悪の組織も大変なんですよ
敵を振り切って間もなく、イスパノスイザのエンジンプラグが一本、ロケット花火みたいな音を立てながら、青空へ吹っ飛んでしまった。
イスパノスイザ用エンジンプラグはそこいらのガレージや自動車販売店で売っているものではない。ただ、一九二〇年代の飛行機のかなりの数がイスパノスイザ製のエンジンを使っているから、そこから失敬すればいい。冒険家は必要なものをジャングルから失敬する。澄花が舞打千軒市立航空博物館へエンジンプラグをかっぱらいに行っているあいだ、仙太郎はクラシック・カーの顔面とも言うべき、ライトとフロントグリルとバンパーを眺めていた。ライトはもげて赤い電線一本でぶら下がり、フロントグリルは一晩中焼肉に使った網のように固く醜い焦げがこびりつき、口にあたるバンパーはものの見事にへの字に曲がっていた。冒険家なんかに買われず、イギリスの貴族とかに買われていれば、相応の扱いをしてもらえただろうに、お騒がせ冒険家、神崎澄花に買われたばかりにこんな不細工なことになってしまった。
だが、それを言うなら、自分だって結構な目に遭っている。まさか一日に二回もカーチェイスに巻き込まれるとは思っていなかった。大人のお姉さんとの冒険も限界が近づいてきた。このまま、逃げようとしてると、航空博物館の入り口から欧助とぽわ光がのこのこ現れた。
「あれえ、センタローじゃん」
「あ、ほんとだ。なにしてんの?」
仙太郎は簡単に、だが、自分の被った害についてはできるだけ同情してもらえるように説明した。
「でも、きれーな大人のおねーさんと一緒なんだろ?」と、欧助。
「きれーな大人のおねーさんは何でもOKの免罪符にはならないんだよ」
「大袈裟だな、大したことねえよ」
「変な連中に追われて、二回もカーチェイスしてもか?」
「あいつら、そんなに悪いやつらじゃねえよ」欧助が言った。
「お前、あいつら、見たことあるのか?」
「見たことあるも何も近所に住んでる。寮があるんだよ。一人暮らしの年寄りの買い物手伝ったり、無料の移動図書館のボランティアしたり」
「でも、あいつらは悪の組織だってきいてるんだけど」
「ああ、悪の組織だ。でも、そこまで悪いやつらじゃねえ。あいつらのする悪事なんて、たかが知れてるしな」
「ぼくの店にもよく来るよ」ぽわ光が言った。「まあ、ちょっとお茶して、世間話する程度だけどさ。最近は世知辛い世の中で冒険家の数も減ってるから、大変なんだってさ。インディー・ジョーンズの新作が二年に一度出てたころはそりゃ世の中冒険家だらけで、悪の組織としてもやりがいがあったんだけど、今はもうそうゆうの流行んなくなっちゃったって」
「次世代インディー・ジョーンズのハムナプトラはミイラがわるもんだしな」
「そうそう。包帯巻いた死体に出番を取られるのは、彼らとしても泣きたくなるそうだよ」
「泣きたいのはおれのほうだよ」仙太郎が言った。「たぶん、これから予想されるのは、空を飛ばされる。しかも、その空を飛ぶのに使われたインクをおれが納品しに行ってるんだから、笑えない。しかも、今だって、我らが冒険家殿はエンジンプラグをかっぱらいに博物館へ――」
ジリリリリ! とベルが鳴った。ああ、きっとこれから神崎澄花が窓を破るか、吹っ飛んだマンホールから現れ、電光石火の早業で強奪してきたエンジンプラグを付け替え、海へ一直線するのだ。
仙太郎は欧助とぽわ光を見た。三馬鹿と言われるくらいだから、この悲しみにシンクロしてはくれないかと思ったのだが、二人はなぜかウインクして、うまくやれよ、と言ってきた。
馬鹿に同情を求めたおれが馬鹿だった。仙太郎は頬を膨らませて、助手席に尻を押しつけた。




