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2話 バイトと家政婦と勇者誕生

 ご覧いただき、ありがとうございます。一部描写しきれなかった部分があるので、先に補足しておきます。

【スキル】

 この世界特有の特殊能力。「索敵」、「魔力回復」、「運動能力強化」という風に、限定的な能力のことを指す。全人口の5人に1人の割合で保持者がおり、原則として1人につき1つしか現れない。ただし、一部の人以外の種族には、獣人なら「獣化」や「使役」、サキュバスなら「吸精」など、極めて多くの割合で発現する、固有スキルのようなものも存在する。

 また、【疑似スキル】という、後天的にスキルとして登録される事例も存在する。主に剣技や魔術など、ある程度の体系として成立したものを、その使用手順を明確に魔水晶に記録することで、登録される。こちらは、手順を踏めば誰でもいくつでも継承できるが、それに必要な基礎能力値(運動能力や魔力量、スキル需要容量)に限界があるため、余程恵まれた肉体を持っていても3つ程度が限度とされている。


「てんちょー、在庫の確認終わりました」


 穏やかな休日の昼下がり。路地裏の雑貨屋は本日も元気に営業していた。


「お疲れ様です。どうでしたか?」


 帳簿の整理を中断してカウンターから出てきた私は、売り場で作業をしていた少女に尋ねる。


「紙がほとんど無いです。とりあえず裏のを出しといたんですけど、それで在庫はお仕舞い。あとは、ペンとインクが心許ないくらい、ですかね」


 慣れた様子で答える少女は、ユリア・ギルフレッドと言う。短く切り揃えた黒髪に、深く青い瞳。はっきりした目鼻立ちは快活な性格の彼女をよく示している。

 彼女は、王都の王立高等学校中等部に通う十七歳だ。二年ほど前から、本人たっての希望でアルバイトをしてもらっている。


「定期試験が近いからみんな勉強用に買い漁ってるんですよ。時期的に、まだまだ売れると思いますよ?」


 ちなみに、彼女は王国有数の豪商の四女だ。だからこそ、本来は上流層しか通えない王立高校に通うことができている。ここでのアルバイトも、『商人として必要な知識や経験は実地で学ぶべし』、という家の方針…と、ユリア自身の個人的な目的のために始めたことだ。だからこそ、彼女の言葉は商人として信用ができる。


「ふむ、では早めに仕入れておきましょう」


 そう答え彼女を見ると、両手を前で揃えてウズウズしている。何を期待しているのかは、察せられたので、


「わかってます。お疲れでしょうから、休憩に入ってください」


「やった!てんちょーわかってるぅー!」


 そう聞くや否や、素早く身を翻し奥へと引っ込んでいった。


「…元気ですねぇ」


 そんな彼女の様子に、思わず微笑んでしまう。彼女の明るい性格は、この店の雰囲気向上に、よく貢献してくれている。ありがたい限りだ。


「こんにちわ」


と、お客である。


「やあ、カーマインさん。いらっしゃい」


 会釈をしながら入って来たのは、外行きの給仕服に身を包んだ中年の女性、エリーゼ・カーマインだった。彼女の持つ素朴ながらも品のある雰囲気は、上流貴族の家政婦、という職業から来るものだろう。


「いつものインク、あるかしら?執務室の残りがもう心許なくて」


「ええ入荷していますよ。今お持ちしますね」


 『いつもの』という言葉からわかる通り、彼女は昔からの馴染み客だ。随分と前になるが、カーマインがうちの店に冷やかしで入った折、たまたま仕入れていたインクが彼女の目に留まったのだ。これを扱っていたのが私の店だけだったことも幸いし、以来、贔屓にしてくれている。


「それと、後輩の娘の息子さんがそろそろ成人なんです。何か良い贈り物の心当たり、ないかしら?」


「成人のお祝いですか…」


 この国での成人は、十八歳と定められている。多くの子供は、この年齢になると親元を離れ、職を得たり家庭を持ったりする。


「少々値は張りますが、万年筆などはいかがですか?極東の島国、『ワ』では、成人祝いには必ずそれを送るそうです。その息子さんも、成人されたのであれば実用的な方が喜ばれるでしょう」


