福原亜希乃
静かになったバスの中を見渡す。
バスには、女子生徒が二人残っているだけだった。
一人目は、ぼくのとなりに座っていた如月弥生。自己紹介の時の名前の由来が印象的だったから覚えていたけれど、バスの座席が隣同士で、さっきはじめて話した。
ころころとよく笑って、よくいえば人懐っこい、悪くいえば脳天気な少女。
二人目は、福原亜希乃。狭間とその取り巻きたちにいじめられていた女の子だった。チワワを彷彿とさせる小さい体格で、常になにかに怯えているように見える。
今も助けを求めるように、おろおろと周囲を見回しながら、携帯電話を握り締めて必死にどこかに連絡を取ろうとしている。
ようやく、まともな反応に出会えた気分だ……。
狭間という扇動者によってバスの外に飛び出していった連中を思うと、ぼくは感動してしまった。
「あ、あの……っ」
電波のつながらない携帯電話をあきらめて、福原さんが顔を上げてぼくらを見た。
「如月さんと、古河くんのスキルは、なんですか……?」
問いかけの意図がわからず、ぼくと如月さんはすぐに答えられなかった。
「わ、わたしのスキルは【マスターオブヒール】って……その、治癒系の魔法を全部使える能力らしいんですけど……」
「おぉ、ヒーラー! パーティーに一人は必要だよね!」
「如月さん、うるさい」
「ちぇー、あたしは【物質修復】だって。壊れたものをなんでも元通りに修理できる力みたい。クレイジー・ダイヤモンドだね!」
クレイジー・ダイヤモンドがなんなのか、わからない。
福原さんは、ガクッと肩を落してから、すがるようにこちらを見る。
「こ、古河くんは……?」
ぼくは用心する。
このスキルがぼくらに与えられた勇者としての力で、これを頼みの綱として異世界サバイバルをしていかなければいけないのなら、手の内をさらすのは得策だろうか。
「申し訳ないけど、どうしてぼくのスキルが知りたいんだ?」
「それは、その……」
福原さんは、しぼりだすように告げる。
「死にたいん、です……」
あまりにも唐突な自殺志願。
ぼくと如月さんは、思わず顔を見合わせる。
「なんで、死にたいんだ?」
「狭間が……狭間たちがリーダーになったら、地獄です。そんな場所でいじめられて生きていくくらいなら、今ここで、苦しまないで死ねるスキルがあったらなって……」
「なるほど」
ぼくは腕組みをして、うなずいた。
「ええ!? そこで納得するの? やめなよ、生きてりゃいいことあるよなんていえないけど、せっかくファンタジーで異世界なんだよ! エルフも猫耳獣人も見ないで死んだら絶対に後悔するよ!」
如月さんはうるさい。
「残念だが、ぼくのスキルは【スライム騎乗】っていって、スライム一匹を自在に操ることができるってだけだ。役に立てそうにはないな」
「そう、ですか……」
「加えていうなら、死にたい奴を殺してやる義理もない。この世界に法律があるかどうかは知らないけど、他人のために前科者になるのはごめんだ」
「す、すみません……」
縮こまって謝罪する福原さんは哀れで、その声の響きは切実だった。
異世界で、狭間のルールで動く社会に所属して生きるのならば死んだ方がマシだと、本気で思ったのだろう。
「けど、狭間の奴に好きにさせたら地獄になるっていうのには、同感だ」
「古河くん……?」
福原さんは顔を上げてぼくを見た。
バカが幅を利かせる世界にはうんざりだ。
元の世界に帰る手段はあるのだろうか?
ないのならば、せっかくなんのしがらみもない世界に来たんだから、ぼくの居心地のいい世界をつくろう。
ぼくは、バスの先頭のドアに足をむけた。
「古河くん、どこいくの?」
「情報収集だ。二人はここでジッとしていろ」
「え……?」
「狭間がいやなんだろう? このバスは、ぼくが占拠してやる」
運転席に刺さったままのキーを抜いて、それをポケットの中に突っこんだ。
バスを占拠するだけならば今すぐに発進させるのが一番だけれど、モンスター、スキル、異世界勇者などと、ゲームじみたタームを並べたてるこの世界はわからないことだらけすぎる。
無知でいることは、狭間より百倍も千倍も怖く、加えてぼくのスキルがスライムに依存する以上、スライムの確保も急務だ。
【スライム騎乗】……どう見積もっても外れクジを引いたな。
如月さんや福原さんの【マスターオブヒール】や【物質修復】だったら、迷わずにぼくは馬鹿共がいなくなってスッキリとしたこのチャンスに、バスを発進させていた。
「ちょ、古河くん! どうしてバスの鍵もってっちゃうの!?」
「そのまま差しておいたら、あんたらが乗り逃げするかもしれないだろ」
「はぁ!? そんなこと考えるの古河くんだけだよ」
戸惑いの声を上げる二人の少女は放っておいて、ぼくはバスの外へと飛びだした。
古河奏人のスキル……1つ