13話 悪足掻き②
視点は再び雑貨商組に戻ります。未だ鉄火場です。
「おい!何がどうなってる!?」
立ち込める煙と火の粉を掻き分けるようにして走りこんできたゴルドンは、泣き叫ぶユリアとそれを抱きかかえるレオナの姿を見てそう叫んだ。
「ゴルドンさん!良かった、あたしだけじゃどうしようもなくて!」
戦場の最前線であろうと冷静さを失わなかったレオナが瞳の奥に不安を宿している姿を見て、ゴルドンは返って冷静さを取り戻した。
「何があったんだ?デニスの野郎の姿が見えないが」
「あたし達に先に逃げるように言って一人で店に戻ったんだよ。何か取りに戻ったみたい…」
「ごめんなさい…。私がもっとちゃんと止めてれば…」
「ちっ、馬鹿野郎が」
目を伏せながら引き留めきれなかったことを悔やむユリアを慰めるように、レオナはその頭を撫でる。
そんな二人を前に立ち尽くすゴルドンの前には炎に包まれつつある雑貨屋があった。暫しの間何事かを考えていた様子のゴルドンだったが、やがて吹っ切れたように口を開く。
「しゃーねぇ…、いっちょ俺が連れ戻してきてやるよ」
「…本気、ですよね。この状況で冗談なんて」
「そらぁな。このままほっとくわけにもいかねぇだろ」
「ゴルドンさん…」
「気にすんな。大体この状況で戻るアイツが馬鹿なんだ。すぐに連れ戻してくっから、そしたら立ち直れなくなる文句言ってやんな」
そう言って、ユリアとレオナの頭を大雑把に撫でると、表情を引き締めて立ち上がった。
「気をつけてくださいね」
「おう。こんくらいの鉄火場は慣れてるから心配いらねぇよ」
レオナの真摯な言葉に余裕の笑みで答えると、火のついた雑貨屋にまっすぐ飛び込んだ。
☆
「で、意気揚々と飛び込んだら出られなくなったと。そう言うわけですか」
「今のお前だけにはそれ絶対に言われたくねぇ」
そう広いわけでもない石造りの地下室で、私ことデニスと、ゴルドンの2人は仲良く罵り合っていた。
「ったく…。ユリアとレオナに泣きつかれて来てみれば、案の定入ったっきり出られなくなってたな。これじゃあ心配していた嬢ちゃん達が浮かばれねぇよ」
呆れた様子で座り込み、息を吐くゴルドン。
「まさかあの状況でまだ逃げていなかったなんて。正直驚きましたよ」
手元の作業は止めずに視線だけを彼に送りながら答える。
「それだけ愛着が湧いてたんだろうよ。この店にも、お前にも」
「はぁ…。嬉しい話ですが、もっと平和な時に聞きたかったです」
我ながら現金な話だとは思うが、今は私の店よりも自分の命を優先して欲しかった。とはいえ、この事態の原因が私にある以上とやかく言う資格は無いだろう。
「で?結局お前は何しに戻ったんだ?」
「ああ、これです」
ゴルドンの疑問に私は自身の右手に置いてある木箱を指し示す。
「そこの金庫に入れておいた貴重品を取りに来たんです」
「だあー!この後の及んで金の心配かよ!お前状況分かってんのか!?」
「まあ、そういう反応になりますよねぇ。自分でも色々アレなのは理解してます」
予想通り大声で捲し立てるゴルドンに、思わず苦笑いをしてしまう。
「でも勝算はあったんですよ」
「さっきからお前がいじってる扉だろ?さんざん試しても開かなかったじゃねぇか」
ゴルドンが呆れた様子で指摘したのは、私が格闘している鉄製の扉のことだ。大の大人が這いつくばってようやく通れる程度の大きさの扉だが、その向こうには王都内を流れる運河にまで続く通路が続いている。この物件を購入した時から付いていたもので、何のために造られた物なのかは全く分からない。兎にも角にも、この通路からの脱出を前提として店に戻った私は、どういう訳か全く開く様子のないこの扉を相手にここまで悪戦苦闘していた。
「鍵は開いてるのに…押しても引いても、体当たりでもビクともしねえ。びっくりするくらいの強度だぞ」
「いやぁ…そんなはずは、ないんですけどね。しばらく手入れしてなかったせいで歪んでしまったんでしょうか…?」
軽口を叩いてはいるが、状況は切迫していた。既に1階部分が燃え始めているのか、地下室の気温も相当に上がってきており息をするのもだいぶ苦しい。入口の扉の密閉性が良いのか煙こそ入ってこないが、このままではそう遠くない未来に息絶えるのも想像に難くなかった。
「…はぁ。まさか、最期に見るのが…お前の、顔になるとはな。さすがに予想できなかったぜ…」
「やめてくださいよ…気持ち悪い。ていうか、諦めないでください。彼女達を待たせている以上、絶対に帰らないと―――」
そんな私を嘲笑うように、何かが崩壊する気配と共に大きな振動が地下室全体を揺らした。恐らく―――
