シノビと商人と少女の夢 ②
更新遅くてすいません。久し振りですが読んでいただけるとうれしいです。
昼時を少し過ぎた王都は穏やかな喧騒に包まれていた。
レオナたちが飛び込んだ喫茶店もまた、平日の午後を楽しむ主婦たちや学生で溢れている。
白漆喰を基調に明るい色の柱材を織り混ぜた暖かみのある店内。その片隅にある二人掛けのテーブルで周囲の和気あいあいとした空気から取り残されたように、緊張感をもって、レオナとヨミは向かい合っていた。
“勘”というレオナらしいといえばらしい雑な答えに、ヨミは心の底から嘆息する。
「ま、一応根拠もあるよ。戦場で見かけたヨミさんの動きとか、アカツキさんがさりげなく私たちの前で素肌をさらさないよう立ち回っていたこととか」
見ていないようで結構見ている。恐らくはヨミとアカツキの間に存在したコンマレベルの体の癖などを感覚的にとらえ、結びつけていたのだろう。
「極めつけはやっぱり、あの火災の時だね。わざわざあたしたちのことを助けに来た。あれで、まあ確信したよ」
「ああ…、まあ、そうだろうな」
確かにあれは、身分を隠さなければならないシノビにとっては致命的な、私情による行動だった。
「でも、あれがなかったらきっとあたしもユリアも店長も、今ここにはいなかった」
不意の謝意に、ヨミは弾かれたように顔を上げた。
「本当にありがとうございました」
「っ…」
素直に頭を下げるレオナの態度を見て、ヨミの目は一層苦し気に細められた。…さすがに、ここまできて誤魔化すのはいい加減見苦しいだろうと、そう、静かに決意を固めた。観念した心持ちで口を覆うマスクを外し、次いで後ろ手に結い上げていた髪を解いた。最後に大きく息を吸って吐く。瞑目した目を開くと、そこには――
――快活で世話焼きな、いつものアカツキがいた。
「レオナの推理どおり、勇者パーティの一員で、ワの国出身のシノビ。それがアカツキの正体よ」
「おお…!」
目の前に現れた知り合いを見て、レオナは分かっていても目を丸くしてしまった。
「ちっちゃいアカツキさんが出てきた…」
「間違ってはいないけれど…その表現はなんかちょっと納得できないわ」
驚くレオナにアカツキは若干飽きれ混じりの苦笑を返す。
そんな彼女にも構わず、まじまじと目の前のアカツキを眺め回す。
「…うん。やっぱりアカツキさんだったんだ。これで…」
レオナの瞳が感情の波を堪えるように細められる。そして――
「すっごいスッキリしたあぁぁ!」
うんっ、っと伸びるように両手を突き上げ、そして脱力した。
「じゃ、もうスッキリしたから帰っていいよ」
「ちょっとちょっと!?」
どうやら長年の疑問が払拭されたことで満足したのか、既にレオナは話を畳む雰囲気だ。
アカツキとしてはせっかく意を決して正体を明かしたのに、これではいくらなんでも浮かばれない。
「何かもっと聞きたいこととかないの? どうしてこんなことをしてたのか、とか、どんな活躍してたのか、とか!」
「うーん、でもほら、正体を秘密にしてたのはシノビとしての仕事に必要だったからでしょ? 五年前に起こったいろんな事件で暗躍してそうだし。表立った活躍はそれこそ公式に発表されてるし」
「ん~~~、おっしゃる通り…」
すっかり元の適当な調子に戻ったレオナの言葉にアカツキは情けない表情で下を向く。
「あ、そうだ」
「何々? 話せることなら何でも聞いて?」
何やら思い当たった様子のレオナを見てアカツキは嬉しそうに身を乗り出す。それを見たレオナがいじわるそうに笑う。
「アカツキさんて、本当はいくつなの?」
「え…」
せっかくの笑顔が凍りつく。
「いや、ヨミさんやってる時は明らかにアカツキさんよりも年下な感じだし、実際素顔を見ると割りと見たまんまの年齢っぽいよね。アカツキさんやってる時は化粧してたんじゃない?」
「あなた…ちょっと鋭すぎるわよ……」
「ってことは?」
立て続けに示された推理にアカツキは崩れ落ちるようにして机に突っ伏した。
「…………じゅうはち」
「え?」
「18よ18!! ちゃんと聞こえてるでしょ!?」
明らかに聞こえているのに惚けた顔をするレオナに、アカツキは半ばやけくそになりながら詰め寄る。
しかし、当のレオナはアカツキの剣幕に臆することもなく、むしろ意地の悪い笑みを深めて言葉を返した。
「あたしは?」
「う……」
聞かれたのは何てこともない、レオナの年齢だ。けれど、アカツキはその質問の意図を悟って言葉に詰まってしまう。
「あたしは今、いくつだっけ?」
「い、いくつだったかしら…。ちょっと忘れちゃったわ」
「ちょっとちょっと、ダメなんじゃない? 大切な後輩の歳を忘れるなんて。仕方ないので、ヒントあげようか?」
「え…いいわよ。そうだ、次会うまでには思い出しておくから! いい加減カケルたちも待たせてるし…」
恥ずかしいやら情けないやらでつい意地を張り、反射的に答えるのを避けてしまったことを今更ながら後悔する。