「万年筆ねぇ。良い考えかもしれないわ…あら?」


 思案顔で頬に手を添えたカーマインは、どこからか流れてきたヴァイオラ(弦楽器)の音色に、顔を上げる。


「ユリアちゃん来てたのね」


「ええ。さっき休憩に入りました。しばらくは上で弾いていると思いますよ」


「そう。じゃあ少しだけ聴いていっても良いかしら?ご迷惑じゃなければだけれど…」


「ええ、構いませんよ。せっかくですからカウンターにどうぞ」


「ありがとう。お言葉に甘えさせていただくわ」


 私はカーマインに椅子を勧めつつ、来客用のお茶を用意し始めた。上から聴こえていた調弦の音は止み、クラシカルな曲が流れ始めている。


「上手くなったわねぇ」


「ええ。毎日弾いていますからね」


「ユリアちゃんが来て、どれくらいになるんだったかしら?」


「かれこれ2年ほどでしょうか。彼女も随分この店に馴染みましたね」


「確か…ユリアちゃんからだったのよね?お店に来るなり、『ここで働きたい』って言い出したのだったかしら」


「そうですね。あの時は正直驚きました。特にバイトを募集していたわけでもなかったので」


 今でも鮮明に思い出すことができる。店にやって来たまだ十代半ばくらいの少女が、カウンターに座っていた私の元へ真っ直ぐやって来て『私をここで働かせてください』、と頭を下げたのだ。



             ☆



 先程も触れたが、ユリアは商人の娘だ。しかし、彼女自身には別の目標がある。それがヴァイオラ奏者、つまり音楽家だ。

 幼い頃に両親に連れられて行ったコンサートで一目惚れし、以来ずっと志してきたのだそうだ。彼女は王立高校への受験を機に両親にそのことを伝え、交渉の末に、音楽科の授業を受講する許可をもらったらしい。

 そんな彼女が私の店で働くことを選んだのは、この店、というよりは建物自体の成り立ちと、その他偶然が重なった末の結果だった。

 元々この建物は、とある音楽家が終の住みかとして建てた家だった。音楽家の死後に先代が買い取り、店舗へと改装し現在に至っている。そのため、この建物は演奏向きにしつらえられた防音室があるのだ。入学を控え、高校に近いアパートを探していたユリアは、目を付けた物件の隣にそういった事情を持つ雑貨屋があると知り、文字通り即決した、らしい。そして、決めたその日の内に私の店を訪れ、先ほども触れたように、練習用に防音室を使う代わりにうちの店で働きたい、と申し出てきたのだ。

 私としても、若干持て余していた部屋であったし、何よりも『場所を貸して、対価を得る』という考え方が衝撃的だった。という訳で、タダで店員を雇うことができる、という欲に目がくらんだ私は、彼女を雇うことに決めたのだ。

 …いや、流石に場所代を引いた給料は、きちんと支払っているのだが。



「それからすぐよね?あの子がギルフレッド家の娘だったことが分かったのって」


「ええ。いやぁ、最初は焦りました。これから娘が世話になるから、ということでお父上が挨拶にいらっしゃるとは聞いていましたが、それがまさかギルフレッド卿だったとは」


「あの時はたまたま私もいたからよく覚えているわ。貴方、ギルフレッド様と言葉を交わすごとに顔色がコロコロ変わっていくんだもの。おかしくて」


 あの時の事を思い出したようで、カーマインは口元に手を当てて笑いを堪えている。

 しかし、当時の私からすれば笑い事ではなかったのだ。突然現れた初老の男性が、この国有数の商人の名を口にしたのだ。これを聞いて平静を保っていられる零細商人もそうはいまい。


「ユリアが事前にきちんと話していてくれれば、もう少しまともなやり取りもできたでしょうに…」


 当時の彼女は、まだ自身の名字を私に伝えていなかった。お父上の名前を聞いた私が、その隣の彼女に視線を送った時、『やっばい、忘れてた』という表情で視線を逸らしたことを、今でもよく憶えている。


「まあでも、彼女が来てくれて本当に良かった。二年一緒に働いた今は、間違いなくそう思いますよ」


「そうね。私もそう思うわ」


私の率直な思いに、カーマインも笑顔で頷いた。



                ☆



 その後も、ユリアの演奏を肴に話していた我々の話題は、いつの間にか仕事の愚痴へと移っていた。カーマインはどうやら先日、国賓を招待する部屋の準備をこの国の宰相様直々に任されたらしいのだが…。


