南京事件(2/4)
南京に近づくにつれて兵站が頼りなくなっていきます。それを助けてくれたのが青幇でした。この章はすべてIF歴史です
日本軍「なんだよ、なにもないじゃあないか」
焼け野原になった大地に飢えた農民たちが立ちつくしている。
こうすれば現地調達を旨とする攻撃側は何も利用出来ないというわけだ。
この惨状を特派員記者はバンバン撮影し、記事にし、全世界に電送した。
<堅壁清野、中国人が中国人を殺す!>
この文字が翌日の欧米の新聞の第一面に踊った。
写真は漢奸のさらし首が入ったカゴが電柱にぶら下がったものだった。
焦土作戦はしようがない、敵の現地調達を絶つ軍事作戦のひとつだ。
また先ほどの便衣兵の例のように、日本軍も斬首はするのだ。
だがその遺体はキチンと埋葬し、座標を記帳している。
戦争が終われば、遺族が判明し、家族が引き取るかも知れない。
これはプロパガンダかもしれないが、記者の前ではそう振る舞った。
だが中国軍の漢奸に対する扱いは想像を絶するものだった。
無実の一般人を斬殺、さらし首にした処断はいただけない。
あまりにも残酷な写真には全世界の人々が怖気を振るった。
特にルーズベルト大統領はカンカンに怒っていた。
折しも100機の戦闘機を中国に融通しようとしていた時期だ。
ルーズベルト「フライングタイガースを呼び戻せ!」
「当面の間、中国支援は人道的医療・食料支援以外は打ち切る」
メディア戦略は早い者勝ちなのだ。
後でどんなに説明しようが、それは言い訳だった。
英国はそれ見た事かとニヤニヤしていた。
「チャイナは10年に1回、叩きのめさなければならない」
これは英国首相パーマストンの名言である。
英国は中国にとっての仇敵のようなものだ。
蒋介石「日本がメディア戦略に気付いてしまった」
「それを教えてしまったのは我々という事になるが」
蔣介石は頭を抱えてしまった。
残るのは後退作戦のみだ。
中国の広大な大地を、奥深く後退してゆく。
それを追って日本軍は奥深く進撃してゆく。
日本軍の兵站は伸び切って、やがて切れてしまうだろう。
それはすでに南京進撃作戦でも、少しづつ現れていた。
南京に迫るにつれ、段々と日本側も補給線が細くなっていく。
燃料弾薬はもちろん、食料の現地調達も怪しくなってきた。
影佐大佐「まあこうなる事は想定済みだがね」
彼は現地から上海に飛んだ。
そして、勝手知ったる大世界娯楽センターにやってきた。
青幇の頭目張嘯林に再び面会するためだった。
影佐禎昭はかつて上海で中国秘密結社と関係があった。
里見機関は、青幇や紅幇と連携していた。
青幇も紅幇も元は陸海運の流通業者である。
影佐大佐は彼らに流通の一切を任せようとしていた。
青幇頭目の張嘯林は日本に理解がある。
影佐大佐は上海の張のオフィスに通された。
張「里見機関の上部組織のお出ましか」
影佐「なんでもお見通しですな」
影佐「単刀直入に申し上げて、助けて頂きたいのです」
張「南京補給路の件か、そこまで親日ではない」
「中国人として日本軍の侵略には手を貸せない」
「もっとも別の理由でならその限りではない」
影佐「これは日本人の侵略の手助けではありませんよ」
「墨子思想にも沿う立派な行いになるのです」
影佐と張は長い間話し合っていた。
張「東欧ではそんな事になっていたのか?」
影佐「やがてはこのアジアにもその影は忍び寄ってくる」
「いま、兼愛交利に目覚めなければ、手遅れになりますぞ」
張「兼愛交利か、痛いところを突く」
影佐「それだけではありません」
「商業/金融界をリードしている”彼ら”と手を結べば」
張「我ら中国人/華僑は世界に無数に散らばっているからな」
影佐「世界の商業/金融界の双璧を成すグループが合体する計画です」
張「わかった、兵站輸送に全力で手を貸そう」
「それで、どんな方法で陸路を貨物輸送しようというのだ」
日本側は連結トラックによるロードトレインによる大量輸送を提案する。
車両長なんと1475m、総重量1300tの110台連結車両による貨物輸送である。
張「長さが1kmを超えるトラック!」
張は目を見張った。
張「ロードトレインか、アタマおかしいのとちがうんか?」
影佐「気宇壮大と言ってくれたまい」
物流は国民生活に欠かせない産業の血液である。
鉄道は破壊されれば復旧には時間が掛かる。
だが道路はそうではない、迂回はいくらでも出来た。
ロードトレインは4単位で1補給隊を成す。
総量は5200tで貨物船の6000tに匹敵する。
これが毎日戦場と補給基地を往復した。
整備された直線道路がなければとても田舎道では走行出来ない。
これを中国軍遊撃隊が見逃す筈がなかった。
