10話 傭兵と商人とそれぞれの戦時下③
何故か長引きましたが10話これにて完です。①と②との温度差が…。
「戦争が始まってから雑貨がろくに売れん!」
ウィックはカウンターに腰かけながら、いつも以上に不機嫌な顔で吐き捨てた。
「さっきからそればっかりですねぇ。まあ私も気持ちは分かりますが」
「お前のところは武具があるだけまだマシだろうが。なんなら普段よりも儲けてるんじゃないか?」
面白く無さそうに鼻を鳴らすウィックの鋭い指摘に、よくお分かりで、私は内心舌を巻く。
イムカとの戦争が始まって以来、王都の情勢は少しずつ変化していっていた。その一つが、表通り歩く人々の様相だ。行商人や旅人の数は減った反面、王国各地から招集された正規兵や、戦いに参戦すべく集まった傭兵や冒険者が大勢流れ込んできていた。
人が増えているのだから私達商人の景気は良いと考えるかもしれないが、現実はそう上手くはいかない。
「純粋に需要が噛み合わん。今売れるのは兵士連中むけの武具ばかりだ。王国民の大半は生活雑貨なんて買う気分じゃないんだろう。ああ、強いて言えば野営用の道具は売れるようになったか」
「それもこの時期らしい傾向ですね。あるに越したことはないでしょうし」
私に少しでも度胸があったら、簡易的な天幕などを大量に仕入れて前線に売りつけ…もとい、提供することもできただろうが。道中何があるか分からない今の大陸を動き回るのは、私には少し荷が重い。
「あとは宿屋や食堂か。外から人が入ってきたんだ。そこら辺が繁盛するのは当然っちゃ当然なんだが…」
「もはや雑貨は関係ありませんね」
「ああ!もうどうにかならんのかデニス!こんな昼間からわざわざ来てやってんだからもっと良い考えを出してくれ」
「メチャクチャ言ってますよ貴方…。とは言え、現状の流通環境では新しい商品の仕入れは難しいでしょうし、今ある在庫でどうにかするしかないでしょうね」
「結局その結論になるんだよなぁ」
ウィック自身もすでに同様の結論に行きついていたのだろう。情けない声を上げながらカウンターに突っ伏した。
ーーーと、出入り口の扉が勢いよく開き、ユリアが飛び込んできた。
「店長!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて…。ユリアさん今日は非番のはずですよね?」
「…店長レオが、レオが大変なの!」
予期せぬユリアの訪問に驚いた私の言葉は、ユリアの声によって遮られた。
その声色は必死な響きがこもっており、彼女自身もただならぬ雰囲気をまとっていた。
「店長お願い!レオを、レオを止めて!!」
「落ち着いてくださいユリアさん。唐突過ぎて状況が全く飲み込めません。とりあえず深呼吸をですね」
「そんなことしてる場合じゃないの!!」
よほどの事があったのか、ユリアの言葉に冷静さが戻らない。私は彼女の両肩に手を当て、落ち着くよう促した。
そうこうしていたら再びドアが開きーーー
「うわ、なんかすごい空気になってるし…。やりづら~」
そんなことをぼやきながら入ってきたのは、渦中の人物であるレオナ当人だった。
☆
「店長さん。突然で申し訳ないんだけど、しばらくお店休むね」
開口一番にレオナが口にしたのは、そんな言葉だった。
「え、あ、はい…。いやいや、そんな急に言われても正直困ってしまうので、できれば理由などをお話ししていただきたいのですが…?」
突然のことに理解が追い付かず、そんな無難な返答をすることしかできなかった。
「レオ、違うでしょ?レオが行く必要なんて無い!」
「ユリア…。これはもう決めたことだから」
が、彼女達の間では会話が成立しているらしく、ユリアが感情的にレオナの言葉に反応する。
「ちょ、ちょっと待ってください。私本当に話が見えてないんです。まずはきちんと説明してください?」
そのまま言い合いに発展しそうな2人の間に入って、双方を押し止める。
ユリアは肩を怒らせ、その目に涙を一杯に溜めているし、平静に見えていたレオナもよく見れば顔色が悪いようだった。
