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シノビと商人と少女の夢 ③

お久しぶりです。絶賛筆に迷ってます。


あと週半ばに前年のなろうホラーフェアで書いたものをリライトして投稿する予定です。


よろしくお願いします。


 蓄音機から聞こえる心地よい音楽が止めどなく流れる喫茶店。主婦や学生、行商といった幅広い客層が揃った店内では、皆一様に穏やかな昼過ぎの一時を楽しんでいた。

 そんな店の片隅で、二人の人物が席を囲んでいた。

 空色のワ服に身を包んだ、長い黒髪が美しい小柄な少女は、やや形見の狭そうな表情をしながら訥々と何かを話しており、真向かいに座るウェーブのかかった茶髪を肩に流し、フレームの細い茶色の眼鏡をかけた女性はどこか気だるげに耳を傾けている。 

 二人の手元には運ばれてきたケーキセットが置いてあるが、余り食欲は湧いていないらしく手にした食器の動きは酷く緩慢だった。


「話を聞いてほしい、とは言ったけれど…どこから話せばいいのか…」


「とりあえず、自己紹介とかで良いんじゃない?」


「そう…ね。それじゃあ最初の最初。私が、ヨミになった経緯から」



             ☆



 ヨミこと“私“が生を受けたのは、ワの皇家嫡流に連なる血筋。正真正銘の姫御子だった。何事もなければ、きっと私は今頃、ワの筆頭貴族か王国の有力者に嫁いでいただろう。けれど幸か不幸か、当時の政権は女子であるために跡継ぎとして認められず、しかして皇家に継承される強力な水と風の魔力を色濃く受け継いでいた私に、もっと有用な役割を見つけたようだった。

 それが間諜だ。


 ベルトルク王国の従属国であるワは、様々な資源を宗主国に貢ぐことが定められていた。人的資源も、その一つだ。王国は古来から、能力が高く使い勝手の良いワのシノビを徴用していたのだ。

 

 時のワ政権は、使い道のない皇族の娘をシノビに仕立て上げ王国に送り込むことで、兼ねてから進めていた密かな計画をいよいよ実行段階に移すことを決めたのだ。

 そこからの動きは早かったらしい。物心つく前に親元から離され、私は単身『シノビの里』へと放り込まれた。

 “私“の人生は最初から、姫御子とシノビという矛盾の狭間にあったのだ。


 里での生活は、当たり前の話だが修練を中心に回っていた。朝早く起床し、日が昇っているうちはひたすら修練に打ち込む。里が位置する大森林は樹齢千年を超える巨木が林立した天然の訓練場になっており、日々命がけの修練を繰り返していた。その危険度は常軌を逸していて、毎年十数人程度が入里する中で修練中の負傷が原因で去っていく者や命を落とす者も絶えなかった。私が里を去る頃の人口は非戦闘員を含めても50人に満たなかったし、同期など一人も残っていたかったくらいだ。



             ☆



 ここまで一息で話して、アカツキは一度紅茶を口に運んだ。まだまだ話は走りだたばかりだというのに、唯一の聴衆であるレオナはその情報量の多さに顔をひきつらせている。


「え、なんか濃密過ぎない? やっぱ話聞くの今度にしてもーー」


「それはダメよ。私にここまで言わせたんだもの、最後まで付き合ってもらうわ」


 レオナは分かりやすく顔を引き攣らせているが、アカツキはそれに取り合うつもりもないらしい。済ました顔でケーキを口に運びながら話を続ける構えだ。


「まあともかく、まともに自我も芽生えてない幼児に何期待してるの? ってくらい壮絶な修行に打ち込まされたわけだったんだけど、私の場合、これで終わりじゃ無かったのよ」


「ええ…」


「何を隠そう、これでも皇家の嫡流ですから。修練のできない深夜やたまの休日は、全て為政者に必要な知識や作法を叩き込まれたわ」


 始めは皇家直属の指導係が直接教えに来ていたのだが、これがなかなかの曲者だった。

 幼子相手に厳しく当たるのは、皇族という立場を鑑みれば仕方がないと言えなくもない。ただ、事あるごとに『お前はただワための武器となるのだ』と言い募ってくるのがとにかく鬱陶しかったと記憶している。

 しかし、事態はそんなことでは収まらない。次第に里の決まりや修練の内容にまで口を出すようになってくるようになり、シノビの里側との軋轢が生じ始めたのだ。とはいえ、その結末は呆気なかった。日々の修練に加え無理な勉学を強要された結果、私はあっさりと昏倒した。

 それでもなお指導係は勉強を続けようとしたが、


『これ以上は結構。皇家の人間に必要な立ち居振る舞い程度、我々でも十二分に刷り込むことができる』


 里長のその一言で指導係の更迭が決まった。 


 結局、シノビになるための修練に加え、皇族としての学習も里が請け負うことになった。

 そうは言っても、大の大人でも耐えきれずに脱落する者が出る二重生活は、幼い少女に過ぎなかった私にとって地獄以外の何物でもなかったが。


 本来、このような計画が上手くいくはずがなかった。候補者の人生は元より、その人格すらも無視してひたすら任務のための武器たらんと鍛え上げるこの計画は、その調教に耐え切れなかった対象が潰れることで頓挫して当然のものだった。

 しかし計画は成功した。私がこの過酷な調教に耐えきれてしまったという不幸な適性が、起こりうるはずだった破滅を回避させたのだ。 

 けれど代償もまた、理不尽に私へと降りかかることになる。もとより醸成過程にあった自我を日々削り、求められる人格を縫い付けていくことで形成された“ヨミ”という人間は、真にワ皇家が創り出したかった道具として完成してしまった。 