「店が潰れたよう…ですね」
「物理的にな」
直接目にしたわけではない。それでも、長い時間を共にした親友が燃え落ちた気配は、私の中でギリギリ均衡を保っていた生への執着を突き崩すには十分だった。
「…いやぁ、はは…。参りましたね」
「…デニス…」
へたり込んだ私に、ゴルドンは労わるような声を掛けてくる。
ここまでか、と言う感慨と共に、今度は強烈な後悔が襲ってきた。
『戻るべきではなかった』
『ユリアに引き留められた時に素直に従っていれば』
『引き際を見誤らなければ、命だけは助かったのに』
そこにあるのは、自身の決断で命を落とすことへの悔しさとユリアやレオナ、アカツキ、アサヒといった、残していってしまう幾人もの友人への申し訳なさだった。
「ああ…できれば、こんな気持ちで最期を迎えたくは―――」
言い切るよりも先に、凄まじい衝撃が私達を襲った。
☆
「嘘…待って、まだ店長達が中にいるのに…!」
時間は僅かに巻き戻る。
涙で濡れた声で叫ぶユリアの先には、今まさに焼け落ちていく雑貨屋の姿があった。
「ダメ、ユリア。お願いだから下がって。巻き込まれるから…」
必死に駈け出そうとするユリアをレオナの声にも力が無い。
「でも…だって、店長達出てきてない!出てきてないのに!」
「分かってる。分かってるよ!でもあんたが行っても…あたしが行っても、もうどうにもなんないだよ…」
「…レオ」
今にも泣き出しそうな悲痛な叫びに、ユリアは返す言葉を見つけることができなかった。
いつもしっかりしているから忘れがちだったが、レオナだってユリアと同い年の未熟な子供だ。こんな状態で余裕が無いのは、何もユリアに限った話ではなかった。
「…ごめん。冷静じゃなかった」
「ううん、レオは悪くない。私こそごめん。さっきからずっと勝手なことばっかり言ってるよね」
一度感情をぶつけ合ったお陰か、2人はすぐに冷静になることができた。
「これからどうする?もう逃げないと駄目だよね」
「うん。これ以上は、あたし達も危ないと思う」
「…でも店長達」
「大丈夫。きっと生きてる。だからまずはあたし達が生き延びよう。ここで死んだらそれこそ怒られそう」
「…うん、そうだよね」
店長達の安否を確かめたいが、このままでは自分達の命も危ない。まずは自分の命から、そう諭すと、ユリアも後ろ髪を引かれる様子ながら首肯する。
「それじゃあ、とにかく街の外へ―――」
ユリアの腕を取って立ち上がらせながら発したレオナの言葉は、唐突に起こった暴風による爆発によって遮られた。
不意に、自分達を取り巻く空気の流れが変わったのを感じたユリアが疑問符を浮かべて言葉を切る。それはただ熱気を含んで漂うのではなく、ある一か所、残骸が折り重なる雑貨屋跡へと流れ始めたのだ。
そして次の瞬間---
「うわっ!?」
突如巨大な竜巻が巻き起こった。
「一体何が起こって…!?」
突然のことに2人は身構えるが、不思議なことにその竜巻は雑貨屋の残骸を上空へ吹き飛ばしたのみで、それ以上の被害をもたらすことは無かった。
「レオ…この竜巻、水でできてる!」
「…うん、ほんとだ」
風と共にまき散らされる細かな水の粒子を掌で受けながらそう呟くユリアに、レオナも呆然としながら答えた。そんな2人に構わず、水流でできた竜巻は徐々に勢いを失い中空へと解けていった。
あとに残されたのは更地となった水浸しの雑貨屋跡地と、そこに唯一残った地下室への扉だった。
やがて、呆然と立ち尽くす2人の前でその扉が開き、中から随分と見慣れた禿げ頭が覗いた。禿げ頭は黙ってこちらを注視してくる2つ分の視線に気が付くと、慌てた様子で一気に地上へ飛び出して来た。
「ゴルドンさん!」
直前の衝撃的な光景から誰もが立ち直れない中、真っ先に駈け出したのはユリアだった。
「良かった!無事で…。お店が崩れた時は本当にもうダメだって…」
「本当に、あたしも諦めかけてた」
「悪い、心配かけたな」
追いついてたレオナにもそう言われ、ゴルドンが素直に謝罪する。
「でも目的は果たしたから、ちょっとは勘弁してくれ」
「目的…そうだ、店長!店長は!?」
ゴルドンの言葉で思い出したように店主の安否を問うユリアに、彼は無言のままたった今自分が出てきた扉を差し示した。
「どうも皆さん…。ご心配をお掛けしました」
深く空いた地下室には、バツが悪そうな表情でこちらを見上げるデニスの顔があった。
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ともあれ、もう少しで完結です。もうしばらくお付き合い頂ければ幸いですm(_ _)m




