉄が切れるってのは胡散臭いけど、剣って言うからには振ってみたいって思うのが性じゃん」
「俺はどっちかってーとやり合ってみたいな。そうすりゃ実際のどこまで使えるのかなんてすぐに分かる」
「手っ取り早いというか、荒っぽいというか…。貴方らしいですね」
家への道を進みながら、何気ない会話に花を咲かせる。
私達3人は住む家がお隣同士なので、帰り道も必然的に一緒になる。ちなみに、念のためと、ゴルドンも護衛として付いてきてくれていた。
「それにしても、勇者君が現れてからずいぶんと周りが騒がしくなりましたねー」
「そうですね。噂ばかり舞い込んでくると思ってましたが、最近は実際に巻き込まれることも増えてきました」
「これからどうなりますかね」
「分かりません…。分かりませんが、いつかもっと、大きな関わり合いが出てくるかもしれませんね」
確信はないが、そんな気はする。
願わくばそれが、穏やかで、あと、少しでも店の利益に繋がりそうな出会いでありますように。夜の闇に沈む王宮を見つめながら、密かにそう思うのだった。