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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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ニューギニア決戦(1/4)

ジャワの極楽、ビルマの地獄、死んでも帰れぬニューギニア。これが正史の歴史観でした。これは日本軍が密林と戦った為でした。汚泥と毒虫と悪疫、枯渇と飢餓と下痢。これを避ける方法は一つ。熱帯の密林に長居をしない事です。

1942年03月08日。


日本軍は東部ニューギニアのラエ、サラモアに無血上陸した。

揚陸は海上機動第二旅団(ニューギニア方面軍)が担当する。


上陸したのは陸軍で2万人であった。

上陸用舟艇で接岸すると、豪州軍現地守備隊は逃げ出していった。


フィリピンを占領し、ジャワを落としたジャングル戦の強者(つわもの)

その恐怖から「日本兵は鬼神か?」と恐れられていた。


上陸したラエの街は瀟洒(しょうしゃ)なコロニアル様式だ。

それは金鉱山で採れる金塊の富のせいだった。


ラエ(Lae)はワウ金鉱山で栄えたゴールドラッシュの町。

1923年鉱山支援の飛行場が敷設され、1942年に日本軍が奪った。


郊外のマラハン飛行場はココナッツ畑支援の小さいモノだった。

これを日本軍が大きな飛行場(2400m×15m)に拡張した。


サラモア(Salamaua)は内陸のワウ金鉱山の積出港である。

鉱山の採掘支援滑走路があったが、日本軍に鹵獲されている。


ラエとワウの間には整備された鉱山道路があった。

ラエと積出港サラモアの間には定期航路があった。


パブアニューギニアは鬱蒼(うっそう)たる原生林が生い茂る未開の地だ。

徒路(かちぢ)に沿って空き地があり、原住民がポツリポツリ居住している。


原住民は木製食器を使い、蛮刀をふるって密林を切り開く。

(かまど)がなく、住居は藁葺きで竹や木材で作られている。


日本でいう平安時代の竪穴式住居のような懐かしい感じだ。

ただ日本と違うのは地下水位が0.91mと高い為、高床式なところだ。


藁葺きの屋根、竹細工の壁や床、(しとみ)と全部揃っている。

これで玄関が引き戸だったり、(かまど)があったら日本家屋だ。


木材は樹皮を削った簡単なものの組み合わせで、木組みは無い。

熱帯に多いフタバガキ科の樹木は難切削材で固いのも原因だろう。


もし(ちょうな)という伝統工具でハツリをやったら良い具合になりそうだ。

工兵が村で簡単な溶鉱炉を作って、(ちょうな)を鋳込んでみた。


カーン、カーン、カーン!

