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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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閑話:APFSDS

M3戦車に穴を空けたのは運動エネルギー徹甲弾APFSDSです。APFSDSは超音速徹甲弾で炸薬も強化され薬室が受ける発射の際の爆発エネルギーも凄まじいものでした。そのため強化された薬室を使います。弾芯のタングステン及びタンタル合金はスウェージングという鍛造法で鍛えます。これらの技術を取得したのは大手ではなく名古屋の下請け業者でした。

第一次世界大戦に参戦した日本軍は不思議な現象を目にした。

それは装甲板に弾着した榴弾の破片が装甲板と溶接されている状態だ。


冷間溶接のような溶接痕が見られない新しい溶着だった。

日本軍の工兵はその破片と装甲板を密かに日本に持ち帰った。


大阪陸軍造兵廠は実験を繰り返して再現を試みた。

その結果、超音速で衝突させれば溶着が生じる事が確認された。


これらの現象は米英独がすでに気付いており研究が進んでいた。

1927年独国のゲルリッヒが口径漸減砲(減口径砲)を理論化した。


これは砲身を薬室から砲口にいくに従って「すぼめていく」モノだ。

こうすれば炸薬の燃焼ガスをすべて推進力に転化出来る。


理屈ではわかっていたが理論化は初めてであった。

だがすぼまった砲身はとてつもない圧力を受ける事になる。


砲身の材料が内圧の増加に耐えられず腔発(こうはつ)してしまう。

実現化に成功したのは独国軍の2.8cm sPzB41対戦車砲だけである。


タングステン合金に軽合金のカラーを付けた専用弾2.8cmPzgr41を使う。

超硬タングステン弾芯を用いる運動エネルギー徹甲弾は画期的だった。


だがタングステンは独国内で産出しない為大量生産は出来なかった。

わずかに150門が限定生産され終戦まで細々と使い続けた。


日本では山口県の喜和田鉱山で年7000トンのタングステンが採れる。

1909(明治42)年にボタ山からタングステンが発見され大騒ぎになった。


それまでは銅/鉛の鉱山では、いわば「堅すぎるゴミ」だった。

明治までタングステンに用途はなかったからである。


独国から密かにゲルリッヒ砲と弾頭を手に入れた日本。

そこからは嵐のような兵器魔改造が始まった。


足りない元素があると帰化ユダヤ人が顔を出す。

「呼んだ?」


呼んでないのにいつの間にか工場や研究所に原石が納入される。

それは相当にそれなりのお値段であった。


実験は爆発圧接という単純な方法から始まった。

アルミとチタンとの接合など溶接出来ないモノ同士の接合だ。


これによって造られたのがクラッド鋼であった。

軍艦のボイラーには欠かせない建材であった。


爆発圧接は冷間で圧接するのに熱の発生は無い。

これにはユゴニオ弾性限界という物理現象が関わっていた。


この限界を越えた固体は塑性変形を流体の如く行う事が分かっている。

超音速で激突すれば装甲板に常温で溶接できるのだった。


では細長い徹甲弾を超音速で装甲板に激突させればどうか?

先端は衝撃波を起こしユゴニオ弾性限界を越え、流体になる。


そうして装甲板を溶接ではなく溶断してゆく。

超音速が終わると溶断も終わる。


そして装甲板には溶断による穴が空いてしまう。

つまり50cmの弾芯が超音速で激突すれば500mmの装甲板に穴が空く。


だが現在の砲口速度は最高で780km/h。

音速は1225km/h(標準気体)もある。


1000km/hを越える場合、火薬で砲身が腔発(こうはつ)してしまうだろう。


糸川英夫「そんなの簡単ですよ」

「多段式ロケットを打ち上げる原理を使うんです」


ロケット工学の権威糸川英夫技師の説明はこうだった。

普通の砲弾を20kgとする。


弾体は10kgとする。

発射時の運動エネルギーは20kg×780km/h=10kg×αkm/h(概略)だ。

<公式のK=1/2mx^2を省いている>


α=1560km/hで音速を超えるのだ。

脱ぎ捨てた10kgは装弾筒+発射薬+装弾頭である。


糸川「多段式ロケットが地球脱出速度を得る方法なんですよ」

「第1段、第2段ロケットと切り離して運動エネルギーをもらうんです」


理屈で言えば砲口から出た瞬間に重い衣を脱ぎ捨てれば良い事になる。

そうすれば重い徹甲弾の運動エネルギーは軽い弾芯に乗り移る。


後はまっしぐらに目標に向かってすっ飛んでいくという寸法だ。

弾芯が軽ければ軽いほど速度は大きくなる。

だが軽ければ破壊力は小さくなる。


結局はバランスの問題なのだ。


戦車の砲身にはライフルが刻んであり回転を砲弾に与える。

これがあると弾芯が回転して威力が減じてしまう。


そこで自己潤滑性樹脂の腹巻きをしてライフルが滑る工夫をしている。

発射される際にライフル痕で滑って、弾芯は1度も回転しない。


発射薬の成分強化には大阪金属工業(現ダイキン)も一役噛んでいた。

また発射の衝撃に伴う反動で、戦車の薬室が壊れないよう強化された。


コバルト・ニッケル・クロム・タングステン合金層を設けている。

炸薬の燃焼は酸化反応なので高温の推進ガスによる腐食を防止する。


これらのノウハウは日本の産業と技術を遙かに超えたモノだった。

一体どうしてこれらの技術革新に至ったのだろうか?


