返品は二十日以内に
「そんなことがあったのかあ」
さほど驚く様子もなく仙太郎は言った。その手には水花火のガラス文鎮がある。
花火大会の翌日、じろやんはしぶる柳を説得して、文鎮を手放させることにした。柳は相当抵抗したが、結局、別のものを買うということで納得した。どうもきいていると、柳は買った当日からあの不思議なガラスの世界へ遊びに行っていたらしい。
「でも、次郎丸くんの言うことは正しいね。そんな世界は僕らみたいな素人が入ったり出たりしてると、そのうち虜にされて、どっちが本物でどっちがガラスのなかなのか分からなくなる。手遅れになる前でよかったよ。はい、三九八〇円」
お金を受け取りながら、じろやんはたずねた。
「それ。どうするんですか?」
「この手の世界を行ったり来たりできる人に売るよ」
「売るんですか?」
「だって、そんな話をきいたら、それこそ割ることもできないし、そこらへんにほったらかしにもできない。しかるべき方法とルールをきちんと知っている人に売りつけるよ。それが一番安全だよ」
「あーあ」と柳。「気に入ってたのになあ」
柳は何度も未練がましく、振り返りながら、じろやんに引きずられるようにして、ワルツ文具堂を後にした。
たぶん、シルバーのアクセサリーか何かを代用品にするのだろう。
仙太郎はガラス文鎮のなかの水花火をじっと眺めた。文鎮のなかの花火たちは油断のない様子で仙太郎のほうへ探りの火花を二三発放った。花火たちは仙太郎を門前払いするつもりらしい。
「ふーん。ま、それならそれでいいさ」
仙太郎は市内の箱問屋で買った厚紙製の正方形の箱に文鎮を入れると、電報複寫簿の裏に『水花火入りガラス文鎮 要注意!』と走り書きして、マスキングテープで箱に貼り付けた。
そして、長身を生かして、ガラス製の鍵付き棚の一番上にひょいと置いた。
そして、椅子に座り、水路沿いの道が乾いていくのをぼんやりと眺めた。
文具屋の椅子に座るのは言葉と暮らすことだ。
だが、それ以上に奇妙な文具と暮らすということだ。
それは初めてではないし、これからもちょくちょくあるだろう。
でも、仙太郎は気にしない。
文具屋とはそういうものだ。
水花火のガラス文鎮〈了〉