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異世界へ

 気怠い修学旅行の帰り道。

 ぼくらを乗せたバスがトンネルに入った瞬間、それは起こった。



 強烈な光。


 真っ白い闇が視界を塗りつぶして、晴れたときには、バスは見慣れぬ荒野にあった。


「なんだ、これ……」


 窓の向こうに広がる、空と大地を真っ二つに切り分ける地平線。


 延々と、どこまでも広がる黄土の大地。


「いつっ――」


 鋭い痛みが右腕に走る。

 見ると、薄緑色の文字が、浮かび上がっていた。



古河奏人

クラス【異世界勇者】

スキル【スライム騎乗】

 効果:スライム一匹を、自在に操ることができる。



 はじめて見る、幾何学模様じみた文字。


 なのに、それは何故か読むことができて、頭に知識が流れ込んでくる。


 スライム……?


 訳がわからずに、ぼくは辺りを見回した。


 一緒にバスに乗っていたクラスメイトたちが、一様に薄緑色の文字が浮かぶ右腕を眺めている。


「異世界キターーーーーーーーーーーーーーーーーっ」


 すぐ前の席に座る男子生徒の一人が、立ち上がってガッツポーズをとる。

 狭間達夫。クラスのムードメーカーで、ガキ大将気質。いつもその場の中心にいないと気の済まない目立ちたがり屋だ。


「オレのスキルは【斬鉄】だ! 効果は触れたものを何でも切断することができる。やべぇ、チートだぜこれ!」

「オレはスキルは【ドラゴン変身】。全長10メートルの巨大竜グレートドラゴンに変身できるスキルですってよ!」

「あ、あたしは【気配遮断】! どこにでも隠れられるって……ねぇ狭間くん、役に立てるかなっ?」


 え? え……?


 なんでみんな、この状況で笑っていられるんだ? バカなのか?

 呆然として戸惑っているぼくに、隣に座る女子が声をかけてきた。


「どきどきするね、古河くん」


 彼女の名は、如月弥生。

 二月と三月の旧暦が並ぶこの姓名の由来は、うるう年の二月二十九日が誕生日だからだという。

「どきどきするって」

「え? 古河くんは見なかったの? 私たちは異世界勇者で、生き延びるためのスキルを与えるって」


「異世界、勇者……?」


 首をかしげるぼくを、如月さんは逆に不思議なものを見るみたいに、見返してくる。


「あたしたちは、これからこの世界の危機を救うんだって」

「そんなの、ぼくは聞いてない――」


「モンスターが近づいてきてるっ!」


 ぼくの声をかき消すように、パソコン部の磯部が声を上げた。


「ボクのスキルは【察知】だ。半径五百メートル以内にいるモンスターがわかる。スライムだ」


 バスの中は、異様な熱気に包まれていた。


「スライムか……」


「初めて戦うモンスターとしては、おあつらえむきだな」

「俺の経験値にする!」

「いや、俺の【サモンソード】の錆にするっ」


 新しい玩具を手に入れた子供みたいにはしゃぐクラスメイトが、ぼくにはわからなかった。


「こいつら……なんでこんなに浮かれているんだ?」

「そりゃあ、いきなりファンタジックな世界に連れてこられて、ゲームみたいな力を手に入れたら、誰だって興奮するでしょ?」

 ぼくの疑問に、如月さんが答える。

「ぼくはしない」

「えー、だって勇者だよ、ファンタジーだよ、剣と魔法の異世界だよ! ノリ悪いよ」


「バカじゃないのか?」


 ばっさりと切り捨てて、こんなときに音頭を取るべき担任の教師を探した。


 いない。


 担任の坂口がいた席は、最初から誰もいなかったみたいに空席になっていた。


「おい、先生がいないぞ」


 ぼくが声を上げても、周囲の反応は薄い。

 席を立って、バスの運転席をのぞき込んでも、もぬけの殻だった。

「どういうことだ……? なんで、先生とバスの運転手だけ……」

 戸惑うぼくの後ろを、狭間をはじめとするクラスメイトたちが通り過ぎ、バスの外へと出ていこうとする。


「待てよ!」


 そいつらに、ぼくは思わず怒鳴りつけていた。


「ああ?」


 先頭の狭間は、ふり返ってこちらをにらむ。

 日焼けした浅黒い肌にぎらついた獣のような眼光。

 自己顕示欲の固まりみたいなこの男は、常に学年トップの成績をキープするぼくを目の敵にしている。


「お呼びじゃねーんだよ、ガリ勉は引っこんでろ!」


「でも、先生もバスガイドもバスの運転手もいない……尋常な事態じゃない、うかつに動かないほうがいい」


「ハッ!? 大人がいなきゃなんにもできねぇのかよ! そいつらは勇者の資格がなかったってことだろ?」


 自分は選ばれたものだと、躊躇なく断言できる狭間の思考は、ぼくには理解できない。

「バカか?」そういいかけて、口をつぐんだ。

 狭間の顔には、陰湿な笑みが張りついていた。

 異世界、大人がいない……すなわちここにはもう、守るべきモラルがない。

 リーダーシップを発揮し、みんなの先頭を行くものが、ルールそのものとなる。

 そんな、チンピラみたいなことを考えていそうな顔だった。


「勇気のある、勇者たる資格のあるヤツだけがついてこい!」


 バスの外へと飛び出していく狭間。

 彼のあとに続く者は、多かった。

 教室社会における、狭間の影響力は甚大だ。

 ノリがよく、女子にモテて、笑いものにしていい者とそうでない者を峻別する。

 教室社会には、生け贄が必要だ。

 狭間はその生け贄を見つけ出すのが得意だった。

 そして、真っ先に石を投げられる男だった。

 高校に入学してからの二年間、ぼくはあいつと同じ教室で、そうやってのし上がっていくのを横に見ながら、心の底から、蔑んだ。


 まずいな……。


 このわけのわからない状況で、学校の教室と同じようにあいつが強大な発言権を持ってしまったら、それは地獄だ。


 モラルなき異世界、どこまでも広がる茫漠たる荒野……ようやくぼくは、ここでサバイバルをしていかなければならないのだと、理解した。


古河奏人のスキル……1つ

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