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6話  すれ違いは突然に

 これは。

 何かの間違いであってほしかった。


 わがままな意地が。譲れないプライドが。噴き出した羞恥心が。

 全てを狂わせるハプニングとなる。


 これから始まる幸福の一時。手が触れられる距離に辿り着いたのに。抑えきれない衝動を破って、余計な冗長を散蒔いた。それが迷宮入りに近付くファンブルだとは知らずに、起きた事実は想像を正反対に塗り替えていく。


 不幸はよくある。


 あらゆる人々全員がラッキーだとはいかないように。

 だけど、諦めきれない理由が幸乃にはあった。胸の奥を苦しめる切ない原因は、夢を掴もうとした自惚れた自分自身の過剰な願いだった。


 特に、答えて欲しかった。価値観の恩人の二度目の出会いによって―――。


「……どうして、こうなっちゃったんだろう」


 入学式を終えて。歓喜が冷めない教室でただ一人。


 千駄木幸乃は深々と後悔していた。


 ホワイトボードに書かれた今日の日程を遠い眼差しで眺める。沈んでいた溜め息は雑音に掻き消されてしまう。笑顔で満たされるパワフルな空間の中で憂う一人の少女は椅子に腰掛けて、手元に弄ぶスマホさえ興味を示さない。


 失望。

 というよりも未練に近い。


 二度とない好機を逃してしまった心は完全燃焼にある。


「やっと、会えたのに……」


 幸乃にとってこれまでにない偶然の出会いが。不意に訪れるハプニングによって夢は潰えた。夢を叶うことも無謀に等しくて、挽回の為に勇気を振り絞っても、何かが変わるとは心底思えなかった。


 たとえ彼が忘れてしまったとしても。


 幸乃は決して、自分自身を変えてくれたあの時を忘れられない。


「―――あの時、確かに、私は日比谷くんに助けられたんだ」





 何も。知らない無知な自分がいた。


 都会に憧れて。煌びやかな世界を目に焼き付けようとした。太陽の下で照らされる眩しい居場所を求めて、溢れてくる興味は童心に帰る。不意に見付けた、迷路のような入り組んだ細い道。かくれんぼみたいで楽しい。そんな懐かしさを含んだ感覚が次第に心を惹かれていく。


 希望に溢れるばかりのちっぽけな高揚感。

 まだ見たこともない光景を見る為に、幸乃はそう望んでしまったから。


 ―――悲劇を覗いてしまった。


 狂った人達は怒号を放ち、目を充血させながら迫り寄る。

 正直。今考えてみれば正気だとは思えなかった。


 罵声を振るう邪悪な姿に、『悪魔』だと勘違いをしてしまう過去の幸乃がいる。


 落としたハンカチを拾ってくれた人達が。


 いきなり豹変してしまうだなんて。


 この世の終わりだった。恐怖は伝播して死を連想してしまう。


 怪奇現象を目撃すれば、足元はおろか立ち向かう姿勢さえ叶わず、挫折だけが嫌なほど思い知った。不甲斐ない自分がそこにはいて、一人では何も出来ない未熟な少女が泣いていただけで。


 ―――神様、助けて。


 純粋に。単純に。神様に祈る。

 他力本願がおまじないだった。普段から信じていなかったのに。

 都合が良すぎる。上手い話だ。神様は何もしてくれないと最初から分かっていたつもりなのに。


 そんな。覚えたてのわがままを叶えてみせたのは。


 ―――名前の知らない、不思議な雰囲気を放つ少年だった。


「―――君は下がって」


 守る為に。目の前を立ちはだかる。

 手を翳して黄昏に染まる少年は幸乃に向けて、そう言葉を告げてくれた。


 涙が止まらない。伝う内に地面に溢れる瞬間と共に、目を見開いた先にある景色にはフードを靡かせる私服姿の少年。同年代と変わりない彼の姿を見て、まるで、空から舞い降りてきたような幻想的な登場に。


