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7話  千駄木幸乃は夢を見たい

 人助けという、倫理観を有した少年。


 その名前は日比谷航。


 毎日のように人混みが溢れてくる都市にとって。

 気配りができる人が非常に少なかった。規制が張り巡る現代では、様々な問題を抱えた人達に時間を割ける親切心のある人達が減少している中、見返りを顧みない善意を携えた彼は稀有な存在だろう。


 純粋な人としての在り方に。


 幸乃は素直に惹かれ、いつの間にか彼を目標として掲げていた。


 彼の稀なる意思の強さを追い掛けて。弱い自分を変えようと決意を固める。いつしかその想いは、かけがえのないキッカケをもたらす差響きとなった。


 理想の自分になる為に。

 沢山の努力を積み重ねた結果、彼が見据える表舞台へと並ぶことができた。思い掛けずクラスメイト同士になれた達成感は高揚に満たされて止まらなかった。努力を怠らなかった幸乃に向けた神様のご褒美なのかもしれない。


 もう一つ。おねだり出来れば。

 友達として、良い関係を築けばいいと願っていた。


 そのハズが。


「……私、イメチェンで日比谷くんに気付かれなかったの……!?」


 ドン! 突然の勢いで机を叩いた。そのせいか周辺で会話していたクラスメイトは猫みたいに毛を逆立って驚いてしまった。


 誰かの反応を見向きもしない幸乃は後悔してそれどころではない。


 迂闊だった。


 当時を振り返ってみれば。

 状況は一目瞭然。物語る時間は二度と戻らず、時に現実は残酷しか残らない。


 第一印象だった怜悧な顔付きをした彼は健在。

 年相応の気怠そうな態度と性格の色が濃い若干の天然な一面を見せてくれたが、時々見せる慧眼は隠せない様子だ。


 偶然の再会にも恐縮せずフェアな立場で接してくれたり。

 根は真面目で正義感の強さを目立つ。


 環境の良さを察するに、彼はかなりの教養を培った人柄だと察する。


 一方。幸乃については。


「(金髪にしたから、日比谷くんには別人に見えていた……? ちょっと待って。もしかしたら、私、気付かれてない!? イメチェンした意味ないのコレ!?)」


 苦渋の怨嗟が漏れだしても構わない。クラスメイトに恐れられてもだ。

 自身の努力が仇となるなんて。


 色々と考えて。やっぱり。過去の面影は何処にもなかった。


 ショートカットの髪型はロングにしており、変えた故に印象は偏ることに。鏡を見れば別人に見えて仕方がなかった。人生で一度きりの高校生活を充実させるには自分自身を変えることが、幸乃にとって、どれほどの効果を与えたのか―――。


 その成果。不自由のない幸せな生活を送れることができた。


 けれども、何かが違う。


 ―――彼に憧れていたのに、何もお礼を伝えないままでいいのか。


(日比谷くんと話せるからって満足する私はどうなんだ……。ってなんで私は意地を張っちゃったし!? もう、散々だ。お陰でなんか見えない距離があるもん! 多分嫌われているんじゃないかな!!)


 キッカケを与えてくれた。恩人である彼に。

 面識の隔たりを越えて、貫いてきた姿勢は本物なのに。折角の出会いが無意味にしてしまう心の狭いやり取りを幸乃はしてしまった。


 機会を逃した気持ちは伝えられず。


 外見を飾る自分の失態が何も変わってなくて憎たらしい。


「違う……。想像してたのと絶対に違う……!」


 ―――君は、私のこと覚えている?


 これだけで良かったハズなのに。


 突然、駒込貴雄と名乗る部外者に散々邪魔されて、神経を触る愚劣な行為に思わず幸乃は我慢できずに渾身の護身術を掛けてしまう。逆鱗に触れた原因として、彼に貰った最後の一枚だった金貨のチョコレートを食べられてしまったからだ。


 バレンタインのプレゼントだと、生意気なことを吐いたその途端だ。


 咄嗟に出た行動によって。

 まさか、全て良い方向に狂い始めていく。


 弱い自分を晒け出さない為の猛烈な虚言は、彼さえも信用してしまい。


「あーあ、終わった……。話す機会、失っちゃった……」


 歓喜の渦とは離れた蚊帳の外で。


 寂しげに身支度を済ませようとする幸乃は、喪失感に溢れ返っていた。


 煌めきの絶えない高校生活が勝手に続く。

 幸せな未来が約束されているかのような、都合のいい補正力。

 そして、外見に問わず、対等に接してくれるクラスのみんなに囲まれた夢のような理想の景色。影ながらクラスのマドンナと謳われる始末。

 

 ハッキリ言おう。


 幸乃には似合わない。クラスの中心に相応しい人は他にも居るのに。


「あれ、幸乃、どうかしたの?」


 ロングヘアーで蝶々リボンの髪飾りを左右に着けた美少女、綾瀬(あやせ)瑠依(るい)。ガッカリしていじけた幸乃に一声を掛けてくれた。


 瑠依の方が美人だった。彼女は誰よりも輝いて見える。


 隠せない風格は語る。芯が整ったまっすぐな性格が清々しくて。強さと美しさを両立した純真なカリスマ性と、モデルのような体躯とルックスは目線を惹かれる。道を切り開く姿はまさしくクラスの人気者にして、中心に佇む人物だ。


 イメチェンしただけの幸乃が瑠依と親友になれるだなんて。

 まだ夢を見ている気がして。


 恐れ多い。


「なんか元気じゃないみたい。入学式だし、もしかして緊張して疲れちゃった?」


「違うの。イメチェン失敗したの」


「えぇ……? どういうこと? そんな風には、見えないけど」


 優しいフォローを掛けて貰っても胸の内は癒せない。


 折角の機会が残念に終わる。既に彼は雰囲気を読んでしまい、話し掛けようする気配が全く感じられない。ついに会話さえ弾まなかった。


 特に。クラスメイトに向けた自己紹介。

 最初の印象が肝心なのに、新たに見せた一面は完璧に期待を裏切るものに。


 異常に胸を刺さる。


『……日比谷航です。よろしくお願いします』


 素朴な紹介なのに。当たり障りのない発言なのに。

 返ってきた拍手は渇いていて。何も面白みもない、ごく自然な自己紹介にクラスメイト達は歓迎する一方で、幸乃だけは唯一違って見えていた。


 弱虫だった自分を救ってくれた―――。


 あの時と同じ。凛とした目付き。

 そして差異を見せ付けた威嚇のブラフが誤解を与えることに。


 距離を置く為の重々しい声音は予防線を張り巡らせ、至極単純な言葉を介して、プレッシャーを放つことで温度差を隔離する原因となり、彼は思い通りにグループに属せず自ら孤立する選択をしてしまった。


 ただでさえ彼の評価は上々だったのに。群れることを嫌う彼の裏には。

 思い当たる節が幸乃には多すぎた。


 顔が真っ赤になりそう。


『―――あ。これ、私が悪いヤツだ!?』


 もしもの話。


 イメチェンしてなければ、王道のラブストーリーが始まっていたかもしれない。


 お礼を言っていれば。

 親しげな関係を築いていたかもしれない。


『……君は、もしかしてあの時に助けた……?』

『は、はい! 覚えてくれて、嬉しい! ずっと前からお礼が言いたくて……』

『そうだったんだ。……ごめん。俺も、君に伝えたいことがあったんだ』

『え? も、もしかして……っ』

『君に会った瞬間、一目惚れしてしまったんだ―――』


 という、妄想を夢見ていたのでした。

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