マレー・シンガポール戦(5/5)
日本軍は勝ちましたがまだシンガポールを支配下には置いた訳ではありません。マラヤ共産党も英国極東総局FECBも地下組織となって健在だったのです。特にFECBはシンガポール奪還作戦に乗り気でした。
1942年02月15日。
シンガポールが陥落した時、萊特はまだ島内にいた。
日本軍の掃掃討隊がすぐに彼を見咎めた。
掃討隊「オマエがマラヤ共産党指導者の萊特か?」
萊特「不当な権力には屈しない!」
掃討隊「一緒に来てもらおうか」
彼は共産主義者とともに逮捕され、島内のチャンギ刑務所に入った。
そこにゆらりと辻政信が現れた。
辻「萊特、オマエに話がある」
こうして一晩、辻は何やら萊特と話しこんでいた。
その後の萊特の行動は実に不可解であった。
翌日、なんと彼は無罪放免となって釈放された。
萊特はそのままマラヤ共産党ビルに入っていった。
陳平以下共産党員らは驚いて彼を迎えた。
陳平「よく無事で帰れたなあ」
だが、なんだか様子がおかしい。
萊特「辻という日本人は実に痛快なヤツだった」
眼に異様な光が輝いていて妖しい。
萊特「オレは日本軍の代理人になったんだよ」
彼は辻参謀の話術に取り込まれてしまっていた。
陳平「な、なんだとうっ」
ミイラ取りがミイラになったとはよく言ったものだ。
ミイラ取りがミイラになるとはどういう事か?
それは論者が説き伏せられて帰ってきた事を指していた。
もともとインドシナ(現ベトナム)の支配者は仏国人である。
その支配者の下で萊特は諜報員として働いていた。
それが英国配下のシンガポールでは鞍替えしてしまった。
英国極東総局FECBのスパイになったのだった。
そして今度は日本軍のスパイになったのだ。
萊特は機を見るに敏というより節操なく付和雷同な輩だった。
彼は滔滔と抗英活動についてまくしたてた。
日本が英国と違い「解放軍」である事。
マレー半島から英国人支配を払拭しようとしている事。
そして現地による独立を目指している事を力説した。
陳平とその仲間もやがては萊特の権謀術策に呑まれていく。
たった1年で総長から局長になった彼は弁舌に長けていた。
さらに政治家は集団暗示に掛かりやすく、催眠感受性が強い。
陳平「きっとうまくいく……ダイジョウブ・シンパイハ・イラナイヨ」
党員たち「……ダイジョウブ・シンパイハ・イラナイヨ」
日本軍は英国より先にマレーのマラヤ共産党員を掌握したのだ。
彼らを「抗英」人民軍として、英軍の調略を妨害させた。
これには親日プラナカンの尽力があった。
なぜプラナカンはここまで親日であったのか?
それは遡ること14年前のある事件に起因していた。
奉天での張作霖爆殺未遂事件が原因だった。
満州で張作霖爆殺事件が起こらなかったのが幸いした。
息子の張学良はこの事件で放蕩息子から脱した。
いまや張親子が満州を平定しているといっていい。
満州皇帝の愛新覚羅溥儀は象徴皇帝なのだ。
満州での親日政権の風潮はここマレー半島でも好意的に迎えられていた。
かたやマレーの華僑は英国の植民地主義には我慢がならなかった。
「抗英」の種はすでに撒かれていたのだ。
大日本帝国は大東亜共栄圏を掲げている。
シンガポールは日本名「昭南」となった。
連合軍側とりわけ英国はこれに我慢がならない。
シンガポールこそ英東洋艦隊の本拠地だった。
英国東アジア支配の象徴でもある。
英国「絶対に取り返す!!」
英国は天地神明に掛けて誓った。
林謀盛という福建省生まれの中国人実業家がいた。
彼もまたシンガポール中華系プラナカンであった。
その彼が萊特の昭南島事務所にやって来た。
萊特はすでに日本側軍属である。
萊特「スマトラ旅行に行ってたんじゃないのか?」
林謀盛「お見通しか、旅行はまた後にすることにしたよ」
「実は英コマンド部隊から接触があった」
英国は昭南奪回作戦を起案していた。
その為には忍び込むスパイが必要だ。
だが白人スパイは目立ちすぎる。
出来れば日本人スパイがいい。
だめなら中国人スパイだ。
林はマラヤでスズ鉱山を経営していた。
スズは日本にとって重要な戦略物資である。
そこで林はストライキを起こした経緯がある。
それが抗日運動と認められ声を掛けてきたのだ。
萊特「なるほど、さもありなんというところだな」
「昭南奪還作戦は遅かれ早かれ始まると思っていた」
こうして二重スパイとなった林謀盛。
彼は英第136コマンド部隊を率いるが、実は日本側スパイなのだ。
英国極東総局FECBの一挙手一投足は日本茨木機関に筒抜けである。
