今度のもただの万年筆じゃねえぞ!
「いつもこんなことしてるんですか?」
目抜き通りを走りながら、仙太郎がたずねる。
「こんなことって?」
「変なやつらとカーチェイスしたり、植物園で変な人形買ったり、古本屋めちゃくちゃにして日本刀で襲いかかられたりですよ」
「いつもじゃないわね。今日は大人しいほうよ」
人の多い通りではイスパノスイザはよく目立った。かっこいいクラシックカーは見るものの目を浮き浮きさせるが、ぐちゃぐちゃになったライト、剥がれそうなエンジンカバーを見ると、人は自分の車でもないのに傷ついてしまう。クラシックカーにはそういう力がある。もちろん飛行艇にもだ。
突然、横道から黒の一九三九年型キャデラック・フリートウッドが飛び出して、イスパノスイザの後ろについた。乗っているのはガスマスクの戦闘員で外側のステップにしがみついたのも合わせれば、八人が乗っている計算である。
「うわあ、また来た!」
仙太郎が叫ぶと、澄花はアクセルを踏み込んだ。体が座席に押しつけられて動けないほどのスピードを出したが、敵の車もそれにへばりついて、離れようとしない。
カーチェイスはそれなりに人目を引いた。舞打千軒に住むごく普通の一般人の考え方ではこのカーチェイスはわざわざ警察に通報するレベルのことではなかった。最後は悪党が負けるというのが常道だ。ただ、見物人たちはどちらの車も傷つかない方法でカーチェイスが終わればいいと思っていた。これ以上、クラシックカーがおしゃかになるのは見たくなかった。
そのころ、仙太郎は澄花から買い取ってやるから、何か役に立つ文房具で敵をなんとかしろとせっつかれていた。ドイツ製の画鋲はもうないので、何かかわりになる武器を探した。ハトメ鋲やインクの吸い取り紙が見つかるばかりで、これはというものがない。
突然、何かが空気をびゅっと切る音をさせた。見ると、澄花は冒険家御用達の革の鞭を振るい、イスパノスイザの飛び乗ろうとした戦闘員を顔面を打っていた。
戦闘員はそのまま道路に転がっていった。奇妙なのは町の人々が道に倒れた戦闘員のことを気遣って、立ち上がるのに手を貸してやったり、とれてしまったゴーグルのガラスを一緒になって四つん這いになり探してやっていることだ。
仙太郎は、ひょっとして、町の人たちから見ると、戦闘員がいいもんで、澄花がわるもんなのではないかと疑心暗鬼に駆られたが、キャデラックの頑丈なバンパーがイスパノスイザのケツを蹴飛ばすと、すぐ我に返り、何か役立つ文房具でこの危機を打開しなければいけなかった。
ドラえもんじゃあるまいし、そうそう役に立つ文房具が出てくるものかと思ったが、パイロット社がその名を意識して作った飛行機型万年筆を見つけると、ダメ元でこれを投げつけてみることにした。この万年筆はセルロイド製で翼、尾翼がついていて、投げると高級な千代紙で折った紙飛行機並みに見事に飛んでいった。ニューム製のペン先がキャデラックのフロントガラスをぶすりと貫き、カートリッジに充填されていたインクが怒ったタコみたいに飛び出して、運転手の視界を奪った。
キャデラックは右へ左へと蛇行し、ついにとうとう立木にぶつかって、焼石に水をかけたみたいに白い煙を噴き出した。
澄花が歓声を上げた。仙太郎は自分のお手柄を褒めてくれているのだと思い、誇らしげな気持ちになった。
だが、実際には澄花の歓声はイスパノスイザの剥がれそうなエンジンカバーの向こうに見える青い海に向けられたものだった。