けれど、変装とはいえ正体を偽っていた相手に自分のことを打ち明けることには何とも言えない抵抗があった。
こうなれば、と無理矢理中座しようと立ち上がったのだが、
「お待たせしました。季節のケーキセットです。…いかがされましたか?」
「ああ、いえ。なんでもないです…」
ちょうど料理を運んできたウエイトレスとかち合う形になってしまい、勢いを削がれたアカツキは自身の体たらくに情けなくなりながら椅子に座り直した。
「ごゆっくりどうぞ…?」
いささか怪訝そうに会釈をして去っていったウエイトレスを見送ったレオナがアカツキの方へと視線を戻す。
「ダメでしょアカツキさん。頼んだものはちゃんと食べないと、ね」
「分かってるわよ…食べるわよ…」
「それは良かった。で、アカツキさん、あたしの歳は?」
「21歳…よね?」
「正解!! やっぱりアカツキさん、あたしよりも年下だったんだ。…ってことは、“アカツキさん”じゃなくて“アカツキちゃん”って呼んだほうが良いのかも?」
鬼の首を取ったように勝ち誇るレオナの反応に、アカツキはげんなりと息を吐く。
「止めて。貴女より年下だって実感しちゃってますます情けなくなるから。…もう、こうなるって分かってたから歳の話はしたくなかったのに…」
「まあまあ。とりあえず思う存分いじったら元に戻すって。…たぶん。てか、今18ってことは4年前は14歳? アカツキさんって確か20歳って設定だったよね?」
「設定とか言わないで…」
既に敬語が崩れつつある態度で当時のことを思い出そうとするレオナ。対するアカツキの言葉はみるみるうちに萎んでいく。
「じゃああの当時のアカツキさんって、14歳の女の子がすごい背伸びして演じてたわけだね」
「も~~~! よりにもよってどうしてあなたにバレたの!?」
「なんかもう、どんなリアクションしても可愛く見えるね」
「~~~~!?!?」
頭を抱えてしまったアカツキに真顔で追い打ちをかけてくるレオナに、アカツキはいよいよ何も言えないまま机に突っ伏した。
☆
まだまだレオナはやり足りなそう顔をしていたが、一先ず話を中断し運ばれてきた食事を食べようとアカツキが提案し、二人とも手元のケーキセットに意識を移した。
カップから立ち上る豊かな香りを楽しみながら紅茶に口をつけ、白い皿に盛られた三種の洒落たケーキを順繰りに味わっていく。さっきまでの会話が嘘だったかのように言葉少なにゆったりとした時間を楽しんで…
「――結局アカツキちゃんは…」
「っづ!!」
いたかったが、残念ながらレオナにそのつもりはないらしい。慣れない『ちゃん』づけに口にしようとしていた紅茶を吹きそうになるアカツキを見て、心底愉快そうに口の端を曲げていた。
「分かったって。そんなに反応しないでよ、もっとやりたくなっちゃうじゃん」
「あなたって…本当にいい性格してるわ」
「そりゃあね。そうそう、正体ってことならゴルドンさん辺りも察してるとは思うよ」
恨めしそうに目を細めるアカツキのことなど意に介す様子もなく、レオナは涼しげな話題を変える。
「それは…あるかもしれないわ。彼とは、第三要塞迎撃戦の時にヨミとして一緒に戦ってるし」
「そっか、アカツキさん勇者パーティのメンバーだったわけだもんね」
「一応私、その辺りの立役者なのよ?」
「なんかそのチマい見た目でアカツキさんの口調だと無駄に可愛いね」
「………」
得意げに胸を張るアカツキだったが、頬杖をつきながら眼鏡の向こうで目を細めるレオナにはあまり聞こえていなさそうだった。
と、それまで愉しげに身を乗り出していたレオナが、不意に力を抜いて椅子にもたれ掛かった。
「はぁ、なんかこうやってアカツキさんと話すのもすごい久し振りな気がする…」
「…実際4年ぶりだもの」
「……そうだっけ」
先程までとは打って変わって落ち着いた声を漏らすレオナに、アカツキは怪訝な様子で首を捻る。しばらくそうして互いに言葉を交わさずいたが、やがて、レオナがゆっくりと口を開いた。
「アカツキさんは、雑貨商にはもう戻ってこないの?」
「それは…」
どこか願うような調子でこちらを窺うレオナに、アカツキは小さく息を呑んだ。
「お店も新しくなったんです。みんなも、待ってますよ」
「―――うん、知ってる。お店の前までは、何度か行ってるから…」
どうしても、直接顔を見せる勇気がなかった。
「難しい、か」
「うん、……ごめんなさい」
「そうだよね。色々あるってのは、分かってるつもりなんだけど」
小さな声で詫びるアカツキに、レオナは少し寂しそうな表情をつくる。そんなレオナに、アカツキは反射的に下がってしまいそうになる心をぐっと堪えた。
「ねぇ、レオナ」
本来であれば、話すべきではないのかもしれない。しかし、今この瞬間を逃せば、自分の胸の内を零す機会を、話せるだけの勇気を、もう二度と得られないという予感があった。
「あなたに聞いてほしい話があるの」
たぶん自分は、彼女たちにはアカツキ自身のことを知っていて欲しかったのだ。




