今度のはただの画鋲じゃねえぞ!
手榴弾が破裂すると、鳩豆が飛び散って、怪我はしないが、それなりに痛い目にあった。澄花はすぐテーブルを倒して、盾にしたので、一発も食らわなかったようだった。
「こっちよ、はやく!」
手を引っぱられて、地階のガレージへ降りると、そこにはきれいに磨き上げたチューリップウッドのクラシックカーがあった。一九二七年製のイスパノスイザの二人乗りで、このまま小さくして文鎮にして近くに置いておきたくなるくらい見事な車だった。
仙太郎を助手席に押し込むと、澄花自身は中折れ式のリヴォルヴァーを片手に運転席に飛び込み、ガレージの扉を開けずにアクセルペダルを踏みこんだ。
扉がバラバラに飛び散り、時価数千万円のクラシックカーのフロントライトがもげて、フロントグリルにギザギザした木片が突き刺さったが、構わずそのまま田舎の山道へ車を滑り込ませる。
林道へ出ると、敵もまた車で追いかけてきたが、その敵というのが全身ぴったりしたショッカーの戦闘員みたいな服を着て、ガスマスクをつけたいかにも悪の戦闘員といった感じの連中で、そいつらが一九四七年型のパッカードに乗って、鳩豆マシンガンを撃ってくる。
澄花のステアリング・テクニックでイスパノスイザを右へ左へいなして、鳩豆を避けた。
仙太郎はどうにも割に合わないことをしているのが、不安でしょうがなかった。というのも、林道は狭く、ちょっとでもハンドルを切り過ぎたら、杉に激突するか、斜面を転がり落ちるかするのだ。それに比べると、敵の撃ってくるのはマシンガンといっても、所詮は鳩豆なのだから、黙って撃たれたほうがマシに思えた。
それを伝えようとするたびにイスパノスイザが揺れて、言葉を仙太郎の喉奥に引っ込んだ。
それでもパッカードが猛追して、戦闘員が一人、イスパノスイザのトランクに飛びつこうとしている。 カリオストロの城の序盤のカーチェイスみたいだけど、あのときはどうやって危機を乗り越えたのか、思い出そうとするが、車がガタガタ揺れ、物凄い遠心力で仙太郎を渓谷へ放り出そうとするたびに頭のなかのカリオストロの城がぐちゃぐちゃになって、他のルパンシリーズとごっちゃになってしまう。
運転席では澄花が中折れ式のリヴォルヴァーの薬室を片手で開けて、大きな弾を一発込めた。
そして、流れるような動きで銃を後ろに振り向けると、次の瞬間にはパッカードのエンジンが吹き飛び、戦闘員たちが放り出された。
「カリオストロの城なら、ここで一安心するシーンですね」
「何言ってるの? 本番はこれから」
見ると、炎上しているパッカードを突き飛ばして、砲塔のついた装甲車がぐんぐん距離を詰めている。
仙太郎は顔面蒼白になり、さっきの弾で同じようにやっつけてくれないか、子犬のような顔で澄花を見た。澄花は肩をすくめた。
「さっきのが最後。それにどの道、あの弾じゃ装甲車のタイヤだって撃ち抜けない」
そのとき、装甲車の大砲が火を吹き、危険なレベルにまで圧縮された鳩豆徹甲弾が二人の頭上、風を感じる距離を飛んでいき、強烈な爆音を渓谷に響き渡らせた。
「何か手はあるんですよね?」
仙太郎はすがる思いでたずねた。
「何にも」
「でも、このままじゃやられたりしませんかね?」
「やられるわね」
「でも、こういうときって何か最後の手段を持っているのが、冒険家ってものでしょう?」
「そうは言ってもね」
澄花は涼しい顔で返したが、そう言った矢先に鳩豆砲がまた火を吹き、斜面の土をえぐった。その痕がまた怪獣の鉤爪にやられたみたいにざっくりとしていたから、仙太郎は半分泣きそうな顔になった。
「わたしにばかり頼らないで、きみも何か武器を使えばいいでしょう?」
「武器と言われても――」
仙太郎が持っているのは文房具が詰まったカバンだけだ。お得意さんへ届け物をするときはいつも持ち歩いていて、軽くセールスをしてみるために持っている。ナチスまがいの悪役から身を守るためではない。それに、だいたい、これは――。
「売り物なんですよ」
「ケチねえ。まだ若いのに。いいわ。わたしが買い上げるから、その文房具で何とかしなさい」
仙太郎は次の大砲で自分は死ぬんだという強迫観念に駆られながら、カバンを物凄いスピードでいじくった。そして、その手が選んだのは一缶三百円の画鋲だった。ドイツ製でその丸い缶を見ていると、対戦車地雷を手にしているような冷や汗感がある。これを売りにきた行商人はこの画鋲はどんなものでも貫く、なにせドイツ製だからね、と祖父の道雄に請け合っていた。
仙太郎は蓋を開けると、画鋲を後ろへ投げ捨てた。空中で放物線を描きながら、きらきら光る画鋲たちは木漏れ日と日陰の森に住む妖精――とまではいかないが、それでもそのキラキラした様子はカーチェイスですっかりズダボロになった仙太郎の心を少しは癒してくれた。
画鋲が地面に落ちて、その上を装甲車が通った。
ボン! と音がして、装甲車の車輪はボロボロになったゴムを巻きつけたような状態になった。まさかと思ったが、防弾仕様のタイヤを画鋲が貫いたのだ。
装甲車は操縦が利かない状態に陥り、最後の画鋲を踏んだ瞬間、鳩豆をばらまきながら、宙を舞った。




