冒険にはハッピーエンドを
星空を見上げる人の数が一人から二人に増えた。そして、最初に見上げていた少年がその目を星からすぐ隣に座る少女の横顔へ移すと、星空は少女だけのものになった。
「意外だったなぁ」
と、恭子が言って、視線を浩平のほうへちらりと流したので、浩平は慌てて視線を星空へ戻し、
「何が?」
と、たずねた。自分のなかでは突っ放しているようで優しいクールな感じの声になったと思ったが、実際はしゃっくりに失敗したような声になっていた。
「気を悪くしてほしくないんだけど――相良くんって、ひたすらがり勉タイプに見えてた。スイカ畑をじっくり見たり、市役所のなかでスタンプを片手にうろうろするタイプには見えなかったの」
あれも見られていたのか! 浩平の心のなかで心的ダメージを代わりに受けてくれるドッペルゲンガーが百人倒れた。
「なんていうか、無駄なことは一切しないストイックな人だなあって思ってたの」
それは他ならぬ浩平が恭子に対して抱いていた感情だった。
「ここ、わたしのとっておきの場所なの。ここで空を見上げていたら、何度も流れ星が見られるでしょ? 穴場スポットなつもりだったんだけど、他にも常連さんがいるなんて思わなかった。それも相良くんだなんて。なんだか、キツネに化かされているみたい」
「妙に古いたとえを使うね」
「おばあちゃんみたいね」
「そんなことないよ」
「あ、流れ星」
浩平と恭子は目を閉じて、願い事をした。流れ星が消えるまでに三回願い事を唱えると願いが叶うというのは、結局のところ、願い事は叶うはずはないという遠回しな忠告だった。普通の人間の舌と喉で頑張ったところで、一回目の詠唱の半ばで流れ星は消えてしまうのだ。
だが、中宮駅の二番ホームでは違った。一つの星が消える寸前に別の星が流れ、それが消えるころにはまた別の星が、と、そうやって流れ星が継がれていくのだ。だから、やろうと思えば願い事を三回叶えることは決して不可能ではないし、二番ホームから見上げる星々はときおり人間に優しくしてやろうと思うことすらあった。
二人が瞼を開くと、何十何百という星が絶え間なく流れ落ちてきていた。
それは体が空へと浮かぶ不思議な錯覚で、二人の瞳にはただ一つ北極星だけが星の王として厳然と空の頂にかかっているのが見えた。
二学期が始まった日、浩平と恭子がワルツ文具堂にやってきた。
仙太郎は読んでいた本から少し目を上げ、言葉少なめに挨拶し、また本の虫になった。愛想がいい接客も結構だが、あまりべらべらしゃべりかけて二人の邪魔をしてもいけない。それは野暮だ。
なぜなら、二人の顔を見れば、墨ドル銀貨のカード立てがきちんと冒険にハッピーエンドをつけてやったことは明らかなのだから。
墨ドル銀貨のカード立て〈了〉




