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(本編完結)また第二次世界大戦かよ  作者: 登録情報はありません
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ノモンハンの男(1/6)

ノモンハンの男、それは ……。

ノモンハン事件の1年前。

1938年07月29日、張鼓峰(ちょうこほう)事件が起きる。


最初、日本軍は八九式中戦車などを投入していた。

しかし思惑通りには行かず、次々に撃破されてしまった。


その満州の荒野に1人の日本人が立ちつくしていた。

吹き荒ぶ風がよく似合う「作戦の神様」辻政信である。


「いかんなあ、こういうのは」

作戦参謀4人の内の1人辻政信は渋い顔だ。


そのころ辻政信は満ソ国境紛争処理要綱の草案をしたためていた。

度々のソ連の越境攻撃で日本軍は押し負けていた。


作戦にミスは無い、しかし肝心の戦車が弱いのだ。

対戦車/対戦車砲戦で日本戦車は撃ち負けていた。


「原因はまず第一に戦車の脆弱性にある」と辻参謀は感じていた。


ソ連戦車BT-5(45mm砲)/BT-7に対抗するには八九式では弱いのだ。

この弱いというのは語弊があるが、敵の砲弾が抜けるのだから仕方ない。


辻「八九式の想定は、対戦車戦用と言うよりは対機関砲陣地用だった」

「37mm砲弾が600mで貫通しないという事で装甲厚17mmにしたのだ」


「ソ連戦車BT-5の前面装甲厚は13mmだという、なのにナゼ?」

「なぜ撃ち負ける?日本の戦車だけがぶち抜かれ炎上する?」


7.92mm機銃で30mで貫通、13mm機関銃で200mで貫通の有様だ。

37mm対戦車砲なら(角度に関係なく)300m以内なら全て貫通した。


主砲も57mm戦車砲が初速が遅すぎて「弾道が見える」と言われる程だ。

そのために曲射撃ちになり、水平撃ちが出来ないという有様だった。


57mm砲がなぜ45mm砲に負けてしまうのだろうか?