そんな中で英印軍の昭南攻撃作戦が開始されようとしていた。
狙うのは昭南湾内に停泊中の日本側タンカーである。
水上憲兵隊が密かに付近を警戒していた。
情報によれば、敵コマンド部隊は豪州から遠征するとの事だった。
その日、鹵獲した日本漁船「幸福丸」で豪州エクスマウス湾を出航。
実際に漁をしながらスマトラのリアウ諸島パンジャンに着岸した。
そこから決死隊がカヌー3隻に分乗して昭南湾に侵入。
日本側タンカーは魚雷防御ネットの奥に静かに停泊している。
コマンド部隊員は吸着爆弾を竿の先に装着、準備した。
これはモンロー/ノイマン効果を利用した成形炸薬爆弾である。
爆発の金属ジェット奔流が船の舷側に大穴を開けるのだ。
水上憲兵隊「はい、そこまでだ」
真っ黒闇から突然「Freeze!」の声がいきなり掛かった。
深夜真っ黒な迷彩を施した顔できょとんとする英コマンド部隊。
真っ黒な小艇がゆっくりと英コマンド部隊のカヌーに近づいて来た。
コマンドは竿の先に吸着爆弾を付けたままでキョトンと突っ立っていた。
憲兵「お前たちの動きは手に取るようにわかるぞ」
「俺たちには暗闇を見通す力があるのだ」
特殊部隊の隊長は英国陸軍のイバン・ライアン少佐である。
ライアン「ど、どうしてこのことが!」
憲兵「このことがじゃねーよ」
彼は手にした夜間暗視装置を見せた。
憲兵「これはZG1229 Vampirだ」
「独国の暗視装置を我々が持っていても不思議はあるまい?」
暗視装置を覗いてみたライアンは「あっ」と叫んだ。
友軍が沖のカヌーで手を振っているのが映っていた。
ライアンは暗視装置から目を上げた。
漆黒の闇夜で何も見えなかった。
憲兵「今度来る時は泥でも身体に塗ることだな」
「沖の連中も捕縛して引っ立てい!」
英コマンド部隊は一網打尽となった。
さらに協力者の華僑も締め上げ、母艦の位置も白状させた。
海軍特務部潮機関がパンジャン島に潜む母艦を発見。
波機関諜報員の蔡和安が海上警備を強化した。
辻「コマンド部隊の連行の様子や投獄をわざと昼間に見せつける」
「スパイの苦力は直ちに英国諜報部に連絡するだろう」
「そうすればスパイ組織の末端まで連絡網はすべて分かる」
「後は一網打尽に彼らを把握すればいいのだ」
後で分かった事だが、牢獄での詳細な様子も、敵に連絡されていた。
なんと牢番のマレー系住民も英国側スパイであった。
茨木機関の石島唯一少佐はその報告を聞いて真っ青になった。
石島「英国諜報部の手は長いと聞いていたがこれほどとは」
「プラナカンが味方してくれなかったら、どうなっていたか!」
今さらながら林謀盛と萊特に感謝する石島であった。
こうして昭南でのスパイ狩りも拷問も一切されなかった。
逆に英国側スパイは気味が悪くなった。
英スパイ「すべてバレているのではないか?」
昭南港爆破未遂事件があったのにスパイ狩りが全くない。
短波ラジオを持っていても不審者扱いさえない。
逆に憲兵がいやに親切だった。
憲兵「你们是重要的劳动力」
そのくせに日本側諜報員はせわしなく働いているようなのだ。
その内に英国側内通者は1人また1人と不審な行方不明者となっていった。
ある時はエビ採りにいったバンカボートが無人で漂っていた。
ある時は水上生活者が家船ごと家族全員消息を絶ったりした。
自分の身に明日降り掛かるかも知れない消失の恐怖。
もはや現地マレー系住民は間諜には使えない。
英諜報部の中国国民軍から有志を募る話も立ち消えになった。
英諜報部のラオスのゲリラ訓練所も人がいなくなった。
マレー人A「英国人と関わると悪魔に取り憑かれる」
マレー人B「新しい支配者に従って生きるべきだ」
マレー人C「闇夜でもヒトが見えるとか吸血鬼かよ」
結局日本は英国の昭南諜報機関を乗っ取ってしまったのだ。
現地人の通報は皆無となり、英印情報部はアタマを抱えた。
今やエビ養殖の漁民からゴムノキ農場の農民まで親日だ。
英印「シンガポールはもう諦めてインドに撤退しよう」
その容赦しない粛清の影にはやはり辻参謀がいた。
もちろん彼がやったという証拠は無い。
辻「証拠?」「そんなモン残すはずがなかろうて」
現地人はその悪魔的手腕を恐れた。
昭南にかつての賑わいが戻ってきた。
辻参謀は次の戦場へと旅立っていった。
ついに英国極東総局FECBは印度に撤退、マラヤ共産党は親日になったのです。正史ではこれをほったらかしにしたために誰が反逆者か分からず、「とりあえず18歳から50歳までの華僑」を集めて、森や山に連れて行って粛清したのでした。次回は南方還送油(1/2)です。