中国軍独訓練師団の3.7cm PaK 35/36対戦車砲が狙いを付ける。
兵士A「日本の自動貨車め、砕け散れ!」
兵士B「待て!あれは青幇の旗とちがうか?」
兵士A「な、なんだとうっ!」
排気量19000cc、650HPの先頭車は旗を掲げていた。
はためく帆布には青幇のシンボルが縫い取られている。
兵士C「やばい、まずいっ、砲を引っ込めろ」
「蒋介石司令官は青幇出身だ、撃つわけにはいかん」
兵士A「どうなってるんだ?青幇の旗は本物だったぞ」
兵士B「何か我々の知らない思慮があるのかも知れない」
兵士C「青幇を誤射すれば銃殺刑ものだ、今は動勢を見守るしかあるまい」
遠ざかって行くロードトレインを遊撃隊は唖然と見つめていた。
遊撃隊は本部に何も報告しなかった。
もし本当に日本軍の輸送隊を撃ち漏らしたら漢奸として銃殺刑だ。
だが青幇の輸送隊を撃っていたら誤射だとしても銃殺刑だ。
兵士全員「何も見なかったことにしよう」
戦争というモノはかくも不条理なものなのだ。
定着宣撫班は弁公処という拠点を守備隊とは別に設けた。
ロードトレインはこちらの弁公処を目指して驀進していた。
やがてとんでもない量の物資が弁公処に到着した。
食料、燃料、衣類、農機、畜獣、医薬品etc。
一刻の猶予もならないのは衣食住、特に食料であった。
そこで米、小麦粉、砂糖、潮、落花生、胡桃、漉し餡や黄粉が配られた。
陝西省の西安には回教徒を先祖に持つ回族街というのがある。
そこではイスラムのお菓子「胡桃酥」「花生酥」が名物だ。
胡桃はクルミ、花生はピーナッツで材料は全て揃っている。
これを日本人シェフが器用にかまどで焼き上げた。
他にも緑豆糕や白糖涼糕も作られた。
でも一番簡単に作れる麻花は大人気だった。
貧相な農民の中には初めてお菓子を口にした者もいた。
お菓子は日持ちがするモノでみんなが欲しがった。
農民たちは日中どちらの兵士も恐れていた。
特に中国軍は焦土作戦とか言って全てを持ち去っていたからだ。
日本兵はきっと何も無い事に激高して、腹いせに農民を殺すだろう。
そう信じていたが、結果は真逆だった。
農民A「これじゃあどっちが匪賊だかわからんな」
農民B「農機があればまた農業が始められる」
農民C「牛もニワトリもガチョウも帰ってきた!」
衣料は米国製、英印製、欧州製と様々な生産国をあえて選んだ。
日本製の着用は漢奸狩りの対象となり、直ちに虐殺されたからだ。
煮炊きの燃料の薪も毎日入荷していた。
1日5200トンの物資はおそるべき物量であった。
だが後述のノモンハン事件ではソ連もそれと同等の輸送量を誇る。
シベリア鉄道の輸送は本物の貨物列車による大量輸送だからだ。
汚染された井戸もその水脈ももう使えない。
井戸水は帯水層に貯留された地下水を使っている。
透水層を通った雨水などが粘土や岩盤で貯留される。
地下断層もあってその分布は一様ではない。
軍隊には誰も地下深部の地質環境の専門家がいない。
水利と水脈の専門家が日本から派遣されてきた。
汚染された井戸から離れた地下水を捜せばよい。
大腸菌検査をして出来るだけ近傍を調査した。
2km離れた地下300mに被圧帯水層が見つかった。
被圧地下水の自噴したものを浄水して使用する。
浄水場が設けられ、各家庭に水道が出来た。
水道水も浄水も飲むのが初めてな者ばかりだ。
かつて日本軍の食料徴発は現地調達であった。
徴発には軍票を用いるが、中国の田舎では通用しない。
そこで強奪・略奪となるが、これは下策としか言いようがない。
逆らう農民を殺傷すれば逆賊を生む種を撒くようなものだ。
それは最も厄介な「パルチザン」を生む。
消耗を強いられるのは日本軍だ。
自軍で兵站を供給出来なければ、占領地から撤退するしかない。
戦争は結局、兵站との戦いなのだった。
それを青幇という地元有力者との輸送合意にこぎ着けた日本軍。
お互いWinWinの関係となり、これは上策であった。
日本は欧州の趨勢が東洋に及ぼす影響を注視していた。
「欧州の天地は複雑怪奇」と突き放した某首相もいた。
だが大使館に勤める公僕たちは欧州をよく理解していた。
参事官(駐在武官)には粗忽者も多いがインテリも多い。
彼らが根回しをしながら、密かに計画を立てていた。
このロードトレインは実際にあったモノです。同じ構成で100m牽引して2004年10月17日にギネスに登録されました。ここでは実用としてIF歴史で使わせてもらいました。中国のお菓子は、戦時中砂糖が支給品であった事によります。砂糖と小麦粉は贅沢品だったのです。それを真っ先に振る舞ったのは、影佐のメディア戦略でした。次は南京事件(3/4)です