それは砲の冶金技術と装薬(砲弾を発射する推進剤)による。


辻「砲の冶金技術がソ連のほうが上なのだ」

「だから初速の早い砲弾に撃ち抜かれてしまう」


「装薬の威力が足りないから撃ち負ける」

「かといって増やせば暴発する」


「八九式中戦車は既に時代遅れになろうとしている」

避弾経始(ひだんけいし)を設けて装甲厚を補う必要がある」


1920年の米クリスティー戦闘車が避弾経始(ひだんけいし)を使っている。

八九式中戦車は外形がほぼ直角で、あまり角度が付いていない。


また溶接でなく鋲打ちで、当て板がある分、重量も重かった。

また鋲打ちは着弾の衝撃で内側の鋲が吹っ飛び、車内で跳弾となった。

粘着榴弾(裏側が剥離飛散するスポール破壊)を自前でやる格好だ。


「さらに悩ましいのは06気筒120HPのエンジンだ」

「ソ連戦車BT-5はV型12気筒400HPだという」


馬力はそのまま速度に跳ね返ってくる。

BT-5が52km/hに対して八九式は25km/hしか出ない。


さらに不整地では、八九式は8km/hしか出ない。

歩兵が走ったら追い抜かされるレベルだった。


辻「こういうのはいけない」


彼は新型戦車(九七式中戦車)の増派要請を参謀本部に電信した。

新型が来るまではどうしようもなかった。


結局は冶金技術の問題なのかも知れないと辻政信は思った。

露国は世界最大のニッケル生産国である。


年間およそ30万トンのニッケルをソ連はウラル近郊で生産する。

年間およそ15トンのニッケルを日本は大江山鉱山から生産する。


その差なんと2万倍であった。

ソ連は宝の山の上に住んでいるようなものだ


ニッケルがなぜレアメタルでなぜ装甲に必要なのだろうか。

それはニッケルが鋼に粘りを持たせる添加物だからだ。


堅いだけでは割れてしまう鋼板に粘りを持たせて剛性を得るためだ。

日本には第一種~第三種まで防弾鋼板には種類がある。


第一種防弾鋼板はNi-Cr-Mo鋼だ。

これには剛性も靭性も充分にある。


<ただし組織の均一性が充分にある事が必要、日本は不充分だった>

組成が揃っていて、品質が不充分なのは冶金技術が劣っているからだ。


第二種防弾鋼板は資源節約のため、NiとMoを使っていない。

その代わり浸炭処理をして表面硬化を狙っていた。

その品質は第一種に比べて格段に劣っている。


第三種防弾鋼板は浸炭処理をやめて、その分肉厚で、もはや問題外だ。

「ヤスリで削ると削れてしまう」という皮肉が出る所以であった。


辻「何とかならんのか、なんとか」

彼は資源分布の地図を勝手に作っていた。


彼は作戦参謀で資源課の仕事はお門違いであった。

そう言うところが辻の嫌われる所以であった。


中国大陸にはまだ日本よりマシな鉱山があった。

モリブデンは満州北部伊春市の鹿鳴モリブデン鉱山がある。


ニッケル鉱コバルトは中国でも産出するが奥地と南部に偏っている。

広東韶関市の大宝山銅多金属鉱、福建上杭県の紫金山銅金鉱区などだ。


ニッケル鉱もモリブデン鉱も鋼板の調質に関係するレアメタルだ。

有望という鉱山でもレアメタルの産出量は異常なほど少なかった。


現地に向かった辻参謀は、その採掘方法に呆れた。

辻「人力かよ、これじゃあどうしようもないな」


中国の鉱山に重機はなく、多くの鉱夫が手掘りで採掘していた。

その効率は「推して知るべし」で効率が悪く採掘量も上がらない。


現地を飛び回って、辻参謀はそのひどさを肌で感じていた。

辻「こっからやらんとイカンのやろうなあ」


彼の越権行為は今に始まったことではない。

こういうのは軍令部参謀が首を突っ込む仕事ではない。


行政機関の軍政部にある陸軍省整備局資源課の仕事である。

しかし行政には書類が「なが~い事」掛かって審査がある。


役人が現地で調査をすることは決してない。

調査会社を現地で調達して、現地で調べさせる。


その調査書をエアコンの効いた本庁で事務的に審査する。

有望なら現地で採掘が始まるという塩梅(あんばい)である。


こんな悠長な事では、ノモンハンでの戦闘は終わってしまうだろう。

そこでまた辻は「悪巧み」を思い付いた。


軍では毎年の鉄鋼割当量を陸海軍に割り振る軍議がある。

辻は有力な埋蔵量のある6つの鉱山を3対3で割り振った。


そして陸軍には「海軍が先に試掘している」と吹聴した。

そして海軍には「陸軍が重機を投入した」と言いふらした。


これはウソではない、辻が独断専行で勝手にやっている事だ。

役人があわてて現地を調べさせるとそれらしい動きがある。


陸軍/海軍「こりゃあ大変だわい!」

陸軍/海軍はあわてて我先に採掘に着手した。


辻は次に鉄工所の難儀な問題に首を突っ込んだ。

冷間圧延鋼板の材質についての問題であった。


この材質は結局生産技術の問題でもあった。

防弾/特殊鋼材の製造上の諸問題、非金属介在物と鋼の品位の問題。

ほかにも品質管理における測定/分析法まで問題は山積みだった。


これらについては日鉄の東京技術研究所が当たる予定だった。


中松「また軍人の横槍か催促か」

