万引きと商人と就職活動①
お久しぶりでした。しかもまだ続きます。どういうオチにしたものか…。
(4/2更新)
アリサの名前をずっと間違ってたみたいです。やっぱ期間を置いて書くとダメですね。
王都表通りギルド横、以前よりも少し通りに寄った路地に私の雑貨屋は居を構えていた。
今日は売り場をユリアたちに任せ、私は裏の事務所で書類仕事をしていた。
今の店舗は路地に面した売り場と、カウンターを挟んで出入り口のある裏にある居間兼事務所に分かれている。居間ということからも分かる通り、店主である私の生活空間でもある。部屋の中心に置かれた4人掛けの食卓の他に、そのさらに奥には台所が、両側の壁には背の高い棚が並んでおり、食器や書籍、仕事関係の書類などが収められている。
食卓の手前、売り場へと続く出入り口との間にあるちょっとした空間にはソファとローテーブルがあり、仕事を終えた私がくつろいだり、店番に飽きたレオナが休憩を取ったりする際によく利用している。
余談だが、『王都大火災』で焼失する前の店舗も広さの違いはあれど大体同じ間取りだったりする。
何はともあれ私が食卓に向かって売り上げの計算をしていた時に事は起こった。
「やめて…離してよ!!」
「ダーメ。大人しくしな~」
「…ん?」
扉を介しているせいでくぐもってはいるが、幼い子供の叫び声とそれをたしなめるようなレオナの声が聞こえてきて、私は顔を上げた。次第にその声は大きくなっていき、ついには扉が開いてレオナが入ってくる。
「ん~!! ん~!!」
レオナは、こう言うのもなんだが、薄汚い紺のマントを纏った小柄な人物の腕を掴み上げていた。騒ぎが大きくならないようにかフードを目深に被った口元も塞がれており、その人物は声にならない声を上げながらもがいている。
絵面だけで見れば完全に誘拐犯だ。
「ちょ、レオナさん?」
「いや違うから。この子万引き」
驚きの声を上げた私に対し、レオナはどう見られているのかを察したらしく若干慌てた様子で事の次第を端的に口にした。
「――だから言ったじゃん、その持ち方はやばいって」
と、レオナの背後からユリアも入ってくる。どうやらこの状況に関して多少のやり取りはしていたらしい。
一方万引き犯の方は心身ともに限界らしく、もはや目立った抵抗も見せないまま弱々しい悲鳴を上げている。
「とりあえずレオナさん、放してあげましょう。このままだとその子の肩の方が心配です」
「あー、そうね。ほら、とりあえず座んな。…逃げんなよ?」
「痛っ……」
少し乱暴にソファに投げ出された犯人はソファに尻もちをついて小さく呻いた。レオナは犯人が即座に逃げ出さない様子を見てとると、そのまま背後を固めるようにソファの後ろに立った。
「えーっと、じゃあ話を聞きましょうか。あ、お店の方どうなってます?」
「とりあえず閉めときましたけど、どーします?私見ときましょうか?」
「いや、そのままで大丈夫です。ユリアさんも同席してください」
そう言ってユリアに席をすすめつつ自分も犯人の向かい側に腰掛けた。正面から向き合ったその小柄な人物は消沈した様子で俯いており、フードの中からは精彩を欠いたブロンドの髪が覗いている。
「まずは…顔を見せていただけますか?」
「………」
フードの人物は無言で首を横に振った。まあ、身元が割れるのは嫌なのだろう。
「何も顔を確認して、衛兵に突き出そうってわけじゃないんです。幸い今回は未遂で済んでいるようですからね」
「……?」
そんな私の言葉に、フードの人物は疑問を浮かべるような気配を見せる。
「まあ、なんと言いますか…。あなたと面と向かってお話しがしたいんです。どうしてこの店で万引きするに至ったのか、というお話を」
「面と……向かって…」
ここにきて初めて、フードの人物が小さく呟いた。その声は酷くか細くて聴き取りづらくはあったが、小柄な体格が示す通りの幼く高い声だった。
「えーっと…。私が言うのも何だけど、店長の言ってることは本当だと思うよ?きちんとあなたと話したいっていうのは」
「………」
空気を読んだユリアの絶妙な援護射撃に、フードの人物はしばしの間黙考している様子だったが…
「……! …ありがとうございます」
やがて、恐る恐るといったようにフードに手をかけゆっくりと下ろすと、中から癖毛気味のブロンドを生やした顔が現れた。
幼さの残る中性的な顔立ちのため判断は難しいが、恐らくは女の子だろう。薄汚れた顔や艶の無い髪から、彼女が貧しい環境に身を置いているのは一目で分かる。
「それでは、重ね重ねにはなってしまいますが、なぜこのようなことをしたのか教えていただけますか?まずは、お名前から」
フードを外す動作から、少女が話し合いの卓に着くことに納得してもらえたと判断した私は、改めて先の質問をしてみることにした。