製鉄は昔ながらの叩き出しである。


さっそく原住民の若い衆が技巧に食いついてきた。

製鉄、木工、石造、土木、簡単な工業化学。


ポートモレスビー進軍までの4ヶ月間徹底的に訓練した。

ある者は木組みをマスターし、ある者は(はね)木橋構造をマスターした。


日本の木組みを使えば、釘1本使わず大規模建築を築造できる。

特にニューギニアには河川が多く、橋梁の需要は多い。


(はね)橋は深い渓谷に大きな橋を架ける事が可能になった。

これは丸木橋やかずら橋しか知らない原住民に大いに刺激となった。


歩兵には府中家具工業の職人職工(家具司)がたくさんいた。

「輸入木材のうち南洋材に詳しい我らにお任せ下さい」


森を歩き、樹種を選定し、やがて橋梁の板材に最適な樹木を見つけた。


熱帯雨林には8mを越えるクルイン((Keruing)という超高木がある。

ケイ酸塩(シリカ)を含み、固いので今まで敬遠されてきた。


だが鉄器工具があれば石器工具のようにすぐ割れたりしない。

材料には事欠かない為、原住民は建築熱に目覚めてしまった。


一方、原生林は熱帯雨林で人跡未踏の毒虫の暗黒地帯である。

熱帯雨林はマラリア、赤痢、デング熱、腸チフスの悪疫蛮地なのだ。


訓練された台湾の高砂族も顔をしかめる壮絶な瘴癘(しょうれい)の地である。

蚊、ノミ、ダニは感染症を引き起こす原因でもあった。


熱帯雨林は蚊の「揺りかご」である、という。

池沼は勿論、水溜まり、泥濘がボウフラの揺りかごというワケだ。


手足はもちろん鼻の穴にまで(たか)ってくる有様だ。

原住民は燻したり、タールや泥を身体に塗って防いでいる。


ジャングル戦は敵とではなく、こういう不快害虫との戦いだった。

また伝染病の媒介者としても厄介な存在だ。


マラリア、フィラリア、デング熱、黄熱病、脳炎などなど。

蚊を防ぐには柑橘系の果実の皮油が効くという。


ハッカ油(ネペタラクトン)やレモングラス(シトロネラ油)もいいだろう。

これらは忌避剤として昔から使われている。


だが一部の蚊にしか効かないのが難点だ。

米比戦争ではジャングルでヤブ蚊にこっぴどい目にあった米軍。


米軍はジャングル戦用に合成殺虫剤の研究を行ってきた。

1929年フタル酸ジメチル(C10H10O4)を忌避剤として開発。


1937年インダロン(C12H18O4)、ラトガース612を相次いで合成。

だがやはり一部の蚊にしか効かないため、断念に至った。


日本も後追いながら合成殺虫剤の研究を行っていた。

南方軍防疫給水部がシンガポールに研究所を設けていた。


構造式の似たモノ同士を化学修飾で機能変化させてゆく。

m-トルオイルクロリド(C8H7ClO)とジエチルアミンを試してみた。


これらをベンゼン又はエーテル雰囲気中で反応させる。

得られた物質N,N-ジエチル-m-トルアミド(C12H17NO)。


これこそが求めていた万能蚊よけ忌避剤であった。

これを塗ると蚊が寄ってこない。


蚊がもつレーダーを狂わせる効果があるようだった。

日本陸軍は軍事機密として公開しなかった。


実は米軍も薬効を発見しており、やはり公開していなかった。

10年後に公開して、双方驚いたというエピソードがある。


また蚊取り線香(除虫菊)の天然ピレスロイドも活用された。

村に駐留している時はこれに限る。


天然ピレスロイドからは主成分の化学物質ピレトリンが抽出された。

これも南方軍防疫給水部のしわざである。


これを研究して合成ピレスロイドであるアレスリンが造られた。

この化学物質は哺乳類鳥類に無害で、魚類ハチ類に有害である。


これを塗布した布地で軍服を縫製すると防虫服となる。

ただし数回洗うと効果が無くなるので注意が必要だ。


このように悪疫蛮地たる熱帯雨林への対策は万全だ。

だが最良の対策は熱帯雨林に入らない事だ。


原住民の示す森林巡回路から一歩でも逸れてはならないのだった。


その巡回路から森内を見るとこっそり電話線が張ってある。

在豪州軍の野戦電話のケーブルだった。


日本軍「チョット失礼するよ」

本線が断線しないよう工作し、枝線を分けるようにした。


これを親日の部落に引き込んで、ちゃっかり盗聴するのだ。

話される言語は英語やビジン語だ。


現地斥候は現地人なので、親日の部族を説得して盗聴に当てた。

なんと敵斥候と話し込んで、かなりの情報を手に入れる事が出来た。


原住民も実は民間医療の知識は豊富にある。。

ゴーヤはアメーバ赤痢に、センダンはマラリアに効果がある。


日本軍がドラム缶で持ち込んだ薬品に原住民は異常な興味を示した。

これは合成抗菌薬スルファニルアミドの粉末だった。


原住民A「どうやって造るのだ?」

原住民B「何に効くのだ?」

原住民C「処方はどうする?」


軍医A「アニリンのスルホ化で得られるスルファニル酸から造ります」

軍医B「黄色ブドウ球菌に効きます」

軍医C「創傷/擦傷に塗布します」


高分子化学の30年の研究の成果である。

原住民に分かる筈があろうか?


原住民で一番偉い呪術師が見にやって来た。

今までと同じ説明を繰り返す。


しばらく聞いていてから自分の呪術小屋に戻っていった。

そして魔法の粉かなにかを持って戻ってきた。


原住民の呪術師「これか?」

それは前駆物質のアニリンだった。


それはナンバンコマツナギ(インド藍)の粉末だった。

呪術師「化膿したキズ(黄色ブドウ球菌)に効くぞ」


軍医ABC「な、なんだってええ~っ!」

呪術師「お前らは物知りだから信用してやろう」


それを精製すれば合成抗菌薬スルファニルアミドだ。

そもそも独国のドマークも総当たりで実験して発見した。


7000年前からここに棲む原住民が同じ事をやったとしたら?