そんな状態で固まっていると、端で静かにしていたウィック突然サッと席を立ちあがると、帰る体勢に入った。
「部外者はお暇した方がよさそうだな。雑貨屋とは思えないほど居心地が良かったんでつい居座っちまったよ。お前喫茶店とかの方が向いてるんじゃないか?」
店内を流れる尋常では無い雰囲気を察して、気を利かせてくれたのだろう。お陰で僅かに私にも余裕が生まれ、申し訳ないと思いつつ彼に頭を下げる。
「いえ、気が向いたらいつでもいらして下さい。暖かい紅茶くらいならご馳走しますよ」
分かってるよ、という風に手を振りながらウィックは店を後にした。
「それで、何があったんですか?」
改めて、やや顔色の悪いレオナに向き直る。彼女は手に持っていた1枚の手紙を渡してきた。それは王家の印で閉じられていた形跡のある、明らかに格式高い書状だ。
「さっき、国のお偉いさんから召集令状が届けられた。店長さん、あたしちょっと戦争行ってくる」
☆
『右、レオナ・ティンクトムを戦時正騎士に任じ、アリシア・リットルオ・バルトロア旗下の第1遊撃部隊への配属を命ず』…ですか」
確認するように読み上げた私に対し、レオナは小さく頷いた。
「ねえ店長、こんなのおかしいでしょ?店長からも行かないよう言って!」
「そうですね。戦況が厳しいとは言え、いくら何でも学生を戦場に送り出すなんて…王国の状況はそんなに悪いんでしょうか?」
「ん〜聞いた感じだと、結構押し込まれてはいるみたい。けど、あたしが招集されたのは別の理由。ほら、あたし強いから」
「それは…まぁ」
都度都度レオナの剣に頼っていた私は、彼女の実力をよく理解している。だからこそ否定の言葉は出てこなかった。
「どうにか断ることはできないんですか?」
「あたしもまさかこんなことになるとは思ってなかったから、断れるなら断りたいんだけど…。さすが国王様直々のご命令だけあって、バックレる方がヤバそうなんだ」
「断れない…この条項のことですね?」
私が指し示した書面には、この要請を断った、もしくは無視した場合の措置も記されている。
曰く、脱走または反逆の罪に問われ王宮内の監獄に収監されるのだそうだ。
国家の非常事態に悠長な問答をさせる気が無いのは分かるが、さすがにやり過ぎのようにも感じる内容だ。
「ま、悪いことばっかじゃないよ。戦時下限定とはいえ、一気に正騎士になれちゃうわけだし。国としてはそこで釣り合い取ってるつもりなんでしょ」
どこか、自分自身にそう言い聞かせているように見えるのは気のせいではないだろう。
「レオナさんのご両親から、王国側に働きかけてもらうことはできないんですか?」
「あたしの親なんて…。地方領主に仕える中流騎士程度が何を言っても、どうしようもないよ。あ、ちなみにユリアのお父さんにはもう動いてもらってるから。そっちもダメだったけどね」
「…ごめん、レオ」
「ユリアのせいじゃないって。もう気にしないでよ」
あれだけレオナの出征に感情的になっていたユリアだ。既に打てる手は打っていてもおかしくない。
「ただ、ユリアさんのお父上の力を持ってしても覆せない以上、私程度がどうこう出来る段階は超えています。申し訳ありません、レオナさん、ユリアさん」
「そんな!でもこのままじゃレオは戦場に行かなきゃならないんですよ!?戦場で戦って…死んじゃうかもしれなくて…そうじゃなくても、レオ自身が誰かを…!」
「ーーーユリアさん!」
それはユリアが口にするべき言葉ではない。そう思った瞬間、私は声をあげてユリアの言葉を遮っていた。
「…あ。ごめん、なさい…。私…」
「…いえ、申し訳ありません。声を荒げるなんてらしくない…。すいません…」
互いに感情が昂りこんな言い合いになるなど、彼女らが来てから一度も無かったことだ。私自身も、突然の事態に心がついて行けてないらしい。
「あーもー、これもらった時絶対こうなると思ってたわ。だから言うの嫌だったんだよね…」
