『喫茶去』
友子部長が文化祭のために選んだ掛物は『喫茶去』。『ちょっと、お茶でも召し上がれ』といった意味の禅語だ。漢字数文字が一行で書かれた掛物を「一行物」とか「一行」と言う。書かれているのは「禅語」。仏教の一つである禅をも茶道で体感できるのは、奥深い事だと思う。
茶花には『すすき』を選んだ。『利休七則』に「花は野にあるように」とある。学生が手に入れることのできる自然な茶花だと感じた。
前日に机の設営をし、今日は文化祭当日。お客さんが来るより前に集まり、みんなで用意をする。友子部長が吟味して選んだ掛物も茶花も素敵だと思った。
「桜井さん、朝からすまない」
「いいえ。合唱部の発表は午後からですし、クラスの有志には参加していないので」
勇気先輩がヒロインと茶碗を出しながら会話している。普段の稽古では使っていない茶碗もあるので、先に洗っておくのだ。
「京香ちゃん、あんなに練習したんだから大丈夫よ」
「うう。はい」
「頑張りましょう」
こちらでは、友子部長と一緒に一番最初に平点前を行う京香先輩の緊張をほぐしている。文化祭が始まってすぐの方が、お客さんも少ないから緊張しないだろうという配慮だったのだが・・・。
「駄目です。取り柄杓が、取り柄杓が~!!」
「・・・ちょっと練習しましょうか」
「そうですね。時間までまだありますし」
文化祭は二日間の日程。平点前は京香先輩→友子部長→勇気先輩→雪吹の順で行う事になった。ちなみに、雪吹は京香の半東も務める。
「はい。水平になるまで持ち上げて・・・」
「友子部長・・・隣でずっと、それやってください」
「無理よ。頑張って」
「京香先輩、美しくですよ」
「了解です」
いざとなったら、半東の私がフォローしよう。そう思って気合を入れるのであった。
『文化祭一日目が始まりました。みなさま、どうぞお楽しみください』
放送部の放送が入る。
「では、二日間頑張りましょう」
「はい」
こうして、高校で初めての文化祭が始まった。
最初にいらしたお客様は、恐らく生徒の父兄であろう。なかなか学生らしき人が来ないのが毎年の悩みだそうだ。いくらか緊張のほぐれた京香先輩が点前を始めた。
お正客用の茶碗は紅葉柄だ。ありきたりだが、秋らしくて好ましい。京香先輩が点てた茶を運ぶ。茶碗の正面がお客さんの方へ向く様に置いた。わざわざ茶道部に来るだけあって慣れているらしい。しっかりと正面を避けてお茶を飲んでいた。
一組目のお客さんが帰り、水屋に戻って来た京香先輩は腰が抜けたように座り込んでしまった。
「き、緊張した・・・」
「ちゃんと出来てたわよ。京香ちゃん」
「格好良かったですよ」
「うう。ありがとうございます」
次のお正客候補が来たら、勇気先輩の出番だな。そう思っていると、なんと会長と副会長がやって来た。
「見回りがてら来たのですが、閑散としてますね」
副会長の嫌味にヒロインと顔を見合わせる。そして頷き合う。こやつ、友子部長の茶を飲みに来たな?
「友子部長、副会長に点ててあげたらどうですか?」
「え?でも順番だと勇気だし・・・」
「絶対、友子部長が立てた方が良いと思います!」
「そ、そう?」
ちょっと強引だが友子部長が亭主をやることになった。友子部長は茶道口でお辞儀をするところから美しかった。そして、友子部長の一挙手一投足をガン見する副会長・・・ちょっと気持ち悪いぞ。副会長の気持ちに気が付かなかったら、ただ睨んでるだけだと思っただろう。
その後、副会長は友子部長の点てたお茶を飲み「悪くなかったですよ」と言って去って行った。そんな態度じゃ、永遠に友子部長へ気持ちは伝わらないぞ!デレを見せろ。あ、最後の台詞が精一杯のデレ?
その後も三々五々とお客さんが来たが、疎らだったので水屋もそこまで忙しくなかった。
そうこうしている内に、武士がやって来た。
「武士、練習試合どうだった?」
「・・・勝った」
「お疲れ」
「ああ」
「では、私は一旦、抜けますね」
「ありがとう。桜井さん」
武士と入れ替わるようにヒロインが出て行った。
「武士、桜井さんの合唱、見に行かなくて良いの?」
「別に」
「そう・・・」
「落ち着いたから、見に行っても良いわよ?」
友子部長が気を利かせてくれる。
「見に行く?」
「・・・」
「せっかくだから、僕が行ってこようかな?」
そう言ったのは、勇気先輩だった。
「手伝って貰ってばかりじゃ、申し訳ない気がしてね」
「そうね。じゃあ勇気、茶道部代表で聞いてきて」
「分かった」
勇気先輩が部屋を出て行った。
「本当に武士は良いんだね?」
「・・・ああ」
なんども確かめてしまう自分は女々しいのだろうか。でも、ヒロインとの仲は気になるんだよ。
「あ、私、柊君のお点前が見たいです」
「こら、京香ちゃん。柊君は水屋のお手伝いよ」
「・・・良いですよ」
「やった」
武士、意外とノリが良いな。
「じゃあ、私が半東やります」
「友子部長、私とお客さんやりましょう」
客席に友子部長と京香先輩が座る。急な事なので、帛紗は勇気先輩のものをお借りした。武士が点前を行う様子を、感心したように友子部長が見ていた。
「すごいわね柊君。ウチに入部して欲しいくらいだわ」
「・・・ありがとうございます」
残念ながら、剣道部と茶道部は活動日が重なっている。友子部長は本当に惜しそうだった。
「次のお客さんが来たら、雪吹ちゃんが点前ね」
「はい」
そんな話をしていたら、誰かが和室に入ってくる気配がした。
「いらっしゃいませ」
「雪吹、来ちゃった」
「雪吹ちゃん。こんにちは。あ、武士も居る」
・・・私の母と武士のお母様の登場だった。