 潤んだ瞳がハッキリと輪郭を捉えていく。


 凛とした目付き。

 瞳の奥に宿す炎と氷を携えた、恐怖に屈しない強さ。


 全部、幸乃が持っていないものだ。


 窮地を変えてしまう自信と揺るがない意思を兼ね備えた少年に対して、覚悟を決める勇気が足りなかった薄情の少女はあまりにも非力で。


 結局は恐怖から逃れたくて。

 彼の意見に従う幸乃は許してしまったのだ。


 ふと気付いてしまえば、いつの間にか背中を向けて逃げてしまっていたことを。


 胸が痛い。間違いなく弱虫だ。

 立ち向かう資格なんて。幸乃にはなかったのだ。


 誰かの助けさえなければいつまでも弱虫のままだ。あの時逃げなければ、自分は変われたかもしれないのに。最後まで少年にお礼を言えなかった後悔はうやむやを抱えてしまう。認めざる負えない脆さが悲しくて、何も出来ない自分に叱責した。想像を力に変えて行動にしなければ、変化は生じないと。


 彼のように強くなる為には。

 過去の自分を越えて、新しい自分になる事だった。


 弱いままはもう嫌だ。


 ―――だからこそ、千駄木幸乃は強くなりたい。


 自身の力のみで困難を乗り越える、そんな理想の自分を探し始めた。


「今日という日のために。一生懸命イメチェンしてみたのに。沢山努力したのに。努力はしてみたんだけど……」


 あの時の弱虫な自分を変える。


 二度と、恥ずかしい思いはしたくはないから。


 コツコツ貯めていたお小遣いを叩いて美容院に行ったり、色んな雑誌でメイクの仕方を完璧にこなしてみせた。再び悲劇に遭わないように、髪型はロングにした。地毛の黒色から目立つ金髪に変えて。スタイルを保つ方法としてバランスの良い食事を取る。それから知識に困らないよう学業に励む日々を送る。


 もはや自分磨きの武者修行だ。

 最初は父親に反対されてしまった。どんな風の吹き回しかと。


 けれど、本当は心配していたのを知っていた。


 大切な人の想いを無駄にしないように。

 千駄木幸乃なりの感謝の形を示そうと更なる努力を重ねる。

 諦めない姿勢が実ったのか。これまでの誠意が認められた。志望校に入れたり、目標を続けられる喜びは言葉に表せないほど、心は今も震えている。


 たとえ小さな努力でも。


 積み重ねることは決して無駄ではないと思い出させてくれた。


「うう……、悪い意味で派手に目立ってしまったぁ……」


 効果は覿面だった。


 目線を引き寄せる印象は大成功。


 話し掛けられる回数は減り、気楽に話してくれるクラスメイトだけが関係を結び付ける結果に至る。誰も軽蔑しない調和の取れた生活を送れそうだ。


 あまり実感しないのだが。

 自分自身がクラスの中心にいるような、浮いた感覚がどうしても落ち着かない。


 まさか、幸乃がカーストの頂点に君臨するとは。


「何気にみんな優しいし遠慮してるのは、やっぱりアレのせいなんだよね……」


 少なからず敵対の意思を見受けられる人がいる。

 特に空気が読めず、人の邪魔ばかりしてくる茶髪の少年が。迷惑を掛けておいて反省する素振りも見せない。堪忍袋の緒が切れた幸乃がした行動によって、クラスの印象が180度も変わってしまった。


 でも、実際はどうでもいい。


 本当は気になって仕方ない人を夢中になってしまったのだから。


(偶然かもしれないけれど、彼に会えた。日比谷航くん。あの時お礼を言いそびれてしまったけれど、今度は言える。……気持ちを伝えられるんだ)


 正直、神様のイタズラかと思っていた。


 目標としていた彼が何の拍子もなく目の前に現れて。

 偶然にも些細なハプニングによって、擦れ違いは出会いへと変える。


 同じ景色を眺めることがどんなに嬉しいことか。程遠い夢の空想が現実となり、想いを募らせた感謝の言葉をようやく伝えられる。諦めきれなかった願いの続きが入学式という月日に合わせて、巡り会えたに違いない。


 全て。弱いままだった過去の自分と、憧れである彼の存在が居たからこそ。

 今も夢に描いた道を進んでいる。


 そのハズだった。


「……でも、日比谷くん、私のこと覚えていなかったよね!?」

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