入学式
私の名前は『椿山 雪吹』。前世の記憶がある所謂、転生者だ。それも自分がプレーしたことのある乙女ゲームに転生した。よくライトノベルにあるパターンだ。
ここで、ヒロイン転生だったり悪役令嬢転生だったりすれば、まだやる気が出たであろう。しかし、私が転生したのは攻略対象の幼馴染。それもヒロインではない方の幼馴染。ただのモブだ。あぁ、やる気が出ない。
転生したんだから何かしらチート能力があっても良いと思うのだが、この乙女ゲームは普通の学園もの。剣と魔法の世界でもなければ、中世のような世界観で、現代の知識を武器に活躍するものでもない。前世の知識のお陰で、小学校の間くらいは勉強に苦労しないだろうが、それだけだ。
攻略対象である私の幼馴染を紹介しよう。彼の名は 『柊 武士』。名前の通り武士のような寡黙で真面目なタイプの攻略対象だ。
彼とヒロインの出会いは幼稚園の頃。ありがちだが将来の約束をする。「お嫁さんになるー」ってヤツだ。武士は、卒園して離れ離れになってもその約束を胸に秘めながら成長していく。ちなみに、再会したヒロインは当初、約束を忘れている。武士のルートに入ると思い出すのだ。
私と武士の出会いは小学1年生。柊一家が私の家の隣に越してきてからの関係だ。そう。攻略対象の幼馴染だが、ヒロインの幼馴染ではない。つまり、ヒロインの親友であるお助けキャラでもない。
完全なる負け組。学園でヒロインが攻略対象達とキャッキャウフフをしているのを見守りたいタイプの人も居るだろうが、私は違う。自分だってイケメンと青春を楽しみたいタイプだ。武士だって、顔は好みだ。性格は真面目過ぎてつまらないけど・・・。将来、ヒロインに取られると思うと恋も出来ない。
「モブって辛い・・・」
そんな私は明日から高校一年生。そう、乙女ゲームの舞台である『花咲学園』に入学する。とうとう乙女ゲームが始まるのだ。全くもってワクワクしない。
「とりあえず、スチルのイベントは見るか」
入学式前にヒロインが転びそうになるのを攻略対象である生徒会長が助けるイベントがあったはずだ。ベタベタだな。そんな事を考えながら眠りについたのだった。
翌朝、玄関を出ると門扉の所に武士が立っていた。武士の制服姿・・・画面では見たことあったが生は格別・・・いやいや、思考を切り替えろ。
「おはよう。制服、似合ってるね」
「ああ」
「一緒に行く?」
「ああ」
武士との会話は終始こんな感じだ。寡黙って設定を知らなかったら心が折れている。「ああ」しか言わない幼馴染とか・・・。
新入生の集合時間は8時15分。余裕をもって8時に到着した。集合場所である体育館へ向かう・・・おっと、中に入ってしまってはイベントが見れないではないか。
「武士、体育館の中は緊張しそうだから、外の空気吸ってる」
「ああ」
武士は体育館の中へ、私はイベントが起こる校門が見える位置に向かった。
ヒロインは入学初日だというのに寝坊する。そして走ってきたところでイベントが起こる。つまり、時間ギリギリにならないとイベントは起こらない。それまでは頭上の桜をボーっと見てよう。
「新入生ですか?」
不意に声をかけられた。知っている声だった。振り返ると、一方的に知っている顔があった。攻略対象である生徒会の副会長だ。
「はい。新入生です」
「新入生は体育館で集合ですよ」
「すみません。緊張してしまって、外の空気を吸っていました」
「そうですか。時間が迫っていますので、そろそろ移動しなさい」
「分かりました」
校門の方を見ながら体育館へ向かう。すると、遠くの方から走ってくる影が見えた。副会長も私の視線の先を追って、校門を見やる。
「ウチの生徒が走っている・・・」
ヒロインであろう人物は校門を駆け抜けた。と思ったら転びそうになり、生徒会長に助けられていた。
「鈍くさい子が居るみたいですね。君、早く体育館へ行きなさい」
「はい」
(・・・遠くて、あまりよく見えなかった)
少し残念に思いながら体育館へ向かった。
入学式をはじめ式典って、何故、眠くなるのだろうか。特に校長先生の話は睡眠薬だ。意識が飛びそうになった頃、黄色い悲鳴が上がった。生徒会長の登壇である。
攻略対象である三年生の生徒会長、『蓮見 恭介』は俺様系のキャラクターだった。家は大金持ちで、ファンが沢山いる。ファンたちとは違う反応をするヒロインに惹かれていくんだっけ?テンプレ乙。
ちなみに副会長も三年生。名前は『百合川 真司』。クール系眼鏡だ。生徒会の手伝いをするヒロインに惹かれていく。
思い出している内に、生徒会長の話が終わってしまった。まあ、いっか。ゲームで何回も聞いてるから。
入学式が終わり、各々のクラスへと案内される。私と武士は同じクラス。ヒロインは隣のクラスだ。ヒロインのクラスには爽やか系攻略対象『橘 夏樹』が居るんだっけ?
初日にやることは自己紹介と決まっている。一人一人が立って出身校や入りたい部活などを言っていく。私の番になった。
「山手第二中学校出身の椿山雪吹です。茶道部でした。高校でも茶道を続けたいと思っています」
これくらいで良いだろう。問題は武士だ。寡黙すぎて、自己紹介が自己紹介にならない。
「山手第二中学校出身の柊武士です。剣道と茶道をやっています」
・・・武士にしては話した方かな。ちなみに、私の母が茶道の先生で、武士はウチで茶道を習っている。
全員の自己紹介も終わり、今日は解散となった。武士が寄ってくる。
「一緒に帰る?」
「ああ」
一緒に帰るのは好都合だ。もう一つのイベントが見られる。そう、武士とヒロインの再会イベントだ。