辻という参謀が工場を訪れるという。


社長の中松真卿(なかまつしんけい)は無教養な軍人を馬鹿にしていた。

だがやって来た辻参謀は、ちゃんと一夜漬けながら知識を蓄えてきた。


河豚計画に参加していた陸軍大佐安江仙弘の紹介で1人の民間人に会う。

冶金工学に詳しい鮎川義介、その人である。


鮎川は1人の友人を紹介した。

それが白洲次郎であった。


白州は当時英国全権大使だった吉田茂と面識もある俊豪(しゅんごう)だ。

鮎川「彼を連れていけば役に立ちますよ」


彼らは研究所の事務室に通されると、早速白州が弁舌を振るった。


白州「粒界偏析による例が低合金鋼の高温焼戻し脆性であるが」

「結晶粒微細化による靭性/延性の向上に期待したい」


白州は室内の隅の黒板にカツカツとチョークで表を描き始めた。

縦軸に強度、横軸に加工をとった放物線グラフだった。


みるみるうちに中松社長の顔から血の気が引いていく。

軽い世間話から始まると小馬鹿にしていた社長の顔が引き締まった。


中松「加熱温度/冷却時間、温度管理、組織構造の光学顕微鏡検査」

「やらなければならない事が山積みで、まず光学顕微鏡がありません」


今度は辻の出番である。

持ってきた荷物を紐解くと顕微鏡が現れた。


辻「金属を観察するならこういうモノが必要だろう」

「サンプルをお持ちした、これでいいか?」


それは独ツァイス社の双眼偏光超解像顕微鏡だった。

回析光と直進光の調整リングが付いた最大1600倍のバケモノだ。


中松「独国で開発中と聞いておりましたが」

社長の声は震えていた、夢のような機械だったからだ。


金属表面は不透明だから、標本に透過光は仕えない。

落射照明といって凹面反射鏡を利用した均質照明が必要だ。


この顕微鏡は不透明標本観察用にそのオプションが組み込まれていた。

金属組織を観察する金相学には必要な機械だったのだ。


辻「これを20台用意できるが、やってくれるかな?」

白州は欧州を巡る横浜の貿易商人という一面もあった。


かれなら舶来の機械も容易く入手出来るだろう。

こんなチャンスはめったにない。


これを蹴ったら職人魂が廃るというものだ。

中松真卿「やらせていただきます」


後でさらに倒立顕微鏡も1台だけ納入されてきた。

中松「この辻/白州コンビの頭の中はどうなっておるのだ?」


「金相学についてどうしてこんなに詳しいのだ」

「辻は軍部の作戦参謀/白州は貿易商人だと聞いているが?」


白州が勤務する横浜の外資系商会「セール・フレイザー」

ここは機関車や兵器を扱う重機の業者なのだ。


鋼板の靭性/延性に詳しいのはこの為だった。

こうして日鉄の東京技術研究所は冶金科学を学び始めた。


200年遅れていた日本の冶金技術は顕微鏡検査で一変した。

やがて何万回という試行錯誤の末、ついに最適値に辿り着く。


日本の金属研究者は冶金技術についてはかなり詳しい知識がある。

だが冶金科学についてはほとんど何も知らなかった。


英独仏露が金属の相(共析/共晶)について研究していた18世紀。

日本はまだ江戸時代の後期に差し掛かったところだった。


その後、技術では追い付いたが、科学は後回しにされた。

辻/白州はその科学をサルベージしたのであった。


こうして結晶が粗粒で脆性が大きかった日本の金属は一変した。

結晶粒微細化による均質鋼板でないと加工自体不可能だ。


撓鉄加工などでは過熱と冷却を繰り返し、鋼板を自由自在に曲げる。

鋼板組織が粗粒だとあらぬ方向に曲がってしまい作業にならないのだ。


日本は当時米国の良質な鉄鋼スクラップを輸入していた。

この輸入鉄クズを電気炉で融解していた。

これが手っ取り早く良質な装甲板を得る方法でもあった。


だが依存しすぎた日本は、国内の冶金能力をおざなりにしていた。

辻/白州は鉄クズに依存する製鉄業に一石を投じたのだ。


もう輸入に頼らずとも国内で良質の均質鉄鋼を製産するメドが立った。

辻「もう大丈夫、冶金技術は独り立ちできる」


ちなみにこういうのも作戦参謀の仕事ではなかった。

陸軍省整備局工政課「狡っからいヤツだ、オレたちのナワバリを」

辻政信は自分の職務を越えた参謀で、平民や兵士からは今様水戸黄門と呼ばれ、上層部から独断専行ぶりを嫌われた毀誉褒貶(きよほうへん)が絶えない人物です。組織を越えて自分勝手に独断専行、組織の枠を越える事は当時御法度でした。こういう人物は組織ではなく研究所でやり手の学者として働くべきでした。ここで白州次郎が登場、辻政信をサポートします。最初は辻1人で八面六臂の大活躍として書いたのですがムリだったので書き直しています。

次回はノモンハンの男(2/6)です

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 辻が出て来てしかも持ち上げたので嫌悪感しか抱けず離脱します。 [一言] くそ程書かれる東亜戦争物、その知識量には感服いたします。 が、殆どの物と同じく終始ご都合主義な変換結果しか描かれ…
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