反復練習とツンデレ
九月に入っても、ちっとも涼しくならない。暑い二学期は、教室のエアコンへの感謝から始まった。本当にありがとうございます。
茶道部が活動の拠点にしている和室も涼しい。窓の外で活動する運動部を見ていて心の底から熱中症を心配する。
「はい。もう一回ね。最初から」
友子部長は京香先輩に付きっきりで平点前の練習を見ている。反復練習は大事である。京香先輩が少し泣きそうな表情なのは見なかったことにしている。
私はというと、勇気先輩と一緒にヒロインの指導をしている。
「そう、そこで一礼して」
「そんなに深くお辞儀しないで。角度はこれくらい」
ちなみに、立ったままするお辞儀も『真』『行』『草』の三種類がある。座礼と同じだ。
「点て出しは柊君と手の空いている部員がやるから、桜井さんは只管お運びをお願いすることになるな」
「飲み終わったものの回収もですよね」
「そうだね。あと、茶碗を洗うのもお願いすることになる」
「勇気先輩、お客さんは引っ切り無しにいらっしゃるんですか?」
「いや、満席になることは無いよ」
「京香ちゃん、置き柄杓をもう一回」
友子部長はスパルタだ。京香先輩の情けない返事が聞こえる。
「お茶のお稽古って大変ですね」
「一つ一つの動作が決まっているからね。反復練習あるのみ」
「他にお手伝い出来ることがあったら、言ってください」
「ありがとう。桜井さん」
ヒロインは本当に良い子だ。きっと浴衣姿も可愛かったに違いない。花火大会には爽やか君と一緒に行ったそうだ。つまり、爽やか君が好感度一位。武士じゃなかったことに、少しホッとする自分が居る事には目をそらす。
「事前に準備する事って、他にあるんですか?」
「そうだな。机の設営は前日だし、茶花や掛物は姉さんが考えてるから大丈夫」
「流石、友子部長・・・ハイスペック」
「代々、部長の仕事なんだよ」
「はい。じゃあ京香ちゃんは桜井さんと一緒にお運びの練習ね。次は雪吹ちゃん」
「「はーい」」
私も反復練習あるのみだ。帛紗を付けて友子部長の方へ向かった。
翌日は九月の生徒会とのミーティングだった。
「桜井さん。昨日はお疲れ様」
「椿山さんも。沢山、練習してたね」
「文化祭も近くなってきたからね」
「一年生。早く座りなさい」
副会長が早口で言ってきた。本当にこの副会長はクールキャラなのだろうか?
議題は文化祭について。要は羽目を外しすぎないようにという注意だった。
「浮ついて、勉強を疎かにしないように。以上です。解散してください」
副会長がミーティングを締めくくる。
「武士、帰ろう」
「ああ」
「椿山さん、私も一緒に良い?」
「もちろん」
帰り支度をしていると、会長と副会長がこちらへと寄ってきた。
「一年生のクラス委員は仲が良いんだな。『しゃくらい』?」
「さ、桜井です」
「会長・・・」
「悪い悪い。つい揶揄いたくなるんだよ。コイツ」
こ、攻略対象のほとんどが揃っている。生徒会書記だけ居ない。あ、まだ仕事してるのね。
「何か御用ですか?」
「ああ、百合川が聞きたいことがあるそうだ」
「副会長が?」
副会長が聞きたい事ってなんだろう・・・と思っていると、副会長はヒロインではなく私の方に向かって尋ねてきた。
「茶道部は・・・ですか」
「はい?」
「茶道部は文化祭で人数が足りているんですか!?」
・・・何を今更。
「助っ人も含めて6人おりますが・・・」
「文化祭の催し物の中では、人気が無い方とはいえ、6人で回せるんですか」
「い、一応・・・」
「一応では困ります。茶道部も我が花咲学園の部活動なんですから・・・」
失礼だし、何が言いたいんだ?この副会長・・・まさか、茶道部は文化祭で活動するなって事!?
「大丈夫です、友子部長は心得てますから!」
「ですが・・・」
言い募る副会長を制し、会長が言い放った。
「百合川、はっきり言ったらどうだ?茶道部が心配だって」
・・・え?
「べ、別に心配なんて・・・」
「こいつ、口を開くと笹本、笹本って。いくら認めたライバルとはいえ、心配のし過ぎだ」
「か、彼女をライバルだなんて思ったことはありません!」
副会長が赤くなっている・・・。え?本当に心配しているの?
「『自分は茶道の心得がある』って俺に言ってどうするんだよ。笹本に『手伝う』って一言、言えば良いだろうに・・・」
「て、手伝うつもりはありません。茶道部は人数が足りているんですね!では!!」
副会長は速足で教室を出て行った。
「素直じゃ無いヤツ。じゃあな。一年生ども」
会長も続けて去って行った。え?待って。つまりは・・・。
「百合川副会長、本当に茶道部を心配して?」
「・・・そうみたい」
ヒロインと一緒に呆然と呟く。
「「・・・ツンデレ?」」
今度は声が揃った。なんと、副会長はクール系ではなくツンデレキャラと化していた。
「っていうか、副会長って」
「笹本先輩のこと・・・」
思わずヒロインと目が合う。頷き合う。これは、この事実は心に秘めておこう。
その日の夜、やっぱりゲームとは違うヒロインと攻略対象達の関係に頭を悩ませる私が居た。