気持ちが沈み切って立ち尽くす私達を見て、レオナが大袈裟に溜息をつく。そして、僅かに間を開けた後に静かに口を開いた。
「ねえユリア。あんたの気持ちはとっても嬉しい」
涙ぐむユリアの肩に手を回し、優しく抱きしめる。
「ユリアは嘘がつけないから、だからその心配とか怒りが本当だってよく分かる。そんなユリアが待っててくれるなら、あたしは絶対に折れない。死なない。…絶対帰ってこれる」
「…レオ」
「だから待ってて?ちゃんとここに帰ってくるから。お願い。」
「うん、うん!うぅ…レオぉぉ!」
レオナが言葉を重ねるごとに、ユリアの目から涙が溢れ出す。
「店長さん、ユリアをお願いね。あと、しばらく人手が足りなくなるけど、頑張ってお店回してね」
「はい…ちゃんと籍は残しておきますから、必ず帰って来てください」
涙で目を潤ませながらも気丈に顔をあげるレオナに、私も努めていつも通りの笑顔を向けて答えた。
その日はユリアとレオナが共に手伝いを申し出たので、その言葉に甘えて遅くまで、3人で店の雑務をこなして過ごした。
☆
レオナは招集の勧告を伝えにきた翌日の早朝には、前線に向かうべくいつもの革鎧に茶色のマントという旅装で店の前に立っていた。
「2人とも、見送りありがとう。ここで大丈夫だから」
私達に投げかけられた彼女の言葉はいつも通りの気軽さを取り戻していたものの、やはり僅かに覇気を欠いていた。
「本当に無理をしないでくださいね。難しいかもしれませんが、ダメだと感じたら隊長さんに頼ることを躊躇わないで下さい」
「大丈夫大丈夫。なんか勇者少年が組織した学生部隊が先行してるらしいから、多分知り合いもいるし。それに、運が良ければゴルドンさんにも会えるかもしれないしね」
レオナは心配はいらない、という風に体の前で小さく手を振る。
「それよりも店長さん、その荷物は?」
「そうだ、いくつか渡しておきたい物がありまして。1つはこちらです」
私は持っていた革製の包みの口を、レオナに見えるように開いた。
「けっこう小さいけど、これテッポウ?」
「ええ。一応、イムカ製の最新の魔術兵装です。装填して引き金を引けば撃てます。護身用程度のものではありますが…」
「ううん。ありがとう。とても心強いです」
「それとこれはゴルドン宛の手紙です。会えたらで良いので、渡してもらえると」
「ん、了解」
レオナは一通り銃身を眺めると再び包み直し、次いで渡した便箋と共に自身の荷物の中にしまった。
それが済むと私から伝えることも既に無く、何とも言えない沈黙が場を支配する。
「…ユリアさん。そろそろ出てきては?」
「…………」
私が背後に呼び掛けると、影で小さくなっていたユリアがゆっくりと前に出てきた。その目は、既に涙で一杯になっている。
「レオナ…私」
「あ、ごめん待って。まさかそのヴァイオラ渡すつもりじゃないよね?」
「…よく分かったね」
そう言うユリアの手には、彼女が愛用しているヴァイオラが入った楽器ケースが握られていた。
「お守りとして戦場で身に付けていって欲しくて」
「うーん、気持ちは嬉しいけどさすがにそれは持って行けない。そんなの身に付けてたら、壊すのが嫌で戦場に出れなくなるし」
「そうなったら嬉しいな~、って考えがあるのは認める」
図星だったらしく、ユリアは瞳を潤ませながらも悪戯っぽく微笑む。
「は~、ユリアはほんとにもう…」
大袈裟に溜め息を吐いたレオナは、1歩ユリアに近づくと彼女の髪留めに触れた。
それは、いつかユリアがウィックの店で値切った髪留めだった。
優しくそれを外すと自身の髪に付け、今度は自身が元から身に付けていたものを取って、ユリアの髪に付け直した。
「あたしにはこれで十分。必ず帰って、ユリアに返すから」
「レオ…」
2人はしばらくの間固い包容を交わし、やがて名残惜しそうに離れた。
「じゃ、行ってきます!」
「はい、本当に気を付けて」
「待ってるから!絶対待ってるからね!」
短いに言葉に万感の想いを乗せながら、私達は朝日が差し込む城門へ向けて歩き出したレオナを見送った。




