6話 散歩と逸話と閑話休題 ①
本編ですが、ちょっとしたおやすみ回です。カケル君成分少なめで雑貨商多めになってます。
「すごーい!エルフ工房の新作もう置いてる!ねえレオ、見て見て。似合ってる?」
ユリアは隣で商品を眺めていたレオナを引き寄せ、シンプルな彫刻が施された乳白色の髪留めを見せた。
「あー…うん、良いんじゃない?」
どうでも、という語尾がつきそうな気のない返事に、ユリアは頬を膨らませた。
「もうちょっとあるじゃん、言うこと!似合う、似合わないとかさー」
「いや、ユリアの髪黒っぽいから、よっぽどじゃなきゃ大体似合うし。あたしにはそれ以上複雑な事言うのは無理」
「言ってる言ってる複雑な事。それで良いんだよレオさん!女心を理解するまであとちょっとだよ!」
「あたしは女じゃないのか」
ぼやくレオナをよそに、ユリアは既に次の商品棚へと移動していた。
☆
本日は珍しく、デニス雑貨商の休業日である。そんな珍しい休日を満喫するべく各面々は今、王都一の雑貨屋を冷やかしに来ていた。
「てんちょー、うちももっとこういうの置きましょうよ」
「いやぁ、置きたいのは山々なんですが、もう場所が…」
ユリアがためつすがめつ眺めている有名ブランドの装飾品を見ながら、私は言葉を濁す。
「うちの店狭いしね」
「ねー。せめて今の倍あれば、もっと色々やれるんだけど」
文句を言いながら物欲しそうな目で私を見上げるアルバイト二人。貴女方に言われなくても、店の欠点は私が一番理解している。
「もういっそ、私達の住んでるアパート買い取っちゃいましょうよ!それで1階部分繋げちゃえば広さ倍になりますよ、倍!」
「良いじゃんそれ。そしたらあたしらも部屋から直で店に行けるし、お客さんいなかったら部屋帰って寝れるし」
「サボるの前提じゃないですか…」
良い考えだ、と盛り上がる2人。
私だって、同じようなことは何度も考えた。だが、結局先立つものが無いので考えるだけで終わるのだ。
「ちなみにその場合、お二人は私に家賃を支払うことになるわけですが」
そう言うと2人は急に真顔になり、
「それは、ちょっと…」
「なんかね…」
こんな調子である。
「まあ、私だって広いに越したことはないと思いますけどね」
そう言って、私は店内を見まわした。
ミドルが経営するこの店は、表通りに沿って横長の長方形を呈した2階建ての建物だ。正面の入り口を入った先は吹き抜けになっており、大きな窓を設けていることも相まって開放感のある造りになっている。
広々とした店内は、その広さを十二分に活かした多彩な雑貨に彩られている。私の店のように洋服や武器の類はないが、それはつまり、そんな物に頼らなくても稼げている、ということなのだろう。
「よう雑貨商共。毎度のご利用ありがとうございます、だ」
勘に触るだみ声に振り返ると、そこには店主であるミドルの姿があった。
「いつもの偵察か?」
「ええ、まあ。貴方の店は流行りを探るのにちょうど良いですかね」
「けっ、小さい店だけあって熱心だな」
市場調査に自分の店が使われるのは気に食わないらしい。
「せめて何か買ってけよ?」
「それはほら、彼女達が」
「はいはーい!ミドルさん、この髪留め2つ買うので半額にしてください!」
私の指名で勢いよく割り込んできたユリアに、ミドルは苦虫を噛み潰したような顔になる。
「半額ってお嬢ちゃん。実質タダじゃねぇか…。ダメに決まってんだろ」
「えー、でもコレ、明らかに在庫がダブついてますよね。棚下の引き出しにいっぱいありましたよ」
「ぐっ…!」
痛いところを突かれたのだろう。ミドルが言葉に詰まる。
「…よく見てるな。その眼に免じて1割引いてやろう」
「半額だよね」
「2割引きだ。これ以上はまけん」
「半額〜」
「……3割引きでどうだ」
「よし買った‼︎」
満足のいく値段まで下げ切ったミドルは、上機嫌でお金をウィックに渡す。
「じゃ、私達上見てくるから!」
そう言い残し、レオナと共に階段へ向かっていった。
「やれやれ、あの嬢ちゃんの相手は勘弁してほしいな」
