豪州攻略(5/7):東西北三豪州
日本軍の前進は停止。いよいよ統治が始まります。
東西北は日本表記で実際にはWest・North・Eastの順だ。
日本の豪州支配は西・北・東豪州にまで及んだ。
西豪州は国境のフォレスト空港まで占領地となった。
人口は希薄で50人ぐらいしか住民はいない。
空港業務やコテージ管理人、大陸横断鉄道員ぐらいだ。
日本兵「なにもない荒野がただ広がっているだけだ」
日本兵「空港の設備が格納庫兼事務所の小屋しかない」
日本兵「これ兵站が伸び切って大変な事になるぞ」
北豪州は国境のアリススプリングス空港まで占領地となった。
岩石砂漠のど真ん中にある軍事基地で、輸送機の補給基地だ。
日本兵「北に10km程に人口2万ちょっとの大きな街がある」
日本兵「この街が横断鉄道の北端なんだな」
日本兵「これ兵站が伸び切って大変な事になるぞ」
東豪州はブリスベンの戦いの後、ゴールドコーストで進軍停止。
ブリスベンは人口200万余人、豪州三位の大都市だ。
日本兵「名古屋とほぼ同じ大きさだな」
日本兵「フィッシャーマン島が全部埠頭だぞ」
日本兵「ここは兵站は心配いらないな」
あとはこの広大な大陸をどう統治/統制していくか?
北豪州のダーウィンには日本軍の豪州軍令本部がある。
ホテルダーウィンを接収して軍令本部を設置していた。
かつての支配人室が、施政長官(第一行政官)の事務室だ。
フランク・フォードはこの部屋に通された。
南方軍総参謀副長の岡本清福が椅子に座っていた。
岡本「まあ掛けたまえ」
フォード「失礼します」
壁には豪州を中心とした「逆さ世界地図」が飾ってある。
マッカーサーの世界地図として有名になった土産物だ。
岡本少将の左右には通訳が控えていた。
ニューギニア人であろう男女が二人、少佐階級の中国人が一人。
ニューギニア宣撫工作隊(後の甲機関)の現地徴用員と隊員だ。
フォードの観察眼が電光のように閃いた。
豪州もニューギニア人をコースト・ウォッチャーとして使役している。
日本人も同じような目線を持っていたという事だ。
それで日本軍の快進撃の謎が解けてきた。
アボリジニを説得して味方に抱き込んだのだ。
兵力の差もそうだが調略でも日本のほうが優れていた。
いまさら遅いがしてやられたの感があった。
中国人はおそらく台湾原住民の高砂族だろうと推測した。
剽悍なジャングルゲリラの戦士で連邦軍を苦しめてきた猛者である。
日本は台湾で先住民セデック族の霧社事件で大失策を犯していた。
失策から学び、先住民の心を掴む術を心得ていたのだろう。
この岡本という男は相当な見識のある外交官なのだ。
フォード「なにか重要な要件のようですね」
岡本「うむ、単刀直入に言おう」
「豪州三連邦をまとめてキミに任せたい」
フォードは驚いた素振りを見せなかった。
日本軍が軍政でこの広大な大陸を統制する事は不可能だ。
現在、合議制諮問機関が征服地の各都市に置かれている。
現地の首長や知識階級が合議制で治安維持と復興に努めている。
それを北豪州ダーウィンにある豪州軍令部が統括している。
豪州東海岸は日本軍支配下にあり、米国軍との最前線だ。
クックタウン、ケアンズ、タウンズビル、ブリスベン。
そこには日本駐屯軍が前線基地を設営している。
各軍港には日本海軍の軍艦が入港している。
各飛行場には陸軍機が多数駐機していた。
日本陸海軍とも駐屯地を巨大都市化して基地内に住んでいる。
その周りは500mに渡って緩衝地帯が設定されている。
バラス敷きを転圧した何もない空き地が広がっている。
豪州民間人との無用な衝突を避けるためだ。
その外からゲリラやレジスタンスが遠巻きに伺っていた。
もし不用意に街に出れば、狙撃やテロなどの不祥事が発生する。
そうなると現地での懲罰が必要となり市政との摩擦を招く。
法律の解釈をめぐっても進駐軍と現地での諍いは生じるだろう。
日豪地位協定により、豪州より日本の法律の拡大解釈が優先する。
岡本「まだ制定後すぐなので、これといった不都合はない」
統治/統制にはどうしてもカリスマのある資質が欲しいところだ。
そうやってフランク・フォードに辿り着いたのだ。
フォード「連邦大統領、というワケですかな」
岡本「そう思ってもらって差し支えない」
とにもかくにも、豪州の国土は限りなく広かった。
あの中国でさえ陸軍は144万名の兵力を投入し泥沼状態だ。
現在の日本軍支配は東豪州、北豪州、西豪州にも及ぶ。
この支配地域を掌握する統治/統制官が必要だった。
三豪州をまとめて連邦共和制国家を建国しようというのだ。
統制官は各州首相を束ねる大統領として君臨する事になる。
反豪親英派であるフォードは、その役を引き受けた。
元々は現大統領と政権を争った大物である。
自分の政治方針に合う各州の政治家を見定めた。
フォードは早速3人の政治家の名前を列挙した。
西豪州キース・ワトソン。ウエストラリア州首相に任ず。
北豪州ハロルド・ネルソン。キングスランド州首席大臣(州首相)に任ず。
東豪州テッド・テオドール。クイーンズランド州首相に任ず。
この3人がそれぞれ西・北・東豪州を支配する。
どれも一癖ある反豪親英派の政治家たちだ。
彼らなら地元を上手くまとめて統治の道筋を立てられる。
日本は彼らを通じて、上主として支配を行う間接統治である。
日本の予算と人員では広大な豪州を直接統治するのはほぼ不可能だ。
そのため残存する首長層や行政組織をそのまま活用する。
宗主国の日本はその監督のみを行って、効率化を図るのだ。
それには各州の行政の偏向を図らねばならなかった。
西豪州は1933年にウエストラリアとして独立しようとした経緯がある。
北豪州はキングスランドとして豪州支配から分離しようとしていた。
東豪州のテオドアはムンガナ事件買収で危機に立たされていた。
どの州も豪州本国と一悶着抱えている有様だった。
日本軍の侵攻はいわゆる「渡りに船」状態だったのである。
フォードはそのすべてを選挙の遊説の際に把握していた。
各地で演説を重ねるうちに情勢はイヤでも入ってくる。
なんとかしてくださいよ、たすけてくださいよの陳状の声だ。
現品を持ってくる輩もいた(勿論丁寧にお断りしたが)。
次回は豪州攻略(6/7):捕虜の処遇(1/2)です