偶然は必然、結果が同じだったに過ぎないのだ。


我々文明人でさえ第一次世界大戦前は無為無策だった。

暴れる戦傷者を野戦病院で押さえつけ手足を切り離した。


消毒は煮立った油に浸した布を押し当てる。

我々は医療では文明人でなく野蛮人だったのだ。


前駆物質で止まっているのは鉱酸(硫酸H2SO4)がないからだった。

前駆物質では効果は弱いが、効くっちゅうたら効く。


ほかにも樹皮や果皮など多くの薬物が存在した。

木炭や竹炭を作る時に出る木酢液や竹酢液は大量に得られる。


酢酸やメタノールを製造するのに使われていた。

彼らは創薬化学の入り口まで独学で来ていたのだ。


彼らを頭からバカにしていた軍医は屹立して襟を正した。

ひょっとすると彼らから学ぶ事もありそうである。


そういった色目で見ると思い当たる節があった。

身体に塗る泥と腰蓑の藁はレモングラスで蚊の忌避剤だ。


軍医「何も知らないのは我々の方かも知れない」

富山の置き薬よろしく、部落に薬局倉庫を置いて配布した。


原住民A「尻に木の枝が刺さった」

原住民B「眼が見えない、助けて」

原住民C「足が折れて、歩けない」


枝は抜いて縫合し、白内障は抜去し、骨折は副子をあてがった。

骨折だけは1~2ヶ月は掛かるだろうと思ったら半月で歩いていた。


こうして先遣隊が現地入りして4ヶ月が経過した。

いよいよポートモレスビー進撃作戦が始まる。


第一次上陸部隊は先遣隊だった。

いよいよ本隊が物資と供に貨物船で上陸を開始する。


ラエ、サラモアはいわばポートモレスビーの喉元に当たる急所だ。

米豪軍は手ぐすね引いてお待ちかねだろう。


実際上陸部隊の輸送艦隊は米軍偵察機によって補足されていた。

敵前上陸に備えて、日本陸軍も自前の航空戦力を準備していた。


日本陸軍はラエ、マラハン、サラモアの飛行場に航空機を呼んだ。

パプアニューギニアは海軍作戦担当地区で、早速対応があった。


悪天候の中、陸軍のレーダー誘導により海軍友軍機が無事到着する。

スルミ半島基地からの貨物機、爆撃機、戦闘機であった。


スルミはラバウルのあるニューブリテン島の前線基地だ。

すでに陸軍の特殊船もラエに向かっている。


中国の造船所で竣工した航空艤装丙型特殊船も4隻接岸した。

1隻に付き、航空機+ヘリ+オートジャイロが搭載されている。


特殊船は陸軍航空隊のもので、空母着艦機能のないものだ。

陸軍機52機+海軍機96機が急造の基地格納庫に収まった。


これが03月09日の事になる。

天候は不順で、まだ敵爆撃機の来襲はない。


特殊船を揚陸を終えると、ラバウルへ悠々引き上げていった。

地上レーダー設備も揚陸され、直ちに設営に入った。


距離、高度、速度、機種が分かるレーダーだ。

米軍はマルチレーダー1基にまとめていたが日本は4基分割だった。


これも米軍の圧倒的国力と技術の差だった。

とにもかくにもレーダーの能力の差は縮まってきていた。


03月10日。


ラエ、サラモアの背後には峻険なスタンレー山脈がある。

これは4038mのビクトリア山を最高峰とする大山脈だ。


ポートモレスビーから山脈を乗り越えて米軍の空爆が行われていた。

この空域はこの山脈のため、いつも天候は荒れがちであった。


荒天は「スタンレーの魔女」と言われ、日米豪軍に恐れられていた。

荒れがちの日は空爆はないだろうと、日本軍は(たか)(くく)っていた。


しかし日本陸軍には白馬連峰の地元、白馬村出身者がいた。

彼によると「こういう山脈は朝の2時間だけ雲が晴れる」そうだ。


そこで直掩機を上げて待ち構えていると、案の定やって来た。

貨物船はまだ荷下ろしを終わってないで接岸したままだ。


爆撃機の格好の餌食である。

米軍機は水平爆撃の態勢に入った。


腹になにかでかいドラム缶のようなものを抱えている。

そこに上空から日本軍機が襲いかかった。


飛来したB-17重爆は直ちに迎撃され、空襲は失敗に終わった。


貨物船空爆にB-17重爆は反跳爆弾(はんちょうばくだん)を使った。

だが戦闘機に邪魔されて、上手くいかず、全弾外れてしまった。


B-17重爆はポートモレスビー複合飛行施設からの飛来である。

そこには8つもの敵軍飛行場(1つは未完)があった。


ラエ、サラモアだけではない。

B-17重爆にとっては、ラバウルも爆撃範囲である。


やはりポートモレスビーは絶対に叩いておかねばならない。

薬剤の件は米豪軍のみ事実でIF歴史では日本軍も追っかけで発明した事にしています。現地人の薬剤については創作ですが、2006年に黄色ブドウ球菌に効果がある事が認められており虚偽ではありません。そういうこともあるという可能性で書きました。(はね)橋は蒸気機関車や軍事トラックが通れるぐらい頑丈な構造でした。日本の貨物船はB-17重爆の反跳爆弾(はんちょうばくだん)にメチャクチャにやられて物資は海の底でした。正史で残ったのは自分が上陸した時の武装だけだったのです。次回はニューギニア決戦(2/3)です

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