「強かですよねぇ。商人としては見習いたいものがあります」
「とか言って、お前も十分商魂たくましいじゃねぇか。聞いたぞ?例のカタナで稼いでんだろ?」
「いやぁ、思ってた通りには行きませんでしたけどね」
結局、カタナの商いに手を出したことはまだミドルに話していなかった。が、そこはさすが商人と言うか、既に耳に入っていたらしい。
「ふん、まあそうだろうな。何せ鍛冶屋自身をワに迎えちまったんだ。わざわざ国外から輸入する理由もない」
「ええ、私としても予想外の動きでした。デザインを変えたり装飾を付けたりして、もう少し様子を見てみるつもりです」
「そうか。せいぜい頑張んな」
「それと、ワ出身の知り合いから面白い話を聞きましたよ。カタナというのはそもそも、400年前にベルトルク初代国王が伝えた物なんだそうです」
「そんなまさか。初代様が伝えた物がなんでワにしか残ってないんだよ」
ミドルの疑問も当然と言える。
その知り合いとはアカツキさんのことなのだが、彼女曰く、そもそも勇者を召喚したのが当時のワの国だったのだ、と言うことらしい。確かに初代がどういった経緯で召喚されたのかについては、あまり知られていない。基本的には大陸を統一するまでの過程を示す逸話ばかりが伝わっているからだ。そう言った意味では、彼女の話もあながち間違いとは言えない。
それに、初代様同様召喚者であるカケル少年が、今回の件の発起人である可能性が高いことからも、初代様と同じ世界から来たとすれば頷ける話だ。
そんな私の推理を、ミドルも考え込む様子で聞いていたが、
「…ま、いくら考えたって本当のとこはわからねぇわな」
お手上げだ、という風に肩をすくめた。
「ミドルさん、お客様がお呼びです!」
と、店員からの呼び出しである。
「今行く!ってわけだデニス。悪いが話はここまでだな。ゆっくり見て行っててくれ」
「はい。ではこの辺りで」
良き商売敵は挨拶もそこそこに次の客の場所へ向かっていった。
☆
店を出ると、表通りは昼間の賑わいを見せていた。行き交う若者や主婦らは、買い物籠を片手に通り沿いの商店で買い物を楽しんでいる。そんな通りを北東に進み、私達は今、ユリアとレオナの通う高校の前まで来ていた。
「お二人はこの後、午後から授業でしたよね?」
「うん。だからこのまま学校に行くつもりだけど、てんちょーはどうするんですか?」
「私もこのまま東2番街方面の市場調査に向かうつもりです」
「熱心だね〜。たまの休日くらい休めば良いのに」
「まあ、散歩のついでみたいなものですから」
そんなやり取りを終え簡単な挨拶を交わすと、彼女らは校門から中に入っていった。
それをしばらく見送った後、私も踵を返して東2番街に続く道へと足を向けた。
☆
「あれは…?」
数軒の店を回り終え、通りに出たところで見覚えのある姿が目に入った。
「こんにちはアサヒさん」
「おお?デニスじゃないか。珍しいな、こんなところで」
商品の仕入れだろうか。熱心に果物屋の店先で商品を見ていた彼は、私に話しかけられると驚いた様子でこちらを向いた。
「たまの休日を利用して、市場調査を少し。そちらは仕入れですか?」
「ああ、お前と似たようなもんだよ。面白いものがあったらうちでも扱ってみようかと思ってな」
アサヒは真っ白な歯を輝かせ、快活な笑顔で答える。商人同士、考えることは同じと言うことだろう。
「そうだ、どうせ色々見て回るなら一緒に行かないか?」
「構いませんよ。アサヒさんはこの後どういった行程を考えていたんですか?」
彼が言うには、このまま通りを南下し、城壁に行き当たったところを円を描く城壁に沿ってさらに左折。妹のアカツキが働くギルドがある東3番街に向かうつもりだったらしい。
3番街は大衆向けの食堂も多い。彼について行けば、丁度いい時間にその周辺で昼食をとることもできるだろう。
「では私もお供します」
「よし、じゃあとっとと行こうか」
そして、私達は再び歩き出したのだった。
☆
それからは、互いに気になる店に入っては、そこにあった商品について、ああでもない、こうでもないと言いながら回っていった。やはり、こういうのは連れがいた方が捗るものだ。
