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美術館と偶然

 結局、茶道部に入部した新入部員は雪吹だけであった。ヒロインは風の噂で合唱部に入ったと聞いた。合唱部は文系に分類されていたはずだ。『文』のレベルが上がると、副会長と書記が攻略し易くなり、『武』のレベルが上がると会長、爽やか君に武士が攻略し易くなる。大団円エンドという名の逆ハーレムのためには『文』『武』ともにレベル上げが必要だった。


 部活動お試しウィーク中は毎日活動していた茶道部も、本来の週2回の活動となった。授業も学生の本分が勉強であることを思い出させるように厳しくなってきた。前世の記憶があるから楽であろうと思うなかれ。高校の勉強は難しい。


 やっと新生活に慣れてきたという時に、ゴールデンウィークという休みが入るのは罪深い気がする。五月病になる人、その気持ち分かります。


 さて、休み中は何をしようかと考える。ちなみに、武士は高校の部活動ではなく、道場の方のプチ合宿があるらしい。武士のママからの情報だ。

 乙女ゲーム的には、ゴールデンウィーク期間中はイベントが無い。ヒロインよ。自由に過ごしてくれたまえ。


 パソコンでネットサーフィンをしていると、興味のあるページにたどり着いた。


「ここに出かけてみようかな」


 やって来たのは、家から電車で一時間もかからない所にある小さな美術館だった。表に『中国の陶芸展』と書かれたポスターが貼ってある。


 茶道の影響かは分からないが、雪吹は陶磁器が大好きであった。古いものも好きだ。古いものを鑑定するテレビ番組は、毎週欠かさず見ている。美術館や博物館にも足を運ぶ方だ。茶道具だけの展示なら母も誘おうと思ったのだが、今回は違うため一人で来た。

 

 チケットを買って入館する。どうやら庭園もあるみたいだ。あとで散策しよう。


 展示室に入ると人はまばらだった。これなら一つ一つをじっくり見る事が出来る。入り口で貰った目録を片手に見物を始めた。

 雪吹が一番好きなのは祥瑞(しょんずい)である。祥瑞とは中国の明時代末期に焼かれた染付磁器のことだ。今回の展示には、祥瑞の水指があるのをホームページで確認してある。


(あ、あった)

 

 目的物の前には人が居なかった。よし、独り占めできると思いながら舐める様に見る。人によっては引く光景かもしれないが、雪吹は気にしていなかった。


(ああ可愛い。最高。この祥瑞の写真のポストカード、ミュージアムショップで売ってるかな?図録でも良いな。欲しいな~)


 ひたすらに集中していたので、声をかけられた時には(その声は周りに配慮して小さいものだったが)飛び上がらんばかりに驚いた。


「もしかして、椿山さん?」

「え?あ、笹本先輩」


 振り返ると茶道部副部長の笹本勇気が立っていた。


「こんにちは。偶然ですね」

「本当に。椿山さんは一人?」

「はい。笹本先輩は部長とご一緒ですか?」

「いや、俺も一人なんだ。良かったら、後で庭園を一緒に散策しない?」

「是非」


 一旦別れ、展示品を見終わった後に庭園の入り口で合流することにした。


 先に来ていた雪吹の方が、展示を見終わるのが早かった。ミュージアムショップをウロウロしてから、庭園の入り口で五分ほど待っていると笹本が現れた。


「ごめん。待たせたかな」

「いいえ。先輩こそ、じっくり展示を見れなかったのではないですか?」

「そんなことないよ。行こうか」


 二人で庭園へと踏み出した。桜は散ってしまっていたが、青紅葉が美しかった。機会があれば、今度は秋に訪れたい庭園である。


「椿山さんは美術館が好きなの?」

「そうですね。結構、いろんな所に行きます。陶磁器が好きなので」

「そうなんだ。俺は美術館や博物館の雰囲気が好きなんだ。だから休日は美術館と博物館巡りをしてる」

「素敵な趣味ですね」

「ありがとう。姉さんは茶道具があれば食いつくんだけど、今日は茶会に出かけてる」

「部長は本当に熱心な方ですね」

「うん。家でもよく割稽古してるよ」


 割稽古とはお点前の動作を分割して、部分部分で練習する事だ。


「分かります。私も暇だなって思うと帛紗さばいてます」

「あはは。姉さんと一緒だ。椿山さんが茶道部に入ってくれて良かった」

「私も熱心な先輩が居て嬉しいです」

「あ、そうだ。俺の事は『勇気先輩』って呼んでくれる?桐山さんもそう呼んでるし」

「・・・下の名前でお呼びするなんて恐れ多いです」

「思ってないな?」

「はい」

「『笹本先輩』だと姉さんも振り向くからさ」

「部長は部長とお呼びしますが・・・」

「『笹本部長』と『笹本先輩』?」

「それで呼び分けようかと」

「無理強いはしないけど・・・」

「いえ。有り難く本日より『勇気先輩』と呼ばせていただきます」


 庭園の散策を終え、勇気先輩と美術館の最寄り駅まで一緒に帰った。


 後日、部長の「自分だけ名字は悲しい」発言があり、全員が下の名前で呼び合う事になるのを、この時の私は知らなかった。

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