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入部と名前

 例のごとく門扉の前で待っていた武士と一緒に登校する。沈黙が心地よい人も居るかもしれないが、私は苦手なタイプだ。だから、今日も私が一方的に話し続ける。相づちが返ってくるから、独り言のようにはならない。


「私は茶道部に入るけど、武士は剣道部に入るの?」

「ああ」

「昨日、見学へ行ったの?」

「ああ」

「強かった?」

「・・・ああ」


 いつもこんな感じだ。武士はこの会話、楽しいのだろうか。まあ、うるさいと言われたことはないから良いだろう。


「今日、入部届を出そうと思ってる。武士も?」

「ああ」

「そう言えば、昨日の仮入部に隣のクラスの桜井さんも来たんだよ」

「ああ」

「武士、同じ幼稚園なんでしょ?」

「ああ」

「思い出したの?」

「母さんに聞いた」


 思い出してないのかよ。将来を誓い合った仲だろう?幼稚園時の約束を後生大事にしていたという設定は何処へ消えた!?


「かわいいよね。桜井さん」

「・・・」


 武士からの返事は無かった。しっかりしないと、他の攻略対象にヒロイン取られるからな。


 放課後になり、茶道部へと向かう。昨日と同じく、ノックをすると中から返事が返ってきた。今日も中で笹本部長と桐山先輩が準備をしていた。


「失礼します」

「椿山さん、今日も来てくれたの?」

「入部届を持ってきました」

「本当?嬉しいわ」

「やった。後輩が出来た」

「よろしくお願いします」


 入部届を笹本部長に渡す。


「顧問の先生に私から渡すわね・・・あら、椿山さんの名前って」

「分かりますか?」

「ええ、素敵なお名前」


 桐山先輩が入部届を覗き込んで首をかしげる。


「『つばきやまふぶき』・・・あ、『雪』と『吹』が反対じゃない?」


 そう。『ふぶき』は普通『吹雪』と書くが、私の名前は『雪吹』だ。


「そうか。京香ちゃんはまだ『雪吹』を見たこと無いのね」

「この辺じゃ、冬でも吹雪くほど寒い日はないですよね?」

「ふふ。違うわ。茶道具の『雪吹』のことよ」


 笹本部長がスマホを取り出して『雪吹』と検索した。


「これよ」

「これって、『棗』じゃないんですか?」

 

 『棗』とは薄茶、お抹茶が入っている入れ物の事である。


「正確には果物の棗の実に似ているものが『棗』。この写真みたいに円筒状で上下に同じように面がとってあるのが『雪吹』なの。天候の吹雪の中を歩くと、雪で天地も分からないから『ふぶき』。『雪』に『吹』の順番にしたのは、昔の人の遊び心ね」

「へえ・・・面白いけど難しい名前」

「そうなんです。説明するのが難しくて・・・小学校の頃『漢字が間違ってる』って言われた事あります」

「お茶をやってる人にしか分からないお名前だものね」


 笹本部長・・・良い人だ。優しくて説明も上手い。


「じゃあ早速、新入部員に手伝っていただこうかしら」

「はい。水屋仕事でもなんでもお任せください」

「あら。頼もしいわね京香ちゃん」

「すごい・・・和菓子目当てで入った自分が恥ずかしい」

「きっかけは何でも良いのよ」

「はい・・・。よろしくね椿山さん。雪吹ちゃんって呼んで良い?」

「あ、どうぞ」

「私も雪吹ちゃんって呼ばせてもらうわね」

「はい。改めてよろしくお願いします」


 茶道部は今日も立礼のようだ。机を運ぶのを手伝ったり、お菓子の準備をした。今日は干菓子のようだ。


「昨日の『糸桜』美味しかったな」


 桐山先輩が呟く。


「仮入部の初日は人が来るかなって思って、生菓子を注文したのだけど・・・例年、2日目からは人が来ないのよね。余っちゃうと勿体ないから」

「分かります。余ったお菓子って食べきれない時、ありますよね」

「私は食べれるけどね」


 三人で話しながら準備を進めていると、ノックの音がした。


「どうぞ」

「遅れてすまない」


 入ってきたのは背の高い男子生徒だった。おそらく先輩だ。


「雪吹ちゃん、紹介するわね。昨日いなかった副部長の笹本勇気よ」

「笹本勇気です。よろしく」

「椿山雪吹です。よろしくお願いします。あの、笹本って」

「部長と副部長は双子なんだよ」

「男女の双子だからか、似てないのよね。私は勇気の身長が欲しかった」

「姉さん・・・いつも言ってるよな」


 どうやら部長が姉、副部長が弟のようだ。


「我が茶道部はアットホームが売りだから」

「・・・本当に半分が家族ですね」

「そうね。冗談にならないわよね。部員、増やしたいわ~。さて、時間も勿体ないから始めましょうか」


 今日は副部長が亭主、部長が半東で桐山先輩が正客になるようだ。


「京香ちゃん、お正客がんばりましょうね」

「はーい。練習とはいえ、緊張するんですよね」

「分かります。お正客は何回やっても緊張しますよね」

「雪吹ちゃん分かってくれる!?」

「京香ちゃん、集中ね」


 ニコッと笑いながら笹本部長が言った。あ、この人、怒らせると怖いタイプだ。


 副部長が点前を始める。男の人のお点前って、何故か色気を感じるんだよね。頭の中を武士がよぎる。まあ確かに、武士も点前をしているときはカッコイイですが。顔もタイプですが。おっと、いけない集中集中。

 私は茶道の『音』が好きだ。茶筅の『シャカシャカ』という音はもちろん、帛紗をさばく音、釜からすくった湯を『チョロチョロ』と茶碗に入れる音・・・みんなが静かにしているからこそ聞こえてくる音。それらの『音』を感じられるこの空間が好きだから、茶道を続けられるのだろう。


 桐山先輩がたどたどしくも正客を勤め上げ、今日の部活動は終わった。


「明日は雪吹ちゃんがお正客ね。亭主は京香ちゃん」


 どうやら、そのおっとりとした口調と外見に似合わず、笹本部長はスパルタなようだ。桐山先輩が力なく「頑張ります」と答えていた。

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