             ☆



「だから話が重い…。…そういえば修行ってどんな感じなの?」


 半ばうんざりした様子ながら、レオナは空気を変えようと話題をふる。


「シノビって要は斥候なの。だから、基本は潜入、情報収集、暗殺。それに必要なことは全部身につけさせられた。…一番しんどかったのは、拷問術かな。するのも受けるのもすごく嫌で」 


 とはいえ、修行自体は今思えば面白いものも存在した。敵地への潜入し、情報収集や攪乱、必要となれば暗殺もこなすとなると、必然的に重要度の高い技術も絞られてくる。

 その中でも特に印象に残っているのが変装術だ。

 踵を上げ、詰め物を入れて体型を変える。顔に化粧を施せば、普段の自分とは似ても似つかない様々な人物へと生まれ変わることができた。


「実際、最初は私がアカツキだって全然気づかなかったでしょ。アカツキとヨミって、身長も歳もけっこう違うのよ?」


「正直気がつかなかった。ああ、そっか。変装って言うから化粧とか想像してたけど、ひょっとしてそれだけじゃないんだ」


「そう。一番大事なのはどんな時でも自然体でいること。化粧とか靴みたいな小道具はもちろんだけど、立ち居振る舞いというか、その変装対象に“雰囲気からなりきる”ことにもすごく時間をかけたわ。不思議なもので、多少変装が甘くても、きちんと役に入っていれば怪しまれることは少なかった」


 恐らくは自分は、自然体であることに秀でていた。だからこそシノビとして実力を伸ばしていけたし、歳を重ねるごとに変装できる人物のレパートリーも増えていくことが楽しく思えた。


 思い出されるのはいくつもの潜入任務。宰相の手先として、時には好色家の地方領主に嫁ぐ貴族の娘になり、時には反乱を企む王国軍に属する青年将校となって暗躍した。

 いずれの任務でも最後まで気づかれることなく成功に漕ぎつけていたため、変装術はアカツキの中でも特に自信のある分野だった。そのはずだったのに… 


「あたしやゴルドンさんには気づかれかけちゃってたよね?」


「そうなのよね~」


痛いところを突かれたアカツキはどこか遠い目をする。

 けれど、向かいで得意げに笑みを浮かべているレオナが少しだけ面白くなかったので、ついつい負け惜しみが口をついてしまった。


「でも、それについては実は原因のアタリはついているの」


「へぇ?」


 興味深そうに目を細めるレオナに、アカツキは自分の予測を話していく。


「それは、単にあなたたちとの関係が長く続いていたから。それまでに関わった人たちはほとんどがすれ違うようなもので、こんなにじっくり腰を据えて交流するのは、あなたたちが初めてだった。関わる期間が長くなれば、当然互いのこともより深く知ることができてしまう。たぶんそれが原因」


「じゃあ、やっぱり居ついちゃうくらいに居心地よかったんだ?」


 冗談めかしたレオナだったが、


「………うん」


 思いもがけず素直な返事が帰ってきて言葉に詰まってしまう。それからすぐに我に返ると、少し気まずそうに頭を掻いてから深く息を吐いた。


「その見た目でその反応は反則でしょ」


「…そう?」


「うん。めちゃくちゃ調子狂う」


「だったら良かった。やっと今の私の使い方が掴めたかも」


 レオナの反応を見て、アカツキはしてやったり、という不敵な笑顔を浮かべた。

 このやり取りで調子を取り戻したのか、アカツキはいずまいを正して再び話し始めた。


「里での話をし始めるときりがないから割愛するけど、まあ、たぶん過酷な10年だったんだと思うよ。あの当時の私は、そんな感情すら満足に抱けない状態だったんだけど」


 寂し気に零された言葉に、レオナはもの言いたげな表情になりながらも結局何も言わないまま口を閉じた。



             ☆



 とりあえず、そんなたまに任務をこなしつつ10年間、修行を続けた。そして私が10歳の誕生日を迎えた日、里の仲間数人と一緒に神都に呼ばれた。


 ワの首都、神都に召喚された私を含めた数人のシノビは、人払いの済まされた会議室に通された。そこで待っていたのは、長机に着いた今のワ政権を支える重鎮たち。私たちを引率した里の幹部が私たちを含めた自己紹介を簡単に済ませると、座席の最奥で静かに話を聞いていた若い男性が口を開いた。

 男性にしてはやや長い黒髪に柔和な笑顔、それでいて身に付けた紫色の軍衣は彼がワにおいて最高権力者である大皇(おおきみ)に次ぐ立場にあることを示していた。


「ワの国がベルトルクの従属国となって早200年。長きにわたって辛酸を舐めさせられ続けた我らだが、その時間を無為に過ごしてきたわけではない」


 そう言って、机の中央にある魔術具の液晶を起動する。低く機械的な駆動音が鳴るのを確認すると、ショウトクは懐から投影魔術具専用の記憶媒体である碧水晶を取り出した。

 複数の四角面が出るように成形されたこの多面水晶は、投影魔術具専用の記憶媒体として普及している。投影魔術具から特殊な光線を当てて水晶に刻み込まれた情報を映し出すことで、こうした会議の場での情報の伝達、共有に重宝されていた。

 ショウトクは取り出したそれを魔術具の設置孔に置くと、 


『宗主国からの独立に関する方針書』 投影魔術具を通して映し出された言葉は、当時の感情が欠落した私からしてみても余りに荒唐無稽に思えた。

 しかし、会議室に流れる緊張感に満ちた空気は、それが真実であることを物語っていた。 


「我らは皆、今日にいたるまで多くの準備をしてきた。そして、ついにこれを動かす時が来たのだ」


 部屋の中央に立ちゆっくりと皆を見回したショウトクは、厳かにそう宣言した。


 どういった任務であれ、命じられたならば全力でそれにあたり完遂する。当時のアカツキは、それが全てだった。


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