「お客様がみえて、すぐに国王陛下との謁見に出ていってしまったんです。そうして、しばらくしたら突然、『必要がなくなったので片付けてくれ』なんて言ってくるんですよ?」


 彼女の口調は熱い。


「はじめは、『この国の行く末を左右するかもしれない、大切なお客様だ』と仰有られたんですよ。私も含め、腕の良い使用人総出で三日もかけて部屋を準備したのに、それを一言二言で済ますなんて。私達の仕事を何だと思っているのかしら!」


 カーマインらが携わったのは、王宮でも最も格式の高い貴賓室の準備だそうだ。それこそ、あらゆる技術や心遣いを総動員して完璧に仕上げたのだろう。それだけに、宰相からの心無い指示は痛く彼女の不興を買ったらしい。


「一応、お客さんとやらは来られたんですね」


「ええ。なんだか妙な格好をした男の子でした。見たことのない、真っ黒な服を着ていて」


 ほう。真っ黒な服、ですか。なんだかどこかで聞いたことのある話だ、と黙って思案していると、カーマインも落ち着いてきたらしく、居心地悪そうに口を開いた。


「ごめんなさいね、大きな声を出したりなんかして」


「ああ、いえ。気にしないでください。一介の商人ではなかなか聞くことができないお話ですし、とても興味深いですよ」


などと、とりなしてみる。


「そう言えば、いつの間にかユリアも練習を終えてしまったようですね」


 先ほどまで漏れ聞こえていたヴァイオラの音色が、気づかないうちに止まっていた。


「やっと気づいたんですか?てんちょー達、話し込み過ぎです」


そして当のユリアも戻ってきていたようで、ひょいと裏の事務所から顔を出した。


「では改めまして。エリーおばさま、いらっしゃいませ!」


「はい、お邪魔してます。ユリアちゃん、ますます演奏の腕が上がったわね。素晴らしかったわ」


「えへへ~。そう真っ直ぐ褒められちゃうと照れますね」


 ユリアはくすぐったそうにはにかんでいる。この2人もずいぶんと仲良くなったものだ。彼女たちの親しげなやり取りは、少しだけ気まずくなった雰囲気を持ち直してくれたようだった。



                 ☆



「そうだエリーおばさん。さっきの宰相さんのお話、私、実は詳しいこと知ってるんですよ」


 新たにユリアを加え、再び世間話に花を咲かせている最中に思い出したようにユリアが口を開いた。と言うか、そんなところから聞いていたんですか、あなたは。


「詳しいというと、一体どんな?」


 例の少年との繋がりが引っかかっていた私は、思わずカーマインよりも先に尋ねてしまった。


「あ、てんちょーも興味あります?確かに、無関係とは言えないかも…」


「私も気になるけれど…。大丈夫かしら?王国に関わるお話なんじゃ?」


 好奇心を抑えきれなかった私とは反対に、カーマインは心配そうな表情を浮かべている、確かに事は王国で秘密裏に行われた話だ。迂闊に関わるべきではないかもしれない。


「だいじょーぶですよ。どうせじきに国民にも知らされる話ですから」


我々の心配を、ユリアはあっけらかんとした表情で否定した。


「じゃあ、まず例の男の子の正体なんですけど…」


どうやら止まる気は無いらしい彼女の様子に、私は心の中で観念した。


「王女様が異世界から召喚した、勇者らしいんです!」



             ☆



 時は、一週間ほど前にさかのぼる。

 ユリアの父、ジークハルト・ファン・ギルフレッドは、王女からの急な呼び出しを受けて王宮にある謁見の間に来ていた。彼が広間に踏み入れる頃には既に、同様に呼び出されたとみられる国内の有力者らがかなりの数来ている。

 そしてジークハルト同様、彼らの多くもこれからどういったことが起こるのかを知らされていないらしい。


「おい、国王陛下だ!」


「ほんとだ、リリアン王女殿下もいらっしゃるぞ」


 広い謁見の間は部屋の中央を貫くように絨毯が敷かれ、謁見する者が立つ真ん中辺りで終わっている。それを囲うように、ジークハルトをはじめとする有力者らが立ち並び、正面の上座には玉座があるという構造だ。

