一学期中間試験
突然だが、お辞儀には座ったままする座礼と立ってする立礼があり、『真』『行』『草』という三種類に分けられる。『真』のお辞儀は丁寧な礼、『行』のお辞儀は中ほどの礼、『草』のお辞儀は簡素な礼。茶道では、これらのお辞儀を相手や目的によって使い分けることになる。
何故そんな話をしたのかというと、今、私の目の前で京香先輩が友子部長に向かって、美しい『真』のお辞儀をしているからだ。
「勉強を教えてください」
京香先輩の声には悲壮感が漂っている。
「あらあら京香ちゃんどうしたの?去年は赤点を取っても笑ってたじゃない」
「う・・・実は、母親から今年は一回でも赤点取ったら、私の推しグッズを全て捨てると予告されました」
「それは・・・お気の毒に」
「まだ捨てられてません!!お願いします。部長が受験生という事は重々承知の上で!」
どうやら京香先輩は勉強が苦手らしい。運動神経はあんなに良いのに・・・。
「そうね~。あ、そうだ。どうせなら部室でみんなで勉強会をしましょうか」
「みんなで?」
「ええ。勇気や雪吹ちゃんも一緒にね。机は立礼のものを使えば良いでしょう」
「部長~」
「私も良いのですか?」
「京香ちゃんも先輩になったのだから、後輩のために勉強なさいな」
そんな会話をしたのが先日のこと。試験の一週間前は部活動が休みになる。とりあえず、試験の三日前に集まることになった。
余談だが、生徒会との6月のミーティングは中間試験についてだった。生徒を代表するクラス委員は特に精進するようにとは副会長からのお言葉だ。
勉強会当日になった。私は武士に一声かけてから部室へと向かった。
勉強会が始まると、案の定、友子部長は京香先輩にかかりきりになった。
私はというと、友子部長が保管していた一年生の時の一学期中間試験の問題をお借りして勉強していた。一緒に回答も預かったが、友子先輩の試験結果は全て九十点以上だった。付け加えると、国語と歴史は百点だった。
「違うわ京香ちゃん、簡単な計算ミスよ」
「ど、どこですか?」
「それは自分で探さないと~」
二人の会話を聞きながら、黙々と数学の試験問題を進める。最初の方の計算式は良いのだが、後ろの方の文章題が苦手だ。
悩んでいると、勇気先輩が心配して声をかけてくれた。
「雪吹くん、文章題は苦手?」
「そうなんです。途中までは、こうかな?って思うんですけど、段々とこんがらがってくるんですよね」
「それなら、分かったところまでは回答に書いた方が良いね。頭の整理も出来るし、途中式で加点してくれる先生も居るから・・・」
「なるほど・・・ありがとうございます」
「分からなかったら遠慮なく質問して」
勇気先輩、優しいな~。もちろん、友子部長も優しい。優しいんだけど・・・。
「京香ちゃん!『源氏物語』を知らないの!?」
「ごめんなさい~」
ヒートアップしてる・・・。
「姉さんは歴史が大好きだから。平安時代も好きなんだけど、一番は戦国時代」
「ああ、分かります。千利休が出てきますからね」
その後も京香先輩の悲鳴を聞きつつ、勉強会は終了した。
そして試験を終え、結果が出た。京香先輩は、なんとか赤点は免れたそうだ。グッズの無事を喜んでいるが、試験はこの一回で終わらないことを教えておくべきだろうか。
「雪吹ちゃん。学年2位おめでとう」
「ありがとうございます。友子部長の過去問題のお陰です」
そう。なんと私は学年2位になってしまった。ウチの学校は30位までの試験結果が張り出される仕組みだ。
学年2位になったのは、前世の記憶のお陰ではない。本当に友子部長の過去問題のお陰だ。なんと、数学の最終問題が一緒だったのだ。問題の使いまわしに感謝した。一番苦手な数学をクリアでき、他の教科も手応えを感じた結果が2位であった。ちなみに、一年生の1位は武士。ヒロインは4位。爽やか君は10位だった。ヒロインの『文』レベルが上がることだろう。
「また2位だわ。悔しいわね」
友子部長が順位表を見て呟く。三年生の1位は百合川副会長。3位は蓮見会長だった。攻略対象に挟まれている友子部長・・・スゴイ。
「生徒会の人たちって勉強できるんですね」
「そうね。一年生の頃から成績は良かったわね」
友子部長が私の耳元に寄ってきた。
「実は、一年生の時に百合川君を抜いて1位になったことがあるのよ。一回だけだけど」
「え!?そうなんですか」
「ええ。あの時は嬉しかったわ。だから、卒業までには、また1位を取りたいのよね」
そんなことを話していると黄色い悲鳴が上がった。生徒会長と副会長の登場である。
「百合川は相変わらず1位か」
「会長は3位ですか・・・いい加減、勉強したらどうですか」
蓮見会長は勉強せずに3位ですか。流石は攻略対象。スペックパネェ。
ふと、横を見ると友子部長がうつむいていた。
「友子部長、どうしたんで・・・」
「ああ、笹本さん。また2位ですね」
「百合川君・・・」
なんと、百合川副会長が友子部長に話しかけてきた。
「私に次いで2位とは、相変わらず凄いですね」
「いえ、まだまだです・・・」
・・・こいつ嫌味を言いに来たのか!ゲームの副会長の性格からして、友子部長に1位を取られたことを恨んでるな。逆恨みも良いところだ。
「友子部長は本当に凄いです!私たち後輩のために時間を割いてくれたのに2位なんですから!」
「ふ、雪吹ちゃん」
「だって、本当の事ですから」
副会長の態度に腹が立った。友子部長はアンタと違って、後輩の面倒も見てたんだぞ。
「おや君は一年生のクラス委員の・・・」
「椿山です」
「君も学年2位のようだね」
「ええ。友子部長が勉強を教えてくれたおかげです」
「・・・今年の一年生のクラス委員は成績が優秀でなによりです。でも、覚えておくと良い。1位でないと、意味が無いんだよ」
そう言って、副会長は生徒会長と去って行った。腹立つ。ゲームの時は「クールで格好いい」とか思ったけど、現実だとムカツク。
「雪吹ちゃん。ありがとう」
「私は本当のことを言っただけです」
どうか友子部長が1位を取って、副会長をギャフンと言わせますように。




