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ワルツ文具堂飄奇譚  作者: 実茂 譲
飛行艇製図専用ボトルインク(詰め替え用)
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巻き込まれ系主人公、結月仙太郎

「これ、仙太郎。お得意さんに届け物をしてくれ」

 祖父の道雄がそう言いながら、仙太郎に渡したのはパイロット製の飛行艇製図用ボトルインクだった。 先っぽをハサミで切り取り、壜に入れる詰め替え用でラベルには下駄みたいなフロートがついた青い飛行艇の絵が描かれている。

「飛行艇製図専用?」

「そうだ。飛行艇製図専用だ。これで鉛筆書きの図面をなぞれば、工房ではもう飛行艇が出来上がっているという素晴らしい代物だ」

 住所のメモも渡されたが、それを見ると、お得意さんの住所は町はずれの山のなかで、バスで三十分はかかるところだった。

「あんまり行きたくないなあ」

「だが、行ってもらわんと困る。そろそろインクが切れるころだろうし」

 お得意さんの家は小さな山荘で斜面に丸太で足場をつくり、その上にテラスと小屋が立っていた。駐車場は下にあり、磨き上げた板材の扉が降りている。仙太郎は家のドアをノックした。

「開いてるから、勝手に入って」

 と、女性の声。仙太郎はドアを開けて、ひどく散らかった廊下を慎重に歩いた。インドネシアの神さまの木の像やボロボロの革装丁の本が投げ捨てられたように散乱し、奥のドアについたころには普段使わない微妙な位置の筋肉を使って、足がつりそうになっていた。

 奥の部屋は太陽の光をたっぷり取り入れる製図室で、ワルツ文具堂に匹敵するほどの鉛筆がずらりと並び、かなり古い色あせたトレーシング・ペーパーが積み上がっていた。

 飛行艇設計図がかかった製図台に座っているのは二十代の女性で、煙草が似合う大人のおねえさん、といった感じの美人だった。それだけでも、この山奥までやってきた仙太郎の苦労が少しは報われる気がした。

「文房具屋さんのお孫さんね」

 と、いいながら、鉛筆を製図台の下の溝に置き、手を差し出した。

 飛行艇製図専用ボトルインクを手渡そうとしたら、女性は笑って首をふり、

「握手よ、握手。まずは自己紹介から始めなきゃ」

 握手しながら、仙太郎は名前を名乗った。

「わたしは神崎澄花。冒険家よ」

 冒険家! この二十一世紀にそんな職業が存在しているとは夢にも思わなかった。その驚きが顔に出てしまったらしく、澄花は肩をすくめながら、

「みんな冒険家って職業が今の時代に成り立つのかって顔をするけど、この舞打千軒には埋蔵金伝説が三つ、沈没船が七隻、それに人類の有史以前の古代文明らしく遺跡が二つあるのよ。これって冒険家が生きていくのに十分な数の伝説だと思わない?」

「そうですね。思います」

 きれいな人だなあ、と思いながら、インクを渡すと、プラスチックの注ぎ口をハサミで切ってから、製図台の飛行艇の図面をペンでなぞるまで、ほんの数秒足らずで終わらせてしまった。あまりに動きが速いので、澄花の残像が空気と接して、青白い火花がぱちぱち瞬いた。冒険家ともなると、火花の一つや二つはいつでも出せるものらしい。

 飛行艇製図専用ボトルインクのセールス文句を真に受けるならば、このインクで飛行艇の設計図を正書すると、飛行艇工房の職人がまるで天啓を受けたキリストみたいに張り切って、やはり残像に青白い火花をぱちぱち瞬かせながら、あっという間に飛行艇を完成させてしまうらしい。これは他の製図用ボトルインクでは真似できない。パイロットの飛行艇製図専用ボトルインクだからこそできるというのだ。

正書が終わると、澄花は満足げに図面を見やってから、仙太郎に振り返り、

「じゃあ、早速、飛行艇工房へ行ってみましょう。きみも来る?」

 どうしたものかなあ、でも、飛行艇を見てみたい気もする。こんなふうに迷っていると判断力のないやつだと思われるかなあ。

 よし。行きますとこたえよう。

 そう決心した瞬間、窓ガラスが大きな音を立てて割れた。何か大きなものが転がったと思って見てみると、それは戦争映画でドイツ軍が使うのと同じ木の柄付きの手榴弾だった。

 仙太郎をふりまわす冒険はこうして始まったのだ。

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