その答えは満州大連の工業地帯にあった。

無数の有能な金属工場がひしめいている。


満州鋳造所(機関車製造)、東亜合金公司(船舶)、満州鋲鉄工所(車両)。

荒木鉄工所(車両)、啓正式特許品製作所(ボイラー)等々。


そして満州は中国やソ連と国境を接している。

そこでは様々な物流があり、密輸も堂々と行われていた。


クズ鉄同然の廃棄兵器の姿もそこにはあった。

暴発した砲身や弾痕のある戦車のエンジン……。


それらは各祖国の溶鉱炉で溶かされるはずのモノだ。

それを帰化ユダヤ人が安値で買い付け、高値で日本に売りつけた。


満州の工場ではそれを金属分析に掛け、組成の%比を測定した。

後はビッカース硬さとシャルピー試験片を採取して終わりだ。


クズ鉄は元通りの列車に戻して、各祖国の溶鉱炉へ向かう。

溶鉱炉の工場の検査と会計は納品書にハンコを押して溶鉄する。


誰もチョット遅れたぐらいにしか思わず、気にも留めない。

満州大連の工業地帯はこうしてノウハウをちょっとずつ蓄積した。


現物を見て触るのは設計図を取り寄せて見るより得るものは多い。

独製のゲルリッヒ・口径漸減砲も腔発したものが入ってきた。


さっそく成分比率やビッカース硬さが調べられた。

驚くべき事に金属層の堅さはHv650もあった。


これはSUS304の約2倍の数値である。

また酸化環境にも耐性が確認された。


これは砲弾の炸薬の燃焼ガスにも強い。

また薬室の組織も揃っており、熱間鍛造の結果だと分かった。


これには英仏にある超大型プレス機(4万トン)クラスが必要だ。

しかも熱間鍛造に対応していなければならなかった。


幸い機関車、船舶、車両、ボイラーを扱う工場は設備がある。

大型金物や厚物の溶断に手慣れていないと大型機械は扱えない。


基礎もバラスが敷かれ、振動や荷重にも充分対応出来る。

この工事が始まったのが1935年、終わったのが1940年である。


名目は大阪造兵廠満州研究所とされた。

1940年完成~1941年研究終了~1942年実用化と突貫工事である。


閑話ついでにこの合金は歯科メタルセラミックにも利用されている。

強く噛むと相方の歯が割れるのは強すぎる剛性のせいかもしれない。


大阪造兵廠は研究を重ね、遂に運動エネルギー徹甲弾を開発した。

それが今回使用したAPFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)である。


弾芯はタングステンまたはタンタルで出来た超硬合金製だ。

これらは希少金属で地球上に僅かしかない。


タンタルは(Fe,Mn)Ta2O6の分子式のように酸化物の鉱石だ。

これもまた豪州ピルバラ産とブラジルのリオグランデ産がある。


日本が豪州進攻を急ぐのはこういう資源の事もあるのだ。

ブラジル産のものは米国もやがて気が付くだろう。


それを弾芯にして開発が始まれば日本もオワリである。

とにかく機密が漏れないよう、そして開発も急ぐのだ。


製法は粉体冶金といって、金属粉末を混合する。

それを圧縮成形して、のちに焼結する。


この粉体冶金は元々タービンブレード製法に由来する。

ジェットエンジンの過酷な条件を克服する技術だ。


さらに全方向から叩いて鍛えるスウェージングという方法を用いる。

高純度タングステンは再結晶化すると脆くなるという性質がある。


そのため高温の状態で鍛造する事になる。

日本はこの鍛造技術で出遅れていた。


彗星改の章でも熱間鍛造か精密切削かの選択では後者を選んでいる。

だが鍛造の研究は航空産業の集まる名古屋で続けられていた。


主に航空機のアルミ鍛造品は絶対に必要だった。

これには戦時中、住金+神戸製鋼+古河アルミが関わっている。


その下請けだった中京鍛工所と小川鍛工が開発に乗り出す。

英ロールスロイスや仏AUBERT&DUVAL社の4万トンプレス。


独では戦前から鉄製薬莢製造の為、冷間鍛造が行われてきた。

欧州では各国で鍛造技術が盛んに進化していた。

この技術を輸入して日本で魔改造するのだ。


こうしてタングステン&タンタルの弾芯が遂に出来上がった。

その威力は距離2000mで570mmの装甲貫通能力があった。


M3中戦車の前面装甲は最大51mmでスカみたいなものだ。

超音速弾体の塑性流動はどんな機械的性質でも貫通する。


このAPFSDSは日本の最高軍事機密であった。

弾体は塑性流動で失われる為、機密性は極めて高かった。


糸川英夫はさらに固体炸薬を越える液体炸薬の研究に入った。

一液式液体炸薬ハイドロキシル・アンモニウム・ナイトレートだ。


だがこれはまた別の話になる。

糸川英夫技師はまた別の方向に研究が行ってしまいました。研究者というモノは研究が終わることは無いので、技術者が適当に見切りをつけて研究成果を製品に落とし込んでいきます。ダイキンはクーラーメーカーですが戦時中は火薬にもかなり詳しかったです。次回は豪州攻略(4/7):フランク・フォードです

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