 現れた国王は玉座に座ると、億劫そうに隣に立つまだ幼さの残る王女を見やった。王女はそれに気づくと、静まりかえった広間に向かって話し始めた。


「本日は急な呼びかけにも関わらず、多くの方にお越しいただき感謝しています。このように急なお呼びだてをいたしましたのは、皆様に是非会っていただきたい方がいたからです」


 我々に会わせたい人物、それも国政に影響力のある者達を突然呼びつける程の人間。商人として常日頃から情報収集を欠かさないジークハルトにも、いったい誰の事なのか見当がつかなった。ざわめいた群衆が静まるのを待ち、王女は広間の正面、巨大な扉のある入り口を指し示した。


「先ほど、我が国の窮地を救ってくださる勇者様を召喚いたしました!」


大きく張り上げた彼女の声と共に、扉が重い音を立てながらゆっくりと開いた。


「あ…はい。ども、ゆうしゃ…です?」


そこには、見たことの無い黒い服に身を包んだ少年が所在なさげに佇んでいた。



                     ☆



「それで?彼が王女殿下の仰る勇者であると…?」


 一度仕切り直した場で広間の中央で跪く少年を見ながら最初に口を開いたのは、現王国内政における実質的な指導者、宰相カール・ファン・ビルトルクだった。


「はい。遥か昔、この国の初代国王陛下を召喚せしめた秘術をもってして呼び出したのです。間違いありません」


「なるほど…。勇者召喚の術は、再現はもちろんその解読すら不十分な状態と記憶しておりましたが?」


「ええ、その通りです。ですからこの国で特に力のある魔術師たちを呼び寄せ、その解読を行わせました。そして彼らは解読は不可能とまで言われたあの召喚術を、約一年という短い歳月で実用段階にまで復活させたのです!」


「ふむーーーそれで、前線に配置していた魔術師達が引き抜かれたのですな。彼らがいれば、国境線での小競り合いも収拾は容易かったろうに…」


 歌うようにその成果を誇る王女と、それを聞いて小言を並べる宰相。夢見がちな王女と現実主義な宰相は、その主張の違いからいつも衝突していた。


「はあ…。カール、そしてリリアンよ。召喚術の件についてはよく分かった。それよりも、そこな子供が勇者である証を立てよ」


「「――は、失礼いたしました」」


 そのまま加熱していきそうな雰囲気に一石を投じたのは、黙って様子を眺めていた国王だった。その声に宰相も王女も、自分達の振る舞いがこの場にそぐわなかったことを察したらしい。謝罪と共に居住まいを正すとまっすぐ正面に向き直った。そして、王女が中央に跪く少年に声を掛ける。


「召喚者、ホウショウ・カケル」


「…はい」


「貴方は、我らが建国の父と同じ世界からやって来た、力ある方です。その力は、時に万民を癒し、時に襲い来る敵を打ち砕く程の、強大なものでしょう」


「はい」


「今、私達の国は危機に瀕しています。海を挟んだ対岸の大国は、いつ攻め込んできてもおかしくありません。国民の皆さんの不安は、既に限界になりつつあります」


 厳かに言葉を紡いでいく王女に、少年は落ち着きを持って答えていく。

 その様子を横目に見ていた宰相カールは、つまらなそうに鼻から息を吐いている。国民の不安がどう、などと言ってはいるが既に百年近く続いている状況である。多くの者にとっては、もはや日常と言っても過言ではないだろう。

 そんな事を露ほども知らないであろう王女は、そこで一度言葉を切るとしばしの沈黙の後に意を決したように再び口を開いた。


「ですから、貴方のその力を、私達の国のために、国民の安心のために振るってはいただけませんか?」


「はい、別に構いません。元居た世界には未練もありませんから」


 即答した少年の言葉に、広間のあちこちがざわめいた。年齢の割にずいぶんと冷めた印象を受ける返答だ。他の者も同様の印象を受けたらしく、あちこちから囁き声が聞こえてくる。

 当の王女は満足げに頷くと、広間の端に控えていた従者たちに合図を送った。彼らはそれを受けると、人の背丈ほどもある木箱を持ち、それを少年の前に置いた。細部まで装飾が施されたそれは、上部に両開きの扉が付いている。王女はそれを開き、中から柔らかな光を放つ紅色の魔水晶を取り出した。


「これは、初代国王陛下が自身の膨大な能力値を記録するために、特別に作らせた魔水晶です。これであれば貴方のその膨大な魔力に耐え、能力値を書き出すことも可能でしょう」