「さっきの店にあった旅行用品は、また随分と洒落てたな」
「そうですか?うちの店でもあれくらいのものは扱ってますが…。それなりに出入りも激しいでスし」
私はさっきまでいた旅行品店の品揃えと、自身の店の在庫を思い浮かべながらそう口にする。ランタンや火おこしの道具など一通り置いてあり、多少の装飾は見られはしたが、華美と言うほどでは無かったと思う。
「結構売れるのか。俺の経験じゃ、あれでも十分に派手な部類だな。行商だと飾り気の無い、まあ安くて作りが単純な方がウケが良いんだ」
「なるほど。旅の最中にダメにしてしまって急いで買い求める方も多そうですから、手ごろな方が需要があるのかも知れませんね」
「そんな感じだな。でも王都では高くても売れるのか…。今度地方の工芸品かなんか仕入れてみるかな」
新たな商売の可能性について思案するアサヒ。
そんな彼から目を離した時、知り合いの店を通り過ぎたことに気が付いて私は足を止めた。
「どうした?…ああ、例の鍛冶屋だな」
「ええ、すっかりもぬけの殻ですね…」
そこは、つい先日までウィックという名の鍛冶屋があったところだ。今も建物自体は残っているが、中にあったものは家具から何から全て無くなってしまっている。
「あいつとは、月に何度か飲みに行くくらいには付き合いがありましたから。別に死んだわけではないので会えないことはありませんが、それなりに寂しいですね」
「急だったしな。それなりに付き合いがあったのなら、ちょっと残念な話だったろ」
「まさかあの少年に引き抜かれるなんて、思っても見ませんでしたな」
ここ数週間で、王国の情勢は多きく変化していた。
王女暗殺未遂に端を発する騒動は、首謀者のカール宰相が更迭されたことで一応の終息を見た。
この事件が国に与えた衝撃は大きかったが、もう1つ、この国を揺るがした出来事があった。それが、勇者ホウショウ・カケルの存在が公表されたことだ。
「さすがに、今回の件で王国も彼の存在を無視できなくなったのでしょう」
「とは言っても、いきなり封土とはまた豪勢な話だよなぁ」
そう、彼は王女の命を救ったとして王国の東部、ワと国境を接する空白地帯を領地として与えられたのだ。
つまり、そこまで広くはないものの、立派な領主になってしまったわけだ。
彼はすぐにその地を治める準備を始めたらしい。街を整える大工や、行政を担う役人の採用。そして、経済を回す領民や商人の誘致だ。ウィックの店の移転もその一例に過ぎない。
「風の便りで、今では弟子を何人も抱えて忙しくしていると聞いています。元気でやってるならまた会うこともできるでしょう」
「そうか。今度俺もそちらに行く機会があったら、デニスが寂しがってたって伝えとくよ」
「それを聞いて調子に乗る奴の顔が浮かんできたので、止めておいてください」
そんなやり取りをしつつ、私達は店を後にした。
☆
それからは、道沿いに店を冷やかしつつ南に進み、東3番街に着く頃にはすっかり昼食時になっていた。
「あら?デニスさん!と兄さん…。この時間に一緒なんて珍しい。でも良かった、入れ違いにならなくて」
アカツキの勤めるギルドに着くと、ちょうど彼女が出入口から出てくるところだった。
「兄さんが遅いから、先にご飯食べようと思って出てきたの」
「そうか。悪かったよ、途中でデニスに会ったんで、2人で色々見てたんだ。ほらこれ、頼まれてた取引先まとめたやつ」
「はい、ありがと。兄さんはこの後ーー?」
「俺はギルドに用事あるから」
「そ?デニスさんは?」
「私はこの辺りで昼食でも、と考えていました」
「じゃあ一緒にどうですか?この前できたところが美味しかったので、おすすめしたかったんです」
ちょうど良かった、と手を叩くアカツキ。
「せっかくですから、ご一緒しましょう。案内をお願いしても?」
「もちろん!それじゃ、兄さん、ありがとね」
「あいよー」
一声残しギルドに消えるアサヒ。
「行きましょうか」
「はい、お願いします」




