ノモンハンの男(5/6)
ノモンハン事件で辻が犯した罪で一番大きいのは陸軍刑法の擅権の罪にあたるモノです。これについて参謀本部がどう対応したかとその顛末を書かないワケには参りません。ここはほぼ正史になります。
中央の指示は、国境を固守し、むやみに動かぬ事だった。
<中央:東京の参謀本部(通称三宅坂)>
参謀本部稲田作戦課長「越境だと?とんでもないことだ」
事態を知った参謀本部は新京の関東軍本部に連絡を取った。
すぐに電報で参謀本部から撤回の要請を電送した。
指示を徹底するために、連絡将校が現地に向かった。
中央「聞いてないとは言わせない」
「今度こそ厳命である事を徹底する」
満州事変では関東軍の独断専行を許してしまった。
今度は徹底して勧告ではなく中止を命令する。
辻は連絡将校にトムスク爆撃は撤回された旨を報告した。
が、シベリア鉄道爆撃については黙っていた。
辻「聞かれなかったので答えなかった」
我意強ク、狡イ奴ニシテ、重用スベカラズと言われる所以だ。
トムスクでは苦力の諜報により爆撃に備えていた。
辻という参謀が中央を無視して、トムスク爆撃を強攻するという。
そのため駐機は周りの飛行場に分散配置した。
これで爆撃されても飛行場に穴が空くだけだ。
シベリア鉄道の分岐駅Тайга(タイガ)は無防備であった。
そこに爆撃機が飛来して、駐車中の貨物列車を吹き飛ばした。
シベリア鉄道は支線と本線の分岐点を爆撃され、運行不能となった。
燃料輸送の貨物車(タンク車)が炎上し、戦車も野砲も熱変形してダメになった。
ソ連軍の燃料は燃えて無くなり、増派の戦車も野砲も残骸と化した。
鉄路もひん曲がり、道床の砕石も飛び散って四散した。
分岐器を破壊されれば、復旧は時間が掛かる。
搬入/設置には人力ではなく、建機が必要になるからだ。
もうトムスクに燃料が届く事はなく、増派の兵も戦車もなしだ。
前司令フェクレンコは解任され、新司令ジューコフが着任した。
ソ連戦闘機はそれでも残留燃料で越境攻撃を仕掛けてきた。
3日後ぐらいからその切れ目ない攻撃がピタッとやんだのだ。
この攻撃は東京の参謀本部(通称三宅坂)には事後報告であった。
参謀本部稲田作戦課長「関東軍の独断専行だ」
関東軍はこのように電報で事後報告している。
「結果論としてソ連侵攻を食い止める事が出来た」
「認識と手段に於ては、些かの見解に差異があるようだ」
「北辺の些事は当方に任せ、中央は日中外交の解決に専念せられたし」
電報はそこで終わっていた。
稲田「些かの見解の差異?よく言うよ」
「どうやら独立国家にでもなったつもりか」
「もはや捨て置くことは出来ん」
「この電報の起案者の辻政信というのが首謀者のようだな」
「決裁/連帯にも記名がないし、なんだこの(代理)というのは」
辻は自ら軍司令/参謀長に代わって電報を発信していた。
これは陸軍刑法では擅権の罪に該当する。
35条<外国ニ故ナク戦闘ヲ開始シタルトキハ死刑ニ処ス>
37条<理由ナクシテ擅ニ軍隊ヲ推進シタルトキハ死刑又7年以上懲役>
38条<命令ヲ待タズ故ナク戦闘ヲ為シタル者ハ死刑又ハ無期懲役>
抄訳だが、この3つの罪に辻参謀は該当していたのだ。
死刑・死刑・死刑の三段重ねである。
稲田「この辻という男をなんとかせねばならん!」
もうガマンがならなくなって板垣陸相に相談した。
「戦場で血路を開き戦う兵士の勇武の勲しを否定はしません」
「だが辻参謀のやり方は明らかにやりすぎです」
「この辻という者を追放すべきです」
板垣「この男を買い被り過ぎだ、こいつは小物だよ」
「まあいいじゃないか」と黙認する有様だった。
板垣征四郎は石原莞爾と共に満州事変を起こした本人だ。
中央は前線を分かっていないと独断専行した経歴があった。
天皇に上奏する時も巧みに言葉を選んで独断専行を隠した。
そういった経緯もあり、辻を庇っていたようだ。
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前線ではソ連軍の動きが停止していた。
ソ連陸軍も自前の燃料でやり繰りするしかない。
もはや制空権は日本軍のもの。
ソ連陸軍も燃料が切れれば立ち往生だ。
立ち往生した戦車でもまだ砲台として使える。
ソ連軍の勇猛果敢さは見るべきモノがある。
彼らはかつてのザバイカル・コサック軍の末裔である。
ソ連が共産党政権になり1918年解散していたコサック兵。
その勇猛果敢さで恐れられたコサック兵が引かないのだ。
コサック兵A「引かぬ!ここが死に場所だ」
コサック兵B「もともと流浪の民よ!」
コサック兵C「今日は死ぬのに一番いい日!」
だが日本得意の夜襲を掛けると、ソ連陣地は大混乱に陥った。
ソ連の歩兵はとにかく夜襲が大キライのようだった。
ソ連軍はゲリラ戦の様相を呈するようになっていった。
戦車や装甲車の履帯はピアノ線のトラップに弱い。
ピアノ線が絡まって、履帯が動かなくなったり、外れてしまうのだ。
進攻を少しでも遅らそうと、知恵を絞ったらしい。
日本軍は履帯の前にワイヤーカッターを追加して対処した。
ソ連は増派どころか燃料も無く、食料さえ底をつき出した。
ソ連軍の戦車隊、野砲隊はもはや戦力を喪失していた。
弾薬が底をつき、発射出来るものはもうなかった。
あとはモロトフ・カクテル(火炎瓶)攻撃である。
急造対戦車兵器として戦車に肉薄して投げつけるのだ。
だが単独戦車ならともかく、日本軍は歩兵を伴っている。
あっという間に兵に射殺され、自らが火柱になってしまった。
次回はノモンハンの男(6/6)です