「私、アンナ。おじさんの店に入ったのは、……あんまり人がいなそうだったから」
「いなっ……!?」
「あー…」
「あはは…」
あまりにも率直すぎる動機に私は絶句し、ユリアとレオナは揃って苦笑いをしている。
「お金が無かったから、盗みました。でも、メガネのお姉さんに見つかってダメで…。…ごめんなさい」
若干不本意そうではあったが、最後にきちんた頭を下げたところを見ると悪いことをしたという自覚はあったらしい。
「私が小さい時に大きな火事があって、それでお父さんは死んじゃいました。今はお母さんと二人で暮らしてるけど、お母さんも病気のせいで働けなくて。すごく貧乏で」
それから、アンナは訥々とここまでの経緯について話し始めた。
彼女は『王都大火災』にて被災し、それから数年は私たちもいた避難所に身を寄せていたのだそうだ。多くの人々が親類縁者を頼ってよその町に移ったり、復興した王都に戻っていく中でも、寄る辺の無かった彼女らはずっと避難所に留まっていたらしい。しかしその避難所も、王国が立ち直っていくにしたがってその必要性も無くなっていき、徐々に規模が縮小されていった。私の記憶が正しければ、その避難所もつい数か月前に閉鎖され、後の処理は王都復興局に引き継がれたはずだ。
それでも完璧とはいかなかったらしく、避難所の閉鎖によって行き場を失った人々が最も近い王都に流入し、空き地や路地裏などで細々と暮らしている姿を目にしていた。
恐らくは彼女らもそのうちの一人だったのだろう。
「お役人さんたちがやってる炊き出しとか、簡単なお仕事のお手伝いでもらったお金でなんとか生活してたんですけど。…お店の物を盗ってしまったのは、本当にその場で思いついたことでした。カウンターにいたお姉さんたちはずっとお喋りしてたから、盗っても気づかないかなって思って」
そうなんですか?と視線を送ると、二人のアルバイトは一度顔を見合わせてから頷いた。
「だいたいそんな感じ。この子には悪いけど、あたしは恰好からして怪しかったから最初から気にしてた」
「私は全然気づいてませんでした!」
「そうですか…」
なぜか元気よく応じたユリアはともかく、話を聞いている限りでは突発的な犯行だったのだと分かった。
「話してくれてありがとうございました。しかし、どうしましょうかね…」
アンナがどういう立場に置かれており、どうして万引きという行為に及んだのかは理解できた。正直、彼女の年齢を確認してしまった時点で警吏に突き出すつもりも無くなっていたので、これで終わりと言えば終わりなのだが…
「店長さん、またなんか甘いこと考えてない?だいたい想像はつくけどさ」
腕を組んで悩んでいる私を見て、レオナが鋭い質問を投げかけてくる。
「まあ、そうですね…」
微力ながらも王都の復興事業には関わってきた身からすると、アンナの身の上話を聞いて、「はい、さようなら」とは言いづらい。とは言え私にできることには限りがあるし、中途半端な善意は必ずしも良い結果を生むとは限らない。
「…二人とも、どうすればいいと思いますか?」
「私たちに聞くんだ…」「ちょっとそれは情けなくない?」
「いや、意見を聞こうと思っただけでですね?」
ついつい判断の責任に逃げ腰になってしまった私を2人は白い目で見てる。ただ、そう言いつつも、
「とりあえず、アンナちゃんのお母さんをお医者様に診てもらうくらいは良いんじゃないですか?」
ユリアはそんな提案をしてくれる。
「医者…ああ、良いですね」
診てもらうことができれば、存外あっさりと彼女の母親も回復するかもしれない。そうすれば、少なくともまだ幼いアリサが働かなければならないという状況は改善するはずだ。
「では、私はトーラス先生の所に行ってきます。場所が場所なので来てくれるかは分かりませんが」
ユリアの意見で行くことに決めた私は、馴染みの町医者までの道順を頭の中で反芻しながら立ち上がった。
「はーい、じゃああたしたちはこの子見てるから」
「ええ、よろしくお願いします。いってきます」
私はレオナに礼を言いつつ、慌ただしく外出の準備をして店を出た。
「え?先生?」
残されたアンナは話の流れについて行けず、ぽかーんとした表情でユリアとレオナの顔を見やった。
「お巡りさん呼ばれたりしないんですか?」
「しないみたいよ。ユリア、どうする?」
「うーん、先生のところまでけっこうあるし…」
レオナの問いにユリアはしばらく考え込むそぶりを見せたが、
「ね、アリサちゃん。店長が戻ってくるまで、お姉さんたちとお風呂入ろっか?」
「……?」
アンナの目線に合うようにしゃがみこんだユリアは、未だ釈然としない様子の彼女に微笑んだ。