「つまり、ギルドの時みたいに爆発しないってことですね」


 今日の昼過ぎにギルドで騒ぎが起きたことは耳に入っていたが、どうやら彼の仕業だったらしい。あれを破壊したと言うのであれば、勇者という出自自体は本当なのだろう。


「では、手をかざしてください」


 そう言って水晶を差し出した王女に頷き、少年は手をかざした。

 魔水晶は、彼の力に反応するように瞬き、その表面に文字を映し出した。


『――――特殊スキル【収納空間】を保持』


そこに映し出されたのは、巷では珍しくも無い、極めて平凡なスキルだった。



              ☆



 【収納空間】。これは、別次元にある程度の荷物を保管しておけるスキルだ。旅や行商などに向いており、その手の仕事に就いている者も少なくはない。保管できるのは食物や道具などの個体のみで、生物やその他の非物質は一切入れることができないし、容量も大したことは無い。多くても、せいぜい荷馬車1つ程度だ。便利ではあるが、それで国を救うのは少々難しいかもしれない。


「【収納空間】だと?笑わせてくれる。勇者ではなく、配達人にでもなったらどうだ」


 最初に口火を切ったのは宰相だった。それに続くように、広間のあちこちから非難の声が上がり始める。当然だ。彼の持つスキルは、数は少ないが、それでもある程度の所持者が存在するスキルだったのだ。この事態は、王女も想定していなかったらしく、降り注ぐ非難に対する言葉にも力がない。そして、当の少年自身も黙って俯くことしかできないようだった。


「その他の能力値も、魔力保有量を除けば平均か、それ以下か。僅かでも、勇者の教育プランなどに考えを巡らせていた自分が情けない」


 失望の色を隠すことなく、宰相は言葉を重ねる。


「リリアン王女殿下。今回の始末、どう着けるおつもりですか?」


「ま、まだ失敗と決まったわけでは…」


 王女の方にも、既に抵抗する気力は残っていないようだった。宰相はそんな王女を鼻で笑うと、黙って事態を見守っていた国王に向き直った。


「陛下、此度の召喚は残念な結果に終わったようです。しかし、王女殿下が成し遂げた召喚術の解明。こちらは実に素晴らしい成果と呼べるでしょう。この研究、私に引き継がせてはいただけないでしょうか?」


「なっ!?私達の研究を奪うと言うのですか!?」


「奪うとはまたずいぶんな言いようですな。国に利益をもたらすものは、それを使いこなせる者が扱うべきだ。まあ、13歳とまだまだ幼い貴女様には、分からないかもしれませんが」


「綺麗事を…!どうせ己の利益のことしか頭に無い癖にっ!!」


「聞き分けの無いお方だ。せっかく、私が始末をつけて差し上げようとしているのに」


 王女殿下は気丈にも反論を続けているが、主導権が宰相の手にあるのは、誰の目にも明らかだった。聴衆の空気も宰相に傾き、王女と少年に対する非難はより一層酷くなってきている。その時、この状況に一石を投じたのは――


「お前ら、いい加減にしろ!」


この騒ぎの中、俯いて黙りこくっていた少年だった。


「さっきから黙って聞いていれば、言いたい放題」


「ほう、自身の不当な扱いに憤るのは分かるが、それで我々を罵るのはお門違い――」


「違う」


 自分への非難を王女に擦り付けようとする宰相様の言葉は、静かに、しかし明らかに激高している少年に遮られる。


「俺が切れてんのは俺の境遇じゃない。小さな女の子を寄ってたかって攻撃するあんた達大人に対してだ!」


その言葉に、力なく俯いていた王女はハっと顔を上げた。


「要は、俺がこんな力でも、この国のために役に立つって証明できれば、こんな茶番すぐにでも終わらせられるんだろ」


「え、ええ。しかし…」


「それだけ分かれば十分だ」


少年は、自信無さげな王女に短く応じると、再び宰相に向き合った。


「一ヶ月だ!その間にどうにかして、俺は俺自身の有用性をあんたらに示す!彼女を追い詰めるのは、その後でも十分だろ?」


宰相は、興味深そうに目を細めると、


「面白いこと言うな。良いだろう、一ヶ月待ってやる。それだけやっても無能のままであれば、どの道生きては行けまい」


と答えた。少年は、これで最後とばかりに国王陛下に視線を向けた。


「王様。宰相は同意しました。それで構いませんね?」


「構わん。全て任せる」


その言葉を聞いた少年は、満足げに頷くと、自身を取り囲む聴衆を見回し、靜かに微笑んだ。


「ここにいる奴らは覚えておけ!今日この日から、この俺、ホウショウ・カケルの旅が始まる。そしていつか必ず勇者になって、この場にいる全員を跪かせてやる!!」



              ☆



「と、いう訳で、勇者見習いのホウショウ・カケルさんが、誕生したみたいです」


ユリアが話始めた王宮での事件は、そう言って締め括られた。


「まさか、本当に?勇者が召喚されてーー」


「国王陛下相手にそんな大立回りを…」


「正確には宰相様相手ですけどね。実際に見ていたパパから聞いたから間違いないです」


 ユリアの父君の話であれば説得力は十分だ。その証拠に、比較的王家との関わりが深いカーマインの顔は、畏れと驚きで青ざめている。

 ユリア曰く、王宮での事件の後すぐにギルフレッド商会の関係者を集めた会議がなされたらしい。議題は、『勇者召喚にあたって、商会は今後どう動くのか』だ。王国の行く末を大きく左右するかもしれない人物が突然現れたのだ。当然の対応だろう。


「長くてつまらない話し合いの末に、うちの商会は影ながら支援する程度、って結論になりました」


「まあ、そうなりますよね。ギルフレッドさんはどの派閥とも繋がっていますから、そう簡単に片方に肩入れするのは難しいでしょう」


「そーいう事みたいです。いやぁ、偉くなると大変ですね」


 そう言って肩をすくめるユリアは、完全に他人事といった調子である。


「そもそも、勇者の召喚って必要だったんですかね?今回の件には、それはもう相当な額の税金が費やされたみたいです。別に今は戦争の真っ最中ってわけでもないし、私達のためを思うなら、もっと他の使い道もあると思うんですよねぇ」


「そうねぇ。でも、リリアン王女殿下もまだ幼いし、立場上、公務での前線の視察も多いみたいだから。そういう結論になってしまわれたのかもしれないわ」


 自由にできる裁量に対し、年齢が見合っていない、ということなのだろう。彼女らの言葉には、私も共感を覚える。それこそ、各種の税率や社会保障など、すぐにでも改めて欲しい物事はいくらでも思い浮かぶのだから。


「かと言って宰相様に任せても、そこら辺をどうにかしてくれるとはなかなか思えませんしね」


「てんちょーの言う通り!あの人らはあの人らで私腹を肥やすことばっかりだね」


「困ったものです」「「ねぇ」」


 仲良く息が揃ってしまった。まあ、我々のような小市民が政治について論じても、締め括りは溜息と相場が決まっている。


「さてっ!てんちょー、そろそろ仕事に戻りましょう。これ以上エリーおばさんを引き留めても悪いですし」


 気づくと、世間的にはお昼御飯をとるになっていた。カーマインにも用事はあるだろうし、我々だっていつまでも油だけを売っているわけにはいかない。


「ああ、そうですね。申し訳ありません、カーマインさん。思いの外

長話になってしまって」


「いいえ。とても貴重なお話が聞けたわ。私の仕事にも少なからず関わりはあるもの」


「それは良かった。ああ、そうだ。後輩の方の息子さんへのプレゼントですが、ちょうど珍しい万年筆を仕入れていたんです。ご覧になってないきませんか?」


「面白そうねぇ。でも、今日は遠慮するわ。せっかくだから色んなお店と比べたいのよね」


「かしこまりました」


どさくさに紛れた売り込みは、あえなく失敗。やはり主婦の財布の紐は固いようだ。


「それでは奥さま、王都表通りギルド横、デニス雑貨商をこれからもどうぞ御贔屓に」


「ありがとう。またお邪魔するわね」


カーマインは笑顔で答え、店を後にした。


「…また他所のお店に売り上げ取られちゃいますね」


カーマインを見送った私の袖を横から引っ張りながら、ユリアが茶々を入れる。


「その分はユリアさんの給料から引くから大丈夫です」


「ええっ」



こうして、冴えない雑貨屋の1日は、再び動き出したのだった。


ご覧いただきありがとうございました。文章的におかしいところなどがあれば、是非指摘してください。


次の投稿はまた1週間後を想定しています。

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